IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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お待たせしました。

レース場は史実、改修前右回り新潟コースです。

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参考元――映像資料より描き起こし。

◆出走表◆

【挿絵表示】

アプリ仕様だとG1以下の体操服は枠の色っぽい

史実のレースモチーフです。
前半ルドルフ視点、後半トレーナー君視点です。


『初陣』嵐迫るメイクデビュー【後編】

――20××年7月23日 午前8時半頃――

――新潟レース場 シンボリルドルフ控室――

 

シンプルな室内にはトレーナー君が持ち込んだ、ローズマリーの香りのアロマが小型ディフューザーから漂っていた。

 

 紺色のパンツスーツのベスト姿のトレーナー君は、左手にドライアーを持ち、右手に持っているブラシで彼女は私の髪を丁寧に手入れしてくれている。

 それは湿度で跳ねた髪で公衆の面前に立ち、恥をかかないようにという私への気遣いであった。

 

「こんな感じかな? 終わりましたよ」

 

 鏡で後ろの方も軽く確認すると、自分でやるよりも良いコンディションで整えられていた。

 

「湿度対策でヘアオイルだけはしておいたが、やはり君にセットしてもらうのが一番いいな」

「それは何より。初陣ですからばっちり決めて頑張りましょう」

 

 そんなトレーナー君も今日は髪型をいつもよりきっちりセットしていた。

 一見すると黒髪に見える――ダークサファイアのような、青い煌めきの光沢を放つトレーナー君の髪。その不思議な輝きを持つシルクのようなその髪の今日のまとめ方は――ヘアカチューシャのように前髪の上にまわした三つ編みを組み合わせた、アレンジシニオンヘアであった。

 

 いつもながら複雑な髪形を自分でまとめるのは、中々根気がいる上に手先が器用だと思う。

 

 トレーナー君は使っていた道具をまとめ、控室の隅に置いてあるキャリーバックの中にしまった。そして鏡台の背後、少し高めの上がり畳に置いてあったジャケットを着なおし、同じ場所に置いてあった銀色のタブレットを持ってこちらに来た。

 

「レース前にミーティング内容の再確認を行います。よろしいですか?」

「構わないよ。続けてくれ」

 

 トレーナー君は私の右隣の丸椅子に座り、現状の確認作業がはじまった。

 

「では――はじめさせていただきます。まず確実と予想される状況の確認です。気候条件は湿度94%、風は西南西で約6m前後。予想気温は約23度前後。バ場は不良。出走選手は10名、内回りで距離1000m向こう正面スタートし、右回りコーナーを2回。最終コーナーから真正面をむいた直線は約1.5ハロン。カーブのきつさが京都並みなので勢い余って吹っ飛び注意です――ここまでよろしいですか?」

 

 2月のミーティング時点では秋の中山でのメイクデビューを予定していた。

 しかし私のトレーニング状況が思ったよりも良かったため、前倒しをトレーナー君に提案し意見を求めたところ『やるならばここは?』と提案されたのが新潟の5ハロン戦だった。

 

 トレーナー君曰く――。

 

 『ワンミスが命取りの5ハロン、そして京都に似た新潟のコーナーを上手く曲がれれば――来年には菊の1等賞が拝めるでしょう。つまり……コーナリングの実践演習には丁度いいでしょうね』

 

 

 短距離戦は私の適正外だと思い、外回りの新潟でマイルか中距離で妥協案を通そうとしたが、『外回りだと難易度下がるし、あえて内回りをやってみるのもありじゃないですか』

とのこと。

 長距離戦のように考える時間のない短距離戦で、一瞬の判断力を試すためでもあるからと言われ、その意見に納得してこの場に臨むということになった――。

 

 流石に災害までは想定外といった感じで、昨日のトレーナー君は狼狽えていたが思いやりが深い反面無意味に甘やかしなどしない。

 出来る者には見守りつつも"獅子の谷落とし"がトレーナー君の教育方針だった。

 

「問題ない――湿度が降りそうなくらい高いが雨は?」

「気象台に問い合わせたところ降ってもぱらつく程度だそうです――続けてもよろしいでしょうか」

「続けてくれ」

 

 トレーナー君は頷いてタブレットを伏せてテーブルの上に置き、真っすぐ私の方に向き直る。

 

「前日の打ちあわせ通りなので確認で。ウォーミングアップは夏頃のメニューよりは軽め、春~梅雨くらいのメニューが推奨で、返しは1ハロン15秒以上くらいのペースに抑え目にお願いします」

 

 返しを行うなら1ハロン15秒以上で走ることを厳守――。

 これが第1回ジャパンカップ敗因のひとつだと聞かされた時は驚いた。

 

 1ハロンを15秒以内で走るとウォーミングアップにならず、むしろウマ娘達の疲労が溜まるという。そのレースに参加していたトレーナー君達は、当時――日本陣営の返しの様子を見た時点で勝利を確信していたという。

 言葉の壁は大きいとトレーナー君は語る。西側では常識とされている新しい概念や最新の研究結果などの知識を、私はここ半年以内に徹底して与えられてきた。

 

「あとは……重たいバ場なので、最終直線までに逃げられると厄介。先行の位置から勝ちを得る感じが理想ですが、この辺りは臨機応変に現場判断でお願いします」

 

 一呼吸置いた間に、トレーナー君が私の様子をうかがう気配がした。

 

「――続けてくれ」

 

「はい。あとはボディークリームは塗りましたか? ――以上です。確認が必要な点はありますか?」

 

「問題ない。渡してくれたものもきちんと使ってある」

 

 トレーナー君がいうボディークリームには秘密がある。UVカット機能付き保温クリームで商品名は『laureate(ローリエト)』。古代ギリシャのピューティア大祭の勝者が戴冠する月桂樹の冠の名の商品は、WHRA(世界ウマ娘レース協会)側にきちんと使用許可を下ろしており、海外でも使える用品だ。

 

 季節によって成分が異なるボディークリーム。塗っておくと水をはじき、体温を適度に保ち、日焼けによる消耗も抑える。そんな画期的なスポーツ用品だった。

そして私が渡されたのは美肌成分入りでとても使い心地がいい。

 

 企画製作したのはトレーナー君ではないが、オルドゥーズ財閥の商品であった。

 人間の長距離選手が膝の裏や関節部に体温低下を抑えるため、ワセリンやオリーブオイルを塗るという手段から発案したそうだ。価格は学生でも手が出しやすい200ml約3千円程度。季節天候、アレルギーにあわせ20パターンほどのラインナップがあり、本日使っているプロ仕様のオーダー品は5万円相当のものらしい。

 

 日本ではまだメジャーではないが、海外ではなかなかの売れ行きらしいその商品を、私の為にトレーナー君が日本天候用モデルを開発指示してくれていたのであった。

 

"――まるで便利な道具が出てくるポケットでも持っているようだ――"

 

 そう、子供たちに大人気の"青い狸型ロボット"のようだ。

 タイムマシンすら出てくるのではないかと思えてしまうくらい、それが私の普通になりつつある。そうなっても全く違和感が無かった。

 

「大丈夫そうですね。レース後は打ち合わせ通りにクールダウンをかけて下さい。以上です」

「委細承知した」

 

 そう伝えるとトレーナー君は室内の壁掛け時計と、ポケットから取り出した細工の美しい銀色の懐中時計を確認し――。

 

「――少し早いですが、レース後まで私は失礼した方がいいでしょうか?」

「トレーナーとはいえ君も未成年。ひとりで外に居る方が心配なのでこの場にいてくれ」

「お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

 私も時刻を確認すると午前9時丁度だった。

 パドックに向かう時間は10時半。本バ場入場前の軽めのウォーミングアップも考慮しても、まだ20分ほど時間に余裕がある。

 

"――暇つぶしに雑談でもしよう――"

 

「そういえば、私の勝負服の採寸はいつ頃になるのだろうか?」

「メイクデビュー後の申請となります。今から1か月半後か2か月後くらいに予定を入れたいと思います――私たちが目標にしているG1は翌年4月半ばの皐月賞ですし」

 

 初回は出走予定の6か月前。ジュニアG1に参戦予定のない陣営は遅らせてくれと、URA側のデザイナーからお願いされている。

 G1以下のレースでは全員学園指定の体操服にゼッケン姿で行われる――今日の私の勝負服も例にもれず緑と白の体操服だ。

 

「選手のイメージで作ると聞いているがどんな服が仕上がるだろうか?」

 

 そう私が言うとトレーナー君は考える様に首を傾げた後――。

 

「先人だとシバタケオーが王様っぽい感じでしたし、ルドルフの場合は神聖ローマ国のルドルフ1世あたりからとって――あだ名通り皇帝っぽい衣装とか?」

 

 私が思い出した名前、『シンボリルドルフ』に近い名の人間――神聖ローマ国のルドルフ1世。私はルナと呼ばれることが無くなった後、ここから皇帝とあだ名されシンボリルドルフと呼ばれるようになったのだった。まあ、正確には『王』らしいがな?

 

「衣装負けしないように励まねばな。マント等が付いていたり、君の言うような仕上がりになっていたらさぞ良い物だろうね」

「もし王道まっしぐらな皇帝っぽい衣装でしたら――試しにルドルフへの呼びかけを陛下(Eure Majestät)と変えてみますか?」

 

 『テヘペロ』そんな擬音が、トレーナー君のいたずらっぽい表情から聞こえてきそうだ。

 

「それを許可してしまうと君は本気で女侍従(Meierin)になりきってしまいそうだな」

「そうですねー。やるなら徹底的にやるかもしれません! それはそれで面白そうなので」

「だと思ったよ。面白そうだが肩が凝るのでその提案は却下だ――いつも通りで頼む」

「ふふっ――はーい」

 

 戯れのような会話を20分程つづけた後、私は最終ウォーミングアップへ、トレーナー君は取材対応へとそれぞれの持ち場へとついた――。

 

   ◆  ◇  ◇

 

――20××年7月23日 午前11時頃――

――新潟レース場パドックとスタンドの間の野外――

 

 頬をなでる湿り気を含んだ草地の香りを含む西南西の風は、寒気を伴っていない。

 気温は依然として例年より低いが災害級の雨という最悪の事態はやってこなさそうだった。

 

 記者対応の後、控室に戻り、上がり畳の上に施術用マット、携帯超音波装置とある秘密兵器をセット。その後パドックのルドルフを見送り、私は黒の双眼鏡を右手にスタンド正面へ向かっていた。

 スタンドの建物内の1Fに入るとこの曇天だというのに、そこそこの数の観客が集まっている。そんな人々の合間を縫い私はスタンド正面の芝の立見席に進む。

 

"――この状況ならルドルフは確実に勝つだろう、心拍数をはじめ色々と桁違いだし――"

 

 短距離戦もこなせるであろうルドルフの身体能力の他、彼女には他にも天与の能力ともいえるべき才能があった。

 

 通常――軽量系のウマ娘の心拍数は、安静時の1分間に30~36回。

 半人半バ(セントウル)も似たようなところで、この数字が低くそして交感神経と副交感神経のコントロールがうまい者ほど、走行能力は高くなるし特に長距離戦においての適正も高くなる。

 

 だが。

 

"――ルドルフの安静時における1分間の心拍数は27――"

"――絶対的な将来が約束されたウマ娘だと思った――"

 

 日本のトレセン学園が私に声をかけたのは他国に比べ遅かった方だった――。

 私のリスト入り情報が出た直後――アイルランド、イギリス、フランスから素早い問い合わせがきていた。さらにその殺到から30分後に日本の学園からのお誘いというか、懇願にも近い問い合わせが来ていたという構図だった。

 

 一向に収拾がつかないため、交渉担当者を通じて担当予定候補のウマ娘のデータ諸々を各国の学園から送ってもらい、選考のために集めた膨大なデータを流し読みする中で、シンボリルドルフというウマ娘のデータに目が止まったのだった。

 記載された神経系の強さ、心肺能力が高く他すべてが能力値が平均して高く卒がない。他に断りを入れるだけの科学的根拠を伴う、将来を確約された力がルドルフにはあった。

 

 ルドルフの判断速度とコーナリングの能力を試すためのメイクデビュー新潟。

彼女が一体どんな風にこのレースを攻略するのかとても楽しみである。

 

 スタンドの建物の外の最前列にたどり着いた。

 ゴールに最も近いフェンス前に右足を少し前に出し、いわゆる『休め』の姿勢でその場に立つ。

 

 空を見上げると曇り空は全体的に広がっているもののまだ大丈夫そうだ。

 

 ジャケットの内ポケットから、銀細工の懐中時計を開き時刻を確認すると、時刻は出走の20分前――11時10分ごろを差していた。

 確認の後懐中時計の蓋をいったん閉じ、ジャケットの内ポケットにしまいつつ本バ場入場の入り口を見据える。

 

『第3競走、出走選手入場です! 新潟第3レースはメイクデビュー新潟ジュニアクラスのレース。芝1000m10名で争われます――1枠1番マインスフラッシュ』

 

 アナウンスが鳴り響きメイクデビュー用の音楽が会場にかかり、本バ場入場が始まった。

 ルドルフの登場を待ちながら他のウマ娘たちの様子を観察する。

 

"――2枠2番の子は結構調子が良さそうね――"

 

 タカネサクラ――栗毛の彼女は三番人気である。見たところ先行逃げ切りタイプのような感じである。

 

『6枠6番シンボリルドルフ』

 

 1番人気のルドルフの登場で会場の熱気と歓声が一気にヒートアップした。

 その声にこたえるようルドルフは観客を見上げ余裕の笑みを浮かべて軽く手を振った。

 そして、ちらりと私の方を見て『行ってくる』と口元を動かしたように見えた。

 

「――きっと貴方が勝つよ」

 

 そう私も発するとこの歓声の中聞き分けているのか、口元を読んだのかルドルフは微笑みを浮かべたまま頷いた後――レースに集中した真剣な表情になり軽めのウォーミングアップを行い始める。

 

"――問題ない感じね――"

 

 前に教えたことを参考にしながらルドルフはそれらをこなしていて安心した。

 そして各選手の最終ウォーミングアップが終わった後、再びアナウンスが始まった。

 

『あいにくの曇り空となりましたが、新潟レース場――第3レースはジュニアクラス、メイクデビュー新潟。芝1000mの内回り、出走者は10名。バ場の発表は不良。この悪条件を乗り越えレジェンドへの第1歩、伝説へと踏み出す未来のプラチナ級ウマ娘は現れるのか?』

 

 独特な言い回しの男性アナウンサーの声が場内に響き渡り、私も右手に持った双眼鏡でゲートの方を確認し始める。

 

『3番人気はタカネサクラ――勝って夏空に桜吹雪を舞わせることができるだろうか?』

『2番人気はロックシャトー人気では負けたが1着は私のモノだと意気込む気合は十分だ』

『1番人気はシンボリルドルフ――皇帝の名を持つ彼女は会場の圧倒的人気をあつめ、初陣に挑みます』

 

 アナウンスや場内に溢れる様々な音より、自身の心臓の音のほうが大きく聞こえる気がする――。

 

『各ウマ娘揃ってゲートインしました』

 

 息をするのも忘れ、ゲートを凝視すること数秒――

 観客の声もその間静まり返る。

 

『スタートです!』

 ゲートの音が鳴り応援する声が場内に地鳴りのように響きわたる!

 

『まずは揃って綺麗なスタート――!』

 

 内の方からタカネサクラが好スタートハナを奪い、その外3番キングマリオン、さらに外からダイアヒラルダ、そしてセダーンローズと続いて出ていく中、出遅れることなくルドルフは好スタートを切った!

 

『激しい先行争いを制しセダーンローズ前途洋々という具合に先頭を走っていく!』

 

 どうやら逃げではなく先行くらいの位置にルドルフは陣取るつもりのようだ。

 

 セダーンローズに引っ付いて2番手にダイアヒラルダが追っていき、その後ろをラチ沿いに内からタカネサクラがピタリとついていく。ルドルフの位置は2バ身後ろの4番手で、その内側を抜けようとマインスフラッシュが離すものかと喰らいついている。

 

『中団は団子状態! サーペンマーメードとロックシャトー固まってその後ろから3バ身離れてキングマリオンが追いかける!後方2名は、エイカンセブン、ユウラムが続いていく!』

 

『残り800m! おっとここで仕掛けるか!? マインスフラッシュの外からロックシャトーぐいぐい位置を押し上げていく! サーペンマーメードもそれに着いて行けるのか?』

 

 双眼鏡で追っていたルドルフがコース中央の木々で見切れた!

 息をするのもほとんど忘れそうになりながら一旦双眼鏡を目から離し、再び先頭集団が見えるであろう地点に目測をつけ双眼鏡で追っていく――。

 

『残り600をきり4コーナーの入り口、先頭はセダーンローズまだまだ半バ身ほど逃げている!』

 

 視界を遮っていた茂みが見切れる先! ルドルフは逃げの子たちを追い3~4番手に居た!

"――外回りをいくのは……ああ! そういうことか!――"

 

『残り400! 2番手からダイアヒラルダ! ダイアヒラルダが先頭に並んでいきます!』

『さらに人気のシンボリルドルフが3番手まで差を詰め上がってきた!』

 

 内のセダーンローズも粘っているが伸び悩むんでいる。私はルドルフの考えていそうな事に予想をつけながら双眼鏡をはずし目視に切り替えた。

 

『第4コーナー回って直線コースに向きましてセダーンローズの外からダイアヒラルダが先陣をきった!』

"――やっぱり! 4番手以下をブロックしてカーブした! ――"

 

 第4コーナーでルドルフは内ラチから3バ身外位の位置に陣取り先頭のふたりを追う位置に!

 そしてルドルフの少し後ろを走る内コースの子たち以外。

 ルドルフを抜いて前に出ようとし更に外を回ろうとした子たちは加速しすぎた!

 遠心力に負けてひとりは外に大きく逸れ! 残りは吹き飛ばされないよう減速した!

 

“――まさか注意点を利用して後続の子たちの脚を削りに行くなんて!――”

 そして当のルドルフは3番手につけ華麗にコーナリングを決めた!

 

 ルドルフの位置はコーナーを曲がり切るか切らないかくらいの所。

 そして1バ身ほど離れた内ラチを走るセダーンローズ。内ラチから3バ身ほど外の位置でセダーンローズの少し前を走るダイアヒラルダ。

 

 そんな先頭2人のおよそ1バ身程度の間にルドルフは狙いを定めたように見える!

 

“――え、ちょ!?――”

 

 ルドルフは溜めていた脚を炸裂させた!

 曲がり切ったばかりだというのに急発進を決めてまるでロケットのように!

 先頭2名セダーンローズとダイアヒラルダの隙間めがけてルドルフはすっ飛んでいく!

 

“――何アレはやっ! ――”

 

 内ラチ側のセダーンローズとダイアヒラルダとの間をシンボリルドルフが抜けてゆく!

 

『―――! ――!』

 

あまりの急展開に実況が遅れているも私の耳には届かない。それくらいあっという間だった!そしてすぐさま2番手だったセダーンローズの前を不正にならないよう、確実にルドルフは奪取!

 

『残り200! シンボリルドルフが内をつきダイアヒラルダをここで捕まえた!』

"――もう抜いてるよ!――"

 

 ルドルフがセダーンローズの前である最内をとったとき、その1バ身程度先かつ外走っていた、先頭にいたはずのダイアヒラルダは実況の前にすでに抜き去られてしまった!

 あまりの展開の速さにまた実況がついていけていない事態になっている!

 

『先頭をぶっちぎるのはシンボリルッルフ! シンボリルド!』

 

"――実況さん今噛んだ!――"

『リードは3バ身にグーンと広がり今1着でゴールインッ!』

 

『人気に応え見事1着! シンボリルドルフ! 会場の期待に応えました! 2着ダイアヒラルダ! 三着タカネサクラ! 未来への第1歩! メイクデビュー新潟を制したのはシンボリルドルフ! 人気に応えましたッ!』

 

 

……実況のお兄さんが噛んだインパクトに最後全部持ってかれた気がした。

 

 殆どスピードを殺さずに曲が切り。位置取りを駆使して同じく脚を溜めているはずの後続の脚を削り、先頭のふたりの隙間をぶち抜く。

 そして念には念をと言わんばかりに2番手をルールの範囲内でブロック。

 そのまま外をいく先頭を抜いてあっさり3バ身。見事としか言いようがない勝ち方だった。

 

 

"――凄いとは思っていたけど、ディーネとはまた別の意味で規格外だわ――"

 

 

 ルドルフが場内に向けて手を振っていた姿を後目にそんなことを考えていた。

 するとルドルフはちらりと一瞬私に視線をよこした。

 私は双眼鏡を持っていない左手の親指をぐっと立てて――。

 

「おめでとう。検査室前で待っているから!」

 

 そうルドルフに声を張り上げていい、私は自分の仕事をするために駆けだした――。

 

  ◇  ◆  ◇

 

――20××年7月23日 午後12時30分頃――

――新潟レース場 シンボリルドルフ控室――

 

 クールダウンをかけた後、軽いインタビューに答えた選手達が向かう先――それはドーピング検査だ。

 

 私は一旦ルドルフに渡すためのものを取りに控室に戻り、採血が行われていた検査室の前にやってきたタイミングで第3レースの出走者が出てきていた。

 落胆、切り替えた表情など百面相の他の選手の中からルドルフを見つけて、アミノ酸ドリンクと軽い補給バーと着替えの入った袋渡し、シャワー室で温水と冷水を使って温冷交代浴を行うよう指示し着替えを渡してきた。

 

 それが45分前の話である。

 

 私はルドルフがシャワーから帰ってくるのを待ちつつ、ローズマリーの香りがセットされたアロマディフューザーのスイッチを再び入れる。

 それから帰ってきたルドルフに学校の水泳授業で使うような腰巻タオルや検査着を渡し、控室の左奥にある着替え用のカーテンスペースで着替えさせた。

 

 そして今しがた着替え終わったルドルフは、上がり畳の上に敷いた薄い低反発の黒マットの上にまず足を軽く立てて座っている。

 私はジャケットを脱いでハンガーにかけ、ベスト姿になりシャツの袖を肘まで捲りながらその右横に座った。

用意しているものは検査中に身体にかける大判のタオルを二枚。

業務用の白の乾いたフェイスタオルを2枚。使用済みタオルを入れるバケツ。

 

 控室内備え付けの洗面台からルドルフの着替え中に温水を汲んでおいた蓋つきのバケツがひとつ――その温水の中にも白のフェイスタオルが数枚浸してある。

そして使用する医療器材がふたつ、超音波検査用のジェルを1本傍に配置している。

 

「――では関節部の熱を確認した後検査に移りますね。仰向けにまずお願いします。」

「エコー装置ともなるともっと大型のものを想定していたが、文明の進歩を感じるな」

「ええ、これが出来たおかげで本当に診断が容易になりました」

 


【携帯超音波装置】

充電式の小型タブレットとワイアレスプローブで構成されている。

お腹の中の赤ちゃんとかをみるあのエコー装置のタブレットバージョンである。

 

◆使用方法

超音波を通しやすくする超音波ジェルを塗って、その上にプローブという板状の機械を身体に当てる。細かい操作をしながら画面に映る画像をリアルタイムで見ていく装置。

関節や筋肉の確認などが出来る。


 

「この後も天気は深夜までもちそうです。雨に打たれた生徒は今のところ居ないですよ」

「調べてくれてありがとう。皆無事にレースを終えられそうだな。我々がテルテル坊主を作った甲斐があったね」

 

 ルドルフの関節部の熱を手で確認しつつ、学園の子たちを心配しているであろうルドルフに待っている間に情報収集して確認が取れたことを伝えた。

 

「ふふっ、そうですね。ルドルフも生徒たちも今の所無事で何よりです――では、はじめさせていただきますね」

 

 ジェルを塗る前に関節部に触れて熱が無いか確認し、最初は仰向けに寝てもらい、そしてその後うつ伏せに、腰から下の部分の関節部や軟部組織、筋肉の状態を確認していく――。

 

「特に異常は見当たりませんでした――再生を促すため、マッサージモードでショックウェーブ装置使いますね」

 


【拡散型ショックウェーブ装置】

 今回使用するのは小型のもの。接骨院などで主に使われている。

 四足歩行のお馬さんにも導入されている旬な医療機器。

 動力は電磁誘導タイプのもの。痛みも少なく微調整も効く最新モデル。

 

 使うと体の深いとこまで解されて、使い方次第では手で押せない部分の超回復を見込める。

 ただし状況によっては使用タイミングを見極める必要があり、深い部分の血行促進やマッサージ程度の出力で今回は使っている。


 

 バケツの温水から引き揚げたタオルを絞って超音波ジェルをぬぐい綺麗にする。

そして今度はショックウェーブ装置を持ち出して、声をかけてからうつ伏せのルドルフの脚に当てる。

 

 これが私の使える秘密兵器のひとつ――この国ではメジャーではないこの装置を使いこなし、その効果的な使用方法の情報を最も持っているのが合衆国である。

 

 以前、筋トレメニュー後に使ってみせその良さを知ったルドルフは、是非装置の効果的な使い方を学園ケアスタッフにも広げてほしいと私に頼んできた。

 そのため時間がある時に参考書になりそうな書籍の翻訳書を作るべく、執筆準備をしているのが昨今の私の内職だった。

 日本で本格的に使いこなせる人がでるまでは時間がかかる。けど、正しい使い方が広まれば格段に故障率をさげることができるだろう。

 

「この装置でのマッサージは本当に気持ちがいい。癖になるな」

 

 そんなことを考えていると、ルドルフの方から満足げな感想が上がった。

 この所この装置にハマったルドルフによって、書類仕事でガチガチに肩こりがあるときなどリフレッシュ目的でせがまれることがある。

 

 ウマ娘にとってこの装置を用いたマッサージはとても気持ちがいいらしい。

 一度そのよさを知ってしまったウマ娘の末路は言うまでもない――巷で有名なあらゆる生物をダメにするクッションのように、次々に目の前のルドルフのようにハマってしまう。

 

「ふふっ、本当にお気に入りですね――はい、終わりですよ」

「文明の利器とはやはり素晴らしいものだ。身体がすっきりしたよ、ありがとう」

 

そういってルドルフは体を起こした。

 

「――以上で施術は終わりなので着替えられてください。カーテンの所に保湿用のボディーミルクを置いてあります。筋肉痛の痛みも消えますが、身体の回復の邪魔にならないよう、後にお渡しする回復期の計画書通りにお願いします――身体をふくためのタオルは追加でいりますか?」

「綺麗になっているから大丈夫だ。置いてあった青いボトルだね? 気遣い有難う使わせてもらうよ」

 

 ルドルフは着替えスペースのピンク色のカーテンの向こうに消えてゆき――時刻は午後13時に差し掛かる所となっていた――。

 

  ◇  ◇  ◆

 

――20××年7月23日 午後18時頃――

――新潟レース場ライブ会場 前列 関係者スペース――

 

 あの後2人で注文した出前を待ちながら、ホットルイボスティと、室内にあった冷蔵庫で保管しておいた若鳥のコンフィがごろごろ入ったレース場名物――農協の売店産のサンドイッチを堪能した。

 

 食事の後に残りのウマ娘たちのレースを見守り3時間ほど時間をつぶした。

 そして午後17時に控室に戻り新人用の支給衣装を着たルドルフのヘアメイクを整え、今からおよそ20分前にライブに向かわせ今に至る。

 

 メイクデビューしたウマ娘が着るのは、支給品の青色の襟に白メインのフィッシュテールのようなスカートが特徴のメイクデビュー衣装。

 来年の皐月賞に漕ぎ着け勝利すれば、G1にたどり着いたウマ娘のみが着用を許される勝負服を着てルドルフは皐月賞の舞台で踊ることとなるだろう。

 

 ここに来るまでに関係者用のスペースで、ルドルフの瞳の色に合わせた紫寄りのサイリウムを2本購入し、私は関係者席の最前列に立ってライブが始まるのを待っていた――。

 

"――はじまった……!――"

 

 第3レースの掲示板内だった選手の紹介があり、この嵐が迫る新潟に応援に来ていたファンたちが声援を各々投げていく――。

 

 ルドルフは今回1着だったため、センターに配置されておりその声援に応えていた。

 

 そして舞台のライトがいったん落ち、深い青の陰のなか舞台上に立つウマ娘達の背中から光が照らされたと同時に楽曲がかかる。

 

『響けファンファーレ――届けゴールまで』

 

"――凄く嬉しそうだなぁ。無事に勝利を飾れてよかった――"

盛り上がる会場とは裏腹に、サイリウムを振ることを忘れて舞台の上のウマ娘達に見入っていた……。

 

 今会場にかかるこの曲は――G1に出るまでの見習いのウマ娘達のための曲――この歌を歌いファンを集め彼女たちはG1に立つことをまず夢に抱く。

 

 どんなことがあっても己の力を信じて進む――そんな歌。

 

 その舞台の上には今――悔しさで一瞬涙を流す子も、一生懸命踊る子も同じ所に立っている。

 それを承知で彼女たちウマ娘は走り続ける。同じ曲を何度も歌いながらグレードレースやその先を目指すために。

 

"――あれ?――"

 

 小雨が少しだけパラつきはじめると同時に、私の頬をそうでないものが濡らした気がした。

 

 大災害級の危機的な状況が迫っていた中、奇跡的に天気が持ちルドルフが勝利を得た嬉しさや、会場の観客や学園の子たちに被害が無くて良かったという安心感。

 

 そしてその事でルドルフが心を痛め無くて良かったと思う気持ちなど、色々なものが混ざったその感情に感化された私の右目から、溢れた落ちた一筋の雫をサイリウムを持ったまま右手で触れて確認できた。

 

"――心だけだけど、歳をとると……涙腺が緩むって本当だったんだね――"

 

 そんな泣き上戸になった私の涙を――それをルドルフが立つ舞台と違い屋根が無い会場の空から優しく降る雨が隠してくれる。

 私は嬉しさからくる笑みを浮かべ、サイリウムを握り直し合いの手を入れながら精いっぱい振り、会場の空気に溶け合っていった――。

 

 

 そんな感動的な感じで私たちの一日は終わるのかと思いきや――。

 後日ルドルフについて衝撃の新事実を知ることに。

 

 

 ルドルフのライブが終わった直後――ルドルフによって私は直ちに控室に戻された。そして雨に濡れた私を拭くべく、タオルを持ったルドルフによって確保されることに――。

 

 それからが衝撃の日々の始まりだった。

 この日はじめてルドルフが相当な心配性で、かつ保護欲が強い性格だという事に気付いた。自分の部屋で寝なさいというのに『何かあっては困る』とルドルフは一歩も引かないし離れたがらない。

 

 宿泊所に戻る間、軽く何回かクシャミをしただけなのに……!

 過保護スイッチが入ってしまって、私のそばから離れようとしないルドルフを何とか説得し部屋に返した。

 

 そしてそれはルドルフと共に新潟から帰ってきてからも、連日の過保護にはしばらくの間驚かされることとなる……。

 

 そう……その後3日間、朝6時出勤の私が通る時間帯ぴったりに、毎日校門前で待っているルドルフによって大丈夫なのかと健康状態を確認される日々が続いた……。

 生徒会のふたりから朝が弱いという情報をもらっていたのだけれど、気合で毎朝早く起きてくるルドルフ。

 

『ありがたいけどルドルフこそ朝きちんと寝なさい』

『就寝が早いから問題はない』

 という押し問答を私とルドルフは校門前で繰り返した。

 

 この互いを心配して言い合う私たちの朝の様子――それが朝練で早めの登校をしてるお年頃のウマ娘たちによって、新潟で一体何が? と、噂話に尾ひれ背びれついて学園内に広まってしまうことになる。

 数日後にそんなことになるとはライブに感動している時の私は知る由もなかった。

 

 女子だらけの学校は常に話題に飢えている――そういう所だという事を完全に失念していたのであった……。

 




正確にはローマ皇帝はドイツ王とされる。
理由は省略。

ドイツの話してたらシュニッツェル(カツ)が食べたくなりました
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