トレーナー君視点から始まり、◇とかの区切りを挟みルドルフ→トレーナーと交互に変わっています。
厳密に言うと
◆◇◇から◇◆◇までルドルフ視点
◇◆◇から◇◇◆までトレーナー君視点で
◇◇◆以下がルドルフ視点です
それではどうぞ!
『新年』笑いあう門からキタルのは
――20××年+2 1月1日 午前6時半――
――トレーナー寮 405号室 角部屋――
最高級マットレスのベッドに軽くて暖かいフカフカの羽毛布団。
こんなに幸せな目覚めだけど、両頬には早朝の冷えた空気を感じる。
ベッドの近くに置かれたサイドボード上から充電していたスマホを取り、一旦顔を温めるために潜り込む。その際一瞬見えた隣のベッドにいるルドルフは、寒さで耳すら布団から出ていなかった。
そして温かいベッドの中からスマホで全部屋の加湿器や空調、電化製品を操作して部屋を暖める。数分もすれば快適な空間になるだろう。そう思いながら今日の予定をさらっと確認してく。
今日の予定はふたりで初詣に行ったあと、そのまま学園に戻る。そして私は財閥の仕事と、ルドルフの出演スケジュールチェック。あと今月に札幌で行われる新春ライブの調整。ルドルフはそれに向けて生徒会の仕事の整理だ。
年末はお互いどう過ごしたかというと、ルドルフは年末帰らない生徒たちの為のイベントの主催。私はトレーナーとしての仕事だったり、財閥令嬢としてのアレコレが立て込んでたり色々あった。
やる事が多過ぎて年明ける瞬間の5分前に『あけましておめでとうございます』とルドルフへ発言してしまい、反応に困らせてしまったっけ? まあ、そんなウッカリもあった。
そして私は右手で布団外の室温を確認。
――うん。大丈夫だ、問題ない!
そっと布団から出て、うーんと天を仰ぎながら背伸びをする。
そして私は振り返って深呼吸。ナイトウェアワンピースの袖を捲り、気合いを入れるために両頬を2度軽く手の平で叩く。
「よし、いくぞう!」
ルドルフが同じ部屋に泊まる――それは私の朝が戦場と化す時だった!
ROUND ONE FIGHT!
初手はこちらに背中を向けて寝ているルドルフの肩を、布団の上からまず優しくチョンチョンとつつく。
「ルドルフー朝ですよー。起きてくださーい?」
モゾモゾと動く気配はしたが、起きるどころか布団に潜り込まれる。ダメだこりゃ!
最初のお泊り会までは気付かなかったんだけど、ルドルフは非常に寝起きが悪い。心を開いてくれた今は、こうして起きてくれない時がある。
こうなったらカーテン越しに漏れてきている、柔らかな日光を顔に当てて起こそう! 布団を軽く持ち上げようとしたが、持ち上がらない! 寝ながら器用に手足で布団がはがされないようガードしていた。
なんて事だ! と私は心の中で盛大に頭を抱えた!
「えー、誠に遺憾かもしれませんが、起きてくださいルドルフサン!」
ならば聞き慣れない私の発言作戦!
コッカイチューケーを見て覚えたナガタチョー言葉を織り交ぜつつ、そっとゆさゆさと揺らす。しかし、私が揺らすのを防ぐため、今度は横向きから仰向けになったようだ。
「だめだ……全く起きる気がない……」
途方に暮れる。こうなる位ならルドルフのお姉さんから提案された、対ルドルフ用起床方法を聞いておけばよかった。また聞きとか嫌がるかなと思って、遠慮した自分に今更後悔しはじめる。その間もルドルフは全く起きる気配を見せない。
しかし、仰向けになった事でガードが緩くなった! 隙をみて布団を顔に掛かってる布団を
「起きてー。起きて下さーい」
また優しく揺すったりするも幸せそうな寝顔は変わらない。もう先に食事準備をある程度して、後でチャレンジしようかなと思い始めたところ――。
耳がピコっと動いた。あと寝言を言っている。
何て言ったかわからないけど、なんだか幸せな夢でも見ているのかな? そんな雰囲気の表情だった。
私はベッドに座ってつんつんとほっぺを突いてみる。くすぐったそうにするけど起きない。
「……これは中々しぶとい」
頬を
「もう、困ったチャンですねー」
まあ、年末頑張ってたし、いっか――。
私は起こすのを諦めた。そしてルドルフと作り貯めておいた、お節料理の仕上げをする前に、そっとウマ耳に両手を伸ばし前に折り曲げ――。
「……スコティッシュフォールド。……ふふっ。ライオンじゃなく、ネコチャン完成。1度やってみたかったのよね!」
なんとなく目についたウマ耳で遊ばせてもらった。
まだ歩けないほど幼い頃。不思議に思って見ていたら、世話を焼いてくれてたマハスティが触らせてくれたっけ? ピコピコ動いてて面白いから見ていて飽きないんだわ。そんな温かい記憶を思い返しながらそっと手を離す。
さあ、ご飯の支度しようかなーなんて考えながら、ベットから離れようとしたその時だった――。
草むらから飛び出してくる獅子の如く、ルドルフが勢いよく起き上がった。私の両肩は驚いたウサギみたいに
"――やっば! 遊んだの見られてた?! ――"
内心は冷や汗ダラダラだ。つい出来心とはいえ、本人の許可なくお耳で思いっきり遊んでた。これはお叱りを受ける! 私はゴクリと喉を鳴らした。
と思ったら上半身を起こしたまま、ぼーっとどこかを見つめてる。
もしかして、寝ぼけてる?? 首をかしげて『おはようございます』と声をかけたら……。
「×××ちゃん……」
「はい?!」
誰ですかそれ! と聞き返したかったけど次の瞬間ぎゅーっと抱きしめられる。正面から抱え込まれた私は、そのままベッドに転がった!
「ちょっ! 起きて! 潰れちゃうー!」
ぬいぐるみを抱っこするかのように、ぎゅーっと私のわきの下! 胸部外周にそこそこ強い力がこもる!
重種ではなくルドルフは軽種とはいえ、普段200kgのバーベルをトレーニングで用いているようなトップアスリートだ!
冗談抜きにまずい!
いくらこの世界のヒト型2足歩行生物が、以前いた世界の人類と比べて物凄く頑丈でもヤバイ!
私はライオンに捕まって鳴いて暴れる草食動物みたいに、ジタバタと騒いで暴れる。
「ん……ふかふかしてない……あれ? うわっ!? すまない!! 寝ぼけていた!」
「ふぁっ!」
やっとまともに息が出来るようになったので、大きく深呼吸を繰り返す。慌てたあとルドルフは私が落ち着くまで背中をさすってくれていた。
「――うう、寝ぼけてたし仕方ないですよ。おはようルドルフ。……で、×××ちゃんって寝言いってましたけど、あれは何ですか? 一体何の夢を見ていたんです?」
一番疑問に思うあの発言。それを尋ねるとルドルフは照れくさそうに眉をハの字に下げながら、歯切れ悪く口を開いた。
「いや、その……。まあ、子供の頃持っていたウサギのぬいぐるみでね。寝ぼけた私は君をその子と勘違いしたようだ」
「なーるほど、そういうことでしたか」
それっぽい抱っこの仕方だと思っていたら、どうやら本当に私はぬいぐるみ扱いされていたらしい。ふかふかしてるってことは、きっと触り心地の良いぬいぐるみなんだろう。
今ではしっかり者のルドルフにも無邪気な子供時代があった。まあ、ご家族ともHorsebookとかでコメントやメッセージのやり取りするけど、あの感じなら納得だ。きっと温かい感じだったのだろう。
幸せな夢から始まる新年って最高じゃない?
朝から私の胸中はほっこりした気分に包まれた――。
◆ ◇ ◇
――20××年+2 元旦 午前8時――
――トレーナー寮 405号室 角部屋――
寝起きの事件の後――。
我々はおせちを準備し、30分ほど前に朝食を済ませ、我々は初詣の準備を始めていた。
今年は話し合いの結果、私とトレーナー君は和服を着ていくことに。そしてその着物の出所は、去年彼女に宣伝を依頼したお店だ。
私がトレーナー君に宣伝の仕事の話を持ち込んだ後、彼女は私を伴い直接オーナー夫婦と話をしにいった。
そこでどうせなら汎用性の高い製品を作り市場を開拓。そこから文化保護の資金を調達しようと提案し、トレーナー君は流通経路やデザイナーの紹介、職人の紹介と国内の窓口を店主のご夫婦がという話でまとまった。
『日本には素敵なものが溢れている。売れていかないのは言語の問題だけでなく、ただ便利さが知られていなかったり、汎用性が低かったりするんです。そこをクリアさえすれば何とかなる。その為に資金がないならそれを補うだけ。必ず商売にしてみせる』と、彼女は豪語していた。
その後は世界有数の大企業だけあってとんとん拍子に話は進んだ。そして今年の春からブランド展開が始まるんだとか?
投資へのお礼も兼ねてレンタル事業や振袖を貸していただける事になったという訳だ。
試着のためにトレーナー君をお店に連れて行った時、彼女が物珍しそうにキョロキョロしながら喜んでいたのが印象的だった。生国はこちらでも、彼女の育ちは太平洋の向こう側の米国。きっと新鮮な気分だったのだろう。
そしてトレーナー君はというと、今リビング中央のラグの上に座っている。流石に着付けまでは知らなかったらしく、私が自ら着付けてみた。誰かを着せ替えるというのは、一体いつぶりだろうか?
そのデザインは白をベースに淡い紫や桃色を組み合せた辻が花。とても高価な品物だが、店主ご夫婦は彼女が初めて着物を着ると知って、かなり奮発してくださったようだ。
ネイルは先ほどシンプルな色合いで整え、ヘアセットも終わった。月下美人を象ったかんざしから垂れる飾りが、彼女がすこし動くたびにキラキラとまとめた髪の元で揺れている。あとはアイメイクとリップだけ。道具を取り出そう近くのテーブルの上に視線を移す。
そのローテーブルの上には、金細工と紺色のビロード生地で構成された、豪華なコスメボックスが置いてある。その中にギッシリ入っているのは、全て彼女専属のスタイリストが選んだ製品だ。女の子の夢が詰まったこのボックスを妹が見たら、きっと瞳を輝かせるだろう。Horsebookでの彼女たちのコメントのやり取りを見る限り気が合うだろうから、いつかふたりを直接合わせてみたいものだ。
「さてと、アイメイクの仕上げに取り掛かるから目を閉じて」
私の言葉にトレーナー君は
その
長くしっかり生えそろっているので、あまり厚塗りする必要はなさそうだ。綺麗な色を生かして透明なマスカラで仕上げて目元はこれでよし――。
あらかじめリップバームなどで下地を作っておいた唇に、淡い色を乗せて完成。アハルテケ由来の血を半分引く彼女の整い過ぎた造形は、そのままでも十分絶世独立の美女と言える。しかし、磨けばなお輝くのでトレーナー君の髪やメイクを弄るのは私の楽しみでもある。
「出来た。目を開けても構わないよ」
汚れてしまわないよう首から肩まわりに掛けていた布を外す。そしてシンプルな折りたたみの鏡を持って、見える位置に掲げる。ゆっくり瞳を開いたトレーナー君は満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます。自分でやるのとは違って新鮮ですね」
「そうだな。ふふっ、こちらも自分以外にメイクを施すのが新鮮だし楽しかった」
こんな風に他者の顔にメイクを施しあうのは、姉や妹と、母の化粧品ボックスで遊んだ時以来だ。私の胸中はとても懐かしい気持ちに包まれる。
そして部屋の隅に吊るしておいた、自分用に借りてきた着物に手を伸ばす。
借りてきたのは
「そっちは確か……
「正解だ。良く知っているね」
珍しそうにのぞき込むトレーナー君が見やすいよう、着物ハンガーにかけた
「その衣装の着せ方は全くわかりませんが、何か手伝えることはありますか?」
「そうだな、じゃあ指定したところを持っていてもらおう。ひとりでも着られるが、その方が私も助かる」
どうやら手伝う事を考えていた様だ。
私はこの状況でも世話をきちんと焼こうとする彼女の気持ちに対し、微笑ましく思う心情を口元にうかべた。そして記憶力が桁違いな彼女には、まず動画で着方を見せる方が良いと思い立ち、部屋着にしているジャージのポケットからスマートフォンを取り出した。
◇ ◆ ◇
――20××年+2 1月1日 午前9時――
――府中市内 某神社――
駐車場でリムジンから降りると、既に
『あけましておめでとうございます! あの、プライベート中にすいません、シンボリルドルフさんのサイン下さい!』
「明けましておめでとう。構わないよ。書くものはあるかい?」
振り返るといつの間にか沢山の人だかりが出来ていた。
そしてルドルフは私が運転手と話していた間、集まってきたファンへいつも通りの対応をしていた。こういうのを見るとやっぱスターだなぁとか、なんか凄いなーと思う。
"――クラシック期にあれだけ実績を打ち立てていれば、こうもなるよね。うんうん――"
去年もファンと思われる方に声をかけられていたが、今年は段違いにその数が多い。私もファンの方のスマホを預かって写真を撮ったり、内容に気を使いながら質問に対して答えていく。
そしてしばらくした後、ルドルフは森の木々の隙間から漏れる朝日に、耳飾りを揺らし輝かせながら、私の方を振り返り手を差し出した。
「さて、オルドゥーズ財閥令嬢。はぐれない様に、お手を」
「お気遣いありがとうございます。では、参りましょうか」
その意志に応え、こちらもきちんと令嬢らしく振舞い、そっと差し出された手を取る。軽く周囲に社交辞令を述べ終わると同時に、さっと集まっていた群衆が割れ参道への道を譲っていただけた。
不思議な事にルドルフは道を譲ってもらえるというジンクスがあるらしい。そのことでルドルフは周りから避けられてるのではと悩んでいる時があるが、この特徴のお陰で外でウマ込みや人込みに揉まれることがあまり無い。
漏れ出た白い息と対を成す、赤い看板の出店や提灯が並ぶ境内をゆっくりと進む。友達同士、兄弟姉妹、カップルや家族連れ。沢山の人たちの活気に満ちた光景だった。
――どうかこのまま素敵な世界であって欲しい。
厳しい並行世界、異界から来て、この光景を眺めている私はそう願わずにはいられない。一体自分には何ができるだろう。そんなことを考えていた私は足元の段差に気付かず、そのまま
「おっと、大丈夫か?」
「ごめんなさいぼーっとしてしまって」
「険しい顔をしていたが、何か考え事でも?」
「――この景色をいつまでも続くようにできたらいいなとか、そのためにはどんな社会貢献をしたらいいかとか、色々と考えていました」
そう答えるとルドルフはほっとしたように眉を下げ、外気よりもずっとぽかぽかするような微笑みを浮かべた。
「他者の幸せを守る方法か。なるほど。いい心がけだ。力を持つ側が考えられるのは素敵な事だね」
「ありがとうございます。――こんな込み合ってるときに考え事しているようじゃ、まだ半端者だけど。いつかはそうありたいです」
「ふふ。そんなに謙遜することは無いよ。――我々はまだ子供だ。このまま真っすぐ、ゆっくり成長していけばいい。焦らなくてもまだ時間はある」
私の手を握るルドルフの手に力がそっと込められた。まるるで励まされているような気持ちになり、私も『それもそうですね』と返し、離さない様同じようにそっと握り返す――。
お参りを無事済ませた後は、御守りやおみくじの引き換え所へやって来た。先にこちらへ来ていた方々が、次々に
「君も何か欲しいものはあるかい?」
「そうですね。医療に関わってる私が、怪我人が出ることを願ってしまうので商売繁盛の持つのは縁起が良くない。けど、実家になら良さそうだしお養父様へ招き猫を贈ろうかな」
「養父君のオフィスにかい?」
私はその一角にある招き猫を吟味していると、ルドルフは不思議そうにのぞき込んでくる。
「ええ。ただ問題はペットのオリーブが激オコになった場合、暴走する可能性があるんですよ。気に入らない置物は警戒して物凄く突きまわすので、色々と大変なんです」
「ああ、あの大きなフクロウだね? 私がウェブカメラごしに君の養父君と話をしたときも、何故だか凄く暴れていたよ」
「えぇ!? またお養父様ったら仕事中にお散歩させてたの!? それは大変失礼しました……」
"――何でそういう時に限って、放鳥してるんですかお養父様!――"
私は思いっきり片手で額を押さえた。
「問題ないよ。オリーブ君のお陰で場も和やかに進行したし、終始楽し気でよかったよ。いつかまたアメリカに行くことがあったら、是非あのオリーブ君にも会ってみたい」
「ふふ。うちは所有のホテル暮らしで屋敷はないけど、オリーブ君の居る本社でよければご招待しますよ」
「それは冒険のし甲斐がありそうだ」
私とルドルフは顔を見合わせて微笑み合う。
「ところで今年の目標や願いについてだが、君は何にしたんだい?」
「そりゃルドルフや家族、社員、そして学園の子達の健康祈願が1番。あと事業成功の他に、個人的なお願いをひとつですね」
「随分と沢山願ったね」
「私は幸せに関しては欲張りですから」
自分の立場を考えるなら、それくらい貪欲でありたい。私は胸を張ってそう答えた。
「ルドルフは何をお願いしたんですか?」
「君と同じような事だよ」
「え、ちょっと今のはずるいですよ。はぐらしてませんか?」
「そんなことは無いさ。それで、個人的な願いというのはどんな願いを?」
ルドルフに話題を振り返したけど思いっきり話を逸らされた。しかし、まあ言えないような願いでもないので、そのまま答える。
「無理なのはわかっていますが、もう少し身長が欲しいなぁと……」
私は片腕を上に伸ばし手首をまげ、手のひらを頭の上に水平において下から上にあげて見せる。
「ふむ、今でも十分だと思うが?」
「うーん。気になってしまうんですよ。海外の人間やウマ娘は身長が高いから、本社の人とお話する際私だけ小さいのが目立つ。ハヤヒデの長身が羨ましい……」
「ハヤヒデが羨ましいか。しかし、私も英仏で同じような事を想ったことがある。君がコンプレックスに感じるのもわかる気がする」
ルドルフが英仏でそんな事を感じていたとは思っていなかった。何故なら謎の皇帝オーラを放つルドルフは、お人形さんというより可愛いぬいぐるみ扱いの私と違い、周りから
私も彼女みたいな雰囲気を身に付ければ、少しは待遇が大人っぽい感じになるだろうか……。
「隣のバ場は良バ場に見えます。身長の成長期カムバーック! よし、周りの方の健康祈願の他、絵マにそれも書こう。ルドルフ絵マを書きに行きましょう!」
「あはは! 面白いとは思うが、本当にそれを書くのかい?」
「ええ。見た方にはもれなく、笑う門にはフクキタルですよ!」『今私の事を呼びましたか!?』
振り返ると巫女服姿のフクキタルが居た! まさかのタイミングに私は目を見開いて驚いた!
そして私の視界外で、ルドルフが本音を晒して笑っている明るい声をあげた。公の場だと珍しいと感じながらルドルフの方を見ると、彼女は『あはは! ふふふっ』と上品さは感じられる笑い声をあげ、目の端に軽く涙を浮かべてお腹を抱えていた。余程ツボに入ったのだろう。
「いやなに。トレーナー君が見る者を笑わせる絵マを書くと言っていてね。それで笑う門にはフクキタルと話していたんだよ。まさかのタイミングで来たね。あけましておめでとう、フクキタル」
「なるほど! それはいいアイデアですね!! あけましておめでとうございます! ルドルフさん! お嬢様!」
「あけましておめでとう。そのタイミングでフクキタルが来たから、やっぱり良い事がありそうですね」
「そう言っていただけると私もハッピーカムカム! な気分になれますね!」
フクキタルは嬉しそうに両手を上げて喜びを全身で表した。巫女服姿という事はここでバイトをしているのだろうか? そう思っているとルドルフがフクキタルに話しかけ始めた。
「その様子だと今年も手伝いに?」
「そうです! 神社でお手伝いをすればきっと新年から開運ですからね! 今は休憩中でして! おふたりは御守りを頂きにいらっしゃったのですか?」
「ああ、絵マと一緒にね。丁度いい。フクキタル、君に尋ねたいのだが、去年はタイミング悪く体調不良に見舞われた。というわけで御守りが欲しい。この場合厄除けと健康祈願だとどちらが良いだろうか?」
ルドルフがフクキタルに話を振ると、フクキタルは両手の人差し指で側頭部をくるくるっと。まるでこの前再放送で見た一休さんのような動作で考え始める。
「うーん。そうですね! 我々は怪我が兎にも角にも避けたいものですので、それと合わせて健康祈願の方がよいのかもしれません! 脚だけでしたら健脚祈願の御守もあるのですが、それも含めたものになるかと!」
「ふむ。ではそれにしよう。ありがとう」
「いえいえ! お嬢様は何か頂きたい御守りはございますか? もし何かお悩みがあれば開運のご相談に乗りますよ!」
「そうですね。実家に合った招き猫を1体授与して頂きたいのと、あとは……これは解決できるんでしょうか」
「そんなに深刻な悩みなのかい?」
あの悩みは開運でどうにかなるのだろうか?
そう腕を組んで頭を抱える。するとルドルフが心配そうに私をのぞき込んできた。
「ほら、ここ5日間のアレですよ」
「ああ。アレか――相談するだけしてみたらどうだろうか?」
「そうですとも! 困った時は身近な誰かにすぐ相談するのが1番の開運ですよ」
明るい笑顔を浮かべフクキタルはとても良いことを言った。確かにそうだ。悩むより相談しよう。そう決めたその時だった。
「会長、お嬢様、フクキタル。あけましておめでとうございます」
「皆、あけましておめでとう。全員和装とは、華やかで素敵ね」
そこに現れたのはエアグルーヴと、彼女のトレーナーにあたる東条先輩だった。ふたりと一旦あいさつを交わし合う。そして私はフクキタルに相談内容を伝える。
「あ、相談内容なのですが、お皿に出すタイプの大きなプリンがありますよね? 裏側の爪を折ってプルンってする商品の」
「ありますね! 私も大好きです! ハッピーという名前がついていて気分がハッピーになります! そのプリンがどうしたんですか?」
「それが5日間、ずっとプッチンできてないんです……。4本全部折っても、何個も空けても落ちてこないとか、穴が開かなかったりなんか地味に不幸でして」
「「……え?」」
エアグルーヴと東条先輩の声がハモった。重たい話題が始まったせいで気遣わせてしまったらしく、彼女たちの空気まで変わってしまったのかもしれない。
「それはハッピーな気分が激減してしまう由々しき問題っ!」
「私がやるとちゃんと出たのに、トレーナー君がやると出ないんだ。小さなことだが"日々"の不幸の積み重ねが、きっといつか士気にも"響"いてしまう」
「むむむ! そうなると御守りは厄除けですかねぇ。あんまり酷いようでしたら、私の方でお祓いもやりますよ。一応神社の娘なので」
「お気遣いありがとうございます。次こそプッチン出来るといいなぁ」
どうやら重すぎた話題だったらしく、先輩とエアグルーヴは眠たげなマヌルネコのような微妙な表情を浮かべている。新年早々不幸話に巻き込んでしまい申し訳ない気分だ。
今度お詫びに高級スイーツを先輩のチームに差し入れておこう。そう私は頭の中にあるスケジュール帳にそっと記憶を残しておいた――。
◇ ◇ ◆
――20××年+2 1月1日 22時――
――トレーナー寮 405号室 角部屋――
着物は専用のハンガーにかけ、夕食も済ませトレーナー君も私もナイトウェアに着替えた。
いつもなら穏やかな雰囲気が流れるこの部屋には今、彼女と私の闘争心がぶつかり合っている――。
我々は互いに背を預け合わせ、新緑のターフのようなラグの上へ座っている。そして視線はどちらも弁天堂のポータブルゲーム機に注がれていた。
コース設定は春。京都3200m。グレード1の天皇賞春。バ場は不良。天候は大雨。
画面内の視界が悪い中、彼女が操作する選手をマークしながらじっと内側でバ群を進み、植え込みを越え内ラチの開いたスペースを利用して詰める。
そして我慢比べをしながら最終直線へ! 残り200を切った辺りで瞬発力を生かし一気にこちらは突き放しにかかる。熾烈なデットヒートのままもつれ合うようにゴールイン!
「もうすこし混乱するよう細工を入れるべきでしたね。――惜しい」
「――勝ったがハナ差か。君はミスをしてくれないから厄介だな」
トレーナー君がクリスマスに私へプレゼントしたのは『ウイニングレース』というゲームだった。
クリスマス前発売で、初回予約特典は私『シンボリルドルフ』。CMを務めたのは覚えているが、興味はそれ以上わかなかった。
彼女からこのゲームを与えられて初めて知ったのだが、実によく出来ている。
世界各国のコースや選手が丁寧に再現されており、実際のレースのようにコース取りや、加速地点を自分で選べる。NPCと遊ぶのはイマイチだが、ネットワーク通信を介し、対プレイヤーレースをするのは非常に面白い。視点も使用している選手を第3者視点で見てやるか、本人の視界でやるかの2種類があり臨場感も抜群だ。
それをプレゼントに貰ってふと思いついたのが、トレーナー君とレースが出来るという事だった。
フィジカル面では現実だと私が圧倒しているが、その差が埋まったらどんなに面白いレースができるだろうか? 彼女は見るもの全てを覚える能力があり、その膨大な知識の海から叩き出されるレースセンスを学ぶ経験になる。彼女にそう申し出ると、予想済みだったのかもう1台予約品を持っていた。
一旦我々はゲームをテーブルの上に置き、私は電気ポッドと
「そりゃ、私は貴女のトレーナーだから、負けてなお強しくらいじゃなきゃ教える事無いでしょ?」
「それもそうだね。はい、君の分のお茶だ」
「お、ありがとう! 丁度ほしかったんだよね」
「その代わり――私もそのミカンが欲しいな」
「えー! そこは自分で
「――ダメかい?」
「もー。しょうがないなぁ。ルドルフ、お口開けて」
トレーナー君は呆れたように苦笑いをしながら、私の口に丁寧に剝かれたミカンを放り込んだ。そのひと粒は自分で
「このゲームをしていて思う事があるんだ。君がレースに出られるウマ娘だったらよかったのにと」
「あはは。そう思ってくれるなら光栄ですね。小さいころはマハスティの真似をして、よく公園の植え込みを飛び越えたりして怒られたっけな」
「あの真珠色のウマ娘だね?」
最初から生まれながらにして神の如く完成された才を持ち、時折ヒトならざる雰囲気を持つ彼女にも、そんな無邪気な時期があったのか。母代わりのウマ娘を追いかけて真似をする彼女を想像すると、なんだかとても微笑ましい気分になった。
「ええ。――かつてレジェンドと呼ばれた引退者のみのレース。グラン・ナショナルと同じ設定で1着を取ったその瞬間を、私はお養父様と共に見ていました。その時、選手を育てる道も良いなと。命を救ってくれたマハスティの仲間、ウマ娘のためというのが、この道に進んだきっかけだと――それだけだと思っていました」
「――というと?」
私はその先に、聞かなければいけない、受け止めなければならない。そんな本音があると思い話を進める。
「しかし、今思えば瞬時に記憶できてしまうから、誰かを育てたりすることで成長を追体験したかったのも、あるのかもしれません。しかし、選手たちの気持ちをどこまで理解できているか、欠けた私がどこまできちんと導けているのか
「なるほど。本来あるべき通過点が無く、その通過点のすぐ先を理解するのは確かに難しいね」
ついにトレーナー君が本当の意味で心を開き本音を話してくれた。
これが彼女の抱える苦しみのひとつなのだろう。私は開かれた本心をしっかりと受け止める。きっとそんな不安と戦いながら、私をどう育てるか、どう導くか、きっと誰にも言えずに悩んできたのだ。
感謝を込め、私はやっと見つけた深い胸の内にある、彼女の不安へと慎重に言葉を選びながら触れる――。
「理解というのは向き合う努力をすることを指す。そして君は今の所私ときちんと向き合ってくれている。日頃連絡を取る君の前任のディーネも私も、君には大変感謝している。心配しなくても大丈夫だ。それを経験してもなお、すれ違うことだってあるのだから」
「……そうだね。ありがとう」
「どういたしまして。――お礼にはそうだな」
「へ?」
私がいたずら心で付け加えたそれに、トレーナー君は豆鉄砲を食らったような顔をした。思わず吹き出しそうになるが、そこは堪えて言葉を続ける。
「ミカンを
彼女は
「どれだけ貴女は、私が
「他のウマ娘が食べているニンジンは美味しそうに見える。その格言通り、誰かが
「むー……わかりました。お礼に
「とりあえず3つ程」
そんな私の態度にトレーナー君は呆れているけれど、その横顔はどこか胸のつっかえが取れたようなすっきりしたものだった。彼女の指導者たらんとする姿は立派だが、私にも誰かを頼れというのだから時には本音を話して欲しい。
今日はやっと、記憶の秘密を話してくれた夏よりも心の距離感が縮まり、そんな願いが叶った日でもあった――。たまには神頼みをして見るものだなと、私は心の中で独り言をつぶやく。
私が個人的に神々へ願ったのは、我々の願いをかなえる魔法使いである、君が幸せに暮らす未来だった――。その助けになりたいから、もう少し心を開いて欲しいと。そんな願いであった。
――うまぴょい♪
「ん? 誰だ?」
気の済むまでミカンを食べさせて貰ったタイミングで、通信アプリLEADの着信音が私のスマートフォンから鳴った。発信相手はハヤヒデだった。
「どうかしたんですか?」
「ふむ……なるほど。昼間ハヤヒデに出会ってこのゲームを話したら、彼女も持っていたらしくてね。フレンド登録をしたんだよ。オンラインになっているから、声をかけたんだそうだ。タイシンとチケットのふたりも含め、よかったら一緒にレースをしないかと来ている。君も入れてみんなでレースをしないかい?」
「そうですね。皆でした方が楽しいですし」
「決まりだな。返事を出しておくよ」
さて、今夜も楽しい時間を過ごせそうだ。
私はどんなレースが出来るか心を躍らせながら、ハヤヒデに返事を出した――。