IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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 あるウマ娘の出てくるショートストーリーと、
 尺やテンポ、諸々の都合上幕間に持ってきたお話みたいなやつ。

 ブライアンさんからのルドルフさんへの呼び方はシングレ、うまよんetcなどの引用元によって異なるみたいです。あれ違う? と思う部分はそういう事です。宜しくお願いします。

 前半トレーナー君視点、後半エアグルーヴ視点です



【幕間】オーバーワークはほどほどに【前編】

――20××年 9月半ば某日 午後12時10分頃――

――???の狭い窓ひとつの縦長の部室――

 

 カーテンが閉まった薄暗い室内。刑事ドラマにありそうなグレーのデスクにシンプルな卓上照明。そして座り心地の悪いパイプ椅子に私は座らされている。

 このサスペンスのひと幕のような状況の中、私はゴールドシップと対面している状態であった――。

 

「証拠は上がってるんだ! さあ吐け!」

 

 情報屋ゴールドシップとのバイト契約が一旦終了した。

 そのため今の私とゴールドシップの関係はバイト先とアルバイターではなく、一介のトレーナーと学園生徒。私は学園新聞のネタとして絶好のターゲットとなってしまっていた。

 

 目の前に叩きつけられた複数枚の写真は2日前――東京国立博物館で"全国埴輪展"をルドルフと私が楽しんでいる様子であった。グリーンのトップスに白のパンツスタイルのルドルフと、水色の7分丈シャツに白いサーキュラースカートの私が笑いあって写っている。

 

「よく撮れてますね。この写真はどうしたんですか?」

 

 手に取ったそれら数枚の写真を感心しながら私は眺める――。

 

「ウマッター話題になってたぞ? そして目撃者の生徒から快く提供してもらった」

「あー……そういうこと。私は"Horsebook"派なんで気付きませんでした」

 

 そういえば東京国立博物館の前でルドルフが私とツーショットを撮り、自身のウマッター公式アカウントに写真あげていたのを思い出す。最近情報発信についてのレクチャーを彼女にしたら、学園にいる子に習って始めたんだっけな?

 

"――あー。あれで気付いた誰かが野次ウマしてたのか――"

 

 写真を机の上に戻すと写真が全て下げられてしまった。

 

"――あ、......さっきの写真ほしいなぁ――"

 

 そんなことを考えていたら、写真の代わりに白く湯気立つ黄身の半熟具合が素晴らしいかつ丼が差し出された。

 

「かつ丼やるから、ほらなんか面白いこと喋れ!」

「そういうのって取り調べでやると違法って聞きましたよ?」

「なら代金よこせワンコインプリーズ」

「仕方ないですね……」

 

 お昼を食べる前にゴールドシップによりこの取調室もどき――学園新聞部の部室にずた袋によって拉致監禁されたため、私は完全に昼食を食べ損なっていた。お腹が空いているしもったいないので500円渡してかつ丼を食べることに。

 

 そして代金を支払うとおしぼりと割りばしとお冷。インスタントの味噌汁にたくあんの小鉢まで出てくるではないか!

 こんなお得なワンコインメニューがある食堂が近所にあれば、平日のお昼休みには連日サラリーマンが大挙し盛況は間違いなしだろう。

 

「ありがとうございます。それじゃあ遠慮なく頂きます」

「おう、せっかく作ったから冷める前に食え」

 

 おしぼりで手を拭いてから一般的などんぶりサイズのとんかつを箸で口に運ぶ――。ダシがしっかりと利いており、ご飯もいい炊き具合でとても美味だった。

 

 そしてゴールドシップも今からお昼らしく、彼女の背後にある壁際の小型冷蔵庫から『焼きそばパン』やら『紙パックのカフェオレ』やらを取り出してきて食べ始める。

 

 食べながら話すとお行儀が悪いのできちんと食べ終わって、いいタイミングで出てきた紙ナプキンで口を拭いてから私はこの取調室から出るべく行動を起こす――。

 

「大体なんでそんなに皆さんは私たちを気になさるんですか?」

「会長が個人の為に出かけるって今までになかったし、ありえねぇって声が多かったからなー。」

 

 どんぶりなどを銀色のシンプルなオカモチに片付け、部屋の隅に置きながらゴールドシップはそう答えた。

 

「そうだったんですね。でもそれは私がトレーナーだからではありませんか?」

「端から見て思い入れが強そうだけどなー。まあ冗談はこれくらいにしてー。ネタ切れしたから新聞のいいネタ考えるの手伝ってくれよぉ!」

 

 顔の前で手を組んだ私より大きな彼女は、少し背を曲げて上目使いでパチパチとまばたきを数回行った。これは問題を解決するまでここから出してくれないのだろう。

 

 私は頭の中をひっくり返してネタを探すために首をかしげた。そして思い付いたのは──。

 

「そうですね――例えば学園近くの河原のミステリーサークルとか、『月刊ムーン』みたいな感じで取り上げてみるとかは? 学生さんはそういうの好きでしょ?」

 

 無難なものを選んで提案したアイデアを聞き、ゴールドシップは左手を広げたまま自身の顔の前でふりふりと横に振り、『ねーわ』といった感じの顔をして――。

 

「そう思って調べたら学園近くの河原のミステリーサークルはスズカのせいだった」

「え? スズカってサイレンススズカ?」

「そーだ。アイツ考える時にぐるぐる左回りに旋回する癖があるらしく、河原でそれやって草が巻き込まれてあーなってたらしい」

 

 ゴールドシップは左手を軽く顔の横にあげ、人差し指を立てくるくると左回転で回す。

 この学園に来てずっと謎だったものがひとつ解けた。そのことに強い感動を覚えつつ私は提案を続けることにした――。

 

「うーん、ではシラオキ様特集」

「今朝フクキタルから凶って言われて腹立つから今はパス」

「学園の七不思議」

「ガチホラーはパス」

「むー……では――」

 

 よく見るとゴールドシップはニコニコと笑っている。この反応から察するに、ほぼ間違いなくネタとかどうでもいいのだろう。最近遊んでなかったから構って欲しいのかもしれないが、これは困った事になった。

 

"――ってこれ終わりがみえないじゃない!――"

 

 目的がイタズラとなると彼女が納得する答えを出せないだろうという事は確定した。ならばこちらが主導権をにぎるまで――!

 

"――覚悟を決めてひっさーつ!――"

 

 この切り札を使うのは少々リスクが伴うが、覚悟を決めて私は軽く息を吸い込み腹を括った!

 

「では、ゴールドシップさんのご実家が雅でやんご「おいやめろ!」

 

 身を乗り出してきたゴールドシップの片手が私の口に当てられ、その先の重要な部分は止められてしまった。

 

"――お、やっぱりビンゴ?――"

 

 あまりの慌てようからこれは言われたくない話しみたいだった。こんなこともあろうかと、対イタズラ回避用にとっておいたネタだ。

 

"――効果覿面(こうかてきめん)ね。偶然知った事だけど深堀して調べておいて良かった――"

 

 私が続きを喋らないのでゴールドシップはゆっくり手を放し、かなり真剣な顔つきのまま一旦椅子に座りなおした。

 

「――それを何処で知った」

 

 それはいつものゴールドシップからは想像もできない、真剣で低い声だった――。

 

「昔々合衆国から日本へ招かれたウマ娘がいるという、ある歴史的事実がありますよね? それは日本のレース史を読んでいて本国の資料と見比べることで偶然いきつきましたが、――決定的になったのは先ほどのブラフに墓穴を掘った貴女の態度ですけれどね」

 

 余裕の笑みを浮かべる私とは対照的に、ゴールドシップは鋭い眼光を伏せ、机に両肘をつき指を組んだ手に額を寄せ大きなため息を吐いた。

 

「――ほほーゴルちゃんにイタズラされない為にそこまで調べてやってくるとは――いい度胸じゃん」

 

 そう発しながらゴールドシップは体を起こし、腕を組んで納得した表情でうんうんと頷いている。

 

"――え……なんだか嫌な予感がするのは気のせい?――"

 

 形勢逆転と思いきやゴールドシップは余裕の表情に戻った。

その雰囲気になんだかとてつもなく嫌な予感がしてきてならない――。

 この場から逃げたくても入り口側はゴールドシップの背後にあって脱出することが難しい――。

 

 そして、ゴールドシップは突如として立ち上がり!

 

「なら、猶更ここから出すわけにはいかねーな! とうっ☆」

 

 ゴールドシップはにっと笑みを浮かべると同時にそういって机を飛び越えてきた!

 そして私を捕えようと飛びついてくる!

 それを反射的にひらりと右に倒れるように交わして逃げる!

 

「なんでそうなるんですかー!」

「っていうのがお約束じゃん!!」

 

 取調室のような新聞部室内を机を中心にぐるぐる右回りに回って、追いかけてきているゴールドシップから逃げる。

 

「少しはお淑やかにされてはいかがですか! ゴールドシップお嬢様!」

「やなこった! そしてそれ言うなし! 淑やかじゃないのは同じだろうよ、じゃじゃウマお嬢様!」

 

 一瞬ちらりと見えたゴールドシップはなんだか物凄く楽しんでいる。

 その様子から察するに本日のイタズラターゲット先はやはり私らしい!

 

"――窓は!――"

 

 半人半バ(セントウル)の身体能力を生かして窓からどうにか逃げることを考え、窓を見るとカーテンには縦長の縞のような影がいくつか見える。

 つまり外に鉄格子がしてあるということ。

 こういう細かいところまで演出にこだわっているところに一瞬感心してしまうが――!

 

"――あ、やばっ!――"

 

 窓から机、机から入口の間のうち、入り口側に続く左側の机と壁の間。

 そのルートをゴールドシップは私がよそ見をしている間に椅子で塞いでいたのだった。

 

 このため気付かず周回した私は窓側、入り口を背にゴールドシップ。

 完全にチェックメイト――詰んだ状態であった。

 

「叫んで会長を呼ぼうとしても無駄だぞー? 1時間は帰ってこないって聞いてるから」

「知っています。どこまで用意周到なんですかもう」

「前にイタズラ仕掛けたら、即会長がすっとんできた経験を生かしてな! どうだ! ゴルちゃん賢いだろ!」

「賢いとは思いますがまた叱られますよ!」

「叱られるのが怖くてイタズラなんてできるかってーの!!」

 

 じりじりと距離を詰められるため、窓側に同じ距離を後退しながら隙を伺う――。

 

「アタシの秘密を喋らないでもらうため、本格的に取り調べしなきゃならなくなった。おとなしく降参しろー!」

 

 そうは言いつつもおどけてはしゃいでいる態度から、じゃれついて遊んでいるのだとありありとわかる。

 こうなったゴールドシップは非常に厄介だ。

 

"――捕まると面倒そうだなぁ。何かないかしら……――"

 

 そう思ってズボンのポケットに何かないか探ると、大判のハンカチが1枚あった。

 

"――よし、これならちょっと行儀が悪いけど!――"

 

「降参用の白旗はないけれど――――これならあるわ!」

 

そういってハンカチをポケットから引き抜くように取り出すと同時に、油断しきっていたゴールドシップの顔面目掛け投げた!

 

「ちょっおまっ!」

 

 その白い大判のハンカチはおそらくゴールドシップの顔に上手くかぶさったのだろう。

 私は状況を確認せず、まず左足で床を蹴り、右足で机に着地してそのまま体重移動! そしてドア前に左足着地しつつスライド式のドアを左手で勢いよく開く。 ゲートが開いたかのようにドアの音を響かせ、そのまま前傾姿勢で外に飛び出した!

 

「ご馳走様! ハンカチは返さなくていいですよ!」

 

 振り返らずそう叫び、自身のトレーナー室こと安全圏まで逃げ切ろうとまずは玄関までの最短ルートをとる!

 何だ何だと早めにお昼を終えた他の生徒たちが大騒ぎしているなかをすり抜け、ゴールドシップに捕まるまいと必死に逃げる。

 

"――廊下を走ったことは後で自首するから許して! ごめんねルドルフ!――"

 

 生徒会の子たちにこってり絞られるのは覚悟の上で、昼下がりの学園3階の廊下を前方を気にしながら振り返らずに走った。

 

 こういう時自分が半人半バ(セントウル)で、かつ脚質はスタートダッシュに強く逃げ適正ありでよかったと心底思う。

 廊下を走り抜けその端にある階段の手すりを滑り降り、トレーナー室に最も近い出口まできた!

 

"――やった! 逃げ切れる!――"

 

 と思った時だった――。

 玄関を出た瞬間横から飛びついてくる影が視界の端にスローで見えた。

 

 とっさにスライディングのように低空姿勢に変える。

 すると頭の上をデカい何かがかすり、急に体勢を変えたことで低めのサイドテールに纏めていたヘアゴムがするりと抜け落ち、背中の中ほどの長さがある私の髪はふわりと宙を舞った――。

 

 

「ちっ! 冴えてんな!」

 

 背後からずた袋と思われる布の音、それと同時に聞こえた声はゴールドシップ。

 今置かれた状況を振り返らずに察してまた立ち上がって走り出す――。

 

"――行先がばれてる!! しかもまた拉致する気満々じゃん!――"

 

 行先がばれているとまた待ち伏せされるため、駆け込み先を変えてトレーナー室とは逆方向に左折した。

 恐らくゴールドシップは校内を追わず、どこかの窓から何かを伝って降りてきた。

そして私の足音の方向から行先に当たりをつけていて待ち伏せていたのだろう。

 

"――校舎を早く出ようとしてうっかりやらかしてた――――!――"

 

 今度はどこに行くべきか、とりあえずルート選択は不規則にしつつ、またさっきみたいに見えないところから強襲されないよう選んでいく。

 

 

"―― 一番いいのはエアグルーヴに遭遇する事だけど、すると私も連帯責任よね!? それ覚悟してもこの時間帯ってどこにいたっけ! 他なら寮長の2人あたりに助けを求められたらベストだけど!――"

 

 風切り音の中でも聞こえてくる足音――後続のゴールドシップの距離がものすごく詰まってきているのそこからがわかる。

 

"――こんな事なら普段もっと走り込んでおくんだったー!――"

 

 指導するために自分も並走くらいはこなせる程度に鍛えてはいるが、やはりレースガチ勢である彼女たちとは実力差がある。

 このままだとどこかで絶対につかまってしまうのは明白だった!

 

"――そうだ! タイキシャトルとの鬼ごっこでやったアレをやろう!――"

 

 

 タイキがアイルランドに引っ越す前。まだアメリカにいた頃。

 ルイビルの学園に遊びに来る度、歳の近い私と遊びたがるタイキとはよく鬼ごっこをして遊んでいた。

 

 結果はというと私は何度も惨敗した――そう、ある時点までは。

 

 

 その中で編み出した戦法を思い出した私は直角に左にまた曲がって学園の表側ではなく裏側!

 裏庭側に進路をとった!

 

 そして細い校舎間の通路を追いつかれないように祈りつつ突っ切る! 右にぐるんと視界が曲がり、視界もその動き通りに旋回したあと真正面に裏庭が収まった。

 その裏庭には芝生、そして低樹の植え込みが複雑に配置されており、まっすぐ走れない地形となっている!

 

「おい!! あぶねーぞ!」

 

 後ろからゴールドシップがそう叫ぶ。

 何故なら私の目の前30m先には腰の高さほどの低木の植え込みがある。

 そしてそのまま私は真っすぐ速度を維持したまま突っ込み!

 

「問題――ないっ――!」

 

 そういって左足で踏切り、右足を振り上げ植え込みを飛び越える!

 綺麗に空中姿勢がきまり、一瞬の浮遊感を味わった後、右足で着地してまた数歩走り踏切って浮遊感!

 

 そうやって植え込みがある所を10回ほど、短い距離をいくつか挟んで連続して飛び越え、空中散歩をしながらまっすぐ突っ切り障害走のようにして逃げる。

 まだ残暑がきつく全身から汗が吹き出し額からも汗が流れ、しかも運動しずらいスーツだがなんとか突破する事が出来た――!

 

 私に半分流れる血のアハルテケのウマ娘達。

 彼女たちはジャンプ力や柔軟性に富み障害走も得意とする。

 

 タイキに負け続けた鬼ごっこで出した結論は、平地レース向きのウマ娘から逃げ切るには自分が得意なものに引き込むしかない。

 だから植え込みが多く曲がりくねった裏庭をストレートで突っ切り、そのまま逃げてしまう作戦を考えたのであった。

 裏庭の反対側まで逃げて振り返るとゴールドシップが――。

 

「鬼ごっこで卑怯じゃねーのそれ! ずりーぞ反則!」

 

 庭のはるか向こう側100m――追うのをやめたゴールドシップが腹を抱えて笑いながら叫んでいた。

 

「だってそのまま平地を逃げたら捕まるんですもの!」

 

 そう聞こえるように返した私もなんだか可笑しくなって、お互い腹を抱え笑いあう。

 すると頭上から『お見事!』やら『面白かった!』やら拍手やらが降ってきていた。

 声の出どころらしき左手を見上げると、たくさんのウマ娘たちが窓際に押し寄せてはしゃいでいる。

 

 大方この唐突に始まった鬼ごっこをどこからか見て楽しんでいたのだろう。

 

"――わー……これが本当の野次ウマ娘!?――"

 

 そんなことを心の中でごちっていた次の瞬間――。

 

『――後ろ! 後ろ!』

 

 校舎の見える範囲のどこかにいるのだろうか?

 普段ハヤヒデと仲良くしている関係で最近知り合った、ウイニングチケットがそう叫んだ声が聞こえたと同時に!

 

「ほう? 通報があり誰かと思ってきてみたら――」

 

 その声に振り返る間もなく両脇に感触があり、視界が高く上がって足が浮く。

「うひゃぁ!」

 

 びっくりして叫んでしまった!

 何者かによって私は『ライオンキングダム』の開幕で仔獅子が持ち上げられているみたいにされている。後ろを向きたいのに後ろから脇を抱えられいるため見えない上に、ジタバタと動いてしまうも持ち上げられていてどうにもならない!

 

「こら暴れるなたわけ! ブライアン! こっちは確保した!」

『こっちも捕まえた! 全く何やってんだか……』

 

 冷静になった頭で姿勢が崩れ、落ちるのを恐れておとなしくする。

 そのついでに前を向くとゴールドシップが向こう側でナリタブライアンに捕まっていた。

 

「さて、何か言い残すことはあるか?」

 

 持ち上げられてて物理的に不可だが、もしできたとしても確認するのが恐ろし過ぎて振り向けない。

 震え上がる自身の背後越しからでも、声の主であろうエアグルーヴが相当怒っているのがわかる。

 

「す、すみませんでした……」

 

 あまりの恐怖に私は声まで震え、校舎側の子たちがどんな声を上げているかもわからない。

 かなり情けない状態で私はお縄に着いた――。

 

  ◆  ◇  ◇

 

――20××年 9月半ば某日 午後14時15頃――

――生徒会長室――

 

 私は予定よりかなり早く帰ってきた会長に先ほどあった、ゴルシとゴルシから逃げるトレーナーが起こした騒ぎとその処分を報告し終える――。

 

 生徒会長室の応接ソファーにブライアンと私は隣り合って座り、上座には会長。

 机の上には会長が休憩用にと買ってきてくださったものが配置されている。

 ブライアン用の『ファミリアマート』の『ファミリアチキン』と『みたらし団子』、そして細長いグラスに入った冷たい緑茶が3つ――。

 

「廊下を走ったのは良くないが、トレーナー君がずた袋に入れられて拉致されたという連絡が目撃した生徒から私に入っていたし、いたずらされたくなくて逃げていたのなら同情の余地はある」

「確かにそうですが……しかしいけないと知りながらも廊下を走ったことは事実です」

 

 道理で会長のお帰りが早かったのかと今の発言から納得した。

 誰かから会長へトレーナーがゴルシに拉致されたと通報が入り、気にかけて切り上げてきたのだろう。

 

「――しかしこの動画のトレーナー君の激走は中々のものだな……」

 

 そんなことを考えているとあろうことか、会長は確認用に先ほど教えたウマッターにあげられている動画に対し、怒るどころか見入って感心していた。

 

 会長のトレーナーの逃走劇は目撃していた生徒によってウマッターにいくつか動画や写真が上がっていた。

 アハルテケとよばれるウマ娘自体が世界にその総数が万に満たない上に、その半人半バの激走ともなるとさらに希少中の希少。そのような物珍しさから動画には大量のいいねがついていた。

 

「玄関口で待ち伏せしていたゴールドシップをすり抜けてたのもすごかったぞ。あれは中々見ごたえがあって傑作だった」

「ほう? 是非あとで話を聞かせてくれブライアン」

 

 会長はニコニコと笑顔を浮かべて機嫌よくブライアンに反応を返し、ブライアンもブライアンで『おごり次第でな』と完全に悪乗りしている。

 

 確かに宝石のような輝きの髪を靡かせ、植え込みを連続して飛び越える姿は空中姿勢まで見事としか言いようがない素晴らしいものだったが、今はそれに感心している場合ではない。

 

「感心している場合ですか。会長はあのトレーナーに甘いのでは?」

「そんなことはないさ。廊下を走ったことに関しては叱っておくから心配しないでくれ」

 

 そういうも会長の雰囲気にトゲトゲしさははく、眉を少し困ったように下げるのみ――。

 

「ブライアンもその時点で見ていながら何故捕まえなかった」

「芝の上で寝転がっていたし無理だ。ゴールドシップに捕まるか、逃げ切るかして止まるのを待った方が早いだろう? あのお嬢サマは進んで問題を起こすタイプじゃないから、そのタイミングで話せば簡単だ。それからゴールドシップを捕まえればいい」

「まあそれなら理にはかなっているか――」

「だろう?」

 

 そう言ってブライアンは2枚目のファミリアチキンに手を付けるべく手を伸ばしかけて止め、一旦おしぼりで手を拭いてからポケットに手を入れて何かを探していた。

 

 そしてブライアンは机の上に黒いヘアゴム――透明で青空を模した雫のような立体的な飾りがついたものを置く。

 

「それとルドルフ。これはあのトレーナーの髪留めか? 逃げる途中に振りほどけたのか落ちていた――本人のならば渡してくれ」

 

 会長はそれを手に取り、光にかざすようにして眺めた後満足げにほほ笑んだ。

 

「見た覚えがあるから間違いない。彼女に君が拾ってくれたことを伝えておくよ。拾ってくれてありがとうブライアン」

「――なんかアンタは丸くなったよな。前ならもっとキツい感じで怒り狂ってただろうに」

 

 そう言ってブライアンは2枚目のファミリアチキンを手に取りかぶりついた。

 

「……そうだな。大願成就のためには、私も変わらなければいけないと思ったからかもしれない」

 

 会長は手にとっている髪飾りのついたヘアゴムを両手の中で転がして、それを大事にそうに扱って眺めている。そしてそのまま言葉をつづけ――。

 

「誰かを導くのに絶対的な力は必要で、それと同時に柔軟性も必要。頭ではわかっていたのだけれど、私は肩の力が入りすぎていてそれが望まない状況を招いていた」

 

 確かに会長に憧れる者もいれば、その肩に力の入りすぎている姿に距離を感じてしまうものも多くいた。

 会長の雰囲気が大きく変わるきっかけとなったのは、業務の大幅な効率化により全員がある程度時間的余裕を取れるようになったことであった――。

 

 会長はポケットに髪飾りをしまうと、真っすぐ我々を見て――。

 

「それに海外遠征を視野に入れる以上、生徒会の者に私が抜けた分過度な負担がかかってしまうこと。それと私が激務をこなせても後に生徒会を率いる者がその所為で大変な思いをするかもしれない。そういう意味でも効率化もして、自分自身にも余裕を持たせておく重要性に気付けてね。幸い私にはブライアンやエアグルーヴ、君たちをはじめ志の高く自発的なものが多く集まっている。ひとりでも多くの者を導くため、きちんと仕事を分担していこうと思うんだ」

 

 ここ半年で会長は学園改革をしているのだから我々も組織の在り方をきちんとしようと、生徒会の組織図もデザインしなおした。

 それは全て抱えがちになっていた以前の会長からは想像もつかない行動であった――。

 

「そんなに恐縮なさらないでください会長。しかし、本当に変わられましたね――」

「ああ、トレーナー君に厳しく釘を刺されたのもあって色々と――」

 

 視線を左に泳がせ、ばつの悪そうな顔をした会長に、私も隣にいるブライアンも思わず目が丸くなってしまうほど驚きを隠せなかった。

 

"――あのいつも優し気にほほ笑んでいるトレーナーが?――"

 

 会長がこんな表情をするほど厳しくものを言うという事実に――。

 

「へー。アンタがそんな顔するくらいの事だったのか?」

 

 めったに笑わないブライアンが、何か面白い物を見つけたかのように、ニヤリと口元に笑みを浮かべている。そして2枚目のファミリアチキンを食べ終えた彼女は、皿に乗った3枚目のファミリアチキンにそういって手を伸ばしている――。

 

「ああ見えてキツイこともはっきり言う方でね。3月に生徒会の仕事でオーバーワークをし過ぎた際に叱られた。その時ついらしくもなく話の途中でカッとなってしまってね。その後は一歩も引かない彼女と大喧嘩してしまったり色々とね」

 

 昨今の会議でのあのトレーナーの姿を考えても、カッとなった会長相手に反撃する程気丈だとは思いもよらなかった。

 

 会長に連れられてあのトレーナーが学園にやってきた当時、遠目に見たその華奢な少女からは、美しさや儚さは感じても、カリスマ的なものや強者独特の威圧感、そして強さは全く感じられなかった。

 『Grand』と聞くからには会長を支えられるような、皇帝のあだ名に相応しい頼もしい"杖"を想像し期待していた。

 

 だからこそ本当にこの少女が? と最初は目を疑ったものだった。

 しかし後に直接本人と話す機会があり、麗らかで仕事がよくできるという姿が見えたときには『Grand』を冠するだけあると感心すると同時にこれなら大丈夫だと安心できた。

 

 今では友人くらいの距離感になるほど好感が持てる存在ではある。

 そしてふと私は3月ごろと聞いてある事をついでに思い出した。

 

"――だから今年の3月半ば頃から会長はきちんと休むべき時にお休みされていたり、そして人員を大幅に増やし業務を色々分担するようになったような? それと同時に3日程自身のトレーナーと気まずそうにしていたのはその時のせいか?――"

 

 あの時会長とトレーナーが目も合わせないほど大喧嘩したという噂が流れていた。

 タダの噂だと思っていたが、その噂にはちゃんと火元があったのだ――。

 

「その様子だと正面からバッサリやられたな。それでその後どうしたんだ?」

「3日ほどまともにトレーナー君と顔を合わせられなかった。一旦頭を冷やしてからカッとなったことを謝って、じゃあどうすればいいという事を彼女に相談した。するとまず知識をつけ、必要ならば多少の抜けがあっても動じないよう組織改革しなければという提案を受けた」

「なるほど――それは妥当な提案ですね」

 

 少し喉が渇いたので私はお茶を飲みまたテーブルの上に戻す――。

 

「ああ、それでトレーナー君から最新の色々とリーダーシップ論やマネジメント講座をやってもらったが――その講座には口頭と筆記による最終試験があって、4度目の正直でやっと合格を貰った。……追試を受ける気分を産まれて初めて味わった」

「会長ですらそんなに難しいのですか……」

 

 穏やかな笑みを浮かべ会長は私たちに話しているが、最後の一言から察するに余程難解な内容だったのだろう。

 

"―― 一体どんな難易度の試験を課されたのだろうか……?――"

 

 会長が苦戦する難易度と聞いて身震いを伴う寒気がした。

 

「社会人の視点から厳しくと頼んだからかもしれない。内容は個人の主観に左右される持論などではなく、大学レベルの本格的学術や統計に基づいた難易度は高いが有意義な講座だったよ」

「最後の試験の難易度を加味しなければ良さそうな講座ですね」

 

 それは私も興味を惹かれる内容だった。そして、その講座をもしよければ会長の許可を取って、会長のトレーナーの空き時間に頼んでみようかと思う考えがふと頭によぎった。

 

「完全に同意だが、またあの難易度の試験を課されるのは勘弁願いたいものだ。ルイビル校におけるトレーナー君のあだ名に"Drill Sergeant(鬼教官)"というものすらあるらしく、前に担当されていたウマ娘からも『出来る者には厳しい』と聞いてはいたがここまでとは思わなかったよ」

 

 所謂小動物系の類に近い雰囲気をしている会長のトレーナーがどんなことをしたから鬼に見えるんだろう?

 余程出来る者と認めたものには容赦がないと私は見た――。

 

 そしてその『鬼教官』に講座を頼むかどうかを一瞬悩んだが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 会長のお役に立つためにやるしかない――腹を括ろうとそう決めた――。

 

「姉貴と話しているのを見ているけれど、そんな感じには見えなかったが……意外だな」

「本当に意外だよ。しかしそれらは期待や心配の裏返しだろうさ。皆のお陰でフリーエージェント制度を通じていいトレーナー、いや、自分の行く先に必要な良い先生を手に入れた。だからこそ無理しすぎて倒れるなんて無様を晒さないよう留意し、焦らずしっかりこなしていくとしよう」

「そうですか――会長が安心して留守を任せられるよう我々も尽力いたします」

 

 どうやら会長はきちんと支えてくれるいい杖を見つけたようでよかった。

 何だかほっとした気持ちになる。

 

「そうだな。アンタが強ければ強いほど挑み甲斐がある。私も――まあ、気楽に頑張らせてもらう」

「気楽にって、ブライアン……お前はしょっちゅう逃げてるんだからもっと仕事をしろ!」

「ちっ――わかってるよ」

 

 振り返れば奴が――――"いない"

 

 ブライアンは生徒会の仕事が面倒そうだと雲隠れする癖がある。

 すぐに逃げるのが難だが、本当に自分が必要な時だけはきちんといる上に、仕事は出来るので余計に私は腹立たしかった。

 

「――さて、もう15分したら作業を始めようか」

「はい!」「ん」

 

 あと半年もすれば皐月賞の4月。

 そして会長の最初の海外関門となる英国『キングジョージ』まで1年を切った――。

 

"――会長の遠征ラッシュの日々に備えしっかりと準備を怠らぬようにせねばな――"

 

 会長の目標としている海外遠征という偉業を達成させるべく、私も生徒会の活動を頑張ろう。

 

 残暑の残る窓の外のセミの声は最盛期であった先月に比べて減り、秋の足音が学園に近づいてきていた――。

 

 




◇会長がトレーナーに叱られた時系列的は?

 4話(2月頭のローテ決め)
 ↓
 3月半ばオーバーワークでトレーナーが叱った
 講義を受けて生徒会の業務改善開始
 ↓
 5話(4月の旧第三グラウンド魔改造の話)
 みたいになってます

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