IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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お待たせしました。

前半ルドルフ視点 中盤トレーナー視点、後半ルドルフ視点
タイトル変更しました。


『生徒会』パワーゲーム【前編】

――20XX年8月末某日 午後14時00分頃――

――トレセン学園 生徒会室――

 

 あの梅雨から寒気は去り外はカンカン照りの夏空。

 8月前半には熱帯低気圧に続き、台風が上陸――そこから連日の猛暑だ。どの程度かというと、例えば野外にフライパンを放置すれば加熱され、卵を落とせば目玉焼きが焼ける。そう言った具合だ。そしてその煩わしい気候に合わせ、窓の外からはセミの大合唱が忙しなく響いていた。

 

 そんな外気の様相とは打って変わり適度にクーラーの効いた涼しい生徒会室。応接用ソファーの下座にエアグルーヴとナリタブライアン。そして対面の上座に私が座りテーブルの上には印刷した資料類。そして紙のコースターが敷かれた飲み物のグラスが3つ。

 

 本日の集まったの理由は会議――議題は『フリーエージェント制度』や学園の在り方についてだ。

 

 5日後に理事長側と教員側、トレーナー側、そして更に今回はスポンサーやURA役員やトレーナーや教官および下部組織の育成機関の代表等が来る。――そんな全体会議で案を出し意見を述べなければならない。

 生徒会書記のマルゼンスキーは本日夏風邪で欠席したため会議の様子は録音し、後々議事録にまとめる予定とした。

 

「――この膨大な資料はどうやって集められたのですか? 言ってくだされば我々も手伝ったのに……」

 

 左角をクリップされた資料を右手に持ち、それをパラパラと確認した。そしてエアグルーヴは眉をひそめ私に対し不満げな声を上げる。

 

「それは××××××トレーナーが集めてくれたものだ。学園新聞の号外担当のゴールドシップにも協力してくれるよう声をかけ、トレーナーや教官からのほぼ9割方の意見が出そろっている」

「ゴルシを動かした!? あの気まぐれな奴をどうやって……」

 

 エアグルーヴが驚きの声を上げ、ブライアンの耳もまっすぐ向いた。私もこの資料を持たされた時も今の彼女たちと同じく驚愕したものだった。

 

「ゴールドシップの遊びに根気強く付き合ってバイト代で釣ったそうだ。理事の方からフリーエージェント制度に関する意見をトレーナー君は求められていてね。その序に作ったとかで7日前に渡してくれたものなんだよ」

 

 前に垂れてきた前髪を後ろに右手で軽く払い、2人のほうを向く。

 

「殆ど同じ年齢とは思えない出来だな。いっそ手伝ってもらったら良かったな」

「そう思うだろう? 声をかけてみたのだが『そこは頑張ってね』と可愛らしい言い方ではあったが、手厳しめに返されてしまったよ。それに今日は件の装置の講習会もあるようだ」

 

"――『貴方なら出来る』そう言われたからには自力で乗り越えて見せる――"

 

 トレーナー君は資料を私に手渡してくれたのが7日前。

 その彼女はというと本日の午前中から、学園の依頼で自ら講師を務めショックウェーブ装置のケアスタッフ向け技術取得講座へと向かっていた。

 

「例のあの装置ですか――学園のケアスタッフやトレーナーの間では件の装置の話題で今持ちきりだとか」

「装置の使い方を広めてくれる様頼んでみたら、専門書の3冊の和訳書の電子書籍出版を半月で終わらせてくれた」

「――ダイヤ持ちともなると格が違うな」

 

 ブライアンの言うダイヤ持ちとはGrandの称号を戴冠したトレーナー達の通称だ。

 Grand Trainer――それは最難関の国際Sランクトレーナー試験合格者のうち、担当ウマ娘が残した著名な成績を残した場合につく最高位の称号。世界でも今年の合格者3名を合わせて10人ほどしかいない存在だ。

 

 トレーナー君の胸には米国のトレーナーバッジ、そして純金製の国際Sランクトレーナーバッジが常に輝いている。Grandの称号を得たものは更にSランクバッジの隅にダイアモンドはめ込まれている。故にダイヤ持ちというのも通り名なのだ。

 

「世の中を覆い尽くすか如くの蓋世之才(がいせいのさい)の持ち主たちの中でも、神話のいにしえの大賢者(ケイローン)と並び称され、そう呼ばれるだけあって流石というか何というかだ――さて、話を戻そうか」

 

 縦長のシンプルなグラスの中で白い口元の手前で曲がるストローを回す。そしてコーヒーと分離している氷から解け出た水をいったん混ぜた。

 私はひと口含む――どうやら水っぽくなることを計算し、濃い目に淹れたのは正解だったようだ。

 

「フリーエージェント制度の問題点は、乱用すると人材育成における教育上の問題が発生するでしたね? 確かに外からトレーナーを入れすぎれば、刺激になるどころかそれ頼りになってしまう。数を制限すべきでしょう」

「ただ、そうすると環境に甘える人間が出る」

 

 エアグルーヴとブライアンが言う通りだ。フリーエージェント制度を使いトレーナーを調達し続ければ、それ頼りになってしまうだろう。今はトレーナー君ひとりという特異点が1つの状態だが、こればかりになってしまえばやる気を失う教官やトレーナーがでる。そしてウマ娘も舶来のトレーナーばかりに群がっていくだろう。

 

 それはやがて争いの種や、既存の組織の在り方を壊してしまう。――良薬も使い方を誤れば猛毒にもなるということだ。

 

「エアグルーヴの言う通り制限なしにしてもダメだし、ブライアンの言う通りこのままでもよくない。現状日本陣営と外とは圧倒的な情報や技術差がある――そして最新の情報や専門知識はすべて外国語だ」

「現代スポーツにとって、情報収集力は勝利に直結するものですからね。しかも得た情報の質次第でトレーニング環境や使う道具も左右されてしまう。厄介ですね……」

 

 脚を組み、顎に指を当てて険しい表情をエアグルーヴは浮かべた。ブライアンも眉をひそめて考え込むような表情ををしている――。

 

「そしていつまでもアンタのトレーナーだけに甘える訳にもいかない」

「その通りだブライアン。今は厚意でやってもらっているが、本来対処せねばならないのは学園側だ――そこでだ」

 

 そういって新たに資料、といってもA4用紙2枚程度のそれらをふたりに渡す。

 

「次の会議には学園の外部組織であるトレーナー育成機関もやってくるそうだ。そこも視野に含めて抜本的な改革を提案しようと思っている」

 

 渡した紙をめくる音が室内に響く。――そして先に発言する様子を見せたのは今度はブライアンだった。

 ブライアンは書類を左手で掲げこちらに軽く見せた。そして指で気になる箇所をつんつんと右手の指でつつく。

 

「このマネージメント制度とはなんだ? 問題解決に関係あるのか?」

「今回の改革全体の要になるものだ。ブライアン、トレーナー君がまとめてくれた皆の意見に関する書類の8ページ目を見てくれ――何と書いてある?」

 

 エアグルーヴとブライアンが該当の資料に持ち替えてページをめくる。

 

「ザックリとまとめると忙しさで学びたくても無理という意見――つまり時間を作るためという事か?」

 

 私が指定その指定した8ページ目。そこにはフリーエージェント制度を不安視したり、大反対していた層からの意見がまとまった項目だった。

 まだ要領を得ないといった様子で伏せ気味の耳のまま、ブライアンはそう返事を返してきた。

 

「そうだ。昨今のメディアの急激な発達に伴い、マネージメント部門はSNS対応に追われ各トレーナーの負担となっている。増え続ける業務量についていけず、退職になっていた者もいた。その内訳には技術を教えるのは上手いが、人間関係が原因で技術の伝承や更新がうまくいかなかった者、そして対マスコミやSNS対策やマネージメントは得意だがトレーニングの指導が下手だったりするものなどが含まれる」

 

 ひと息ついて私はアイスコーヒーをまた口に運ぶ――。

 

「なれば既存のマネージメント部門を強化し、トレーナー達の忙しさを軽減してしまえばいい。教官の方も雑用担当者の人員を補充と、効率化とデジタル化で時間にゆとりを持たせられるよう書類のように考慮。その環境下で人数制限をかけた『フリーエージェント制度』を同時運用すればいい刺激となる」

「なるほど。特に最後のものは教官としても燻ぶっていますし、得意のマネージメント部門を強化し送り込み。書類のようにしっかりとしたメディア対応をやらせれば閑職に追いやられる者も減る――いい案だと思います!」

 

 そういって納得したかのようなエアグルーヴは目を輝かせた。

 ブライアンも耳がまっすぐ前を向き、軽く2度ほど頷いているためどちらもこれには賛成のようだ。

 私はその様子に頷きながら話を続ける。

 

「そしてヒトもウマ娘もどんなに素晴らしい人格の者でも、2人いれば相性がある。些末な人間関係の問題への対応ならば、どのように転んでも外にも学びに行ける時間や手段を作ればいいのだよ――更に明後日の会議ではどうやら外部組織は新設予定の学科の"相談"がある"そうだ"――相談なだけに、ふふっ」

「――会長、今は真面目な話合い中ですよ? 新設予定の学科の相談とは?」

 

 真面目な話でジョークを行ってしまった。これにはジト目のような表情を浮かべたエアグルーヴに怒られてしまう。堅い話が続いて和ませようとしたのはどうやら裏目に出てしまった。

 

「すまない。海外の最新知識を学ぶための学科を作りたいそうで、そこでフリーエージェント制度で講師となる人材を調達できないかとのことらしい」

「――となると……フリーエージェント制度を講師の調達ではガンガン使っていき、余暇で十分羽を伸ばしたトレーナーや教官達を誘導していくと」

「そういうことだエアグルーヴ。その時にひとつ提案をしようと思ってるものをそれに組み合わせる」

「といいますと?」「何だ?」

 

 息ぴったりの2人の返事を確認し、その続きを私は切り出す。

 

「アメリカの大学などが行っているMassive Open Online Course(大規模オンライン公開講座)や各大学が行っている、オンラインコースを参考にしたコースの設立。監督付き試験もオンラインで行う方法があるらしく、この形式でも行えるようにできないか提案したい。あと動画などで授業を見返したり物理的な時間の軽減が可能だ。育成組織側が求めているフリーエージェント制度で来る者は××××××トレーナーのように日本語が堪能な者ばかりではない」

 

 2人がついて来ているか確認のため一呼吸置く。するとブライアンは少し首を傾げた後、ぴんと耳を伸ばし――。

 

「講座や授業を動画にして編集したり、必要なら同時通訳でオンライン授業にすれば外国語に疎い奴でも日本語で最先端の授業が受けられる。しかも動画ならやる気アガってきた時にいつでも学習できるということか」

 

 かつての明治の時代――列強に追いつけ追い越せをスローガンとしていたこの国には、日本語で専門知識を学ぶことが難しいという問題に直面していた。

 1880年の明治13年頃に『法律学』を学ぶにはそれまで語学がある事が必須条件であった。しかし、これを日本語で講義するという事を行った大学があった。その大学名は駅伝などでも伝え聞く事が出来る。

 

 専門書を読むにはただ外国語が出来ればいいというものではない。まずベースとなる知識を母国語である程度埋める必要がある。そこから語彙や知識を増やしてからでないと全く訳の分からないことにもなってしまうからだ。

 そして我々に関わる和訳の専門書が殆どない今の状況は障壁が大きすぎる。

 

 ブライアンの発言に察したようにはっとした表情を浮かべた。エアグルーヴは口元を結んだまま軽く笑みを浮かべ――。

 

「なるほど。実習の必要が無い単位を殆どそうしてしまえば受けやすそうでいいですね。あと、人間以外のやる気のある学生も受けられるようにすると面白そうです。学園に居る者だとエアシャカールやアグネスタキオンなど向学心が強い生徒も多いですから」

 

"――生徒も閲覧できるようエアグルーヴの提案も加えておくか――"

 

 エアシャカールやアグネスタキオン――頭がよく向学心が強いが故に、彼女らにとってはお遊び程度になってしまう学園の授業はおろそかにしがちだ。

 

 だが在学しているとそういった環境にアクセスする権利があるとしよう。そうすれば彼女らのやる気も違ってくるのは想像に難くない。

 

「それはいい案だな――提出する意見に加えよう。他に意見はないか?」

 

 そう投げかけると2人は軽く唸り、沈黙が流れる――……。

 

 カチカチと壁掛け時計から響く秒針が10回ほど時を刻んだ。そしてエアグルーヴが先に口を開く。

 

「他メリットはやる気があればライセンスの取得状況や講座成績などがわかれば、学園人事から昇格昇給もし易い。給与待遇面に関する不満もこのところでていましたしね。――デメリットといえば、やる気がない者はどこまでも怠けると言ったところでしょうか……計画性のなさも浮き彫りになりやすいです――私からは以上ですね」

 

 そういい終えて資料をテーブルに置いたエアグルーヴ。そして既に資料を置いて頭の上で指を組み背中を伸ばそうとのびーっと腕を伸ばしながら、背もたれにもたれた後ブライアンは口を開く――。

 

「休みがしっかり取れるよう時間を作るのを前提として、その状況ですらその体たらくではもはや自業自得だろう。やる気のあるやつが評価されるし私は賛成――異議は無しだ」

「それもそうだな。私もブライアン同様異議なしとします。会議に提出する意見内容はこの方向性でいきましょう」

「決まりだな『フリーエージェント制度には制限を加えて運用する事』『講師の調達としてフリーエージェント制度を用いるならそれは別枠』『組織の抜本的な改革により教官やトレーナーに時間的な余裕をしっかり持たせること』『各教育機関を結ぶオンラインコースの導入』『オンラインコースへのアクセス権限は在学中の学生も含む』で我々は行こう。一旦休憩を挟み、会議に向けた準備を17時半から行うとしよう。」

 

「お疲れ様でした」「お疲れ様――私は昼寝に戻らせてもらう」

 

 解散宣言をするとふたりはそれぞれ書類をまとめる。その後生徒会室の副会長用の机2基にふたりとも仕舞い始めた――。

 

 ――うまぴょい♪

 

 会議が丁度まとまった段階で私の通信アプリLEADの着信音が鳴った。

 

「――? この時間帯という事は……会長のLEADということは、会長のトレーナーからですか?」

 

 学園のものならば今の時間帯はトレーニングをしていたりする時間だ。

ともなると私にLEADを飛ばしてくるような存在はここのふたりを除けばトレーナー君しかいない。

 

 エアグルーヴの言う通り――確認した画面にはレーナー君からのメッセージが画面には記載されていた。

 

「ああ、今仕事をあがってきたそうだ――ところで2人とも、肉、もしくはスイーツは食べたくないか?」

「肉は欲しい」「え? どういうことですか?」

 

 ブライアンが即答し肉と聞いて目をらんらんと輝かせる。エアグルーヴは訳が分からないといった様子で眉を顰め首をかしげている。

 

「トレーナー君が差し入れを買ってきてくれるらしい。肉なら特大極厚ローストビーフサンドイッチ、スイーツなら『冷やしクリームパン』だそうだ」

「あのサンドイッチか。今日は売り切れてなかったのか……」

 

 『特大極厚ローストビーフサンドイッチ』――近所のスーパーのベーカリーコーナー人気のメニューのひとつだ。

 ローストビーフが野菜少な目肉多めだ。それを包むのはピタパンという、某狸型ロボットのポケットのようなパン。

 その商品は平日でも入手が難しいらしい。だが運よくトレーナー君は作りたてのそれらに遭遇したようだ――。

 

 『冷やしクリームパン』は同スーパーの中国地方の物産展のものらしい。そうメッセージに記載されていた。

 通信販売サイト『Amazoness』と、『楽店市場』をよく利用し、お取り寄せをしているトレーナー君に分けてもらい、それ自体は私も食べたことがある。

 ふわふわとしたやや白めのパンの中に、しつこくなく上品な甘さのクリームがギッシリつまった大変美味なものだった。

 

「全員に好きなだけ奢ってくれるらしい――飲み物も欲しければついでに買ってきてくれるそうだ」

「極厚ローストビーフサンドイッチを4つ。飲み物はコーラがいい」

「ブライアン、お前昼に散々ステーキを食べたばかりじゃないのか……今15時だぞ?」

 

 トレーナー君へ私とブライアンの希望を書き込みつつ、画面で時刻を確認すると確かに15時だ。

 3人で昼食を取った際、ブライアンは極厚ステーキランチのステーキをおかわり上限である4枚も平らげたはずであったが、まだお肉を食べたりなかったようだ。

 

「肉は別腹だ。肉なら入る」

「なんて理屈だ……」

 

"――ふふっブライアンの肉好きは相当だな――"

 

 画面を開いたままの為着信音はしない。トレーナー君から返事が返ってきた。

 

『ふふ――ハヤヒデの言う通りブライアンはお肉が好きなんですね』

そんなメッセージと共に可愛らしく笑うシマリスの動くスタンプが返ってきた。

いつも通り愛嬌たっぷりなトレーナー君からの返信に先ほどまで張り詰めていた私の気分が和む。

 

『肉がいい! と即答だったよ。あまりに見事な返事だったから君にも見せたかったな』

 そうトレーナー君に返事を返す。そしてブライアンの肉への渇望の勢いに、呆れ固まっているエアグルーヴの希望を聞く。

 

「エアグルーヴ、君はどうする? 私もクリームパンを頼む予定だ。クリームパンの味はカスタード、生クリーム、チョコ、小倉、抹茶だそうだ」

「私もクリームパンがいいです。味は……そうですね、抹茶と小倉、カスタードをひとつずつで。飲み物は生徒会室にある設備で自分で淹れます」

「決まりだね。到着まで30分程度だそうだ――ゆっくり待つとしよう」

 

 そういいながら私はエアグルーヴが頼んだものを端末に打ち込み、トレーナー君に返信した。

 

   ◆  ◇  ◇

 

――20XX年8月末某日 午後15時20分頃――

――トレセン学園 廊下――

 

「わかめ好き好きぴちぴちー ふんふふんふふーん」

 

 耳に残って離れないCMソングを口ずさむ。時折適当に鼻歌を交えつつ生徒会室へ向かって廊下を歩いていく。

 

 学園外部機関のトレーナーやケアスタッフ育成機関での講習を終えた。そして学園に帰ってくると校舎内は空調で涼しく整えられていた。今日のトレセンの環境はホワイトそのもの! 最高である。

 

 行きも帰りも殆どタクシーでの移動だったため、RPGでいうダメージ床のような状態の外を歩くことなく帰ってこれた。お陰で汗の不快感はほぼない。

 

 そして私の右手にサンドイッチとコーラの入った袋がひとつ。左手にはクリームパンの入った袋と、私の分のサンドイッチやクリームパンが入った袋のふたつ。――保それぞれ冷材の入った合計3袋をもって生徒会室を目指している。

 

「よお、お嬢。また不思議な歌を歌ってるな」

 

 ドアが開いた左手の教室側入り口から声がかかった。立ち止まってそちらを向く――。

 そこには日焼けをしたような褐色の肌に、黒みを帯びた青い髪とルビーのような瞳が特徴的なヒシアマゾン。

 そして色白かつゴールドシップとほぼ同じくらいの長身に、特徴的な短い黒髪。アクアマリンのような青い目が特徴的なフジキセキの2人がいた。

 

「ふふ、日本のCMって面白いですね。こんな風につい口ずさんでしまいます――こんにちは2人とも」

「こんにちはお嬢様――今日は随分大荷物だね?」

「しかもいい匂いがしてる。食い物か! ルドルフに差し入れか!」

 

 キラキラと目が輝いているアマゾンと、気にかけてくれているフジキセキ。

 豪放磊落(ごうほうらいらく)なヒシアマゾンと温柔敦厚(おんじゅうとんこう)なフジキセキ――対照的なこの2人はそれぞれ美浦と栗東の寮長だ。

 

「ええ、そんなところです」

「なるほど――両手がふさがっていると危ないし、よかったら生徒会室まで運ぶのを手伝うよ」

「そうね。ではお言葉に甘えて」「アタシも手伝う!」

 

 断る理由もないし素直にフジキセキの提案に乗り荷物を持ってもらうことにした。

 そういってふたりはそれぞれ袋を持ってくれて、私は自分の分をひと袋持った状態で生徒会室に向けて再び歩き出す。

 

「しかし結構な量だなールドルフってこんなに食ったっけ?」

「3人分と少し多めに買ったのでこんな感じに」

「――3人というと会議でもしているのかな? 5日後には日本法人全体の会議があると聞いているし」

 

"――流石フジキセキ、きちんと学園の予定を把握してるのね――"

 

「そんなところです。――頃合いを見て様子を見に行くところでして」

「ふーん。……アンタの遠くからきちんと見てるそういう所、ルドルフとホントそっくりだよなー……」

「私が? ルドルフと?」

 

 不意な言葉にきょとんとしてヒシアマゾンを見ると、フジキセキもふふふと視界の外で上品に笑っている声がした。

 

「ルドルフは課題与えといて相手の行動観察しているから。お嬢も似たような行動してるなって思って」

「あー……たまにそんなルドルフを校内で見ます。ありますねその癖」

 

 ルドルフは試し癖がある。成長を促すためなんだろう。ルドルフは課題を与えてはその子の事を時々見守っている。

 

"――確かに言われてみれば今私も同じことをしているけど……――"

 

 私はあの子ほどしっかり者ではない気がする。

 何故かはわからないけど私の雰囲気はルドルフのカリスマと比べると、常に残念な仕上がりのような気がしてならない。

 

"――精神年齢ピー歳にしてこれとか悲しいけど、とほほ……――"

 

 

「少し違いがあるとしたら心配性の度合いだね。校門のアレは中々面白かったよ」

「校門のアレ……?」

 

 フジキセキの発言に首をかしげながら校門にまつわる記憶を思考から掘り起こしていたところ――。

 

「で、本当の所どうなんだ? あの噂!」

「……」

 

 その最中に藪からスティックで飛んできたヒシアマゾンの発言。それにどう答えるべきか私の思考回路はフリーズし立ち止まる。

 窓の外に巣を作っているツバメの雛とツバメの鳴き声が、廊下にややけたたましく感じる程響いた沈黙の後――。

 

「え?」

「だから、マジなの? 噂!」

 

 思い出した噂の数々による羞恥心でパニックになった。そのため『え?』と、結局聞き返すことしかできなかった……。

 フジキセキ言っていたのはメイクデビューの後のあの事だ。

 ルドルフが心配性を発動させ、毎日健康チェックされたあれだ。学園の校門でのルドルフと私の毎朝の『きちんと寝なさい』『早く寝たし大丈夫』を目撃した生徒から、変な尾ひれ背びれまでついていた事件だった。

 

「え、ないですよ? 全部事実無根です」

「本当に本当の本当か? ちょびっともなんもなし? 丸い耳まで真っ赤なのに?」

「こら! 大人をからかうんじゃありません!」

「大人って2歳とかそれくらい年上なだけじゃん? つか! 未成年だろアンタも!」

「――あー……ニホンゴはムズカシイデスネー」

「今の今まで流暢にしゃべってただろ!」

 

 うっかりとんでもないことを口走った。それを日本語がまだ苦手なフリをして回避する。

 そんなコントのようなやり取りがフジキセキのツボに入ったらしく、視界の端で顔をそらせながらプルプルと肩を震わせている。

 

 そんな他愛のない話をしながら生徒会室の前まで来た。

 

「ここまで来たら大丈夫。ふたりともありがとう。これは個人的に買ったものだから、二人で食べて」

「私たちが貰ってしまっていいのかい?」

「ええ、いつも寮長のお仕事のご褒美兼、お手伝いのお礼的な感じで貰ってください」

「それならありがたく頂かせてもらうよ」

「やったー!! サンキューお嬢! 中身は――お? これブライアンの言ってたやつ!」

 

 2人から差し入れ袋を受け取った。そして私が持っていた自分用に買った分をヒシアマゾンに差し出す。

 袋の中を確認して大喜びのアマゾンはテンションが上がっている。

 

 それと同時に、生徒会室の重厚な扉が開いた。――ゆっくりとルドルフが出てきて後ろ手で彼女はドアを閉めた。

 

「お帰りトレーナー君。――ヒシアマゾンとフジキセキも一緒にいたのか」

「ルドルフただいま。差し入れを運ぶのを手伝ってもらったんです」

「美しいご令嬢が、重そうな袋をお持ちだったからお手伝いをね。会長自ら出てくるなんて、そんなにお嬢様の到着が待ち遠しかった?」

 

 フジキセキがニコニコとルドルフをからかう。するとルドルフは少し思案したようなそぶりを見せた後、余裕たっぷりの笑みを口元に浮かべた。

 

「そうだな。お互い忙しく、中々顔を合わせられないからね。こうして会いに来てくれるのが楽しみなんだ」

 

 『おおー。これは?』と感心するフジキセキと『――やっぱ噂はマジなのか?』とアマゾンがピューとからかうように口笛を吹いた。

 

 私は恥ずかしさで顔に血が上る感覚を受けたが、後すぐ冷静さを取り戻す。

 そしてこほんと咳払いして――。

 

「こらー。年長者をからかうんじゃありませんよ?」

 

 寮長ふたりに対し、チベットスナギツネのような表情を浮かべ静かに叱る。

 するとフジキセキとヒシアマゾンは笑いながらも『ごめんごめんつい』『おっと怒らせちゃったか。ごめ!』と、返事が返ってきた。

 

「むくれていても大変美しいね。うんうん、良い表情が見れたところで私達は失礼するね」

「じゃあな! おやつサンキュー!」

 

"――もう! いたずら好きなんだから……!――"

 

 機嫌よく二人の寮長が去っていった。

 とりあえず差し入れを渡して私もゆっくりしよう。

 そう思ってルドルフに持ってきたふた袋を差し出した。

 

「これが差し入れね――会議は上手くまとまりそうですか?」

「どういった提案をするかまでキッチリまとまったよ。君がくれた資料が大変役立った――ありがとう」

「それならよかった。じゃあ、私もこれで――」

 

 表情から察するにきちんと自分たちで何かしらの答えが出たのだろう。安心して私も立ち去ろうとした時――。

 

「まって」

 

 ルドルフは袋を全て左手で持ち、右手で私の片手を軽く掴んで止めた。

 軽く体を向けて私は振り返って彼女の顔を見上げる。

 

「実は少し多めにクリームパンを頼んでいてね。この後予定が無ければ一緒に食べよう――そろそろきちんと彼女たちにも君を紹介しておきたいというのもある」

 

 そういってルドルフはちらりとドアの向こうに視線を送った。

 紹介したい彼女たちというのはエアグルーヴとナリタブライアン――副会長の2人だ。

 ルドルフの居ない場所で既に雑談を交わす程度には交流はある。だが、ルドルフのトレーナーとして、何だかんだ忙しくて彼女本人から紹介されたことが無かった事を思い出した。

 

"――うーん。割と普通に話すけど、まあきちんとした場は必要よね?――"

 

「わかりました。午後からは予定もないのでお邪魔させてもらいます」

 

  ◇  ◆  ◇

――20XX年8月末某日 午後15時35分頃――

――トレセン学園 生徒会室――

 

 甘いものが好きなトレーナー君用にミルクたっぷりのアイスカフェオレを、生徒会室備え付けの給湯室で乳製品と準備している。

 

"――わざと多めに注文しておいて良かった――"

 

 この後も夕方から色々会議に向けて準備はあるにはある。しかし、なんとなくその前にトレーナー君の顔を見てひと息いれたかった。だからわざとクリームパンを多めに注文し、もっともな理由をつけて一緒に食べようと誘った。

 予定通り事が運んだことに密かにほくそ笑んだ。

 

 給湯室の扉1枚をあけて生徒会室に戻る。

 

 ――するとエアグルーヴとトレーナー君が微笑みあいながら和やかに何やら話をしていた。

 トレーナー君に飲み物を渡し、ブライアンが待ちきれないといった様子だったので、先におやつタイムをスタートさせた。そして会話の内容が気になって問いかけてみると……。

 

「戻ってきたとき何やら楽しげだったが、そんなに楽しい事でもあったのかい?」

「ええ、会長のトレーナーが使っているケア用品の話をしていました。いつも生花のようなとてもいい香りがするので気になって」

「確かに――この香りだと、今日はラベンダーかい?」

「そうそう。春の新作アイテムだったの。そこからお花の話をしていて盛り上がりまして」

 

 トレーナー君は香水などは使わない。しかし、自然な花の香りのするボディケア用品を使っている関係で、微かに花の香りを漂わせている。

 今日はラベンダー主体でライムの組み合わせらしい。他のパターンの香りだとバラとライムの組み合わせの時もある。

 

 そしてそれらは一様に香害と呼ばれるも嫌な香りではない。どちらかと言えば、花咲き誇る庭園にいるような気分にさせてくれる。そんな優雅で好ましいものであった。

 

「爽やかでいいと思うよ。――ところでトレーナー君、頼みがあるのだが一応このような案でまとまったんだ。良かったら感想が欲しい」

「感想ならいいですよ」

 

 そしてトレーナー君は小倉あんのクリームパンをひとつ食べ終えた所だった。そしてハンカチで手を拭いた後、私から書類袋を受け取った。視界の中には黙々と肉で満たされたサンドイッチを頬張るブライアン。リラックスしながらアイスティー片手にクリームパンを味わうエアグルーヴ。

 

 そんな雰囲気の中でトレーナー君は手早く書類袋から取り出した。そしてA4の書類5枚を凄い視線の早さで読みこなしていく。

 

「いいんじゃないんですか? 予想した以上でした」

 

 そういって書類を返される。私は一旦離席し生徒会長机の上に置いて戻ってこようとした時、トレーナー君はアイスカフェオレを飲んだのち――。

 

「5日後の件の会議には養父の代理として私も出ることになりました。財閥にとって不利がなければ様子見を頼まれたので、こちらからは特に何かしたりすることもありませんが」

 

 そう発言した彼女は上品にゆっくりとストローをまわし、カフェオレを混ぜ、そしてまたひと口飲んでテーブルの上に戻す。

 

「その歳でもうそんな重要な仕事をしているのか?」

「重要というか何というか、日本にいるのでお使い感覚で頼まれた感じです」

 

 エアグルーヴは目を丸くしてトレーナー君に尋ねる。するとトレーナー君は悩むように眉を顰め、どう答えたらいいか? といった仕草や表情を浮かべた後エアグルーヴにそう返答した。

 

「そうか。ならば君の目の前で失態を晒さないよう私も気合を入れていかねばな。しかしそれをお使いとはまた規模が大きいお使いだね?」

「確かにお使いというにはそのレベルを超えていますね。何度やってもそういう場所は慣れないから苦手ですし」

 

 苦笑いを浮かべたのち、今度は抹茶クリームパンにトレーナー君は手を伸ばす。

 

「お嬢サマはそういうの得意そうに見えるのに苦手なのか?」

「専門分野の学術発表ならともかく、チキンハートの私にとって堅苦しい場というのは荷が重いですねー……まして商売人としてはまだ見習いに毛が生えた程度ですので」

 

 こんな惚けたことを言っているが、現在オルドゥーズ財閥の後継者と目されるのはトレーナー君がほぼ筆頭。他はトレーナー君の養父の弟の2人が候補として挙がっている。

 

 そして当主のうち半人半バ(セントウル)が選ばれた場合、ほぼ9割がエメラルドの瞳の半人半バ(スマグラディ・セントウル)から選ばれている。

 

 しかし同じ部族で実力主義であってもだ。養子であるトレーナー君は立場は微妙だと以前本人の口から聞いていた。

 

"――自身の保身のため、やりたいこと以外トレーナー君はあまり表立った立場に居たくないのだろう――"

 

「私が『超偉そうに堂々と座ってるだけのお仕事』を無事にこなせるよう、みんな生徒会席から祈ってて」

「腑抜けがと言いたいところだが――哀れだから祈ってやらんこともない」

 

 エアグルーヴは厳しい言葉を発しているが、トレーナー君のコミカルな口調の自虐ネタのせいで目と口が笑っている。

 

「アンタはアンタらしくしとけばいいんじゃないか? それはそれで面白そうだし」

「そうしてしまいたいのは山々ですが、やらかすと反省文を書かされるんですよお養父様に。A4用紙にびっしり3枚分くらい起承転結で――」

 

 反省文を書かされる自分の姿を想像して青ざめるトレーナー君。

 そしてほうほう、といった表情でブライアンはそれを聞き終わると――。

 

「という事は――1回既に何かどデカい失敗をやらかしたって事か」

「あ! ……えっと、忘れて今の。忘れてください!」

 

 うっかり墓穴を掘って青ざめるトレーナー君。そんな様子を面白がって遊んでいる、めったに笑わないはずのブライアンがニヤリと口角をあげ――。

 

「――却下だ。しっかり覚えておく」

「そんなー!」

 

 しっかりものの第一印象からトレーナー君のポンコツ度がどんどん上がっているような気がしなくはない。しかしこれはこれで面白いのでよしとしよう。

 その微笑ましい様子に私とエアグルーヴは笑いをこらえていた。

 

"――養子、用紙……ふむ?――"

 

 そしてトレーナー君に助け船を出すべく、私はこの場の話題を変え和ませるジョークを考えることにした。

 

 




 ――3分後

 ルドルフとトレーナー君以外のやる気がさがった!
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