区切るところが見つからずに、少しだけ長くなりました。
それではどうぞ。
「ふぅ、気持ち良かったぁぁ」
「うん。久しぶりに歌うとやっぱりいいもんだね」
ぶっ通しで三曲ほど歌い続けた杏さんは、どこか爽快感のような物を醸し出しながら口にした言葉に、僕も相槌を打つ。
(まあ、久しぶりと言っても二日ぶりだけど)
さすがにそれは言わないでおくことにした。
「二人とも、すごく良かったぜっ」
「やっぱ、あの二人は最強だろ」
そんな僕対に、それまで聞いてくれた人たちから惜しみない拍手と激励の言葉が贈られる。
「あはは、みんなありがとー」
「ありがとうございます」
それに対して、杏さんは手を振って気さくに応え、僕は軽く頭を下げながら応える。
(やっぱり、いいな。こういうの)
観客から向けられる賞賛の声は、何回もらっても嬉しい物だ。
「ねえ、涼介。もう一度考えてくれない?」
ライブが終わったことで、それまで見ていた人たちが去って行く中、神妙な面持ちで切り出す杏さん。
「………杏さんの相棒としてあの夜を越えるイベントを開くってやつ、だよね?」
確認するように聞いた僕に、杏さんは無言で頷く。
謙さん達のグループが解散になる前に開かれたイベント、それが『RAD WEEKEND』だ。
僕も、杏さんもそれを生で見て夢を抱いた伝説のそれを超えるイベントを開くために、杏さんは自身と組める相棒を探し続けている。
「涼介の夢を叶えることの邪魔にはならないんだし、いいと思うの」
確かに、僕の夢の邪魔にもならない……むしろ、僕の夢が成就するのを後押ししてくれるかもしれない。
だけど、僕には根本的な問題があった。
「……何度も言うけど、僕には歌の才能がない。だから、組んだ所で杏さんに迷惑をかける……足を引っ張るだけだよ」
それは、僕に歌う才能がないと言うこと。
とはいえ、厳密には違う。
「涼介、自分でも分かってると思うけど、歌はとてもうまいよ。それはここで聞いてくれたみんなが保証してくれる。ステージの上でだって歌えるはずだよ」
「確かに前とは違ってストリートライブは平気になったよ。でも、イベントに出てないのに、大丈夫だなんて言えない。それに大事なステージを、実験の場にはしたくないんだ」
僕の最大の問題は、極度のあがり症であるということだ。
ひどい時期は、30人ほどのクラスメイトのいる教室の黒板の前に立って、みんなの前で何かを発表するのでさえ足がすくんで、口が震えてできなかったほどだ。
歌うなどもってのほかだった。
そんな僕に希望の光を差し込んでくれたのが杏さんだった。
僕をストリートライブに誘って、強引に―――一生懸命歌わせようとしてくれたのだ。
……半年以上も時間がかかったけど。
「杏さんのおかげでここまで改善できたから、感謝してもしきれない。だから僕は、組むことはできない」
杏さんも、大事な時間を割いて僕のあがり症を克服させようと尽力してくれた。
だから、彼女の夢までもを邪魔したくはないのだ。
「涼介……わかった。諦めるよ」
そんな僕の気持ちを汲んでくれたのか、引き下がってくれた。
「その代わり、イベントに出る時は曲は僕が用意するよ」
残念そうな表情が消えて、いつもの気さくな雰囲気に戻った杏さんに、僕はほっと胸をなでおろしながら言った。
「うんッ。楽しみにしてるよ。なんたって涼介は、”プロの作曲家”なんだしね」
「プロって……事務所に所属して作曲をしてるだけだから、まだまだアマチュアに息がかかった程度の駆け出しだよ」
「もう、謙遜しちゃって。……でも、すごいよね。色々なグループに楽曲提供してるくらいの人気者なんだし」
苦笑しながら相槌を打つ僕に、杏さんは笑顔で食い下がってくる。
「それはそうだけど……言わないでよ?」
「い、言わないって。涼介があの『
(言ってるじゃん……)
さらっと言っているあたり、杏さんらしいというかなんというか……色々と心配になってしまう。
「じゃあ、僕は帰るけど杏さんは?」
「うーん、私はもう少し歌ってこうかな」
そろそろいい時間になったこともあり、杏さんに聞くとまだ歌い足りないのか、続けて歌うらしく、僕は交差点で杏さんと別れると自宅に向かって歩き出した。
「………」
帰宅の途に就いている中、僕はただただ無言で歩いていた。
「人気者……ねえ」
でも、ふと口から言葉が漏れ出たのは、きっと杏さんの
『もう、謙遜しちゃって。……でも、すごいよね。色々なグループに楽曲提供してるくらいの人気者なんだし』
という発言があったからだと思う。
僕は、スマホを取り出し、ブラウザを起動させる
「『Clare』、『作曲家』検索っと」
SNSサイトの検索欄で自分が作曲家として活動している名前を入力して検索をかける。
所謂エゴサーチというやつだが、僕は気が向いた時にしかやらないのでかなり頻度は少ない。
「………」
ほどなくして表示された検索結果を僕は読んでいく。
『Clareって、あの作曲家? 若いのにすげえな』
『よく頻繁に曲作れるよなー。まじで耳にしない日がないほどによく聞くんだが』
SNSに書き込まれているのは、僕に対してポジティブな文面だった。
だが、そんなものはほんの一握りだった。
『まーた、あのClareってやつ曲作ってんのか』
『あんなごみな曲がいいって言ってる奴の気が知れない』
『こいつのごみ曲を歌わされるやつ、かわいそー』
『てか、お客様舐めすぎだろ。Clareって』
後はすべてが僕に対する暴言だった。
読んでいるだけで体が、心が引き裂かれそうになる。
「…………うん。頑張ろうっ」
何とも言えない感情が渦巻いている中、僕は自分に発破をかけるように口すると、やや速足で自宅に向かう。
良い曲を作って見返してやればいい。
そんな単純なことを考えながら。
「ただいまー」
「涼介~、悪いけどリビングのテーブルの上に置いてあるやつをお隣さんに持っていってもらえる?」
家に入るなり、キッチンにいるであろう母さんからお願い事をされた僕は、確認のためにリビングに向かう。
「持ってくのってこれ?」
「そう! 母さん、渡すの忘れてたのよ~」
それはありきたりな回覧板だった。
「別にいいよ。持ってっちゃうね」
「ありがと~」
母さんのお礼の言葉を聞きながら、僕は自室がある二階に続く階段の前にカバンを置くと、回覧板を手に家を後にする。
隣ということもあって、徒歩数十秒で目的地にたどり着いた僕は、チャイムを鳴らす。
「どちらさん………って、涼介か」
少しして、面倒くさげに玄関のドアを開けてきたのは栗色の髪の少女だった。
「あ、絵名さん。お久しぶりです」
彼女は、東雲絵名。
僕の友人である彰人の姉であり、隣の家に住んでいる東雲家の長女だ。
僕と彰人が昔からの知り合いの理由が、家が隣だからだったりする。
「彰人だったらまだ帰ってないけど。私、学校に行かないといけないから用があるなら手短にしてほしいんだけど」
「あ、そうか。絵名さんって定時制でしたよね。……母からこれを渡してほしいってお願いされたので」
いつもよりも素っ気ない態度の理由が分かった僕は、手短に済ませるべく彼女に手にしていた回覧板を差し出す。
「うん。お母さんに渡しておく」
「それじゃ、学校頑張ってください」
これ以上引き留めてても迷惑だと思い話もそこそこに、彼女に背を向けて歩き出す。
「ありがと」
「ん?」
絵名さんが何かを言ったような気がして振り返るが、すでに東雲家の玄関のドアは閉じられているのであった。
「さてと、今日はさすがに徹夜もあれだしメールの確認だけにしておこうっと」
夕食とお風呂を済ませた僕は、自室にある出入口とは別のドアを開いて中に入る。
そこは、僕が今日の朝いた部屋で、『作業部屋』と名付けている部屋だ。
父さんを超える作曲家になるという夢を抱いた僕は、父さんと母さんにそのことを伝えると、父さんはどこか嬉しそうな表情で”そうか”と相槌を打って僕にこの部屋を自室としてあてがってくれたのだ。
それまでの自室は、物置部屋となったが文句もなければ後ろ髪を引かれる様なこともなかった。
そんな作業部屋は僕にとって絶好の作曲に適した場所だった。
部屋はとにかく防音性に優れていて、大音量で激しめのロック調の曲をかけても外に漏れることがないほどだ。
(懐かしいなぁ……)
部屋の奥の席に腰かけて、パソコンの電源をつけながら、僕はふと昔のことを思い返す。
音楽に関する知識は本を買って読むという独学で得て、いよいよ作曲という段階になった頃のことだ。
そんな僕の作曲の方法として僕が取り入れたのはDTMだった。
そのために必要な機材は父さんたちから『一年分のお小遣いとお年玉の前借り』という形で買ってもらい揃えた。
こうして作曲が始まったのだが、最初は色々と四苦八苦していたような気がする。
たまたま見つけた大手事務所の作曲家のオーディションに応募をしたまでは良かったが、曲を作っては消し、作っては消しを繰り返して期限ギリギリのタイミングではあったが自分の納得のいく楽曲ができあがって、それを提出したところ、まさかの選考を通過しての採用という結果には、とても驚いたのは記憶に新しい。
そこからはまさにトントン拍子でいろいろな人たちへの作曲と楽曲提供をし続けた。
作曲する度にお金がもらえるのだが、それよりもむしろ自分の作った曲が流れることが嬉しくて仕方がなかった。
本名でも良かったのだが、当時の僕は恥ずかしさから、芸名として『Clare』と言う名義で作曲をしている。
なので、僕の芸名や楽曲提供をしていることを知るのは、両親と謙さんに杏さんに彰人と限られてくる。
僕がどのような楽曲を誰に提供しているのかは彰人達も知らない。
(もうデビューしてから二年か)
そんな僕も、作曲家としてデビューしてからかなりの年月が経っており、そう思うと、色々と感慨深い所がある。
でも……
「っと、事務所からだ」
メール画面に表示された差出人に、僕は考えるのを中断させる。
(受け取りの確認かな)
学校に行く前に楽曲を送ったので、それの確認だろうと思いメールを開いて内容を確認する。
「……え」
その内容に目を通した僕は、その内容に固まった。
「ええぇぇえええッ!?」
そして思わず大声で叫んでしまった。
改めてここが防音性能に優れた部屋でよかったと思いながらも、僕は間違いじゃないかと思いつつメールの本文を見直す。
「本当に、書いてる」
そして、見間違いでないことが確定になり、僕は頭を抱えるのであった。
文面にはこう記されていた。
『対面での取材の申し出』と。
いかがでしたでしょうか?
まだ1話までしか投稿していないにもかかわらず、お気に入り登録&評価をしていただきありがとうございます。
本作を読んでいただく皆様に楽しんでいただけるような作品にしていければなと思いますので、今後もよろしくお願いします。
次回より第1章が始まります。
どのグループの話が読みたいかを伺うアンケートなども実施する予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。