IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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84年『GⅢ弥生賞』の史実をモデルにした話です。
中山の建物は描写が難しいと判断したため18年以降モデル。
悩みましたがグレードはGⅡでいきます。

【出走表】いつものやつ

【挿絵表示】

前半トレーナー君視点。中盤ルドルフ視点。後半????視点


『無敗対決』弥生賞 GⅡ

――20××年+1 3月1日 13時45分――

――日本トレセン学園 グランド外付近――

 

 

 ルドルフのトレーニングに必要な物品を唐草模様のエコバッグに詰め込み、私はグランドを目指していた。ふと顔を上げ空を見れば快晴――だけれども。

 

"――なんでこう異常気象に当たるんだかなぁ――"

 

 現在の府中市の気温は5度――例年平均よりも4度前後低い。

 寒い春に長く激しい暴れ梅雨。それから猛暑に続いて台風直撃祭り――そんな昨年の冬の始まりは10月に北海道で初雪を観測したことに始まり、2月半ばの新潟には1日で約3mの最深積雪を記録し、その影響によって家屋の倒壊や雪崩や雪下ろしによる事故が全国的に多発。

 

 所謂『大雪の当たり年』だった――太平洋側でも転倒事故や農作物に被害が続出たため、お野菜類が大好きなウマ娘達の懐事情も直撃している。

 そしてもう3月だというのに東京郊外ではいまだに積雪が観測されるという。

 

"――保温用に『laureate(ローリエト)』を開発しておいて良かった――"

 

 ルドルフのメイクデビュー時に使っていた、保温を兼ねた美容クリーム『laureate(ローリエト)』。

 昨年の9月から寒波が来ることを予想していた私は、学内の売店に学生さん向けの量産型『laureate(ローリエト)』を置かせてもらっており、この塗るヒートテックは使うと寒さを軽減出来るという口コミを呼んで学園内外で飛ぶように売れた。

 

"――こっちは遠征費用とか稼げたからいいんだけど……――"

 

「――ルドルフの心労をこれ以上増やさないくださいお天道様」

 

 皆の平穏無事を願ってやまないルドルフの心を乱さないで欲しい私は、寒気渦巻く空の中点に座す陽光の主に向かってそうぼやいた。

 こうなったらテルテル坊主をかけっぱなしにしようとも考えたが、そうすると今度は干ばつが心配になるのでやめておいた。

 

"――気候もご機嫌斜めだけど、今日は東条先輩もなんか機嫌悪かったような?――"

 

 今日はお昼にメガ盛りニンジンハンバーグが食べたい気分だったので、ひとりでカフェテリアへと食事に向かっていると、同じタイミングで食事に来ていた東条先輩と、南坂先輩と鉢合わせた。

 

 東条先輩は私の上司でトレーナーの中でも一目置かれる女性だ。

 育成方針は受動的な子向きの管理重視。一見すると硬派な印象を受けるが、レース場で見ていると、熱くなって『いけー!』とか腕振り回しながら叫んでる所を見かけるくらい実際は熱血系。気持ちが先走ると言葉が足りなくなるので、色々と勘違いされてしまう損な面がある。

 

 南坂先輩は私より少し早くトレセンに入った方で、ウマ娘や女性陣にとても人気のある爽やかな雰囲気の男性だ。

 一見するとゆるふわ系に見えるが、決断力と処世術に優れ、能ある鷹は爪を隠すという言葉がよく似合う。交友関係が大変広いため学園外に施設を借りに行けたり、副業の稼ぎでチームをハワイ合宿に連れて行けてしまう。

 

 そんな先輩方2人と成り行きで昼食を取ることになり、雑談の流れで『腐れ縁のトレーナーがいて、その人また飲み代足りなくて建て替えた。もっと計画性を持ってほしい』という東条先輩の愚痴を聞いてしまったのであった。

 

 東条先輩を悩ませているトレーナーの腕は確かなのだが、ウマ娘のために予算を無計画に使い切ってしまうきらいがあり、そして飲み代が足りなくなることがあり東条先輩に助けを求めてくるのだという。

 そんなこんなで東条先輩はそのトレーナーと親交が深く認めつつも、何となく反りが合わないんだとか?

 

"――そういえば私、そのトレーナーさんにまだ会ったことが無いような??――"

 

 何だかんだ都合が合わずそのトレーナーとの面識は無い。

 そのトレーナーの外見的特徴は、南坂先輩曰く黄色いシャツにチョッキ姿で飴を咥えた男性らしい。

 

 お昼の事を何となく思い出していた内にグランド入り口の、スタンド下のトンネルに入って待ち合わせ場所まであと5分以内といったところまできた。

 

"――気にはなるがその内会うだろう。さて! 今日の追い切りタイム計測はりきっていき――"

 

 そのときだった。

 

 

 仕事スイッチをオンにしながら、トンネル内部を歩きその出口寸前に近づいた所――。

 

『おい! アタシの脚をこう何回も撫でようとは太てぇ野郎だな!!』

 

 怒鳴り声が聞こえてきたのはトンネルの外――見切れて見えてないが、右側だろうか? おそらくゴールドシップと思われる怒号が響き渡った。

 

 びっくりした私は出遅れたが、荷物をトンネル出口の端に置いてすぐにその後を右折すると、耳を伏せ怒髪天状態のゴールドシップの後ろ姿がまず見えた!

 

 怒鳴り付けられていた相手は黄色いシャツにチョッキを着た男性トレーナーで、今にも気に入らない事をされたゴールドシップが飛びかかりかねない状況だ。

 

 ブチキレた原因はなんとなく察せられるがこのままだと色々とマズい!

 

「ストップ! ゴールドシップさん落ち着いて!!」

 

 後先考えずに後ろからゴールドシップに後ろから抱き着いて、私は彼女の逆鱗に触れた男性から引き離そうとした!

 

「離せ!! この野郎は今許されねぇ無礼をアタシに働いたんだ!!」

「気持ちはわかるけどまって! 誰か! 誰かー! 止めて!!」

 

 

 『何事だ!』とグランド側にいたエアグルーヴの声が響き、目の前の惨劇を収集すべくウマ娘やらトレーナーやらが集まってくる気配も迫ってきていた。

 

 今日はどうやら大安吉日だというのに、『大いに安し』ではないようである――。 

 

  ◆  ◇  ◇

――20××年+1 3月4日 午後14時半――

――『弥生賞GⅡ』 千葉県 船橋市 中山レース場 パドック前付近――

 

 江戸川区の東側――らんらんポートTOKYOBAY店から見て、北北西に4キロ位ほど離れた所に位置する中山レース場。

 ここは『有マ記念』の舞台となる日本一のレース場であり、この地で本日行われるのは『GⅠ皐月賞』の前哨戦である『GⅡ弥生賞』だ。

 

 建物の3階部分のベランダの柵の前に立ち、眼下に広がるパドックに目を落としている。

 そして私はルドルフの出番を待ちながら、先に出走している子達の様子やレースをパドック背景にあるビジョン越しに眺めていた。

 

「ヘイヘイ! そこのお嬢様! 焼きそばパン買ってくれよぉー!」

 

 背後から今では聞き慣れた調子のいい声がかかり振り返ると――。

 焼きそばパンを両手に持って差し出している、売り子の恰好をしたゴールドシップがにいつの間にか背後にやってきた。

 

「おひとつ貰いましょう。こんにちはゴールドシップさん」

「ちわちわ! でもって毎度! 300円な!」

 

 ゴールドシップから、焼きそばパンを受け取って小銭入れから100円玉を3枚取り出し代金を支払った。

 

「トレーナーが決まったそうですね? おめでとうございます。――という事は『本格化』を?」

 

 ゴールドシップが契約したトレーナーは、3日ほど前に彼女によって蹴り飛ばされていたあの人影だった。

 

 そのトレーナーは才気を感じるウマ娘に出会うと、後先考えずに脚部をチェックしてしまう癖があり、それでゴールドシップの逆鱗に触れ、派手に空中散歩する結果となった。

 

 このトレーナーこそが件の東条先輩の腐れ縁らしい。

 そしてこの契約の話は昨日トレーナー同士の噂話で聞いたので、もしかしたらゴールドシップが『本格化』したのかな? と思った私は問いかけてみたのであった――。

 

「いや、多分まだだ。あと"役者"が揃ってねぇのに出るのは、なーんか勿体ねぇから本格化してたとしてもまだ出たくない」

「――役者?」

「ゴルシちゃん劇場には役者が揃うのが重要だ。ハリウッドだってそうだろう?」

 

 ゴールドシップは私の右隣に立つと、焼きそばパンをひとつ左手に持ったまま、腕を組んで目を細めてうんうんと頷いた。

 

 役者とはどういう事だろうか? と思ったが、こういう謎の言動に疑問を抱いて尋ねても、高確率でゴールドシップにはぐらかされるので触れないことにした。

 

「そうなんですね。しかしそれにしては模擬レースで凄いタイムなような……」

「あたりめーだろ! アタシは天才。あーゆーおけい? それをいうなら会長サマはどうなるんだよぉ? 入学前からヤバイじゃーん」

 

 『本格化』――それは元の世界の競馬用語とは違うが、こちらの世界にもある『神秘』とも『科学』とも説明が付かない現象である。

 

 『本格化』を迎えていないウマ娘はレース後に息切れをしたり、体調不良に見舞われるが、何故か数字など科学的にその原因を判別するなど客観的な判断は出来ない。

 その『本格化』の判断基準は『食欲の増進』や『なんとなく系のもろもろの理由』など、よくわかっていないし私の方でも調査したことがあるが結局掴みきれなかった。

 

 ファンタジー的な言葉で言い表すなら『ウマ娘としての潜在能力の覚醒』といったところだろうか?

 

 そして星々の瞬きの名をを冠する戦場(トゥインクル・シリーズ)は『本格化』を迎えたウマ娘たちのシリーズとされているが――。

 

 実際には選抜戦や模擬戦のタイムでのみ参加の可否が判断されている。

 そのためレースの中で『本格化』を迎え、シニア級から猛威を振るう選手も居る。

 

 そしてそれとは別にルドルフやゴールドシップのようなパターンがある。

 そもそもの『地力』がぶっ飛んでいるからなのだろうか? 『本格化』しているのか全くわからないけど、タイムも良く不調も見られないといったケースも稀ではあるが存在する。

 

 この本格化によってもたらされた成長ピークの長さは個人差がかなりある。

 

「そうね。それを考えたら、ルドルフもゴールドシップさんも所謂『並外れた強者』なのでしょう」

「だろだろ? アタシはやっぱ最強! ところで――中山ってことは皐月賞の前に試走ってことか?」

 

 トリックスターのゴールドシップが、珍しくまともな話題を振ってきたことに私は目を丸くしてしまう。

 そしてあまりの展開にまごつきつつも話を続けることにした。

 

「ええ――同じ距離、同じコースで走って貰おうかなと。実戦での登り坂の適正も見ておきたいですね」

「言うのとやるのは違うしな。――そういえば去年の6月のイギリスのエプソムのレース見たか? 1着のやつアタオカだったな。Grandで最強って言われてるノッポ男が担当してる娘!」

Keith・Castrum(キース・カストルム)が担当しているFunctio(ファシオ)ですね?」

「おう! 黒ひげ危機一髪入刀的に言うとーアイツは絶対まぐれ(フロック)じゃない。あの実力なら100%アスコットに来るし確実にヤバイ相手になるだろうな」

 

 ゴールドシップがFunctio(ファシオ)を警戒するよう言うのは無理もない。

 

 Functio(ファシオ)は超重バ場のエプソムを逃げの後ろ1~1.5バ身の位置からずっとつけて、普通は脚が上がるはずの坂の手前――最後の直線で末脚を使って勝ったからだ――。

 


【エプソムダービー】

 英国 芝:2420メートル

 エプソムダウンズレース場で行われるレース。

 蹄鉄を伸ばして横に向けた⊂の字の左回りなレース場。

 その特徴を一言でザックリ表すなら、『中山の坂』を濃縮したコース。

 

 ◆特徴◆

 ・道が水平じゃなくてランダムに傾いてる。

 ・路盤は洋芝生やしただけの丘。

 ・スタートしたら⊂の字の上半分の部分まで約1100mの上り坂。

 ・上り坂の高低差は約42m(ウル〇ラマンの身長くらい)、坂の平均勾配は約3.8%

  ※中山の競バ場のラストの急坂で勾配は約2.24%

 ・一番高い部分からちょっと水平を挟む。

 ・次のカーブ部分から続く約23%の角度の坂をゴール手前1/4ハロン(50m)まで下る

 ・ゴール手1/4ハロン(50m)は急坂。

 (目測で高低差2~3m、向正面の勾配と同じくらい??)

 ・逃げ切はほぼ不可能(重要)

 

  ※注:エプソムの高低差ついては、参考にする本や情報誌によりブレがあり※


 

「――ええ、良バ場でもタフ過ぎて辛いのに、それに加えて超不良重バ場。なのにあんな形で勝利した彼女のスタミナやパワーは近年稀に見る最強クラスでしょうね」

 

 年明けに行った対アスコット用のデータ整理中、このレースを見たとき鈍器で後頭部を思いっきり殴られたような衝撃を受けた!

 

 その後は成績が振るわずあの勝利はまぐれ(フロック)だと言われているがきっと違う。

 

 ヨーロッパの中距離女王に輝くべく、きっと彼女と彼はキングジョージに向けてばっちり仕上げてくるだろう――。

 

 そして今年――1600mだった弥生賞の距離は2000mへと延長になった。

 今日のレースか皐月賞――そのいづれかでルドルフが皐月賞のレコードクラスのタイムで突破したとしても、Grandで最強のトレーナーKeith・Castrum(キース・カストルム)が仕上げてくるであろうFunctio(ファシオ)にギリギリ勝機が見えてくるかどうかといったところだった。

 

  弱気になりそうになった自分に喝をいれるも、元々遺伝子改良されただけの労働階級――ただのド庶民であった私はブルリと震えあがった。

 

"――気丈にならなければならないのに心はまた揺らいでる――"

 

 自身がオーバーテクノロジーな存在になったとしても、根っこの部分はそう易々と変われるものではない――。

 そんな自分の未熟さがなんとなく嫌になって、騒がしくわめきたてる自我から湧き上がる色々な感情と葛藤しながら俯いていると――。

 

「――噂だと会長サマとの大喧嘩で、偉そうなこと言ったんだろ? ならビビるのはずるい。お前が自分の事どう思ってるか知らないけれど、この世界の強者の一人であるのは間違いないんだ。一番強いんだぞって顔してろよ」

 

 そんな様子を見たゴールドシップからいつもよりワントーン低い声が発せられた。

 それはルドルフが放つ独特な雰囲気とはまた違う、強者特有のもの――私は驚いて顔を上げた!

 

 ルドルフの瞳の色味と似ているが、すこし明るめのピンク色をしたゴールドシップの瞳に、彼女の言葉に対してハッとしたような表情を浮かべる私が映り込む――。

 私が映るその瞳の持ち主である彼女の表情は、白いタテガミを持つ獅子の様な雰囲気を醸し出していた。

 

 こんなに真剣な表情をしたゴールドシップははじめてなので、あまりの迫力に息をするのも忘れて私の思考は固まってしまう。

 

 するといきなり彼女の口元が弧を描き――彼女の左手が伸びてきたと思ったら。

 

 

 ――私の額の中央に乾いた皮膚の音が一発響いた!

 

「ちょっ!」

 

 どうやら私はゴールドシップから思いっきりデコピンを食らったようだった。あまり痛くはないが狐につままれたような気分になる。

 パンを持っていない右手でベランダの縁の柵を掴んで身体を支え、ひーひーと息を切らせながらゴールドシップは笑っている――!

 

「貴女は本当に私をからかうのが好きですね」

「そりゃ何だかんだ乗ってくれっからなー!」

「まあ遊びですし。しかし、スタッフをあまり困らせてはダメですよ?」

「わかってるって大丈夫! つーか会長サマが一緒なんだから大丈夫だろうよ? もっと気楽にいけよ気楽にさ。――とり合えずパドック始まっちまう前に食べようぜ! せっかく食べやすいようにパンにしたんだからさ。ほらほら!」

 

 いたずらに成功して満足そうな表情をしたゴールドシップは、売れ残っていた焼きそばパンにかぶりつき始めた。

 

 私も小腹が空いていたのでそれ以上は突っ込みを入れず、彼女から購入した焼きそばパンの包装をはがし『いただきます』と言ってかぶりついた――。

 

  ◇  ◆  ◇

――20××年+1 3月4日 15時25分――

――中山レース場 内回り 本バ場 ゲート入り口前――

 

 少しバ場を確認しながら走り、その後立ち止まって周囲をゆっくりと見まわした後――じーっとターフ上の1点を見つめ、己の心の内と向き合うよう呼吸を整える……。

 

 そのあと目を閉じて数秒してから瞼を開けると、両耳に再び周りの喧騒が流れ始めた。

 

 本日のスタート地点はスタンド側の右奥なので、若い男性のアナウンスに乗せられて上がる観衆の声がいつもよりも大きく聞こえる。

 

『マエツニシキVSシンボリルドルフの無敗対決! 今年から1600mから2000mへと距離延長しての初開催となりました!』

 

 その理由は私とマエツニシキがメイクデビューから無敗で激突するという、見ている側からすれば大変盛り上がるレースが開催されているからであった。

 

 人気の低い者からゲート入りし始める中、私は軽く身体を動かしながら同じレースに出る者たちの様子を見まわした。

 私から2m程離れた位置で肩を軽く回している緑が主体の体操服を着たウマ娘――明るい栗色の毛並みを高く結わえ、長めの前髪の中央に太く白いメッシュが入った彼女の名前は『マエツニシキ』。

 

 去年の11月5日に開催されたメイクデビュー東京芝1400mからデビューしたマエツニシキは、その後1400mの東京で2回、1800mの中山、そして今年の2月に東京で行われた共同通信杯GⅢをすべて勝利してこの場にやってきた猛者だった。

 彼女もまた理論派として知られている両親から英才教育を施されて育っており、ここまでのキャリアは4戦。昨今のダービーまでの平均出走回数は9.3戦――弥生賞までのレースキャリアは私同様少ない方。

 

 そしてそんなマエツニシキが本日の1番人気だった――私は、初めて人気で負けた……。

 

『快晴に恵まれたものの、例年より寒い6.8度と肌寒い中山となりました。第11レースは芝2000m右回り、出走者は14名でバ場の発表は良バ場となりました』

 

 人気上位発表前の実況が始まり、私は気分を落ち着かせるように呼吸を整え、自分のゲートイン入りに備えた――。

 

『3番人気はフィディシンボル! 名門出身の意地! ここで見せられるか!』

『2番人気はシンボリルドルフ! 現在3連勝のこの娘の快進撃を止めるのは誰だ!』

 

 ゆっくりと歩いてゲートインし、1番人気の娘が来るのを待つ。

 本日初めて1番人気ではないのが少し悔しい気持ちはあるが、結果でそれを覆して見せようと私は自身の心に喝を入れ気合を入れなおした。

 

『1番人気はマエツニシキ! 現在無敗の現在4連勝! この娘が最強を示すのか!?』

 

 マエツニシキはゆっくりとゲートインし……。

 

『ゲートイン完了出走準備が整いました!』

 

 スタンド側が固唾を飲みスタートを見守っている。

 少し静かになった中、私もスタート準備をし前だけを見て――。

 

 姿勢を低く、軽く開いた右足と後ろにやや重心をかけ――。

 

『スタートです! おっと3番サンプライドと10番1番人気マエツニシキが出遅れ!』

 

 ゲートが開くと同時に右足に力を入れ、そして前に重心を移動し左足を前に出して踏み出した!

 ターフを蹴り叩く音と観声が一気にこの場を満たす。

 

 そしてサンプライドと力み過ぎたマエツニシキは出遅れてしまったらしく、観客席の彼女らのファンから悲鳴のような声が上がっているのを私の両耳を掠めていった――!

 振り返らずに前だけを見て私は状況を頭に叩き込んでいく。まず真ん中からまず飛び出したのはアキツスワローで大胆にも逃げ切り戦法に出るようだった。

 

 マーク先はマエツニシキの予定だったのだが大きく出遅れたため、私はアキツスワローへとマークを変更。そしていつも通り先頭の通過タイムを数え始める。

 

『アキツスワローの逃走劇を許すものかと、11番フライトリーズン外から懸命に抜こうとしている!』

 

"――12――"

 

 先頭の右側を"2"と書かれたハロン棒が通過していく。

 

 ここから第1コーナーの出口手前まで"16"と書かれたハロン棒のまで途中短い水平部を挟みつつ、連続して上り坂が続く。私は左外から伸びてきた者達を先に行かせ、無理せず中団外目を狙い位置取りを下げていく。

 

『この2名を追いかけて13番ベルパレード! そこにピタリと引っ付くように外から12番シンボリルドルフ得意の好位抜き出しか!? それをマークするように14番アローパワーが追いかける!』

 

 1周目のゴール板を過ぎずっと曲線部が続く中山の第1コーナーが徐々に迫ってきた。

 出たくなったら上がれるよう、外を取られないように気を付けながらレースを進めていく。

 

 スタンド前の1周目から早くも前が激しく位置取りをとりあう中、1番人気のマエツニシキは後方から4人目の先頭まで9バ身の位置取りで待機している様子がアナウンスから知らされた。これは相当脚を削られたのではないだろうか? と、最大のライバルが出遅れてしまったことに対して気の毒に思いつつも、自分のレースに再び集中する

 

 "16"と書かれたハロン棒がマーク先の横を過ぎる――通過は23秒。

 一瞬だけ水平だった足元もまた坂を上る感覚を掴みはじめていた。

 

"――ひとり飛ばしている分少し早い――"

 

『第1コーナー突入です!』

 

 コーナーに真っ先に突っ込んだアキツスワローは内ラチ沿いに先頭で2バ身のリードを保っている。2番手にはその外からベルパレードが追い、さらに3番手は外にアローパワー、内にフライトリーズンがハナを奪い合っていた。

 

 1~2コーナーがくっ付いたような、正円を真っ2つにした形状のコーナーが始まる入り口――中山の第1コーナーに入った。この1コーナーの終わり手前まで登った後から2コーナーの終わり、12ハロン棒の手前までほぼ平坦な地形が続く。

 

"――消耗を押さえ、向こう正面で位置を調整しよう――"

 

 ウマ込みに飲み込まれないよう注意深く走っていると、先頭が"14"ハロン棒を通過した。

 

 通過は36秒――ペースが落ちたのを確認できたので我慢。

 まだまだ前に付くにはまだ早い。

 そしてそんなことを考えている私の視界と周囲には数人ほどが走っている。

 

 3番手を奪い合う2人の2バ身差の後ろでソロナカチドキ、その外に私がつけて並んで5番の位置取りを争っている。そして後ろから実況から恐らくコインドシンザンが、こちらの更に外を回ろうかと言わんばかりに迫りくる気配もしている。

 

『コインドシンザンの後ろ内をついた7番グリーンイメージと並びにここで1番人気! 10番マエツニシキがシンボリルドルフの背後にピタリとにつきました! ここまで無敗は伊達じゃない!』

 

 "12"と書かれたハロン棒が先頭の横を通過していった。

 

 前半800m49秒――全員ラストの心臓破りの坂を懸念し慎重になっている。

 そして出遅れて後方にいたマエツニシキが、いつの間にか私のすぐ背後まで迫っていたのが実況から確認できた。

 

"――おっと、マエツが意外に早く上がってきたか。流石と言ったところか?――"

 

 そこに感心しながら、引き続き外を取られてない程度に気を付けながら進んでいく。

 コーナを抜けて再び視界の先にまっすぐに伸びる向こう正面が広がった。

 3コーナー入り口まで角度を変えながら続く、長い下りの感触が足裏から全身に伝わってきている。

 

 私は5~6番くらいの位置から1000m地点までに4番手くらいの位置まで上がるべく、無理に抑えず前へ前へと進んだ。

 

 そしてマエツニシキ――彼女のマークはおそらく私なのだろう。

 チラリと後ろを見ると同時に外を回る私の後を綺麗について来ている。

 

『向こう正面今1000mの標識を通過しましたが、軽快に飛ばしていきます5番アキツスワロー! リードがまた少し開きまして4バ身のリードぐんぐん放していく!』

 

 1000mを通過したタイムの標準は62。

 展開はスローへ切り替わり足元がやや緩やかな下り坂に転じる。

 

『2番手争いは13番ベルパレードが前に出るも、14番アローパワー並びかけそしてその後――』

 

 先頭のアキツスワローが8のハロン棒を通過――74秒。やはり標準からは+2。

 

 1~2コーナーを反転したような3~4コーナーを曲がりながら、位置取りを上げて逃げの後ろにつけようとしはじめるも、考えている事は皆同じだった。

 

 逃げの1バ身ほど後ろにつけた者もジリジリと前に詰めはじめ、私の右斜め前にいる1名も同じように前へ前へと詰めていっている。

 それに負けじと私も右斜め前を走る者の外に並ぼうと前へ前へと脚を進めていく。

 4番手争いフライトリーズンは私が団子状態、それにソロナカチドキとマエツニシキが追いかけてきていた。

 

『アキツスワロー先頭のまま、3コーナーのカーブへ突っ込んでいく! バ群の長さは20バ身と利根川のようにながく伸びる! 前方と後方で割って食べるアイスキャンディーの様に、バ群が綺麗に真っぷたつに別れた! お弁当の割りばしもこれくらい綺麗に分かれるといいですね!』

 

 残り600mを通過し3コーナーを抜けた!

 ラチ沿いに内に逃げているのが1名。そこに2名並び、その外に私といった位置取りのまま4コーナーへ突っ込んだ!

 

"――ならば外からで!――"

 

 ウォーミングアップついでにバ場を確認した際確かインは荒れていた――。

 

 足回りの悪い場所を避けつつ大回りを覚悟し、私は横並びのまま4コーナーに突っ込んだ!

 

『4コーナーのカーブに――おっとシンボリルドルフが一気に動き出した!』

 

 私のすぐ左のさらに外から! マエツニシキが猛烈なスパートをかけて上がっていく。先頭のアキツスワローは最内ラチ側を視界の前方はるか右端で器用に曲がりきった!

 

 そして私のすぐその横にいた2名が外に大きく膨らみ、私も外の方に膨らんで曲がりながら進路をを取って4コーナーを曲がる!

 そして私の外からマエツニシキが上がろうとしていた――そんな様子が左視界のギリギリ後ろ端に見えていた!

 

『シンボリルドルフ2番手まで上がってきた! マエツニシキも5番手射程圏内にいる! 先頭の最内アキツスワロー逃げ切れるかまだまだまだ逃げている! 粘る粘る気合でねばる! その外の少し離れた位置でベルパレードとアローパワーが並んで争い! そのさらに外からシンボリルドルフ! そしてシンボリルドルフの外にマエツニシキが大外を回りこの辺り混戦! 一体だれがいち抜けしてくるんだ!』

 

 コーナーを抜ける直前位に右隣の者が垂れていったため、空いた少しイン側すかさず取る。

 内ラチからは4バ身程の位置で先頭までは6バ身。

 すぐ右前を走る者を抜けば私の前に居るのはあとひとり――!

 

『さあ直線を向いたが中山の直線は短いぞ! ラチ沿いを逃げる逃げる! 必死に逃げるアキツスワローまさかこのまま前残りか!? 逃げ切れるのか!』

 

 音の暴力が波のように迫るスタンド正面の短い直線が視野に収まった!

 

 そしてラスト1ハロン200m過ぎからは坂がある!

 

"――上がり切ってからでは遅い!――"

 

 脚に力を込めてラスト1ハロン手前から仕掛けた!

 両頬の横を本日中一番の勢いで風が切っていく!

 

『そしてシンボリルドルフ来た来た来たー! 来ました! 残り200m! シンボリルドルフが猛烈な勢いで坂を駆け上って一気にアキツスワローとの距離を詰めていく! その後1番人気マエツニシキ現在4番手だが2番手争いとの混戦抜け出せるか!』

 

 坂を上がり切った時に1番と並ぶか抜くくらいでなければ勝機はない!

 歯をかみしめて脚の回転を上げてピッチ走で一気に登り切る!

 

 目の前右に見えるアロースワローが『くそおおおおお!!』と絶叫しながら走っている。

 

『マエツニシキややイン寄りにコースを変更追いかける! しかしここでシンボリルドルフが坂を上がり切る前に2番手から抜け出した!』

 

 坂の途中でアキツスワローが口惜し気に叫びながらバテたのか沈んでいき――。

 

『先頭は完全にシンボリルドルフ抜けた! つよいつよいつよーい! リードは2バ身!! ぶっちぎる!』

 

 登り切る前に先頭を取って残り100m!

 ピッチからストライドに切り替えほぼ平らになったターフを蹴って一気に後続突き放しにかかる!

 

『マエツニシキ必死に追う! しかし差はどんどん開いている!』

 

"――貰った!!――"

 

 前傾姿勢のままゴールに突っ込んで通過――! 

 

『先頭シンボリルドルフそのままぶっちぎってゴールイン!』

『4連勝無敗の土つかず! 皇帝の名を冠するこの娘の快進撃を止める者はいなかった! 1着シンボリルドルフ弥生賞勝利! 2着! マエツニシキ! 3着! アキツスワロー!』

 

 ゴールしたのを確認して力を抜き、来てくれた者たちに手を振った!

 そして私を応援していた者たちからの歓声がいつも通り上がっている――。

 

 ――のだが何だかスタンドの観衆の様子がおかしい……?

 

 色々混じっていて聞き取りづらいが、きようび聞かないほどスタンドの群衆は大山鳴動(たいざんめいどう)としていた。

 ゆっくり速度を落として立ち止まった後、私は何が何だか分からず思わず首をかしげる。

 

 呼吸を整えながらスタンドを向くとトレーナー君が居るのが見えた。

 彼女も彼女で両手で口を覆ってターフビジョンの方向を向いて驚いた表情をしている――。

 

"―― 一体どういうことだ?――"

 

 いよいよ以て訳が分からない。混乱する私を置き去りに再び場内にアナウンスが流れた――。

 

『何と!! タイムは2分1秒7!!! 距離延長初回の弥生賞! トライアルで皐月賞レコードタイムを超えてしまった!』

 

 肌寒いはずのターフにスタンドの熱気が一気に両耳と全身を突き抜けていく――!

 

"――おお! これは順調な滑り出しだな! これならば……!――"

 

 これなら皐月賞をレコード勝ち出来るかもしれない。

 歴史の記録に手が掛かれば、私が今までで一番海外に手を伸ばせるかもしれない!

 

 そんな期待を抱いた私の胸の内は、高揚した気分でなみなみと満たされていった――。

 

  ◇  ◇  ◆

――20××年+1 3月13日 午前16時――

――トレセン最寄り ファミリアマート付近――

 

"――次でダメなら帰ってネット注文? でも、待つのはヤダ!――"

 

 火曜日発売の週刊誌に今一番憧れの――シンボリルドルフさんの特集があることを、ウマッターで知ったボクは学校から帰ってすぐに目当ての雑誌を探した。

 だけど人気の所為で府中市内の本屋を沢山まわってるのに全滅、コンビニも既にかなりの数を回っている。

 

 ネットで注文すればいいんだけど、どーしても早く手に入れたかったボクは、最後の賭けでトレセン学園の近くのファミリアマートに行くことにした。

 あそこはトレセンのお姉さんたちが来る関係で、いつも沢山仕入れているからギリギリあるかもしれなかったから!

 

"――もしかして……有名なウマ娘さんとかもいたりして! にしし!――"

 

 そんな都合のいい想像をしながら、ボクは軽いフットワークでバ道を駆けていく。

 

 『ボクよりも強いウマ娘なんていない』

 

 ほんの少し前までのボクはそう思っていた――。

 

 レースを始めたきっかけは最初はただ誰かと走るのが楽しかったから!

 そしてどんどん負けたくなくなって努力し続けて、気が付いたら同い年でボクに勝てる子は居なくなった。

 勉強も運動もボクが1番だった!

 1番になるのは嬉しいんだ! いっぱい、いっぱい頑張ったから!

 

 ……なのに、なのに!! なんだか物足りなかった……!!

 

 そう思い始めても走ること自体は嫌いじゃない。

 東京で僕が今行けるとこで1番のチームの試験にも合格して、強くなっていくボクを見たパパやママも『天才だ!』ってとても喜んでくれたのが何より嬉しかった!

 

 そしていつかトレセンに入って、トゥインクルシリーズで活躍して!

 でもって最強のウマ娘はボクで決まり! 本気でボクはそう思っていた――。

 

 それが変わっちゃったのはこの前無敗対決の弥生賞――! 

 そのレースに出ていたシンボリルドルフさんは、無敗の相手に勝っただけじゃなかった!

 皐月賞のレコードを上回るタイムを弥生賞で上げた!

 ボクはレースではじめて誰かに憧れたんだ――!

 ボクもシンボリルドルフさんみたいになりたい! 勝負したい! 勝ちたい!!

 あのレースの後からずっと夢中だった!

 

"――カッコ良かったなぁ……! いいなぁ!――"

 

 あの時テレビで見たレースを思い出しながらバ道を南に下る。

 するとボクの左手に北府中公園が通り過ぎ、そこから少し走ると晴見のファミリアマートが見えてきた。

 

"――さてと! 雑誌、あるかなあるかなー?――"

 

 スピードを落として歩道側に入り歩いて駐車場を横断し、大き目の左手にマンションが見えるファミリアマートに入店した。

 

 ――♪ 

 

『いらっしゃいませ!』

 

 独特の入店音と若いお兄さんの元気な声が耳に入ってくる。

 そのまま左右を見渡し雑誌コーナーを確認したけど――その奥にいた人物を見て思わず目をぱちぱちと瞬きをし、ボクは凝視してしまった――。

 

"――あれ? なんか人間にしては変わった髪? すっごくキラキラしてて宝石みたい!――"

 

 雑誌コーナーの奥では不思議な煌めきを持つ髪をした、紺色のスーツを纏った綺麗なお姉さんが緑の店内カゴを片手にコピー機を動かしている。

 

 その不思議な感じが気になってお姉さんをよく見ていると、コピーし終えたものをショルダーバックに仕舞う動きで見えた左胸――トレーナーバッジを付けていることにボク気付いた。

 

 そのバッジをつけたお姉さんは、どう見ても高校生のお姉さんたちくらいにしか見えなかった!

 そしてボクは驚いて、天井から引っ張られたみたいに両耳がピンと立てた!

 

"――見た目が若いのかな!? それとも本当に若いの?! どっちだろう!! ……って、今は雑誌探さなきゃ!――"

 

 不思議なお姉さんに気持ちが逸れたけど、ここに来た目的を思い出して雑誌を一生懸命探すも――。

 

「またないのぉ……! どうしてないの、シンボリルドルフさんの雑誌……!」

 

 待てば手に入るものだけれどあまりに悔しかった。

 

 そしてボクは悲しい気持ちになって思わず声が出てしまった!

 耳を前に倒したまま、肩を落としてため息をつきながら店を出ていこうとしたら……!

 

「そこのポニテのウマ娘さん――待ってください」

 

 誰かに呼び止められてボクはゆっくり振り返った。

 

 声をかけてきたのはコピー機を動かしていたさっきのお姉さん――肘に緑の店内かごをかけたお姉さんは真っすぐボクを見つめている。

 

「急に声をかけてしまって申し訳ありません。もしかして、シンボリルドルフ特集の雑誌をお探しですか?」

 

 ボクに丁寧な口調で尋ねるお姉さんの両目は、宝石で出来てるんじゃないかってくらい綺麗な緑だった。

 とても綺麗だったその目にボクは見とれそうになったけど――まずきちんと返事をすることにした。

 

「そうだけ――そうです」

 

 ため口が出そうになったのでとっさに言い直した。

 するとお姉さんは『ちょっと待っててください』と言ってカゴから何かを取り出し、ボクの前に差し出してくれた。

 

 それが何か分かったボクは大きく目を見開き、次に出る言葉への期待でいっぱいになった!

 

「よかったらどうぞ。まだ未会計なのでお支払いはお願いします」

 

 お姉さんが差し出してくれたそれは――ボクが探していた雑誌だった!

 

「いいの!? 本当にいいの!?」

「ええ、どうぞ」

「やった――!!!」

 

 嬉しさから差し出された雑誌に勢いよく飛びついてしまった!

 さらに年上の人を相手にタメ口で話してしまったのは、いくら何でも失礼だと思って、ボクが『ごめんなさい!』って慌てて謝ると『問題ないですよ。敬語ではなく気楽にどうぞ』とお姉さんは上品な感じの笑顔を浮かべてそう答えてくれた。

 

「じゃあ遠慮なく普通に話すね! ――でも、これをボクが買っちゃったらお姉さんの分は? お仕事で困らないの?」

 

 気になったのでボクがそう聞き返すと、お姉さんはいたずらっぽい表情をした後、自分の左胸に付けているバッジをちょんちょんと右手で指さした――。

 

「私はトレセン関係者です。目の前でルドルフのファンの子差し置いてってというのは、どうかと思うのでお気になさらず。後で手に入れますからお先にどうぞ」

「にしし! やっぱりお姉さんはトレーナーだったんだ! えへへ、ありがとう! ボク待つのも嫌でどうしても欲しくて何件も回ってたんだ!」

「そうだったんですね。そんなに一生懸命探してくれるなんて、ルドルフが知ったらきっと喜びそうです」

 

"――ん? 何回か呼び捨てにしてるけど、シンボリルドルフさんとこのトレーナーさんは仲が良いのかな?――"

 

 そう思ったボクはこの場の空気とテンションに任せ、お姉さんに気になった事を聞いてみることにした。

 

「お姉さんはトレーナーなんでしょ? なら、トレセンで生徒会長をしているシンボリルドルフさんの事を良く知ってるの? すっごく仲良しっぽい呼び方をしている気がするんだけど……もしかしてとっても仲良しなの!?」

 

 ボクは興奮気味にそう尋ねると、一瞬きょとんとしたお姉さんは、その後首を軽くかしげてふふふと小さく上品な笑い声をあげた。

 

「そうですね――とてもよく知っていますし、仲良しですよ」

「じゃあ! じゃあ! シンボリルドルフさんってお姉さんから見たらどんなウマ娘なの!?」

 

 雑誌を両手で持ったままボクはお姉さんに近づいた。

 するとニコリと笑ったお姉さんは――。

 

「――ルドルフはいつも皆の事を考えていて、とても強くて優しいです。才能があるだけじゃなく、それに溺れる事なく頑張り屋さんでお勉強もレースもトレーニングも完璧。そんな彼女はみんなの憧れの生徒会長さんです。――月並みだと思うかもしれませんが、本当にその通りなんです」

 

"――やっぱり他の雑誌特集で見た通りなんだ!!――"

 

「へーそうなんだ……! あ、来年もしオープンキャンパスに行ったらシンボリルドルフさんには会えるの!?」

「そうですね……彼女は生徒会長なので確率は低いですが、ワンチャンスはあると思いますよ?」

「本当!? なら来年は絶対行く!」

 

 ――うまうみゃ♪

 

 着信音がして目の前のお姉さんは『あ、ごめんなさい』といってスマホ確認した――そして画面を落として上着のポケットに仕舞った。

 

「担当の子に呼ばれたので私はこれで失礼しますね。それでは――またどこかで」

「うん! ありがとう!」

 

 お姉さんは雑誌以外入っていなかった空になったカゴを戻して店の外に歩いて出て行った。

 何となくボクはお姉さんの後ろ姿を気になって、店内から目で追っていると――。

 

"――あれ!?――"

 

 人間だと思っていたお姉さんはバ道を走っていった!

 

"――あのお姉さんは半人半バ(セントウル)だったんだ! へぇ! 珍しい!――"

 

 さっきのお姉さんは都会だとほとんど見かけない、半人半バ(セントウル)だった事にボクは驚いた。

 東京にはいろんな国からモノと人間、ウマ娘がたーっくさん集まるけど、それでも半人半バ(セントウル)はあんまり産まれないからとーっても珍しい!

 

"――にしし! すごいの見ちゃった! 明日学校でみんなと話す話題にしよーっと! ……あれ? そういえば……シンボリルドルフさんのトレーナーさんも確か半人半バ(セントウル)だったような?――"

 

 

 一番知りたいのはシンボリルドルフさんの事だったから、担当トレーナーさんの事はちょっとしか調べてなかった。

 

 パパとママがシンボリルドルフさんの事をボクが調べているって知って、この前ご飯の途中でちょっとだけシンボリルドルフさんのトレーナーさんの事を話していた。

 その内容で覚えているのはシンボリルドルフさんのトレーナーは海外で物凄いウマ娘を担当していた。そしてとても賢い半人半バ(セントウル)だって事と――。

 

"――……まさかね!――"

 

 超大金持ちの娘だって事。

 

"――でも、超お金持ちのお嬢様が自分の脚で走って、わざわざコンビニに雑誌を買いに来るかなぁ?――"

 

 『きっと偶然だろう』

 

 そう思ったボクは、ファミリアマートコラボのハチミーを手に取りお会計を済ませて一旦外に出る。

 

 

 そして店の軒下――入り口から少し離れた場所で待ちきれなくて立ち読みを開始した!

 

 最初の方にある色付きの6ページがシンボリルドルフさんの特集だった。

 内容は去年発売されていた雑誌に載ってた勝負服の写真、他には普段何しているのかとか、そんなのがたーくさん書いてあった!

 

 『お行儀が悪い! 帰って読みなさい!』ってパパに見つかったら叱られそうだと思ったけど、すぐ見たいボクは夢中になって読み続けた――。

 

"――かっこいいなぁ! ボクもこんな勝負服が着たい!――"

 

 シンボリルドルフさんの勝負服は絵本で見た王様みたいで、赤いマントが付いていてとてもかっこ良かった! そして最後のページも待ちきれないので見ちゃおうと思ってめくると。

 

 

「……あー!!」

 

 コンビニ周りで餌を探してボクの周囲をウロウロしていた数匹の鳩たちが、今の叫び声にびっくりして全部飛んで行った!

 

 その原因はシンボリルドルフさんの特集の最後のページの端っこ――!

 シンボリルドルフさんを担当している担当トレーナーさんのカラー写真が、トレーナーコメントと一緒に紹介されていた。

 その姿は不思議な色合いの髪に宝石みたいな目――さっきのお姉さんだった!

 

"――しまった!! さっきのお姉さんだったんだ! もしかしたらシンボリルドルフさんと仲良くなれるかもしれないチャンスだったのに! あーボクのバカ! ――"

 

 もっと下調べをしておくんだったー! と、ボクは悔しいがった。

 

 そして雑誌をパシッと乾いた音を響かせて閉じ、それを左小脇に挟んで持つ。

 ボクは頬を膨らませながらハチミーのチルドカップの側面からストローをはがし刺し、中身を一気に飲み干した。

 口の中に広がる味の余韻を楽しみつつ、もう一度お姉さんが話してくれたシンボリルドルフさんの事を思い出す。

 

 チャンスを逃したのはとても惜しかったけど……。

 

"――でも、どんなウマ娘か担当トレーナーさんから聞けた! やったぁー!――"

 

 ボクはスキップして歩き、飲み干したチルドカップをコンビニ前のごみ箱に捨てた。

 そして帰ってからまたじっくり雑誌を見るために、バ道を駆けてママの待っている家に向かって帰っていった――。

 

 

 




【弥生賞のアレコレ】
 前年までは弥生賞は同地開催の1600mだった。
 そしてターフの下は改修前なので水捌けは今より悪い。
 1984年にグレード制が導入され、弥生賞はGⅢになり2000mに距離も変更。国際格付けなしのGⅡにし、距離延長のみを残しました。
 あとこのレース中に史実では他馬とぶつかり怪我をしてますが、色々考察した結果書きませんでした。

 ここが史実と違う部分です。

【カノープスのあの方】
 ハワイ旅行の部分はアニメの背景(チームメンバー募集ポスター)から引っ張ってます。
 合宿形式についてはどう表現しようかな……。
 アプリ通りならアニメとアプリの設定を併用するなら、独自合宿してるチームもあるってことにすればよさそうだけど考え中です。

【ゴールドシップ号のあだ名】
 『猛獣』『浮沈艦』などなどの他『ホワイトライオン』というパターンもあったみたいなのでそっからです。
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