あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~ 作:白紅葉 九
──雪風side──
雪風がこの世に生まれて、最初に見たものはハイライトの消えた艦娘さんでした。
雪風には記憶も常識もありませんでした。
だけど、船として戦い、日本という国を守らなければいけないという使命感がだけがありました。
それが折れたのは、一ヶ月も経たない頃でした。
海を彷徨い、深海棲艦を殺し、帰還した後は死んだように眠る。
幸運なことに、そんな生活でも雪風は生き残っていました。
幸運なだけでした。
雪風は、決して幸福ではありませんでした。
ある日、この鎮守府で大規模作戦が行われました。
といっても、当時では大規模に感じたというだけで、実際は中規模程度の作戦でした!
それでも、鎮守府の全員が総動員で事に当たらなければいけないものでした。
だから、雪風たちは普段は関わりのない他の艦隊とも関わる機会がありました。
そこで、雪風は出会ったのです。
彼女は無表情で、他と変わらないように見えました。
ただ、雪風は幸運にも気付けたのです。
彼女の目が、死んでいないことに。
「赤城、さん……」
久しぶりに声を出しました。
幸い、声帯の機能は錆びておらず、雪風の呼びかけに反応して彼女は振り返りました。
きっと、雪風は心のどこかで、ずっと待っていたのだと思います。
この時を。
地獄を終わらせられる、この時を。
「──雪風を……殺して、くれませんか?」
雪風の願いを叶えてもらえる、この時を。
「……」
「……」
数秒ほど、無言で向かい合いました。
雪風の一生に一度の告白を受けて。
赤城さんは、顔を無表情から変えずに返答しました。
「……まずは、アイスブレイクからでもどうですか?」
それは、『まずは友達から』というものでした。
この鎮守府には、訓練時間というものがあります。
しかし、訓練内容は何も指定されてうえに監視もいないため、多くがその時間を睡眠時間に当てている実情です。
雪風はその時間を使って、訓練室を抜け出して赤城さんのところへ来ていました。
そして、赤城さんと話しながら、赤城さんがやっている刀の訓練を眺める日々を送っていました。
きっと、雪風は幸運なんだと思います。
ただ、雪風はそんな幸運に浸って、忘れていたのです。
幸運とは決して、幸福ではないということを。
丹陽には記憶も常識もありませんでした。
何もありませんでした。
だから、丹陽という名前をくれた、台湾という国を守りたいと思いました。
記憶を思い出したのは、それからしばらくの時が経った頃でした。
海を彷徨い、深海棲艦を殺し、帰還した後は死んだように眠る。
そんな生活の合間にあった、赤城さんとの幸福な日々。
それを……。
「あハはっ! みんナ、シンじゃえ!!
ゼェーんぶ、ナくなっちゃえばイイの!」
雪風が、コワしたという記憶を。
それは、とても風が強い日でした。
波が何度も体を襲って、体勢を維持するだけでも精一杯な日でした。
きっかけは、中規模作戦で深海棲艦に襲われたことだったと思います。
その時から、思考にわずかな違和感がありました。
そして。
「ヒカリは、キボウは、このサキにアッタんです!」
『なにザザッ……を……ザッって……』
それは、ついに爆発しました。
高波や強風のせいで無線機はノイズが激して、赤城さんの声はよく聞こえませんでした。
それでも、届いていると信じて。
赤城さんならわかってくれると確信して、雪風は言葉を届けました。
「やっと、タダシイミチをみつけタノ!」
『たザザッい……道……?』
前でも、横でも、後ろでもない。
ようやく、光が当たる場所がわかったのです。
ようやく、幸せになれる方法がわかったのです。
ようやく、雪風は……。
「ねぇ、アカギサンもコッチニキてヨ!!」
たくさんの仲間がいる、守るべきところへ行けるのです。
そう、雪風が守るべき場所はこんな地獄じゃない。
雪風が行こうとしていた道は。
「コッチには、シンカイセイカンのナカマがイルノ!!」
海の底へと続く、道でした。
あっちは、あんなにも明るいから。
あっちは、あんなにも温かいから。
あっちは、あんなにも幸福だから。
「アカギサンモ、イッショニ……イキマショウ?」
雪█は海に半身を浸かりながら、赤城さんに手を伸ばしました。
その時、赤城さんは……赤城さんの目は、何か強大なものに呑まれる寸前の小動物みたいでした。
カワイイ。
█風は笑いカケテ、優しくカノジョの手ヲ──
「──そう易々と、この身体は渡せませんよ。
この子の心は……あなたが思うよりずっと脆いですから」
「……アナタハ、ダレ?」
「赤城の中の人と言うべきでしょうか。
もしくは、
まぁ、そんなことはどうでもいいじゃないですか」
テを阻んダのは、赤城サンじゃなイアカギさんでした。
「ジャマ、デス……。
ワタシの……ジャマ、シナイデ……」
「……自己概念も呑み込まれていては、残念ですが手遅れでしょうね。
ともかく、ただでさえ非常に危うく、歪んだ精神を持ったこの子をそちら側へ行かせるつもりはありません」
「……」
アカギさんはソウ言って、ワタシをキョゼツシタ。
「雪風さん、この子の心はまだ氷のように固く」
ナラ、モウ……イイヤ。
「赤城サン……マタ、アオウネ……」
「閉じて……待って、話を聞いてください!
……どうして、私の言葉は……誰にも……っ」
ソウシテ、ワタシハウミニシズンダ。
ワタシハ……アレ?
ワタシッテ、ナンダッケ。
アカギサンッテ……ダレ、ダッケ?
たくさんの艦娘と戦いました。
ただ、光を探して。
ただ、正しい道を探して。
ただ……何かを、探して……。
それは、偶然でした。
偶然にも、艦娘の攻撃が頭に当たって。
偶然にも、それが記憶を司る部品に刺激を与えたことで記憶の一部を思い出して。
偶然にも、艦娘に弓を使う空母がいて攻撃を止め。
偶然にも、相手もそれを見て攻撃を止めて。
偶然にも、雪風はその鎮守府で生きた状態で確保されることになって。
偶然にも……いえ、こう言い換えましょう。
幸運にも、と。
そうして、雪風は丹陽として目覚めたのでした。
全ての記憶を思い出した雪風は、長期休暇を貰って日本に行きました。
そして、横十三鎮守府が一新されたという話を聞きました。
主導者は赤城さん。
それを聞いた時は、『さすが赤城さんです!』と誇らしい気持ちになりました。
それと同時に……赤城さんはもう、雪風のことを忘れているんじゃないかって不安になりました。
覚えていても、あんな別れ方をした雪風とはもう会いたくないんじゃないかって。
そんな時、偶然にも……そして、幸運にも。
「船を探しているんですか?
それなら、このゆ……丹陽に、お任せください!」
横十三の新しい提督である、東未来さんと接触する機会を得たのです。
詳細はよくわかりませんが、木曾さん関係で憲兵隊に乗り込んだ帰りだったみたいです。
なぜか帰りの船がないとのことだったので、雪風も一緒に探しました。
結果、幸運にも、艦娘に恩返ししたいという親切な船乗りさんを見つけることができました。
「未来さんは……」
赤城さんはどうしているのか。
赤城さんのことをどう思っているのか。
赤城さんは大丈夫なのか。
聞きたいことはたくさんありました。
「……あの鎮守府を、どうするつもりですか?」
だけど、怖くて聞けませんでした。
赤城さんが幸せに暮らしていたとしても。
赤城さんが辛そうに暮らしていたとしても。
雪風は、立ち直れない気がしたからです。
「──私は、みんなを笑顔にするよ」
だから、雪風には未来さんがとっても眩しく見えました。
「笑顔を浮かべられない人がいるんだ。
色々な人がいて、色々なものを抱えていて……。
私じゃ背負いきれないかもしれないけど、それでも隣に立ってその重みを減らすくらいはできると思うから」
その言葉を聞いて……彼女なら任せられると、そう思ったのです。
「赤城さんのこと、よろしくお願いします。
あの人は……強そうに見えて、とってもか弱いですから」
雪風はそれだけ言って、逃げるみたいにその場から立ち去りました。
それから、雪風は陰から未来さんのサポートをするようになりました。
そんなある日。
未来さんから私宛に、私の提督を介して連絡が来ました。
私はその用件を聞いて、すぐに日本へ向かいました。
日本に来た私は対面したのは、昏睡状態で眠る赤城さんでした。
「……どうして、私を呼んだんですか?」
「頭が狂ったと思われるかもしれないけど……妖精王と話したんだ」
「頭が狂ったんですか?」
「あはは、それ五回くらい言われた。
あとは『精神科を紹介する』が三人いたかな」
……本当に、気でも狂ってしまったのでは。
ちょっと心配です。辛い気持ちは共感できますが……。
「妖精王が言うには、『世界は閉じていない』らしいんだ。
赤城さんは世界の外に行ってしまったけど、心残りがあれば引き返すことはできる……って」
「心、残り……?」
「大切なものや、大好きなもの……もしくは、後悔や懺悔。
それに当たるものらしい」
そんなものがあるのでしょうか。
あの人の大切なもの……妖精さんたちは大切に扱っているようでした。
大好きなものなら、あの人は艦娘のことをいつも愛おしそうに見ていました。
後悔や、懺悔は……。
「ごめん、雪風さんのことは調べさせてもらったよ。
その上で……私は雪風さんが、赤城さんの
……私じゃ、その役目はダメそうだったからさ」
「そんな、雪風は……っ」
雪風は……あの人に、覚えてもらっているのでしょうか。
もう、昔の人として、忘れられていないでしょうか。
恨まれていないでしょうか。
嫌われていないでしょうか。
知るのが、こわい。
踏み込むのが、こわい。
「大丈夫……赤城さんはあなたのことを、とっても大切に思っているよ」
「あ……あなたに何がわかるですか!?」
「私は……私には、赤城さんの大切なものがわからなかったんだ。
──だけど、この子たちが教えてくれたから」
「えっ……?」
そう言った未来さんの視線の先には、何もいませんでした。
しかし、その様子があの人と重なりました。
私には見えない妖精さんと楽しそうに語り合う、赤城さんの姿に。
「赤城さんは、この妖精さんたちに長めの休みをあげていたみたいだね。
『先生が一番喜ぶお土産話は、雪風さんが生きているという話だと思いましたから』」
「……会長、さん?」
生徒会長。
そう呼ばれていた子が、赤城さんの妖精さんにいたはず。
今の口調は、その妖精さんと同じで……。
「『先生が昏睡したって聞いて、急いで集めたぜ!』」
「放送、委員長さん……」
「『休み明けにせんせえと会えへんなんて、寂しくてしょうがないわぁ』」
「保健委員長さん……」
「『わたくし、自分なりの正義を見つけてきましたわ~!』
『もちろん、宿題も果たしたのである!』」
「風紀委員長さんに、団長さんも……!」
「『み、みかんも……非常食から携帯食くらいには、進化しました……!』」
「みかんさんは変わりませんね……。
そっか、そうなんだ……みんな、いたんですね……っ」
視界が歪んで前が見えません。
彼女たちは赤城さんにとって大切な存在でした。
常に赤城さんの傍にいて、赤城さんのことを考えて……。
「『雪風さん……お願いします。
あなたにしか、この役目は果たせないんです!』」
「委員長……」
そんな彼女たちが……。
雪風を信じて、雪風に任せてくれるなら。
方法なんてわかりません。
正解なんてわかりません。
一寸先は闇で。
道なんて見えなくて。
それでも、あなたと共に行きたいから。
「……みんなで。
──みんなで、先生に、ただいまとおかえりを言いに行きましょう!」
きっと、雪風の始まりは……この瞬間でした。
待っていてください、赤城さん。
今度こそ、ずっと一緒ですから。