IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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 おまたせしました。前後編になるかなと思ったんですが、1話にまとまりました。

 トレーナー君視点から始まり、
 ◆◇◇◇から◇◆◇◇までルドルフ視点。
 ◇◆◇◇から◇◇◆◇までががトレーナー君視点。
 ◇◇◆◇以降最後までルドルフです

 それではどうぞ!


同じ場所へ向かう君と私は

 深い螺旋(らせん)階段をゆっくり降りていくと、大きな図書館のような場所に辿(たど)り着いた――。

 

 この夢を見る時は、それまでの記憶を意図的に片付けている時だ。

 そもそも夢とはどんな現象か? それは主に起きていた時に記憶した内容を整理するための、その作業の残像だとされているらしい。

 

 そして見た夢も完全に記憶してしまう私――いや、私と同じ調整型人類は、特にこの作業を効率よくこなさないと不調に陥ってしまう。

 

 日々増え続ける莫大(ばくだい)な数の記憶を拾い、適切な記憶場所の(たな)に戻す作業を繰り返す。その中でふと、前の世界についての記憶の前を通る。

 

 懐かしい――以前であるなら絶対に感じないその感情に誘われた私は、その記憶へと触れる。

 

 前の世界の人類は滅亡の危機に直面した。それを乗り切るための結論が人類の遺伝子をいじって生き延びよう! だった。

 

 "遺伝子改良型人類" "調整型人類"

 

 いろんな呼び方があるんだけど、年代別に与えられる役割やテーマに沿って改良がなされる者が一部いる。私は改良型の中でもそんな立場になる予定だったが、それは任せられることは無かった。

 

 本来与えられる予定だったのは科学文明のバックアップ――。

 

 従来よりも記憶能力をさらに強化し、ありとあらゆる叡智を全て詰め込んでそれを使いこなす。人類が激減した場合、残った人たちを導く役目だ。私はその究極の詰め込みに耐えて、単独でその全てを記憶できる唯一の成功体になったものの、平たく言えば頭の良さが天才型に及ばなかった。おまけに時々ウッカリした行動をするらしく、それが守護者の資格足り得ないとされた。

 

 そう思いたくもなる開発側の気持ちはわかる。うっかりしてる者にそんな重要な役割任せるなんて、一体どんなギャンブルなのってね?

 

 ひとりごちってその記憶を閉じて(たな)に戻す。そして床に落ちている情報をまとめ、本にしてまた適切な(たな)を探す。

 

 ――結局科学者たちはひとりに詰め込むことはせず、12人が分野別に分かれて担当することになった。ポンコツだった私は、その世界の『普通の人』として暮らすようになった。

 

 これだけ知識があれば新天地でも楽勝なんじゃない? と思われるこの状況だが、この世界の科学法則に当てはめ、それらをそのまま使う事は難しい。もう少し私の演算能力が優れていれば、状況はまた違ったのかもしれないけれど――。

 

 そして思考の外より、けたたましく響くアラーム音が聞こえた。そろそろ起きねばと思い、目をつぶって再び開く。すると天井が見え、黄色いベルが特徴的な赤い目覚ましが鳴っており止める。その文字盤を覆うガラス板に反射するのは、自身のエメラルドの瞳。

 

 夢の内容の所為もあるが、優しい養父と同じこの瞳の色。それは私の世代名の通称、Emerald Tablet(エメラルド・タブレット)を強く彷彿(ほうふつ)させているような気がした――。

 

 

  ◆  ◇  ◇  ◇

 

――20××年+2 4月前半 ファン感謝祭前日――

―― 午後12時00分頃――

――トレセン学園 中庭付近――

 

 

 ファン感謝祭の準備がひと段落し、食事はどうするべきかと考えながらとりあえずカフェテリアへと向かっている。正門での飾りつけを手伝い終えた私は、女神像のある中庭へと向かう。その途中の道脇の両サイドには、既に沢山の出店が組みあがっていた。段々と完成形に近づくそれらを見る度、日々感謝祭が近づいてくるのが実感できる。

 

 今年も素敵な感謝祭になるといいなと。そう期待に私はふと立ち止まり、その雰囲気に胸を(ふく)らませ、気合いを入れなおし、また歩みを進めようとすると――。

 

「あら、ルドルフお疲れ様! 今からご飯?」

「そんな所だ。お疲れ様ふたりとも」

 

 マルゼンスキーに声をかけられた。そして彼女の(となり)には――。

 

「万能とか言われてるアンタには、疲れる事なんか一切なさそうだけどな」

「こらこら。幼馴染(おさななじみ)同士なんだからそんなこと言わないの!」

「まあまあ。――君からの評価が高くて嬉しいよ、シリウス」

「今のでそうとるのかよ――」

 

 バツが悪そうに髪をかき上げて呆れているのは、シリウスシンボリだった。彼女は私の幼馴染(おさななじみ)だが、今ではこのように嫌味を言われるくらいに価値観がすれ違ってしまっている。しかし、目指す最終地点は同じなので、いつかは分かり合える日が来ると信じている。

 

「今年も来たわねーファン感謝祭。いよいよ明日! 楽しみだわぁ~!」

「ああ。できれば今年は去年よりもさらに、学園の生徒にもファンにも楽しんでもらえる結果になれば上出来だな」

「お堅いな。少しは自分も楽しむとかしないのかよ?」

 

 シリウスはジト目で腕を組み私を呆れたように見つめる。言い方こそきついが、その本心はきっと私を心配してくれての事だろう。彼女の心遣いに少しだけほっとした気分になった。

 

「そうしたいところだが、なかなか難しくてね」

「あーそうかよ。おいマルゼン。そろそろ行かないと、待ち合わせてるシービーの腹と背中がくっついちまうぞ」

「ああ、そうね! 今から私達食事なんだけど、よかったらルドルフも一緒に来る?」

「まだ進捗状況を見て回ってたい。折角だが遠慮させてもらうよ」

「そっかー、じゃあまた誘うわね!」

 

 まだ距離感のあるシリウスをピリつかせ、空気を悪くしたくないので遠慮しておいた。

 手をひらひらとふりながら私から離れていくマルゼンスキー。そして、その後をついていくシリウス。だが、シリウスはすれ違いざまに――。

 

「自分の庭の出来栄えに酔うのは気分は良いだろう。が、今のままだとアンタにとって一番大切なヤツのひとりが、手が届かない場所に行って後悔してもしらねーぞ?」

 

 そうシリウスは私にささやいた。

 

「それは一体どういう意味だ?」

「自分で調べろ。あのポンコツジャジャウマ女にいつか迎えが来て、あの女が月へ帰る前にな?」

 

 意味深な言葉にしばし考えこんでいると、今度は香ばしい香りが鼻先を掠めていった。

 匂いの先に視線を送ると、『ゴルシちゃん焼きそば頒布会(はんぷかい)』と横断幕が掛かっている屋台が目に入る。そういえば試運転もかね、今日からテスト販売すると言っていたな? そんなことを思い出しながら屋台へ近づくと、ゴールドシップと目が合い彼女が声をかけて来た。

 

「会長お疲れちゃん! 焼きそば食ってくか?」

「頂こうか。いくらだ?」

「試供品だから通常200円でいいぞ! 超大盛は500円」

「では超大盛、からしマヨ味で」

「はいよ! 3パックあるからちょっと待ってくれ」

 

 手早く炒めていた焼きそばを()め込み、袋に入れて渡してくれた。

 

「そういえばお嬢様もさっき買ってったわー。今頃プレハブにいるんじゃねーかな? 一緒にゆっくりしてくれば?」

「気遣いありがとう。そうする事にするよ」

「おう。またなー!」

 

 女神像の前を左折して、道なりに進みトレーナー達が個人的に持っている、プレハブ小屋へとたどり着く。最初は本館の部屋を理事長は彼女に用意していたのだが、新人と同じで良いという――表向きの希望でこうなった。

 

 本音は『本館だとひっきりなしに誰か来そうだし、疲れた時にソファーでゴロゴロできないじゃないですか』だそうだ。

 尋常じゃない仕事量を一気にこなし電池切れするトレーナー君は、昼寝や休憩といった時間が重要らしい。体調管理の一環という理由がある以上、これは必要な事なんだろう。私と違い記憶の量も桁違いだろうし、きっと疲れるんだろうなと思いながらプレハブ小屋までやって来た。

 

 ノックしてから鍵を開けて入ると、トレーナー君は簡易給湯スペースで何かを作っていた。スーツ姿ではあるが、今日はゆるりと低い位置で髪をシュシュでまとめた彼女は振り返る。

 

「あら? ルドルフお疲れ様」

「お疲れ様トレーナー君。私もこちらで昼食をご一緒してもいいかな?」

「問題ないですよ。今インスタントのお茶とお味噌汁作ってたんだけど、ルドルフも要りますか? 具はわかめのやつ」

「気遣いありがとう。どちらも頂こう」

「はーい。じゃ、こたつの方で待っていてください」

 

 室内には土足厳禁のため靴を脱いで揃える。一旦移動のためにスリッパに履き替えてから手を洗い、それから上がり畳のスペースへと向かいこたつに入る。何かできることは無いかと思い、彼女の買ってきた焼きそばを私から見て右側に置き、割りばし手拭きなどを設置していく。

 

 暇になり視線をさらに右へ移すと、新聞紙が(すみ)っこに置いてある。

 

 このひとつひとつ、一言一句違わず彼女は見るもの全て記憶できるというのだから大したものだ。そんな独り言を心の中でつぶやきながら1部一番上の記事を取り目を通す。

 手に取った新聞の内容は主に我々を中心としたスポーツ情報だった。メジロ家の本家令嬢が入学したことが一面の見出しだった。確かテイオーと入学生主席の座を争った生徒だったと記憶している。

 

「お待たせしました。何か気になる記事でもありましたか?」

「ああ。今年はメジロ本家から入学生が来ていたなと。実家とも交流があるので気になってね」

「あの子ですか。トウカイテイオーは彼女に負けたくなくて、私に座学の指導をお願いしてきたんですね」

「ほう? 君に彼女は教えを()うたのかい?」

「ええ。絶対入学生代表になって、憧れの貴女に挨拶するんだって凄い気合いでした」

「ふふっ。そこまで頑張ってくれていたとなると、こちらとしても嬉しいな」

 

 そうやって一生懸命追いかけられるというのも悪くない。微笑ましく温かい気持ちに包まれながら、お互い食前の挨拶を交わしゆっくりと食べ始める。

 

 まだ湯気が出ている焼きそばにマヨネーズとからしをかけ、ひと口含む。もやしとキャベツのシャキシャキとした歯ごたえに、タマネギとニンジンの甘みが広がる。少しふやけた揚げ玉の香ばしさとソースの食欲をそそる甘じょっぱい味を、マヨネーズのまろやかさと最後につんとくるからしの刺激がまとめ上げる。うむ、やはり鉄板で焼く焼きそばは格別だ!

 

「屋台ものっていいですね。美味しい。明日の感謝祭が楽しみです」

「そうだな。我々も一緒に回らないかい?」

「うーん。生徒会は大丈夫?」

「それくらい時間を作る。大手スポンサー令嬢のエスコートも大切な事だ」

「あー。確かに対外的な事を考えたら、それがいいかもしれませんね。では、当日よろしくお願い致します」

 

 あからさまに遠慮の色が表情から読み取れたので、私は仕事としての理由を付けると、トレーナー君はあっさり納得した。

 

「特にドーナツの出店が楽しみだなぁ……! あのふたつが無いと、私は生きていけない気がします」

「ふふ。食べ過ぎたらお風呂上りに悲鳴を上げることになるよ?」

「うっ。確かに――うーん、悩ましいけど! 運動頑張るから食べます」

「ほう? そこまでして食べたいのかい?」

「ええ。ドーナツは実家の国民食ですから」

 

 そういえばアメリカからくる留学生の多くも、この組み合わせをカフェテリアで食べている姿をよく見かける。それに関して私の脳裏にある疑問が湧いた。どうして映画にいるアメリカの警察官はドーナツばかり食べているんだと。この疑問は以前からあるもので、金曜夜の映画を見ていた姉妹達と真剣に悩んだ事があった。思い出したからには気になってしまう。私はトレーナー君にその疑問を(たず)ることにした。

 

「そういえば君の育ったアメリカを舞台にした映画では、警察官がドーナツをよく食べているのを見かける。あれはステレオタイプなのか、それとも本当なのか? どちらだい?」

「うーん。どちらもですね。日本だと交番で警察の方は食事を召し上がりますよね?」

「その通りだ。それとどんな関係が?」

 

 まさかの深い話になりそうだった。耳をぴんと前に向け、私はその続きに傾聴(けいちょう)する。

 

「それが原因なんですよ。あちらは交番的なものがないため、食事は警察官が各自買い食いでとります。そしてファーストフード店の多くは、警察官へ無料の食事を提供している。なのでよくドーナツとかバーガーをもぐもぐしているという訳なんです」

「なるほど。それで映画などでドーナツやハンバーガー片手に巡回している風景が」

「そう言う事です。そして朝早く開店し、夜遅くまでやっていたのが主にドーナツ屋だったのも大きいですね。それでもってロサンゼルスの朝はコーヒーとドーナツが定番だけど、この組み合わせは夜食にも向くわけです」

「確かにカフェインで眠気も冷めるし食べやすいね」

 

 思わぬところで興味深い異文化の話が聞けた。新しい知識により好奇心も満たされた所で私に更なる疑問が湧く。

 

 トレーナー君の実家って教育方針が相当自由な上に、庶民(しょみん)的なところが目立つ。それはこの学園のどの令嬢にも当てはまらない位に、自力で生活する事に慣れ過ぎている。

 いくら彼女が麒麟(きりん)児だとしても、護衛以外の使用人が付いて回っていてもおかしくはない。何か特別な理由でもあるのだろうか?

 

「もしかしたら失礼な質問かもしれないが、聞いてもいいか?」

「何でもどうぞ」

「君は大富豪の家に育てられているはずだ。いくら記憶力が良いとはいえ、どうしてそんなに市井(いちい)の事に詳しく、自活して生活するのに慣れているんだ? それは養父君(ちちぎみ)の教育方針かい?」

「あっ……えっと――」

 

 思いっきり視線が左に泳いだ。答えづらい質問だった場合トレーナー君は大体こんな表情をする。

 

「そうですね。一番は――今の暮らしに憧れていたからです」

 

 答えてもらえないかなとおもったら、彼女は真っ直ぐ私の瞳を見た。このパターンはきちんと答えてくれる時だ。私は誠実に向き合おうとしてくれる、彼女の態度に嬉しく思った。

 

「憧れていた?」

「ええ。確かに養父(ちち)庇護(ひご)はとてもありがたいし、感謝してます。でも折角この世に産まれたんです。出来るだけ、自分の足で立って、自分で考えて、自分でふれて、"この世界で生きていきている"という実感が欲しい。そしてこれは私の今しかできない社会勉強で、生き甲斐(かい)なんですよ」

 

 ――うまうみゃ♪

 

 トレーナー君のLEADの着信音が鳴り、彼女はチラリと確認する。

 

「緊急かい?」

「緊急ではないね。アフリカ支社からの緑化事業に関する定期連絡」

「なんだかものすごい所にも拠点があるな」

「うんうん。シマウマ娘&ロバ娘達が中心のとこなんだけどね」

 

 シマウマ娘とはアフリカの大地に住む逞しい娘達だ。軽種カテゴリーのウマ娘の中では最強集団のひとつ。髪や尾の色が黒と白のツートンカラーで、我々と少し耳の形が異なり、どちらかというとロバ娘に近い系統らしい。大雑把にウマ娘としてカテゴリーされているが、厳密には違うのだそうだ。

 

 トレーナー君はその報告が届いているスマホをさらりと眺めてから閉じた。

 

「そういえば、明日はルドルフも競技に出るんですよね? 調整とか大丈夫そうですか?」

「ああ。不調はないよ。参加競技が"借り物競争"とだけあって、走って勝つことには自信があるが、一体なにが指定されるかといったところが不安要素だ」

「去年は借り物の内容に"タコ"とか入ってたんでしたっけ?」

「そうだ。指定された生徒はタコ焼きを持って走るという奇策で回避したが、難題も多い競技だ」

「その手の面倒な奴じゃなくて、指定にニンジンとか当たるといいですね」

「ははは。それなら誰かが確実に持ってそうだ!」

 

 そんなに楽なお題が入っていればいいなと思う。もし『牡蠣(カキ)』などわけのわからないお題があったら、その場で探すか。その場になければ、トレーナー君の部屋から()牡蠣(カキ)クッションを借りてくるしかなくなってしまうだろう。

 変な事にならないようにと祈りながら、私たちはそれぞれ午後の仕事へと取り掛かっていった――。

 

  ◇  ◆  ◇  ◇

 

――20××年+2 4月前半 ファン感謝祭当日――

―― 午後10時00分頃――

――トレセン学園 理事長室付近――

 

 

 前日まではここのスタッフとして頑張っていた私も、今日は紺色のスーツではなく白の柔らかい色合いのスーツに、ボトムもスラックスではなくスカート。

 髪はふわりと編み込みハーフアップ。耳にはシンプルな真珠のイヤリング。胸には当主代理のゴッツイダイヤモンドではなく、細工の美しいエメラルドのブローチを装着。メイクはキッチリめに。そして今日はトレーナーバッジはポケットに入れて置いて身に付けない。爪の先から毛先まで全て手入れされ、今日はオルドゥーズの養女として学園を訪問した。

 そして理事長と話を終えた私は、理事長室を出てルドルフと軽い挨拶を交わす。するとその後ろからひょこっと小さな影が現れた。

 

「時間を作ってくるまでテイオーが君の案内をしてくれるそうだ。テイオー、頼んだよ?」

「はーい! 頑張るね!」

「では、また後程」

「ええ。生徒会のお仕事頑張って下さい」

 

 ルドルフを見送る間、じっとテイオーが私の顔をしたから覗き込んでいた。不思議に思って首をかしげるとテイオーはにニコリと笑った。

 

「えへへ。今日は何だかお嬢様って感じ。とっても綺麗だよ! では、オルドゥーズ財閥令嬢、お手をどうぞ?」

「ふふっ。ありがとうございます。では、エスコートよろしくお願いします」

 

 私は軽く会釈してからルドルフのように、私に手を差し出してきたその手を取った。すると意気揚々とテイオーは私に歩幅を合わせてエスコートしていく。一生懸命背伸びをしてルドルフの後ろ姿を追っているのが、なんだか微笑ましく、心がぽかぽかした気持ちになった。ルドルフが大好きでなんでも真似したいテイオーのその姿は、まるで親の後を追う子供みたいだ。

 

 けれど、テイオーにも学友は居るはずだ。ファン感謝祭は同じ学年で仲良くなるチャンスでもある。大丈夫なのか気になった私はテイオーに(たず)ねた。

 

「そういえば……お友達と回らなくてよかったの?」

「会長とお姉さんと一緒に回ったら行くつもり! あと、ボクの事も一緒に回ろうって誘ってくれてありがとう!」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 テイオーを誘おうと思ったのは、ルドルフから誘われた後ふと思ったのがきっかけだった。まだまだ甘えたいテイオーを差し置いて、ルドルフを独占するのはどうかと。そう感じたため、ルドルフに(たず)ると別々に時間を作ると言っていたが、それは彼女が大変だと思ったので一緒に回る方向で決定。誘われたテイオーはどちらも大好きだからと大喜びしていた。そして入学して10日以上たった今、テイオーが学園でどうしているか? 気になったので話を振ってみることに。

 

「もう学園には慣れましたか?」

「うん! マヤノも居るし友達も沢山出来たし、毎日楽しいよ! あと――負けたくない子も出来た」

「といいますと?」

「入学前のテストはボクが一番だったのに、入学直後のテストですぐ逆転されたんだよ! マックイーンに!」

 

 メジロ家――。

 目の前のトウカイテイオーはじめ、トレセン学園には様々な令嬢が通っている。その中でも注目されているのがこの家だ。天皇賞制覇に重きを置く家風で、財力や影響力も絶大。トウカイテイオーの学年にいるマックイーンこと、メジロマックイーンは、本学年の注目株のひとり。メジロ本家に久々に生まれたウマ娘らしく、祖母や母を継いで天皇賞3代制覇もかかるメジロマックイーンにかかる期待は大きい。

 

「強力なライバルになりそうですね」

「うん。――勉強でも負けたくないから、また時間がある時に勉強教えて欲しいんだ! ダメかな?」

「LEADに送ってくれれば時間を作って早めに返事するから、いつでも送ってきていいですよ。なんなら私のチームに入りますか? ルドルフも喜ぶでしょうし」

「それはすごく嬉しいけど! うーん……」

 

 トウカイテイオーは視線を左に動かし、なんだか困ったように眉を下げた。

 

「ボク、血液検査が大事なのはわかるけど、どうしても注射苦手なんだ。――それにね」

「それに?」

「会長を越えたいのにお姉さんに力を借り過ぎたら、なんか違う気がするんだ」

 

 良かれと思って誘ったが、どうやらテイオー的にそれは納得できないものらしい。彼女にとってルドルフは憧れで大好きだけど、超えたい相手という気持ちも強いらしい。私はそれを察して言葉を選び直す。

 

「なるほど……。じゃあ、手助けが必要ならいつでも歓迎ですから、その時は来てくださいね?」

「うん! ありがとう! ところで、会長が来るまでどうする?」

「そうですね。私達だけで先に回ってしまうと楽しみがなくなりますし、カフェで時間を潰しましょうか?」

「決まりだね! じゃあご案内先は学園のカフェで」

 

 こうしてテイオーにエスコートされ、カフェで1時間ほど時間を潰した。そしてルドルフが私たちに合流し、3人で楽しく出店などをまわる。

 それからファン感謝祭企画、借り物競争へのルドルフの出走準備を私は手伝い、再び来賓(らいひん)席へ戻ってきた――。

 

  ◇  ◇  ◆  ◇

 

――ファン感謝祭当日 午後15時00分頃――

――トレセン学園 トラック上――

 

 向正面から来賓(らいひん)席をチラリと見れば、財閥令嬢として来ているトレーナー君の姿が目に入った。いつものシンプルな装いも透明感があって好きだが、キッチリメイクして整えた姿も凛として美しいと思える。

 だが同時にそんな姿を見ていると、いつか彼女が自由に言葉を交わせないほど、遠くへ行ってしまう様な不安もよぎる。それはシリウスに忠告される前から、心の中でもやもやとした気分にさせている事だった。

 

 息を吐きだして気持ちを切り替える。レース前だ。集中しなければならない。

 

 そして財閥令嬢としての勝負服できている彼女同様、私もG1ではないが全員ファンのために勝負服。公式な試合ではないとはいえ、レースはレース。凡走など絶対にできない――。私に期待してきているファンがいるのだから。

 バ場の一点をじっと見つめ、いつも通り精神を()ぎ澄ましていく。

 

『さて! 次はファン投票によって選ばれたウマ娘によるダート2000m左回り! 借り物競争です! 出走者は28名の大混戦! 無理難題のお題とバ群の混沌を制し勝利を手にするのは誰でしょうか!』

 

 たづなさんのアナウンスが鳴り響き、生徒たちが正面客席側にお題の入った袋を設置していく。そしてあるものは変なお題に当たらないよう祈り始め、あるものは手に文字を書いて飲み込み始める。勝てるかどうかはたった1通の封筒に支配されるという、異様なレースの開幕だ。

 

 最大で30名入れる超大型ゲートの真ん中あたりへ入り、スタート体勢を整える――。

 

『スタートです! 全員好スタートを切りますが、先に飛び出してきたのは15番シンボリルドルフ! まさかの逃げ切り戦法に場内は大盛り上がりです!!』

 

 バ群に飲まれるくらいならと先陣を切り、まず2コーナーを背に向正面の直線を抜け3コーナーへと侵入。スタンド側からはそれぞれ応援するウマ娘への声援や、ヤジが飛び交っている!

 

『おっと全員ルドルフを追いません! ここは無茶せず慎重策か! 各自3コーナーを抜けそのまま4コーナーへなだれ込み! 先頭から後方まで10バ身! ギチギチで曲がり辛そうです!』

 

 予想通り全員私をマークしてバ群が詰まっている。それを確認できたのでそのままのペースで逃げていく。そして4コーナーを抜け正面へ。封筒は選ばず最短距離の1通を目掛け走っていく。減速分の距離を考えて走り、ファンたちがロープの向こうで大歓声を上げる中――!

 

『最初に封筒を手にしたのはシンボリルドルフ! 一体何を拾ったのでしょう!』

 

 

 書いてあったのはとんでもない内容だった。思わず目を丸くしてしまう。

 

"――誰だこんな指定を書き込んだのは!――"

 

 イタズラが過ぎるそのお題にあきれ果てるが、ルールなのでその紙を正面スタンドに広げて見せた。そして――。

 

「すまない! 通るので前を開けてくれ!」

 

 ファンたちは私の願いを聞き入れてくれて、道を開けくれた。そしてまっすぐスタンド奥のある場所を目指す。

 

「ちょっと! 誰よワカメなんて入れたの! だれか(くき)ワカメとか、ワカメもってませんかー!」

「何これフライパン!?」

「ふなはっしーのグッズをお持ちの方ー! いらっしゃいませんか!」

「よかったサングラス……って今春だし持ってる人いるの!? すいません! サングラス持ってる方ー!」

 

 あとから来たウマ娘も続々と封筒を開けそれぞれ阿鼻叫喚(あびきょうかん)の声や、お題が簡単で安堵している者たちも居た。

 

 来賓(らいひん)席の最前列に居たトレーナー君に声をかけ手招きする。彼女はすぐに駆けつけてくれて、私の手元の紙をみてぎょっとした。

 

「は? お題は"来賓(らいひん)"ですか!?」

「そうだ。という訳で君を抱えさせてもらうよ」

 

 なんと指定されていたのは"来賓(らいひん)"。担いで走れというのかとあきれたが、とりあえず一番軽いのはトレーナー君だろうから、彼女に助力を求めたわけだ。

 

「いえ、手を繋いで走ります!」

「正気かい?」

「足元見てください! 行きますよ!」

 

 走り辛いヒールだろうと思い込んでいたトレーナー君の足回りは、一緒に出店を回っていた時と違い白いローヒールの靴――しかも蹄鉄が打ち付けられていた。スカートからスラックスに替えている。彼女はいつも通り、何かあれば私にすぐ駆けつけられるようにしていたのだ。

 すたすたとスタンドの方に歩いていくトレーナー君に並び、私もコースの方へ戻っていく。

 

「用意が良いね!」

「貴女が走る時はいつもこうですから! 勝ちましょう!」

 

 借りたものは投げてちゃっキャッチするなど販促行為防止のため、触れていなければならない。なので手を繋いで加減を考えながら必死で走る。既にサングラスを手にしたウマ娘が前をいっていた。流石に追いつけるかと思いきや――。

 

 トレーナー君がいつもよりもずっと早いことに気付いた。

 

「気にせず走って!! 砂の上なら私も早いから!」

 

 そうだ――トレーナー君はアハルテケの半人半バだった。アハルテケは砂漠地帯にも暮らし、ダートは彼女にとって地の利がある!

 芝で走った時よりずっと早い脚を使い、まるで水を得た魚のように私に後れを取らず、彼女はしっかりついて来ている! その姿に驚きどよめく者たちやヤジを飛ばす者たちの声がグランドに響く! 

 

「なんでそんなに早いわけ!? アンタトレーナーでしょ!?」

 

 先頭を走っていたウマ娘をトレーナー君の左側に捉えた時、その選手は思わずそう言い放った。

 

「いえ、ただのではなくGrandです! ダートのグランドでは無敵なのかもしれません!」

「いやあああ! ダジャレまで放ってくるしむりいいいいいい!」

 

 トレーナー君のささやきが彼女に突き刺さった! サングラスを持って走っていた栗毛のウマ娘は、絶叫しながら後ろに流れていく。レース中にダジャレで笑わされてしまうなんて可哀想!

 

『おっと謎の失速!? そして再びハナを奪ったシンボリルドルフゴールイン! 借り物のお題は"来賓(らいひん)"でしたが、見事に混沌の借り物競争を制しました!』

 

 安全なところまで抜けて手を離すと、トレーナー君はまだ少し息が乱れているが目を合わせると。

 

「やったね。勝利おめでとうございます!」

 

 といって、拳を差し出してきた。

 

「君がいつも通りで良かったよ。ありがとう」

 

 そういって私も拳を差し出しコツンとぶつける。そしてお互いなんだか可笑しくなって、声を上げて笑いあう。こんなにも無邪気に走って勝ったのは久しぶりだった――。

 

  ◇  ◇  ◇  ◆

 

――ファン感謝祭当日 20時――

――トレーナー寮――

 

 片付けもあったため生徒会での打ち上げは後日行う事とし、今日はトレーナー君の寮に遊びに来ていた。生徒会の作業が終わり彼女の部屋を訪問すると、トレーナー君は沢山の御馳走(ごちそう)を注文して待っていてくれた。曰く出店を回った際、私がセーブして食べていたのを知っていたからだそうだ。

 

 風呂を頂き、ナイトウェア姿でリビングに戻ってくると準備は整っていた。ポニーテールにシンプルなナイトウェアワンピースの彼女が、背もたれ付きのラグの上に座ってニコリとわらい手招きしている。ラグの上のテーブルには料理がたくさん並んでいた。彼女が座っている左横に座る。

 

「随分沢山買ったね」

「多かったですか?」

「いや、お腹が空いているから丁度いいよ。では」

 

 ニンジンジュースをふたり分そそぎ、彼女にも手渡し――。

 

「「乾杯!」」

 

 寿司(おけ)やピザ、そしてフルーツなどを囲み、お互いニンジンジュースが入ったグラスを軽くぶつける。そして感謝祭が大成功の内に終わった事を祝した。

 

「本当になんてもの突っ込むのよね。来賓(らいひん)が私じゃなくて、叔父様が出席してたら厳しかったな」

「ん? 君の叔父君は同じアハルテケの半人半バ(セントウル)では?」

「そうなんですけど、日本支社にいる叔父は運動がすごく苦手なんですよ」

「なるほど。それは厳しそうだな」

 

 その日本支社にいる叔父君は今回忙しくて出席できなかった。それでトレーナー君がオルドゥーズ財閥側の来賓(らいひん)として出席。その結果、一緒に爆走するという前代未聞の珍事が発生。その光景の情報量は多く話題性は抜群。それ故に今年の借り物競争は大盛り上がりで終わった。

 

「それとなんだけど。実家がらみで真面目な話してもいいですか?」

「ふむ。構わないよ。大事な事だからね」

 

 トレーナー君は眉をちょっと寄せて『こんな時にごめんなさい』と言い困った表情をした。その後深呼吸してから私に切り出した。

 

「本年度から財閥令嬢としての私の立場が目立ってきそうなんです。原因は私の成人が近くなってきているのを受け、養父(ちち)達は万一自分たちが居なくなった場合を考えました。それで私が表舞台に立つ事を増やしていく方針になったんです」

 

 先日シリウスが忠告してきたのはこの事かと()に落ちた。どうやらシリウスは何らかの情報網でこの動きを察知したのだろう。私は覚悟を決め慎重に話を進める。

 

「表舞台に立つとは具体的に言うと?」

「今まで開発にあたり叔父に名義を借りていたのをやめます。私名義で来月あたりから、いくつかの発明が世の中に発表されていきます」

「なるほど――すると君以外にいる当主候補は、全員君よりもっと幼い未成年ばかり。当然目立てば悪意ある者も含め君の周りに群がり始めると」

 

 トレーナー君には(おい)がひとりと、(めい)がふたりがいる。その子達はまだ幼い。きっと優し過ぎてしまう彼女はこの3名の事を(かば)うため、それを一手に引き受けるつもりなのだろう。

 

「ええ。それで私たちの周りも以前より騒がしくなります。申し訳ないです」

「君の立場は承知で契約している。なので気にしないでくれ」

 

 そう伝え終わるとトレーナー君の頬が少し緩んだ。きっと私の態度を見て安心したのだろう。

 

 ――だが、無いとは思いたいが、自分の身を捨て石にしようとしているトレーナー君をこのままにはしておけない。それは彼女の幸せすら犠牲(ぎせい)にしかねない選択肢だから。きっと仕事熱心な彼女の事だ。そんなミスは無いとは思うが、自分の事よりも何よりも、ただ彼女の事が心配だった。

 

「それで、本当の所君はどう思ってるんだ? 君の事を大切に思っているがゆえに、生徒やトレーナーという立場ではなく個人として(たず)ねたい。それと、何か手助けできることはあるか?」

 

 だがその決定をするのはトレーナー君だ。私にいまできる精一杯の言葉をそこまで聞いて、彼女ははっとした表情でこちらを見つめた。そして、見たことが無いほど一瞬不安そうな顔を(のぞ)かせたが、ふっと観念したかのようにほほ笑んだ。

 

「その言葉だけで十分です――――」

 

 また私は子ども扱いされてしまうのか――と歯がゆく思っていたその時。

 

「って、トレーナーの立場としてなら私はそう言うでしょう。しかし、個人としてなら、時々相談に乗ってくれると嬉しいです。自分がお世話になっている身だと考えてしまって、どうしても周りには話し辛くて」

「それだけでいいならいつでも。やっと君は今、私に本音を言ったね――」

「――ごめんね、嘘つきで」

 

 眉をハの字に下げ困ったようにそう告げたトレーナー君の(ひたい)をつんと指で突く。

 

「申し訳ないと思うなら、心配をかける前に頼ってくれ。これも君が私へよく言う事だろう」

 

 横でショゲてるトレーナー君をそっと撫でる。そして箸で大トロの寿司に醤油をつけ、トレーナー君に差し出す。

 

「私は美味しい物を食べて笑ってる、そんな君が大好きなんだ。こんな風に優しい日常がこれからも君の周りで続いて欲しい。そのために出来ることは協力するから、出来る限り抱え込まないでくれ」

「ありがとう――」

 

 そしてトレーナー君はその寿司にそのままぱくついた。だけどその両目からはぽろぽろと涙が落ちていく。

 ずっと大人の中で必死になって生きて来た彼女の不安は、私からは想像もつかない。しかし、辛いものが沢山あったと思う。

 

 自身に与えられた愛情には愛情を。それが深いならばそれ相応を。彼女が歩み疲れてしまい、心が砕けて優しさや真心、そして高潔さを見失わない様に。

 

 彼女は満月のようで太陽に似ているけど、月が東から昇りに西へ向かうように――我々は他者の幸福や夢のためという本質は同じ目的地へ向かう月なのだから。

 

 トレーナー君の宝石のような瞳から流れ落ちる、真珠のような涙をラグの隅っこにあったティッシュで拭き、今度は金目鯛と思われる寿司を口に運んでやる。それを食べた後『食べさせられるのは恥ずかしいから、自分で食べる』と彼女は言い始めた。私がまだあげたいと冗談をいうと目を丸くして、からかってるの? と彼女は頬を(ふく)らませる。

 

 その後は他愛ない話をしたり、レース関係の情報交換を行ったり、ウイニングレースで遊んだり色々してから就寝準備へと入る――。

 

 より近く、より本音を話すようになった我々に待ち受けるのは――権威あるレース『天皇賞 春』だ。トゥインクルシリーズにおいて、シービーとのラストダンスとなる本レース。

 勝ち抜けることを祈りながら、瞳を閉じ明日へと歩み始めた。




 次は春天!
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