『暗殺教室RPG』RTA 殺せんせー札害チャート 作:朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足
「穂波ちゃん!」
「中村さん!」
イェーイとハイタッチをする二人。
その光景を温かい目で見守る殺せんせー。
現在、E組の教室は歓喜に包まれていた。
今回のテストで事前に言っていた通り英語で満点を取った中村さんと、またいつものように全教科で満点を取った穂波さん。彼女たちの活躍で僕らは殺せんせーの七本もの触手を破壊できる権利を得たのだ。
そして、それだけではなく。色々あってA組と勝負する羽目になった僕らだけど、その彼らに対しても無事勝利を収めることができたのである。
僕らがA組に勝つことができたのは意外にも寺坂君たちのおかげだった。実は主教科である五つとそれらの総合点を競い合った段階ではまだ三対三と引き分けの状態で、勝負はそこから規定通り副教科へともつれこんだのだ。
副教科のテストは比較的重要度が低いためか教科担任の好みでかなり自由に出題される傾向にある。だから高得点を取るのはかなり難しかったりする。
けれども、彼ら四人はそこで非常に高い成績を残した。家庭科に至っては何と全員が満点である。
「……あん? 何だよ渚?」
「いや、ちょっと意外だったなって。まさか寺坂君がそんなにやる気を出すなんて思わなかったからさ」
「……はっ! 言っとくけどな、俺はただあいつに借りを返したかっただけだ! いつまでも貸しつけられたままなのは気分わりぃからな!」
「相変わらず素直じゃないなぁ……」
「男のツンデレとか誰得だよ」
「おい誰だ今俺のことツンデレっつったの! 喧嘩売ってんのか!」
この結果はクラス全員の頑張りによって得たもの。
まさにE組の集大成と言っても過言ではない。
……でも、ここで終わりじゃない。むしろここからがいよいよ本番だ。
「先生、クラスの皆でも話し合ったんですが……この暗殺に今回の勝負で得た“戦利品”を使いたいと思います」
相手のクラスに何でも一つ命令できる権利を行使してA組から分捕った“椚ヶ丘中学校特別夏期講習の参加権”――二泊三日の沖縄離島リゾート。
京都への修学旅行以来、場所を移しての大規模な暗殺計画がまたしても実行されようとしていた。
「そういえば渚、A組との勝負で勝手に賭けにされてた件のこと、穂波さんにちゃんと言った?」
「……まだ言ってない」
「だよね……。あいつら、本当余計なことしてくれたわ!」
「でも、そのおかげで沖縄に行けることになった訳だし……そう考えるとなんか複雑かな……」
「まあ、それはそうだけどさ……。とにかく、どこかでいい感じのタイミングを見つけないと。それから皆で言いに行こっか」
「うん。磯貝君たちにも伝えておくよ」
その男がE組を訪れるのは二度目だった。
彼の名前はロヴロ。かつては腕ききの暗殺者として名を知らしめ、そして引退した現在では後進の暗殺者を育てる傍らその斡旋で財を成している人物である。
そんな彼が再びここへやって来たのは今回彼らが練った作戦にプロとして助言を授けるためだ。
(ふむ……。これといって言うべきこともないな)
暗殺計画の概要を聞いた彼はそのように判断した。
人生の大半を暗殺に費やした彼からしても今回の計画は中々に練られたものであった。加えて彼らがもつ技術にも目を見張るものがある。これなら合格点を与えても構わないだろう、そう思ってもいい程に彼らからは十分な可能性が感じられたのだ。
数ある生徒たちの中でも特に印象に残った者が二人。
一人は潮田渚という一見おとなしそうに見えるがその実暗殺者としての才能を秘めた少年で、それからもう一人の方は――彼の前に大きな紙袋を持って現れた。
『ロヴロさん……いえ、ロヴロ大先生! いつもお世話になってます! こちらささやかなものですがどうぞお受け取り下さい!』
そう言ってロヴロにその大きな紙袋を差し出した少女、彼女は自らを穂波水雲と名乗った。
『……これは?』
『水ようかんです。このままでもおいしいんですけど、冷やすともっとおいしくなりますよ』
『いや、そういう意味ではなく……なぜ俺に? 俺と君に接点はなかったと思うが……』
こうしてE組を訪れたのはあくまでも仕事のためだ。
その報酬も既に日本政府から受け取っている。
疑問に思う彼に水雲は語り出した。曰く、普段からよくイリーナに主にハニートラップ関連のことで世話になっていると。彼女の師はロヴロであり、つまりそれはロヴロにも世話になっていることと同義だと。
ゆえに本日は菓子折りを持参したそうだ。言わばこれは彼女の善意によるお礼であった。
『イェラヴィッチお姉様先生にはいつもお世話になっていますし、だからロヴロ大先生にも!』
『……そうか。まあ、君がそこまで言うなら受け取らないのは逆に失礼か。ありがたく頂いておくとしよう』
(というより、あの馬鹿弟子は一体何を考えている! まさか教え子にこんな呼び方をさせていようとは……調子に乗り過ぎだ! ……また一から叩き直さねばならんか)
……色々と思うことはあるがそれはさておき。
改めてロヴロは彼女を見た。
まず目につくのはその美しい容姿。太陽光に反射して輝く金色の髪、整った目鼻立ち、肉感と細さの両方を成立させた体型……右目の下にある泣き黒子も魅力的だ。
なるほど、イリーナが目をかける訳である。これ程までに美しければさぞ仕込み甲斐もあることだろう。少し色気が不足しているところだけが残念だが、そればかりは年齢的にも仕方のない話だ。恐らく後三年もすればイリーナにも匹敵する美女へと完成するに違いない。
それから内面においても。
驚くべきことに、彼女はとてつもない才能をその身に宿していたのだ――暗殺者の才能である。……それもあの少年を上回る程に破格のものを。
職業柄様々な人物を見てきたロヴロだが、ここまで突き抜けた才覚をもつ者に出会うのは初めてだった。渚の時も驚嘆したが、彼女の場合はそれ以上の衝撃であった。
『後それと、実はベテランの殺し屋である貴方に少しだけお聞きしたいことがあって――』
そしてさらに、殺し屋自体にも興味があるのか彼女は彼にこのような質問をしてきたのだ。
『貴方が知る中で一番優れた殺し屋とはどのような人物なのでしょうか?』
『……一番優れた殺し屋、か。この業界ではよくあることだが、その者の本名は誰も知らない。ただ一言のあだ名で呼ばれている――“死神”と』
『……死神、ですか?』
『神出鬼没にして冷酷無比。夥しい数の屍を積み上げ、死そのものと呼ばれるに至った者。君たちがこのまま標的を殺しあぐねているのなら、やつは必ず姿を現すだろう』
『
『どうだろうな……。そればかりは何とも言えん』
そのまま話の流れで彼女にも渚と同じように必殺技の伝授を提案してみたものの、ただでさえ忙しそうな貴方からこれ以上貴重な時間を奪ってしまうのは恐れ多いと丁重に断られてしまった。
色々と教えて頂いてありがとうございました――ぺこりと頭を下げて去っていく水雲の後ろ姿を眺めつつ、ロヴロは心の中で葛藤する。
このまま行かせてしまっていいのか? 彼女を暗殺者として教育すれば間違いなく大成するだろう。ともすれば、あの死神にも並ぶかも知れない。この機会を逃すのはあまりにも惜しい、そう思えてしまう程の逸材である。まさにダイヤの原石なのだ。
せめて一言だけでも声をかけておこうかと彼はその背中に手を伸ばして――
『……』
やがて静かに下ろした。
彼が彼女の勧誘を諦めたのは直感によるものだった。
確かにあの少女にはとてつもない才能が宿っている。しかし、同時に彼女には暗殺者にとって必要不可欠な何かが欠けているような気もしたのだ。
その何かがどういったものなのかは分からない。それを見定めるには彼女との関係性をもっと深める必要がある。
……それに、一番優れた殺し屋について尋ねてきたのも恐らく殺し屋に興味があってのことではない。彼女からは何か別の目的があるように感じられた。
(全く……世界とは広いものだな……)
何となしに彼は空を見上げる。そこには青々とした空間がどこまでも広がっていた。
殺し屋屋ロヴロが注目した二人の少年少女――潮田渚と穂波水雲。
この二人は、後にその彼からも認められた才能を活かして様々な活躍を見せることとなる。
「ね、穂波。ちょっと言いたいことがあるんだけど……」
「何ですか? イェラヴィッチお姉様先生」
「それよそれ! その呼び方! 私たち、もうそこそこの付き合いになるでしょ? だからね、ちょっと踏み込んだ呼び方に変えてみない? 何なら気軽にファーストネームで呼んでくれてもいいのよ?」
「え? でも、先生って確か最初に会った時にそう呼ばれるのは嫌って言ってたような……」
「そんな前のこともう気にしなくていいわ。私がいいって言ってるんだからいいのよ」
「分かりました。じゃあ、先生のことは次から『イリーナ先生』って呼びますね! ……それにしてもえらく急じゃありません? 何かあったんですか?」
「え……べ、別に何もないわよ! ほら、日本のことわざでも言うじゃない! 思い立ったが吉日って!」
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