IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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 注意書きです。人を選ぶ内容のため説明させてください。

 並行世界かつ競馬史の詳細を知らない未来の日本人が、異物として来ているという設定です。このため、

 お嬢様が世界観に突っ込みを入れる。
 登場人物が考察をする。
 2次設定や演出が含まれています。

『以下何でも許せるorスルーに慣れてるという場合のみ読み飛ばし下さい』
 挿絵に畳んでおります。必要な方はご一読お願いします。

【挿絵表示】


 以上、抜けがあるかもですが広大な地雷原です。
 それではルドルフ視点よりはじまります。


序章ー逆スカウト
『鳳求凰』


"――やっと待ちに待った吉報か! ――"

 

 ――あのレースから約7ヶ月後の『6月末』。

 随分かかったが、きっといい知らせに違いない! 

 

 そう思いたい! 

 

 鬱屈(うっくつ)していた私の気分が一変するかの如く、今日の天気は晴れ渡っていた。そんな中、私は喜色満面(きしょくまんめん)はやる心のままに歩みを進めている。

 

 すると私の鼻先を、土の乾く独特の香りがかすめていった。快晴もあって換気を兼ね、どこかで窓を開け放っているのだろうか? 

 

 一瞬気が紛れたが、そんなことはどうでもいい。それよりもっと気になることが、今向かっている理事長室で待っているのだから! 

 

 気になる事というのは、かねてより自身が『計画していた2つ目の目標』に関するものだ。そのきっかけとなった出来事は、この学園に入学した当初まで遡る(さかのぼ)

 

 全てのウマ娘の幸福を目指すという、大言壮語(たいげんそうご)な夢を掲げていた私には、力や『実績』が必要だった。これが1つ目の目標だ。

 

 そして、2つ目の目標として、出来ればレースは国内だけでなく海外にも行きたい。

 

 2つ目の目標に対する思いが強くなったのは、中等部1年の11月に『第1回ジャパンカップ』を観戦したことが原因だった。

 我が校が完全に敗北した傍ら――万雷の喝采(かっさい)の渦中にいたのはG1すら勝った事のない、これがラストランのウマ娘とそのトレーナー。

 

 そして『助っ人のケアスタッフ1名』で構成された最年少チーム。

 

 その光景は私の目と心に憧憬(しょうけい)として焼けつけられ、中でもケアスタッフとされている少女が気になった。

 年頃は私とほとんど変わらない、ただの若いスタッフ。たったそれだけなのに、何故だか強く興味をひかれた。

 

 後日気になって調べてみると、彼女はケアスタッフではなかった。あの年齢で既にトレーナーだというのだから驚きだ。

 

 それも米国クラシック4冠――英雄『旋風のディーネ』が本来のパートナーだという。

 ディーネというウマ娘は、ケンタッキーダービーのお膝元、通称ルイビル学園の生徒会長。つまりあの少女は全米ダート戦線の総大将を支えるという、随分な大役を担っていた。

 彼女は元々孤児だったらしく、出生地は日本。3歳の頃から渡米してアメリカで暮らしているそうだ。

 

 そして、我が校の最大スポンサー『オルドゥーズ財閥』の社長が彼女の養父であるという。

 

 大変魅力的だが、今の自分にはおいそれと手が出ない。

 高嶺の花だと諦めるよう、納得できない自分に言い聞かせた。

 

 まあ、あのレース以降、欲が出た私は『海外挑戦』に俄然(がぜん)挑みたくなってしまった。

 

 そのために優秀な技能を持つトレーナーが必要だった。しかし、トレーナー探しは、進退両難(しんたいりょうなん)を極め上手くは行かず。

 なれば海外遠征を諦め、国内のみに集中すべきか……。曇天に覆われた空のような、遺憾千万(いかんせんばん)な想いを抱え日々を過ごし続けた――。

 

 ――そんな時だった。

 

 様子を見かねた『秋川やよい理事長』が声をかけてくださった。

 私は理事長に五里霧中(ごりむちゅう)な迷い、悩みだらけ胸中。原因と思われる、レース観戦当時の事も含め全てをさらけ出した。

 

 すると理事長は私の相談を聞いた後、ある提案をした。

 その提案とは、私に生徒会長の座へとついて欲しいという旨だった。理事長が計画している学園改革を実行するため、生徒会側に協力者が必要だというのが理由らしい。

 私はその計画に賛同し、生徒会長を目指す傍ら、理事側との接触も増えていった。さらにその日々の中、吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)な事柄を知る羽目になるとは、この時微塵(微塵)も思ってはいなかった……。

 

 自分たちの都合に"巻き込む以上は"と理事長から明かされた真実――。

 それは秋川やよい理事長と、駿川たづな理事長秘書が、実は"ウマ娘"だということだった。隠している理由など、詳しい事情は教えては頂けなかった。きっと何か深い事情があるのだろう。

 

 複雑な背景を抱えていそうな2人に囲まれながら、私は学内選挙を勝ち上がった。無事生徒会長となったのが、今から2か月以上前だ。

 

 

 

 理事長室前に到着。私は軽く握った手の甲で、分厚い木の板を叩くような音を3回ほど響かせる。

 

 『――入りたまえ!』

 

 学園で最も高級な調度品に(あふ)れ、なお落ち着きがある。そんな品の良さを感じられる室内に入室する。

 理事長から掛けるよう指示された私は、テーブル越しに対面になっている、応接用のソファーの下座に着席。そして理事長は、片手に大量の資料を持って対面側に腰を下ろした。

 

「吉報が来たと聞いて参りました。その吉報とはいかほどの事でしょうか?」

 

 私が理事長にそう尋ねると、彼女は口元を横にした三日月の(ごと)く形を変えた。

 

「発見ッ! ついに君が望みそうなトレーナーがみつかったッ! それも君の願いを変えてしまった意中のあの子だッ!!」

「それは!? 彼女にはまだ担当がいたはずでは!」

 

 驚く私とは対照的に、目の前の理事長は胸を張り口元に微笑みを湛えている。

 

 そしてそっと……資料を目の前テーブルの上に並べた。

 その内容に私は思わず目を見張った。資料として置かれた新聞に書かれていたタイトルは……。

 

『"ケイローン"フリーエージェントリスト入りへ!』

 


セントウル(半人半バ)

 ウマ娘と人間が高頻度に世代を重ねることで産まれてくる。

 セントウル(半人半バ)はウマ娘とは違い"耳"と"尾"はない。

 身体能力は"人間"ではなく"ウマ娘"に比肩する"新人類"

 

 ※何故セントウル(半人半バ)と呼ばれるかは詳細不明※


 

 ケイローンとは少女が持つ古の賢者に由来する2つ名だ。

 胸の内より湧き立つ感情に流され言葉を失った。歓喜に震えしばし茫然とした後、手にした新聞から視線を外し理事長を向く。

 

 すると理事長は椅子に座ったまま右手を腰に当て、得意顔を浮かべ扇子を広げて扇ぎはじめる。

 

「彼女が担当していたウマ娘が引退を決意した。そして所属組織との契約期間は残ってはいるが『フリーエージェントリスト』に載ったッ! 君を驚かせようと黙っていたのだッ! いやー、そんな気がして待っていた甲斐があった! 情報が入り次第、真っ先に契約交渉を入れておいたのだッ! 交渉の結果彼女が色よい返事を出せば、晴れて君のトレーナーとなるだろうッ!」

 


【フリーエージェント制度】

 WHRA(世界ウマ娘レース協会)の制度。

 各国のトレーナーやケアスタッフなどの契約や移籍の管理制度。

 各国のトレセン学園の組織の雇用形態に合わせ、契約諸々に細かな取り決めがある。

 

 『要するにウマ娘を育てる側のリクルートおよびスカウト制度である』

 

 対象スタッフが契約期間中ならば、そのスタッフと所属する組織の合意が必須。

 合意すれば、WHRAの公式サイトの名簿

 『フリーエージェントリスト』に掲載され交渉可能となる。

 組織の合意なしにスタッフ本人が申請できる場合もある。


 

「ありがとうございます! ここまでしていただけるなんて――!」

 

 巍然屹立(ぎぜんきつりつ)なあの子がリストに載る可能性は限りなく低い。現実的でないと心のどこかで諦めていた。情報誌で見かける度、これからあの国で彼女と巡り合い担当される娘に対し羨ましくも思っていた。

 

 この僥倖に感謝したい――そう期待に胸が高鳴った。

 

 再び資料に目を落とす。そこには代理人に提示された『移籍金』が記載されていた。会話を続けようと私は理事長側に視線を戻して向き直る。

 

「国際Sライセンス持ちかつ契約年数が残ってると――やはり『億』は越えますね」

「左様ッ! 実務経験前提の外科手術以外できる医師のようなもの。世界でも現在7人ほどしかいない貴重な資格の所有者ならば、1億ちょっとなら相場よりずっと安い方だ」

 

 理事長はニヤリと笑みを浮かべた。通常Sライセンス持ちの相場は2億を軽く超える。

 その金額を出してでも欲しい。有能と認められたトレーナーばかりの世界が、この国際Sライセンス持ちであった。

 そして芝での実績がほぼ無いという理由で、相場より低く設定されている。しかし、それならば経験を積ませ、さらに価値を上げる事が出来る魅力もある――。

 

 つまり大変お買い得というわけだ。きっと我が校以外にも誘いが殺到してるに違いない。

 

「米国史上最強の4冠ウマ娘を無事之名バで担当しきった彼女の実力だ。きっと君と彼女ならこの状況を変えられるはずであるッ!」

 

 そう理事長は高らかに言い切った。

 

「海外は2年前からはじまった新制度『フリーエージェント』を使い、優秀なトレーナーやケアスタッフや医師を確保してますしね」

「反面ッ! 我が校は出遅れてしまった。変化を恐れる気持ちはわかるが、今何とかせねばいずれは……」

 

 日本トレセンは出遅れたのだ。新制度に真っ先に飛びつけた海外校の環境に比べ、現在後塵を拝する状況であった。

 このままでは在籍する生徒の前途にも関わる。そして海外にある他校との実力差を放置しておけば、いずれ本校に入学してくる生徒が減る。予断を許さない状況であった。

 

「我が校の最大スポンサーである『オルドゥーズ財閥』。その『現総帥の養子』でもある彼女ならばその役もきっと適任でしょう」

「左様ッ! ここまでいい条件のトレーナーが掲載されるとは、正に天の配剤ッ!」

 

 目の前でガッツポーズをきめている理事長。彼女が考えた、状況打開のための学園改革の作戦はこうだった――。

 

 私が『生徒会長』になることで『生徒会』『理事』『教員やトレーナーなどのスタッフ』の3つの勢力のうち最低2つを押さえる。

 その後フリーエージェントの導入を会議で可決。実力派のトレーナーをひとり入れ、その有用性を示す。

 

 0か1でしか物事をやらないとなると、組織は停滞してしまう。やってみてからその調整を考えたい、そう理事長と私は考えていた。

 

 そして、連れてきたトレーナーに私を担当させるのは、協力の見返りの他大きな理由がある。

 舶来のトレーナーに、事情を知らない生徒の担当をさせるとする。

 

 万一争いが起きた際、その矛先は誰に向くだろうか? 

 

 ――連れてきたトレーナーか、担当されたウマ娘だ。

 

 リスクと利益が表裏一体(ひょうりいったい)であり、本件はその危険度がいささか高い。

 誰かにその重責を背負わせたくない。しかし私は生徒会長の役目も担っており、連れて来たトレーナーを常に守れる状況にない。

 

 自分の身は自分で何とかする。それも選定条件には含まれていた。

 

"――あとは相手が呑んでくれるかどうかだ――"

 

 資料の少女は実績、後ろ楯、まさに完璧だった。だが、態々火中の栗を拾ってくれるだろうか? 

 そんな不安が、心にできた晴れ間を再び曇らせそうになる。

 

 扉を叩く音がする。私の耳の両耳がそれを捉えて振り向く。

 ドアを開けたのは理事長秘書のたづなさんだった。彼女はティーセットを携えている。

 

「失礼します――理事長、そろそろ先方との約束の時間ですよ?」

 

 保温用のカバーが被せられたティーポットからは、テーブル周りに紅茶特有の良い香りを、距離が近づくと共に強くこちら側に漂わせてくる。

 

「おおッ! そんな時間だな。少女とのWeb会議のアポイントを、ダメ元で頼んでみたら取れたのだッ! 君も直接、件のトレーナーと話してみたいだろう? あちらにも『こちらの資料は送信済み』で準備は万全だッ!」

 

 私に尋ねた後、理事長は香りを楽しむ仕草を見せながら、たづなさんが淹れてくれた紅茶を味わっている。

 

「ええ、可能なら私も同席して話をしてみたいです」

「決定ッ! しばし待ちたまえッ!」

 

 理事長は私に対し、自分の座っている左側に着席するよう指示した。そして彼女はノートパソコンとカメラなど、会議用通信機材をソファー前のテーブルに設置し始めた――。

 

  ◆  ◇  ◇

 

 壁にかかった時計を見上げると、既に10分ほど経過していた。

 理事長の左側に私は座っている。理事長の右側のたづなさんを覗き見ると、彼女も興味津々といった様子だ。

 

 紅茶のおかわりをたづなさんが淹れなおして程なく1分後――目の前のノートパソコンに通話通知が出た。受話器マークをクリックする音が室内に響き通話がつながる。

 

 画面に現れた少女はさらに時を経て――息を飲むような美しい姿に成長していた。

 一言で表すなら花顔雪膚(かがんせっぷ)。絵画が生きていると形容しても全く違和感はない。

 

 その深いエメラルドの(ひとみ)(のぞ)き込めば、吸い込まれるというより、射抜かれた気分になる。暗く青いダークサファイアの(きら)めきを(まと)っている、黒いシルクの束の髪は、白いシュシュで(ゆる)くまとめて肩にかけていた。

 

 体形は華奢だが、彫刻のようなメリハリがあるボディライン。服装はネイビーブルーのスリーピースのジャケットスーツ。

 魅入られたこちら側の沈黙に対し、面食らったような様子を画面内の彼女は見せ、そして戸惑いつつ薄い桜色の唇を動かした――。

 

「……? こんばん――じゃなくて。日本は今、こんにちはですね」

「日本ウマ娘トレーニングセンター学園の理事長と秋川やよいと申します! 本日は急なアポイントメントに応じていただきありがとうございます!」

 

 今の言い間違いから察するに向こうは夜のようだ。時差的あちらは真夜中に近い時刻だろう。

 最大手スポンサーの養女が相手とだけあって、理事長も音声読み上げソフトのような声色だ。完全に緊張感で固くなってしまっている。

 これはどうフォローすべきかと内心私は頭を抱えた。それと同時に、画面の向こう側から『ふふっ』と可愛らしい笑い声を上がったので皆一様に視線を戻す。

 

「はじめまして。Churchill 〇〇wns付属ルイビル校(Horse Girl Racing School at Louisville)の×××・望月・×××××と申します。今日の私はルイビル校のトレーナーとしての立場です。畏まらないでください。お気遣いなく」

 

 彼女の気遣いにより、張り詰めたこちら側の空気が解けた。そして落ち着きを取り戻した理事長の進行のもと、理事長、たづなさん、私の順に互いに自己紹介を済ませていく。

 

――それらを済ませた後、少女側から話をふられた。

 

「では、向かって右手のシンボリルドルフさんの担当というのが交渉の……?」

「うむ。私の左側――そちらから見て向かって右側に座っている彼女が、君の担当するウマ娘シンボリルドルフだ。あとは書類の通りの状況で少し厄介な状況でして。スポンサーである貴女に手を出せる者はいないとは思いますが……」

 

 画面の中に見える少女は、送信した資料と思われる紙束を片手で持ち見やる。しばらく目を走らせて読み返した後、彼女は軽く眉をひそめ唸り、何やら考えるような仕草をした。両者沈黙しながら数秒が経過したころ、彼女は書類をテーブルの上に置いた。

 

 こちら側を見つめるその表情に険しさはない。しかし、口元目元は――嵐の前の静けさのような気配を伴うものであった。

 

「そうですね。なら、出方次第で養父(ちち)牽制(けんせい)をお願いしてみましょう。現在の状況が続くと学園の先々を考えた時によろしくない。だから私にその進路を拓け。そうおっしゃりたいのですね? しかし――」

 

 向こう側で再び資料を手に取り、紙がめくられる音が通信機越しにこちらまで響いてくる。

 壁掛け時計の秒針の音がはっきり聞こえるほど、我々は静まり返り、その一挙一動(いっきょいちどう)に注目していた――。

 

「海外からスタッフを導入する際、その人数の調整を誤る、もしくは出入りが激しくなる。その場合"人材教育的な観点"から、平均練度の維持が難しそうな気がしますね」

 

 迷いを浮かべた彼女が言っていることは最もだろう。この制度はうまく使えば薬にもなるが、使用量を(あやま)れば毒にもなる。それが今回の問題の根にはあった。

 

「厄介な状況ですね。財閥の後ろ盾を活用してもハイリスク。……どうしたものかしら?」

 

"――これは思っていた以上に謹言慎行(きんげんしんこう)。用心深く、そして可憐な見た目からは想像がつかないくらい思慮(しりょ)深いか……。ならば――"

 

「現状の閉塞感を変えるため、貴女の力が必要なんです。――リスクについては私も最善を尽くします。どうか共に覇道を歩んでくれませんか? 学園の(ため)、私の(ため)に」

 

 真っ直ぐ少女を見つめ――ひとつひとつ言葉を紡ぐ。

 踏み込んでこないのならば、こちらからそれを促す。彼女はじっと私の言葉を聞き入ったあと――。

 

 

「――――取引をしましょう」

「取引?」

 

 それは一体どんな内容なのだろうか? その内容に注目するあまり、再び緊張感と静けさへに支配された。この空間は完全に今、獲物を見定めた大鷲(おおわし)の視線を向ける彼女の手の平の上にある。……そう強く意識させられ息を飲む。

 

「そう――取引。私は商人でもあるので、いま財閥が学園と契約しているものとは別に、シンボリルドルフさん個人との取引を――」

 

 私がそう返すと少女の口元と目元はイタズラっぽい形を浮かべた。そして胸の高さ辺りで両手の指を組み、こちらを軽く覗くような姿勢を取る。

 怪しく(きら)めいたその宝石のような(ひとみ)と私の視線が交差する。――心内を(のぞ)き込まれそうな気がして、息を飲んだ私の鼓動は、掛かり気味のペースで打ち鳴らされていく。

 

「単刀直入に伺います。その内容は?」

 

 虎穴に入らずば虎子を得ず。思い切って私は切り出した――。少女は深くうなずき、ゆっくりと姿勢を正した。

 

「ひとつ目はトレーナー業に差し障りなければ、今まで通り財閥の仕事もさせてください。もうひとつは私の『靴売りのお仕事をお手伝い』をして欲しいのです。つまり、現在私が担当しているブランドの靴を履いて、レースに勝ち続けてください。勿論シンボリルドルフさんの『選択肢』をひとつ頂くわけですから、おまけ特典はつけますよ?」

「――その"特典"とは?」

 

 私と少女以外の時が止まっているのではないか? と思うほどの雰囲気が漂うその中。彼女はこちらに向けてある1枚の書類を見せた。

 

「移籍金の総額のうち80%を財閥が負担します。もちろんシニア級が終わるまでに、途中打ちきりなどなければ返済不要です」

「驚愕ッ! むしろそれではこちらが世話になりすぎてはいませんか?」

 

"――書類がすぐ出てきたと言う事は、予めここに落とし所を持ってくる気だったか――"

 

 書類には取引の詳細が記載されていた。その内容は全てこちら側が圧倒的な利益を得られるもので、私の耳は思わず大きく動き、目を丸くしてしまう。

 

「何か目算でも?」

 

 あまりに出来過ぎている。ないとは思いたいが、何か裏でもあるのかと私は警戒しそう尋ねる。

 

「当然あります。私の現在の2つ名は『ケイローン』以外だと『Grand Trainer of Dirt』もしくは『罵る意味』での『ダート屋』。このイメージが付いた事により私が『財閥で担当しているシューズ部門ブランド』において芝用の蹄鉄やシューズが鳴かず飛ばずの状況です」

 

 グランドトレーナー。

 それは『国際トレーナーライセンスS持ち』のトレーナーが、ある一定以上の戦果を担当したウマ娘と共に(つか)み取ったとき――世界ウマ娘競走協会(W H R A)がそんな至高へ到達した者へ贈る呼び名だ。

 彼女の場合コーナーが曲がれず、ラチに激突するようなウマ娘と共に歩むことを決めたこと。そしてケンタッキーダービーの出直前に見事に弱点を克服させ、クラッシック三冠ですら厳しいアメリカダートクラッシック戦線において、共に『四冠』を掴んだ。それが評価されたのだ。

 

 しかし――少女が関わったウマ娘の成果が『ほぼダートのみの戦績』ゆえに、芝をダートより下に見る層は『ダート屋』と彼女を(さげす)み呼ぶ。

 

「そしてシンボリルドルフさんは私に声をかける位なのですから、おそらく海外などの大舞台が狙いなんじゃないかと? 私は貴女が勝てると見込んでいます」

 

 『いかがでしょうか?』と少女は大量のニンジンをぶら下げたような、その美味しいそうな契約を我々に投げかけてくる。

 

「なるほど、利害は一致している。そして貴女はそれを実現する自信があると?」

「えぇ――そのチャレンジに付き合ってくれるようなウマ娘を探しているのです」

 

 少女は口元と目元に笑みを(たた)えたまま、エメラルドのよう…な双眸(そうぼう)でまっすぐ見つめ返してきた。ちらりと理事長を見ると、(うなづ)かれたため画面に向き直り――。

 

「――乗った」

「交渉成立ですね」

 

 緊迫していた空気が時の流れを取り戻していく。

 そしてその場で口頭にて仮契約を結んだ彼女は、やや眠たげに目を細めた。そして笑みを浮かべ『それでは、おやすみなさい』といって回線を切る。

 

 そんな中私は自らが望んでいる、夢への行程が前進しはじめるのを感じた。

 それはまるで、大海原に出港する船がゆっくりと離岸し、大航海へと繋がる大海原に向け進み始めたかのように。そんな浮足立った気分に包まれる――。

 

 そこまで想像してふと頭の中に何かが過る。腕を組み、思考と言葉をかき混ぜ――。

 

"――ふむ? ……皇帝の行程……ふふふ――しかし……ああ、本当に嬉しい! ――"

 

 ジョークも上手くできた上にこの収穫! 歓喜に踊り出してしまいそうだが、それは自身のプライドが許さないので体裁を整える。

 

 ジャパンカップ、そして海外への憧憬(しょうけい)を抱かせた彼女と、これから選手キャリアを歩める幸せを、私は()み締めた――。




ご拝読有難うございます。

 参考文献、素材等の情報は全話分を近況報告に載せております。
※内容がぶれるほどの加筆修正があれば、活動報告で。

重要
◇お嬢様のモデリングについて◇
 アメリカ出身という事、緑がトレードマークですが、あのお方ではないです。

 緑の瞳はアハルテケ達の住む中央アジアに多いから。
 アメリカ育ちというのは、飛び級をさせるのに現実的でした。他の候補地だったオーストラリアや、イギリスより描写しやすかった。そういった都合もあります。

 ルドルフさんがお嬢様の事をやたら気にする理由は、『三大祖』『血』がヒントです。

【背景設定関係】――読み飛ばし可

■トレーナーが現在所属する組織
 ・ケンタッキー州
 チャーチル・ダ〇ンズレース場付属ルイビル学園
 英語では付属校はあらわさない為
 「Horse Girl Racing School at Louisville」

・オルドゥーズ財閥
 レースシューズブランド部門の担当でもある

■資格
 アメリカでのトレーナー、およびケアスタッフ資格
 国際Sランクトレーナー資格保有
 
■Grand Trainerとは?
 国際Sランク資格所有者のうち、担当ウマ娘が著明な成績を残した場合、WHRA(世界ウマ娘レース協会:オリジナル設定)から贈られる称号と設定しています。

 トレーナー君は四冠と無事之名バで担当しきった功績が認められ、その称号を贈られた7人目のトレーナーです。
 国際ライセンスはオリジナル設定です。実務経験必須かつ、あまりの難易度のため国際Aランク以上は自己満足の世界となっています。
 (Aでも十分鬼畜な内容)
 いちいち各国でトレーナー資格を取らなくて良くなる便利制度です。

 さらにSランクはトレーナー資格に加えて
 Sは外科手術以外の医療技術および機器使用許可あり

 Aランクは整体やマッサージ資格まで

■フリーエージェント制度
 ※野球の制度とは違います※
 WHRAの制度。各国のトレーナーやケアスタッフなどの契約や移籍の管理制度。
 各国のトレセン学園の組織の雇用形態に合わせ、契約諸々に細かな取り決めがある。

 “要するにウマ娘を育てる側のリクルートおよびスカウト制度である”

 例)
 今回のように対象スタッフが契約期間中ならば、そのスタッフと所属する組織の合意が必須。合意すれば、WHRAの公式サイトの名簿"フリーエージェントリスト"に掲載され交渉可能かどうかが分かる。

 契約期間が切れていたり、雇用形態によっては組織の合意がなくてもスタッフが単独でリスト入りを申請できる場合もある。

■主な担当バ
 米国 四冠『旋風のディーネ』『曲がれないウマ娘』
 60戦32勝 故障なし複勝率93%
 ダービーレコードウマ娘。

 史実部分の細かい補間は原作にないものだらけです。ご注意下さい。

◆変更履歴
 生徒会長になった下りは描写を変更しました。
 誤字脱字報告より重複表現を訂正。
 執筆へのご協力およびご拝読ありがとうございます。
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