あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~ 作:白紅葉 九
――吹雪side――
暗い、暗い場所で、私は目を開けた。
どこに行きたいのか、どこか行かなければいけない場所があるのか。
自分でもわからなかったが、何も見えない暗黒で歩き続ける。
“そこに、キボウノヒカリはない。”
何秒だったか、何時間だったか、何年だったか。
歩き続けた先に、それはあった。
青い、青い水面。魅かれるように伸ばした手は、何かにぶつかって止まる。
それでようやく、その水面が、モニターに映されたものであることに気づいた。
私はそれを、まるで家で寛ぐように、座りながら鑑賞する。
その映像では、武装した五人の女性たちと、肌が白く見るからに悪役のような風貌の女性と、その悪役の女性を支援するように武装した一人の少女が戦っている。
その少女が闇落ちしたのだろうということは、映像から簡単に推測できた。
いつの間にか、私はその映像を楽しみながら見ていた。
よくできているドラマだ、と、なんだか、ずっとそれを見ていたくなる。
一生この映像を見ているだけでいいんじゃないか。
“でも、この道は正解じゃない。”
私は立ち上がって、モニターと反対の方向へ歩いていく。
壁にぶつかった。左に向かって歩いた。
タンスに腰をぶつけた。壁に手を当て、沿うようにゆっくりと歩く。
壁。左に曲がる。ベッドに足をぶつける。
壁。左に曲がる。本棚に頭をぶつける。
壁。左に曲がる。なにもない。
壁。左に曲がる。タンスに腰をぶつけた。
どうやら私は、見知らぬ部屋にいるようだった。
勘に従って、本棚の横の壁を触ると、そこにはドアノブがあった。
扉を開けるが、やはり何も見えない。
ただどうしてか、この建物の構造がよくわかった。
歩いていると、少しずつ暗闇に目が慣れてきた。
“そこには、誰もいない。”
私は歩いた。
“__”さんの素を出すために使ったという、第五資料室に来た。
過去の轟沈報告がまとめられた5-Zの棚の左上の本を取る。
その本の表紙には、「は」と書かれている。
戦艦である“__”さんは、何回も、何十回も、何百回も、目の前で駆逐艦が自身の盾となって死ぬのを見てきた。
最初の一回目は駆逐艦の善意であった。
しかし前任は、それが海域攻略に有効であると目を付けた。
実際、それは有効である。
だが、それをするのは、現実問題、いずれ資源が尽きる。
しかし、前任はドロップ艦の出現率が上がる能力を持った妖精さんを脅し、一回出撃するたびに数隻のドロップ艦を得ていた。
“艦娘を誰一人死なせない。”
それが彼女の願いだった。
私は歩いた。
“__”さんが外に出るように扉の前で説得をしたという、“__”さんの部屋の前に来た。
扉を開け部屋に入り、辺りを見渡す。
ベッドのついた壁には、爪で引っ掻いて書かれた「い」という文字がある。
前任時代の第四艦隊は、前任の性処理をする艦娘が集められた艦隊だった。
“__”さんは、「何でもするから姉さんにだけは手を出さないでくれ」と頼み込み、その艦隊に編成された。
そして、ブラック鎮守府から解放された後に、“__”さんは前任が“__”さんの姉も性処理に使っていたことを聞いた。
今まで自分がやっていたことの全てが無意味だったことを知り、人を信じられなくなった。
“人を信じたい。”
それが彼女の願いだった。
私は歩いた。
“__”さんと一緒に肉じゃがを食べて話し合ったという、食堂に来た。
肉じゃがの置かれた席に向かった。
机の上には、「願」と書かれた食券が置いてある。
“__”さんも、前任時代に第四艦隊に所属していた艦娘だった。
艦娘の容姿は、わずかに個体差が出ることがあるが、“__”さんは美人の部類に入る人だった。
スタイルもいいし、だからこそ前任に性処理をさせられていたのだろう。
“__”さんは、「汚いままでいることを肯定してくれたのは、あの人だけだった。
あの人がいれば、私は私を肯定できる」と言っていた。周りの全てが敵に見えていた。
“またあの人と一緒に肉じゃがを食べる。”
それが彼女の願いだった。
私は歩いた。“__”さんの作った謎を解くために妖精さんが働かされたという、武道場に来た。
私は刀を腰から抜き、上から落ちてきた何かを斬る。
中心に切れ目の入った解体願いの裏面には、「の」と書かれている。
“__”さんは、高い艦娘同調率を持った建造艦であった。
高い艦娘同調率を持つほど、艦船として沈んだ時の記憶が鮮明に思い出せる。
自分の記憶なのか、艦船の記憶なのか、混乱しながら深海棲艦を倒して、気づいたら満面の笑みで深海棲艦を殺している。
“__”さんは、それで大切な親友から拒否され、死にたいと思うようになった。
しかし、轟沈は恐い。
だから、解体されて人間に戻ったら自殺しようと考えた。
“生きるために強くなる。”
それが彼女の願いだった。
私は歩いた。
“__”さんに殺されそうになったという、執務室に来た。
机の上には、開きっぱなしのガラケーがあった。
その画面には、「私」と表示されている。
事務処理艦である“__”さんは、前任時代に最も解体と轟沈という文字を見た艦娘だろう。
毎日のように新造艦とドロップ艦の確認をし、その合間に一切書類をやらない前任の代わりに書類を終わらせる。
この鎮守府に生まれた艦娘の未来は、基本的に、素材回収のために解体されるか、大型艦の盾となって轟沈するかのどちらかである。
もし轟沈せずに鎮守府に戻れたとしても、高確率で解体が待っている。
それを艦娘に告げる役目を持っていたのが“__”さんであった。
“当たり前に笑い合う日常を守りたい。”
それが彼女の願いだった。
私は……止まった。
行き先がわからなくなった。
どこかへ行かなければいかないと言う焦燥感だけが募る。
【どこへ行きたいの?】
わからない。でも、行かないといけない。
【どうして?】
わからない。でも、誰かが待っているような気がする。
【誰が待っているの?】
わからない。でも、とても、とても、大切な人なの。
【彼女が待っているよ】
わからない。どこにいるのか、どうして待っているのか、誰が待っているのか。
【提督から、いざという時にあなたを助けるように言われているの】
わからない。あなたは誰で、私はどうすればいいのか。
【提督が殺されそう!
早く空母第十三修練室に行って!】
わからない。どうして、足が動いて、止まらないのか。
わからない。どうして、空母第十三修練室までの道がはっきりと見えるのか。
わからない。どうして、助けに行かなきゃいけないって思うのか。
わからない。提督が誰で、あなたは誰で、私は誰なのか。
わからない。でも、もっと速く走れないのかなって、なんでもっと近い場所に居なかったのかなって、もっと、もっと、たくさん、ずっと、一緒に居たいって、泣きたいくらい思っている。
私は走った。
“__”さんが提督を刀で殺しかけたという、空母第十三修練室に来た。
扉を開ける。何だか、その瞬間が永遠のようにも見えた。
扉を開けた先には、今にも刀を振り下ろさんとしている“__”さんがいた。けど、一瞬で
私は、間に合わなかった。
“__”さんの刀が提督を斬る前に私の刀で防ぐには、私のスピードが足りない。
“__”さんの刀は止まることを知らない。
無理だったんだ。
やっぱり、私に提督を守ることなんて。
提督は、昔から何でも一人で出来た。
私はいつも提督に助けてもらって、導いてもらっていた。
だから、世界で三番目の艦娘同調率を持った時、やっと提督と対等になれたと思った。
やっと、今までの恩を返せる、やっと提督の役に立てるって思った。
――でも、久しぶりに会った提督は、艦娘を辞めたいと涙が枯れるほど痛烈に願っていた。
何もかもが遅かった。何もかもが足らなかった。
きっと、その時からずっと、私の心は折れていたのだ。
少しずつ思い出してきた。
私は、大規模侵攻の時、油断していて轟沈寸前の攻撃を食らいかけた。
私は思わず膝をついた。何だか、立ち上がる気力さえ湧かなかった。
その時、声が聞こえた。
こっちは明るいよ、と。
こっちにおいでよ、と。
ここは幸せだよ、と。
私は、その声に導かれるまま、その声に体を委ねた。
――暗くて。
ここは明るくて、そっちは暗く見えた。
だから、私は殻に閉じこもった。
そうしていたら、殻から出るのが恐くなった。
外の世界が恐くなった。
外は明るいと言われても、信じられなかった。
「その先に、光はありませんよ」
嘘だ。だってここはこんなにも明るい。
……明るい?
本当に明るいだろうか。
ここは、暗闇が広がっていた。
モニターの向こうにある水色は……あんなに綺麗だったのに。
――深くて。
ここには浅いエンタメがあって、そっちは深い後悔があった。
ずっと後悔に苛まれながら生きるのなんて辛すぎる。
だから、現実なんてものは見ないで、モニターから見える浅いエンタメを笑って眺めていた。
だって、それは現実ではないから。
現実なんて、辛いだけだった。
だから、この決断は正解だった。
「その道は、正解じゃありませんよ」
嘘だ。だってここには後悔なんてない。
……あれ?
たったいま、後悔したばかりじゃないか。
何もなかったんじゃなくて、何もしてこなかったから、私は何も得られなかった。
今も、また大切な人を助けることができないんだ。
――寂しいのに。
ここにいたら、孤独を感じなかった。
何も見えない暗い場所で、現実ではない浅いエンタメを見ているのが、心地よかった。
ここには、私のことを見ている人は誰もいない。
私は常に自由で、快適だった。
「そこに、仲間はいませんよ」
嘘だ。だって私には、元から仲間もいなければ、私を見てくれる人なんていなかったのだから。
……いない?
なら、いま私に話しかけてくれている人は、誰だ。
私はずっと、気づいていなかっただけで、私を見てくれている人は、ちゃんといた。
――届け。
前に重心が乗りそうになる体を止め、腰を落とす。足に力を入れ、思いっきり飛ぶ。
私の刀は彼女の持った刀を吹き飛ばす。
「――」
腰を抜かし座り込んだ女性は、感謝をするように笑顔で私を見る。
そして、私が怪我をしていないか、心配そうに見る。
――届いて。
私はその女性の横を通り、その部屋の出口へ向かう。
その女性は、私の大切な人ではなかった。
私の大切な人なら、私の心配より先に、“__”さんと向き合おうとするから。
「――」
私は扉のドアノブを触るが、なぜか開かない。
私は刀を構え、目を瞑る。
そこには、暗闇が広がっている。
しかし、その先に光が見えた気がした。
それは誰もが綺麗に感じるような魅力的な光ではなく、水面のような青い光だった。
私は刀を振り下ろした。
――届いてよ!!!
誰かが私の足を掴む。
私を深い闇へ落そうとするそれを無視して、前に進む。
誰かは力を強め、私を引っ張る。
私はひたすら、前へ進んだ。
少しずつ、その青い光の下へ。
「――」
光のすぐそばまで来て、足を止める。
きっと、この光に触れれば、私はもう元に戻れない。
けど私は、少しも躊躇うことなく、その光に手を伸ばした。
――……。
その光景に、一瞬息を忘れた。
海というのは、こんなに綺麗だったのか。
そして、仲間というのは、こんなにも近くにいて、私のことを見てくれていたのか。
「“赤城”さん」
私は、彼女の名前を呼んだ。
ずっとわからなかった彼女との思い出が脳を巡った。
私が深海化した時、彼女はずっと私の深海化を解こうと声を上げてくれていた。
「ごめんなさい」
その声が、刃物となって体を突き刺した。
言って、ようやくわかった。
彼女は、私と絶交する未来を予測して、そう言っていたのだ。
でも私は、そんなことするつもりはない。
「ただいま」
彼女の顔は、いつも通りの無表情だった。
逆に、私の表情は晴れやかだっただろう。
ずっと未来の役に立たないとって、焦って空回っていた。そのことに気が付けたから。
「おかえりなさい」
その目は、安堵したように見えた。
周りを見ると、みんな安心や喜びと言った表情を浮かべている。
戦艦棲姫は表情の伺えない目で、しかしその顔には明確な怒りを浮かべ、私を見ている。
私は腰の鞘に入れた刀を抜いた。
そして、戦艦棲姫を睨みつけるように見て言った。
――「私」「の」「願」「い」「は」
「未来に勝利を持ち帰る!!!」