IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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おまたせしました。
前半トレーナー君視点、中盤ルドルフ視点、後半トレーナー君視点です


『"馬"娘』君に、貴女に贈るMaryXmas【前編】

――20××年12月10日午後15時――

――トレーナー寮の自室――

 

 若草色と茶色が主体の色で統一されたナチュラルコーデの部屋の中。

 セミダブルベッドにうつ伏せになりながら、白い羽ペンを模したタブレットペンを片手にタブレットを操作している。

 

 特注製の分厚いマットレスが敷かれたベッドはとてもクッションが良い。今みたいに寝転がって作業をしていると、いつの間にか寝落ちしていることも多々ある。――しかし、今はそんな気にはなれなかった。

 

 画面内にはクラシック戦線の武器として用意した『例のモノ』に関する報告と、その納品がクリスマス前になるとのことが書かれていた。

 

 11月27日OP戦良バ場晴れ、東京のマイルレースを圧勝で終えたその翌日――ルドルフの勝負服の一式と仮設計の靴が届いた。

 勝負服のデザインは神聖ローマ皇帝風の緑色の衣装――可愛いというよりはカッコイイ系だ。そしてその『勝負服』という存在は謎めいた存在であった。

 

"――あの服に纏わる謎の恩恵は大きいからなぁ――"

 

 私はため息をつきながら画面から目を外し、タブレットと羽ペンを持ったまま万歳の姿勢で脱力し顔面をベッドに埋める。

 

 ただのプラシーボ効果かもしれないのだけれど、勝負服を着ているときの方が何となく力が湧いてくるのだそうだ。実際微妙に成績が良くなっていたりする。一見するとトンデモないデザインもあるのだが、何故か速く走れる。全く以て理解が追い付かない。

 

 そのほかにもウマ娘たちに纏わる不思議な話は沢山ある。

 例えば『生まれつき名前を持つ』という超常現象をほぼ全員が体験している。理解し難い現象だが、ウマ娘本人たちはこの不可思議な現象に何の違和感も抱いている様子がない。

 

 自身の転生という体験を加味してあたりをつけると、やはり彼女たちは『馬』と何らかの繋がりがあるのかもしれない。それで元々名前を持ってこの世界に別の存在として記憶が無いまま生まれている。あるいは以前の記憶を覚えている者も居るかもしれない。だがそのことについて私は検証するすべを持たない。

 

"――勝負服や名前の事だけでなく、他にもウマ娘には小説で読んだ不思議な生き物のような特徴が他にもあったし、やっぱり彼女たちは私の元居た世界でいうファンタジーな存在なのかしらね?――"

 

 さらに彼女たちには人とは決定的に違う部分がある。

 

 ――その特徴とは個人差はあるが、ある一定の年齢を超えると途端に老化が遅れていくのだ。それはまるで100年以上前に発売されていた古典文学の小説に多く登場していた、『エルフ』を彷彿させる特徴であった。

 

 そして――。

 

 顔を正面に上げタブレットにまた視線を落とそうとすると、黒い画面に不安げな自分の顔が映っていた……。紀元前からウマ娘が家系に混じるエメラルドの瞳を持つ半人半バ(スマグラディ・セントウル)の私も、ウマ娘同様長寿命化が予想されている。

 

 そんな存在になった私は……お世話になった人間たちとの別れに耐えられるだろうか? ――そんな不安がふと過ったが、ネガティブな気持ちを振り切るように俯いてから軽く左右に首を振った。

 

"――うじうじはやめやめ! じゃあウマ娘がおそらく『馬』だとすると、結局半人半バ(セントウル)は一体何者なんだろうか?――"

 

 私が元の世界の伝承で知っているケンタウロスはこの世界にはいない。

なのに何故か私たちは半人半バ(セントウル)と呼ばれている。それは私以外の転生者が過去に居たイタズラの所為なのだろうか?

 

 頭の中でその整合性を探ろうと整理するほど、半人半バ(セントウル)である自分自身がよくわからない存在のように思えてくる。

 画面に映る困惑が滲む自分の顔と、説明のつかない事柄から私は眼をそらすように、タブレットをそっと手放してベットに顔を伏せた――。

 

 ――うまぴょい♪

 

 ベッドサイドにある薄茶色のサイドボードに、画面を伏せて乗せてあったシルバーのスマホが音を立てた。こんがらがってしまった思考を止めて、腹ばいのままベッドの上を進みスマホを取り、通信アプリLEADを開く――。

 

 差出人はルドルフで、内容は明々後日から生徒会で温泉療養施設の視察旅行に行くとのことだった。

 私は『気を付けていってらっしゃい! あと、お土産よろしくね!』というメッセージを送り、ニンジンを思い浮かべながら瞳を輝かせる白ウサギのスタンプを押す。

 そしてルドルフから1分もしない内に『君の期待に沿えるよう何か見繕ってくるよ』というメッセージが、『ミセスドーナッツ』のキャラである得意顔をしている『ポンデ・レオ』のスタンプと共に返ってきた。

 

"――旅行かぁ……いいなぁ――"

 

 そういえばこの世界の日本の探索はまだしていない事をふと思い出す――。

 私からすればこの世界の各国は歴史テーマパークのようで心が躍る。例えば東京タワーはずっと真新しく見えるし、日本橋のデパートの外観は写真でしか見たことが無くレトロで素敵に見えた。

 アメリカのマンハッタンは電子書籍で見た挿絵の景色そのままで、初めて見たときはその光景に釘付けになったものだ。

 

 物珍しいのは建物だけじゃない。

 

 私のいた世界と比べこの世界の食卓事情は大幅に違う。特に私のいた世界では気候変動で絶滅していたクロマグロが、こちらのスーパーでひと山幾らの価格でツナ缶が売られいたのを見てしまった際――缶詰コーナーで数分以上佇んでしまうほど驚いたものだった。

 

"――気晴らしに旅行でも行こっかな?――"

 

 旅行に行くならアクティビティ的なもの……私のいた世界で楽しめなかった事などを楽しもう!

 そう思った私はスマホから旅行サイト『じゃらーん』のホームページを開き、旅行プランを厳選する事にした。

 

  ◆  ◇  ◇

――20××年12月13日午後19時半――

――福島 温泉療養施設 某宿泊室――

 

 

 まるで旅館の内装の様な施設の一室に、私とブライアン、エアグルーヴの3名はどこにでもありそうな寝巻用の浴衣姿を纏った姿で三者三様に過ごしている。

 

 私はホテルなどによくある、和風の出窓の様な一畳程度の空間――広縁に配置されたテーブルにノートパソコンを設置し、先ほど出し合ったこの施設に対する視察感想等をまとめた報告書を作成をしていた。

 作業をしている私の視界の端――ブライアンは左前の和室の布団の上でゴロリとしながらスマホをいじり、エアグルーヴは左の和室の座椅子が置かれたスペースで読書をしていた。

 

 報告書をほぼ仕上げたあたりで一息入れ、買っておいたビックボスの無糖缶コーヒーを開けて飲んだ。そして缶をテーブルの上に戻しながら、凝り固まった背中を両手を上にあげてやや後ろにそらしながら伸ばす。

 するとそれと同時に左前の和室から動きを感じてちらりと見やる。

 気配の元は布団の上に寝転んでいたブライアンが起き上がり、スマートフォンを片手にこちらへと向かってきたからであった。何か相談事があるのかと思った私はブライアンの方に軽く向き直る。

 

「ブライアン、どうかしたのか?」

「……アンタの記事があった」

 

 ブライアンからスマートフォンを差し出され、受け取って覗き込むと『月刊Pretty Derby』の電子書籍版が表示されていた。画面に映るそのページには、私の勝負服を着た感想や意気込みなどが書かれており、トレーナー君からのコメントも隅に掲載されていた。

 

「なるほど、勝負服の記事が出来上がっていたのか……」

「……アンタらしい随分格式ばった服だな」

「そうだな。着負けぬよう常に気が引き締まる衣装で好ましい限りだ」

「ついに来年からクラシック戦線ですね――会長も勝負服の写真をご実家に贈られたんですか?」

 

 左の和室の座椅子に腰かけエアグルーヴは首だけ此方を向いて問いかけてきた。

 

「ああ、郵送で送ってみたよ。最初は『志半ばではないか!』と両親から厳しく叱られるのではと躊躇したが、トレーナー君に『貴女は子供なんだからやりたいように親孝行をやればいい』と背中を押されてね」

「おいおい……自分もまだ未成年だろうに」

 

 ブライアンは鼻で笑いながらそう発言し、私も少しおかしかったその一言を思い出し、スマートフォンを持っていない方の手を口に当てて笑いをこらえた。

 

「ふふ、トレーナー君のその発言は突っ込みどころしかないから、そう言いたくなるのもわかるよ。話を戻すと両親から届いた手紙には『弛んでいる!』と叱られつつも、その後に続く文面から察するにちゃんと喜んでもらえたと思える内容だった」

「会長のご両親は厳しい方だと聞いていますがいい結果となってよかったですね」

「そうだな。思い切って送ってよかったよ――記事を見せてくれてありがとうブライアン。返すよ」

「ん」

 

 ブライアンから借りたスマホを返すと、彼女ははいつも通りの反応でそれを受け取って布団の上に戻り、こちらに背を向けて寝っ転がってスマホを再び弄り始める。視界の端のエアグルーヴは白いポットからお湯を急須に注ぎ、匂いからして緑茶のお代わりを淹れているようであった。

 

 

 私は腕を組んで軽く天井を見上げつつ、首を軽く回して肩こりをほぐしつつトレーナー君が今何をしているか気になった。

 

"――ちょっと出かけるとは聞いていたが、無事に帰れているのだろうか?――"

 

 そう思い立った私は目の前のテーブルの上に置いてある自らのスマートフォンを手に取り、左手は組んだまま右手でそれを操作し『Horsebook』を開いた。

 トレーナ君のアカウントを確認すると、最新投稿に『綺麗な夜景でした。It's really lovely to go up Mt.Hakodate and look at the night view of Hakodate city!』とある。

 

"――『ちょっと出かけてくる』とは聞いていたが函館?!――"

 

 トレーナー君が写真と共に投稿した英文の内容から彼女の現在地を知った。まさかそんなに遠くまで行っているとは思わなかったため大変驚いた。

 

"――やれやれ、それは『ちょっと』の範囲ではないと、折を見て基準を訂正しておかねばならないな――"

 

 少しだけ俯き右手で持ったまスマホの角を額に軽くつけ、苦笑いを浮かべながら私はゆっくり首を左右に振る。そして顔を上げてその最新投稿にいいねをつけ、『はしゃぎ過ぎないように旅を楽しんでくれ』とコメントを残しスマートフォンををテーブルに置いた――。

 

「会長、ブライアン、お茶を淹れましたが要りますか?」

「そうだね。あともう少しで書類作成も終わるし、ありがとう頂こうか」

「ほしい」

「わかりました――――ブライアン、注いだから端に置いておくぞ」

「ん。さんきゅ」

 

 報告書の最後2行を書き終え報告書を完成させ、私は薄い黒のノートパソコンを閉じたと同じくらいのタイミングで、寝転がっていたブライアンがエアグルーヴのいる和室の座椅子に座りお茶を飲み始めた。

 

 私もやることが終わったので缶コーヒーを飲み干し、一旦部屋の外にある自販機コーナーのごみ箱まで捨てに行った。そして戻ってきた後、同じ卓を囲もうと彼女たちの居る和室の座椅子に着席した。

 

「2人ともただいま。――さて、今年もあともう少しだな。色々あったが2人の尽力もあり無事すべての行事をこなせて何よりだ」

「ええ、今年は夏季合宿中に台風が直撃した影響で予算が削られ、生徒会主催の年末イベントも何とか開催にこぎ着けられましたしね。規模が縮小してしまったのが無念ではありますが……」

  

 年の瀬にあえて実家に帰らない者や、レースの関係で学園に残る者の為に行う、生徒会主催の参加自由の年末イベントが25日から控えており、彼女が言う通り今年は合宿地を台風が2度も現地を直撃。

 被害こそ無かったがその対策で予備の予算まで削られてしまい、年末イベント開催が危ぶまれたが先月半ばまでに何とか予算をやり繰りし、規模を調整して無事に開催という運びとなった。

 

「年末のクリスマスのアレは、最悪肉とニンジンさえあればいいんじゃないか?」

「ブライアン……!」

「冗談だ。――ようは私らなりにやれることをやればいいと思う。そもそも群れるのが好きな連中は、結局仲が良い奴と一緒に居るだけで楽しいもんなんだろう? そんな思い出作りの行事出来ただけヨシでいいだろう?」

「ふふ、それもそうだな」

 

 そんなもっともらしい理由を述べているものの、『肉とニンジンさえあればいい』の方がブライアンの本音なのだろう。

 そんな2人のいつも通りのやり取りに微笑ましさを感じつつ、『お茶を淹れてくれてありがとう、頂くよ』とエアグルーヴに声をかけて私は湯飲みに口をつけた。

 

「ところで、アンタは年末トレーナーと過ごすんだって?」

「ふむ? 確かに過ごすが、ハヤヒデから聞いたのか?」

「まあな。アンタがそういう行動をとるのって珍しいなって思って。何か特別な理由でもあるのか?」

 

 飲みかけのお茶が半分ほどある湯飲みをテーブルの上に戻し、何故それを知っているのかブライアンに聞いてみると情報の出所は雑談ついでにそれを話したハヤヒデからだった。

 

「特別な理由にはなるな。実はトレーナー君が『干物女計画』なるものを立てていたらしい。それを止めるために一緒に居ることにしたんだ」

「なんだよそりゃ……アンタのトレーナーは一体何をやるつもりだったんだ?」

 

 ブライアンの耳は興味を示すように前に向いているが、表情は若干引き気味になっている。エアグルーヴはというと意味が解らないといった感じに怪訝な顔をしつつ同じように耳をこちらに向けている。

 計画名が計画名なので2人の態度がそうなるのも無理はない

 

「ひとりでコンビニ食文化巡りとご当地カップ麺試食会を敢行するつもりだったようでね。ストレスなどの"ショック"で食が細りやすい彼女がそんな事をしたら身体にもよくない」

 

そう発言した瞬間、湯飲みからお茶を飲もうとしていたエアグルーヴの動きがピタリと一瞬止まり、ブライアンは盛大な溜息をついた。

 

"――……ふむ? トレーナー君の行動に呆れたのだろうか?――"

 

「色々と今の発言には突っ込みどころがあったが……アンタのトレーナーは『Umatube』によく出てくる日本の食レポが好きな面白外国勢かよ」

 

 そういってブライアンは左手で頭を押さえて目を伏せ俯き、やれやれと言った感じで頭を振った。

 

「ふふっ、面白外国勢は言い得て妙だ。トレーナー君はグルメらしく『こんな簡単に美味しいものが手に入るのは天国だ!』といって、コンビニに立ち寄るとかなりの頻度で限定商品を片っ端から買ってきてしまうんだよ」

「海外の方が日本の食べ物にハマってしまうのは、今ではよくある光景ですが……毎回それでは確かにその行動はやり過ぎですね」

「ああ。しかも発覚の切っ掛けも、トレーナー君がトレーナー室にカップ麺をため込んでいた事が原因だ。仕事をきっちり頑張っている彼女の楽しみだろうし、好きにはさせたいが――流石に度が過ぎているので加減させるべきだと判断した」

 

 数日前、生徒会の用事から早めに帰ってきてトレーナー室に立ち寄った私は、冬ごもりの小動物よろしく大量のカップ麺を戸棚にせっせと隠し詰めていたトレーナー君を見つけた。

 

 運び込まれた量はなんと20個――。隠れて貯め込んでいた理由を聞くと、おやつにしたくて持ち込んだけど、食べ過ぎているのがばれたら私に叱られるとわかっていたからだそうだ。

 

 そんな子供っぽい事をしていたトレーナー君に頭を抱えた直後、ふと思い出したのがその更に2日ほど前にトレーナー君がマルゼンスキーと『年末年始は干物になってコンビニ巡りをしまくろうかな!』なんて廊下で立ち話をしていたのを思い出した――。

 もしかしたら本当にやるつもりかと思って、問いただすとやはり冗談ではなかった。

 

 コンビニ巡りは楽しいという気持ちは分かる。しかし、『口出しすべきことではないのかもしれないが、そればかりを一気に食べていると、流石に体調が心配だよ?』と伝えると、トレーナー君は謝った後少しずつ楽しむことにすると約束してくれた。

 そして他者の目があれば自堕落にはなり過ぎないだろうと思ったので、邪魔でなければ年末年始は彼女の寮に遊びに行くことを打診して了承を貰ったという訳だった。

 

「確実に実にはなるが地獄みたいな課題を作ったり、仕事は天才的なのに意外と子供っぽいのが不思議な人ですよね」

「そうだね。たまにどちらが育てられているんだかと思うときがあるが、互いに教え合いながら成長していくのも悪くないかと思うようになった――そろそろ消灯が近いな。さあ、支度をして寝ようか」

 

 目の前の壁にかかる黒い枠のシンプルな時計の時刻は消灯15分前を差し、我々は就寝準備に取り掛かった後、備え付けの加湿器を起動し床に就いた――。

 

 

 

 

 その翌日――トレーナー君がまさかあんな行動に出るとは、この時の私は全く考えもしていなかった……。

 

 

 

 

  ◇  ◆  ◇

――20××年12月14日午後10時半――

――函館沖 釣り船 ――

 

 

 

"――小さいころマハスティが言ってたなぁ……狩りが出来る男女はボッチを回避できるって――"

 

 私の世話を焼いてくれている、養父の秘書が言った言葉をぼーっとした頭で思い出していた。そしてそれが意味する事は何だったんだろう? 答えのないそれをぼーっと頭に浮かべ、船尾中央の腰かけられるスペースに座っていた――。

 

「そんなにボーっとしてると海に落ちるよ? ココアでよかったかい?」

「ああ、すいません。ありがとうございます」

 

 外見年齢は20代半ばほどで、青毛特有の真っ黒な黒髪のポニーテール。

 肉体は平地のレースに出るウマ娘達よりも遥かに大きく、アメコミの女性ヒーローの様な立派な筋肉を纏っている。

 そんな見た目の重種系のウマ娘である船長から、私はココアの入ったステン製のマグカップを受け取った。

 

 昨日函館のグルメと夜景を楽しんだ後、ひとりになりたい時用の瞳の色を誤魔化す茶色いカラコンを付けたまま、深夜に今乗っている船の船長と私は合流した。

 そして餌にする生きたイカを夜間に集めながら朝を待ち――目当ての魚影を探している。

 

 折角過去の時代に似たこの世界に来たのだから、すでにほぼ絶滅していたあの魚を釣ってみたいと思った。じゃらーんで旅行プランを押さえ、財閥を経由して釣り船をチャーターし、即道具を揃えて遥々府中から函館までやってきたのであった。

 一応GTと呼ばれるロウニンアジ、そしてカジキマグロは養父と行った沖釣りで相手にしたことがある。しかし今回はそれとは格が違うあの魚だ――引き上げるまでのファイト時間が下手をすると4時間を超えることもあるというから恐ろしいものである。

 

 夜中の寒さよりはマシとはいえ、昼前になった今でもピリリとくる北国の風が頬を撫でていく。

 船尾中央の腰かけやすい所に座りながら、アツアツのココアに軽く白い息を吹きかけ、少し唇で触れて熱さを確認してからそれを静かに啜っていく。

 

「そういえばアンタは中央のトレーナーって言ってたけど、この時期の中央トレセンは有マの準備だろう? 遊んでていいのかい?」

 

 船長は魚群探知機を眺めつつ、舵を取りながらそう私に問いを投げかけてきた。私はココアをチビチビ飲むのをやめて少し冷めたそれを飲み干し――。

 

「担当の子がまだジュニアクラスなもので、今日はお互い休日を合わせた非番なんですよ」

「そうかい。じゃあ来年はクラシックだね。目標は3冠ミスターシービー越えって所かい?」

「怪我が無いのが何より一番ですが、超えて行って欲しいですね」

 

 船長は香りからしてブラックコーヒーの入ったマグカップを片手に、ちらっとこちらを見てニカっとでも効果音が付きそうな感じに笑いかけてきた。

 

「アンタは優しいんだね。アタシは自分が出ていた関係もあって『ばんえいレース』しか普段見ないんだけど、神が讃えるウマ娘以来のクラシック3冠が出るかも? って聞いて菊花賞を見てしまったよ。ミスターシービーは凄いウマ娘だね」

 

 ――ミスターシービー。

 ルドルフのひとつ上の世代の3冠ウマ娘で、おそらくルドルフが春天やジャパンカップ、有マで激突する可能性のある存在。近代のレースにおいて追い込みはナンセンスと言われていた世論の中、ミスターシービーは追い込みの戦法を駆使して勝ち上がりその常識を覆していった。

 

「そうですね。シービーのような勝ち方を菊花賞で行うウマ娘が今後現れるとしたら、それはかなり先の世代になると思います。それくらい先をいっている彼女は素晴らしいですね」

「だよねぇ! あんな走り方をするなんて本当に肉体の頑丈さが別格だと思ったわ。他だとマイルまでならミズホピロハーツなんかも強いかもねぇ。この子は成長しきってからがバケモンになりそうだ。…………まあ来年はもっとすごいのが出そうだけど」

 

 そういって船長はコーヒーを飲み干したマグカップを適当なところにひっかけて置くと、また魚群探知機を見つめ始めた――。その言葉の先の意味が気になった私はふと尋ねてみることにした。

 

「といいますと……?」

「――シンボリルドルフさ。ジュニアG1には出てこなかったが、ありゃきっと大物になる。自分のトレーナーにしたい子をアメリカに迎えに行ったって言うのもかっこいいねー! しかも連れてきたトレーナーはあの第1回ジャパンカップの勝利関係者で、最も若くしてGrandに到達したトレーナーってこりゃまたド派手もいい所。そんな娘たちが常識破りのシービーに挑むのだから熱いったらありゃし――ん?」

 

 船長は会話を途中で打ち切り、魚群探知機に顔を近づけて凝視した後――。

 

「――さあ、おしゃべりはこれまでだ。配置につきな。潮上を取りに行くから、合図したらイカを付けて教えた通り竿を振って投げ込みな」

「わかりました!」

 

 船長は私から空になったマグカップを預かったあと、操舵に取り掛かり船は左舷側に旋回。

 私は島影の函館沖で穏やかではあるが、念のため海に落とされないよう掴まりつつ、竿にいつでも餌を付けられるよう生簀から網で1匹イカを取り出して待機。

 

 旋回し終えた船尾から見えた視線の先には、ドラム缶サイズの濃い青の魚が時折跳ね上がったり、海面すれすれを泳いでなぶらを立てつつこちらに向かってくるのが遠くに見えた。

 その群れの頭を捉えて船長は船を進め――。

 

「餌付けな! 投入は60秒後!」

 

 秒数を数えながら素早くイカを取り付け――!

 

「つきますよう――にっ!」

 私は巨大なリールのついた竿を振ってキャスティングし、群れる魚影の前に針のついたイカを落とした。

 

「ははっ。それでついたら来年のダービーはアンタたちの勝ちじゃないかい?」

「そうだと嬉しいですね」

 

 軽口をたたきつつも手の感覚を竿先から伸びる糸の先からくる振動に集中させている。

 手に持ったマグロ用に買い揃えてカスタムした重い竿からは、投げ込まれた生餌のイカの振動が伝わっていた。

 

 そしてその動きは、何かから逃げようと必死な動きに変わり!

 

「――!?」

 

 竿先がしなり、ぐっと重さが乗ったのでそれに合わせを行いフッキングし、食いついたであろう獲物に針をかけた!

 それと同時に両足がズルリと前に引きずられそうになるも、縁に片足をかけて止めて踏ん張った。

 

「かかりました! わっ――重い!」

 

 半人半バ(セントウル)の力でも持っていかれそうになりつつも、乗る前に教えてもらった通り船尾側の竿を固定する場所に固定して電動リールを動かそうとするも反応が無い! 出航前に確認したのにまさかの不調だ!

 

「すいません! 電動リールが不調みたいなので自力で巻き上げます!」

「あいよ。動きに合わせて巻き上げな。こっちは浅瀬に誘導していくよ」

 

 船のエンジンがかかり一気に加速し、糸の先の獲物が潜っていかないよう浅瀬の方に誘導していく。

 

 そして手から伝わる魚の動きに合わせて糸を出したり、巻き上げたりを繰り返すこと4時間半――。

 

 エンジンを切り船長が見守る中、ついに自分が戦っている重く力強いその相手が、私の居る船尾から2m先の海面をぬらりといった感じで左から右に横切っていった。

 

 腹をこちらに向けた横向きのその姿。

 銀色の腹に背中は黒に近い青――推定3m近くはありそうな、太平洋の青物の王者『太平洋クロマグロ』の横面と目が合う。

 その瞳はギラツいた生目力に満ち溢れ、対峙する自分にプレッシャーをかけてくるような覇気を纏っていた。


【太平洋クロマグロ:Thunnus orientalis】

 本マグロ。トレーナーの元居た世界では色々あって絶滅した。

 成魚は体長3m。重さ400kg。近大の養殖事業が有名。

 元々は深海魚。白亜紀の気候変動により、海面から200m以内の魚が減ったスペースに乱入&俺ツエ―しに来て脱深海。

 時速100kmで泳ぐとされて……いるがそれは近年それは違うのでは? と論争を生んでいるそんな魚。


 

 かかったマグロは横切った後また潜ろうと力を振り絞って暴れ、ラインをコントロールしながらこっちも必死に踏ん張って耐えて引き込む!

 

「こりゃぶったまげた……バケモンだ! 船の右側を通って船頭に向かいな。船底に擦られないように気を付けながら糸をお巻き! 大きさが大きさなだけあって非常事態だ! やらせてあげたいがトドメは任せてくれ!」

「っ――重い!! お願いします!」

 

 船長の指示通りに私は船の右舷の船頭に立ち、そしてその左横に想定外の大物がかかった時用の、モリを持ち船長が待機していた。

 

 うっかり引っ張られて海面に落ちないよう踏ん張りながら、船の下に潜られないようこちらもタイミングを見計らいながら巻いていき――!

 

 再びその化け物が海面に近づいて船すれすれを左から右に横向きに泳いでいこうとしたその時! 船長が叩き込むように投げ下ろしたモリが海面を貫き綺麗に急所を捉えた!

 

 マグロの動きが止まった後、先が鈎状に曲がった道具を使って船長が片腕でその大物を引き上げてくれた――流石ばんえいの元選手であると感心しつつ獲物と至近距離で対面。

 それは私たちの身長をはるかに上回り、そんな大物を獲得した高揚感で私の胸は高鳴った!

 

  ◇  ◇  ◆

――20××年12月14日午後16時半――

――函館港――

 

 延縄の時間に被る前ギリギリに帰ってきた私たちを、情報を聞きつけた人たちが出迎えてくれた。

 港の人の好意で測定した全長はおよそ2m70cm、血を抜きした状態の重さは400kg――ちょっとしたアクティビティをしてこっそり帰るつもりが、なんと釣り師の日本記録を塗り替えてしまった。

 そして大物を釣り人が釣り上げたと聞いた地元メディアのカメラマンも来ており、大変めんどくさい状況に。

 

"――そういえば生徒会が25日にクリスマスパーティーをするらしいし、ルドルフにとりあえず聞いてみてOKなら料理人を調達してそこに出しちゃおうかな。これは流石に消費するの無理だわ――"

 

 そう思いながらリフトで吊り下げられた私の右隣のマグロを見上げる。

 何時間も格闘して釣り上げたこの個体は売ってもそんなに価値は出ない。なら顔見知りに美味しく食べてもらったほうが良いだろう。

 今年は予算が無くて楽しみが減ってるって聞くし、マグロ食べ放題が追加されれば食べ盛りである学園の生徒たちは喜んでくれるかもしれない。

 

 運送は先ほど船長に手続きを頼んだので、あとはどうやって料理人を調達しよう? 保管はどうしよう? などを考えてると船長が私の方に近寄ってきて手を差し出してきた。

 

「日本記録おめでとう! 水産庁への届け出は出しておいたよ。輸送車も手配した。府中での保管先は後でアタシの知り合いの所を押さえられないか聞いてみようか?」

「ありがとうございます。流石に保管スペースの確保に悩んでたところなので助かります」

「吊り上げたマグロの横で写真撮ってあげるから、スマホ貸してごらん?」

「あ、お願いします!」

 

 私は釣りに使った竿を持たされ、自分が釣り上げた獲物の横で写真を撮影してもらった。

 そして船長からスマホを受け取ったその直後、地元メディアと名乗った初老の男性カメラマンが私に断りを入れてきたため、了承するとすぐさま撮影に入り3枚ほど笑顔の表情で撮影した。

 その後取材がはじまった――。

 

「ありがとうございました。この写真は明日の新聞に載せさせてもらいます。いやはや凄い! おめでとうございます! 釣ったマグロはどうしますか?」

「ウマ娘のトレーナーの仕事をしているので、学園の子達と食べられたらいいなと思っています」

「え? まだかなり若そうなのにトレーナーだったんですかい! それは驚いた! あ、新聞用に年齢と名前をお願いします!」

「―――・望月・――――――。年齢は16です」

「―――さんね……はい!? って!! アンタまさか中央の!?」

 

 カメラマンの男性が私の顔をまじまじと見てからそう叫んで声を失い、周りの人はざわざわと騒ぎ始め、ニコニコと笑顔を浮かべていた船長も目を丸くし、雪まつりの雪像のように動きが固まった後大笑いして私の背中をバシンと加減しながら叩いた。

 

「そうか、アンタが噂のトレーナーだったのかい! こりゃ驚いたわーまさかあの話をしていたのが本人だったとは! あはははは!」

「変装した上にお忍び名を使って黙っていて申し訳ございませんでした。騒がれるのが嫌だったもので……」

 

 そういって船長は自身の胸の前で手をばんばんと打ちながら笑い転げている。そして本当の名前を名乗っていなかったことを釈明すると――彼女は左手の親指をぐっと立てて、冬の港の中をぱっと照らすような、まるで真夏の太陽の様な笑顔を浮かべた。

 

「相当な装備を携えて若い子が来たから、最初からどこかのお嬢様じゃないかとは気付いていたよ。誰だってひとりになりたい時もあるからきにしなさんな。流石他国とはいえダービートレーナーだけあって立派な結果を掴んだねぇ。きっと来年はアンタたちがダービーを勝つだろう。本当におめでとう」

 

船長から差し出された右手に私は自身の右手を伸ばして掴み――固い握手を行った。

 

「これは船長のサポートが無ければ無理だった戦果です。本当にありがとうございます」

「嬉しい事を言ってくれるね! さあ、マグロを教え子さんたちに送る準備をしようじゃないか。リボンをつけるかい?」

「ふふふ。――時期が時期なのでリボンをかけるのも良さそうですね。あ、その前にルドルフに連絡入れていいですか?」

「あいよ。画像はファイルに入ってるはずだからそれも送ってやんな。マグロは先に箱に詰めさせてもらうね」

 

 私は左手に持っていたスマートフォンから通信アプリのLEADを起動し、ルドルフにまずマグロと一緒に笑顔で映っている私の写真を送り――『とったどー! 今から帰ります。あとこのマグロ、料理人とか用意はこっちでするから生徒会のクリスマスパーティーに出しませんか? 一人では食べきれそうにないので。いまから箱詰め作業に入るのでまた後で!』とメッセージを追加して送信――。

 

"――でっかいマグロ、喜んでくれるといいなぁ――"

 

 私は狩った大物の配送準備をするべく、船長に声をかけて作業場に向かった――。




【二次オリ設定の引用元など】

 このふたつは二次設定突っ込んであるので注意してください。

◇abema特別生放送第3Rより『ウマ娘はエルフのようなもの』◇
 とりあえず年齢に関してはウマ娘の歳の取り方は、ある一定以上育ったあとはエルフみたいな感じじゃね? 説の設定で書いて行きます。
 って事にしとけば、シンボリルドルフさんがずっと会長してたり、キタサンブラックさんたちが入学するまで、トウカイテイオーさんがお変わりない姿であることなど、話が書きやすいのでココの妄想ではサイ〇人みたいなもんと解釈します。

 そういうのキライだよって方いらっしゃいましたら申し訳ないです。

◇勝負服の謎◇
 公式設定曰く『勝負服を着ると力がわいてくる』ようです。
 勝負服はURAから支給されたり、デザイナーが作ったりするみたいですが、ヒールの高さなどはどうやら変わってないっぽいなど不思議ですね。

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