IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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大変お待たせしました。
トレーナー君視点からはじまり、◇◆◇からルドルフ視点です。



【幕間】天高くウマ"超"ゆる秋の日常

――20××年 10月上旬某日 午前12時30分――

――日本 トレセン学園 寮付近――

 

 2度寝は最高の文化。異論は認め……どっちでもいいか。

 

 口の中に入れているリンゴ味の飴を転がすと、カラりと歯に当たって頭に音を響かせる。

 

 ルドルフもそうなんだけど、私の方も帰国してからずっと仕事だった。マネジメント部門と打ち合わせとかまあ色々と山積みになっていた。

 

 久しぶりにゆっくり寝かせてもらって本日は午後出勤。本当は15時から仕事を始めたらいいんだけど、片手には個人的に頼まれたお土産が1袋。これを渡さなきゃいけない。早めにきたことだし、気分転換に散歩するのもいいかもしれない。

 

 今日は久しぶりに悪夢を見ずに寝られた。いつもの時間に習慣で眼が覚めたものの、2度寝までする事が出来て気分は爽快だった。

 

 背中を伸ばしたくて腕と顔を上げる。上へ、上へとタケノコのように伸ばす。そして見上げた青が高い気がした。

 

 頬に当たる風、吸い込む息から乾いた空気を感じ取れる。

 9月はそこそこ雨は降ったが、今月頭は例年と比べれば(スズメ)の涙の方がまだ多いんじゃないか? といったところ。夏にもそんな予感はしていたが、本当に果物や野菜の物価が高騰しそうな感じだった。

 

"――無事なのはお米だけだったかな?――"

 

 台風があまり来なかったお陰でお米は豊作なんだとか。加持祈祷(かじきとう)まじないが主流の昔ならば、今年は旱魃(かんばつ)クラスの少雨だ。灌漑(かんがい)技術の発展がココからうかがえる。

 

 そして次走『菊花賞』は京都レース場で行われる国内クラシックの3冠目。開催日は11月11日――某お菓子メーカが、キャンペーンを打ちまくるこの日の快晴率は高い。

 しかし、5日か6日の降水確率のほうが高く、ここで降ればバ場は多少渋る。稍重(ややおも)くらいは想定して用意しておかないとダメだろうな。

 

 京都レース場――通称"(よど)レース場"。

 日本の地名は地形や災害履歴に由来するモノが数多くある。"(よど)"という地名の由来は"(よど)み"。水()けが悪く水が溜まってる"低湿地"だからこの名が付いた。

 

 京都レース場の建設予定地は中州(なかす)かつ小さな池が点在する地区であった。そのため工事は難航。結局レース場の真ん中に池を残し水神を祀ったのだという。

 

 こんな土地なのでターフの下が砂だとしても、雨が降ればどうなるかは想像に難い。梅雨時はバ場が物凄い事になるため、現在URAは改修を計画していた。

 

 

 小さくなった飴をかみ砕いて飲み込む。そして欠伸(あくび)を手で隠しながら大きくひとつ。校門が近づき右手に美浦寮と栗東寮が見えてきた。何気ない出勤風景だったはずなのだが――?

 

"――あれ? 転入生なんていたかしら?――"

 

 栗東寮の前に"シロネコムサシ"のトラックが1台。そしてそのトラックから大量の段ボールの運び出しが行われている。

 転入生の引っ越しだろうか? とも思ったがそれはおかしい。毎朝起きたらスタッフ用のサイトで、伝達事項を全部記憶してからきている。しかし、ここ数日どころか1ヶ月分の情報にそんな記載はない。

 

 何事だろうかとボーっと見つめていたら――。

 

「お嬢様こんにちは! 今日は昼出勤かい? ってうわぁ何これ!」

 

 フジキセキはこの状況についておそらく何の連絡を貰っていなかったのだろう。私に挨拶をしてくれた彼女は、この光景を目の当たりにして耳も尾も逆立てて驚いている。

 

「こんにちはフジキセキ。あら? 貴女もご存じなかったんですか?」

「知らないよ! 宅急便が来るってのは聞いてたけどさぁ――まさかお嬢様の仕業、いや、今の反応だとでもないかな?」

「ええ。面白そうですが、段ボールまみれにする連絡の一報くらい入れますよ」

「面白そうって……えぇー」

「ふふ冗談ですよ。しかしおかしいですね、転入生も来ていないはずなのに」

「それなんだよ」

 

 首をひねっていると、視界の端にどこか見覚えのあるSPがいた。確かファインモーションの護衛隊長だったはず。私の視線をたどりフジキセキも一緒に振り返る。

 

「お二方こんにちは。寮長殿、驚かせて申し訳ない。行き違いで寮への連絡が遅れました。これらはすべてファインモーション殿下宛と、エアグルーヴ様への荷物なんです」

「こんにちは隊長さん。あーそういう事――了解。いつにも増して量が多いからびっくりしたよ」

「こんにちは。それでこんなに沢山届いていたんですね」

 

 そう言えばエアグルーヴが何かぼやいてたな。前に同室の子の家族から、贈り物が多すぎるとか言ってた覚えがある。フジキセキの言動から考えるに、こんなことは何度かあったようだ。確かにこれは多い。

 

"――というか、あれ全部入れたら、部屋に寝る場所はあるんだろうか?――"

 

 どう考えても箱の数が尋常じゃない。これは突っ込みを入れたほうが良いのだろうか? 仮に全部埋まっても、来客用の宿泊室もあるしと悩んでいると――。

 

「このままだとふたりの部屋を埋め尽くしちゃいそうだなぁ――(あふ)れた分は寮の倉庫に誘導しておくとして、そこを超えるような贈り物は気を付けてくださいね」

「承知しました。ご厚意ありがとうございます」

 

 よかった。これでふたりの生徒が贈り物爆撃によって来客室送りになる心配は無くなった。ほっとして私はふたりに別れを告げ、今度は校門へと向かう。

 

 朝なら門の前にたづなさんがいるが、今は守衛のウマ娘たちだけ。そこを通過し中に入る。両脇には規則正しく街路樹が植わり、路面は長方形のコンクリートを石畳のように組んだ道。ゆったりと通る間、門の外へ向かって楽し気に走る生徒数名とすれ違う。きっとコンビニか寮へと向かうのだろう。

 

 昼休みで活気づいた校内は天気のよさもあり、噴水付近や芝の上でお弁当を広げ合って楽しそうにしている子達も沢山いた。

 

『今日の星座占いは……! 12位……こっこれは……』

『あううう――! 私に救いはないのでしょうかぁ!』

『あるとも!』

『『あるんですか!?』』

『別の占いを見ればいい! きっといいことが書いてあるさ!』

『なるほど! では早速四柱推命で見ましょう!』

 

 噴水の広場のベンチで、お昼を食べ終わったらしいマチカネフクキタルが、中等部の子達と遊んでいた。そのうちのひとりはよく覚えている。入学前のオープンキャンパスでうっかりぶつかって花瓶を倒してしまい、物凄く委縮してしまっていた子――メイショウドトウ。その隣に居るのはテイエムオペラオー。面白い言い回しで話す子なので、何となく印象に残っている。

 

「あ! こんにちはお嬢さま~」

「こんにちは。いい占い結果は出ましたか?」

「はい~! 救いはありました!」

 

 嬉しそうに目を細めて耳をぴこぴこと動かして喜ぶドトウ。花瓶の件でタオルを渡すために声をかけたのが切っ掛けで、見かけるとこうして明るく話しかけてくれる。そして彼女の隣にいるフクキタルも自分の分を占い直したらしく、今日は大吉だと喜んでいた。

 

「おめでとう。よかったですね、フクキタル」

「ありがとうございます! ハッピーカムカム! やりました! あれ? お嬢様、そういえば今日は午後出勤ですか? 珍しいような……?」

「ええ、今日はありがたくも午後出勤になりました。ゆっくり出来てリフレッシュです」

「この頃、冷えてきましたねぇ~。お休みの日にお布団でゆっくりしてると、私もとても幸せな気分になります~」

「うんうん2度寝は最高ですっ! この所ずっとお忙しそうにしていて心配でしたが、ゆっくりできたのなら何よりですね!」

「折角宝石のような髪と瞳を持つのだから、元気でいるほうがより輝いていい! そう! このボクみたいに!」

 

 オペラオーの周りからキラキラとした光が一瞬見えた気がした。この子と話している時物凄く眩しいんだけど、なんでなんだろう? 心の中で私は首をかしげる。

 

「あんまり無理して、身体壊さないでくださいね? お嬢さま~」

「皆さんお気遣いありがとうございます。体調に気を付けながら頑張ります」

 

 心配そうな表情をしていたドトウにお礼を言うと、彼女はぴこぴことまた耳を小さく揺らした。

 

「凱旋門で世界一を戴冠した皇帝と、その名軍師殿の次の獲物は菊の花(MUM)。自信の程ははどうだい?」

「言い表すのが難しいですね。自分のできる事で最善を尽くします。そして、それはどのチームの方も同じで、全選手が努力しています。なので次も気は抜けません」

 

 そう返すとオペラオーは満足げに笑みを浮かべた。

 

「そういった姿勢は素晴らしいと思う! それでこそボクが挑みたい会長とそのトレーナーだ! 嗚呼(あぁ)、ボクも早くスカウトされたいよ」

「ふふっ頑張って下さい。それまでに挑む壁を出来だけ高くしておきますから」

嗚呼(あぁ)、こちらとしても望む所さ! 是非挑み甲斐のある記録を皇帝と共に作りたまえ! はーっはっはっは!」

 

 こんな感じだけど誰に対しても平等で、励ますのが案外うまかったりするのがオペラオーのいい所でもある。彼女と軽口を叩き合ってから3人に別れを告げ、私はお土産を頼んだ本人の待つ部室へと足を進めた――。

 

  ◆  ◇  ◇

――20××年 10月上旬某日 午前13時10分――

――学園本館 ×階 某部室前――

 

 校舎に入り目的地の部屋の扉をノックした。すると――扉が少しだけ空いて聞き覚えのある声が私に小さくささやいた。

 

『合言葉は?』

「……知らないから帰りますね」

 

 そんなものは知らされていない。面倒なので帰ろうとすると、ドアの隙間から手が伸びて来てガシリと私の腕を掴んだ。これだけ見るとホラー映画の一幕にしか見えないし、普通なら驚くがもう"この子"が相手だと慣れた。

 

「まあまあまあ! そう怒んなよ! ほら、いちごミルクチョコ味の"ニンジンの里"やるから。な?」

 

 お菓子を渡され部室にされるがまま引き込まれる。私にお土産を頼んだのは、このひと際大柄なウマ娘――ゴールドシップだ。

 

「茶いる?」

「ありがとうございます。頂きます」

 

 匂いからして今日は罰ゲームなどに使われる、"センブリ茶"などではなく普通のお茶らしい。初見の頃、そのお茶でイタズラされたので少しだけほっとした。

 

 そういえば校則違反が軽微な場合、濃く淹れたセンブリ茶を500mL飲まされる罰則に変わったらしい。あのお茶は身体にいいとはいえ、あんな苦いものを500mlも飲まされるのか。罰則終了まで短時間になったとはいえ、恐ろしい内容である。そして、その改訂案の効果は覿面(てきめん)であった。余程の事が無い限りきちんと決まりを守るようになり、本当に困っている子が見えやすくなったそうだ。

 

「へいおまち! アールグレイだ!」

 

 目の前に置かれた白い湯気が立つカップ&ソーサーからは、柑橘類(ベルガモット)の香りが漂ってくる。私とゴールドシップは、刑事ドラマ風のグレーデスクに互いに対面に座った。そして何故かお茶請けに"雷神おこし"が差し出される。――なぜ紅茶にこの組み合わせなんだろう?

 

 とりあえず断りを入れてから一口味わう。茶葉独特の苦みを少し感じてから、香りが抜けていく。

 

「これが頼まれていたお土産ですね。コスメと尻尾のお手入れセット」

「おうサンキュ! お代はいくらだった?」

「うーん。なんか頼みたいときにそれでチャラでどう?」

「なるほどーじゃあ、何か依頼あればまた頼んでくれよ」

 

 ルンルンでそれらを出して確認しているゴールドシップ。破天荒なイメージばかりだが姿は上背のある美女そのもので、私服のセンスも実は抜群だったりする。

 

「ほんじゃ改めてー凱旋門賞おめでとうございまーす! イエーイパチパチパチ」

「ありがとうございます。前にもっと堂々としていろって言われた意味、最近は少しずつ分かってきたような気がします」

「気にすんなって! アタシはお嬢サマが乾燥地帯でパスタなんか()でてないか! 心配で心配で――夜もぐっすりだったぜ?」

「良質な睡眠がとれていそうで何よりです。でも、フランスにそんな場所在りましたか? 砂漠パスタをやるような場所なんて……」

「あるぜ? ほら」

 

 スマホを起動して少し操作したゴールドシップは、私に画面を見せてくる。

 


La Dune du Pilat(ピラ砂丘)

 フランスの海岸線にある巨大な砂丘。

 観光名所でもある。


 

 説明ページには青い空と海、そして白い巨大な砂丘が波打ち際まで広がっていた。

 

「ああ本当だ。こんな所があるんですね」

「だろー? ここでビーチバレーすっと、すっげー映えるんだよなぁ」

「行ったことあるんですか?」

「まあなー」

 

 今度遊びに行ってみようかなと思いながら、私はそれを記憶する。ゴールドシップはスマホを仕舞い、今度は腕を組みうんうんと頷き目を細めるような表情を浮かべる。そして耳を二度ほどぴこぴこと細かく動かした。

 

「でもって会長が勝ったってのにさ。お嬢サマが派手にぶっ倒れた時には、流石のアタシもびっくりしちまったぜ」

「ああ、あの時のですか?」

 

 ゴールドシップがいう件はルドルフが勝利した時のこと。

 感情がオーバーフローした私は完全に意識を飛ばし、気が付いたらルドルフが近くに居た。しかも飛び起きたので、ウッカリルドルフに頭突きをかましてしまう所であった。もしぶつかっていたら、表彰台で私たちの額が大変な事になっていただろう。

 

「おう。寮の奴らとピザとポップコーンつまみながら見てたぜ? 阿鼻叫喚(あびきょうかん)って感じで凄かったぞー」

 

 楽し気にニシシと笑うゴールドシップ。彼女がこんな風に笑っているという事は相当な騒ぎになっていたのだろう。なんだか申し訳ない気がした。

 

「もう少し強くなりたいですね。精神的な衝撃に。何かいいアイデアありませんか?」

「そりゃー無理だろ」

「バッサリですね」

 

 両手を顔の横に水平に上げ、お手上げって感じにゴールドシップは眼を細めた。

 

「そりゃおめーさ、自分が無理って思うもんになれるかよ。まあいいじゃん? 何もなかったんだしさ。焦らずゆっくりでいいと思うぞ? 性格とかそういうの、変えるのは時間がかかるもんだしよ」

 

 ゴールドシップは珍しくまともな意見で諭した。その意外さにキョトンとしていると、彼女は机に身を乗り出して、対面に座る私の頭をぐりぐりと乱雑に()ではじめる。ゴールドシップはこうして私を時々子ども扱いするときがあるが、不思議とそれが自然に見えた。

 

「そうですね。では、ついでにもうひとつ相談してもいいですか?」

「おお? お嬢サマが相談!? 珍しいなー。厄介ごと2つにして返していいか?」

「ええー……それは勘弁で」

「ジョーダンだよ冗談! で、何だよ相談って」

「ルドルフについての相談になります」

「ほうほう会長の?」

 

 ゴールドシップは目を細めて腕を組み余裕の笑みを浮かべ、うんうんと頷いた。そして紅茶を優雅にティースプーンでひと混ぜして口に運ぶ。

 

「伝説の番組『ダジャレ百連発』に彼女は出たいそうです」

「っ――ゲホッゴホッ はいいいいい!?」

 

 まあルドルフの普段の謹厳実直(きんげんじっちょく)な雰囲気からするとこれは意外よね。あまりに意外過ぎてゴールドシップはお茶を咽てしまったらしい。声をかけてハンカチを手渡すと、彼女は手でありがとうという動作をした後、それで口元を拭った。

 

「サンキュ。ってか何それどういうことだ?」

「最近テレビ取材の打ち合わせをしていたら、ルドルフからそういった希望が出まして。昔から憧れていた番組らしくオファーが来ないかなぁと」

「それお前――」

 

 ゴールドシップは凄く真剣な表情で(うつむ)いた。

 

"――うーん、やっぱりルドルフのイメージ考えたら無茶だったk――"

 

 心の中でそう呟きかけたその時だった。私の隣に素早く回った彼女は膝立ちになり、肩をがしっと掴んで目を合わせる。

 

「お嬢サマは地球を滅ぼす気か!」

「……えええええええ!? え、なんで!? 何でそうなるんですか!」

 

 なぜそうなったのか意味が分からない! 見開いたピンクがかったアメジスト、ゴールドシップの瞳に私の驚いた表情が反射して見える。

 

"――なんで! そんなにルドルフのイメージに合わなかった!?――"

 

 でもそれだけで地球を滅ぼすとかそういう話になる!? 普通ならないよね! 私は全く以てゴールドシップの発言の意図が読み取れなかった。

 

「そりゃ会長のギャグは全てを凍てつかせ氷河期を招くおやじギャグ(エタニティ・ブリザード)だろ! お前まさか気付いてなかったのか!?」

「たまに滑ってるときがありますが、仰るほどでしょうか?」

「おまっマジで――」

 

 耳を垂らしゴールドシップは完全に呆れたように項垂れた。私を見つけると嬉々としてチョッカイをかけてくる彼女にしては珍しい表情。それを受けて私も驚き目を丸くするが、いつもやられっぱなしなので何だか新鮮な気分でもある。

 

「もしかして。お嬢サマ――実はアンタの正体は氷河時代のマンモスなのか!?」

「それウマ娘含むヒト型人類ですらなくなってますよ!」

「じゃあ原人ー! ウッホッホイ!」

「確かに氷河期に居ますし近いけど、えー……」

「とりあえずお嬢サマが相当鈍いってことはよくわかった。マジでそれを叶えるなら、あるぞ? 方法は」

「というと?」

 

 ゴールドシップは呆れた顔をしつつも何か作戦を考えてくれたようだ。若干疲れた顔の彼女は机に両肘をついて手を組み、手に額を乗せている――どこかで見覚えのあるポーズだ。

 

「まあお土産貰ったしこれはサービスしとくか。今の時代は動画配信とかあるだろ? ルドルフとウマチューブのチャンネルでもやって、地道にバラエティ人気を稼いでみ? 多分それで出られるからさ。アタシも既にチャンネルやってるし、何かあれば手伝うぞ」

「ありがとう。凄く助かります! ルドルフが喜んでくれるといいなぁ ふふふ」

「お前ホント会長の事大好きだなぁー」

「ええ。だってルドルフのワガママ聞けるのって、今傍に居る方々ですと私や理事長しかいないじゃないですか」

「ふーん。それだけ尽くされたら走る側も冥利に尽きるってもんだな」

 

 ゴールドシップは微笑みながらそれを適当に流し、私たちはお茶とお菓子を楽しんでいると――。

 

「おーいゴルシーいるか?」

 

 ノックの直後にガラリと横開きの扉を開き入ってきたのは、癖の強い長い鹿毛にゴールドシップと同じ色合いの瞳。制服姿にグレーのニット帽。帽子の穴からお耳がぴょこんと出てるウマ娘――勝負師ナカヤマフェスタだ。

 

「いるぜー。何か用か?」

「ちっと勝負がしたい。大富豪の人数が揃わなくてな。参加しないか?」

「いいぜー。こっちのお嬢サマも連れてくか?」

「それは面白そうだ。いこうぜ」

「え――? なんで私? 午後から仕事なんですけど……」

「お嬢サマが午後出勤の時は15時スタートからだろ? まだ時間あるんだしあそぼーぜ!」

 

 そういって米俵のよう私を肩に抱えたゴールドシップは、ナカヤマフェスタと一緒に大富豪会場まで向かっていった――。

 

  ◇  ◆  ◇

――20××年 10月上旬某日 午前13時45分――

――学園本館 生徒会長室――

 

 エアグルーヴとナリタブライアンは午後からトレーニング。したがって今はこの部屋には居ない。私は会議用の通信機材をそろえ、生徒会長室の自分の席に座って通信を待っていた。

 

 そして飛んで来た通信に応答すべく、ノートパソコンを操作して応答する。すると――。

 

「――おや?」

『こら! やめなさいオリーブ!』

 

 映っていたのは随分大型のフクロウ――茶色い毛並みにオレンジ色の瞳。そして2本の触覚のような羽角をもったフクロウは、ガシガシとカメラにかじりついている。そしてドアップの顔を披露していた。トレーナー君がいっていた養父のペット、ユーラシアワシミミズクのオリーブ君だろう。

 

 離れるように促されたのもあり、満足したフクロウはカメラから離れた。そして後ろの豪華な止まり木で羽繕いをはじめる。

 

『すいません。大変失礼しました』

『ふふっ。いえ、構いませんよ。夜ですし彼らも遊びたいのでしょう』

『そう仰っていただけると助かります。改めましてGood evening.そちらではGood afternoon.自己紹介は省略して構わないですね?』

『はい。大丈夫です。こんばんは、オルドゥーズ財閥総帥××××殿』

 

 外はねミディアムの"黄金の毛並み"に、深いエメラルドの瞳――アハルテケ由来の血を引き、エメラルドの瞳を持つ半人半バ(スマグラディ・セントウル)の頂点に立つ者。オルドゥーズ財閥現総帥がシンプルだが質の良さが伺える内装を背景に、フクロウの毛が2本ほど散った執務机をはさみ、ゆったりと革張りの椅子に腰掛けていた。

 

 その見た目はトレーナー君聞いていた年齢よりずっと若い。そして、養女の彼女同様に整った容姿をしていた――。

 

『まずは凱旋門賞での勝利おめでとうございます。そして、勝利後に娘がご迷惑をかけ申し訳ないです』

『いえ。嬉しさゆえの事でしたし、ご令嬢が無事で何よりです』

 

 はじめて直接話す財閥総帥の姿勢は低く表情はとても優し気で柔らかい。その雰囲気や面差しはトレーナー君にそっくりで、見知った感覚を受けなんとなくほっとする気がした。

 

『さて、本題に入りましょうか――議題は坂路建設についてでしたね?』

 

 相手方の切り出しで会議は始まる。時折退屈したフクロウのオリーブ君がいたずらをするなどして、場は和みながら意見は大方まとまった――。

 

『これで議題は最後ですね。何か質問や他に頼み事はありますか?』

『大丈夫です。お気遣いありがとうございます』

『では後日正式書面を送らせてもらいます。大体3日後になるかと。ところで――』

 

 これで終わるかと思ったら、財閥総帥は手元で大型のフクロウを撫でつつ、ニコニコと微笑みながら話題を振ってくる。疑問に思い耳を前に向けて謹聴(きんちょう)する。

 

『娘に素敵な髪飾りをありがとうございます。あの子は仕事で相手を威圧(いあつ)する時くらいしか、派手に着飾ってくれません。もっと日本語でいう"着道楽"に走ってくれても私は嬉しいのですが、難しいですね。今回我が子が着飾ってくれた姿をHorsebook越しにでも見れて、大変うれしく思いました』

『彼女の助力もあり二人で得た勝利で私だけで勝ったわけではないです。故にもう少し着飾ってもらいたかったのですが、あれが精一杯でした。そんなにもなのですか――?』

『昔から真面目過ぎる子なんですよ。不安定ながら大人のような立ち振る舞いをする。もう少し子供らしくても良いんですけどね。ははは』

 

 そしてその後、トレーナー君の養父と軽い世間話を交わし、挨拶をして通信を切る。彼女のあの性格や性分は、幼いころからというのだから驚いたものだ。

 

 息を吐きだし立派な布張りの背もたれに、ぐっと身体を預けてくるりと椅子を回しながら天井を見る。

 この後は会議で決まった内容を報告書にまとめて理事長に転送。仕事を振り分けているとはいえ、私にしかできない内容もある。遠征中にテレワークできなかった分を消化するため、今日一日をデスクワークで取っておいて正解だった。

 

 ボーっとした頭で庭を横目で見降ろすと、何やらトレーナー君が皿のようなものを持って徘徊(はいかい)している。

 

"――あれは一体なんだろう?――"

 

 奇妙な光景の理由が気にはなったが後で聞くとしよう。

 しかし、髪飾りをつけただけであれだけ喜ばれることには驚いた。身につけるモノの質は良くても常にビジネスライクな装いなのだろう。

 一度だけトレーナー君が権威を見せつけ実力行使した事はある。しかし、あんな服装をしていたのはあの時以降はない。そして彼女の普段の装いはおしゃれではあるがシンプルだ。

 

"――正月に振袖をレンタルして2人で着てというのも難しいか?――"

 

 休憩がてらコーヒーを淹れるために私は立ち上がり、併設の給湯室へと向かう。

 去年の正月、行き交う者たちにキラキラとした目を向けていた彼女のことだ。きっと全く興味がないわけではない。けれど頑固な彼女をどう説得したらいいだろうか?

 

 頭を悩ませながらペーパードリップ式の器具をセットし、コーヒーを量り入れる。そして水を小さなケトルにいれて火にかけた。

 

"――そうだ。あのアイデアはどうだろうか?――"

 

 両親の代からお世話になっている呉服屋さんが、販路拡大を考え海外展開をしていたのを私は思い出した。その店は押し売りなどはせず、健全な商売をしているし応援したい。私の方にもお店の広告の依頼が来ていた。そしてトレーナー君のHorsebookにはセレブフォロアーが非常に多い。お店の宣伝を兼ねて着てもらえば一石二鳥だ。

 

 きっとそんな理由なら商売人気質で、非常に気立ての良い彼女も引き受けてくれる可能性が高い。彼女は芸能関係者ではないが、肌も綺麗で鼻筋が通っており大粒の宝石のような瞳が大変魅力的。いわゆる"映える"とやらにはピッタリのモデルだろう。そうと決まればアポイントメントだ。私は通信アプリLEADを起動し、お店に連絡を入れた――。

 

 

  ◇  ◆  ◇

――20××年 10月上旬某日 午前14時30分――

――学園本館 3階――

 

 呉服屋さんに連絡を入れたら是非にとも話がまとまって、コーヒーを味わってからトレーナー君を探しはじめた。アプリで連絡を入れてもよいのだけれど、何となく先ほどの奇行が気になってその真相も確かめたくなった。

 

"――もし着せるなら何色だろうか? 髪色が青みを帯びているし、青……水色を薄くぼかした白も青と緑を引き立てるだろう――"

 

 ダークサファイアの輝きの黒髪に、エメラルドの双眸(そうぼう)には、彼女が産まれ落ちた雪の白がとても似合ってしまう。彼女は髪や瞳に合う青を合わせてしまいがちだが、きっと白をベースにしたカラーリングも似合うだろう。

 

 捕らぬ狸の皮算用。まだ虎穴虎児も得ていないのにと笑われてしまいそうだが、そんなことを考えながら廊下を進む。連絡を入れて待ち合わせてもいいが、気分的に音を探って彼女を探す。敏感すぎる我々の五感はこう言った時に便利だった。

 

 ほどなくして紺色のスーツを着た目立つ髪色のトレーナー君を見つけた。――何故だかホワイトソース? シチューのような匂いを彼女は漂わせている。私は疑問に感じながらも声をかけた。

 

「トレーナー君」

「こんにちはルドルフ。生徒会のお仕事お疲れ様です」

 

 とてもいい笑顔で振り向いてくれた彼女の両手には、なんとラップがかかった皿がひとつ。その中身は――どう見てもホワイトシチューだ。どういうことだと私は耳をくるくると回して考える。

 

「こんにちは。――ところで君は何故シチューの皿を持ってるんだ? 先ほどから中庭の方でもその皿を持って徘徊していたようだが……」

「先ほど生徒さんに誘われてやった大富豪でボロ負けしまして。罰ゲームの内容がシチュー皿を持って校内を回るという"シチュー引き回しの刑"だったんです」

 

 恥ずかしそうにはにかみながら彼女はそう答えた。

 

「シチュー皿を持って校内を回る――それで"市中引き回し"とかけて、"シチュー引き回し"か。あははっ! 随分ユニークなシチュエーションの罰ゲームだ」

「ナチュラルにダジャレ混ぜましたね。いんじゃないんですか? でも、やってるほうは中々恥ずかしいんですよー!」

 

 たしかにタダひたすらに皿を持って歩くだけというのは、奇行だけが目立ってかなり恥ずかしい。仮にも彼女はとても目立つ存在なので余計に異質に見えている。何事かとこっそり耳をそばだてていたウマ娘達は、私たちのやり取りをヤジウマして聞き取り、その奇行に納得したような表情を浮かべている。

 

"――ふむ。大富豪。財閥令嬢……――"

 

 ふと頭に言葉が引っ掛かった。私は腕を組みしばし考えひらめく。パタンと大きく動かしてトレーナー君に即席かつとっておきのこれを披露する事にした!

 

「大富豪で負けるか――それは勝負の風向きが悪かったね」

富豪(ふごう)風向(ふうこう)ですか?」

「ああ。いい出来だろう!」

 

 これは及第点を貰えるはずだ! 私はワクワクしながらトレーナー君の評価を待つ。すると彼女の口元が()を描き勝利を確信した。

 

「いいですね。今日も絶好調そうで何よりですよ」

 

 罰ゲームを恥ずかしがっていたトレーナー君が笑ってくれた。これで気分明るく彼女は午後の仕事に取り掛かれるはずだ!

 

 だが、トレーナー君の肩越しの向こう側――シチュー引き回しの奇行を気にして立ち止まり、状況を見守っていたタマモクロスが、声にならない声をあげ何やら一言を言いたげな視線を私たちに向けていた。

 

 ――何故だろう?

 

渾身(こんしん)のギャグが気に入って貰えてよかった! これで午後もがんばれそうかい?」

「ええ。お気遣いありがとうございます。あと、このシチューは私が食べて言いそうなので、ちょっとした役得感はありますね。ふふふ」

「よく見ると美味しそうだし、恥ずかしいが空腹時には良い罰ゲームかもしれないな? ところでトレーナー君。君に頼みたいことがあるんだ」

「? なんでしょうか?」

「私がお世話になっている呉服屋さんから、広告の話が来ていたのを覚えているかい?」

「ああ、あの話ですね。覚えていますよ」

「それでなんだが。あのお店は海外展開もしていてね。君が私と一緒に着物を着て、Horsebookに投稿してくれたらきっと助かると思う。どうか仕事として引き受けてくれないだろうか?」

 

 トレーナー君に打診すると、彼女は考える間もなく――。

 

「いいですよ。私は芸能面ではただの一般人なので、それ相応のモデル相場で引き受けましょう」

「ありがとう。いいお店だからなんとか応援したくてね。助かるよ」

「ふふ。私としても新しい商売のアイデアに繋がるかもしれません。お仕事のご紹介ありがとうございます」

 

 私の思い描いた通りトレーナー君は色よい返事をくれた。

 連絡先の呉服屋さんも彼女が引き受けてくれるかどうか、とても楽しみにしている。気の良いあのご夫婦に、いい報告が出来そうで思わず笑みがこぼれた。

 どんなふうに着せ替えようか? 想像するだけでとても楽しくなる。妹の服を一緒に選んでいた時のような、まるで童心に返ったかのような気分になる。

 

「では後日改めて日程を決めようか」

「ええ、午後もお互い頑張りましょう。それでは」

「ああ。またね、トレーナー君」

 

 そういって私達は互いにやるべきことに取り掛かるべく、行動を開始した――。




次はレース回になるとおもいます。
できたら1週間半以内にはあげたいかな? といったところです。
それではよいお年を。

変更履歴
寮名が片方脱字。栗東がぬけ美浦寮だけになっていたのを修正。
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