IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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 サウジアラビアRCのスケジュールは「いちょう特別83年」に合わせてます。

 前半トレーナ君視点 中盤ルドルフ視点、後半トレーナー君視点です

 ⚠台所のラスボスこと虫注意⚠



【幕間】学校といえばコレ【後編】

――20××年 9月半ば某日 午後19時50分頃――

――トレセン学園本館 3階――

 

 

 空調が切られているため若干蒸し暑い学園の本館内。その濃い青に染まる闇の中を懐中電灯片手に私はゆっくりと歩いている。

 

"――うへー、今日1日で一生分くらい絞られた気がする――"

 

 昼間の爆走事件の後エアグルーヴから注意を受けた。そしてさらにトレーナーのまとめ役の立場にいる、上司の東条トレーナーから特大級の雷を落とさる羽目に――。

 

 そんな踏んだり蹴ったりな私は今――罰として学園本校舎をひとりで見回りをしている。

 

 なんでも最近校内で『謎の影』や『光る人影』を目撃しているとか? 後者は予想が付くけど前者に関しては、ちょっと『ナニヲイッテルノカワカリマセン』みたいな気分になった。

 しかもこういう時に限って昼間警備の人達から風邪が流行ってしまった。そこで今日だけ人手が足りないので、教員とトレーナーが駆り出されたという訳だった。

 

"――『振れ幅の大きい制御の外れた感情』って、こういう時に不便だわ――"

 

 以前の世界では感情がある一定以上を超えないよう、制御がかけられていた。

 その理由は"治安維持"、そして能力向上のため『超記憶症候群』のメカニズムを応用した遺伝子改良。所謂『完全記憶能力』というものだ。これは一見すると便利な反面、『悪い思い出が忘れられなくなる』という大きなマイナス面がある。そんな設計を人類に組み込んだからであった。

 

 元の世界では『天文学的な理由』で『大災害』が頻発していたり、諸々の理由で人類は『数を絞り、少数精鋭にする』という路線を決めていた。そこで『遺伝子を改良した人類』を"労働者"として大量に作った。

 そのため『完全記憶能力』が付与された人類は"量産"されたのであった。そして同時に"嫌な記憶"が溢れる事によって起こる『人格の崩壊』を防ぐため、必要な処置として『感情制御』が付与されることになったという訳だ。

 

 そして今生の私はというと、この『感情制御』が外れている。そのため当然恐怖に対しても感情が大きく振れるし敏感になっていた。

 

"――こんなことになるなら『納涼! 四谷怪談&心霊怪奇現象4時間スペシャル!』の再放送なんて見るんじゃなかった!――"

 

 さらに間の悪いことに先日ある番組を見てしまっている。その内容は再放送されていた心霊特集で、未知への興味と恐怖の新鮮さが手を伸ばすきっかけだった。

 鑑賞した結果はというと、昨夜は夜中にトイレに行けなくなった。そしてエアコンをかけ、布団の中に脚も手も頭も引っ込めて寝る程に、恐怖に支配された状態になってしまった。

 

 そしてその後にこの見回りである。まさに『アカン、詰んだ』といったところだ。

 

 外が曇っているせいで月明りの通らない廊下は深い青――濃紺の闇に支配されている。その奥はまるで深くて黒い夜の沼のようであった。

 深淵を思わせるその光景は、私を更なる恐怖へと誘うに想像力をより一層強く刺激していく。

 そしてこの場を照らす光源はふたつ。ひとつは学園の外で坂を上る車のヘッドライトから伸びるもので、白くこの場を切り取るように廊下を時折照らし横切っていく。もうひとつは手元に持っている赤い色の細長い懐中電灯1本だ。

 

 足音を潜める様な速さでゆっくりと、呼吸を落ち着かせるために深く取りながら歩いていく。すると――前方の右側から水音、何かが滴る音が誰一人いない廊下に響いている。

 

 水音の出元は恐らくトイレだ。息が緊張感で浅くなりつつもトイレの目の前まで歩き、恐る恐る女子側をのぞき込む。

 

 音の出所は奥の洗面台に付属された、水道のハンドルが閉まり切ってなかったのが原因だろう。その証拠にぽたぽたと今なお蛇口から水が滴り落ちている――。

 私は靴からトイレ用のスリッパに履き替えて中に入る。そして一定時間おきに響くその音の出元を閉めた。

 

 しかし、顔を上げた瞬間もしかしたら――今は下を向いてて見えない鏡に、映ってはいけない何かがもしかしたら映っているかもしれない。

 そう思えてならない。なるべく鏡を見ないようにしながら、焦り気味にスリッパから靴に履き替え廊下に戻った。

 

 そして特に何もなかったことに私は胸をなでおろし、見回りを再開する――。

 

 ――すると。

 

 今度は誰かが歩いている様な音がして息を止める。

 勢いよく振り向くが、手元のライトから伸びる一筋の光が、暗い廊下の向こう側に続くのみ――――そしてお約束のようにいない。

 

「――誰かいるんですか?」

 

 念のため声をかける。しかし、廊下は静粛と青が支配するのみで返事はなかった。

 

 しかし、また見回りを開始しようとすると、やはりまた音がする。

 振り向くと止まるそれにまた『誰かいるんですか?』ともう一度投げかける。瞳を一瞬閉じ、全神経を集中させて感じ取った。――恐らく……それはひとりだろうという予想を立てる。

 

"――もしかして、誰かが私にイタズラを仕掛けようとしている?――"

 

 そうであってほしい! ――そうじゃない場合は怖すぎて考えたくもない!

 心臓がバクバクと激しく警鐘を鳴らすかのように鼓動を起こす。そして冷や汗らしきものが流れ始めた感覚が額や背中に伝ってくる――。

 一応足音がした方の教室を全て見回って確認をしたが――やはり誰もいない。

 不審者かもしれないと思って警備に連絡を入れようとしたが、詰所に居ないのか誰も出ない。

 

"――仕方ない、もう少ししてから連絡しよう――"

 

 先にある程度見回って時間をおいてから警備には連絡することに決めた。そして私は4階へと歩みを進めた――。

 

 

 そう、次に進むのが『謎の影の目撃例』が一番多いのと聞くあの4階だった――。

 

 怖いという感情に支配されないよう、階段を上がりながら頭の中は別の事を考える。適当な話題を探り頭を捻って真っ先に出てきたのは、最近のルドルフの様子だった。

 

"――そういえば以前よりルドルフと連絡付きやすいような? 前は必要な業務連絡ですら時々つかなくて困ったのに、教えた事を実行しているのかな?――"

 

 今年の3月に私はライフワークバランスを巡りルドルフと大喧嘩をしていた。そして仲直りした後、彼女に業務改善をする約束を取り付けた。

 

"――何でも自分でやりたい気持ちはわかる。でもあの時のルドルフは色々と抱えすぎて危うかった――"

 

 当時あまりの連絡のつかなさが気になったので、ルドルフ本人に事情を聴くと同時に情報を集めることに。

 サンプリング先は副会長2人をはじめ、生徒会庶務の子。そして書記のマルゼンスキーなど、関係者をピックアップしてターゲットを絞り聞き込みを開始。

 

 探った結果。このままだと『偉大なるカリスマが去ると起こる急激な崩壊』が将来的に起こるであろう、そんな予兆が漂っていたのだった――。

 

 オーバーワークを好む有能な"人財"に好きにやらせ(倫理的にはアウトだが)、営業利益を叩き出す方法はある。

 けれどもルドルフが所属するのは会社のような"営利団体"ではなく、"非営利団体"の生徒会だ。多少学園に発言権があろうがなかろうがそこはブレてない。

 金銭の報酬という共通利益のために動く企業と違い、そんな無茶が長く続くわけが無い。まして次に生徒会を引き継ぐ世代はどうなる? 会社と違い集まる人材は粒ぞろいではない上に素人。そして組織を動かすのに最適な人材が必ず入ると仮定するしてはいけない。

 

 ましてや子供だ。

 

 ルドルフはその性分から、学園を卒業しても、誰かを指導したり組織を導く立場を目指す姿が容易に想像できる。そしてトレーナーの私はウマ娘たちがきちんと社会でやっていけるように教育する役割も果たさねばならない。今のままではいつか困ってしまう事になるかもしれないし、私がずっと手助けできるような訳じゃない。それを教えられる今は大切な時期。ここは教職としてきちんと口を出さねばならない所だ。

 

 先々を考え担当したウマ娘を大切に教育する事――それが私なりの教え子への愛情であると思っているし、そんな指導者を目指している。

 

 しかし実際問題としてルドルフを叱った後不安になるものだった。

 このまま関係にひびが入ってしまうかもしれないと。しかしそれは私が彼女を信じきれない事に繋がりかねない。

 不安に怯える自分に喝を入れ、どうしたら彼女の力になれるか? 方法が浮かべばその方法で良いのかを検討しつつ待ち続けた。そして3日後にルドルフはきちんと私の所に顔を出してくれた……。顔に出ていないといいのだけれど、正直ほっとした。

 

 そして私の言葉のひとつひとつがきちんと彼女の心に響いていた――。

 その後はまず彼女が自らの意志で問題解決への糸口を見いだせるよう、学術的知識やそれに基づく帝王学をしっかりと与えることにした。必要ならば試験を課し、その後の差配をどうするかとういう部分は本人に任せた。

 そしてルドルフが学園の子達と共にその課題をどう解決していくのか? そっとその外から見守って今日に至る。

 

 その甲斐あってか状況は少しずつだが良くなっている。業務連絡の件も含めいい気配がしていた今日この頃であった。

 

 ぶつかりながらも、少しずつルドルフが良い意味で変化し、成長している。教え子が着実に成長している姿を思い出した私は、ほくほくした気分に浸っった。

 

 そして4階の端に到達し、さらに気分が乗ったので適当に明るい歌を口遊む事にした――。

 

「ふふんふふん走り出すーふぉふぉーい」

 

 ワイン2本空けて作ったとされる曲を鼻歌交じりにアレンジしつつ、まず1部屋目を見て回った。

 

"――お、この作戦案外いいかも!――"

 

 意外にもこの歌って気分を変えよう作戦は成功の兆しを見せた。作業はどんどんはかどっていく。

 そして1部屋目の確認中に歌い切ったので、今度は即興替え歌アレンジにして口ずさむ。

 

「深夜の学園で巡回中――ちょこちょこ何気にそわそわ」

 

 そう歌いながら入った2部屋目の教室は落書きだらけの黒板のままだった。放課後に遊んだままの状態なのか、チョークでアニメのキャラクターなどが描かれていた。

 

"――あちゃー……まあ学生さんらしいね! 掃除していこう――"

 

 スルーしてしまうと明日の日直の子が可哀想だ。

 私は黒板消しクリーナーを起動して黒板消しをきれいにしてから落書き消しを決行――。

 

「ガチ追い込み! 寿司食べたーい! でも痩せたい!」

 

 惜しい気持ちもあるが、黒板に描かれたそれらをまず一気に大雑把に消し去る。

 

 そして雑に消し終わったと同時に――私以外誰もいない教室で低音を響かせ、腹の虫が盛大な自己主張を行った――。

 

「お寿司食べたい……お腹空いた……」

 

 空腹感が気になるが……黒板消しにクリーナーをかける。気を取り直すようにまた鼻歌で気分を盛り上げ、大きく腕を動かしながら落書きを消した。そしてもう1夕回クリーナーをかけて仕上げて綺麗な黒板の完成!

 

"――成し遂げた! ……見回りが終わったら近所の"西有"にお寿司を買いに行こう!――"

 

 24時間スーパーだからきっと何かあるはず!

 深夜のスーパーに行く背徳感にちょっとした愉悦を感じながら、黒板消しをきれいにした後――この教室の隣にある女子トイレに入り手を洗った。

 それからもう怖くないので鼻歌なしに、3部屋目の教室に後ろ側のドアから入る。そして中を見て回って教壇側のドアから抜ける。それから4つ目の教室も特に異常はなかった。

 

 さて、あと5つほど教室を見て回った後最後に音楽室かな? と考え事をしながら4つ目の教室の教壇側の出入り口から出る。

 

 しかし――。

 

 

「っ!!」

 

 教室から出た瞬間今しがたいた教室! 背後の室内から物音がした――。

 ゴム製ボールが床をはずみ転がるような音で思わず息をのむ!

 

 真っ白になった思考のまま、私は油を差し損ねた機械のような動きで振り返り、真冬の池の水に浸けたかのような小刻みに震える足で室内に入った。

 幽霊などいないよう祈るような気持ちで恐る恐る確認すると、教壇側の窓際に――バスケットボールが一つ落ちている。

 

 自身の心臓が破裂しそうな勢いでバクバクする鼓動と、教室内に響く黒板の上の時計の、秒針の音のみがこの闇に満ちた世界で私の耳を支配している――。

 

"――落ち着け私! ただのボールじゃん! とりあえず転ぶと危ないし片付けておこう――"

 

 そう考えボールを拾いにゆっくり歩みを進め、ボールを拾い上げようと屈み込んだ――。

 

  ◆  ◇  ◇  ◇

 

――20××年 9月半ば某日 午後20時30分頃――

――トレセン学園本館4階――

 

"――トレーナー君は何故ニコニコしているんだろうか……?――"

 

 少し離れた教室のドアからこっそり手鏡を使って見ている。その丸く切り取られた鏡の中、階段を上がってきたトレーナー君の姿はニコニコと機嫌よくしている。これは想定外。

 

"――そういえば極限のストレスをかけると、何故か笑顔になってしまう者が居るというが――"

 

 ほんの出来心で反応を見て楽しむつもりが、まさか彼女をそこまで追い詰めるほど怖がらせてしまったのだろうか――?

 しかしそんな心配は、次の瞬間杞憂だったとして打ち消された――。

 

 

 『ふふんふふん走り出すーふぉふぉーい』

 

"――いくら何でもメンタルの切り替えが早すぎないか!?――"

 

 先程まで産まれたての小鹿のように震えていたトレーナー君が、なんと鼻歌を歌っているではないか! 驚くべきことに階段を上がり切る前に気持ちを切り替えたようだった!

 

"――なんという鋼の意志! これは私も見習わねば……!!――"

 

 トレーナー君の精神的な強さに感動している私は、3階から彼女をずっと追いかけていた。

 

 そのきっかけは今よりほんの20分前の事――。

 私は生徒会室に忘れ物をしたことを思い出して取りに戻ったのだ。そして目当ての記録媒体を制服のポケットに入れ、裏庭を経由し美浦寮へ向かうその帰り際――校舎本館2階にライトを持った気配を見つけた。

 気になった私は音を辿ってその気配の元を探し当てる。そしてそこに居たのは表情を若干強張らせたトレーナー君だった。

 

 何故警備の者がする事を彼女がしているのか? そんな事よりも彼女の様子を見ていてイタズラ心がうずき、時折足音を聞かせて怖がらせていた。

 そして4階に先回りし、身を潜めて謎の歌を鑑賞するという、今の状況に至った訳だ。

 

"――しかしあの曲が原型と思われるが、この状況下でその選曲センスはどうなっているんだろうか?――"

 

 獅子が跋扈するサバンナならほぼ間違いなく1日持たないであろう。そんなトレーナー君の暢気な姿に私は若干の頭痛を覚え、思わず眉間をマッサージするように左手の指で軽く摘まんだ。もう少し警戒心を持ってくれ。

 

 そうこうしている間に今度は2部屋目の教室から彼女が中々出てこない――!

 

 何かあったのではと危惧して私が慌てて覗き込む。すると同時に――掃除機のような機械音が辺り一帯に響き渡る。

 

 好き勝手に描いて消し忘れた生徒の落書きを掃除する気なのだろう。

 クリーナーをかけているトレーナー君が目に入った。

 まだ少し様子を観察しつつ遊びたいのでそのまま見守っていると――。

 

『ガチ追い込み! 糖質カット! 寿司食べたーい! でも痩せたい!』

 

"――寿司!? そこは米じゃないのか米じゃ!!?――"

 

 そしてその疑問はすぐに解決された。

 何故なら合いの手ついでに空腹であることを主張しようと、トレーナー君の腹の虫が盛大な音を立てたからだ――!

 

『お寿司食べたい……お腹空いた……』

 

 どうやら寿司が食べたかったから歌詞に突っ込むことを考え付いたようである。

 そんなコントのような様子に、思わず笑いの波が閉じた口から吹き出しかける。しかしまだバレる訳にはいかない。

 一旦その場を離脱し、自身の気配が落ち着くまで待ってからまた覗き込む――。

 

 すると黒板はピカピカに仕上がった黒板の前に彼女は仁王立ちをしていた。

 『成し遂げた』そんな声が聞こえてきそうな満足げな彼女の一挙一動(いっきょいちどう)に微笑ましさが込み上げる。

 

 まだそっと見守っていたい私は、その内彼女が入ってきそうな教室にあえて入ってみた。

 

 その間トレーナー君はというと、水音から察するに手洗い場で手についた黒板の粉を洗っているようだった――。

 

 

"――ん? これは……――"

 

 足元にあるのは生徒が仕舞い忘れたのか? バスケットボールがひとつ転がっていた――。

 

"――ふむ……これで少しイタズラして終わりにしよう――"

 

 私はそのボールを抱えてこっそり教室後方、窓側に配置された縦長の掃除用具入れの中に隠れる。その中でトレーナー君が見回りに来るのを待つことにした。

 

 隠れてから数える事5分くらいが経過しただろうか? この教室に入ってきたトレーナー君の足音がしたはじめる。

 そしてその音が教室の外に出たと思われたその時、掃除用具入れの扉をそっと開けてボールを転がし素早くまた扉を閉じた!

 

 ボールが弾み転がる音が響いた後、トレーナー君が居るであろう大よその位置から息をのむ気配がする。

 

 彼女の気配が再び私が潜む教室に入室し、足音が完全に教壇側に向かったタイミングを見計らう。そしてそっと扉を開けると――恐る恐るボールに近づいていくトレーナー君が真正面に収まった。

 

 まん丸キャベツに気を取られているウサギを捕まえる要領で、そーっと、そーっと後ろから近づいてゆき……。しゃがんでボールを拾おうとしている、トレーナー君の白く綺麗なうなじが目立つ首の両側面に、両手の指先を揃えて背後からピトリと当ててみた――。

 

「――――! ひぃぃいやああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 大型肉食獣に捕まったウサギのように甲高い声がトレーナー君から上がった!

 それはウマ娘である私には耳にキーンと来る女性特有の叫び声で、その高音から逃れるため、急ぎ自身の両耳を手で倒して塞ぐ!

 そしてトレーナー君はバスケットボールをぎゅーっと抱え込み、膝を崩してペタリとアヒル座りのように座り込んでしまった――。

 

  ◇  ◆  ◇  ◇

 

――トレセン学園本館 4階のある教室――

 

 私が現在正面に回り込み片膝をつきしゃがんで視線を合わせている、トレーナー君はボールを抱えたまま、先程私が仕掛けたイタズラの結果恐怖で腰が抜けてしまっていた。

 大変決まづい状況の中、彼女に謝罪し終えると――。

 

「――3階のいたずらの犯人もルドルフだったんですね……」

 

  トレーナー君はまだペタリと床に座ったまま所謂ジト目で私を見やり完全にむくれてる――水族館の展示で見たフグのようにぷくっと丸くツヤの良い両頬を膨らませていた。

 もう一度重ねて丁寧に謝罪すべきかと思い口を開こうとしたら、先に目の前のトレーナー君が――。

 

「――しょうがないですね。もう――」

 

 トレーナー君は困った様に眉を下げて口元に笑みを浮かべ、ツンと私の額を1回軽く右手の指で小突いた。

 

「気を許してくれてるからこそ、貴女が私にイタズラがしたい気持ちは理解できます。しかし、そういったお年頃なのはわかりますけど、私以外のスタッフにやっちゃだめですよ?」

「重ね重ね申し訳なかった。しかしその言い方だと君にはしていい事になってしまうよ?」

「時と場合を考えてくれるなら。戯れ程度の事ならば問題はないです」

 

 そして私に向かってトレーナー君はゆっくりと右手を伸ばした。そして彼女の浮かべる表情の中で最も好ましいと思っている『優しげな表情』と共に、そのまま耳と耳の間――頭を撫でてくれた。

 ――時折、トレーナー君は今現在の様子のように、"ずっと年上"の様な気配を纏っている事がある。私はそれをすごく不思議に感じていた。

 

 まるで時の流れで変わる月相のように――年相応に見えたり、情緒が落ち着かなさそうなときはずっと幼く見えもする。かと思うと大人のようであったり……実に多様な側面を彼女は持っていた。

 

 そして撫でてもらう心地よさに浸った後――。

 名残惜しいが私は彼女に返事をし、言葉を交わすことで時を進めはじめる――。

 

「――気を付けるよ」

「あんまり気負わないで、大丈夫ですから」

 

 トレーナー君が立とうとするので、まず私が先に立ち上がって手を差し伸べる。そして彼女はボールを左小脇に抱えながら、右手で私の手を取りフラつきながらも立ち上がった。

 

「さて、ルドルフは生徒会室に忘れ物を取りに来たんだと思います。こんな時間ですから寮まで送りますね」

「しかし君はまだ見回りは途中だろう? 私が1人で帰るか、問題なければこのまま見回りに付き合おう。それから君に送って貰うのはどうだい?」

「うーん、私は貴女の学園での保護者の立場ですし、1人でっていうのはちょっと……では申し訳ないけどついて来てもらいましょうか」

 

"――そう来ると思った――"

 

 私だってこんな暗い時間に身体能力的にはウマ娘に近くとも、女性であるトレーナー君を1人にはできない。そう思って彼女の性格を読んで提案してみたが、やはり予想通りに事が運び心の中で私は『上手くいった』とほくそ笑んだ。

 

   ◇  ◇  ◆  ◇

 

――トレセン学園本館 5階の廊下――

 

 イタズラをした教室をトレーナー君と私は出て見回りは順調に進み、部室が連続している5階廊下の最奥――音楽室に向かっていた。

 ここは既に生徒の下校段階で各部屋に鍵をかけてしまう。そのため音楽室以外は素通りできるようであった。

 

 その間私はブライアンから預かった"髪飾り付きのヘアゴム"をトレーナー君に返し、どうして彼女が見回りを担当しているかその訳を聞いてみた。

 するとエアグルーヴにこってり絞られたあと、トレーナーの代表に随分厳しめに叱られたそうだ。そして臨時で本館の見回りを言い渡されたらしい――。

 

「なるほど。警備員が足りなくて罰もかね、君が見回りをしていたんだね?」

「ええ。――昼間の件は申し訳ないです。私は生徒会長である貴女のトレーナーなのに」

 

 私はしょんぼりしてしまった彼女に、これ以上私は何も言えなくなってしまう――。

 

「ダメな事がわかっているようなら問題ないさ。もう十分皆から叱られたと思うから、私からの注意はこれくらいにしておくよ。――――しかし謎の影か、まるで怪談のようだな?」

 

 私がそういうとトレーナー君は頷いて考える様に眉をひそめた。

 

「光る人っていうのはわかるんですよね。恐らくアグネスタキオンの実験関係かと……」

「そうだな。エアシャカールか、アグネスタキオンのトレーナー辺りが光っていて、偶然何らかの理由で夜に校舎に来たとかそういういった事情だろう」

 

"――では、謎の影とは一体……?――"

 

 まさかこの科学の時代に怪談染みた心霊現象など起こり得るのだろうか? 

 

 学園のある府中市には『三千人塚』『高幡城跡(たかはたじょうあと)』などの古戦場関係跡地。そして古くは丑の刻参りが多く行われたとされる『八坂神社』など、いわゆる心霊スポットと呼ばれる場所はいくつかある。

 しかし、学園がある敷地にはそういった伝承はないはずだ。

 

"――ただ、それでもこの学園には七不思議があったな。中には似つかわしくない話もあるが――"

 

 今向かっている音楽室にも七不思議がひとつある。それを何の気もなくそれをトレーナー君に振ってみることにした。

 

「音楽室といえば、我が学園にも不思議な話があったな」

「え? ――もう、怖い系は勘弁ですよ?」

 

 私の左側を並んで歩くトレーナー君の瞳が不安げに揺れる。――別段怖い話ではないので私は続けることにした。

 

「怖いというよりは言った通り不思議な話だ。準備室に不思議な鏡があって、そこに姿を映すと違った姿に見えることがあるとか? 例えば君にウマ耳が見えたり、私が人に見えたり、鹿の様な生き物に見えたり、とかそういう類のようなものだった」

 

トレーナー君の瞳から不安げな気配が去り、逆に興味深々といった様子を彼女はのぞかせた。

 

「へー、本当に不思議なだけの話ですね? 普通学校のそういう話って結構怖い話ばかりなのに」

 

 七不思議のうち、この話だけは本当に不思議なだけで怪談とは言い難い内容だった。そして我々が雑談をしている内に音楽室の前へと到着する――。

 

「ここの見回り箇所は音楽室と――それに続く準備室になるみたいです」

 

 そういって防音仕様の大きな両開きのドアを引いて開ける。すると楽器が多い部屋特有の香りが鼻先をくすぐっていく――。

 その室内の窓側左奥にピアノ、正面奥に鏡が壁面に設置されているのが薄暗い視界の中に納まった。

 

 私とウマ娘寄りの眼を持つトレーナー君は夜目こそ利くが、それは見回りにおいて確実ではない。見やすいよう彼女が懐中電灯で照らす中、2人でそこをぐるりと確かめる様に巡回した。

 そして防音仕様の分厚く大きい片開きのドアを手前に引き、準備室へと我々は入っていく。

 

 準備室内には楽器を保管する棚や、布がかかったドラムセット、スピーカーなどが仕舞われていた。そして、同室内にある掃除用具入れに入れるのが面倒だったのか? 放置された箒が数本とプラスチック製の塵取りがその辺に立てかけられている。

 

"――まったく、気持ちは分かるが、きちんとしてくれなくては困るな――"

 

 ここは軽音部の子たちの活動拠点だ。彼女たちへの注意事項を伝えるという作業を明日にやる事として記憶の片隅に追加する。

 

 そして……。

 

 件の鏡と思われる畳2畳分の大きさのそれが壁に備え付けられているのを発見した。トレーナー君はちょこまかとした小走りで鏡に近寄り、それを確かめるように眺めはじめた――。

 

「案外普通ですね? もっとアンティークな魔法の鏡的なモノを期待していたのですが……」

「ふふ、あれだけ怯えていたのにもう平気そうだね?」

 

 鏡には左端に好奇心に満ち溢れた表情のトレーナー君が至近距離で、そして鏡から1.5mほど離れた地点でそんな彼女の様子に苦笑いを浮かべた私が右側に映っていた。

 

 そして曇り空が晴れたのか、我々の右側にある窓から月明りが差し込んだ。そしてその光の筋はゆっくりと室内を、やや明るめの青へと塗り替えていく――。

 

「いやー。怖い系の話でなければ大丈夫ですよ?――うーん、特に何も不思議現象無しか」

 

 そういってトレーナー君は左を向いて懐中電灯を向け、室内の奥を確認しようと進み始めた。

 

 

 ――その時、

    あり得ないことが起きた――。

 

 

"――っ!――"

 

 驚きで息をするのも忘れてしまう程衝撃が走り、背の真ん中から脳天にさざ波が伝わるかのような寒気がざわざわと騒ぎ立てる。

 

 今目の前の鏡に映るそれは瞬きをする間に一変していた。しかし、驚きでぱちぱちと瞬きをすると何事もなかったかのように戻る。

 

 ほんの一瞬だけ鏡の中の光景が変わっていたのだ……。

 その光景は――まず正面に立っている私の姿がなかった。

 代わりとして映し出されていたのは、電車の内装の様なものを背景に姿がはっきりと見えない女性らしき人影。その不思議な女性を中心に座席に座る幾人かの人間達――。

 

 かなり混雑しているらしいその車内は――手前側の人間は半透明。そして透けて見える座席に座った人間がやたらと強調されていた。

 それはまるで都内の通勤ラッシュを彷彿させるものであった――。

 

"――疲れが出たか……?――"

 

 今はこの場を映し出しており、恐らく疲れのせいで幻覚が見えたのかもしれない。私は眉間を軽く左指で摘まんでやや下を向き、頭を軽く左右に振って先ほど見た奇妙な光景の事を忘れようとした。

 

「どうしたんですか、ルドルフ――?」

 

 私が先ほど見た光景に頭を悩ませている間、トレーナー君は奥を見回わり終わったようだ。そんな私をの様子を少しだけ低い視線の高さから心配そうに覗き込んでいた――。

 

「あ――うん、なんでもない……少し疲れていたみたいだ」

 

 もう一度鏡を見てみる。しかしそれは先ほどまでの事が、やはり幻覚であると言わんばかりに、我々をただただ映しているだけであった――。

 

「――風邪が流行ってるみたいですし、身体には気を付けてくださいね?」

「そうだね。君の言う通り体調管理には気を付けることにするよ……」

 

 疲れを抜くために今日は寮の食堂の取り置きを食べたら、シャワーを浴びて即寝よう――そう心に決めた。

 

 その直後だった――。

 

  ――私の両耳が何かよろしくない音を捉えた!

 

 そう、それはカサカサと這う――食べ物が無いはずの、この場には似つかわしくないアレの音!

 先刻の幻覚などよりも、余程具体的に想像が出来るため背筋にきて、私の尾や耳の毛が逆立ち鳥肌がひろがっていく!!

 

「でか! ルドルフでっかいゴキが出た!!」

 

 そう暗がりに視線を向け叫んだトレーナー君は片方靴を脱ぎ、床を這いまわる巨大なソレと臨戦態勢をとった!

 


【黒いアレ(チート生物)】

 古くは御器という、果物を乗せている食器を噛ることから『御器嚙』(ごきかぶり)

 ゴ〇〇リと呼び始めたのは明治頃、書籍を印刷する際に出た誤字脱字からという説がある。

 2億130万年ほど前から存在しており昆虫界の生きた化石。

 

 人類が研究所を立ち上げて本気で滅そうとしても――絶滅するどころか人類を大いに利用し、繁栄を遂げた『地球史上最強の繁殖力』を誇る。

 

 1秒間で体長の約50倍の距離を移動し、人間の身体能力に換算すると危険察知時の最高時速は約300km。

 "夜行性"のため目はあまり良くないが、"気流感覚毛"という器官があり、それで空気の流れを察知して"考える前に反射的に避ける"能力を持っている。

 

 その能力の仔細は毛から脚に指令が伝わるまでに、脊椎反射のような特殊な"神経回路"が組まれており、『顔面に飛び掛かる』など実に様々な"逃げ方"は、その個体が日頃考え手段をストックしており、本番でそれはランダムに選択され実行する。

 

 つまり『フルオート回避』が出来る生物なのである。

参考元――アー〇製薬など


 

「それで潰すと帰りはどうなるんだ! 使え! トレーナー君」

 

 私は片付けていない放置された箒のうち、フライ返しのような形状の江戸箒を1本、トレーナー君に投げ渡す!

 

「ありがとうっ!」

 

 トレーナー君はそう発言しつつ箒を片手でキャッチしてすぐ、黒い影に向けバシリと叩きつける!

 しかしその一撃は掠り触覚の欠けた影はあざ笑うかのように直角に曲がりすり抜ける!

 

 が!

 

「もらった!!」

 

 それが取る進路を私は予測し、植物性の箒を床に叩きつける乾いた音を響かせ仕留めた!

 

 叩きつけた部分の下には、あまり宜しくない光景が広がっていそうなので、箒は上げずにそのまま柄からそっと手を放した。

 

「おお! ナイスエイム!」

「よし獲った! しかし今一瞬見えた個体――なんだか大きすぎないか?」

 

 始末しようとした瞬間垣間見えたソレは明らかに大きすぎた――何せ10センチくらいはありそうな個体であったからだ。

 

「確かに。東京の個体については色々とアメリカでも噂を聞くけど、デカいって話は聞かないし? もしかして、ナイルワニのギュスターヴみたいな環境か遺伝子のどちらかで大きくなったケースとか?」

「餌が豊富で大きくなった、もしくは突然変異など諸説ある『人食いワニ』だね? しかしここは準備室で食べ物はな――――ん?」

 

 食べ物はないはずの室内に、かすかに食べ物の香りがする――。

 

 匂いの元を辿るべく歩き始めると、靴を履きなおしたトレーナー君が一緒について来て視線の先を照らしてくれる。

 

 すると暗闇を光でくり抜いたような円の中央に、何と菓子パンの袋と紙パックなどが蓋のないごみ箱捨てられている光景が照らし出された。

 

「――これが原因でしょうね。蓋つきのごみ箱ならまだしもこれでは……。この界隈は部室が多く部室で食事をとる子もいるから、恐らくその処理の甘さで発生して、4階で件の影の目撃例に繋がったのかも?」

「なるほど――となると、早急に"ブラックキャップス"などの毒餌や捕獲トラップと、ごみ箱を蓋つきのものに変更し、あとは……各部などごみの処理に関する通達を出さないとならんな」

 

"――あとは業者を入れて駆逐も考えねば――"

 

 そう考えた時だった! またしても一匹大きな影が現れ、身構える前にその黒い"巨大なアレ"は私の方に! 顔面目掛けてすっ飛んでくる!

 

「うわぁっ!」

 

 ――ソレは飛び上がり、真っすぐに飛びついてきた

 

   ――コマ送りの様な時間間隔の中、ソレに張り付かれると覚悟した瞬間!

 

 私の目の前を箒が鼻先を掠り! 

 

 ――!!

 

 乾いた植物の束の音を響かせ地面に箒が叩きつけられる!

 

 そのまま箒は伏せたままにしてトレーナー君は、先ほど私がしたのと同じように柄からそっと手を離した。

 どうやら彼女が見事な空中迎撃を決めて仕留めてくれたらしい――。

 

「――助かったよ! まさか顔面目掛けて飛んでくるとは……」

「東京のヤツは人間やウマ娘を襲うって聞いたけど……まさか本当にあるなんて。これは早急に処分しなければなりませんね――」

「ああ、ヤツらにこれ以上――学園の平穏を乱されるわけにはいかないな……」

 

 

 こうしてトレーナー君と私は学園を騒がす『黒い影』の正体を突き止めた。

 

 その証拠写真を確保した後、この凄惨な"事件現場"を清掃。そして武器に使った箒2本も洗って干し、私はトレーナー君に美浦寮まで送り返され、この珍妙不可思議な1日は終了した――。

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◆

 

――翌日 午後12時――

――トレセン学園 シンボリルドルフ担当 トレーナー室のプレハブ――

 

 本日は私と一緒に食事がしたいというルドルフ誘いに乗ってトレーナー室で昼食を取っていた。私と彼女はお弁当を交換し、今しがた食べ終わったばかりである。

 そしてルドルフは食後にブラックコーヒーを、私は甘いアイスミルクティーを片手に食後の他愛ない談笑を楽しんでいる。

 

 此方へ来た時プレハブのドアノブにコンビニ袋に入った学園新聞が吊り下げられていた。その誰かが差し入れてくれたのであろう新聞を、ふたりで見ようという事になり、袋から取り出して開いた。

 

「昨日の私の話がやっぱり一面か」

「まあ大騒ぎだったし仕方ないさ」

 

 対面に座っていたルドルフがこちらのソファーに来て、私の右隣に腰掛けなおし新聞紙を覗き込む。

 

 まず1面にはタイトルで『世にも珍しい"アハルテケ"の半人半バ、激走!』と銘打たれ、昨日裏庭の植え込みを飛び越えていた私の姿が高画質かつカラー、そして大きく引き伸ばして印刷されていた。

 

 そしてその写真の右端には丸く切り取られた、刑事事件でいう犯人と容疑者の様な小さな写真が2つ並んでいた。

 ひとつは『追跡役ゴルシ』と小さく題された木の柵の様な加工で目線の入った写真。そしてその隣に同じ加工をされた私の画像も『逃亡者役』ご丁寧に張り付けてある。

 ついでに私がルイビルにいた頃の特集なんかも、端に小さく組まれていた。

 

「随分凝った新聞だね」

「ですね。これでネタ切れは解消でしょう。しかし細かく調べてるなぁ」

「まあ悪い書かれ方はされていなさそうだし良いんじゃないか? ふふっ、しかしどれもよく撮れている」

 

 何となく新聞のネタに困ったままなのは可哀想だったので、あの事件を新聞にしていいよとゴールドシップには提案しておいた。ルドルフが言うように掲載内容的には問題ないのだけれど。

 新聞と一緒に袋に入れられていた、茶封筒の表についた四角い付箋メモの方に問題があった。当該のメモにはこう書かれている。

 


プレゼント ふぉー ユー!!

アタシの秘密

もし誰かに教えたりしたら

もーっとイタズラしちゃうぞ!

……気分でやるかもだけど?

お嬢様に愛をこめて ゴルシちゃんより


 

 あの秘密を無闇にばらしたりはしないから大丈夫だとは思う。しかしどうやら私は遊んでいい相手と認定されてしまったようだ。次のイタズラから逃げるにはどうしようかと軽く頭を抱える。

 

 新聞に夢中なルドルフに気取られないよう付箋を手の内に隠し――茶封筒の中を確認する。中身は写真が入っており、恐らく記事を書く上で利用した画像と予想されるそれらは、どれも見られて問題が無いものであった。

 

 その中に、私が昨日疲れて写真を分けて貰おうと、撮影主を探し損ねた埴輪展でのルドルフの写真も入っていた。

 

「そっちは何だ?」

 

 学園新聞にある程度目を通し終えたルドルフは、私が手に持っている写真の束を興味深げに見つめている――。

 

「記事に使った資料写真と生徒から写真部に提供された写真のプレゼントだそうです」

「見せてくれ」

 

 私はルドルフにそ持っていたその束を渡し、彼女の隙を見て付箋を手からポケットに仕舞い直した。

 

 ルドルフは写真を1枚1枚ゆっくりと写真を眺めていたが、あるところで止まった。

 それと同時に瞳を丸くしたルドルフは、耳を正面に向けてから興味深げにそれを動かして手元の写真を見ている――。

 そしてルドルフは手元の写真が私にも見えるよう差出し――。

 

「この子供は……君か?」

 

 記憶が大分古いが、それが正しければどこかの雑誌に掲載されていたものだろうか?

 ルドルフが見ていたのは養父の秘書マハスティに抱かれ、真っ白なワンピースに肩位の髪の長さの3歳時点と思われる私の画像だった。

 

「ええ、お養父さまが取材用に公開して使用許可を出している画像でしょうね。いちいち問い合わせがくるのが面倒なので、ホームページに置いてあるんですよ」

「そうか……ふふ、望月なだけに頬がモチモチしていそうで愛らしい写真だ。こんなにいい写真を沢山貰ったのだし、アルバムに貼ったりするのもいいだろうね」

 

 そしてまたルドルフは写真をめくりながら眺め始める――。

 ゴールドシップに形勢逆転を取られ、少し悔しかったがこのプレゼントはありがたかった。目の前の彼女は大変嬉しそうにしているし、私も欲しいと思っていた埴輪展での素敵な笑顔の写真が手に入ったからだ。

 

"――まあ、ルドルフが満足そうなら良いか――"

 

「ふふ、上手くモチモチと掛けましたね? それならこの部屋にアルバムやスクラップブック用のファイルを置いて、これからは写真を残しておきましょう。今度それらは私が買って――いや、……やはり機会を見て一緒にアルバムを買いに行きませんか?」

 

 私がそう提案するとルドルフは『それがいい!』とこちらを向き若干目を輝かせて返事をする。

 それから『では近日中に予定が無い日を後で見繕っておくよ』と返事をしてからまた写真に夢中になってゆく。

 

 私の前で気を許している彼女を視界の端に収めつつ、予定が書きこまれたカレンダーを見やる。

 

 来月の後半にある『サウジアラビアロイヤルカップ』まで、あと1か月半ほど――。

 今の所仕上がりは順調だし、何もなければルドルフはまた圧勝できるだろう。

 

 唐突に流行り始めた風邪に警戒しつつ、私は彼女――ルドルフを勝利に導くため、心の中で気合を入れなおすことにした。

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