あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~   作:白紅葉 九

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第五話 あの子

 扉をノックする。毎度のことながら返事は帰ってこない。

 

「開けますよ」

 

一応、そう告げてから扉に手をかけた。

 鍵のかかっていない扉はすんなりと開く。

 

 カーテンが閉め切られて真っ暗になった部屋。

 そこにぽつんと一人、その艦娘は座っていた。

 

 部屋の中心には、多少手をつけてから放置されただろう食事が残っている。

 顔には出さずその事実に驚く。

 

 いつもは一切手を付けずに残っているのに、今日は食べた跡がある。

 彼女も変わろうとしているのだろう。

 

 私は慣れた手つきで部屋の電気をつける。

 それにその艦娘は何の反応も示さない。

 

 しかし数秒後、顔を上げたかと思ったら、明るくなった部屋を眩しそうに見た。

 

「暗い部屋にいると目が悪くなりますから」

 

相手を気遣っているのか、自分を気遣っているのか曖昧な発言をしてから、その艦娘の隣に座る。

 

 艦娘はどこを見ているのかわからない目で、ぼーっと虚空を見つめている。

 私もその視線を追い、どことも知れぬ方向を見ながら話し出す。

 

「今日は、ちょっと食べられたんですね。

 小さな一歩ですけど、大事な一歩ですよ」

 

その艦娘は何の反応も示さない。

 だが、段々と……その定まっていなかった目線が、ゆっくりと焦点を定めていく。

 

 どうやら、話を聞くモードに入ってくれたようだ。

 

 私はそんな彼女に対して一方的に話しかける。

 

 たまに相手の反応を確認しながら、相手のトラウマに触れないように細心の注意を払って話す。

 彼女はそれに一定以上の反応を表さない。

 

「……そういえば、うちの鎮守府の提督が決まりました」

 

──反応は顕著だった。

 

 身体を大きく震わせたかと思ったら、私の袖を掴み小刻みに震え小さく何かをつぶやいている。

 『いやだ』『こわい』『しにたい』『たすけて』。聞き取れるだけでこんな感じのことを言っている。

 

 それが落ち着くまで背中を摩る。

 何度も、何度も。

 

 そうすると次第に落ち着きを取り戻し、その目から薄く涙を流した。

 私はそれを見て、彼女の手をゆっくりと優しく握った。

 

「ぁ……ぅ……ぅぁぁあぁッ……!」

 

小さく涙を流しながら、その艦娘は唸るように涙を流し始めた。

 私が握った方の手を力強く握り締めながら。

 

 その状態の彼女に私は何もしない。

 してしまえば、彼女は私に依存して思考するのを辞めてしまう。

 それは本当の意味で過去を克服できたとは言わない。

 

 だから、私は何もしない。

 

「ぐすっ……ずずっ……」

 

「はい、ティッシュです」

 

「……ぁ……と……」

 

「どういたしまして」

 

長く喋っていないのに加え、おそらくここ一週間毎日のように泣いたのだろう。

 そうして枯れた声帯から聞こえる音を何とか読み取って返答する。

 話そうと、感謝を伝えようとしただけで大きな前進だ。

 

 彼女が鼻をかむために手を離したため、一度席を立ち二人分の水を用意する。

 

 鼻をかみ終わった彼女はそれを見て、ちょっと嫌そうに顔をしかめた。

 しかし、その水をゆっくり、本当にゆっくり飲み始める。

 

 前に急いで飲もうとして吐いたことがあるから、それでいい。

 彼女の口の端から零れる水を拭きながら、私は彼女に話しかけた。

 

「安心してください、女性の提督ですから」

 

「……ぅん……」

 

「恐いですか?」

 

「……うん……」

 

水を飲み終わった彼女はコップを机の上に置いた。そして、小さくあくびをした。

 

 私は横目でベッドを見る。

 ベッドの横の壁には、爪で引っ掻いたような跡が数えきれないほど残っている。

 ところどころ、血が滲んだような染みもある。

 

「寝ましょうか」

 

「ぅ……ん……」

 

彼女が私の袖を再び掴んだので、その状態のままベッドまで行く。

 そして、彼女は私の袖を掴んだままベッドへ横になった。

 

 私が布団をかけるとその目はうとうととしていく。

 疲れていたのか、少し経つとすぐに夢の世界へと旅立っていった。

 そうなると袖を掴む力も弱まったので、起こさないようにベッドから離れてカーテンを閉める。

 

「おやすみなさい」

 

そう言い、電気を切ってから部屋を出た。

 そのまま私は食堂へ向かう。

 

 時刻はちょうど夜ご飯時。

 今日は金曜日だからカレーだ。

 

 

 

 

 

 食堂へ入ると、一週間前では考えられなかったような笑顔の艦娘たちがいた。

 もちろん未だに暗い表情をした艦娘も多くいる。

 

 だけど、金剛さんや暁さんが中心となって鎮守府に笑顔を取り戻そうとしている。

 彼女たち自身も深い傷を負っているというのに、有難いことだ。

 

 見ていて何となくわかるが、暁さんは金剛さんに尊敬の念を抱いているようだ。

 おそらく、同じ一番艦として、まさしく艦隊の姉のようにみんなを引っ張っていく姿に憧れているのだろう。

 

 それなら、この二人は同じ艦隊にした方がいいかなぁ。

 けど、そうなると暁さんと響さんが別の艦隊になる……。

 うーん、艦隊内にもっと深く関われる人を作れるといいんだけど……。

 

 

 そうだ。言い忘れていたが、私は次の艦隊編成することになった。

 

 大本営にそれを承諾させるのは少し大変だった。

 だが、ブラック鎮守府について詳しい大本営の人が周囲を説得して承諾させてくれた。

 

 実際、下手に新参の提督が考えた合理的な編成よりかは、鎮守府の内情を知っている私の方がまだマシだろう。

 少なくとも、艦娘にとっては。

 

 その分、責任重大でもあるから慎重になるんだけどね。

 

「鳳翔さん、中辛の空母盛り一つ」

 

「はーい!」

 

「それと、鳳翔さん。

 居酒屋の件について話し合いたいので、また空いている時間を教えてください」

 

「わかりました!」

 

忙しそうな鳳翔さんに要件を告げ、驚異的な盛り方をされたカレーを受け取る。

 

 実は、うちの鎮守府に新しく間宮さんと鳳翔さんが配属されることとなった。

 本来所属していた間宮さんがどこへ行ったのかは……闇深案件だ。この鎮守府、闇深案件多すぎない?

 

 鎮守府での役割として、間宮さんには三食を済ませるための食堂の管理を。

 鳳翔さんには、お酒と娯楽を提供する居酒屋の管理をお願いしようと思っている。

 

 しかし、居酒屋というのは隠れ蓑で、実際は酒や場の雰囲気に酔った相手から心境や現状の不満などを聞き出す……。

 つまり、現在のカウンセリング業と似たようなことがしたいと考えていた。

 

 こういうのは、艦娘ではない提督には難しい部分もあるだろうし、同じ艦娘の私がやるのが一番だ。

 

 しかし、全員のトラウマがある程度癒えたら、別の人に交代してもらおうと思っている。

 現状では一番、私がするのが無難だろうということで私がやっているけど。

 

 まぁ、未来のことは時が来たら考えればいいだろう。

 今は、とりあえず……いた。

 私は偶然一人でいた目的の人物を見つけて呼びかける。

 

「金剛さん」

 

「oh! 赤城!

 どうしたデース?」

 

まるでブラック鎮守府にいたとは思えないほどの笑顔を見せる金剛さん。

 

 楽観視をするならブラック鎮守府のことを乗り越えたのだと思いたいのだが、そう簡単な話でもない。

 妖精さんたちから、金剛さんはブラック鎮守府時代から笑顔を絶やさなかったと聞いている。

 

 それはつまり、笑顔という仮面を張ることが日常的になっているということだ。

 

 こういう人が一番、爆発したら手が付けられなくなるため厄介だ。

 どこに地雷があるかわからないため、いつどこで爆発するかわからない。

 

 しかし、逆に言うとその仮面は強固だから、すぐ爆破することはない。

 というか、彼女以外で、導火線に火を付けられていつ爆発するかわからない状態の艦娘が多すぎるというか……。

 

 ……前途多難。

 問題は山積みである。

 

「ご飯、ご一緒しませんか?」

 

「勿論デース!」

 

戦艦盛りのカレーの横に空母盛りのカレーを置く。

 

 前世の頃の感性だと壮観である。

 しかし、これを食べるのが自分だと思うとなんだか少し不思議な気分でもある。

 

 いただきますと言った後に、カレーを食べ始める。

 

 正直、このカレーだけで転生した価値があると思う。

 しかし、食べるだけでは相席を頼んだ意味がないので、笑顔の金剛さんへ話しかける。

 

「金剛さん、みんなの様子はどうですか?

 何か困っている様子や悩んでいる様子などはありませんでしたか?」

 

「特に問題なしデース!

 そういえば、提督が女性に決まりましたネー?」

 

「はい、大本営と掛け合った甲斐がありました」

 

「お疲れ様デース!

 色々と、赤城に任せっきりで申し訳ないネー」

 

「裏方作業は得意ですし、金剛さんには艦娘をまとめる役割をお願いしていますから。

 女性提督に決まったことで、何か反発などの傾向や不満が高まりそうなことはありましたか?」

 

「そうデスネー……」

 

食事をしながら情報交換をする。

 こうやって、定例会議みたいな感じでいつも金剛さんとは食事を取っている。

 

 先程仮面うんたらの話をしたが、基本的に、金剛さんは私を含めて艦娘や人間の前では仮面を被っている。

 

 ただ、その仮面は笑顔の仮面だ。

 なぜなら、彼女は艦娘のことを大事に思っているから。

 

 艦娘にも笑顔になる権利があると、そう訴えているのだ。

 

 もちろん、それは当たり前の人権であり、艦娘に保証された当然のものである。

 しかし、あの環境で過ごしたため、疑心暗鬼になっているのが現状なのだろう。

 

 

 そんな金剛さんの素が唯一垣間見えるのが、艦娘について話している時である。

 それも、艦娘を取り巻く環境に対しては一番重要視しているようで、素になっていることが多い。

 

 つまり、この金剛さんとの定例会議は、金剛さんに覚らせない形でストレスチェックも兼ねていた。

 

 もちろん、定例会議自体に手を抜くつもりはない。

 だけど、本当に緊急の用事や大事な要件だったら、当事者を個別に呼び出して話せばいい。

 

 食事をしているのに加え、艦娘について話している状態。

 それが金剛さんにとって、一番ストレスのないない状態であり、警戒が薄まる状態でもあるのだ。

 

「まぁ、こんなところデスネー」

 

「わかりました。

 では、こちらから大本営に掛け合っておきます」

 

「お願いしますネー!」

 

お皿を片付けて金剛さんとは別れる。

 

 金剛さんも他の子たちも特に不便をしているようではなさそうだったので安心だ。

 多少普段と違う場所での生活でストレスはあるだろうが、あの鎮守府で過ごすよりは遥かにマシなんだろう。

 

 

 

 

 

 食堂を出て、すれ違う艦娘と軽く会話したりしながら自室へ戻る。

 電気をつけて床に座ると、天井からコンッと一回ノック音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

私がそういうと、一瞬にして目の前に彼女は現れる。

 一度この方法で入室を許してから、彼女は毎回この方法で入ってくるようになった。

 

 この子は部屋にこもる……ではなく、天井にこもって生活している。

 なので、正直変な虫が付いていないか心配なのだが、毎回ホコリ一つ付いていない綺麗な衣服を身にまとっている。

 

「川内さん、お茶でいいですか?」

 

「うん……ありがとう」

 

二人分のお茶を出して、改めて床に座る。

 

 現在うちの鎮守府には、誰とも顔を合わせたくないと思って引きこもっている艦娘が二人いる。

 

 一人は先程部屋に足を運んで寝かしつけた子。

 もう一人は、現在対面している川内さん。

 

 もともとの性格としては夜戦が大好きで、とにかく夜戦が大好きな夜戦バカである。

 実際、ドロップ艦としてうちの鎮守府に生まれた当初は、まんまそういう性格だったらしい。

 

 しかし、あの変態男から性的接触を強要され、今では夜という単語に対して強いトラウマを覚えてしまっている。

 そして、そういう行為で汚された自分が醜いものだと思い、艦娘と関わるのさえ恐く感じている。

 

 

 当初、彼女以外にも引きこもっていた者はいた。

 

 その中には川内さんたちのように、対面で話すことさえ拒否する者も複数いた。

 それを一週間でここまで減らせたのは、自分で言うのも何だが快挙だと思う。

 

 しかし、この二人に関しては、まだ私以外の者と話させるのは困難だろう。

 とりあえず、リハビリ感覚で私とこうやって夜中に話している。

 

 時たま、トラウマを思い出して泣き出すことがある。

 それをなだめるのもカウンセラー擬きである私の役目だ。

 

 行き過ぎた介護は依存しか生まないから、その辺の塩梅には気を付けているつもりだけど。

 

 寝ているときもよくうなされているので、最近は一緒に寝て少しでもうなされたら頭を撫でるようにしている。

 そのため、この個室は川内さんと共用になりつつあった。

 

 ……あれ? これって行き過ぎ?

 

 ……その疑惑はいったん、後で考えよう。

 

 私の睡眠を心配に思われるかもしれないが、二時間程度寝れば余裕で動けるので問題ない。

 一時間は流石にちょっと、七十パーセントくらいの疲労しか取れないが。

 

「川内さん、おやすみなさい」

 

「おやすみ……赤城」

 

そう言って川内さんを眠りにつかせる。

 電気を消すのは恐いようなので、電気は付けたまま。

 

 少しの間頭を撫でていると、小さく寝息が聞こえ始めた。

 

 それを聞いて、私は立ち上がり、部屋に一つ備え付けられている机に向かう。

 そこにはパソコンがあり、電源をつけるとまた新たな仕事が増やされていることに気づく。

 

 

 うちの鎮守府が運用を再開するために、色々と処理する必要のある書類がある。

 

 私はそれらを夜中に、こうして誰にも知られないように済ませている。

 これは決して、私が仕事人間(社畜)というわけではない。

 

 端的に言えば、仕事をしていることを黒髪艦娘さんこと大淀さんに知られないためである。

 

 あの人は文字通り仕事人間というか、仕事に依存することでトラウマから逃避している節があった。

 その不健全な循環を脱するため、強硬手段ではあるが仕事を全て取り上げている。

 できることなら誰かに丸投げしたい仕事だが、そういうわけで仕方なく、夜中に一人で書類処理をしている。

 

 といっても、鎮守府に戻ったら大淀さんに仕事を任せることになるだろう。

 だから、それまでに少しでも仕事依存が治っていたらいいな、という気休め程度のものだ。

 

 ちなみに、明石さんには、大淀さんが他に没頭できる趣味を見つけられるように誘導をお願いしている。

 

 どうやら、大淀さんは建造艦のようなので、一度趣味を見つけられれば、比較的簡単に仕事命という状態からは抜け出せるんじゃないだろうか。

 完全にトラウマから抜け出すには時間が必要になるとは思うけど。

 

「……ん?」

 

慣れた手つきで書類を片付けていると、一通のメールに気付いた。

 

 件名は『【機密】新たに所属する提督について』。

 それを開くと、うちの鎮守府に新しく所属する提督について詳しい情報が載っていた。

 

 それを読んでいく。

 カーソルをスクロールしていた手は、ある文章を見たことで止まった。

 

「へぇ……」

 

確認しましたとメールを送ってから、メールの最後に書かれていた指示に従ってそのメールを削除する。

 しかし、頭からその情報が抜けることはなかった。

 

 まさか、提督が……。

 

 

 

 ──元艦娘だなんてね。




感想、評価等、本当にありがとうございます!
投稿前は、正直誰にも見られないんじゃないかと不安で不安でしょうがなかったのですが、想像以上に多くの方に見ていただき、大変うれしく思っています。

まだ、行き当たりばったりではありますが、精進して頑張って参ります!
これからも本作をよろしくお願いします!!!!!!!!!
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