冒頭の詩は差出不明視点で、中盤の控室内だけルドルフ視点で他全部トレーナー君視点でお送りいたします。
なんちゃってレースプログラム
発走時刻は一部資料が間に合わなかったので推定です。
【挿絵表示】
だるかったので英国式の馬番決定法則を反映させてません。
手書きコースの高低差はザックリ。厳密にはもっとアップダウンがあって上下にカクカクしてます。
※こちらの世界だと時々ある偉大なお方が、スタンド中央からご観覧されていることがあります。本妄想では『臨席されていらっしゃらなかった』という設定です※
――魔物はどのレース場にも潜んでいる――
◆ ◇ ◇
――20××年+1 7月 24日 午前10時頃――
――英国 ニューマーケット トレーニングコース――
大丘陵の上からぐるりと見渡せば、遥か遠くに森の木々が生い茂りそこから時々涼しい風が葉の匂いを運びながら吹いてくる。そしてウマ娘が主役の街、ニューマーケットは日本とは違い高さがない建物が多く、少しあせた赤いレンガの街並みを遠くまで見渡せる。
それらを見渡すたびに竜やユニコーン、エルフや妖精女王が今にもどこからともなく飛び出してきそうな、濃いファンタジーの世界の香りがリアルに匂い立つような美しい光景だった。
この広大な深緑一色の平原に真っ白な白いラチが数本ほどひかれ、自然の起伏を生かした長い坂路の上には青々とした夏の洋芝がこの辺り一帯を覆っている。そしてトレーニングコースから雨上がりの草地の香りが漂ってきていた。それは怪我防止の水が撒かれいるためなのだが。
"―― 一見綺麗な景色だけど……――"
コースではない端っこに行ってしゃがみ芝を少しだけめくってみる。
山砂ではないカサカサした砂利交じりの地面がお目見えした。試しに人差し指の爪を立てると、乾燥した表面の粉が爪の先につくだけだった。石灰岩由来の土壌が入り混じる路盤は石灰質由来のモノが過剰過ぎれば、乾くとまるでセメントのように固くなる。そしてその細かく砕かれた石灰が地中に蓄積した層を作ってしまうと水捌けを一気に悪くしてしまう。
ルドルフの次走、アスコットも厳密にいえば多少違うが走る感覚はほぼ同じだ。
現地の芝は葉の幅が広いペレニアルライグラスメインで、他イネ科の牧草を足した洋芝のターフが混じっている。そして日本とは違う洋芝と石灰質の地質が合わさると、乾けばアメリカのダートより硬く、硬い地面の上にふかふかの芝が乗っているため上り坂でグリップを利かせる加減が難しくなる。
さらに雨で水を吸えば地面の上の芝の長さは10センチほどだが、根が糸くずのようで深く抜け辛く、この糸くずの根と土壌の性質でかなり悪くなった水捌けの悪いバ場は非常に重くタイムがかなり遅くなる。そして濡れた幅のある葉を踏めば滑り、さらに重力に従った水が溜まることで坂の上と下でバ場の重さが変わっていく。
この様にご機嫌取りが難しい今回挑むコースが示す通り、ここ英国は日本と何もかも勝手が違う。
大自然そのものを生かした舞台による『どこでも走れる力』を試すというのが、この国の近代レースのテーマなのだろう。そのためか練習コース内の芝にも石だの岩だのが風化で地面から露出し転がっている。
視線をコースに戻すと、ルドルフはこの坂の下からこちら側に上がってくるところだった。
ここのコースでルドルフを鍛えはじめて1か月近くになる。
最初はやはり必要スタミナの量が桁違いで、体力の消耗が激しかったらしい。トレーニングを終えたルドルフの様子は食べて、食休みしたらすぐ寝てるという事も多かった。しかしこの頃はテレワークで生徒会の仕事をするまで体力が追い付いてきている。
"――これなら大丈夫だとは思うけど、本当に嫌な条件が重なるわね――"
定期的にドローンで水を撒いているにもかかわらず、時間が経過すると頬を撫でる風がとても乾いているという事が今の状況が異常だという事をはっきりと知らしめていた。
今年は昨年に続き圧倒的に7月の雨量が足りない。7月がいくら乾く時期だからといっても異常なレベルで足りないのだ。
本番当日の朝に予防で水をまいたとしても、風と日差しで乾けば英国バ場基準の良を越えた堅良の可能性が非常に高い。今朝の気象情報も良以下の可能性はほぼ無い。
太陽神の国に住む私達にとって良バ場は稍重時より有利になるが危険は伴う。勝利を届けたい気持ちは勿論あるが、無事に走り抜けてほしい想いもある。
そんな事を考えている内に雄大な景色の中で、ゴマ粒サイズに見えていたルドルフがだんだん大きく見えてきた。私はクーラーボックスからドリンクとタオルを取り出してじっと上がってくるのを待つ。
程なくして幅広の葉を持つ洋芝ターフを叩く鈍い音を響かせルドルフがゴール地点のセンサーを通過。ゆっくりクールダウンをかけてからこちらに彼女はやってきた。
さあ、あとは出迎えるだけだ。近寄ろうと思った時に、背後から私のスラックスの裾を引っ張る存在がいる。びっくりして振り向くと――。
「めぇー」
「はい!? ヤギさん!?」
小さくて真っ白な仔ヤギが1匹。『ここはアルプスだったかな?』と思う余裕などなかった私は驚き目を丸くした。その子は私の紺色のスラックスを口にもにょもにょと含み、よだれまみれにしている真っ最中だ。
「おっと。トレーナー君お手柄だね」
状況がよくわからないが先にルドルフにドリンクとタオルを渡し、イタズラをしている仔ヤギを抱え上げる。すると仔ヤギはお構いなしに、今度はすっぴんで塩の味しかしないのがいいのか、私の顔をこれでもかと舐め始める。
「ちょ、やめ――え!?何がです? 夕食の材料をゲットしたとかそっち系ですか?」
「そうじゃないよ。近所で行方不明になってると噂の仔ヤギなんだそうだ」
「そんな話あったんですね。――あーこら、やめなさい。やめて!」
ここで下ろせばまたスーツがぐちゃぐちゃにされてしまうし、迷子なら猶更下ろせない。
そんな葛藤なんかお構いなしに、頭を摺り寄せたり舐めたりするのに忙しいヤギさんを抱え直そうとしていると、ルドルフはドリンクを飲み干し汗を拭き軽く笑いをこらえた後――。
「ふふ、こちらのウマ娘との情報交換で先ほど知ったんだ。昼にここの管理部からも通達する予定らしいが、もう必要がなくなりそうだね」
「そうだったんですね。なんていうか、ここって本当に一般の方との生活圏が近いなぁ……」
「ぅめぇー」
ここのトレーニングコースは日本のトレセンと違い頻繁に一般の方が出入りしている。
特にキノコ狩りや山菜探しのシーズンの日曜日には、親子連れでコースの近くを散策しに来る姿も見えるのだとか?そのため利用の際に管理部からは『通行者をハネない様に前方をしっかり見る事』を徹底するよう言い渡されている。
まあ、ファインモーションの母国のトレーニングコースには川が流れていたり、その所為で土日問わず釣り人がいたり、羊が放牧されてるとかが一般的らしいからここはまだマシなのかもしれない。
「うめぇー」
「私をなめても美味しくないですよヤギさん……」
「抱えるのを代ろうか?」
「ありがとう。この迷子さんを管理者に連絡したいのでお願いします」
私に抱っこされて好き放題していた真っ白な仔ヤギをルドルフに渡し、代わりに空になったボトルとタオルを受け取る。そしてスマホで管理者に『迷子の仔ヤギを見つけた』とメッセージを入れた。
それから彼女の方を向くと――なんとヤギがおとなしくしているではないか。
「なっ……なんで!? 私はあんなにペロペロされたのに」
「これには私も驚いたよ。君からはこの子にとっての美味しい食べ物の匂いがしているのだろうか?」
「うーん。どうなんでしょうね」
そう適当に返したけれど、よくよく考えるとルドルフの皇帝オーラが動物にも発揮されてるのかもしれない。彼女は何故かこちらでも他のウマ娘から道を譲られてることが多いので、仔ヤギがルドルフのオーラを察知しているとしか思えなかった。
ルドルフの表情はフワフワのかわいい仔ヤギが甘えてくれるのを期待してたのだろうか? 残念そうにしながらも、真っ白な毛並みを嬉しそうに撫でて堪能しており、当の仔ヤギも気持ちよさそうにしながら大人しくなでられていた。
◇ ◆ ◇
――20××年+1 7月 28日 午後14時半――
――英国 アスコットレース場 シンボリルドルフ控室――
勝負服に袖を通し終えたのは昼食から程なくしての頃だ。
そして今は落ち着いた色合いのモダンな控室内で、シンプルだが座り心地の良い革張りのソファーの背もたれに寄りかかって身体を休めている。
そして今朝夢に見た光景について思いを馳せていた。
それはとても長い長い誰かの軌跡のようなもので、それが不思議と他人事には思えないような気持ちにさせる夢だ……。
『行かねば、故郷の皆が待っているのだから』
夢でそう呟いたのは姿かたちがはっきりと見えない謎のウマ娘だった。
彼女は日本でトレーナーに見送られて英国へと経ち、旅路の途中で起きた暴動で足止めされるトラブルに見舞われてしまう。さらにはレースの10日前に体調を崩し、調子もギリギリ間に合ったような状態のようである。
そして彼女は女王陛下観覧の下、御前試合となったアスコットのターフ上に向かった――。
過去の景色を見ているかのようなモノクロテレビのような夢の中、顔の見えない観客と共に謎のウマ娘の戦いを見守るという状況にいつの間にか場面が変わっていた。
折角なので何故か持っていた長方形のレースプログラムを開いてみる。しかし鏡文字に見えるが意味不明な言葉の羅列でしかない内容だ。仕方なくそれを閉じ、レース開始を見守るためにスター地点を見やる。見知らぬ彼女は5枠からの出走らしい。
視線の先の内バ場で優雅にクリケットをプレイする者が居たり、何とも言えない不思議な光景の中、スタートした彼女は逃げの1~2バ身の後ろにつけて3コーナーまで下る。そして、4コーナーまでの上り坂も2番手で通過。祈る気持ちで見守る中、坂上の4コーナを回る直前に1番手のウマ娘に並ぼうと仕掛け直線を向く――彼女はトップに立つ。
これはいけると私も思い、思わず組んでいた腕を崩して柵に手をやり真剣に見入ってしまう。
そして場内が謎の言語でヒートアップする中、
――残り200mの地点で展開が変わってしまった。
謎のウマ娘は後ろから一気に上がってきたバ群に飲まれ、しかもレース開始から最後方からレースを展開していた者までもが華麗に抜き去っていく。
必死に追うもどんどん差を離されていく。
その光景は何故だか見ていて胸が張り裂けそうになる。今まで他者のレースを見ていてここまで感情移入したことなどないというのに、全身の毛は逆立ち、鼻にツンとした感触と目頭が熱くなり、何故だか頬の上に水滴が伝っていく感触までしていた――。
『『――、―――― ――――』』
彼女の想いのような頭に響くそれと意見が一致した時、そこで夢は終わった。
以前に似たような展開をレース資料で見たような、そんな気もしないような? するような? そんな感覚を受ける。そして記憶力には自信があるはずなのに、この夢に関してはどんどん薄れていっていた。
腕を組み軽く天井を見上げて夢の記憶に思いを馳せている私とは対照的に、疲れ切った顔色のトレーナー君が控室に戻ってきた。
「ただいま」
「お帰り。その様子だとまた誰かに追いかけられたのか? 大丈夫かい?」
「お気遣いありがとうございます。――大丈夫ですよ」
そういってトレーナー君は何があったか愚痴も言わず、冷蔵庫の前に立ちドアを開いて飲み物を探している。
この所彼女の財力目当てで近づく輩が多く寄り付く所為で、彼女は色々と煩わされている様子だった。強気に断ることも可能なのだろうけど、そうすることで私に火の粉が掛からない様に気を付けてくれている。彼女のそういった気配りには毎度頭が下がる思いだ。
「さて、ルドルフ。最終報告です。よろしいですか?」
トレーナー君は冷蔵庫内に仕舞っていたミネラルウォーターを軽くひと口飲んで私のすぐ近くのテーブルに置き、同じテーブルの上からタブレットを手に取った。
そして気持ちを即切り替えた様子で私の方に向き直る。
彼女の着ているいつものスーツと同じ色合いだが、質の良い生地のスリーピースジャケットスーツ。そして磨き上げられた高級感漂う黒革のローヒール。髪もカチューシャのように編み込みをして華やかさを足しながらも、キッチリ後頭部で纏めたシニヨンヘアにしていた。
いつもは『貴女が主役だから』と財閥令嬢としての身分を使わない時は、あまり高価なものを身につけないようにしているトレーナー君だが、ここは他国かつ階級社会の英国だ。そのため私が侮られない程度に身だしなみに対し気を配っており、気合十分な様子がそんな彼女からは伝わってくる。
「――はじめてくれ」
「では参ります。――悪い知らせです。バ場は堅良が確実になりました。理論上大丈夫だとは思いますが、万一を覚悟をしてください」
正直なところここまで
「覚悟は決めている――というよりも、履き馴らしたこの靴とそれを作った君を信じている」
「――わかりました。なるべく日差しを避け、アップもし過ぎないようにお気を付けてください。特に他に確認するところはありませんね?」
「問題ないよ。厳しい戦いになりそうだな」
「ええ、――そして、いつも通り現場判断で思うように走ってきてください」
トレーナー君のこの言葉はいつも最後に添えられているが、これはけして無責任な言葉などではない。
この言葉の中には『すべての責任は私が持つ。だから存分に戦ってください』という意味合いが含まれているらしい。そんなことを以前彼女に担当されていたディーネから聞いた。無論そんなことはさせる気は毛頭ないが、ここぞという場面で勇敢な振る舞いができる彼女の長所は素晴らしいと思う。
"――全く以て、いいパートナーを得たものだ――"
一旦深い呼吸をしたのち、軽く目を閉じて精神を無の中に沈める。そしてもう一度呼吸を整えた後、目をゆっくり見開いて立ち上がる。
「ありがとう。――では、行ってくる」
「いってらっしゃい」
そういって頭を下げて見送るトレーナー君を背に、私はパドックに向かうために出発した――。
◇ ◇ ◆
――20××年+1 7月 28日 午後15時10分前後――
――同レース場 クイーンエリザベス2世スタンド正面――
フォーマルからカジュアルまで様々な服装の人たちが入り乱れる中、私は正面スタンドの最前列。関係者席でじっとレースが始まるのを待っていた。
目の前に広がる平地コース。
2等辺3角形に近い形をしている
そしてその奥にはクリケット場まで備え付けられており、過去のデータを見るとレースの開催などお構いなしにプレイしている映像などもあった。その様子を初めて見たときは思わず巻き戻して確認してしまったことを思い出し、笑いが少し込み上げてしまう。
そして振り返ってスタンド前の芝の上を見渡すと、こちらではピクニックの様にシートを敷き、優雅に寛ぐ姿も見え、その全てが上品かつ優雅で洗練されていた。
パドックのルドルフを見守った後からこちらで待機しているのだが、その途中同レースに出走するウマ娘のトレーナー達とも言葉を交わしている。そしてその全てがこちらを意識はしているが、私たちの事を強敵としては見なして貰えていない様子が伺えた。
新聞を見ても私達への現地評価は非常に渋い。
ルドルフは『ここを勝って凱旋門では人気を取りたいね』と言っていたが、きっと彼女が一番悔しい思いをしているはず。そんな気持ちを思うとなんだか悔しくて、ぎゅっと唇をかみしめて少し眉を寄せる。
"――マークが外れるのはこっちとしては好材料なんだけど――"
渋い声の男性アナウンサーによってレースのタイトルと紹介が流れ、本バ場入場が始まった。
そして正面内バ場側の白い骨組みのフレームに、出走選手一覧とトレーナー名が記載された木製の板をはめ込んだボードがゆっくりとあがっていく。どことなく古めかしい機械仕掛け感が漂い、大変味わいのある掲示方式だ。
ルドルフは18番大外での出走だ。そして選手たちがスタンド左側のパドックに連なる道からやってくる。人々は彼女たちに声援を投げる中、私はひとりひとりの様子を見ていく。
流石にヨーロッパ3大中距離平地レースというだけあって仕上がりが良い子が多い。そして勝負服も洗練されており、実に華やかな選手入場となっている。
選手たちは一旦スタンドの観客前を通った後、ゴール板を少し過ぎたあたりくらいから引き返して返しを行いはじめた。そしてスタンドから左手にあるコーナーを曲がった先にあるゲートの前に集合した。
ルドルフは私の提案通りコースの外に生い茂る森から伸びる小陰でちゃんと休んでいる。そして彼女はいつも通りじっとバ場のどこかを見つめていた。他のウマ娘達もなるべく体力を削られない様に森の陰にきちんと入っている。ここには基本的な事を怠るような大ポカをやるような選手は居ない――何故なら超一流が集いやがて世界の伝説となるものが火花を散らす戦場だからだ。
そしてディーネと米国クラシック4冠を狙ったあの震えが久しぶりにやってきた。
私の高揚感のボルテージも最高潮になり自然と瞬きの回数が減ってしまい、目が乾いて痒くなってしまった。すこしそれを潤すために俯いて瞬きをし、そして双眼鏡をいつも通り構える。
次々にゲートインが始まり、スタンドの群衆も水の打ったかのように静かになった。
私もじっと勝利という獲物を狙い、人ごみの茂みに身を潜める様にそれを見つめ――。
『――、―――!』
ゲートが開きレースが始まって一瞬どよめいたが皆一様に静かだった。
レンズで丸く切り取られた視界の先、彼女の勝負服の色のような夏の森を背景にルドルフは好スタートを切った。
大外から下りの重力を生かして脚を節約しながら前傾姿勢を取り、着地負担をものともせずスイスイと上がってきている。
"――勢いに任せにするのは仕方なし――"
最初のコーナーである3コーナーの出口付近が前半1000m。下りは今から角度きつめな約500m+少し和らぐ約260mを足して約760m程続く。
1000mのおおよその通過タイムはバ場良以上で73秒前後。重くなるほど6~10秒ほど+となる。
一旦前傾を見るために双眼鏡を外した。
スタート開始から1ハロン、200m前後の地点だが既にトップから最後尾までは13バ身。先頭を走るサニープリンセス陣営のペースメーカーを担うラビットのイーアエーレは、他陣営のスタミナを削るために飛ばしに飛ばし今なお差をつけている。
マークしているファシオは出脚がよく好スタートを切り、最初の500mのキツイ下りでイーアエーレを抜き去りそうになるが、下る角度が緩くなったところで無理せず先を譲り減速していった。
大体予想通りの展開になりそうで思わず口元が緩み、その心境を零しそうになるもポーカーフェイスを貫く。ルドルフは下りで勢いを殺さず外を回って7番手。内側に前年に米国G1を勝利した
スタートから600mの残り1800の3コーナー手前。
そろそろ『スウィンリー・ボトム』というコースで最も低く、おおよそ水平になる箇所に来た。目印となる池がコースの内にお目見えした。
先頭は変わらずイーアエーレ。そして2番手のファシオはその1バ身後ろ、その外半バ身を回ってサニープリンセスが追走。離れて先頭集団を見る様に、2バ身半うしろリチャードウェルズとその内半バ身さがって
"――作戦通りならそろそろかな?――"
まるでロケットの発射準備に入ってそれを見守る科学者のような気持ちだ。
祈るのとハラハラするのとで感情がグチャグチャになりそう――心臓の拍動が胸郭をノックし思考に余裕が無いのを伝えてくるし、口の中の水分も熱狂に当てられてどんどん乾いていき自然と呼吸は浅く少なくなる。
下りで行き脚を使ったウマ娘達はこれからの登りに備え、出来る限り脚を残すためにここでは無茶しない。この先には小回りが要求されるカーブが待っているのだ。
だがルドルフはバ群の外を回っており、遠心力がかからない分内側のウマ娘達よりも勢いを殺さずにカーブに入っていく。中山や新潟で行った実践的なコーナリングがいま目の前で生きた経験となり、勝利へとつながる形になっていった!
そしてついに前3人の後ろ、有力者リチャードウェルズに並ぶ、並ばれた側は驚いたようにルドルフを見たのが遠くからでもよく分る!
ルドルフの強みは能力が平均的であり、その平均値が高い事。坂の上り下りやコーナリングも優等生だ。
彼女が勝つために科学技術を拝する者としての私が出来たのは『下り時の脚の着地衝撃を減らし、かつ登りやすい構造を追求したパーツの組み合わせを見つける』ことだった。
それにより最初の下り時の着地ダメージと、上り坂の消耗を押さえて勝機を見出そうというものがこの対アスコット用堅良シューズの使用用途である。
来る日も来る日も食品配達業者より大きい長方形の黒い布製のシューズケースを担ぎ、ニューマーケットの坂で調整しては、ルドルフと現地で最終的な試行錯誤を繰り返し履き馴らして貰った完成品――それがあの一足だ。
"――科学者ならば魔法の剣より
ディーネに冒険に連れ出され、ルドルフに出会ってからこの学園に来て、自身が抱える悩みに対し私が出した答えの全てがあの靴には詰まっている。アレに使われているのは『こちらの世界で得た経験から作った』と胸を張って言えるものだ。ルドルフを勝利に導く靴であり、私にとって今までの自分との決別の形。
大地にしっかり両の脚をつけ、
振り向かない、
嘆かない、
取り戻せない過去に怯え続ける意味なんてない!!
――そんな私とは今日で本当にさようなら!!
最後まで嘘をつき通してでも、私はこの世界に生きている方々を幸せにしたい!
"――それが科学者というものだ! 技術発展に伴う業を背負う勇気を以て、幸福と発展を願う現代の魔法使い。叡智を担う者の生き方だ!!――"
それと同時にスタンド内からまるであり得ないものを見たような声が上がり動揺が走っていく――!
その原因はルドルフが並んでいたリチャードウェルズと前年度勝者トレードトゥリーティをかわしその前に立ったからだ! コーナリングが得意な彼女ならここで取れるだろうと思っていたがこうも上手くいくと思わなかった。
外を回ることで遠心力を軽減した分スピードを乗せて前を奪取。この作戦は成功し前半約1000mで4番手、ラビット抜いて3番手。通過秒数は並列思考して数えてる通りなら約72秒――これも予定通りだ。
ここまで何もかも手のひらの上。
思わず口元をゆがませる恍惚にも似た感情が滴り落ちた。
あとはルドルフの勝負根性次第。私はターフで戦う勇者達の結末を見守るため、双眼鏡を首に下げそっと手を離す――。
前半1000mのタイムはこの妄想描いてる奴の手動計測のため、実際のデータと異なる可能性があります。ご注意ください。
※誤解を受けたくないので※
遠心力を考慮したコーナリング技術の話は、レースものでは昔から取り扱う1次作品が大変多い実在技術です。ダメって言われてしまうとほぼ書けなくなり、攻略できなくなってしまいます。似たようなものを見ても、あくまで同じ技術が通用したという感じでご理解いただければ幸いです。