IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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 あけましておめでとうございます。
 大変お待たせしました。

 ザックリし過ぎの菊花賞レースプログラム

【挿絵表示】

 国内初長距離です!

 ??????視点の独白の後

 ルドルフ視点から始まり

 ◆◇◇から◇◆◇まで
 スタンドの話がトレーナー君視点

 ◇◆◇からラストまで
 ルドルフ視点です

 それではどうぞ!


ヘ君之後秊三十四『典賞之淀』

 ――背が高いとレースに出られない。

 そう聞かされた時はとてもがっかりしたものでした。

 

 しかし、ルールを変えて下さって競走に出る事が出来ました。

 

 当時は今より交通の便が良くありません。

 そして重くなりすぎた冠により、いとまを頂戴することに。

 

 時代は移ろい、フチュウの景色も大いに変わりました。

 

 そしてついに無敗でクラシック3冠を手にする者も現れた――。

 

 拝啓、四十三年後……否、××の貴方へ――。

 淀の芝はワタクシが走った時のように、重いのでしょうか――?

 

――20××年 11月9日 15時頃――

――京都府 淀城跡公園付近――

 

 

「残り2個。ギリギリでしたねー」

「SNSで評判になると一気に無くなるな。まだあってよかった」

 

 淀城跡地付近のコンビニから出る。

 本日の装いはトレーナー君はいつものスーツに、髪はゆるくクリーム色のシュシュでまとめていた。私は冬服といったところだ。

 11月に入った途端気温が20度台まであがり、京都の天気はグズつきはじめていた。レース前日となる明日の予報は雨。今年の菊花賞は稍重以上の開催が予想されている。

 

 今日はトレーニングは休みで宿泊施設の近所を散歩していた。

 これだけ見ればただの何気ない日常の一幕だが、周りを見回すとテレビカメラにレポーターが幾人か。宿泊所を出たあたりから取材を申し込まれ、所謂密着取材というものを受けている。

 

 そして、目の前のトレーナー君は、今しがた購入した特大肉まんの入った袋を気にしている。きっと温かいうちに食べたいのだろう。

 

「温め直すのは勿体ないな。折角だし食べてしまおうか?」

 

 気を使ってそう告げる。すると満開の山茶花(さざんか)のような笑顔をトレーナー君は浮かべ『はい!』と嬉しそうに返事を返した。

 コンビニの脇の邪魔にならない所に立ち、彼女と私は1つずつ顔面サイズの大きな肉まんを手に取った。

 

 白い紙にくるまれたそれを袋から取り出し、火傷しない様に割ってみる。中からは肉まんのいい香りと共に湯気が立ち昇る。

 

 火傷しない様に少し待ってからひと口かじると、ほくほくした皮とそれにしみ込んだ肉汁の旨味が一気に広がる。

 

「例年より暖かいとはいえ、気温が下がってきたこの時期だからこそ、"温かい物"を食べると"ホッと"するね」

「――"ホット"なだけに?」

「ふふ。ああ、そうだ」

 

 それとほぼ同じタイミングで、目の前のメディアの方々がザワついたような気がした。何かあったんだろうかとも思ったが、それはすぐ収まった。

 

 トレーナー君は手に持った豚まんを熱そうにしている。猫舌気味の彼女には、今すぐかぶり付きたい気持ちと、火傷へのリスクがせめぎ合っているのだろう。目は一気に食べたそうな顔をしているが、食べ方が極めて慎重だった。

 

「美味しいなぁ。やっぱりコンビニっていいですよねー」

「アメリカにも出店しているようだが、やはり珍しいかい?」

「州都を離れると便利なものは無くなります。例え州都にラーメンやお寿司があっても、お高かったり色々と不便なんですよ」

「なるほど。州都は便利とはいえ"舶来"(はくらい)の名店の"把握"(はあく)をするにも大変そうだね」

「その通りです。ふふっ――本日も絶好調そうで何よりです。レースもその調子で頑張りましょう」

 

 言葉が複雑すぎて海外育ちの彼女には滑るかと思いきや、その予想以上にいい反応を貰えた。そして何やら異音を両耳を捉えたので取材の方々を見やる。すると音声らしきスタッフが盛大にこけていた。

 

 ……足元でも凍っていたのだろうか?

 

 それに気を取られていると、今度はトレーナー君から『あ!』っと悲鳴があがった! 何事かと思って彼女を振り向くと――。

 

 まだ半分以上あったはずの彼女の豚まんはなく、ついでに泣きそうな顔をしていた。その原因は落としたのではない事を私はすぐさま察知できた。

 豚まんを奪った犯人の音を捉えて見上げると――トンビが肉まんを鷲掴みにして得意げに飛び去っている。

 

「! 怪我はないか? 賀茂川近辺だけかと思いきや、まさかこのような市街地にいるとはっ!」

「ええ。――肉まんだけさっと取られちゃったので、指とかは大丈夫です……」

 

 トレーナー君は少しずつ食べていたおやつを奪われ、瞳から光が消えるほど完全に消沈していた。あまりの様子に気の毒だと思い、手元の肉まんに目を落とす。割った残り半分はまだ手を付けていないし、冷めきっていない。

 

「――食べるかい?」

 

 残っていたそれを差し出してみる。ぱっと明るくなったが、ゆっくり首を振って彼女は頷かない。

 

「それはルドルフのオヤツだよ? 貰ったら悪いです」

「ふむ、なら」

 

 それをさらに割って、多めにちぎった方を与える。

 

「これなら同じ量くらいだ。先程のトンビが戻ってくる前に食べてしまおう」

「気を使わせてごめんね。ありがとう――いただきます」

 

 受け取って周囲を警戒しながらも、ほっとした顔で食べているトレーナー君。残りの肉まんを口に放り込みつつ両耳でまた音を探る。仲間のトンビを警戒するがそれらしき音は一切しない。一羽でたまたまこの辺りを飛んでいたのだろう。

 

  ◆  ◇  ◇

――20××年 11月11日 15時――

――京都レース場 スタンド――

 

 

 気温は18度。空を見上げれば辛うじて切れ間から蒼穹(そうきゅう)が見える程度。半人半バという消費の大きな身体は糖分を欲する頻度が高い。集中力を切らさない様口に含んでいたリンゴの飴玉をかみ砕いた。

 

 レース場付属の宿泊施設を出た時には雨がパラついていたが、それも今は止んでいる。

 

「珍しくピリ付いているな」

 

 振り返ると白い芦毛に大きな背丈。毎度おなじみイタズラ大好きトリックスター……。

 

 ではなく、赤いフレームのメガネとフカフカした毛並み。そして幅広のウマ耳。右耳に王冠のような金の耳飾りを付けたウマ娘、ビワハヤヒデがそこに居た。あとブライアンも一緒に来ている。

 

 ブライアンが居るのはさぼったわけじゃない。生徒会のふたりが今日仕事を済ませて観戦しに来るという連絡を貰っていたからだ。きっとエアグルーヴもどこかに居るのだろう。

 

 主に食生活について言い争っていることが多いブライアンとハヤヒデだが、このふたりは案外仲が良い。きっとハヤヒデが出かけると知って自分も来たかったのだろう。この日の為に一生懸命準備しているブライアンを想像すると、なんだかほっこりした気分になった。

 

 

「そりゃクラシックの3冠目ですからね! こんにちはふたり共。――あれ? エアグルーヴは?」

「――自分のトレーナーと見るそうだ」

「ああ、東条先輩も来てるんですね」

 

 口に葉っぱを咥えながらブライアンは器用に返事をした。一体どうやって喋っているんだろうか? 腹話術の一種だろうかと不思議に思っていると――。

 

「最も強いウマ娘が勝つと言われるのが本日行われる『菊花賞』。――君が担当するのは、凱旋門とキングジョージで世界のシニア級から勝利をもぎ取った、現在クラシック級最強のシンボリルドルフだろう? それでもまだ君は不安なのか?」

「――ええ。レースに『絶対』はありません。私の仕事は信じることと、抜けが無いか心配する事。それが私の戦い方なんですよ」

 

 ハヤヒデが言うことは最もだった。けれどそれでも私のやる事は『万が一』を考えて抑えることだ。詰めて詰めて詰めて、ひたすらパターンを詰めて。そうやって勝率を上げる事こそが私にとってのトレーナー論だから。

 

「君の辞書に『慢心』の2文字は存在しなさそうだな。よい心構えだと思う」

「ありがとうございます」

 

 本日出るレースは長距離にあたる。ルドルフにとっては初めての距離だが、3000m級のレースを完走できるスタミナが必須といわれる、フランスG1『凱旋門賞』を勝った彼女には十分勝機がある。

 

 ここを勝てば海外含め5冠。凄いウマ娘だとは思っていた。けれど、この戦績は想定を超えている。一体シンボリルドルフはどこまで強くなるのだろう?

 今日も無事に勝てるといいなとか考えていると、ファンファーレが場内に響き始める。私は入場地点に視点を向けた――。

 

  ◇  ◆  ◇

――20××年 11月11日 15時30分――

――京都レース場 ゲート前――

 

 バ場の一点を見つめ、呼吸を整え精神を統一するルーチンを終え、ゆっくりと瞬きをして息を吐きだした。

 

 この時期にしては高い気温の所為で、中途半端に生ぬるい風吹いている。それがバ場を乾かし、午前中の重は稍重へと変化した。

 私が挑む菊花賞は10R。既に数組以上走った、冬の気配がする(茶色に染まった)ターフからは土の匂い立っていた。湿った風が池の水の匂いを強調し、踏み込むターフからは重たい音が少し響いている。

 

 自分で決めたこととはいえ、レースのローテーションが詰まっている。その状況でバ場が少し軽くなってくれてありがたかった。

 

『雨は上がりバ場コンディションは若干の回復を見せた京都レース場。第10R芝3000m右回り、G1菊花賞は18名の出走です。淀を制し最も強いウマ娘となるのは誰だ!』

 

 若い女性のアナウンサーによって、場内アナウンスが流れ始める。

 

 本日のトレーナー君の注意点は『無理に前に出ずマイペースに走ってよし』であった。

 はじめての長距離走という事で、全員スタミナ切れに注意しながら走る。

 バ場の重さ、私をマークする者が多数だろう。そのためほぼ全員が前残りの作戦を取ると彼女は予想した。

 

 バ群は団子になるか、目の前に壁が出来る可能性がある。無理に外に出して距離ロスを出すくらいなら、内で待機といったものであった。

 

 ただし『ヤケクソ気味に注意』とのこと。一か八かに掛け、とんでもないペースで飛ばしているようならば、そのウマ娘は警戒せよ。指摘内容はそんな所だった。

 

『3番人気はフジミフウウン! 庵原(いはら)の、清見がさきに、朝はれて、富士は秋こそ、見るべかりけれ! 秋の主役はこの子か!』

『2番人気はウエストライデン! 好走が続く秋の昇りウマ娘! 淀を貫くのは彼女の雷霆(らいてい)か!』

『1番人気はシンボリルドルフ! クラシック3冠目もまたこの子が独占していくのか!』

 

 前方に進むと上り坂になっている地面を歩き、ゲートイン――。

 

 クラシック3冠――その栄光まで手が届く位置にやってきた。掛かりかける心を落ち着かせ、スタート体勢を取る。

 

 

『各自態勢整いました』

 

 ゲートが開く音を捉えるために集中する。

 屋根を激しく叩く台風の雨音にも似た歓声が、意識の外に遠ざかる。

 

『――スタートです! 18人全員いいスタートを切りハナを奪ったのは2番ファルコロック、その1バ身後ろにベルマッハが続くが、外まわって16番アローパワーが抜いて2番手先頭を狙う勢い!』

 

 内に近い5番ゲートから出た私は周りの者をまず前に行かせる。

     ひとり

   ふたり 

 34567――。

 

 あっという間に私の前は他の出走者に覆われ、沈み、埋め尽くされた。

 

『先頭から2バ身離れてラッシュソルティ4番手! その内半バ身離れてパミスエデン5番手!』

 

 前半200m(残り2800m)。淀の坂を9割ほど登り切った3コーナー手前の通過は13秒。

 

 "――坂をゆっくり上るセオリー通りのスタートだが、ここからどう出る? ――"

 

 京都の最終直線は東京ほどではないが、約2ハロン(約400m)と長い上に平坦に近い。

 焦らず3000mを3つに割って1000mごとのタイムを出し、中盤1000mのタイムを確認。それから仕掛け時を決めても遅くない。

 

『3コーナーを過ぎバ群は急な下り坂へと雪崩落ちていく! 先頭はファルコロック半バ身リード、外を回ってアローパワー2番手の位置。1バ身半後ろベルマッハ3番手。これを見る様に内ラチ沿いパミスエデン4番手、その外まわって1バ身後ろラッシュソルティ5番手で追走!』

 

 頭の隅で数を数えながら、私は先頭から10バ身以上離れた中団後方の内ラチ側を走り続ける。

 

『おっと下りで勢いづいたか!? 先行集団が団子状態ゴチャついてきた!』

 

 3コーナーの急坂を抜け下りとカーブがゆるくなり、前半600m(残り2400m)の通過は36秒。このままいけば前半1000m(残り2000m)の通過は61秒前後になるだろうか?

 

 私の前にはおよそ10名以上。全員前へ前へと行くものだから、三角形の壁のようになっている。外ラチ側はガラ空き。とても走りやすい。

 

 景色は変わり横右側にはラチではなく、暗緑色の生垣が代わりにお目見えした。そして、塊といっても相違ない先頭は、"かなり勢いがある状態"で4コーナーへ突入。

 よく観察していると大きく広がりながら回った。私も無理せず(ふく)らみながら曲がる。

 

"――4コーナーで先頭を取ろうと揉み合えば今のように『(すき)』は出来る――"

 

 この直角に曲がるような4コーナーは『予習済み』だ。

 

 かつてトレーナー君は私にこんなことを言った――『京都に似た新潟のコーナーを上手く曲がれれば、来年には菊の1等賞が拝めるでしょう』と。

 

 災害クラスの前線が迫る中、不良バ場の中開催されたメイクデビュー新潟。

 下りが無いだけで京都の右側を叩きつぶしたような、急カーブが再現されている。

 

『4コーナーを回ってスタンド正面の歓声がお出迎え!』

 

 頭上の聞こえすぎる耳を貫くように歓声が叩き込まれる――ぐっと我慢だ!

 

 当時は不良での開催かとがっかりした。しかし、それが今ここに経験として血が通い生きている。重以上のアレを経験しているので感覚は掴めている!

 

『人気のシンボリルドルフ先頭から13バ身の内ラチ側の位置! 中団やや後ろから動かない!』

 

"――きっと、行けるはずだ!――"

 

 幼いころ、ただ夢でしかなかったその淡い青写真が鮮やかな色彩を帯びてくる。

 一歩また一歩近づき、その勝利へのグランドデザイン。それとレースプランが並列した思考の中で、克明(こくめい)なものとなった。

 

 スタンド正面中ほどの前半1000m(残り2000m)――タイムは61秒。

 記憶が正しければ、4コーナーからここまで2ハロン、その1ハロン刻みは12秒前後。前はそれほど飛ばしていない。ここにはラビットなど存在しないので、先頭がゴールを狙うなら中盤1000mに息を抜くはずだ。でなければ、力尽き淀の坂に沈む――。

 

 そして足元の(ゆる)やかな下りは終わり、ほぼ平坦といって差し支えない状況となった。

 

『1周目のゴール板を過ぎ、先頭は内ラチ沿いファルコロック2バ身リード。その外からアローパワー2番手まだまだ追いかける! その外まわって3番手オーシャンアビス! ほぼ変わらず内にパミスエデンがこれに並んでいく! ベルマッハ、サーサルトなどバ群が過密気味です!』

 

 ゴール板を過ぎ足元は完全な水平部となる。ここから後半1200m、向正面の上り坂の入り口までは勾配(こうばい)のない道中が続く。

 

『1コーナーのカーブに突入! 半分に切断した正三角形のような先頭~中団までの15名のバ群! 広がり過ぎた子は大丈夫か!?』

 

(↑進行方向↑)

       |内ラチ

     先頭|

    2段目|

  3段目バ群|

4段(内省略)|

      私|

 

 目の前のバ群は渡りを行う鳥のような、三角形フォーメーションで大きく広りながら曲がっていく。

 1コーナーの通過は11番くらいだろうか? バ群が詰まっているから仕方ないからとはいえ、外を回らされた選手の距離ロスは痛いだろう。

 

『1~2コーナーの連続コーナーを抜けバ群は向正面へコマを進める!』

 

 1コーナーを抜けたあたりから数えていたタイムが落ちたのを見計らい、十分にひと息クールダウンを入れ2度目の淀の坂へと体勢を整える。

 

『先頭はファルコロック内側でリードは半バ身! その外1バ身に2番手ラッシュソルティ滑らかなコーナリング! その外3番手ウエストライデンが中団から外を通って一気にアガッてきた!! ものすごい勢いで前を狙っていくぞ!』

 

   マエ前へ、

  マエ前前へ

  前へ、前へ

 前前前前へ!

  まだ待機。

 前には9人――後ろから内ラチ沿いに居る私を外から包み込む様に、さらにバ群が押し寄せてくる。

 

  坂に入る前に良い位置を取ろうとバ群は一気に前に詰まっていく。これを見る様に私はまだ待機を決め込んだ。ここで精神的に(くじ)けて前に出てはいけない。それでいて離され過ぎないよう。いつでもまき直しを図れる状態で追走する。

 

 今回も長距離ということで凱旋門でも使った改・栄養補給法(カーボローディング)をより念入りに行った。そして前半を無理せず進んだため、まだまだ余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といったところ。これなら4コーナー( 4角 )で離され過ぎさえしなければ、十分瞬発力勝負に持っていける。

 

『残り1200! 向正面真ん中あたりを過ぎ、さぁここから3コーナーまで続く淀の坂! シンボリルドルフは中団内ラチ側! これは抜け出せるのだろうか?』

 

"――菊花賞のセオリー通りなら難しいだろう――"

 

 そろそろスタミナ切れで垂れてくる者が出るだろう。そう予想して内ラチを少し開けておく。すると先頭を走っていたファルコロックが下がっていった。

 

『先頭は内にアローパワー、その外にウエストライデンが物凄い脚で駆け上がり、アローパワーをかわし切ってハナを奪った! しかしその外からフォスターソロンがすかさず並んでいく! 坂を上り切る前から激しい先頭争い残り1000mを切りました!』

 

 中盤1000m(残り1000m)の通過は125秒、2分5秒前後。中盤1000mを64秒前後で通っており、前半1000mの61秒に比べ+3秒。

 プランは瞬発力勝負で決まりだ。狙うのは勿論(もちろん)――!

 

 バ群が坂を上り切り足元はまた急な下りカーブとなった。ここで行き脚を使い過ぎてもダメ、それでいて先頭から離され過ぎてもダメ。草原に隠れ獲物を狙う獅子のように、慎重に慎重に前進していく――!

 

 

『残り600ベルマッハ外を回って先頭! その内まわってウエストライデンわずかに2番手! 大外にフォスターソロンが差が無く追走!』

 

 6と書かれた赤と白のハロン棒が視界に横切った――もう何度目かの   あの感覚   (イカヅチが駆け巡る感覚)が両脚、全身を伝っていく!

 

"――今だ!――"

 

 4コーナーを曲がり始めたその時、スポーツカー(Speedstar)のアクセルを一気に踏み込むように加速! 真っ向勝負にでる!

 まず(ふく)らんで空いた2名くらいが通れる間をぬっての3名抜き!

 カーブがきつくなる部分で一旦ふっと力を抜いて小回りを利かせて、植え込みのすぐ横を曲がり切った!

 外にいた幾人かは遠心力で大きくコースを外れてゆく。

 

 スタンド正面を向いたその時前に居たのは――。

 

(←GOAL)

 ライデン

 

       私

 

   ベルマッハ

 

 ライデンとベルの2名のみ! そしてハナまで4バ身!

 

『残り400! 先頭は内を綺麗にまわったウエストライデン! 2番手外にベルマッハ! 3番手はまさかの4角の入り口8番手だったシンボリルドルフ! 内側を綺麗にまわって一気に距離を詰めて来た!』

 

 

 彼女たちの真ん中はメイクデビューよりも広く、綺麗に開いている!!

 坂らしい坂もない! GOAL(獲物)は見えた!

 ならばやる事は1つ――!

 

 一陣の風に乗り、一気にゴール板のその向こう( 幼き日に描いた夢 )へ向かって!

 

『残り200! シンボリルドルフがかわしトップに立った! 外からゴールドロード脅威の末脚で上がってくる!』

 

『ここでまさかのゴールドロード2番手に上がってシンボリルドルフに狙いを定めた!』

 

 私の後ろを中盤までマークしてずっとついて来ていた、ゴールドロードがここにきて急襲を仕掛けてきた!

 

 ――負けられない!

 

 歯を噛み締め、さらにストライドを伸ばし全身全霊を込める!

 しかし相手も迫りくる影のようにピタリと張り付き中々突き放せない!

 

 負けてたまるか! 負けてたまるものか! ここまで来て負けてたまるか!

 

 気持ちに負け振り返れば即奈落! 1バ身以内にまだいる気配がする中ただ只管(ひたすら)に、がむしゃらに駆け抜ける!

 

 

 ――――!

 

 ゴールを切ったのに気付いたのはいつもより遅かった。

 激しく渦巻く歓声と割れんばかりの拍手で我を取り戻し、減速しながら掲示板をチラリとみるとバ身数が表示されている。

 そして一番上に表示された数字は5――私のウマ娘番だ!

 

『やりました! シンボリルドルフ! デビューから10連勝! 無敗のクラシック3冠! そして国内外通算JPG1含むG1、5連勝達成だー!』

 

 観客に手を振りつつ、ブライアンに任せて来たトレーナー君が"また"倒れてないかすぐさま確認した。

 関係者席を確認すると曇天でも輝くダークサファイアの黒髪に、エメラルドの反射光――彼女は泣いているものの無事だ。ちゃんと意識は保っていた。

 私に向けて手を振ってはしゃぐトレーナー君の様子を、ブライアンはやれやれといったようなほっとしたような表情で、葉っぱを咥えて見つめている。

 

 そして、スタンドから発せられる、大瀑布に匹敵する中でもトレーナー君の祝福の言葉がはっきりと聞こえたような気がした――。

 

 

  ◇  ◇  ◆

――20××年 11月11日 22時00分――

――京都レース場 宿泊施設――

 

 寝巻用の赤いジャージズボンに白いダジャレTシャツ姿。大きなガラス張りのホテルロビーのような空間の向こうには、ライトアップされた和モダンな庭園。

 激戦を制しクラシック3冠を達成したこと、ライブの事――様々な要因からくる高揚感。

 

 口に出すのも恥ずかしいのだが、色々あって眠れなくなってしまっていた。

 高まった気分を醒まして眠るため、こうしてひとり庭を(なが)めていたという訳だ。トレーナー君はというと、20分前にLEADで就寝前のちょっとした会話と挨拶をして、今は(とこ)についている。

 

"――今月末には『ジャパンカップ』が控えているというのに、これではトレーナー君から雷を落とされてしまうな――"

 

 年末には有マ記念もある。学園も生徒会も忙しくなる。

 そしてジャパンカップ前々日にも急な予定が入ってしまった。

 体調重視に調整すれば何とかなる。トレーナー君は私の都合をなるべくかなえようと必死に走り回ってくれている。そんな状況で寝不足などと言い出したら、幾ら温厚な彼女でも――タブレットを放り投げて怒るかもしれない。

 

"――まあ、彼女が怒り狂うとしたら『食べ物を粗末にする』ことくらいだろうが――"

 

 それを目撃したのは先月の事。カレーの日にお邪魔して夕飯をごちそうになり、いつも通りトレーナー君の寮に泊まってパジャマパーティーに興じていた際の話だ。

 

 何かの番組で食べ物を粗末に扱っており、不快なのでチャンネルを変えようとした。

 

 その時だった――それを見たトレーナー君の様子が豹変(ひょうへん)したのだ。

 言葉を発したりして騒ぎはしてないが『彼女を本気で怒らせてはいけない』そう思えるほどの威圧感を放っている。あまりの事で理由を聞くと『食べ物で苦労したことがあるらしく、粗末にするのを見ると殺意がわく』とのこと。

 

 確かにそれは行儀のよい事ではないが、彼女の場合その不快感は"殺意”までいくのか――と私は内心(おのの)いた。

 

"――食事を大事にしている姿勢には好感が持てるのだけれどもね? それにしても――"

 

 ――どうして食べ物に苦労した経験があるのだろうか?

 

 赤子の頃から富豪の家で過ごしているのに――?

 

 家庭内の問題は絶対にありえない。先月話をしたトレーナー君の養父は、彼女を実の娘のように可愛がっている。欲しい物は何でも与えたいという溺愛にも等しい状況だ。そんな養父が彼女にヒモジイ思いをさせるとは到底思えない。

 

 おかしい、どう考えても矛盾している。

 トレーナー君は適当な事を私に申し立てる事はあり得ない。一体彼女は"過去"に何を体験したから、そこまでの怒りを感じるようになったのだろうか?

 

 庭を見渡せるようロビーに配置された2人掛けのゆったりしたソファーに背をもたれる。そして天を仰ぐように上を向いた後、息を吐きだして正面を向く――。

 

 その時だった――。

 

「うわぁ!?」

 

 首に冷たい何かが触れた。私が耳も尾も逆立てて驚くと、聞き覚えのある笑い声が聞こえて来た。

 

「いえい! イタズラ大成功です」

 

 匂いの時点でわかってしまったが振り向く。私と似たようなジャージに、プレゼントしたダジャレTシャツを着たトレーナー君が得意げに胸を張っていた。

 

 このところ、出会った頃よりもんどんお転婆さも増してきている。そんな姿に(あき)れて頭を抱えていると、彼女はちょこちょこと寄って来て私の左隣に座った。

 手には未開封のよく冷えた"白に青の水玉柄の乳酸菌飲料"持っており、目の前のモダンなガラステーブルに置いた。

 

「寝ない子はトリック&トリック。どう? 思いっきり冷やしてピタっとしてみたんですが、びっくりしましたか?」

「ああ、驚いたよ――君こそ寝たんじゃないのかい?」

「寝ようと思ったんですけど、来たことが無い施設を冒険したい気持ちが上回りまして」

 

 それでは私の事を咎める資格はないじゃないか!

 首にわざと冷たくした手を当てられ、してやられた私は――。

 

「ほう? 君は先ほど"寝ない子には"といったね?」

「――あ。もう寝ます」

 

 逃げ脚質は使わせない!

 危険回避しようとしたトレーナー君のクビを左腕でヘッドロック。ジタバタと暴れるトレーナー君をしり目に、乳酸菌飲料の缶で手を思いっきり冷やす。

 

「では、遠慮なくトリックを返させてもらおうか!」

後生(ごしょう)です!」

問答無用(もんどうむよう)!」

 

 缶をテーブルに戻し思いっきりトレーナー君の背中に右手を突っ込んだ。声にならない叫びをあげ、ジタバタと3秒ほど暴れた。そしてその後、(しめ)られた魚のように彼女の動きが止まった。

 

 ヘッドロックを解除して離すと、トレーナー君はすぐさま異議を申し立てて来た!

 

「ひどい! 1歳年上の身体に冷たい洗礼を浴びせるなんて」

「それはこっちのセリフだよ。第一、最初にやったのは君だろう?」

 

 ちょっとだけ笑いが(にじ)んだ表情から察するに、これは本気で怒ってない。明らかなフリなので鼻で笑って返し、左手の人差し指でツンとおでこを突く。そして勝手に飲んだら絶対に許してくれない気がしたので、乳酸菌飲料は没収せず返却した。

 

 

 目の前でごめんなさいと謝る彼女に、『こちらも面白かったから気にしないでくれ』といって、返す中――――そう言えば、出会った頃よりも彼女の喜怒哀楽は確実に豊かになっている。

 

 そんな気がした――。




 勝利後、指でやるあの決めポーズは海外勝利数含めると色々変わっちゃう。それはなんかおこがましい気がして無理だったので、本数はご想像におまかせします。
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