ルドルフ視点から始まり、
◆◇◇から◇◆◇までがトレーナー君視点
◇◆◇からあとがルドルフ視点です
いつも通り人名や名称はなるべく置き換えております。
(日経賞だけはムリでした)
――20××年+2 1月21日 午前8時――
――札幌市→帯広市 移動中――
昨日は札幌市で1泊しライブを行った。札幌でレースを走ったわけでもなく何故ライブなのか? というのはURAの企画だったからだ。
企画内容は5大都市に前年に活躍したウマ娘が割り当てられ、それぞれのチームに分かれライブを行う。それで派遣された昨夜の札幌ライブでは、海外で踊った曲なども披露し、現地で見る事が出来なかったファンから大いに喜んでもらえた。
今現在は財閥所有の車でまた移動。高速道路を走る車窓の外は一面雪。向かう先は視察先の帯広トレセンだ。私はある理由で勝負服を着用しており、トレーナー君も同じ理由でお嬢さま風のワンピースを着用していた。
ワンピースのデザインは、上がゆったりとした袖の白ブラウスにボウタイ。高いウエスト部分で切り替わったボトムは、膝が少し隠れる長さのワインレッドのフレアスカート。どちらもひと目でわかる上質な生地を使っており、あとはタイツとブーツの組み合わせ。髪型は乱れない様しっかり編み込んだシニヨンに。
そんないつもと雰囲気の違うトレーナー君の目の前。リムジンのテーブル上には、昨日デパートで買い込んだお菓子が所せましと並んでいた。それをひとつひとつ吟味するように、彼女はペットボトルのホットドリンク片手に一生懸命味わっている。
「このお菓子美味しいですね。また買わなきゃ」
「人気のお菓子らしいね? 私もひとつ貰っていいか?」
「どうぞ。"チョコ"1個単位の"ちょこっと"と言わず、一緒に食べましょう」
「ふふっ、ありがとう。その言葉に甘えさせてもらうよ」
手袋を外し、私に取ったのはホワイトチョコの小さなお菓子だった。
北海道のお土産として人気の品物と言われている、そのお菓子を口に含む。重厚そうな外観だが軽く噛めばサクリとチョコが割れる。まるごとフリーズドライされたイチゴは酸味はキツくもなく、甘みと香りが広がりサクサクとした食感を
「抹茶とも相性が良さそうだ。ふむ、――私も母へこちらを贈ろうか」
「確かに合いそう。喜んでくれるといいですね。そういえばお菓子のカタログを見てたけど、もしかしてお土産を選んでましたか?」
「いいや、これは別件だよ。バレンタインに仕事を受けているだろう? その参考にと思ってね」
「あー! キャンペーンの!」
来月2月にはバレンタインがある。
製菓会社のCMもかねて、人気のウマ娘が自身の手作りチョコを披露する。見比べられるからには負けられない。特にシービーやタカオハリ、マエツはじめ同期のライバルたちにも。
「ただ、料理苦手な重賞ウマ娘にとって公開処刑イベントよね……」
「確かに。過去にはやらせではなく、試食で食べたウマ娘を3日間気絶させ、この世のモノとは思えないチョコレートがあったという話も聞くよ。その後の猛特訓で美味しく出来るまでのエピソード付きの回だったな」
「ひえっ! それは怖いけど、薬物に対する耐性メカニズムが複雑なウマ娘を気絶させるなんて……! 一体何が入っているのか気になります。新発見があるかもしれません」
まさかそこに食いつくかと私は目を丸くした。
ここにあの実験好きなタキオンと、根っからの研究者気質故に担当となり今ではモルモットと呼ばれているタキオンのトレーナー。この2人を引き合わせたら、さぞ興味深い議論が始まるだろうなと想像してみた。
だがそのメンバーだと有事際に止めるブレーキ役が居ない上に、明後日の方向性へ研究課題がが飛躍しそうだ。しかし、怖いもの見たさもあり興味がそそられる。
「あははっ。まさか研究を考えているとは恐れいったよ。そこでひとつの意見として聞きたい。私が贈るならどんなチョコレートがいいだろうか? 君ならどうする?」
「それはルドルフじゃなくて、"皇帝"としてのイメージ?」
「どちらかといえばそうだね。だけれどユーモアを加えても構わない」
「ふむふむ――となるとそうですねぇ……」
トレーナー君はパクパクと2粒ほど、イチゴチョコを食べながら、腕を組んで考え始める。
「……ルドルフのイメージなら"
自信満々にそう返して、親指を立てるトレーナー君。
――そのベストな回答に対し耳を大きくパタンと動かし私は歓喜した。
「いいな。それでいこう!」
「ほっ。ほぼ勢いだったから滑らなくて良かったです」
「英語と日本語、どちらも1文字違いの"ダジャレ"とは随分と"シャレ"たことをしているからね。君はバレンタインに誰かへプレゼントなど贈る予定はあるのかい?」
カタログを閉じて横に置き、ふとした興味で彼女に尋ねると――。
「ありますよ。毎年大変なんですよこれがまた!」
意外な答えに目を丸くした私とは対照的に、トレーナー君は指を数え折り曲げながら話し始める。
「日本でも親しい方へ贈るんですよね? まずルドルフ、
「家族と私へというのは理解できるが、社員へのギフト券とは?」
疑問を持って首をかしげて尋ねると、トレーナー君はニッコリ笑って答えを返してくれた。
「はい。日本円にして
「マメに気に掛けることで集団をまとめていくわけかい?」
「そういうことです。我が社は種族構成も複雑。組織の図体がとんでもなく大きいので、一度の士気の低下が命取りになります」
積み重なると凄まじい額の大盤振る舞いになりそうだが、それが士気向上もしくは維持に繋がるならアリなのかもしれない。そういえばバレンタインの起源も、絆や愛を守ろうと奮戦して散った聖者の物語だったような? そんなことを頭の片隅に考えながら会話を続ける。
「なるほど。つまるところ、社員ひとりひとりを石垣、城、堀の
「ええ、ウマ娘や
私はここであることに気付いた。トレーナー君の養父がどうして、彼女が捨てられた時に日本にいたのか気になっていた。今の一言でひとつの答えを見出せた私は切り出す。
「となると養父君は信玄公に
「鋭いですね。先代当主――お養父様の父親は愛妻家かつ、子供たちにも教育熱心だったみたいで、帝王学のひとつとして紹介した偉人が武田信玄でした。先代が亡くったあと、偲びたくなった養父は長野を訪れ、お散歩に出かけた秘書のマハスティが私を見つけて拾ってくれました。拾っていただいた理由も、ただでさえ少ない仲間だからでした。これも何かの縁だから養子にしようとか、そんなことを言っていましたね。ありがたいことです」
普通じゃあり得ない発言に私は耳を疑った。が、冷静に考えてみれば彼女は忘れられない体質だったので、驚きで逆立ちかけた耳や尾の毛が落ち着いていく。
「そんな幼いころから記憶があるのか?」
「ええ。産まれた瞬間は覚えていませんが、拾われた後からはずっとです。――音として覚えていた事柄を掘り返して後で見返してみたんですよ」
「なるほどな。相変わらず常識離れした記憶力だね?」
「ふふっそれほどでも~」
「話は変わるが、視察が終わったらウイニングレースの試合がしたい」
美浦寮に帰ってからもイメージトレーニングの一環として、トレーナー君とレース趣味レーションゲームの通信対戦をしている。彼女はGrandの称号持ちだけあって、レースセンスの良さともある。そして規格外の記憶力を武器に、回数を重ねたトレーナー君は今ではとんでもない勝負強さになっている。
絶対があると言われる私のコーチを務めるなら、トレーナー君にも強く絶対的な存在であって欲しい。彼女が強いのは喜ばしい事だ。
――が、やられっぱなしでは納得がいかない!
今週はトレーナー君の勘が絶好調らしく、全部手を見抜かれてわずかではあるが負け越してしまった。
ムキになっているのは重々承知。だがあらゆるレースを全て記憶でき、古今東西のレーススキルを使いこなす彼女だからこそ、そんな気持ちになれる。
「いいですよ。夕食後にどうですか?」
「決まりだね。設定やコースは任せるよ」
「わかりました。プランを考えておきます」
トレーナー君は1粒イチゴチョコレートを食べ、手をウエットティッシュで拭いた。そして両手をあげのびーっと背中を伸ばす。
「あ、そういえば送り先にあと1名いますね」
「ほう? 身内の方へかい?」
顎に指を当て思い出したように天を仰いだあと、トレーナー君はにこっと微笑んだ。
「はちみーが大好きなあの子。トウカイテイオーさんですよ。超セレブがチョコレート贈るならどんなの! って話題になりまして。可愛いから、サプライズで豪華なチョコを送ってみようかなと」
「あはは! 彼女らしいね!」
きっとテイオーは何気なく聞いたつもりだったのだろうな。それに対して本気のイタズラを考えている彼女の気持ちも分からなくもない。こう見えてイタズラするのは私も大好きだ。
「よかったらこのドッキリ計画を手伝ってくれませんか? ルドルフも一緒になって選んだとテイオーさんが知ったら、きっと大喜びしてくれるかと」
「そうだな。テイオーに贈るのは手作りと既製品どちらにする?」
「高級食材使った手作りもいいけど、それこそセレブ向けの高級スイーツとかどうでしょう? 一般ルートでの入手が難しいカタログと業者一覧を取り寄せて、府中に帰ってから作戦会議というのは?」
「それでいこう。ふふっ、個人的にもどんなものがあるか楽しみだ」
入手困難になる程の高級な品物。自分が食べたいとき以外に興味を持ってみたことが殆どないが、一体どんなスイーツがあるだろうか? 想像するだけで楽しい気分になる。
「そういえば。いつも他校への視察は生徒会と伺うのに、なぜ今回はおひとりで?」
トレーナー君は不思議そうに首を傾げた。確かにいつも副会長の2人や他の役員と行くことが多い。しかも今回は引率付き。そして引率者が私の指名となれば、疑問に思うのは当然の事だった。
「ふたりも誘ったが断られた。前年のハードローテーションの疲れを抜くためにも、近場の温泉でゆっくりしてきてくださいと」
「なるほど……」
「まあ、ふたりともトレーナーが決まって気合い十分といったところでね。今は別行動がいいんだそうだ。特にブライアンは私をレースで"ぶっちぎってやる!" とまで宣告してきたよ」
「わー。物凄くバッチバチじゃないですか。――けど、なんだか貴女の今の表情はとても嬉しそうですね」
自覚はなかったがどうやらそんな表情をしていたらしい。トレーナー君に本音を隠す必要はない。私はそのままの思っている事を答える。
「ああ、目標とされ追われる立場になれたという事が嬉しいんだ。しかし、勝たせるつもりは一切ないので、昨年以上にしっかり頼むよ?」
「わかりました。――では、どうして私が引率へ指名されたのですか?」
「それは君を是非、帯広へ連れて来て欲しいと先方からの願いでね」
今回訪問する帯広トレセン学園の主役は、"ばんえいレース"の出走者たち。ウマ娘の中でもトップクラスのパワーを有する重種のウマ娘たちだ。全員がアメコミ女性ヒーローのような肉体美を誇り、着飾るのが好きなウマ娘達が多い。
そのため卒業生には1流ファッションブランドのデザイナーとして、華々しい活躍しているウマ娘も多数。おしゃれに敏感で美しい物に目がない彼女たちは、新たなデザイン開拓へのインスピレーションを得るために、アハルテケの血を引くトレーナー君にも会いたいのだそうだ。
さらに、その選美眼は当然私にも向けられ、勝負服での訪問を強く希望されている。帯広トレセンに存在するファンクラブきっての希望らしい。ファンの要望とあればそれは応えねばならない。
「うーん。私、一般的な事しかできないよ? それで喜んでもらえるかちょっと不安です」
「普段通りにしていれば大丈夫じゃないか? 大変な役目だと思うが、中央の広報活動の一環だと思って頑張ってくれ。帯広側は私たちを歓迎するため、ディナーには名産品をふんだんに使ったチーズフォンデュ、名物の豚丼など全て揃えて準備しているそうだ」
「! 名産づくし!? 何て魅力的な響き……!」
「トレーナー君、色々とダダもれだよ?」
「ああ、ごめんなさい。つい」
ぱぁー! ――そんな音が聞こえてきそうなくらい、トレーナー君は甘い果物を前にしたウサギのように瞳を輝かせた。彼女の露骨な態度に内心思わず吹き出しかける。それと同時に食べ過ぎてまた体重計に乗ってオロオロしないか心配だが……。
まあ、そうなれば私と一緒にまた朝から走ればいいだけだ。野暮な突っ込みはしないでおいた。
「それと皇帝が来るならばと御前試合と称して、レジェンドクラスの選手による勝負服を着用した模擬レースも開催してくれるそうだ。楽しみだね」
「おお! 動画で見たことはありますが、実際目に出来るのは楽しみです! 実際に初めて見るレースだし光栄だなぁ」
「なにせ文字通り最強を決めるレースだからね。今回は最強と呼ばれる現役選手も出るそうだから、きっと豪華だよ」
「わお! 早く着かないかなぁ、楽しみだなぁ」
掛かり気味に無邪気にはしゃぐトレーナー君。彼女と楽しく過ごす内に、時間は過ぎていった――。
◆ ◇ ◇
――20××年+2 1月21日 午前14時――
――帯広トレセン カフェテリア――
その日、異世界の人類だった私は思い出した。ウマ娘から見たら
「食べてるだけなのに本当にちっちゃくて可愛いなぁ……! ケーキもあるよ!」
「ほんと――に可愛い! 髪も両目も宝石みたい! アハルケテの
長いウエーブがかった金色の髪に水色の瞳の、フランス系っぽい顔貌が特徴的なウマ娘がこちらにぐいぐいと顔を寄せてくる。それを制したのは青毛のひときわ大きな長身のウマ娘。こちらも正統派美人という感じだ。
「ダメよ。私が先に髪を見せてもらう約束してるんだから」
「えー! 何それ抜け駆け交渉してたのね! なら、レースで決着つけましょう? 丁度この後シンボリルドルフさんを招いての試合がいくつかあるでしょ?」
「いいわね。先着した方が先でいいかしら?」
「えっ。……あっはい。滞在中であれば問題ないですよ」
お姉さま方(肉体年齢的な意味)に捕まると、ほぼこうなるということを――。
ウマ娘に適度に振り回されながらメンタル面を安定させるのもまたトレーナーの仕事。だけど私は普通のトレーナーと違い彼女たちと年齢が近い。そのためトレーナーというより実質的な遊び相手に認定され、無茶振りが降りかかってくる。
しかし、それは悪い事ばかりでなく、もっと幼いころには逆にトレーナーとして一流に育てようとしてれたりする。思いやりが強いウマ娘達はライバルの垣根を超え、それこそあれもこれもと彼女たちウマ娘は私に必要な事を教え込もうとしてくれた。親しまれるのは良い事だし仕事にとっても有益だ。
私以外に今、この場に居るのは、大多数が華やか系美人のデッカい重種のウマ娘達。陽気かつキラキラしている彼女たちは、とても眩しい存在感を放っている!
そして目の前のテーブルクロスが敷かれた円卓には、最高素材のをふんだんに使った軽食や、お菓子、ティーセットが並べられている。
ルドルフと共に帯広トレセンへとやって来ると、私たちは熱烈な歓迎を受けた。午前中はふたりで一緒に案内を受けていたのだが、午後からルドルフはこちらの理事長との話合いに行ってしまった。
ルドルフと離れた瞬間、私は目をキラキラさせたウマ娘達に囲まれた。それで物珍しいアハルテケの血を引く
始まると同時に我も我もと持参したお菓子を勧められ、それを私はひたすらごちそうになっている形だ。芸能活動のプロじゃないから、期待されてるのにガッカリさせるかもしれない。一抹の不安はあったけど、皆嬉しそうにしているから良かった。
緊張感もほぐれ、ほっとした気持ちで出された御馳走を楽しんでいる。どれも新鮮でどれも美味しい。クリームチーズに北見タマネギスライス、そしてスモークサーモンのサンドイッチが最高に鮭鮭しくて美味しかった。
これらの御馳走を用意してくれたウマ娘たちが主役のばんえいレース。それはこの国でしか開催されない、世界一のパワーレースだ。
とんでもない重量のソリをひき、障害物となる坂を越え、ゴールを目指す直線1本勝負。冬季以外のレースでは、ゴール手前に砂場の坂まであるという。
こんなな感じにとてつもないタフネスが試されるレースに出る彼女たちは、それに相応しい肉体をしている。しかし、だからといって筋肉で丸いフォルムではない。
筋肉は出力出来るパワーに比べれば肥大せずコンパクトに収まっており、近くで見てやっと筋肉質だとわかる。そして何気に腹筋がうっすら6つに割れてたりする。もう人間の身体基準では語れない。医学的に見ると神々しささえ感じる……スゴイ。
彼女たち重種は軽種と比べ大きなスケールを誇っている。
中央で大きなウマ娘といえばヒシアケボノだが、彼女をここに連れてくればごく普通のウマ娘になってしまう。それくらい大きな娘達が重種には多い。
私の世界の人類でこの境地に至るのは、相当遺伝子をいじくりまわさなければ無理だろう――。
そして学園全体の雰囲気は明るくのんびりとしており、優雅にお茶を囲んでガールズトークを楽しんでいる姿も多く散見される。
外観もさることながら、内装もオシャレなインテリア、美術品、そして可愛い物が沢山あふれておりオシャレな学園だ。そのため、この世界のばんえいレースはそんな強く、美しい彼女たちによって華麗なる力の祭典と化している。
「この足音――お嬢様の担当してる子が帰って来たっぽい。理事長との話まとまったのかな?」
私のネイルを弄りたがっていた金髪のウマ娘が耳をぴこぴこっと動かしている。
「え? わかるんですか?」
「うん。足音で。ほら、私らデカいからさ。お嬢さまはそのまま座っててね? ちょっとみんな、少しずつずれてスペース開けよ?」
「おっけー!」
「女子会に皇帝さん1名追加ー!」
陽気なウマ娘たちはルドルフを迎え入れるために少しずつ、自分の席をずらし始める。そして誰かが私の肩をチョンチョンと遠慮がちに触れる。振り向くと少しだけ小柄……といっても私より大きくておっとりした雰囲気の、和風美人な栗毛のウマ娘が微笑んでいた。
「シンボリルドルフさんは食べられないものはありますか? コーヒー派? それとも紅茶派ですか? ニンジンとりんごなら、デザートとしてどちらがいいでしょうか?」
「好き嫌い、アレルギーに関しては特にありません。飲み物はブラックコーヒー派。ニンジンとりんご、どちらも美味しそうに食べてくれますが、どちらかといえばリンゴ派かと」
「ありがとうございます。では、用意してきますね」
テキパキとウマ娘達が準備をしていると、ルドルフが戻ってきたのが見えた――。
◇ ◆ ◇
――20××年+2 1月21日 午前18時00分――
――帯広レース場――
トレーナー君を探しに来た先で招かれたお茶会を楽しんだ後、私たちは防寒着を着込み、学園近くの帯広レース場へと向かった。時間が少し余った先に他のレースを観戦するのもアリかと思ったが、案内役が来てくれる前に見たりするのは申し訳ない。それに警備の都合があるだろうから、指定時間まで近くのウマ娘に関する資料館を楽しんで今に至る。
「レース楽しみだなぁ ふふっ」
「そうだね。応援しながら自分たちも一緒についていきながら見るのがこのレースの特徴でね。込んでいる様だとはぐれてしまうかもしれない。レース中は手を離さないでくれたまえ」
「わかりました! ――あれ?」
可愛いポンチョコートに暖かそうな手袋をしたトレーナー君は、レース場敷地内のあるウマ娘の像の前で立ち止まる。ここが学園推薦の案内役との待ち合わせ場所だった。
「立派な像だね」
「この地の方々とばんえいレースの礎を作り上げたウマ娘の像だよ。記念レースにもなっているような偉大な方だ」
「そうなんだ。――うーん、それにしてもどっかで見たような……」
「知り合いに似てるのかい?」
「うん。でも今の話なら他ウマの空似か」「あー! いたいた! 見つけた!」
向こうから薄く積もる雪を蹴散らしながら凄まじい勢いで、重種ウマ娘が突っ込んでくる姿が見える。まるで雪を蹴散らしながら走行する新幹線のようだ。
「あ! 船長さん!」「船長!? というと彼女は……」
「お久しぶりお嬢さん。そしてはじめまして、皇帝シンボリルドルフさん。アタシ。じゃなくて! ――失礼しました。私が貴方の無敗のクラシック3冠祝いに贈ったマグロはどうでしたか?」
「――! 学園の者たちと美味しく頂きました。ありがとうございます」
その正体は以前トレーナー君がマグロ釣りに出かけた時の船長だった。それが縁で昨年のクリスマスにマグロを贈ってくれた方でもある。そんな彼女は――銅像のウマ娘にまさに瓜二つだった。軽く名乗った後、青毛の彼女は太陽のように明るい笑みを浮かべ銅像をちらりと見やる。
「という訳で、私がおふたりの案内の担当者です。さっきからずーっとお嬢さんが銅像と見比べてるけど、この像と私はそっくりでしょ? 実は私の祖母なんですよ」
「! それでそっくりだったんですね!?」
「なるほど。通りでトレーナー君が似ているという訳だ。偉大な方の御令孫に贈り物を頂き、案内していただけるとは光栄です」
「褒められるとくすぐったいからやめてくださいな。祖母は子だくさんだったから孫も沢山いて、私はすでに現役を退いたそのひとりです。いまはただ、その祖母に似てるのが自慢でして、ほら。写真に画家が色を塗ったやつだけど」
「うわー……本当にそっくりだ!」
それはレトロな写真だった。青毛に文明開化の音がする洋風のドレスを着込み、日傘を差した海外系とわかる顔貌のウマ娘が佇んでいる。確かに目の前の船長と面影どころかほぼ同一人物といって差し支えない程同じだった。思わず目を丸くする私と、大はしゃぎしながらトレーナー君はきょろきょろと写真と船長を見比べてはニコニコしていた。
「確かに同一人物かと見紛うほどそっくりですね」
「でしょう? さて、そろそろパドックが開催されるだろう。場内へ入りましょうか」
私たちは船長の先導で中へと案内されていった――。
パドックを見終わり敷地内に入ると、観戦場所から少し離れた位置にゲートが設置されていた。それは我々が使うゲートよりも大きい。そしてソリをひき回すためにシンプルだが、それでいてオシャレな勝負服を着込んだウマ娘達が、続々とゲートイン。
『さあ出走まであともう少し。最終レースは帯広トレセン学園主催"シンボリルドルフさんご一行様歓迎記念"。ばんえい界のレジェンドを集めたこの豪華なレースを制するのは一体誰でしょうか!』
「レース名が凄い事になってる……」
「熱烈な歓迎だね。応えられるよう我々もきちんとした態度で観戦しようか」
このレース名で我々がいると知った観戦者がザワザワとし始める。うっかりだらしない所を見られて、彼ら彼女らの理想像を壊さない様、気を引き締めながら私は佇みスタートを見守る。
『スタートしました! 先陣を切ったのは――』
出走者10名の内、一番奥のウマ娘5人がソリを思いっきり引っ張り勢いよく飛び出した。このウマ娘たちは逃げ先行策なのだろう。そして前評判が一番良かった9番ゲートの青毛のウマ娘はじっと見据えるように場を見て、一呼吸置く様に呼吸。そして一歩一歩規格外の重量が乗ったソリをひき、ゆっくりと冷静に最初の台形型の坂を全員が目指していく。
目の前のウマ娘が戦っているコースと違い、凍ってシャリシャリする砂の音を響かせながら、我々もゆっくりそれについてスタンド側を移動して進む。最初の坂をスムーズに超えたのは先行した5名の内3名。2名はソリをひくタイミングが合わず、坂の角に引っかかってしまった。彼女たちは慣れているのか焦らず、一呼吸おいて突破した。
「力押しだけでも難しそう……」
「今みたいに引っかかる。落ち着いて登るのも大切になります」
トレーナー君の感想に対し、船長が解説を入れていく。短い距離に坂がたった2つ。知らない者が見たら力押しでクリアできるように見えるが、実際はそのようにやみくもにやってゴール! という一筋縄にはいかない。それがこのレースの奥深さのひとつともいえる。そして青毛のウマ娘は同じペース、どの位置に居ても我関せずといった
全員が一旦坂を越え、そして我々から見れば短い直線をはさみ2つ目の坂に入る。こちらは第1の坂よりも大きく、先行勢は必死に引き上げようとするがソリが重く中々あがれない。一番高い位置まで踏ん張りながら登っているのは1番ゲートから出た栗毛のウマ娘だ。
そしてここで詰まり先頭から5バ身離れていた最有力勝者候補の青毛のウマ娘が合流。しかし、彼女は坂の前で考えるように立ち止まってから一旦ソリとヒモを確認し、ゆっくりと一歩一歩登ろうとしている。3番ゲート出走の金髪のウマ娘も坂の上手前の良い所まで来ており一体誰が勝つのだろうかという空気に包まれる。
観衆は2番目の坂の前に集まりそれを応援し、
そして歯を食いしばり
実況はまだ9番の王者と呼ばれる青毛のウマ娘が来ていないと騒ぎ、場内もざわつく! すると9番の青毛のウマ娘もここで瞬間的に力を出して坂を登り切った! 彼女のファンが歓声を上げる!
先頭は1番、2バ身離れて3番。そしてこの王者が6バ身以上離れている。間に合うのかと思ったのもつかの間、なんと青毛のウマ娘は息を入れずにそのままゴールめがけ、勢いをつけて進んでいくではないか!
「えええええ! なんて心肺機能なの……!」
「全くひと息も入れなかったね。これは凄い!」
あまりの身体能力に思わず身震いがするほどの興奮を覚える。
そしてそのまま青毛のウマ娘は先頭の2名をぶっちぎり3バ身つけ、王者のひく鋼のソリはゴールラインを越えた――。
「あんなに強いと思わず息がヒュッってなりますね。凄いなぁ」
「あははっ凄いでしょう? 王者ですら展開次第であの2番目の坂で引っかかったりもするから、だれが勝つかわからないのが見どころなんですよね。さて、次の案内まで時間があります。屋内で温かい飲み物など召し上がり、一旦休みましょう」
船長の呼びかけに頷き、トレーナー君がはぐれていないか振り返る。手もきちんとつないでいるし、ちゃんと居ることを確認し終え、私たちは屋内へと戻っていく――。
私の次のレースは日経賞――菊花賞、有マ記念に続く3度目の長距離レース。そしてここから先にシニア級へ至ったウマ娘達との争いも本格化していくであろう。そのためにも休養は大事。この後は視察をしながら、近場の温泉でゆっくり英気を養いのんびりとした日々を1週間ほど過ごし、中央トレセンへ帰る計画だ。そして万全の状態で次も勝利を掴もう。
場内の熱気や重種ウマ娘達の闘志に当てられた私は、自身の胸の内にそんな心の炎を仕舞い込んだ――。
北海道はいいぞ!