「終わった~」
学生にとって、一番の解放感を得られる放課後。
それは僕もまた同じことで、その解放感に思わず気の抜けた声を上げながら机に突っ伏した。
「放課後になった途端それかよ」
「えー、だめ?」
そんな僕をあきれた口調で言う(と言うよりも、表情も完全にあきれているような感じだったけど)彰人に僕は顔だけ動かして聞く。
「ダメって言うか……ッたく、これで学年上位っておかしすぎだろ」
「失敬な。これでもちゃんと予習復習してるんだよ」
ぶっきらぼうに言ってくる彰人に、僕は顔を上げて頬を膨らませながら言い返した。
「それに、下手な成績取ると……ねえ」
「あー、そっか。お前も大変だよな」
含みのある言い方をすると、僕の言わんとすることを察したのかどこか同情するような視線で労われる。
「まあ、好きなことのためだからね」
勉強は大変だが、要領をつかめばそこまで苦にもならないのは、やはりやりたいことをやるためなのかもしれない。
……勉強に対する姿勢としては、なんとなく間違っているような気もするけど。
「そういえば、今日って暇?」
もう一人の知り合いを誘ってWEEKEND GARDENに行こうと思い彰人に聞いてみる。
「あー悪い。今日はバイトだ。ちなみに冬弥は委員会で遅くなるっつてたぞ」
どうやら今日は間が悪かったようだ。
「そうなんだ。バイト頑張ってね」
「おー。じゃあ、またな」
(それにしても、バイトかぁ)
背中越しに手を振りながら教室を去って行く彰人の背中を見届けながら、ため息交じりに心の中でつぶやく。
「僕もバイトとかしてみようかな?」
”まあ無理だろうけど”と心の中で言いつつ、僕は一人でWEEKEND GARDENへと向かうのであった。
ビビッドストリート沿いにある小洒落た喫茶店。
その名も『WEEKEND GARDEN』は、音楽が好きな人(というよりは、マスターに会うためと言うべきだろうか)が集うライブカフェ&バーで、知る人ぞ知る名店のような場所だ。
「いらっしゃい……おう、涼介か」
「こんにちは、謙さん」
カランコロンという音を立てながら扉を開けて中に足を踏み入れた僕をカウンター内で出迎えたサングラスを頭にかけている気さくな男性が、ここのマスターでもある白石謙さんだ。
この人のことを知らない人は、ただの中年男性と思うかもしれないが、この人こそが、伝説のイベントともいわれている『RAD WEEKEND』を開催したバンドのメンバーの一人『KEN』なのだ。
故に、引退した今でも多くの人が謙さんに会うためにここを訪れたりしているのだ。
無論、そうじゃない人もいるけど。
「いつものでいいか?」
「はい、お願いします」
ここに通い始めて約1年が経とうとしている為か、僕が何時も注文するものが分かっているようで、カウンターに腰かけるなり少ない会話で注文を済ませられるようになっていた。
「今日はライブ帰り……というわけではないよな?」
「娘さんに誘われまして」
謙さんからすれば、僕がここに来る理由は近くを通ったからか呼ばれたからかの二択でしかないわけで、どうしてここを訪れたのかの理由は察しがついてしまうようで
「やっぱりそうか」
「えっと……すみません」
僕の答えに、なんとも言えない様子でため息を漏らす謙さんの姿に、どこか罪悪感を抱いてしまい思わず謝ってしまった。
「いや、お前が謝ることじゃない。……迷惑だったら迷惑だと言うんだぞ」
「大丈夫です。僕も楽しんでますから」
そんなやり取りをしながら、謙さんに出してもらったコーヒーに口を付けたタイミングで、再び来客を告げる鈴の音が店内になり響いた。
「ただいま父さん。あ、涼介……ちゃんと来てたんだね。感心感心」
店内に入ってきた腰まで伸びた黒髪にヘアピンで左右に髪を分けている少女が、僕の姿を見るや否やうんうんと頷きながら言ってくる。
彼女の名前は『白石 杏』。
謙さんの娘で、『RAD WEEKEND』を超えるライブをやろうと夢見ている人物だ。
「おかえり杏」
「お邪魔してるよ杏さん」
制服姿なのを見る所、どうやらこちらが少し早かったようだ。
「カフェタイムが終わるまで時間があるから、もう少し遅くてもよかったのに」
「とか言って、来なかったら来なかったらで怒るくせに」
現に少し前にそれで遅いと言われたことがあったりもする。
「杏、あまりわがまま言って困らせるんじゃないぞ」
「はーい。悪いけど、少しだけ待っててくれる?」
「別にいいよ。こっちはこっちでのんびりさせてもらうし」
杏さんに答えつつ、僕は謙さんの淹れたカフェラテの入ったカップを手に持ち一口飲んだ。
「あれ? そういえば、今日のは何だか甘いですね」
最初は分からなかったが改めて飲んでみると、いつもより甘みが増しているようにも思える。
「おっ、分かるか。今日は少しミルクの量を増やしてみたんだ」
「それでですか。とてもマイルドな味でおいしいです」
甘いとはいえ、コーヒーの味そのものを損ねることなく、コーヒー独特の苦みを打ち消してくれているので、こちらのほうが僕の好みだったりする。
(謙さん、今度はバリスタにでもなるのかな?)
なんとなく、そんなことを考えた僕は、制服から着替えて接客を始める杏さんの声をBGMにしながらコーヒーを飲んで、カフェタイムが終わるまで時間をつぶすのであった。
「それじゃ、カフェタイム終わったから出かけてくるね」
カフェタイムが終わり、この後に来るお酒などの提供が始まるバータイムになるまでの間の時間になるや否や、杏さんが謙さんにそう言いながらこちらのほうに歩み寄ってくる
「ああ。あまり、ほかのミュージシャンとケンカするんじゃないぞ」
「もう子供じゃないんだからしないってば……ねえ、涼介?」
「そう? 僕の記憶が間違ってなければ、この間途中から入ってきたミュージシャンと――「りょ・う・す・け?」――ハイ、ソウデスネ」
少し前の路上ライブで途中から入ってきたミュージシャンとバトルを繰り広げたことを言おうとした僕に、杏さんの凄みの入った声色で名前を呼ばれ、僕はその言葉をひっこめた。
「うんうん♪ そうだよね」
(し、死ぬかと思った)
視線で人を殺すという言葉をたまに見かけるが、意外とその通りなのかもしれないと感じた瞬間だった。
「はぁ……気を付けて行くんだぞ」
そんな僕たちのやり取りを見て何かを察した謙さんは、深いため息とともにそう言って僕たちを見送るのであった。
WEEKEND GARDENを出て少し歩いた僕たちがたどり着いたのは、スクランブル交差点の一角だった。
大勢の人が行きかうこの場所は、ミュージシャンたちにとってはこれ以上ないほどの最高の練習場所である。
大勢の人が行きかうため、観客の前で演奏したり歌ったりする練習には、うってつけだったりする。
そのためよく路上ライブなどが行われているのだ。
ここでライブをして後にメジャーデビューしたミュージシャンも少なくない。
また、ここは通行の邪魔さえしなければ路上での演奏は無許可でも認められているのが、敷居をさらに低くしている。
「よしっ。マイクのセッティングOK。準備で来たよ、涼介」
「あ、うん」
そんなことを考えている中、一人で準備をしていた杏の言葉に相槌を打ちつつ、差し出されたマイクを手に取る。
前、一緒に準備を手伝おうとしたのだが、思いっきり断られた。
何でも『これは私にとって譲れないやつだから』だそうだ。
きっとこだわりでもあるんだろうと納得している。
「あれ、杏ちゃん。今日もライブか。頑張ってな」
「杏ちゃん、今日は友達を連れてきたよっ。応援してるね!」
ここで両手では数えきれないほどライブをしているので、通行人の中には杏さんに応援の声を掛けてくる人も多い。
「お、今日は涼介もいんのか」
「楽しみにしてるぞ、涼介ー」
杏さんよりは少ないけど、僕にも。
「あ、ありがとう、ございます」
「ふふ、皆ありがとうっ。いっぱい歌っちゃうね♪」
そんな通行人達の応援に応えつつ、杏さんは僕にマイクを手渡してくる。
「それじゃ、行くよ。涼介」
「すーはー………いつでも」
杏さんの言葉に一度深呼吸をしてスイッチを入れた僕は、そう返す。
「―――♪ ―――!、―――!」
そして流れ出した曲と共に路上ライブが始まる。
(今日はアップテンポなロック調か……だったら、こっちは)
「~~~♪」
切れのある歌い方をする杏さんに対して、僕は少しだけ波を持たせた歌い方にする。
すると、杏さんの切れのある歌声に覆い被さるように僕の歌が合わさり、曲の切れをややマイルドにしていく。
「いいそー!」
「おぉ、こいつはすげえ」
歌っていると徐々に足を止める人も多くなり、それに比例するように応援の声も増えていく。
「……」
「……」
そして、僕たちは歌いながらお互いに横目で見合うと、クスリと微笑みながら歌い続けるのであった。
誤字報告&お気に入り登録ありがとうございます。
プロローグだけしか投稿していないのにもかかわらず、楽しみにしていただいている(かもしれない)方がいることに感謝してもしきれません。
まだ、主人公のことが全く触れられていませんが、次回家事次回化で触れていく予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。
*近日中に、本作のタイトルとあらすじのほうを変更させていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、ご了承いただけると幸いです。
それでは、次回お会いしましょう