IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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 大変お待たせしました。夜を予定しておりましたが、今日は早めに退勤できたので夕方上げとなりました。社畜は大歓喜しております。

 ◆◇◇まではミスターシービー視点
 ◇◆◇からはルドルフ視点です。

 それではどうぞ!


【幕間】雪のクリスマスと素直じゃない君

――20××年+1 12月25日 午後13時――

――本校舎 3階廊下――

 

 中庭でクリスマスの(もよお)しがあると聞いた。それに参加するため、アタシはゆっくりと校舎内を進んでいる。眼下の窓を見下ろせば、楽しそうに笑い合うウマ娘たちと、そのトレーナー達がひしめいていた。

 こんな楽しそうなクリスマス一色の雰囲気だけど、アタシは今ちょっとだけ憂鬱(ゆううつ)だった――。

 

"――負けて悔しいし、変な夢のせいでもやもやするし、なんだかなぁ――"

 

 ふわぁっと喉と頭部全体を震わせ欠伸(あくび)が出る。

 お昼には本日のおススメ、すき焼き丼定食でお腹はいっぱい。

 

 ボーっとした思考回路を戻すよう、片手で口元を隠しながら欠伸を()み殺す。そして、ある事柄を思い出した。

 

 ジャパンカップの後、有マ記念に向けルドルフに宣戦布告を行ったその日――。

 回らないお寿司をルドルフのトレーナー(ミズ・セレーネー)から沢山ご馳走(ちそう)して貰った。その日はご機嫌なまま、いい夢見られるかなーって思っていた。

 

 ――だけど、その日見た夢の内容は、よりによって有マ記念で負けるという内容だった。

 

 夢の中でアタシは中山2500mの残り1000mでいつも通りスパート。最終コーナーをインからぶち抜く作戦だった。

 それが4コーナーでバ群にブロックされて沈む。それが悔しくてたまらない。光景があまりに生々し過ぎて。その日は休んで2度寝したくらい落ち込むほどだった。

 

 それから悩んだけど、前目の位置取りが出来ないか自分のトレーナーに相談した。

 するとトレーナーは――。

 

 『ルドルフのトレーナーは追い込みの技術にも詳しい。そしてレース研究に余念がない。つまり、こちらの手の内は知られている状況だ。ここはシービーの提案通り、あえてセオリー外で勝負していく方が良いのかもしれない。やってみよう!』

 

 意外にもあっさり合意してくれて、それで有マに向け猛特訓を重ねた。

 その時(ちまた)ではルドルフの疲労が抜けないからアタシが勝つだろう。なんて意見がテレビで流れてた。けど、その見方はミズ・セレーネーを(あなど)り過ぎているとアタシは感じていた。

 

 ミズ・セレーネーは直接請け負ってる選手数は少ない。米国4冠ウマ娘や、凱旋門ウマ娘を担当できたのも親の七光り、もしくは運が良かっただけというキツイ内容の批判的な評価も聞く。

 だが、彼女はトレーナーという基準では計り知れない。疲労回復をはじめ予防や治療、先進医療に非常に明るいという事が最大の武器。それがあのトレーナーの真価だ。

 

 それを実感したのは去年の春先に、悪化したアタシの脚の状態を治してくれたことがあったから。どこからか状況を聞きつけたのか、ひょっこりと現れたミズ・セレーネー。彼女の提案に乗った自分のトレーナーの紹介で、アタシは治療を受けた。

 

 ――春全休はさけられなかったけど、もう大丈夫だと言われて驚いた。ずっと引きずっていた脚部不安が、綺麗さっぱり無くなっていんだからそりゃビックリもするよ。

 奇跡も魔法もあった。喉から手が出そうなほど欲しかった健脚は、神秘に限りなく近い科学の力で叶った。それはミズ・セレーネーの考案した新技術らしく、これからもっと精度を上げて世界中に普及する予定なんだとか。

 

 そして『保身準備ができてないから、叔父の影に隠れてやっているの。理事側には教えてるけど、ルドルフには安全のためナイショでお願いね』そう、ミズ・セレーネーはアタシに黙っているように告げた。間違いなく彼女は何か重要な技術を持っている。そんな雰囲気しか感じられなかった。

 

 回復不可能な傷病は選手生命の終わり。その深い闇に光を注ぐのは満月の名を冠するミズ・セレーネーだ。おそらくとんでもない技術を知っている彼女はきっと、ルドルフを完璧に仕上げてくる。いや、それ以上かもしれない。あのトレーナーは全く油断できない。ましてコンビを組んでいるのがルドルフなら猶更(なおさら)ね――。

 

 そして満を持して挑んだ有マの結果があんな感じ。あれだけ準備したのにもうショックで(たま)らない。

 

 ――でも、夢の通りにインを通っていたら、今頃アタシは同じようになっていたかもしれない。何だかんだそれが一番不気味だった。

 あれが何なのか意味が分からないけれど、しょ気ている場合ではない。相手は強大だからこそ――。

 

 アタシの口元は自然と歪む――。

 

"――それでこそ(たの)しいレースじゃないか――"

 

 次は恐らく春天での対戦になるだろう。アタシと同じクラシック三冠、強力なライバルにどうやって勝つか、その作戦を考えるのが楽しみだ。

 そして正面玄関に辿(たど)り着き、出口から出るか、出ないかのタイミングだった。

 

『おっしゃー! できた!』

『これはいい感じ。完成度が高いですね』

 

 外から大きな声が聞こえた。多分あの声はゴールドシップかな? と、そんな事を考えながら女神像がある広場に出る。

 

 玄関を抜けるとそこには一面の銀世界――――ここでは珍しい雪が広がっていた。

 

 府中は都内でも寒い土地だが、雪国のように深々積もることは無い。しかし、女神像の周りの芝の上には沢山の雪像がすでに出来上がっている。

 今年、生徒会が企画した『ホワイトクリスマスイベント』。その内容は雪をトラックで持ってきて札幌みたいな雪祭りをしようというものだった。それでこのあり得ない景色が広がっていたと言訳だ。

 

 女神像の右側に立って、先ほど声を上げていたゴールドシップと思われるウマ娘がいる方を見る。何を作ったんだろうかと思い覗き込むが、蹄鉄(ていてつ)型を模した回廊の柱で見えない。

 なので回廊を抜けてもっと近づくと、そこにはゴールドシップだけでなくミズ・セレーネーもいた。

 生徒会長のトレーナーが何故ここに居るかというと、今現在ミズ・セレーネーは生徒会長室に立ち入り厳禁らしい。

 

 今朝方用事があって生徒会長室に行ったら『会長のトレーナーは立ち入り禁止。息抜きしろたわけ』とメモが貼ってあった。気になって用事の(ついで)に聞いた所、ルドルフ曰くの事の経緯はこうだった。

 

 レース直後のルドルフの代わりに23日の夜から、副会長たちふたりのサポートに入ったミズ・セレーネー。彼女は副会長が寝静まった後、こっそり抜け出し徹夜を敢行(かんこう)した。

 ミズ・セレーネーの護衛達も参加し雑用作業はほぼ完了。そして事務手続きなども決裁待ちまで整理してくれたんだとか。

 

 『名付けてサンタクロース作戦!』と、24日の朝エアグルーヴにミズ・セレーネーは力説した。しかし、ものの見事にエアグルーヴから特大級の雷を落とされたんだとか? それで今月27日早朝まで立ち入り禁止となってしまったらしい。

 

 そして彼女の担当ウマ娘のルドルフはというと……。庭から見上げた生徒会長室の大窓の前に立っていた。しかし、片手には白いマグカップを持って庭を眺めるルドルフは、なんだか複雑そうな顔をしていた。

 

"――あの感じ、自分もミズ・セレーネーと遊びたいって、そんな事を考えてるな?――"

 

 そんなに構いたければ、副会長ふたりへ素直な気持ちを伝えればいいのに。

 日頃の行いもあって、生徒会のメンバーは全員ダメとは言わないはず。ちょっとくらい融通してくれるだろうしさ。

 

 ――まあ、ルドルフが素直にいう訳ないか……。

 

 プライドの高いルドルフのことだから、きっとまた本心は黙ったままなんだろう。本当は目に入れても痛くない。もっと話したいし、構ってほしい。ルドルフからあのトレーナーに対する好感度は多分そんなトコだろう。

 

 最初ルドルフのトレーナーが決まったって話を聞いた時には、よかったなって感想しかなかった。

 

 で、興味本位で聞いたらまさかアメリカに迎えに行って、直接契約するという。しかも、選んだ相手はGrandの称号持ちで、学園(ここ)でスポンサーをしてる大財閥の養女()

 苦労して招いたトレーナーをルドルフはとても大切にした。見た感じ話の合う友達みたいな関係だし、きっと嬉しかったんだと思う。

 

 そんな彼女たちをみてアタシやマルゼンスキーはとても安心した。

 あのトレーナーに決まるまで、このままだとルドルフは本心では望まない孤独な道にどんどんと進んでしまう――そんな気がしていたから。ライバルながらアタシはそんな心配をしていた。理想は大事だっていうのはわかるんだけど、それは本人が幸せじゃなきゃ意味がない気がしていたから。

 ミズ・セレーネーはルドルフにいろんなウマ娘を紹介し、ひとりにならないよう努力をしてくれている。このまま彼女が頑張ってくれれば、ルドルフは理想に倒れることは無いだろう。

 

「あ。こんにちは、ミスターシービー。雪像はもう作りましたか?」

 

 考え事をして居る内にミズ・セレーネーがこちらに気付いて声をかけてきた。あんなにもミズ・セレーネーを構いたがってるルドルフには悪いけど、不自然に避けるのもどうかと思った。なので軽く世間話をすることに。

 

「やあミズ・セレーネー。今来た所でまだだよ。あれ? ルドルフは?」

 

 ルドルフが居ない理由には察しが付くけれど、なんとなく聞いてみた。

 

「誘ってみようと思ったんですが、忙しそうだし躊躇(ちゅうちょ)してしまいました。後で折を見て声をかけようかと思います」

「なーるほど。まあ生徒会長だもんなぁ。けど、きっとキミの誘いなら喜んでくれるよ」

「そうですか? ルドルフと一緒に雪だるまつくれるといいな」

「きっと大丈夫。ルドルフは絶対時間作ってくれるよ」

 

 アタシはふとミズ・セレーネーの背後の上――生徒会長室の大窓をチラリと盗み見る。

 するとルドルフの両耳は一連の流れを捉えていたのだろう。ピンと正面を向いていた。ミズ・セレーネーのやる事成す事に興味津々、そんなライバルの本音が丸見え過ぎて、どこまでキミはあの子が大好きなんだと内心(あき)れる。

 

 しかもアタシの視線に気付いたルドルフはこちらへ向かって、唇にひとさし指を当てる。『黙ってて』という風なジェスチャーを取りつつも、その表情は大変満足気だった。

 

 そして彼女はマグカップの中身を優雅に飲み干し窓際を離れた。きっと今から頑張って時間を作るつもりなのだろう。ルドルフも楽しいクリスマスを過ごせるよう、心の中でそっと応援しておく。

 

「ところでこの雪像のモデル……もしかして、SNSでバズったアレ?」

「おー! さっすがシービーわかってるぅ!」

 

 その雪像はニンジンに羽と手足が生えている"化け物"だ。

 ある試験における、英語のリスニングテストでこの化け物が出たらしい。当時、この設問を出オチで目の当たりにした受験生たちを酷く混乱したそうだ。設問を考えた側は、受験生が笑ってリラックスできるといいね! 的な気遣いだったらしいけど、リラックスどころか多くの集中力と腹筋は総崩れ。そんな一連の事件がウマッターでバズってたことがあった。

 

「で、――その隣もゴールドシップがつくったの?」

 

 その隣にも謎の雪像があった。

 どうみても場違いなその"大名っぽい胸像"も、ゴールドシップ作の雪像なのかと思いきや――。

 

「そっちは私が作った雪像ですね。徳川8代目将軍を作りました」

「キミなの!? なんでここで8代目将軍なの!?」

「それは彼がにんじんの神だからです」

「ごめん。流石に何でそれを選んだのかわからないよ……」

 

 右隣にある"羽付きニンジン妖怪"より、アタシはこの雪像チョイスの意味が分からなかった。ルドルフから難しいダジャレを聞かされた時のように、アタシは頭を抱える。

 

「おいおい、お嬢様。それじゃ伝わらなくね? この将軍サマは東洋ニンジンはじめ、野菜の品種改良したって事で有名なんだとさ。だからニンジンの神ってことらしいぞ」

「あー……そういうこと! ってわかりにくいよ!」

「うーん。やっぱりダメか。こっちのほうが良かったかな……」

 

 そういって雪像の裏からお盆に乗せた物体が登場。

 それは根っこが分かれた細い大根みたいな……多分、植物。

 これは――きっとアレだ! 栄養ドリンクのCMで見る朝鮮人参だ。それに凄い形相だけど顔が付いているから、きっとゆるキャラか何かだろう。勢い任せにアタシは思いついたことを答えた。

 

「朝鮮ニンジンのゆるキャラ?」

「うーん! 違います! 植物かつ、架空の生き物なのは正解です!」

 

 ――なんだそれ! アタシはますます頭を抱える!

 するとゴールドシップが目を線のように細めながら、頭の後ろで腕を組みながら答えを示してくれた。

 

「アタシも最初そう思ったけど、これはマンドラゴラだってさ」

「あ――! ゲームで見るやつか! 大根のお化けみたいなやつ!」

「そそ。つか、この顔がいいよなぁー。まさに、引っこ抜きたての新鮮そのもの! 今にもおんぎゃあああああって叫び出しそうだぜ!」

「あはは! 確かにこれは良い表情で傑作(けっさく)だね! でも、何でお盆に乗ってるの?」

「ルドルフにお誘いを却下された場合に備え、冷凍庫に保管しておいて後で見せようかなと。いい出来だったのでつい」

「そういうことか。いい話のタネになるといいね」

 

 絶対面白い事になる予感しかしない。

 この謎の物体を目の当たりにして、あのルドルフがどういう反応をするか見てみたい。そんな衝動を隠しながら、無難な返事を返した。困惑するのか? それともこの意味不明なノリにノルかどちらだろう? そんな好奇心で何だかわくわくしてきた――。

 

  ◆  ◇  ◇

――20××年+1 12月25日 午後19時半――

――トレセン学園 カフェテリア――

 

 この学園の特徴といえば生徒主催のイベントが多いというものが()げられる。

 そして12月に開催されるのはクリスマスと、家に帰らないウマ娘たちの為の年末イベントのふたつ。春先の感謝祭より、流鏑(やぶさ)メや聖蹄祭がある秋から年越しまでの期間が1年で最も忙しい。

 

 何とか間に合わせた生徒会主催のクリスマスパーティーは、心なしか昨年よりも賑わいをみせていた。そして企画が成功したことで、どこか私はほっとした気持ちになっていた。

 

「メリークリスマス! 見事ッ! ハードスケジュールな中、クリスマスパーティー開催をやってのけた!」

「にゃあ!」

「ありがとうございます。メリークリスマス秋川理事長」

 

 穏やかな心持ちで会場を眺めていたら、ニンジンジュースを両手に理事長が近くまで来ていた。理事長の帽子の上にはハチワレの猫が乗っかっている。

 私は理事長から差し出されたグラスをお礼を述べて頂き、軽くその(ふち)を当て乾杯をした。

 

「というわけで吉報ッ! 今日は君にいい知らせがあるッ!」

「いい知らせですか?」

「そうだ。学園に隣接した敷地(しきち)にある施設ができるそうだ。詳しくはまあ、財閥令嬢から話を聞いて欲しいッ!」

「にゃ!にゃあー!」

「トレーナーにですか?」

「うむ! 彼女から説明を受けたほうが早いだろうッ!」

「なるほど。後で聞いてみます」

 

 どうやらトレーナー君が関わっている施設らしい。

 確かに去年の頭から近所で大きな工事をしているなと思っていた。しかし、まさか彼女の実家が関わっていたとは知らなかった。今度は一体何を作ったのだろうと、私は内心首をかしげる。

 

「会長。トレーナーとの待ち合わせが20時と仰っていましたよね? まだ寮にいるでしょうし、迎えに行かれては?」

 

 理事長が去った後、エアグルーヴがスマートフォンで時刻を確認しながら私にそう告げた。

 

「しかし――」

「彼女はこの学園に多大な支援をしている功労者です。それくらい特別扱いしても、バチは当たりませんよ。この役割は会長が一番適任ですから、行ってきてください」

「確かに君の意見には筋が通ってる。では、行ってくる。ここをよろしく」

「はい。では、いってらっしゃい会長」

 

 私は理事長に頂いたニンジンジュースを飲み干し、グラスを回収用のテーブルの上に置いた。

 エアグルーヴは口元に笑みこそ湛えているが、目元は(あき)れた色をしていた。そんな彼女からは『さっさと行ってきてください』と、怒りの声が聞こえてきそうな気がした。私はエアグルーヴの逆鱗に触れない内に素直に従う事にした。

 

 会場入り口で自身のコートを受け取ってこの場を抜け、雪の()き詰められた中庭を通り、トレーナー寮へと向かう。外気は天気予報通りなら恐らくマイナス1度かそれくらいだ。漏れた吐息はどこまでも白く、はっきりと星が見えるほど冷え澄み切った濃紺の夜空とコントラストを成している。

 

 ポケットの中に仕込んだカイロで時々手を温めながら歩みを進める。

 そしてトレーナー君の住んでいる角部屋まで辿(たど)り着きインターフォンを鳴らす。すると、すぐにスーツ姿のトレーナー君が出て来た。彼女の今日の髪型はコメカミから後ろまで大きく編み込まれており、後ろの高い位置でポニーテールにまとまっていた。その根元はこの前プレゼントした、白いシュシュで飾られている。どうやら気に入って身に着けてくれているようだ。

 

「あれ? ルドルフ早いね、どうしたんですか?」

「待ち合わせには早いが、生徒会代表としてオルドゥーズ財閥令嬢を迎えに来たんだ。メリークリスマス、トレーナー君」

「お気遣いありがとうございます。メリークリスマス、ルドルフ。丁度出るところだったから、中へ。玄関で待っててください」

 

 中に通してもらうと室内は玄関まで温められていた。その入り口には私が遊びに来るときに使う、緑でモコモコした高級スリッパが1足。これは私専用にと2回目に来た時以降から用意してくれている。トレーナー君用は同じタイプの白いスリッパだ。

 そして今年も本日から年始にかけ、遊びに来る約束をしている。昨年はトレーナー君と楽しく過ごせたのもあり、今年はどんな話をして過ごそうか、私はこの日を指折りに数えとても楽しみにしていた。

 

 考えている間に玄関に引っかけてあったトレンチコートをトレーナー君は羽織り、彼女のすぐ支度が出来た。準備が出来た所で来た道を戻り連れだって会場へ向かう。

 

 学園から漏れ出た明かりと、青いイルミネーションで飾られた木々に照らされる女神像周辺の庭は、大変幻想的な雰囲気に包まれていた。

 そして、そこには生徒達やそのトレーナーが作った雪像や、雪だるまが所せましと並んでいる。まるで星空の下、雪の精霊が集まり、クリスマスパーティーを楽しんでいるようにも見える。

 

「いつもより女神像前がにぎやかですね」

「ああ、こんなに楽しんでくれたのなら企画して何よりだ。君も何かつくったのかい?」

「ええ。江戸幕府8代目将軍と、あとは寮の冷凍庫内にあるマンドラゴラ。良くできたからルドルフに見せたくて」

「マンドラゴラ? あの大根のような生物を?」

 

 ふと気になって聞いてみたが予想外の答えが返ってきた。私は思わず目を丸くする。特に後者はなぜそうなったのか意味が分からない。思わず私は聞き返してしまった。

 

「ただのニンジンだとつまらないから、ニンジンっぽい何かにしてみました。いい出来なので是非貴女に見せたくて冷凍庫に仕舞ったんです」

「あははっ。なるほど、それでなのか! ではその出来の良いマンドラゴラは後で検めよう。ふふ、どんなものが出来上がったか楽しみだな」

「ええ。結構な再現度だと思います。そこでなんだけどルドルフ、良かったら後で雪だるまを一緒に作りませんか? 作っていて思ったんだけど、やっぱりルドルフの作ったのが無いのは寂しいなと思ったんです。貴女と一緒に作れたら私は嬉しいなと思いまして」

 

 そういった誘いが来るのは、昼間生徒会長室から見ていて知っていた。

 なので時間は作っていたし、トレーナー君が会場に来てからしばらくして抜け出すつもりだった。いつでも行けるよう軽食は済ませてある。彼女さえよければ今からでもいいかと思い声をかけた。

 

「そうだな。私も何か一つ作ろうか。今からでもいいかい? 戻るとまたこちらに来るのが大変そうだから」

「ええ。夕食は少しだけ食べているので、ルドルフがよければ」

 

 静かな庭を通り、トレーナー君が作った8代目将軍の雪像の傍まできた。その雪像は妙によくできており、あまりの傑作(けっさく)ぶりに思わず笑いが込み上げてきそうだった。

 

「これがその雪像か。ふふっとても出来が良いね。兄や姉、妹に見せたら面白いと喜びそうなので、写真を撮ってもいいかい?」

「ええ。どうぞ。ルドルフは何を作る?」

「そうだな。あまり外にいると冷えるし、雪ウサギにしよう」

 

 返事をしながら写真を撮り終えて保存すると、その隣に目がいった。

 

"――ニンジン? まさかこれは……――" 

 

 8代目将軍に目を奪われていて気にならなかったが、よく見るとその隣にもっと奇怪な像が作られていた。それはニンジンに目と口がついてて、羽と手足が生えてる妖怪のような雪像であった。しかし、これには見覚えがある。首をかしげながら、私はトレーナー君に思い当たる回答を述べた。

 

「これは……試験問題に出ていたニンジンの妖怪だな?」

「あら? ルドルフ知ってたんですか?」

「ああ、毎年暇つぶしにその年の試験問題などは目を通す方でね? しかしこれも傑作(けっさく)だな。この辺りだけ変わった雪像が多いのはこの雪像の影響かな?」

 

 ふたりで雪を集めて固めている間辺りを見回すと、餃子ビーナスやら門司港(もじこう)バナナマンやら、随分ユニークな雪像が乱立している。

 この辺り一帯もあとで写真に収めてHorsebookにアップしてみよう。こういった冗談が好きな私の兄や姉妹たちが面白い反応してくれるはずだ。

 

「ええ。ゴールドシップが作ってるのを見た子達が面白さを競ってました。私も東洋ニンジン栽培の功労者を作ってノッテみたんですけど、イマイチ伝わらなくて」

「確かに滝川ニンジンネタはマイナー過ぎて難しいかもしれないな。しかし、これはこれでいい味を出していると思う。――よし、あとは耳と目を付けて完成だ。目はその辺りにある石をもってきて、耳は葉っぱで作ろう」

 

 目の前の地面には、丸々とした白いウサギの身体がふたつ。1匹だけだと可哀想なので2匹作ることにした。ふたりで常緑樹から手頃な葉っぱを持ってきて、刺して完成。

 

「はじめて見ましたが雪ウサギって可愛いですね」

「手のひらサイズで作って盆にのせて、冷凍庫に仕舞えばしばらく可愛さを楽しめる」

「それいいかも……今度はそれをやってみます。あ、写真撮っていいですか?」

「ああ、構わないよ。私の傑作(けっさく)だからね」

 

 トレーナー君は雪ウサギを前に楽しそうに笑っている。そんな姿をみていて、私は子供の頃妹とこうやって遊んでいたことを思い出し、なんだか心が温かい気分になった。

 

「こういった遊びに興じるのも悪くはないね。楽しめたよトレーナー君。誘ってくれてありがとう」

「いえいえ、あ……そうだ。今年もプレゼントがあるんです」

「ほう? どんなプレゼントかな?」

 

 雪ウサギを撮影したり(たわむ)れていたトレーナー君は、唐突(とうとつ)にそんな投げかけをしてきた。

 一体君は何をくれるのかな? と思わず心が躍り口元に笑みがこぼれてしまう。

 

「ひとつは個人的なモノで、これは後で寮に遊びに来てからお見せします。もう一つは――」

 

 トレーナー君はトレセンの敷地の外を指さした。そこには新築の大きな建物が建てられている――。

 

「オルドゥーズ財閥病院フランス支部がファシオの選手生命を守り切ったことが評価されましたよね? あれで都心にあるオルドゥーズ財閥の病院の評判が上がり、東京都内1か所だと全然間に合わなくなりました。なので、オルドゥーズ財閥府中病院はトレセン学園の隣につくってみました。うちは立場的に外資なので偉い人との交渉は難航しましたが、これでまた夢を諦める様な負傷者は減るはずです。私が抱えてる東洋支部研究所もあの院内に移設したので、内職しててもここに戻りやすくなります」

 

 通常病院というものは外資が参入できないような制限がある。

 しかし、トレーナー君の実家が経営する病院のスタッフは非常に腕が良く、設備もいい。その評判を聞きつけた各国のレジェンドウマ娘が協力し、数年前にある条約を締結させた。それによりウマ娘や半人半バ限定の病院や付属の孤児院を、世界中のあちこちに持っている。

 

 その支部が都内にもうひとつ、しかも学園の隣に出来るのだからこれは喜ぶべきことだ。

 

「許可を貰うのは大変だったんじゃないかい?」

「1か所目の許可を貰う時よりは楽だったらしいけど、それなりに。これで怪我とか病気で諦める子達が減るといいね」

「ああ。いつも我々の事を気にかけてくれてありがとう」

「いえいえ。オルドゥーズ財閥はウマ娘の社員たちに支えられている企業ですし、ギブ&テイクの内ですよ」

 

 彼女は裏表のなさそうな綺麗な笑みを浮かべた。私は温かみを感じられるこの笑顔が大好きだ。

 

「さてと、ちょっとお腹空いちゃいましたね。戻ってご飯にしましょうか?」

「そうだな。戻るとしよう。昨年君がマグロ釣りをした際にお世話になった漁船の方から、クラシック3冠祝いという事で立派なマグロが1本届いていた。そろそろメインディッシュとして出てくる頃だから、急いで戻ろう」

「あ! そういえばそうでした! 急がなきゃ争奪戦になってしまいますね」

「ふふ、バ群に囲まれた本マグロを食べられるかどうかの瀬戸際(せとぎわ)だ。――というわけで、どっちが先につくか競争するかい?」

「うわぁ。それ結果が目に見えてますよね……」

 

 トレーナー君は私が勝つのが分かっているのか、あからさまに困惑した表情を浮かべ(うつむ)いた。流石にコレには乗らないかなと油断していると――。

 

「なので……不意打ちスタート! 先手必勝!」

「ちょっと君! それは卑怯(ひきょう)じゃないか!」

「だって絶対追いつけないですもの! ハンデですよハンデプリーズ!」

 

 足下から(きじ)が立つ、窓から槍、そんな感じで彼女はいきなり卑怯(ひきょう)な手を使ってきた!

 (たの)し気な声色で笑いながら走っていくトレーナー君と、慌ててスタートする私。

 

「そんなズルいハンデは認めない! こちらも全力でかからせて貰うぞ!」

「それはイヤー! ルイドルフ! ちょっと大人気ないですよねそれ!」

「私も君もまだ未成年だからな!」

「ええーやだもう本気とかやだー!」

 

 面白がって逃げるトレーナー君を私は本気で追いかける。

 童心がくすぐられような、そんな気分に包まれながら、雪の中をふたりで駆け抜けた――。

 

  ◇  ◆  ◇

――おまけ――

――同日 午後22時 トレーナー寮――

 

「これはまた……ふふっあはは! これは凄い表情だな」

「うわぁ……若干溶けてる。作った自分で言うのも何ですがキモっ! これは酷いですね」

 

 先に風呂を頂きモスグリーンのシルクパジャマの上下に着替え、のんびりとリビングで寛がせてもらっていた。そしてトレーナー君が入浴から戻ってきた後。件のマンドラゴラを見るために我々はキッチンに集合。

 

 だがうっかり冷凍庫ではなく、冷蔵庫で保存してた雪製マンドラゴラは微妙に溶けてしまっていた。そのためマンドラゴラの人面部分が不気味さがより増しており、思わず笑いが込み上げてしまう。トレーナー君もクスクスと笑っている。

 

「出来た時はこうだったんですよ」

「ほう? 元々も出来はいいが、不気味さは今の方が増しているな」

「だよね。面白いからこっちも保存しておきましょう。ふふふ。後で反応が良さそうな子に画像送ってみようかな」

 

 スマホを片手に私に完成直後のマンドラゴラを見せてくるトレーナー君。溶ける前の方が絶叫している感じがよく表れていた。

 

「私も妹に見せていいかい?」

「ええ、勿論(もちろん)。好きに使ってください」

 

 お盆の上で微妙に溶けているマンドラゴラを、自身のスマートフォンで撮影して保存する。妹が見たらきっと笑い転げるに違いない。明日送って見せてみよう。

 

「保存できた?」

「ああ。ばっちりさ」

「というわけで……こっちこっち」

 

 トレーナー君はくいくいっと手招きをして私の片手を引き、キッチンを出てリビング中央、コーナーソファーの方へと誘導した。

 

 ゆるくまとめた髪を右肩の位置でシュシュで止めた彼女は、スリッパをやや雑に脱いだ。そしてふわりと白いシンプルなナイトウェアスカートを動かし、舞い降りるようにトレーナー君は座る。私も続いて隣にゆっくりと腰を下ろす。

 その間彼女はソファーに立て掛けてあった、このオシャレな空間に似合わないであろう、ホタテ貝型クッションの裏から何かを取り出す。それは緑の包装紙でラッピングされた、赤いリボンのかかる長方形のプレゼントだった。彼女は私に勢いよくプレゼントを両手で手渡してきた。

 

「はい、メリークリスマス! こっちが個人的な贈り物ね」

「ありがとう! 早速開けてみたいが、こちらもプレゼントを持ってくるよ」

 

 そういって私も牡蠣(カキ)のむき身クッションの下から、トナカイが印刷された可愛らしいラッピングのプレゼントを取り出す。隠し場所は偶然にも同じ発想だった。

 

「こちらからもメリークリスマス、トレーナー君。気に入ってくれると嬉しいな」

「ありがとうございます。何だろう、楽しみですね。では早速開封しましょう!」

 

 お互い丁寧にラッピングを剝がしていく。先に取り出せたのはシンプルな包装だったトレーナー君の方だった。

 

「ネコちゃん型加湿器とアロマ! これ、すっごく可愛いですね! さっそく後で使わせてもらいます」

 

 私がプレゼントしたのは、三毛猫がじゃれつく毛糸玉の部分から蒸気が出るタイプの充電式加湿器だった。時間を作ってプレゼントを探し回っていた際、偶然このネコ型加湿器と目が合った。

 とても可愛いらしい見た目だし、これにアロマオイルを数本ほどつけて包んでもらう事にした。結果、予想通り雑貨が大好きなトレーナー君はとても喜んでくれているようだ。満面の笑みを浮かべてネコ型加湿器を両手で持ち上げていろんな角度で眺めている。

 

「ふふっ気に入ってもらってよかったよ――ん? これは……」

 

 私の方のプレゼントは意外なモノであった――。

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