「……」
場所は『WEEKEND GARAGE』の店内のライブスペース。
店内の奥側に用意されたそこは、夜な夜な様々なミュージシャン立ち、各々の歌声を店内に響かせる。
歌う資格も、店主である謙さんの承諾のみというのもハードルを低くさせている要因の一つだ。
歌が好きな者が歌える場所。
それが、この喫茶店なのだ。
尤も、このストリートの特性からステージに上がる者立ちのレベルはそこそこ高かったりするわけだが。
そんなステージに立っているのは、ついさっき杏さんとチームを組んだ少女、小豆沢さんだ。
『歌を……?』
『ああ、一曲歌って欲しい』
それは、つい数分前のこと。
僕のお願いに、小豆沢さんは口を開くが、その表情には怯えのような物が見えた。。
『……ちょっとちょっとー、涼ってば疑いすぎだって』
『あ……』
それを察してか、杏さんが割り込むように口を開いてフォローしてくれたことで、その理由が分かった。
『気を悪くさせてしまったら申し訳ない。別に、小豆沢さんが歌えないとかそういう類いのことは考えてないんだ。ただ、今の小豆沢さんがどのくらい歌えるのかの確認をしたいだけだよ』
『えっと……嫌な気持ちにはなってないから大丈夫です』
僕としては彼女のレベルを調べるための物だったが、少々配慮に欠けていた物だった。
幸いにも相手の方は、そこまで気にはしていないようなので助かった。
『じゃあ、あっちのステースで歌おっか』
『うん、お願い』
杏さんの提案で謙さんに確認してライブスペースに移動して今にいたる。
「よっし。こっちは準備オッケーだよ」
杏さんにお願いして、楽曲は僕が選曲した比較的簡単なレベルの物や難易度が高めの曲の中から、小豆沢さんが知っている曲を選んでもらった。
これらの曲を歌えるか否かで、今後の方針が大きく変わる。
(ちゃんと聞かないと)
「あ。私も一緒に歌おっかな・・・・・・大丈夫?」
「うん、別に問題ないよ」
あくまでどのくらい歌えるかの確認なので、一人だろうが二人だろうが関係ないのだ。
いや、むしろ本番に近い状態で歌ってもらった方が本来の目的に合っているのかもしれない。
「頑張ろうね、こはねっ」
「う、うんっ」
こちらが準備をしている中、二人は気合いを入れていた。
杏さんのおかげで小豆沢さんの準備は大丈夫なようだった。
「これでよし、と。じゃあ、二人とも準備はいい?」
「こっちはオッケーだよ!」
「あ、私も、大丈夫です」
二人に声をかけると、杏さんはいつものように軽い感じで、小豆沢さんはどこか緊張した様子で答える。
僕は二人の返事を聞いて僕は曲を流す。
「―――っ! ―――♪」
そして始まった曲に合わせて、まずは杏さんが小豆沢さんを引っ張るように歌い出した。
小豆沢さんが選曲したのは、難易度がやや高めの曲だった。
高めとはいえ、全体的にノリやすく、一度軌道に乗ればどんどん上がっていける曲だ。
まさにハイリスクハイリターンな感じの一曲だろう。
杏さんが歌いだした瞬間、彼女の存在感が膨れ上がる。
熱とキレを織り交ぜたその歌声に、喫茶店の空気は一気にライブ空間へと変貌した。
杏さんの歌声が、この場を一気に熱くしていく。
一方の隣に立つ小豆沢さんは、明らかに緊張していたが、杏さんに導かれるように小さく身体を揺らして、口を開く。
(すごいな……)
僕は内心で呟く。
技術的には杏さんの方が圧倒的に上だ。
発声も安定していて、聞く者をを惹きつける迫力もある。
対照的に小豆沢さんは、初歩的なミスこそ少ないものの、細かなブレスのタイミングやニュアンスがまだ固まっていない。
予想はしていたが、完全に初めて歌うといった類のスタイルだ。
でも、
(──なんだろう)
途中から徐々に、小豆沢さんの存在感のような物が増してきたような気がした。
杏さんに引っ張られているのに、一瞬だけ燃え上がるような何かを彼女の歌声から感じずにはいられない。
まだ粗削りだけれど、爆発力を秘めたそれは、もし彼女が本気で向き合うなら、どれだけの高みに届くのだろうか。
そう思うだけで、心の中がざわつくように疼いた。
それは作曲者としての本能がざわめく感覚だ。
やがてラストの大合唱を迎える頃には、店内の空気は完全に二人に掌握されていた。
最終フレーズで、曲が終わった瞬間、杏さんは大きく息を吸って身体を伸ばした。
「ふぅ~! どうだった? 涼介」
杏さんは満足げに微笑みながら僕に問いかける。
その横で小豆沢さんは肩を上下させながら顔を赤くしていた。
余韻がまだ耳の中に残っているようで、不思議なほど心拍数が高いままだった。
「そうだね……」
僕はそう口にしていったん区切ると、頭の中で整理しながらゆっくりと呼吸を整える。
自分が感じ取れたものを言葉にしなければならないと思った時、胸の内で生まれた小さな期待とともに自然と言葉が口を突いて出た。
「凄かったよ。二人とも」
最初の一言だけではまだ足りな異様な気がして、僕は続けた。
「杏さんを射止めるだけあるよ。まだ荒削りだけど、伸び代が半端じゃないと思う」
僕は確信を持って言うことができた。
もちろん、色々と課題はあるし、練習は必要だろうがあの夜を越えられる可能性は十分にありうる。
「えっへん、そうでしょ、そうでしょ!」
杏さんが自慢げに笑顔を浮かべて言った。
その一方で、小豆沢さんは俯いていて恥ずかしさからなのか何も言い出せなかったけれど、
「ありがとう……」
小さく呟かれた感謝の言葉だけがしっかりと耳に入った。
「うん。大体把握はできたから、ちょっと何パターンか曲のほうを見繕ってみるよ」
「何パターンか曲のほうを見繕ってみるよ」
僕がそう口にすると、杏さんの目が大きく見開かれた。
「……作ってくれるの?」
その問いかけは、驚きとそれ以上に、何か温かなものを含んでいた。
まるで、ずっと待ち望んでいた言葉をやっと聞けたかのような、そんな響きだった。
僕は自然と頬が緩むのを感じながら、ゆっくりと頷く。
「うん。約束だからね」
「約束?」
隣で聞いていた小豆沢さんが首を傾げた。
「あぁ、前に杏さんとね。"いつか一緒にステージに立つ時は、僕が曲を作る”って約束したんだ」
僕が答えると、杏さんは「そうなんだよねぇ」と照れ臭そうに笑った。
RAD WEEKENDの後のことだから、鮮明に覚えている。
あの日は、夕暮れ前の光が差し込んでいて、僕たちはあの夜の感想を語っていた。
その流れで出た約束だ。
「まさかこんな早くに叶うことになるなんて思わなかったけど」
僕がそう続けると、杏さんはまっすぐに僕の瞳を見据えた。
「ありがと。絶対に最高のステージにするからね」
その真剣な眼差しに、胸の奥が温かくなる。
小豆沢さんは少し戸惑ったように二人を見比べていたが、やがて小さく微笑んだ。
「わたしも……精一杯頑張ります」
三人で交わした静かな誓いのような時間が流れた。
窓からは斜陽が差し込み、僕たちの影を床に長く映している。
このすべての始まりになるであろう光景を、きっと長い間忘れないんだろうな——。
そう思いながら、僕は作曲する曲について考えを巡らせるのであった。
大変お待たせいたしました。
約1年ぶりの更新になりました。
まだまだ展開が遅いですが、とりあえず、このまま走っていきたいと思います。
なお、アンケートについてですが、もう少しだけ話が進んだら終了させていただく予定です。
それでは、また次回お会いしましょう
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