IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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大変お待たせしました。

ルドルフ視点から始まり、
◆◇◇から◇◆◇までがトレーナー君視点です。
その後またルドルフ視点で行きます。


『Sire X,1936-1957』Le coeur hérité【後編】

 セージにマークがバレた所で仕掛け合いの始まりだ――!

 

 青い字がかかれた白い看板が左手に通過し、下りが一旦収まった。次は高低差2mの坂だ。少しだけペースを保つのが楽になるだろう。

 

 先ほど通過した林より小さい木立(こだち)が視界に入る。そして後ろに控えていた者がひとり、ついにしびれを切らせた。私、そしてセージを抜いて、短い水平部を利用し『Sunny Princess』(サニープリンセス)は白い勝負服をはためかせ勢いよく前を狙っていく。

 

"――今行けば響くだろう――"

 

 そしてまたコースが交差してる所がある。

 そこを横切り終わる地点が残り1400m(アガリ1000m)の入り口。

 

 ――1分30秒。2年前の重より1秒も早い。ここで焦ったり、調子に乗れば潰れるのは確実。

 

 残り400mから勝負を挑むのを決めチラリと左側を見る。

 外ラチすぐに生えていた森が交差点通過辺りから少し開け、これがまたコースに近づく地点。それがブローニュ池の真横――『フォルス・ストレート』の入り口になる。

 

 早まりそうになる自分に待てと言い聞かせる。バ群はペースを保ち曲率が(ゆる)すぎるカーブに吸い込まれていく。曲がり切り偽直線に入るとセージは位置取りをすべく脚色を完全に変えた。彼女のペースを信頼し同じように私もついて上がっていく。

 

 後ろの者たちも我も我もと前を狙い、ターフを叩く鈍い音が騒がしい。ここで気を抜けば後続に飲まれるだろう――。

 

  ◆  ◇  ◇

 

――同時刻 ロンシャンレース場――

――関係者席――

 

『おや? 彼女ここは初めてなんでしょ? 意外に焦らないねぇ?』

『ルドルフのマークはセージなのかしら?』

 

 お馴染みの双眼鏡を外し肉眼でコースを見やると、青い淑女がルドルフを誉め、カラス帽子の淑女が私にそう尋ねる。そしてディーネは無言で食い入るようにレースを見ている。

 

『ええ、フランスでの試合は初めてです。そしてセージは最優先マークでした』

 

 ターフから目を離さず私はカラス帽子の淑女(しゅくじょ)にフランス語で返答した。

 京都レース場には外回りを通った際、途中内回りの一瞬空いた部分がある。それと似たような部分をぎゅっと圧縮されたバ群が通過していく。途中その内から抜こうと果敢に挑戦する子がいたが、無理だと悟りすぐに引っ込んだ。

 

 内ラチの開いた部分の幅は50m。そこを過ぎると最終コーナーかつ、200m×3(アガリ3ハロン)の入り口となる。タイムは1分50秒。2年前の重バ場よりも2秒早い!

 

 先頭フラウラが小回りを利かせて回り

     少し下がってトレイドゥが内ラチ沿いをまわる。

 

 仕掛け準備をしたセージは一気に加速。(ふく)らむにまかせ高速で突っ込んだ。

    ルドルフは加速しつつもセージの半バ身後ろ、やや内側を器用に曲がって着いて行く。

 

 回転数が上がった蹄鉄の音のように、私の心音が分析を邪魔しそうな勢いで暴れはじめる。

 

"――タフネスこそ全てがEUの常識っていってもこれは!――"

 

 ラビットたちが作り上げたラップは『とち狂った』といっても相違ない。語彙力をぶっ潰してこの状況を例えるなら『全員ぐでんぐでん! 残り3ハロンよーいドン!』だ。

 アガリ1ハロン目(残り600~400m間)は17秒、残り400m(2ハロン)

 

 ――カーブが含まれてはいるがこれは如何(いか)に。フラウラは限界そうではあるが、まだ必死に歯を食いしばって逃げている。

 

    『フラウラ』先頭。

 

 『セージ』が大外の3バ身後ろ。

   1バ身さがって『North Trickster』(ノーストリックスター)

     

 半バ身後ろ『ルドルフ』がこの間を見る。

 

  『North Heart』(ノースハート)『All Strong』(オールストロング)

  その後ろ1バ身からこの横並び2名が豪脚で駆けてくる。

 

"――え。前年度覇者じゃん! 相当後ろにいたのにいつの間に!?――"

 

 凱旋門は魔境なの!? 根性主義者しかいないの?!

 内心突っ込みつつも声にならない悲鳴を心の中であげる。あげた所でどうにもならないんだけど、叫びたくなるがぐっと我慢。

 

"――ここでやらかしたらお養父さまに叱られる!――"

 

 お説教の恐怖にブルリと震えあがってからバ場を見つめる。

 ここでオールストロングが捲りに行こうと内ラチ沿いに加速。その気配を察知したノーストリックスターが、それを受けセージが! ドミノ倒しに溜めていた脚を炸裂させていく。

 

 残り200手前 通過は推定17秒!

 セージがついに内のフラウラを外から抜き去り栗毛のノースハートが直後を追走

 

 ――ルドルフはまだ上がってこない!

 

"――まさか上がった!?――"

 

 私は声にならない悲鳴を内心にぶちまける。顔面蒼白のままがたがたと肩が震えた。

 

 ここまでしてまだ凱旋門賞は遠いのか! 心が折れかける。息を止め両手で両頬を叩いて(かつ)を入れる。

 トレーナーがウマ娘を信じないでどうするんだ!

 そう自分を叱りつける。それと同時に頬に静電気のような鋭い痛みが走った――!

 

「いったああああああ!」

『え? ちょっと急にほっぺ叩いたり一体どうしたの?!』

 

 頬に何かチリリとした痛みを感じ思わず日本語で叫んだ。

 前身の産毛が逆立ち、雷が落ちる前の帯電した状態のように肌の表面をビリビリとした何かが伝っていく。

 

 そしてルドルフの瞳がギラりと揺らいだのは気のせ――いではなく彼女がついに動いた!

 少しでもいいバ場を走ろうとセージとノースハートがインに斜めに切り込み、この一直線に動く2名の左側に空いた場所を狙ってルドルフは突っ込んでいく。

 

 ルドルフは緑の荒海とかした不良のターフを掻き込み、程よいストライドとピッチを組み合わせて一気に突き抜けた――! ターフに走る横ナギ一閃の雷のように進むルドルフを見た私の全身に鳥肌が波打ち、会場は音で砕け散り割れんばかりの熱狂に飲まれる。

 

 ルドルフは現在3位のフラウラを抜き去る!

 私は柵にしがみついて腹の底から何かを叫んだ!

 もう自分が何を言ってるかもわからない!

 

 残り200――先頭まであと2バ身! ルドルフの強襲に前2名の余裕は消えた。

(GOAL←)

   トリック         フラウラ

 セージ

      ルドルフ

 

 ターフビジョンを横切り残り100!

 ルドルフはついにトリックスターを捕まえた!

 英国の時とは違い今度はきちんとゴールの先の獲物に目を向けている!

 音がきこ――意識を――向け――目を見開く――

              オール

    トリック     フラウラ

 セージ           ハート       

  ルドルフ

 

『――! ――! ―――――』

 

    トリック    オール

 セージ          フラウラ 

   ルドルフ       ハート

 

 

 

『――――、――――! ―――――!』

(↓GOAL)

     トリック    オール

   セージ          フラウラ

 ルドルフ         ハート

                ベルダンサー

 

 

 

 

 

  ◇  ◆  ◇

 

――同時刻 ロンシャンターフ上――

 

 

 2分39秒0――半バ、身差で何と、か勝ちを、もぎ取れた。

 息も、絶え絶えで、余裕もなく、思わず妙な、笑い声が、出て、きそう、だった。

 

 減速しながら、私は客席に手を振って、ファンの期待に応える。そして、客席の上の方に――両親と祖父達がいたような、気がした。何だかんだで、見に来てくれて、いたのだろう。

 ――嬉しかった。大好きな両親に認められたような気がして、なんだかね。

 

 息も整ったところでトレーナー君が居るであろう、関係者席を振り返り見る。

 

 ……いない。代わりにディーネと淑女がふたりが大慌てしているのが見えた。嫌な予感がして柵を飛び越えて駆け寄ると――。

 

『ルドルフどうしよう! おチビちゃんがノビちゃった!』

『介抱ありがとう。予想はしていたがこうもその通りになるとは。――トレーナー君、おーい……』

 

 ひっくり返ったトレーナー君をディーネから受け取る。大きな感情の揺らぎがあるとショートしてしまう癖があるらしく、彼女はものの見事に気絶していた。今までにも未遂はあったがこれは困った。

 ぺちぺちと軽い音を立てて頬を2回叩くこと3回。ピクリとも動かないので流石に何かあったのではと心配になる。そしてこの騒ぎを聞きつけたメディアまでやって来て、スタッフも入交り救急車を手配するかという大騒ぎになってしまった。

 

『――ふむ。これで起きなければ』

 

 私が彼女に"――――"と、聞くと絶対に起きてくれる禁句を"ささやく"と――。

 

「――絶対イヤ!」

 カッと目を見開いて飛び起きた。それを想定して頭を離していたお陰で、私の額が正面衝突する事態は避けられた。ささやいた内容が聞こえたのかディーネが困ったような、呆れたような複雑な苦笑いを浮かべた。そして彼女はスタンドのスタッフに『救急車は必要ない。大丈夫だ』と伝えてくれる。

 

『あ――』

 

 私の腕の中で顔を白黒させて動揺していたトレーナー君が今度は真っ青になった。驚き慌てふためいて飛び回る小鳥のような姿に、思わず笑いが込み上げそうになる。

 

『Bonjour いい朝――ではなくもう夕方だね?』

『Bo……Bonjour あはは……ごめん』

『想定内だから気にしないでくれ。立てそうかい?』

『ええ。大丈夫です――ディーネもごめんね』

『気にしないで。おチビちゃんを落っことさなくてよかったよ』

 

 しっかり立てている事を確認し、私とディーネは安堵の表情を浮かべ離れる。両耳には周囲からシャッター音が騒がしく流れ込んでくる。

 

『ルドルフ、優勝おめでとう――何て言ったらいいか、言葉がすぐ思いつかないですね』

 

 勝った瞬間を彼女はきちんと見届けていたようだ。私は

 

『ありがとう。ふふ、私も同じ状態なので、互いに落ち着いてからまた労い合おう。さあ、皆が待ってる――行こうか』

 

 私は彼女と出会い、ルイビルを離れた時のように左手を差し出す。彼女のエメラルドの双眸(そうぼう)は、あの時と同じように潤んでいる。しかしそれは悲しみではなく、喜びの意味合いを含んでいる。手で眼を擦らなくていいように、用意していた白いハンカチを彼女に渡すために一度立ち止まる。受け取ってから『ありがとう、進んで大丈夫ですよ』という彼女をまた連れ立って歩む。

 

 場内には割れんばかりの歓声が降り注ぎ、それらは雨のように地平線に満ち渡る。ロンシャンのレース場からブローニュの森を越え、その一帯へとその熱は伝わっていった――。

 

  ◇  ◇  ◆

 

――20××年 10月8日 午後19時――

――パリ市内 某所ホテル付近――

 

 迎えの車に乗り込み我々は次の目的地である『祝勝会』の会場を目指している。シャンティイで知り合った方々が好意で開いてくれたのだ。

 

 私は夜会に合わせフォーマルなグリーンと金の刺繍の入ったハイネックドレスにアウター。トレーナー君はTPOに合わせたスーツとシンプルなコート身につけただけであった。『今日くらいドレスコーデでいいのでは?』と彼女に意見した。しかし『仕事中です。そして貴女が主役なのよ?』と断られてしまった。私が着飾った姿を見たいといっても返事は『No』。相も変わらず彼女は頑固だった。

 

"――まあ、そこが良い所なんだがね――"

 

 車窓の外を機嫌良さそうに見つめるトレーナー君の髪型は、いつもの三つ編みカチューシャのおしゃれシニヨンだ。そして今日はその団子の一部に髪飾りが刺さっている。

 

 大春車菊(コスモス)の小さな花束を模し、やや桃色がかった透明な樹脂製のかんざし。かんざしの根元からシャラリと音を立てる長すぎない2本の金のチェーン。それに花びらを模した飾りがついている。あらかじめ買っておいたそれを身に着けるよう、私は全力でトレーナー君に押し付けた。

 

 そして私の説得に応じやっと彼女は折れた。それで、ささやかながらオシャレをしてくれたという訳だ。ダメといったら絶対に譲らない。そんな彼女が私に譲ったというのはある意味大きな戦果だった。

 

 しかし、そうやって身なりに関しては譲らなくてもだ……。

 先程からトレーナー君は嬉しそうに目を輝かせている。きっとパーティと聞き、美味しいグルメにありつけるのでは? と期待しているのだろう。もし彼女にウマ耳と尾があるならばそれはそれは、何を考えているかもっと丸見えになるくらい騒々しい状態になっているだろう。

 

 ――うまうみゃ!

 

 彼女の紺色(こんいろ)のジャケットスーツから通信アプリLEADの着信音が聞こえる。彼女はそれを確認し、ほっとした表情を一瞬浮かる。そしてこちらに顔を向けた。

 

夕餉(ゆうげ)は何が出るか楽しみですね」

 

 トレーナー君は食事について考えていた。笑ってしまうと彼女がヘソを曲げてしまいそうなので、適当に笑顔で誤魔化(ごまか)す。

 

「そうだね。久しぶりに緊張せずに食事が出来る」

「ええ。色々肩の力が一旦抜けたからやっと食事に喉が通るよ。――ルドルフ、ファシオの事なんですけど……」

 

 彼女の口からまさかのファシオの話が出た。思わず私の両耳が大きく反応する。このタイミングで話すのだから悪い知らせではないだろう――そう思いたい。

 

「戻すまで時間はかかるけど――傷病による引退は回避できそうよ」

「そうか! それは朗報だ」

 

 どうやらオルドゥーズ財閥フランス支部の病院の技術力が勝利したらしい。世界一の技術力を持つ医療機関は伊達ではなかった。今までなら選手生命を奪う程の骨折であったが、それが繋がったのだ。奇跡としか言いようがない。

 

「病院スタッフを通じ伝言を預かりました。『"いつかロンシャンで再戦しましょう"と、心に整理をつけて、もう一度鍛えてくるから勝ち逃げしないでね』だそうです」

「なるほど。――なれば我々も迎え撃つ準備をしなければな」

「ええ。あ、会場につきましたよ!」

 

 重い装甲が入ったドアが自動で開き、祝勝会が行われるホテルの前についた。

 先に降りて彼女の手を取りカーペットの上に降りる。出迎えにきたボーイにまず感謝と短い挨拶を交わし、案内に従い夕闇が通り過ぎた中に進む。

 

 白を基調とし所々に淡い色合いのアクセントが入った内装だ。眩しさに目を細めながら見上げると豪華なシャンデリアが煌々と照らしている。そこでズラリと並ぶホテルのスタッフがまず両端に飛び込んだ。私とトレーナー君はスタッフにアウターを預ける。どこかに生花を飾っているのだろうか、自然ないい香りが漂ってくる。

 

 そしてここだと案内されたホールに入ると、さらに強い光が3つある大きなシャンデリアから降ってくる。思わず眩しいと一瞬目をつむりかけた。

 

『おめでとう。どうしてもお祝いさせて欲しくて、勝手に開かせていただきました』

『お気遣い痛み入ります。ご招待ありがとうございます。Jebel(ジェバル)理事長のご厚意に甘え、今日は大いに楽しませて頂きたいと思います』

『ええ。楽しんでいって。来てるのも学生さんばかりだから、あまりマナーは気にせずしっかり食べていきなさい』

 

 私たちが来たことでパーティが始まった。

 会場にはグランドハープによる演奏が流れ、それはとても柔らかく優雅な雰囲気を(かも)し出している。

 

 ――。

 

 隣にいるトレーナー君から空腹を知らせる小さな音が聞こえ、彼女の顔が真っ赤になっている。そこに触れると可哀想なのであえてそっとしておいた。

 

『さて、何があるか楽しみだね――行こうか』

『! はい!』

 

 意地っ張りな彼女を促して料理が置いてあるコーナーに向かう。するとニンジン関係の料理の他様々な料理があって私も心が躍った。用意された馳走の中には本格的な和風の料理も並び、パーティーを用意してくれたJebel(ジェバル)理事長の持て成しの気持ちの大きさがそこから伺える。

 

 現在腹ペコなトレーナー君は前菜コーナーのカルパッチョに目を付けた。

 

 ――赤いのはサーモンだと思うが白身の方は何だろう? 

 

 料理の前に置かれた札を確認するとフランス語で『Daurade Grise』(ドラードゥグリース)、メジナモドキと書かれている。フランスで最高の鯛に近い白身魚はヨーロッパヘダイだ。こちらの言葉で『daurade royale(ドラードゥロイヤル)』とよばれるが、そちらは加熱したほうが美味だと祖父に聞いたことがある。

 

 それを適量盛って会場の所々に設置された、青と白のテーブルクロスの丸テーブルに持って行く。先にこちらへ来ていたトレーナー君が、飲み物に水と白葡萄(ブドウ)ジュースを貰ってきてくれていた。互いに食前の挨拶をかわし、フォークで薄くスライスされた身にルッコラを2枚巻いて口に運ぶ。

 

 レモンの爽やかな香りと共にその酸味が広がる。それとほぼ同時にモチモチとした白身魚の触感と肉質の旨味と甘み。絶妙な塩加減の最後にシャキシャキとしたルッコラの苦味と胡椒の辛みがピリリとくる。

 ――これは当たりだ。もう少し盛ってくれば良かったな。

 

 水で口の中をリセットし、今度はサーモンの方を同じように食べる。

 同じ塩レモンの味付けだが、こちらは軽めにスモークされているらしい。燻製(くんせい)独特の香りが軽く鼻先を掠め、レモンの酸味の後にほろ苦さを感じる。

 

『Evening! 楽しんでる?』

 

 私より少し小さな尾の長いウマ娘、ディーネが声をかけて来た。赤の派手なドレス姿の彼女もここに招待されていたらしい。ニンジンジュース片手にとても機嫌が良さそうだ。

 

『Evening ディーネ』

『Evening.――ああ、やはりグルメの国とだけあって料理がおいしいね』

『うんうん。ところでふたりはメインを食べる準備できてる? 今日は凄いのが来るってさ』

『といいますと?』

 

 トレーナー君は(いぶか)しげに眉を(ひそ)め首を傾げた。私も同じようにそんな話を聞いていたかな? と記憶を軽く辿(たど)ったが出てこない。

 

『メインは旬のLangoustine(ラングスティーヌ)の白ワイン蒸しだってさ』

『それはまた随分な御馳走だ。ふふっ、楽しみだね』

 


Langoustine(ラングスティーヌ)欧州藜海老(ヨーロッパアカザエビ)

 高級食材。単に『Scampi』(スカンピ)とも。手長エビのような外観をした深海エビ。(から)はロブスターみたいに硬い。日本のアカザエビと違い加熱向き。生食の是非は意見が真っ2つ分かれる。旬は10月頃。産地により(から)の硬さや値段が変わるので、あんまり安いのを買うと()き身難易度が爆上がりする


 

『それで―"さっき"から"殺気"のようなものまで感じる―のか』

『? ルドルフの日本語はなんて言ってるの?』

『What do you call cheese that isn't yours? Nacho Cheese.――"Nacho Cheese"が"Not your cheese"と聞こえるように、"殺気"と"先程"が日本語における発音が似てるんですよ』

『なーるほど。"サッキカラ殺気"――か』

 

 トレーナー君は『世界ダジャレ辞典』にも載っていた凡例(はんれい)を出し、私の日本語についてディーネに説明している。

 その間もまだかまだかと会場にいるウマ娘達は、会話を楽しみながらも、ソワソワとメイン料理が出てくるのを待っている。祖父からもそのエビはとても美味しいと聞いていたが、まさかこれ程の人気とは。

 

『ん――ちょっと話してこなきゃいけなさそうな方がいるから、私行ってくるわ』

『エビは良いのかい?』『それまでには戻るよ』

 

 そういってトレーナー君は空になった皿とカラトリーをテーブルに置いた。そして白葡萄(ブドウ)ジュース片手に他の来賓との会話に加わりに行った。

 

『真面目だねぇ――』

『ああ。時々頑固が過ぎて中々手を焼かされるよ』

『そっか。ねぇ――ルドルフはあの子を見てどう思う?』

 

 グラスのニンジンジュースを揺らしてから飲み干し、お道化たように話していたディーネは真面目な質問を突如として向けて来た。

 

『難しいな――。生まれ持った才能が毒であり薬。強いが脆い時もある』

『その答えが出るという事は、あの子の才能に関する話は聞いてるんだね?』

『ああ。まさかあそこまで重い内容とは想像がつかなかった』

 

 ディーネとは普段LEADでもチャットのやり取りはするが、常に飄々(ひょうひょう)とした雰囲気で掴みどころがなかった。

 しかし今回再び直接相まみえた事で、その彼女もついに腹を割って踏み込んできた。彼女もまたトレーナー君の異質な能力に気付いていたのだろう。

 

 きっと送り出す時は心配だったろうなと思いながら、ディーネに返す言葉を考える。すると彼女は会場の隅に視線を向ける。私も釣られて同じように何を見ているのか先を追う。その先にはトレーナー君がいて、上手く会話に加わり何かを談笑しているのが見えた。

 

『最初ルイビルで出会った時は死んだような目をしていてね。結局その原因は話して貰えなかった。そして、それは恐らく解決していない』

『まだ隠している気は薄々していたが、やはりそうか。まあ、彼女が自ら話してくれる日が来ると思うので、気長に待とうと思う』

『なるほど。上手く行ってそうでよかった。もし彼女が苦しんでいたら、勝手なお願いだと思うけど助けになってほしいんだ。抱え込みがちで自分の幸せは全て後回し――そんな不器用な所があるから』

『引き受けた。それに関して出来る限りの事をすると約束しよう』

『――ありがとう』

 

 ディーネは緊張した面持ちから安堵を浮かべた。そしてトレーナー君は会話を切り上げ、ちょこちょこと小走り手前くらいの歩調でもどってきた。

 

『ただいま。エビパーティーは始まってしまいましたか? って、ふたりともなんか雰囲気違うけど、何かありました?』

『え? ああ、難しい相談をしてたんだよ』

『少し難易度が高い内容でね。仲互いなどではないから安心してくれ』

 

 時折妙に勘が鋭い所があるので驚かされる。流石は『無事之英雄』を送り出すGrandといったところだろうか? 私を信頼している彼女は『そうでしたか』といって秋風にそよぐコスモスのように可憐な笑みを浮かべた。

 

 そして会場にはエビの(から)が焼ける香ばしい匂い広がり、温度差でぱちぱちと鳴る音がよく聞こえる私の両耳が捉える。

 

『お。メインが来たね! ふたりとも行こうよ』

 

 ディーネはウインクを私たちに投げて、『行こう』というジェスチャーを片手でして先を歩く。そこにトレーナー君も私も続いた。

 そしてその途中――私は目の前で談笑するある人物に目がいった。

 

『今回はイギリス校でもなく日本でしたね』

『ああ。だけどイギリスは日本の近代化の先生だから、よってイギリスの勝ちだよ』

『何それ卑怯よ。反則じゃない』

 

 コミカルな会話を繰り広げるJebel(ジェバル)理事長くらいの年齢のウマ娘たち。そのうちのひとり、"カラスのブローチを付けた青毛のウマ娘"に何だか見覚えがある気がした。

 

 ――あの方はもしかして。

 

『ルドルフ、どうしたの?』

『いや。すまない。ちょっと見覚えのある方がいたものでね』

 

 気にはなったが、今はエビの確保が最優先。それを食べ終わったら折角だ。色々な方に話しかけてみるのもありだろう。特に先ほどの淑女おふたりには、スタンドでトレーナー君が倒れてびっくりさせてしまっていたし――。

 

 私はあのウマ娘の結末を何となく察し、今は幸せそうにしてることに安堵した。それと同時にトレーナー君がひっくり返っていたあの光景を思い出し、噴き出しかけたソレを微笑みの内に隠した――。




【タイトルの意味】
 Le coeur hérité―心を継ぐもの―という意味です。
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