あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~   作:白紅葉 九

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第三十二話 これでいい

~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~

 

~正常な世界に人間として生まれたので、平穏に過ごそうと思う~

 


 

「西宮先生は解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)について、どう思われていますか?」

 

私は左下に視線を落とす。

 

 人は論理的な思考をする時、目線を左下に動かす。しかし、私はその逆も言えるのではないかと考えている。

 つまり、左下に目線を動かせば、論理的な思考能力が平常時よりも活発になるのではないか、と。

 

 今回の談話が終わったら、それに関して先人たちの残した研究資料を漁ってみようかな。

 

「……あの、先生?」

 

「あぁ、すみません。

 つい、考え込んでしまって」

 

思考の海に落ちかけていたのを慌てて浮上させる。

 

 解離性同一性障害。これは心理学用語なので、一般には二重人格と言った方がわかりやすいだろう。

 症状としては、一つの肉体に複数の人格が宿るというものだ。

 

 私が知っているのは、私が数年前に大学の心理学部を卒業したばかりだからだ。

 前職のブラック企業を退職し、浮いたお金で大学に進学した。そのまま、現在は心理カウンセラーとして働いている。

 

「そうですね……今回はカウンセラーとしてではなく、一人の心理学者として答えますね。

 こういう場合は、まず逆で考えるんです」

 

「逆?」

 

「はい。

 解離性同一性障害とは何か、ではなく。

 なぜ、解離性同一性障害ではない者がいるのか、と」

 

「……えっと?」

 

目の前の患者さんは困惑したように首を傾げた。

 昔よりは話し上手になったと思っていたけど、やはり相手に合わせた説明をするのは難しい。

 

 これが見知った子相手ならまだしも、相手は会って数回程度だ。

 癖がわからない相手に対して、的確かつ効果的な話をするのは難しい。

 

「これはあくまで、私の持論ですが……人間というのは細胞が集まって出来ています。

 つまり、本来なら細胞の数だけ思考が存在しなければおかしいはずです」

 

「……たしかに……?」

 

まだ難しそうだ。

 そもそも、細胞に思考があるという前提自体、現代科学では主流ではないから仕方ない。

 

 細胞に思考がある、というのは、あくまで私の考えをわかりやすく話しているだけだ。

 正確には、人の肉体には元から複数の思考が存在し、それらが喜怒哀楽などの感情を決定付けているのでは、という意味だ。

 

「しかし、現実的には、人の思考は基本的に一つだと言われています。

 それはなぜか。

 私の結論は、思考とは細胞が多数決で決定しているのではないか、というものです」

 

人間は哀しみながら怒ることができる。

 楽しみながら喜ぶことができる。

 

 それらは、多数決で票が割れた結果なのではないか、というのが私の主張だ。

 

 二重人格の場合、それらの票を採決する議長的な存在が複数生まれてしまっただけというの話で。

 

「……なんだか、そう聞くとちょっとかわいらしいですね。

 小学生たちが投票で決めているみたいな」

 

「実際、イメージとしてはそれに近いですね。

 まぁ、数としては数兆を越える超マンモス校ですが」

 

「人間の人口も超えてますね!

 ふふっ……」

 

思考の前段階なのだから、思考能力としては平常時より劣っているはずだ。

 それこそ、小学生たちが投票するイメージは間違っていない。

 

 あくまで想像なので、実際は全て間違っている可能性もある。

 しかし、考えるだけならタダだ。

 

「解離性同一性障害の状態こそが正常とまでは言いません。

 ですが、人間の進化論として、人々が当たり前のように複数の思考や人格を持ち得た未来もあったのではないか、と。

 そう考えると、なんだか面白くないですか?」

 

「……二重人格について、あいつと話してたのか?」

 

「えぇ、そうです。

 でも、こういう話題が好きなのはあなたでしたね」

 

目の前にいた患者の雰囲気が変わったのを察して、改めて会話をする。

 今回は運がいい。普段は一人としか話せないことも多いけど、今回は二人と話すことができた。

 

 目の前にいる彼女……いや、彼というべきか。

 一人の女性の肉体に宿る、複数の人格の一つ。それが目の前の彼だ。

 

 そう、この人たちは二重人格だ。

 そして、私はその治療を担当するカウンセラーだ。

 

「あぁ、つい表に出てきちまった。

 ……あいつ、うるせぇ」

 

「何か言っているんですか?」

 

「わからん。

 うるせぇのはわかるけど、何を言っているのか……」

 

自身のなかにいる別の人格と話せるかについては、個人差が大きい。

 全く話せないという人もいるし、同じ肉体にあっても話せる相手と話せない相手がいるという人もいる。

 

 ちなみに、彼の場合は調子がいいと聞こえて、調子が悪いと聞こえないらしい。

 今日は突然出てきたから、あまり調子がよくないのかもしれない。

 

「まっ、あいつのことはどーでもいいや。

 なんか、もっと面白い話ないの?」

 

「そうですね……。

 では、脳梁離断術(のうりょうりだんじゅつ)、もしくは分離脳(ぶんりのう)をご存知ですか?」

 

「なんだそれ?」

 

カウンセラーに求められるのは献身ではなく、治療だ。

 そのため、患者とは一線を引いた対応が求められる。

 私が彼らを名前や固有名詞ではなく、患者と一括りでまとめて思考しているのはそのためだ。

 

 しかし、献身しないというのは、決して相手を乱雑に扱っていいというわけではない。

 

 彼らと話す時、私はプライベートの話をほとんどしない。

 代わりに、彼は理知的な話が好きだと知っているため、それに合わせた会話をする。

 

「簡単に言うと、脳梁離断術というのは、右脳と左脳を繋げている重要な組織を切断したらどうなるのかという手術ですね。

 右脳と左脳を分離した脳ということで、分離脳と呼ばれています」

 

「へぇ……結果は、右脳と左脳で二つの思考が現れたってところか?」

 

「飲み込みが早いですね、その通りです。

 私はあれを、解離性同一性障害の疑似的再現と言えなくもないのではないかと個人的に思っているんです。

 事象としては全くの別物ですので、研究者に聞かれたら殴り飛ばされても文句を言えませんが」

 

私が言っているのは、「鳥は飛んでいるのだから人だって飛べるはずだ」っていうレベルの暴論だ。

 しかし、人間に鳥の細胞やら皮やら肉やらを全て移植すれば、それも叶うのではないだろうか。

 

 そういうあり得ない仮定と、そもそも倫理観の欠片もないという問題点があって、現実的には全く活かせないだろう。

 

「ただ、ふと思ったのです。

 もし、心という不可視の臓器に分離脳と同じ状態を作ることができたなら。

 それは解離性同一性障害と呼ばれ、分離脳を治療するのと同じ方法で治療できるのではないか、と。

 まぁ、そもそも分離脳の治療法が確立されていない状態でする話ではなかったかもしれませんが」

 

「……つまんねぇ仮説だ」

 

そう言って、彼は眠るように目を瞑った。

 私はそれが人格の変わる合図だと知っているため、静かに待った。

 

「……アンタは、分離しなさそうでいいよな……」

 

変わる前に彼はそんな言葉を残した。

 それに対して、私はぽつりと呟く。

 

「……分断は、されましたけどね」

 

過去を思い出すように左上を見た。

 

 それは、在りし日の思い出。ただの夢の記憶。

 だというのに、脳裏にこびりついて離れない、忘れられない大切な思い出。

 

 しかし、私はもうあちらには行けない。

 そもそも、世界が違うから。

 

 私と向こうは、次元という壁で離れ、断たれてしまっているのだから。

 

 もしかしたら、私も右脳が働いていない(何かが見えていない)のかもしれない。

 もしくは、左脳が働いていない(何かを理解できていない)のかもしれない。

 

 でも、これでいい。

 ぬるま湯みたいな環境は、意外と心地がいい。

 

 

 

「目を、逸らさないでください……██さん!!」

 

 

 

また、幻聴が聞こえた。

 

 それを無視して、私は現実に意識の焦点を合わせた。

 もう、私には偽物のゲンジツなんて必要ないのだから。

 

 私はいま、幸せだ。




読者が選ぶ、再登場するとは思わなかった単語ランキング
1位 脳梁離断術

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