IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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ルドルフ視点です。


第2章ー海外遠征ークラシック期
『松の内』1年目の新年


――20XX年+1 元旦 午前7時半――

――府中市 某神社――

 

 今朝は年末から2人でコツコツと作り貯めたお節を朝食として食べ、少しゆっくりしてからトレーナー君と初詣に向かう事に。

 制服と学園指定のコートに着替え、キャメル色のトレンチコートにいつもの髪型とスーツ姿のトレーナー君と、早朝の冷たい風を受けながら共に走り抜け――色とりどりの屋台が立ち並んだ府中市内の神社に到着。

 

 北向きに建てられたこの神社の鳥居の内側を覗き込むと、ずらりと並ぶ色とりどりの屋台とシンプルな提灯の飾りが奥まで続き、その参道には着物姿で行きかう者たちの往来でひしめき合っている。

 そして色彩鮮やかな新年の光景を目の当たりにした私の隣にいたトレーナー君は、大粒のエメラルドのような瞳を感動で潤ませ大きく見開き、息を飲むような様子を見せた後……。

 

 

 彼女は感嘆の色を含む白く長い息を吐いた――。

 

「――書籍でしか知りませんでした。――三箇日の境内はこんなにも賑やかで、色鮮やかで綺麗なんて……!」

 

 心を奪われたかのように目を細めて慈しむ様に、その景色に心を動かされている彼女の姿を見て、苦手な早起きをしてこの景色を見せるために連れてきて良かったなと私は思った。

 

「――気に入ったかい?」

「はい!…… って! ボーっとしてすいません。手水舎で手を洗ってから参拝列に並びましょう」

 

 感情の高ぶりを見せた事を恥じるようにトレーナー君はふいっと顔を下に向けた。

 

「ふふ、生徒会や新年のあいさつは午後から向かう予定だから、慌てなくても大丈夫だよ」

 

 込み合う境内で迷わないよう、トレーナー君に自身の左手を差し出すと、彼女は『ありがとうございます』といって右手を少し恥ずかしそうに差し出してきたのでそれを取った。

 鳥居をくぐり露店を気にしているトレーナー君の手を引きながら手水舎に到着し、柄杓で手を洗ったあと参拝列の最後尾を目指し進む。

 

 その途中――まるで優雅に池を泳ぐ錦鯉のように色鮮やかな振袖を纏う、私より年上と思われるウマ娘の集団とすれ違った。

 私とトレーナー君は首を動かしながらその雅な一行を眺めた後、まっすぐ前を向いたタイミングでトレーナー君から声がかかった。

 

「流石に新年になると民族衣装が増えますね。――ところで、先程から境内にいる女性の袖の長さが違うのはなぜですか? 独身か既婚者かなどの立場によって何だか区切られているように見えます」

 

 どうやらトレーナー君は境内ですれ違う着物の女性の特徴の差に対し疑問に思っていたようだ。マイナーな日本文化に詳しいかと思えば、意外な所で疎い面がある彼女のために私はきちんと説明する事にした。

 

「目の付け所が鋭いね? そうだよ。立場によってすべて違う。未婚の女性のみが着用できる着物を振袖という。振袖には3段階ほどの袖の長さがあり、最も長いのは挙式に用いる大振袖、先程すれ違ったのはそれより少し短い未婚女子の正装の中振袖。そして袴を着用するならそれより短い小振袖になる」

「――では結婚した方の袖はもっと短いのですか?」

「その通り。小振袖よりも袖の短い着物がメインで振袖は着られなくなる。だが独身でも一部袖が短い着物でも着られる物もあるにはある」

「なるほどー。詳しい資料を見たことが無かったので興味深いです。本日の風景はまるで日本庭園の池や金魚鉢みたいに色鮮やかで美しいですね」

 

 トレーナー君は様々な色彩に満ちた境内の景色に酔ったかのように、うっとりとした表情で微笑みを湛えている。

 

"――来年は一緒に振袖を着て、参拝するのもいいかもしれないな――"

 

 それはトレーナー君にとっていい思い出になるかもしれない。そして顔が整った彼女ならきっと何を着ても似合うはず――。

 どんな色が似合うだろうか? メイクは? 帯はと想像上で着せ替えを楽しんでいる内に、参拝列の先頭まで15人ほど後ろの最後尾に到達し、私が右に、トレーナー君が左に並んだ――。

 

そしてトレーナー君に参拝方法を説明しているうちに順番が巡ってきた、私と彼女は先頭に立ち2礼2拍手1礼――。

 

"――今年もよろしくお願いします。皆が平穏無事に過ごせますように見守っていてください――"

 

 ちらりと横を見るとトレーナー君もきちんとこなしているようだった。そして後続に順番を譲るために右にずれて参拝列から離れた――。

 

 まだ生徒会のあいさつ回りまでは時間が余っている。

 そのため甘酒を貰ってから露店を巡り、それから学園に向かおうと提案するとトレーナー君は嬉しそうにそれに乗ってきた。

 しかしその前にお手洗いに行きたいらしく、拝殿の外にある神楽殿の前で待ち合わせということで一旦別行動となった。

 

  ◆  ◇  ◇

 

 神楽殿の前は通路からは少し離れており、込み合い具合が軽減されていた。

 私はその隅の邪魔にならない所でスマートフォンを開いてウマッターを起動――新年のあいさつを書き込んで境内の風景を添えてアップし、その後生徒会の目安箱と、ウマッターにある生徒会の共有アカウントアクセス。

 新着メッセージが入っていないのを確認し、共有アカウントにも挨拶を書き込んだ後、ネットニュースの見出しを見ていると――。

 

「あーやっぱりいたいた! あけましておめでとうルドルフ!」

 

 聞き覚えのある声が降って来て顔を上げると、込み合う境内を背景にクラシック3冠ウマ娘――ミスターシービーが初日の出のような温かい雰囲気とともに登場した。

 

「あけましておめでとうシービー。君のトレーナーは一緒じゃないのかい?」

「15分後に表で待ち合わせしてるんだ。退屈だったしウマッターのルドルフの投稿をみてきちゃった。そっちこそ可愛らしいお嬢様(ミス・セレーネ)は? ルドルフが外泊でトレーナー寮に泊まりだったって聞いたから、てっきり一緒にいると思ったんだけど?」

「彼女は今席を外していてね、戻ってくるのを待っている所だ――ところで、何故泊まり先の事を君が知っているんだい?」

 

 泊まり先は連絡用に副会長の2人くらいにしか知らせていない。なのに何故シービーが知っているのだろうか? 疑問に思った私は彼女に尋ねてみることにした。

 

「おしゃまな娘達が噂してたよ。ルドルフがトレーナーさんとよくスーパーに一緒にいて寮に帰ってくのを見たって」

 

 どうやら発信源は私の行動だったようだ。きっと年末年始の食糧の買い出しの様子を誰かが見ていたのだろう。

 

「別に知られて困ることではないが、年頃の子達の情報の早さには驚くものがあるね」

「確かに。私も時々ナイショにしてたことがバレててびっくりするよ! で、ルドルフの年明けの始動は弥生賞から?」 

「ああ、弥生賞を走って勝って、皐月もダービーも勝つ。そして絶対に海外に行く」

「いいね! そして国内クラシックの三冠目を取って、アタシとジャパンカップで勝負!」

 

 そういって右手をグーにして私の前に差し出したシービーに同じく、右手の拳を軽くぶつけ――。

 

「ああ。必ず成し遂げて私が……いや、我々が勝つさ」

「お? おお?! そういう言葉が来るとは思ってなかった! これは思ってた以上にミス・セレーネと気が合うみたいだね? それは上々――こっちとしてもそのほうが楽しいレースが出来そうだし! ――まあ勝つのはアタシらだけど!」

 

 大胆不敵な笑みを浮かべるシービーに同じような表情を浮かべて返す。

 シービーは夏に脚を痛めたのを皮切りに、激しい体調不良に見舞われつつも自身のトレーナーと共に乗り切り、菊花賞を常識破りの戦法で勝ち『神が讃えしウマ娘』が打ち立てた記録を超えた。国内で己の超えるべき相手となった彼女との勝負はきっと楽しいものになるだろう――。

 

 そして静かな闘志の飛ばし合いをして戯れていたその数秒もしない内に――。

 

『ルドルフーごめん! お待たせしましたー!』

 

 白い吐息を切らせ、頬をリンゴのように軽く赤く染めたトレーナー君が、片手に木製の札の様なものを持って右の視界からこちらに走ってきた。

 そしてトレーナー君は『ん?』とした表情をした後私の傍にいるシービーの存在に気付いた。

 

「あ! シービーも居たんですね。あけましておめでとうございます!」

「あけましておめでとうミス・セレーネ。恰好から察するに年始からお仕事かい?」

「まだ新人なので顔位は出しておこかなと」

「なーるほど、それはある意味大変だ。――おっと、アタシの方はそろそろトレーナーを拾いに行かなきゃ。今年2人がどう私の記録を追いかけるか楽しみにしてるよ。またね!」

 

 シービーは軽い足取りで去っていき、残された私の前にトレーナー君がマジックと、絵マを差し出した――絵マには巫女服姿で舞う浮世絵風のウマ娘が描かれている。

 

「これを忘れてました! 折角ですから絵マに願掛けをしていきませんか?」

「ふふ、そうだね。今年は我々にとって重要な年だからこそ神頼みも大切だろう」

 

 私は差し出された絵マを受け取った。

 そして正月のお祭り気分を境内で楽しんでから学園に向かうことにした――。 

 

 

  ◇  ◆  ◇

 

――20XX年+1 元旦午後19時45分――

――トレーナ寮の彼女の部屋――

 

 夕食には冷凍庫に買い置きしておいたというカニしゃぶ鍋が出てきたりと、金銭感覚がそろそろ麻痺しそうな気がしなくもないが大変満足のいく食事内容だった。

 そして入浴してナイトウェアに着替えた私はコーナーソファー付きラグに背をもたれ、生徒会の目安箱のメールをチェックしてみるも、特に新着メッセージはなかったのでその後はぼーっとしつつCMの流れる大画面の薄型テレビを眺めていた――。

 

 私の左側にいる髪を下ろした姿のトレーナー君はというと……。

 シルク生地のナイトウェアワンピース姿に膝には薄手の茶色いチェック柄の膝掛けをかけ、先程から羽ペン型タッチペンを片手にタブレットを操作し財閥からの依頼をこなしていた。

 

 午後は三箇日という事もあり、皆にもゆっくりして貰おうと考えた私は、周りの者が気にかけて残ってしまわないよう、今しなければならない事だけを早々に終わらせてさっさと上がった。

 そして同様に仕事を終わらせていたトレーナー君に連絡して合流し、年始から初売りをしている近所のショッピングモールに連れて行ったり充実した1日だった――。

 

 年始の業務内容で特に変わったことがあったかというと、あるにはあった……。

 それは生徒会宛に届いていた年賀状の中に『トレーナー君の養父』と、『彼女の警護を担当している責任者』からの2通が混じっていたことだった。

 

 トレーナー君が来日する前から生徒会と理事側の了承の下、学園内にスタッフに交じって密かに護衛となる者が配置されている――。

 

 編成は学園内に数名常駐、他のメンバーは外出時の風景の中に溶け込んでおり、半人半バ(セントウル)、ウマ娘などで構成された財閥の私兵だという。

 彼女たちは学園への迷惑料として生徒達の事も見守ってくれており、お陰でストーカー被害や、空撮による生徒の盗撮といった諸問題が一気に激減。最近は警備とも連携が取れておりセキュリティが大幅に強化された。

 

 そしてその警護責任者は今年から担当が変わるらしく、新任として派遣されてくるのは昨年夏に行われていた会議に来ていたウマ娘であった。

 ペリドットの様な薄緑の瞳に、赤い煌めきをもつ黒の短い髪――そしてやや長めの細い耳が印象的だったその護衛から送られてきた年賀状は、毛筆かつ直筆と思われる達筆な日本語で書き綴られていた――このウマ娘は日本語が話せるとのことらしい。今年からやり取りが気楽になりそうだ。

 

"――しかし、大富豪の娘ともなれば当然と言えば当然なのかもしれないが……いささか厳重過ぎるような気も……――"

 

 学園にはトレーナー君の他にも欧州の貴族身分の者や、資本家の娘などがおり、護衛が付いていることはさして珍しい事ではないのだが、その中でも群を抜いて厳重な警護がなされている。

 

 そんなことを私が考え始めたとき、左隣のトレーナー君がうーんと唸り始めた――。

 

「眉間にシワを寄せてどうしたんだい?」

「うーん……最近日本にきた私の叔父さまがいるでしょ? そこからのヘルプで難題を攻略中なんですが、上手く知識を組み合わせられなくて頭が痛い所なんですよ」

 

 トレーナー君の養父は3つ子であり、末っ子にあたる彼女の叔父は天才的な外科医として有名で、再生医療を得意とし、新聞でも大きく取り上げられるような人物だ。

 以前論文をいくつか拝見したのだが、共同研究者の中にトレーナー君の名前が記載されていることがあった。その事について不思議に思っていたのだが、彼女の今の発言によって記載されていた理由が明確になった。

 

「確か凄腕の名医と噂の方だね? そこからの難題とはいったいどんな内容なんだい?」

 

 興味本位から尋ねてみると、『まあ話せる内容ではあるか……』といって、トレーナー君はタブレットをポンポンとタッチペンで操作して――。

 

「うーん……センシティブ。ルドルフは死体とか――外傷無しの氷漬け的なものは苦手ですか?」

「いや、大丈夫だよ」

「なら問題ないね。どうぞ――」

 

 画面には氷漬けにされた人間の遺体が映し出されていた――皮膚はミイラ化しており褐色を帯びて顔色が悪いが、頭髪などはしっかり残っている。

 

「画像はウマ娘と出会う前の年代の地層から発掘された人間の氷漬けです。紀元前の彼らと現在の人間やウマ娘――それぞれの遺伝子を比較し新しい再生治療方法を見つけたい。その為の研究が行き詰ったので私に考えてくれって事でした」

「なるほど。ウマ娘と出会う前の人間達の遺伝子型を調べれば新しい発見があるという事かい?」

 

 そう聞き返すとトレーナー君はタブレットの画像をポンポンとタッチして仕事用の画面に切り替えて、作業を再開しながら私にその続きを答えてくれた。

 

「そういうことです。……上手くいけば今治せない傷病がいつか治せる日が来るかもしれません。――あと……」

「あと?」

 

 一瞬表情に力が込もり、険しい表情を浮かべたトレーナー君はゆっくりと瞬きをした後、表情を元に戻しながら言葉を続けた――。

 

「あってほしくないですが……万一の場合ルドルフの選手生命を守る事にも繋がりますし、保険としてもこの研究は急ぎたいところです」

「気遣いありがとう。その発明は私にだけでなく、皆の役に立つだろうから是非頑張ってくれ」

 

"――トレーナー君の財閥の仕事は頭脳労働と聞いてはいたが……なるほどな――"

 

 『話せる内容ではあるか』という先ほどのボヤキの部分。そして好きなことをしてフラフラしていても、財閥内で高い地位が約束されている。

 それらの情報から考慮するに、警備が厳重なのもトレーナー君は私の思っている以上に『金の卵を産む鶏』だからかもしれない。

 彼女の存在そのものに価値があるなら、これほどまでに厳重な警備を敷いているのも納得できる内容であった。

 しかしそれと同時にこんな話を私にしてもいいのか? という疑問がわいたのと心配なのでトレーナー君に問う事にした。

 

「ところで、そんな重要そうな話を私にして大丈夫なのかい?」

「まずルドルフは私を危険にさらすようなことをしないと確信しています。そして明日にはこの研究の途中経過を科学雑誌『Physice』(ピュシス)に載せるので問題ないです。それに私はアシスタント枠でしかないし、今はトレセンのトレーナーですから中核人物として狙われることは無いでしょう――今の所周囲からも親戚や、養父の七光りくらいにしか思われてないでしょうし。後ろ盾になってくれている米国の事も考えてもその利益に反しない限り、私の身の安全は確実に保証されているはずです」

 

 トレーナー君は私に向かってニコリと笑みを浮かべた。

 そんなやり取りをして居る内に20時になってテレビのCMが止み、年始の特番が始まった。

 

『さて、今夜の―――――は、豪華絢爛! 世界セレブ特集です』

 

「年始は番組内容も派手なんですね」

 

 トレーナー君はタブレットから目を離さずに操作しながら私に言葉をかけてきた。

 本人曰く、トレーナー君は並列思考が得意で物事を同時処理して考えるのは容易いとのこと。故に仕事をしながら集中力を切らさず、かつ会話を楽しむことが出来るらしい。

 

「まあ年の始まりは景気の良い内容が多いからね――ふむ、セレブ特集か。君の実家も富豪中の富豪だし、もしかしたら出るんじゃないか?」

 

 そう問うとトレーナー君は顔を上げてテレビ画面の方を向いたまま首を傾げた後、またタブレットに視線を落としながら会話を続ける――。

 

「無いと思います。基本的にお養父さまと叔父さま達は、各国で経営しているホテルでの生活を主とし、生活拠点を積極的に持たないんですよ。広大な屋敷を持つより使用人の生活と福利厚生を重視し、警備の厳重な物置や銀行、そして貸金庫さえあればホテル暮らしの方が楽ですから。――富をひとり占めするよりそのほうが良いですしね」

「随分と効率的な暮らしなんだね――それなら出てこないか」

 

 私は会話をいったん打ち切り、テレビに視線を戻して番組を見ることに集中した。

 最初は中東の富豪の話で自宅に猛獣を放し飼いにしたり、豪邸を見て回るありきたりな話がCMを挟みつつ30分ほど続いた。内容が無さ過ぎるのでそろそろチャンネルを変えようとしたその時だった――。

 

『――CMの後! 娘の誕生日に××××をプレゼントとして贈った、ある有名財閥のトンデモエピソードが!!』

 

「「……」」

 

 横に座るトレーナー君の動きがピタリと止まり、沈黙のなかCMがだけが数秒間ほど空間を支配しながら流れていった。

 そしてトレーナー君の顔色がまるで時を取り戻したかのように、真っ青な色へとゆっくりと染まり、そっと彼女はペンタブとタブレットを左側に置いた――。

 

「ごめんルドルフ、チャンネル変えよう!!」

 

 まるでゲートが得意なシュンメの如く素早く動き、私との間に置いてあるリモコンをもぎ取ろうとした! 

 けれど続きが見たかった私はそれより早く左手でリモコンを奪い、右手に持ち替え高く掲げた!

 

「ちょっと!! ルドルフそれを返してください!」

「私が見たいから却下だ」

「家主の私に主導権は無いのですかー!」

「ないな。それにテレビを見ていたのは私だよ?」

「そんなぁ!」

 

 切羽詰まったトレーナー君は何とか続きを見られまいと、一生懸命にリモコンに手を伸ばしてきた。

 が、そう出てくるのは予想済みだったので、リモコンをラグの端に片手で滑らせ、そのままトレーナー君をこちら向きに両腕で抱きしめて捕まえる。

 若干力が足りず、私の腕の中で『こら!! 離しなさい!』と脱出を計ろうと、もがいているトレーナー君に『私がこれを見終わったらね?』と返してそのまま完封。

 そして番組の続きが始まるのを暴れるトレーナー君とじゃれ合い戯れながら待っていた。

 

 続きが始まると観念したトレーナー君は『生き恥だ……』と小さな声を漏らして大人しくなった。

 

 放送された内容は彼女が幼いころ、ふと『リゾート地って良いね』と言葉を零したばかりに、他の富豪が中途半端に作って放棄していたカリブのリゾート地を養父が買い取り完成させ、彼女の名前をつけてリニューアルオープン。そして誕生日にプレゼントしたというものだった。

 しかも毎年誕生日になると、トレーナー君本人の居るいないに限らず花火大会が開かれ、今では世界有数のリゾート地としてその名を連ねているという……特大級の親バカエピソードだった。

 

「……ああ、恥ずかしくて明日職場に行けない。こんなの公開処刑ですよ」

 

 世界の終末でも見てしまったかのような表情を浮かべた後、トレーナー君は顔を両手で覆いながら私の腕の中でそう呟きしょぼくれていた――。

 

"――これはやられる側としては恥ずかしい限りだな……――"

 

「知られたくない気持ちもわからなくもないね。出勤についてはまあ、その……頑張りたまえ」

 

 そうやってぽんぽんと励ますように頭を撫でた後に、抵抗する気を無くしたトレーナー君を離した。

 トレーナー君は左横の元の位置に座り直した後、手櫛で乱れた髪を整えてはじめ――。

 

「お誕生日を祝ってくれるのは嬉しいけど、毎回あんな事までされたら流石に恥ずかしいです。何れ知られる可能性はあるにしても、羞恥心で蒸発しそうです」

 

 髪を整え終わった後、体育座りのように膝を立ててそこに顔を埋めるトレーナー君。そんな彼女の耳の部分はその心情を表すかのように真っ赤に染まっていた――。

 

 人間や半人半バ(セントウル)の耳はウマ耳のように動かないので感情は殆ど読めないが、このように恥ずかしい時だけ色が変わるのでウマ娘の私からすれば大変興味深い様子であった。そんなことをふと思いつつ、私は以前より気になっていた誕生日について触れてみることにした。

 

 それはトレーナー君の出自が孤児という事もあって大変聞きづらい内容であったが、今の会話から察するに特に気にしていないようだ。いろいろなものを貰ってばかりだし、何かささやかながら返したいと思う気持ちから私は触れにくかったその話題を切り出した――。

 

「ところで、君の誕生日は今月の5日なんだね?」

 

 そう声をかけるとトレーナー君はゆっくりと顔を上げた後、右手を自身の顎に手を当てて何か考え込んむような仕草を数秒した後に私の方を向いた――。

 

「そういえばまだ教えてませんでしたね。正確には『私が見つかった日』ですが、そうなります」

「なるほど――いつも貰ってばかりだから、私からも君に何かお祝いをしてもいいかい?」

 

 そう尋ねるとトレーナー君は眉尻を下げつつも照れたような表情で笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、ルドルフは学生さんなんだから、あんまり気負って無理しないでね?」

「わかった。君を心配させるようなことはしない。当日の夜にケーキとプレゼントを用意して遊びに来るから楽しみにしていてくれ。アレルギーや好き嫌いはあるかい?」

「どちらも特にないのですが、強いて言うなら苦味や酸味が苦手です。なのでフルーツは酸味が少なくて甘いのが好きですね」

「なるほど――今ので大体わかったよ。当日を楽しみにしててくれ」

「ふふ、――はーい」

 

 我々は顔を見合わせて微笑み合った。

 

 この緩く穏やかな日々も日付を跨げばあと2日。

 自然と我儘が言えて、それに対してトレーナー君の表情豊かな反応があって、素の気持ちで話せるこの時間が何よりも癒される。

 そしてインスタントまみれの生活をさせないよう、きちんと食事をとらせることには成功したが、そんな目的外の方で寧ろ楽しんでいる自分がいることに気付いた。

 私は充実感に浸りつつもそんな自分自身を鼻で笑った――。

 

「どうしたんですかルドルフ? 何か凄くニコニコしてますけど……?」

「いや、君の健康管理が心配で来たはずなのに、私の方が楽しんでしまっているなと思ってね」

 

 正直に告げるとトレーナー君はニコリと笑った。

 

「いいじゃないですか。私に自堕落生活をさせないという目標は達成されているわけですし」

「それもそうだね。――所で仕事は終わりそうかい?」

「脳が追い付かないから寝て脳の情報整理し、また昼間トライします。なので今日は終わりです! 寝る前にホットミルクを淹れてきますが、ルドルフは要りますか?」

「私の分も頼むよ。お疲れ様トレーナー君」

「ありがとうございます。では、ちょっと待っててください」

 

 そういってトレーナー君はキッチンの方に軽い足取りで向かっていった。

 

"――とはいったものの、何を贈ろうか……――"

 

 食べ物以外の物欲が殆どないトレーナー君に物を贈るということは難題であった。資金力に物を言わせたものはきっと見飽きているだろう。

 キッチンから響いてくる生活音をBGMに私はこの難解な問題にとりかかった。

 

 翌朝から数えてタイムリミットは3日後。殆ど時間が無いためオーダーメイドは無理。それでいて関心を引くプレゼントともなると何が最適だろうか……。

 私は腕を組みながら思考回路をフル回転させてその答えを探しはじめる。

 

"――紅茶はすでに贈ったし、ティーセットも揃っていた。となると……ん? まてよ、そういえば――"

 

 記憶に引っかかったのは午後に生徒会と仕事が終わってから、向かったショッピングモールで見かけた彼女の様子だった。

 

 新年ネタのダジャレTシャツ福袋買い込んだ後、トレーナー君の希望で訪れた雑貨店で我々はある品物を見かけた。そしてその品物のデモンストレーションを見ていたトレーナー君が、境内を見ていた時と同じ感動した表情を浮かべていたのを思い出した。

 

 トレーナー君が感動した表情で見入っていたのは、黄道12星座の彫刻が施された円形の木製台座の上に、直径6センチくらいの無色透明なガラス玉が乗っているオルゴールだった。

 

 そのガラス玉の内部にはレーザー彫りされた横向きの銀河が立体的に描かれており、暗所で起動すると台座内部のLEDが点灯――そして、ゆっくりと回りながらオルゴールの音を響かせると共に、ガラス玉の真上に三日月を映し、その周囲を巡るよう星空を模した光で満たす。簡易プラネタリウムとオルゴールを組み合わせたような神秘的な作品だった。

 

 

"――手が込んでいる割に値段はさほど高いものでもなかったはず――"

 

 そう思った私はポケットに入れていたスマホを取り出し、検索エンジン『Goggles』を起動。そして商品名はすぐにキーワード検索から特定できた。

 どうやら海外の有名オルゴールメーカーの品らしく、念のために見た『Amazones.com』のレビューも悪くない。

 

 

"――学生が手を出せる品物で、上品な贈り物になるだろう。よし、あのオルゴールにしよう――"

 

 その品物のページをブックマークしている内に、トレーナー君がマグカップを両手に携えてキッチンから帰ってくる気配が近づいてきた――。

 

 

   ◇  ◇  ◆

――おまけの後日談――

 

 翌日。トレーナー君は生徒たちからあの番組の内容で絡まれて真っ赤になったり、件の年末に発刊されたゴルシちゃん新聞の号外の内容を読んで卒倒してひっくりかえったり、いろんな意味で忙しい1日を過ごしていた。

 

 そしてその数日以内に迎えたトレーナー君の誕生日。

 お互いの共通の好物であるリンゴを甘く煮て、カスタードたっぷり使用したフルーツタルトを手作りし、例のオルゴールを片手にささやかな誕生日会を開く――。

 

 その予定だったのだが……。

 

 誕生日が全国放送されたことと、トレーナー君自身の日頃の行いが良く人望が厚い結果――タイキシャトルやハヤヒデ達など、トレーナー君を慕う生徒が日頃彼女が行っている善行のお礼を兼ね、私の方へ誕生日パーティーをしたいという打診が持ち掛けられた。

 そのため急遽学園の方で空いている場所を押さえてまとめて行う事とし、当日のお祝いは盛大なものになった――。

 

 パーティーでは考案した本人すらルールは不明という『チケゾーゲーム』に参加したり、カーレースゲームを楽しんだり大変賑やかなひと時を過ごす事が出来た。

 そしてそれと同時に我が学園が、ずっとウマ娘達の傍で育ってきたトレーナー君にとって、新しく帰る場所になりきちんと機能している事を目の当たりにして安心することができた。

 

 

 

 トレーナー君をルイビル校から迎えて連れて来たのが約1年前。

 ――あと3か月と少しでいよいよクラシック戦線が始まる。

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