――20××年+1 12月4日 午後12時頃――
――トレセン学園 カフェテリア――
古にはこんな格言があるそうだ。"お腹が減っては戦はできぬ"。
そんな先人の知恵にならい、今日もしっかり食べる事にした。毎回食が細ってばかりだと、ルドルフに余計な心配をかけてしまう。
そして本日のおススメは牛筋たっぷりカレー。本当はこのメニューにするつもりはなかったけど、カフェテリアに入った瞬間に匂いでやられた。カレーの香りは暴力だね。
メニューの説明には『ニンジンと肉の
ウマ娘基準の超特盛まであるらしく、これ目当てで来ている学生も多い。
無料の発券機で定食券を発行し、それをスタッフに渡す。その間ビュッフェのようなスペースで、ベリー類が乗ったヨーグルトの小鉢、どんぶりサイズのトマトチキンサラダを追加。
すると辺りにいた生徒たちがざわついた。疑問に思って視線を辿り、何気なくカフェテリア側の入り口を見る――。
"――ん? ルドルフ?――"
今日はカフェテリアに来たのだろうか――? じっと見つめる。
しかし、振り返った姿は全く別のウマ娘だった。
鹿毛でどことなく顔つきが似ているから見間違えただけだった。
そのウマ娘はルドルフより身長が高いし、身ぶり手ぶりが外国系っぽい……。
服装もトレセン学生服ではなく、グレーのおしゃれなスラックスタイプのスーツ。しかも、トレーナーバッジらしきものも、何故か2つジャケットに付いている。
私以外の『Grand』全員の顔を覚えているがそれとも違う。となると、制度前に2か国でトレーナー資格を取っているウマ娘なのだろうか?
ルドルフのそっくりさんは、フランスのシャンティイ校理事長
思い返せば
小首をかしげている内に、カフェテリアのスタッフさんが私の番号を読み上げた。
出来上がったカレーを受け取り、今日は真ん中あたりの4人掛けくらいの席に陣取った。お昼になったばかりのカフェテリアの席は椅子取りゲーム。
いつもよりウマ込みになっているカフェテリアをぐるりと見まわすと、牛筋カレーを頼んでいる学生が圧倒的に多かった。人気メニューも手伝って空いている所は殆どないらしい。
そろそろ売店の方も、菓子パンやプリン、冷凍シュークリームの争奪戦になっているだろう。お昼休みは戦場だ。
落ち着いた所でおしぼりで手を拭いて、水をひと口飲んで口の中を潤す。
そしてご飯とカレーの境目当たりを、スプーンで
「――美味しい」
火傷に気を付けながらもうひと口、もうふた口、み口。
食べ進めてある程度満足したら、水とラッキョでリセット。さて、今度はトマトチキンサラダを食べて、それからまたカレーかな? 私の心は飽食真っ只中! 幸せいっぱいだった!
『ご一緒してもよろしいかな?』
多幸感に満たされていた私に突如それはふりかかった。料理を眺めていた私の前方かつ頭上から、アイルランド語が降ってきた!
しかも、発音的に社会階級はおそらく相当上! どっかの貴族かもしれない!
そう思った私は反射的に身構えはっとした。非常にだらしない顔をしていたと思うので、仕事モードに切り替えて引き締める。
『どうぞ、お掛けになってください』
『ありがとう。それにしても、流暢にアイルランド語まで話せるとは驚いたな』
話しかけてきたのは、先ほどルドルフに似ているなと思ったウマ娘だった。発言からして、このルドルフのそっくりさんは"わざと"アイルランド語を選んだのだろう。
私をびっくりさせた彼女に心の中で思いっきり! チベットスナギツネのような視線を送った。そして試し癖まであるのかな? どっかの誰かさんに益々似ている! と心の中で共通点に目を丸くする。
そして周りは更にざわつくいた。どうやらこのルドルフのそっくりさんは知名度が高い相手なのかもしれない。彼女の胸元のトレーナーバッジは、アイルランドと日本のバッジだ。コソコソと気にしてみていると、私の視線に彼女は気付いたらしい。目の前のルドルフのそっくりさんから小さな笑い声がこぼれた。
『ルドルフから聞いていた通り、とても分かりやすい表情だ』
『――どういうことですか?』
訳が分からず私は首をかしげる――。
するとそのウマ娘は
それで納得がいった――。『メジロ家』やルドルフの実家など、名門の家庭教師をしている有名なウマ娘だ。ルドルフ本人から指導を受けていた方だと、その名前だけ聞いている。しかし、顔までは確認していなかったので思わず目を丸くする。
『その様子だとルドルフ本人から、私の事をある程度聞いているんだね?』
『ええ。欧米に追い付きたい日本の熱意に応え、アイルランドから日本にやって来た。そして、あまたの教え子を育てた優秀な指導者。とても尊敬している先生なんだと、ルドルフ本人から聞いております』
それを聞いて
『ふふ、あの子らしいね。ところで、ルドルフは無事に前走結果を受け止められそうかい?』
『ええ、自分で気持ちの整理をつけ解決しました。また一歩選手として強く成長したと感じています』
『それは良かったよ』
目の前の
そんな疑問は次の瞬間吹き飛んだ。
『まあそう身構えないでくれ。――今日ここに来たのは叱責が目的ではなく、別件で貴女と話がしたくてね』
『そうでしたか。それで、別件とは――?』
『ルドルフ本人から貴女の話を聞いてね。何となく世間話をしてみたくなったんだ』
なんだ、そいういう事かと内心ほっと胸をなでおろす。すると――。
「トレーナー君と……ん? どうして先生がこちらに?」
「わわ! ルドルフ!?」
いつの間にかルドルフが、私と同じメニューをお盆に乗せ近くに立っていた。緊張感で彼女の接近に全く気付かなかった私は、大きく肩をはねさせ驚いた!
「集中してたからびっくりした! どうぞ。生徒会の仕事お疲れ様です」
「ありがとう。ところで先生はどうして学園に? 何か実家から知らせなどでしょうか?」
「今日は個人的な興味でやって来た。私と同じように、"学園全体の底上げを行うトレーナーがいる"と君が言っていただろう? だから同じ志を持つ者として話をしたくなったんだよ」
ルドルフが日本語で話しかけたことで、目の前のウマ娘も言語を切り替えた。普通に話せるじゃん……というか、家庭教師をしているなら当たり前か。
どうやらルドルフは、自分の先生である
それで
なるほど全てがつながった! にしても、ルドルフの家庭教師という事だけあって会話が硬い。
「そうでしたか。――トレーナー君、行き成りでびっくりしただろう?」
「ええ、どことなくルドルフにそっくりな先生ですね。色々とビックリしてます」
「あはは、子弟で似たのかな!」
「自覚はないがそんなに似てるのだろうか? トレーナー君、改めての紹介になるが。私の家庭教師をしていた
"――日本語の口調や、眉の上がり下がりの動きまで似てるなぁ――"
自己紹介を受けるなか、観察していてそう思う。不思議な事にこのふたり、子弟というより親子にも見える。雰囲気的にはそんな感じだ。
それは何となくだけど、トウカイテイオーから、ルドルフに近い雰囲気を感じ取った時の感覚のようだ。
そして私に関する紹介が終わってから食事を再開。
アツアツだったカレーは丁度いい温かさになっていた。火傷のリスクが無い事に安心してひと口。
――うん、うまい!
そして私たちは、"最近読んでいる本"など、取り留めのない世間話をした――。
◆ ◇ ◇
――20××年+1 12月23日 午後15時10分頃――
――中山レース場 スタンド――
双眼鏡を首から下げた今日の私の髪型はいつもと違う――。
シンプルに左側頭部で結んだサイドテール。その根元はシルク製の白いシュシュで止めた。光の反射でわかるように
この製品はルドルフから仕事の紹介を受けた、あの着物屋さんが作ったものなんだとか。デザインはルドルフ自身だそうで、作ったものを私にプレゼントしてくれたのだ。
配色は私の青光りする黒髪と合わせて、青と白と赤。この3つの色はキングジョージと凱旋門を制した記念に、この両国とこの国に関連する色から選択されている。
他にもうひとつイメージがあり、"草木眠る大地を育てる満月の白光。その輝きの源は赤く燃え上がる、胸中に秘めた太陽のような闘志だと"。
それがルドルフから見た私の本質だと、彼女は言っていた。
『これからもずっと、沢山のウマ娘や人間、
ルドルフはこれを手渡す時、はっきり私へとそう願った。
以前の私なら心にチクリとくるセリフだ。でも、今は違う。
この世界に私もできる事をしたい。私の世界の先人の叡智を生み出された願い通り、誰かの幸せに使う決意を持てたから。
そう変えたのは間違いなくルドルフだ――。レースを経て私たちはこの1年でも大きく成長できた。そう思っている。今はルドルフの心身の強さに対し、"いいな、
そして、イングランドで私がルドルフに被せた花冠のお礼にと、控室を出る時にルドルフが私の髪を結ってくれたのだ。鏡で見たそのシュシュは素晴らしい生地の光沢で、動くたびに石も煌めき揺れ気分が上がり調子。
――いい感じだ。
レース前の高揚感に満たされる中、私の左腕を遠慮がちに引っ張る感触があった。双眼鏡を外し左を見る。
「シンボリルドルフさんは……今日は大丈夫だよね?」
不安そうに私を見あげていたのはトウカイテイオーだった。何故彼女がここに居るかというと、ここにいるのが彼女が私へ願った"ご褒美"だったから。
財閥がスポンサーを担当し、所有するトレセン入学前の選手が所属するチーム。そこにトウカイテイオーは所属していた。秋のリーグを前に発破をかけるべく、私はチームにこんな提案をした。リーグ戦を勝てば所属選手全員に、それぞれ"叶えられる範囲で全てお願いを聞く"と――。
やる気を出したトウカイテイオーは、マヤノトップガンと共に参加。そして脱落者を出すことなく見事にチームを率いリーグで優勝。そんな優秀な彼女が願ったのは、有マ記念を関係者席で観戦する事だった。
「安心してください。今回は万全です」
「うん……」
手を差し出すとぎゅっと握ってくる。前走があのような結末だっただし、やはり不安なのだろう――。
『観客席は豪華な3強対決と聞き満員御礼! さあ、はじまりました! 夢を乗せたファンの1票により、選ばれし猛者たちが11人集いし"グランプリレース有マ記念"!! 選手入場です!』
場内に入場のソングがかかり、さらっとした選手紹介が始まる。4番出走のルドルフはファンの歓声にこたえ軽く手を振った。そして
片手で双眼鏡を持ち他の子達の様子を探る。その途中映ったゲート前にたどり着いたルドルフはいつも通り。精神統一を行うよう、彼女はじっとバ場の一点を見つめていた。まるで、嵐の前の静けさのような雰囲気に包まれている――。
『史上3度目の3強対決。本日のレースは一体どのようなものになるでしょか!』
年配の男性によりアナウンスがかかる。場内に広がるのは地鳴りのような歓声だ。
そして双眼鏡を外した私の視界が一気に開ける。私の右側にいるエアグルーヴとナリタブライアンは、そんな場内の中でも集中していた。ゲート前を彼女たちは食い入るように見つめている。
そんな中、まだ手からはトウカイテイオーの不安げな震えが伝わっていた。
「ところでテイオーさん。折角なので宿題を出します。今日のレースをしっかり見て、分析レポートを私に提出お願いします」
「――! ええ! ご褒美なのに宿題出すの!? ぶーぶー!」
トウカイテイオーは不満げに頬を膨らませ、耳を伏せる。
ずっと不安そうにさせてるのも可哀想。そして折角彼女の後学のために連れて来たのに、このままだとレース観戦に集中できない。だから私はあえて宿題を出した。直接指摘してなだめるよりは、その方が角が立たないから。そうやって気を
「当然です。ルドルフにも見せるつもりなので頑張って下さい。きっとルドルフは貴女を
「うう。――シンボリルドルフさんとお姉さんは、ボクが強くなると思って期待してるの?」
「ええ。ルドルフが特別扱いするのは、滅多にない事ですから。彼女の状況次第ですが、頑張ったら私達と一緒にお出かけしましょう」
そう発破をかけるとテイオーは瞳を輝かせ、震えが止まった。嬉しそうにニカっとテイオーは笑うと――。
「私達っていうのは、お姉さんとシンボリルドルフさんってこと!?」
「ええ。そうです。秋のリーグ戦の事、直接貴女におめでとうって言いたそうにしてましたから」
「やった!! ボクはふたりとも大好きだからご褒美2倍だね! 頑張るよ!!」
「ふふ、期待してますよ。ふぁいとです」
「うん!」
優しく頭を撫でるとテイオーは嬉しそうにした後、私の手を取って『もっと撫でて!!』と甘えていた。これくらい元気が出ればもう大丈夫だろう。
「さて、レースが始まりますよ? ルドルフを応援しましょう」
「うん!」
私に促されて尻尾を振りながらトウカイテイオーは背伸びしながら
『――3番人気はこの子! "神が
『2番人気はこの子! クラシック3冠ウマ娘がついに秋をレコードで制し、"神が
『1番人気はこの子! 無敗クラシック3冠! そして
いつもなら鼓動がうるさい位なんだけど、今日は意外にも冷静に見れている。静かな思考の中私は双眼鏡を構えた――。
"――引退したウマ娘たちは後輩に想いを託す。それを他のウマ娘が受け継ぎながらも――"
『各ウマ娘整いました――』
"――己の夢を叶えるために走る――"
『スタートです! 全員綺麗に出ました! 先手必勝といわんばかり! ハナを奪った9番タカオハリエース! 半バ身離れて2番手に1番ベルマッハ! 1バ身はなれた外に5番フジマサペガサス良い位置で追走! 4番手にその内を狙う半バ身後ろ4番シンボリルドルフ! 少し抑えつつ
スタートから300m地点のタイムは18秒。テンの100mまでは7秒のドスロースタートに見えたが、テンの100mから300m間の通過は18-7で12秒台をきってる。
これをやられると、時計を気にしながらが走るのが苦手な後続ウマ娘は混乱してしまう。
これは簡単なようでこれは難しい。それをあっさりやってのけるタカオハリエースは凄い。
さらにタカオハリエースは差しや先行でも走って勝てる選手だ。瞬発力も十分なので2段階加速してこれる。そして中山は直線が短く勾配のキツイ上り坂まである。そこでまた取り逃がすという事が無いよう、今回は積極的に前に出るということで作戦は合意していた。
双眼鏡を外してみたポケットから3コーナーのカーブの入り口。ルドルフの現在位置は――。
(GOAL↑)
タカオハリ |内ラチ
|1
|2
|3
ベルマッハ |4
フジマサ |5
ルドルフ|5.5
ケープ |6バ身
(直後に団子)
(後方に3名団子)
といったところ。ミスターシービーは後方待機でまだ後ろから2番目の位置にいる。おそらく最初は様子見しながら走って、
『4コーナー手前! 先頭はタカオハリエースのひとり旅! 後続をぐんぐん引き離しその差5バ身! 2番手にベルマッハすこし外目をまわっている。各バ第4コーナーに突入! おっとシンボリルドルフがフジマサペガサスの内を突いて3番手に浮上! 切り込むようなコーナリングで前を狙っていく!』
ルドルフが得意なコーナーテクニックでまずひとつ順位を上げるも――!
『それに素早く気付いたベルマッハ! 膨らむも力を抜いた後にフルアクセル! 絶妙なコーナリングテクニックを決め、内に切り込みルドルフを阻止しながら正面を向いた! 先行集団早くも激しいポジション争い!』
ルドルフと同じレースに出走する事が多かったベルマッハ。よく戦法を知っている同士のため、やはり一筋縄ではいかない。
ベルマッハは力の
『1周目の正面スタンド! 先頭は依然タカオハリエース! 現在6バ身リード! 今日も鮮やかな
バ群はスタンドから響く大歓声の嵐を抜け、
ゴール板約
――そんな所だろう。
『4番手内ラチ沿いに半バ身後ろにメグロアーネストが冷静にレースプランを敷きながら追走! その外まわって半バ身後ろ5番手ケープネバアー! そのすぐ横内側6番手フジマサペガサス。この集団の1バ身半後ろ内ラチ沿いにダイナーカルレ7番手! バ群は第1コーナーに突入!』
――タカオハリエースへ一定まで距離を詰め、そして無理なく追うには中山の登り坂しかない!
苦しいけど頑張れルドルフ! アスコットの地獄坂を制した貴女ならいけるはず! 思わず双眼鏡を握る両手に力が入った!
『半バ身離れて8番手ミスターシービー。1バ身半離れてケルストライアンフ9番手追走! 3バ身後ろに後方2番手ダスジェニー! 少し下がってゼダーンレディ最後方!』
"――シービーがなんでここで前目にいるの?!――"
眠れる獅子のように後方に控えたレースをするミスターシービー。
……そんな彼女がいつもと違う行動に出た――!
2度も同じ失態を晒すものか! そんな気迫を感じ取れるミスターシービーは、1コーナーで縦長に伸びたバ群の大外を通ってくる!
切り株の前での宣戦布告通り、シービーは強行策を用い全力でこちらをぶっ潰しに来ている! これは想定外すぎて思わず息を飲む!
そんな中ルドルフは作戦通りに動く。カーブでベルマッハを抜きながら1コーナーを通過。順位を1つあげて2番手へ躍り出る――!
『各ウマ娘1コーナー抜けそのまま2コーナーへ! 先陣を切るのはタカオハリエース! 3バ身離れ内沿いに2番手シンボリルドルフ! 1バ身半後ろの3番手はミスターシービーいつの間にアガッてきた! その内差がなく4番手ベルマッハ!』
そしてスタンドは――。
『いいぞシービー! もっと派手にやれ!』
狂乱というに相応しい大興奮に包まれた! ミスターシービーのファンが様々な歓声を上げ。
「逃げろ! 逃げろ! 逃げ切れ前残れ! 主役はお前だタカオハリエース!」
タカオハリエースのトレーナーがすぐ近くで声を張り上げた!
前半の1000m通過は61秒台でおそらくスロー。ここまで計画通り、差はほとんどなくなった。タカオハリエースの作戦は逃げなら、後半は12秒台の同じペースを刻んでいくだろう。脚を溜めて突き放すのは最終直線に入ってからだ。
勝負の行方に釘付けになった私は、レースを見る事だけに全てを集中させる――。
◇ ◆ ◇
――20××年+1 12月23日 午後15時26分頃――
――中山レース場
残り1000mを通過。足元は2コーナー出口手前からの下り坂がまだ続いている。シービーが想定外のレース展開をプランニングしてきたらしいが、ちらりと振り返るとすぐ近くまで来ていた。
"――言葉通り来たか!!――"
驚きや焦りよりも私の心は歓喜に染まる。ここからどうやって勝ちを確実にするか?
一瞬の内に様々なプランが駆け巡ってゆく! タイムを数えるのをやめ――。
『残り800m3コーナー手前! 先頭はいまだタカオハリエース、リードは1バ身! その少し後ろにシンボリルドルフ2番手! その直後にミスターシービー! 今日の仕掛けは抜群だ!』
抜かせまいと徐々に加速しながら3コーナーを鮮やかに駆けるタカオハリ。射程圏内に収めつつ追う私。そして、4コーナー手前。残り600を示すハロン棒を通過!
(GOAL↑)
タカオハリ|内
私 |直後
シービー |私とほぼ横並び
おそらく後方は大混雑状態で足音が異様に近い。
『先頭はタカオハリエース! ここから2段階加速を見せるのか! そして外を回って並びシンボリルドルフ! その大外にミスターシービー疾風怒濤!並びながら最終コーナーを曲がる! さあ中山の短い直線での決戦はどうなる!』
内からタカオハリ、私、シービー! オリオン座の3連星のように並びもつれ合いながら最終コーナーへ突っ込む!
"――さあ、全力で挑ませてもらうか!――"
内をまわった逃亡者タカオハリをまず捉えるべく、私も真っ向勝負に出る!
『凱旋門覇者ルドルフついに来た! シンボリルドルフ来ました! ハナを取った!』
嵐の海のような歓声が吹き荒む中を越え、その先に快晴の光差す青海が開けるように私だけとなる! 残り200m直前! あとは突き放すだけだと脚に力を込める――!
しかし!
『なんとシンボリルドルフの影を打ち据えるタカオハリエース! ここにきて火事場のバ鹿力! 息を吹き返し再び差し返す! そして大外から直線一気! ミスターシービーの影が迫る! シンボリルドルフに並んだ! ミスターシービーも喰らい付く! 完全に泥仕合だ!』
タカオハリは私を半バ身突き放しながら坂を登る! 懸命に追う中視界のすぐ左端にシービーまでいる! 歯を食いしばり
『そして残り100手前でなんとシンボリルドルフ再び全身全霊を以て浮上! ミスターシービーに抜かれるもやり返す!』
タカオハリを坂の頂上で捉えた! その瞬間視界の端に紫電がチラつき、両脚に一気に力が満ちていく――!
『これが凱旋門ウマ娘皇帝の神威か――! 残り100!』
突き放すよう速度を上げゴールの向こうだけを目指して駆ける!
『シンボリルドルフ! ゴールイン! 英仏日! その3カ国で格上クラスを3度制し、絶対を再び証明した! 1着シンボリルドルフ! 2着――』
いつも通り歓声に応え掲示板を見やる。レコードの表示に私は思わず笑みがこぼれた。
一通りのファンサービスを行いながらトレーナー君の安全を確認。今日は倒れてはいないが、何を言ってるかわからない位に、ぐちゃぐちゃになって大泣きしてしまっている。
そんなトレーナー君の様子に、ブライアンは呆れつつも笑みを口の端に湛えていた。エアグルーヴは仕方ないなという表情を浮かべ、それをなだめハンカチを渡している。トウカイテイオーは背を伸ばしてトレーナー君の頭をよしよしと撫でている。
――そんないつも通りの光景に、私は再び帰ってこれた。
◇ ◇ ◆
――20××年+1 12月24日 午前5時半頃――
――トレセン学園 生徒会室――
朝から走っているサイレンススズカ以外、誰も居なかった庭を抜け校舎に入り生徒会長室を目指す。
――眠気の余韻、あくびをひとつまた
そんな私の手には大きなコンビニの袋がふたつ。昨日夜遅くまで学園に残り、クリスマスの準備に追われていたトレーナー君と副会長ふたりの差し入れだ。
ライブ後学園に取って返し、私も作業をしようとした。しかし、この3名はそれを阻止した。
『お休みいただけなければ、全権限を行使します!』珍しく強権を振るうトレーナー君と、彼女についたふたりの気迫に押された。私は結局寮に返されて早めに睡眠を取る事に。
そして私の代わりにトレーナー君が、泊まりで頑張るふたりのサポートにまわったというわけだ。自主性を重んじ軽い手伝い以外の干渉を避けていた彼女だが、今回ばかりは本腰を入れて仕事をある程度整理してくれるとのこと。
袋の中身はトレーナー君が好きな食べ物やドリンクも沢山買ってきた。きっと喜んでくれるだろう。そんな表情を浮かべながら私は、まだ3人が寝ているであろう仮眠室を避け生徒会長室に入る。
日の出前の室内は深い海を思わせる黒い青に染まっている。しかし、頬や冬服越しに伝わるその空気に私はまず違和感を覚えた。
冷えていなければならない室内は何故か暖かかった――。
私には休めと言って明け方まで作業を敢行したのか。気遣いは理解できるしありがたいが、それはどうかと思いムッとなる。
生徒会長机を目指し、奥に静かに進もうとすると――応接ソファーの影で見えなかった床の上に、白い手がある。
驚いた私はひゅっと息を飲む! 一瞬パニックになるも一旦深呼吸。そして――
「だいじ!?」
覚悟を決めて駆け寄り、大丈夫か! そう叫ぶのをやめた。何故なら倒れている本人――市販の青いジャージ姿のトレーナー君は、気持ちよさそうに寝ている。恐らくソファーで寝ており、それで転がって落ちたのだろう。応接ソファーセットのテーブルの上には私が与えたシュシュが置かれ、髪は解かれた状態のノーメイク。
まさかと思うが、副会長ふたりが寝静まったのを見計らって、大量の業務を整理していたのだろうか?
そしてシュシュの隣にメモ紙があった。気になった私はそれを拾い上げる。メモには『6時に誰か来てたら起こして』という内容と、進行状況が記載されていた。
確認すると予定しているほぼ9割くらいを完了しており、あとは我々3名の決裁と昼間の作業のみとなっている。中山レース場から学園に帰ったのが前日の22時。副会長のふたりが24時に寝たとして、2時間でこなせる量じゃない。ほぼ間違いなくこっそり抜け出して作業を続行したんだろう。
「全く……」
袋をテーブルの上に置いて、トレーナー君を抱えてソファーに戻す。そして、しゃがんでつんつんと彼女の頬を突き。
「君こそ休まなければならないだろうにね」
眉尻をさげ呆れたその時、トレーナー君の腹の虫が鳴った……。
「ファミリアチキン――」
寝言だ。買ってきたファミリアチキンの香りに反応し、腹の虫を鳴かせ寝言を言った――。
そんな幸せそうな寝姿をみて、なんだか笑いが込み上げてきてしまう。食べる事が大好きなトレーナー君らしいというか、なんというかだ。
室内の棚からシンプルな膝掛けを持ってきて、かけてやる。電気をつけると起こしてしまうからそれはやめた。
6時まではまだ少し時間がある。それから起こして持ってきたものを朝食にし、ふたりで食べてそれから確認作業をしよう。
朝食にはそうだな――エッグマフィンやサンドイッチ、他総菜やパスタという組み合わせだし私はブラックコーヒーにしよう。トレーナー君は無糖は飲めないらしいので、カフェオレかお茶だな。
私は簡易冷蔵庫に傷んでしまう品物を仕舞い、併設の給湯室へとそっと向かった――。
【史実と違う所】
1周目の3コーナー以降の展開全て。他の子が強くなったのはトレーナー君が知識や技術を普及しまくったので、全体のレベルが上がってます。
アプリのポジションキープの仕様、諸々の処理によるポジション仕様は今回はなし。
【レース外主要オリジナルのウマ娘たち】
◇
ルドルフに似ている疑惑のウマ娘その2。
アイルランド出身。鹿毛のウマ娘。日本のレース関係者に指導者として請われ来日。トレーナー資格を持ち、学園の内外の子達を幅広く指導する。
デビュー前の家庭教師は副業だったのだが今は本業。身体づくりや環境づくりを重視して学園に来る前の子達を指導している。
ルドルフとはLEADでメッセージのやり取りをよくしている。
そこでの会話で、自身と同じように同じようにレース技術や、関連の技術や知識の普及に努めるトレーナー君に興味を持ち、久しぶりに学園にも顔を出した。
ルドルフの元家庭教師。彼女からは先生と呼ばれている。見た目は20代後半だが年齢不詳。面差しがルドルフにとても似ている事を、トレーナー君は不思議がっている。
名はとある地をはじめに開拓したある神話の民。先駆者。
◇
シャンティイ校理事長。ルドルフにどこか似てるウマ娘その1。
"ある規則"を"圧倒的実力"でねじ伏せ"撤回"させた"フランスの大英雄"の子。
ジェバル理事長自体も普通に超強い。引退後指導者として更に開花し、シャンティイ校の理事長にまで上り詰めた。
◇神が
戦後初の3冠ウマ娘。鉈の切れ味と呼ばれる凄まじい走りで、連続で連対(2着以内のこと)した数は今のところ最高。
至高の存在で、このウマ娘を越えろというのが戦後のレース回のキャッチフレーズになるほど、伝説的な強さを誇る。学園のみんなの憧れ。
普通の足元装備では足が血まみれになるため、特殊な靴と蹄鉄を使っていたらしい。西日本のとある中央レース場にはその蹄鉄が飾られている。
◇グランプリ3連覇のウマ娘◇
英国最高峰レース『キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス』
凱旋門賞に日本で初めて出走した伝説の英雄。
ピークを維持できた期間が凄まじく長い。
有マ記念を2連覇している現時点の唯一無二。
ネットのない時代に彼女とそのトレーナーがヨーロッパで戦い抜き、日本にその記録や情報を持ち帰った。
資料室でそんな生データを偶然見つけたトレーナー君。その想いを引き継ぎ、参考に加えルドルフの勝ち筋を見出した。