あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~ 作:白紅葉 九
日課である資格取得のための勉強を妖精さんと一緒にやっていた時、部屋の扉がノックされた。
こんな時間に珍しいと思いながら、念のため妖精さんを隠してから扉を開ける。
扉の先には、東提督が立っていた。
妖精さんを隠しておいて正解だったと安堵しながら、東提督を部屋に案内する。
そして、お茶を出して、すこし辛気臭い表情をしている東提督の斜めに座る。
「それで、どうしたんですか、東提督」
「……長門さんとの会話のことで、相談に来ました。
最初は大淀や金剛に相談したんだけど、こういうのは赤城さんの方がいいって言われたので」
なるほど。確かに、二人ならそう言いそうである。
というのも、私は普段からよく艦娘からの相談事に乗っている。
まだ、艦娘たちのなかにはブラック鎮守府の時の傷が癒えていない者が多くいる。
そのため、本来なら専用のカウンセラーなどを手配するべきなのだが、人間を信用できない者も多いので私が相談に乗っているのが現状だ。
色々な建前を並べて、艦娘全員に対してメンタルチェックを兼ねた面談を行ったこともある。
東提督が鎮守府に来てからも、度々相談事に乗ったり、必要であれば面談を行ったりしていたので、二人は私を推薦してくれたのだろう。
「そうでしたか。
では、ゆっくりお茶でも飲みながら話しましょう。
焦っても、答えはすぐには出てこないことが多いですから」
「はい……」
いつものように、まずは相手を落ち着かせる。
こういう時、温かい飲み物は効果的だ。香りがついているとなお良し。
そうやってお茶を飲んでいる間に相手を観察して、いまの精神状態を見る。
精神が不安定だったり、擦り切れていたり、いまにも千切れそうだったり。
色々な精神状態があって、精神状態によって効果的な相談の方法、逆に相手をイラつかせるだけの相談の方法もある。
今回は、東提督の精神状態は吹雪さんが意識不明で多少荒れてはいるが、そこまで不安定というわけではない。
単純に、気力が喪失している状態に近いだろうか。
「落ち着きましたか?」
「はい、ありがとうございます」
「ため口で構いませんよ。
今だけは、気を張らないでいて構いませんから」
「……うん、わかった」
「それで、長門さんとの件ということでしたが」
「うん。
……長門さんに『私にとって、提督とは何だと思う?』って言われた時、私は全く答えがわからなくて、答えられなかった。
その時の長門さんの表情には、失望の感情が浮かんでいたんだ。
たぶん、あの質問は長門さんにとって、新しく提督として着任した私を見極めるために勇気を出して質問したものだったと思うの。
でも、私には答えがわからなくて……」
「どうしてわからないんだ、っていう、自分に対する怒りですか?
それとも無力感ですか?」
「……どっちかと言えば、無力感の方だと思う。
長門さんの期待に応えられなかった自分への、失望……」
「でも、どれだけ考えてもわからないから、次第に自分の怒りに変わっていった?」
「……そう、かも」
思っていたより、割と簡単な問題だ。
これらの感情は、どちらも同じものから派生している。
つまり、大本をどうにかすれば、この問題は解決する。
その大本こそ、『長門さんの問いに対する答えがわからない』という悩みだ。
これに関する答えは、艦娘の視点で立てばすぐにわかることだろう。
つまり、逆に言えば、いまの東提督は艦娘の視点で立つことができていない。
ただ、いつもの東提督であれば、時間はかかるかもしれないがこの質問の答えを見つけられるはずだ。
見つけられないのは、東提督の状態が正常とは違うから。
その理由は、間違いなく吹雪さんにあるだろう。
詳しいことはわからないが、東提督のなかで吹雪さんは艦娘の象徴だったのだろう。
だからこそ、その存在が消えて、艦娘への認識が曖昧になっているのだ。
それなら、それを思い出させてしまえばいい。
「東提督は、いままで自分への無力感や怒りを同時に感じた経験や出来事はありますか?」
「……ある。
……あの人を守るために行動したのに、その人も私と同じことをやっていて。
結局、あの人はそれに耐えられなくなって……私は耐えられたけど、あの人は……」
「その人のことがまだ忘れられないんですね」
「うん……大切な人だったから」
「もし、その時に戻れるとしたら、東提督はその人になんて伝えたいですか?」
「……」
東提督は考え込む。
それくらい、この問いは難しいのだろう。
長い間、東提督は考え込む。
その間、私はそれを問いただすようなことはせず、静かに待つ。
そうして、東提督は口を開いた。
「――『周りを見て』って伝えたい。
私がすごく自分が無力で、汚らわしく感じて、誰にも会いたくないって感じた時、心の底ではずっと誰かに助けてほしいって思っていたから。
ずっと助けが来ることを待っていたけど、それは違ったの。
今となってやっとわかるけど、実際は、ずっと周りの人たちが私のことを支えてくれていたの。
私を責めないで、ただ待っていてくれた……」
東提督はそう言って、顔を綻ばせる。
そんな東提督の様子を見て、もうアドバイスはいらないだろうと私は判断する。
もう、今の彼女なら長門さんの質問の答えにたどり着けるだろう。
私がやったのは簡単な推理だ。
私は東提督が元艦娘であることを知っている。
そして、辛いことを思い出させれば、それは一番直近の辛い事が思い出されることが多い。
辛いことが起きたのが艦娘のときであれば、艦娘から見た提督や、他の艦娘への記憶があるはずだ。
それをまず思い出させて、艦娘の視点に立たせられるようにする。
そして、もう一つ推理からわかるのが、東提督は吹雪さんと提督になる前からの知り合いだろう、ということだ。
具体的にどれくらいの仲なのかは知らないが、腐れ縁くらいの長い仲だろうというのは普段の様子から見て取れる。
そして、東提督は何らかの事情で艦娘を辞めた。
その時、またはそれ以前に、吹雪さんと一緒に鎮守府に着任することを決めたはずだ。
そうやって吹雪さんがいた時を思い出させることで、艦娘の象徴を思い出し、艦娘の認識を正常に戻す。
やってみれば、意外と簡単な方法である。
「それがわかれば、もう私からアドバイスすることはありません。
今のあなたなら、長門さんの問いの答えを見つけられるはずですよ」
「……うん、少しだけど、わかった気がする。
夜遅くにありがとう、赤城さん」
東提督はそう言って私の部屋を出ていった。
時間に関しては、もうちょっと早くに来るか、事前に時間を言ってもらいたいものだ。
まぁ、今回は少し気持ちが焦っていたのもあるだろうし、目くじら立てるほどのことでもないが。
さて、資格勉強を再開しよう。
「妖精さん、出てきていいよ」
私がそう言うと、妖精さんがわらわらと溢れ出してくる。
この量がどうやって隠れていたのか不思議になるほど、たくさんの妖精さんがいる。
どうやら、最近東提督に懐いている妖精さんが増えてきているようなのである。
そのため、東提督の役に立ちたいとこうやって多くの妖精さんが勉強に来ている。
そろそろ新しい参考書も欲しいなぁ~、なんて思いながら椅子に座る。
──その時、何の前触れもなく扉が開いた。
「ごめん赤城さん、ちょっと忘れ、もの……が……」
部屋の扉が開き、そこから東提督が現れた。
ノックもなかったため、当然妖精さんも隠していない。
部屋の中には、十数個の参考書を囲んでみている妖精さんが数十人。
うん、言い逃れできないわこれ。
「……東提督。
扉を開ける時は、最低限ノックをしてください」
「あ、ご、ごめん……じゃなくて!!
え、なんで妖精さんがこんなにいるの!?
赤城さんって、妖精さん見られたの?」
隠してきたが……言い逃れできないし、仕方ないか。
まぁ、不幸な事故ってことで片付けよう。
その後、興奮した様子の東提督に色々聞かれた。
妖精が見られる能力は、一般的に提督適性と呼ばれるものである。
これが高ければ高いほど妖精の姿形がはっきり見ることが出来たり、声が聞こえたりする。
提督適性が高いと稀に特異的な能力を持つこともある。
私の場合、妖精さんのステータスが見えたりするあれだ。
東提督は、妖精の姿形が見えて、声を聞いて話しかけることができるので、提督適性はわりと高い方らしい。
そして、一応特異的な能力も持っている。
「よく言われるんだよ、いまいちぱっとしない能力だって。
けど、意外と便利なんだよ。
“金平糖をたくさんあげれば、妖精さんが働いてくれる”って」
妖精さんは、金平糖が大好物ではあるが、金平糖を上げて必ず働いてくれるわけではない。
しかし、東提督の場合、量を用意すれば必ず働いてくれるのである。
妖精さんたちの様子を見た感じ、金平糖うんぬんっていうより、東提督への忠誠心みたいなのが高くて、でも金平糖も貰えるなら貰うっていう感じに見えるけど……。
まぁ、東提督には黙っておくことにしよう。
決して、さっきの仕返しってわけではない。
ないったらない。
そうやって、東提督と妖精さんの話で盛り上がっていたが(一方的に東提督が盛り上がっていたように思えなくもないが)流石にいい時間ということで、東提督は自室に帰っていった。
人間は一日七時間睡眠で大変そうである。
といっても、艦娘も多くはそうらしいのだが。
私の今世の体がショートスリーパーなのか、私は一日二時間睡眠で充分動くことができる。
そのため、本来ならみんなが寝ている時間も資格勉強ができる。
ただ、今日は資格勉強も早々に切り上げて、吹雪さんの対策をしようと思っているが。
そうして、夜は更けていく。