昨日に上げたかったのに、緊急出勤で流れてごめんなさい。
史実天皇賞春モデルのお話です。
出走者はこちら
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スタートはトレーナー君視点で
レースが始まる◇◆◇からルドルフ視点です
※ある映画がでてきますが、どっかの半人半バの所為で歴史が変わり、内容がハッピーエンドとなっています※
それではどうぞ!
――20××年+2 4月23日 13時半――
――トレセン学園本館――
理事長へ叔父からの伝言を伝え、廊下でたづなさんを見かけた。なりゆきでたづなさんから備品運びを引き継いだ私は、台車を引いて保健室へと向かっている。
ほっとくとたづなさんは私同様、仕事をひとりで抱え込んでしまう。こうやって定期的に手伝っていく必要がある。
"――にしても……――"
多い。なんかこの学園の保健室の補充品多くない?
毎回運ぶの手伝うけどめっちゃストックあってびっくりする。なんでもたづなさんは物凄く心配症で発注を多めにしてしまうのだとか。
心配な気持ちはわかるけど、これはちょっとやり過ぎ感も否めない。
まあ、やり過ぎといえば――凱旋門前に故障したファシオの事もあったから、"ある子"に塩を多めに送っておいた。私がどっちの味方なのって気はするけど、ルドルフにはもう2度とあんな想いをしてほしくない。既に治療を施し、さらに完全に疲労が抜かれ、健康面で負ける要素のない"あの子"と思う存分戦い、自身の成長としてくれる様私は祈ろう。あと枠順で大外が来ない事も祈りたい。
――なんとかかんとか理由があったから負けた、勝ったなんて、彼女たちの名誉のためにも言わせない。言わせたくない。だって、このレースを最後にあの子は……。
「うわぁー……そのいっぱいの荷物、どこにもってくの?」
声を掛けられて物思いを中断。振り向くと、桜色の髪と、桜の花びらのような綺麗な虹彩の小柄なウマ娘が目に入る。
「こんにちは、ウララさん。保健室まで持って行くんですよ」
「こんにちは! すぐそこだからウララも手伝うよ! このままだと前が見えないもん」
「ありがとうございます。では、負担にならないよう一番軽いこちらを」
ハルウララ――座学実技共に本来ならトレセンへ入れる成績ではないが、理事長の推挙でこの学園にやって来たウマ娘だ。一生懸命なウララさんを見かねたキングヘイローや、テイエムオペラオーが気にかけたり、夜遅くに一緒に走っていたりする。
そんな姿を見ていると、確かにこの子が理事長に推挙される理由が分かる。
「はーい! じゃあウララこれ運ぶね! それとね――この前はありがとう」
「こら。それはお外で言わない約束でしょ?」
「うう、ごめんなさい! でも嬉しかったの……」
「そうでしたか……経過は良好そうですから、大切になさってください」
「うん!」
ハルウララは入学後の検査でずっと走り続ければ、やがて確実に故障に至ると言われた。しかし、この子はそれでも夢を諦めたくないと保険医の静止を振り切ろうとした。
結果、トレセンの生徒の怪我を治す際に、きちんと理事長に許可を取っていた所為で理事長に泣き付かれた。それでハルウララの脚をよくするために、叔父と共に治療を施していたというわけだ。このまま上手く治療できれば、選抜レースに出るころにはきっと間に合うし、余程の事が無ければ脚部を心配しなくてもよくなるだろう。
「そういえばね! 最近お友達に面白い漫画を借りたの!」
「どんなマンガですか?」
「かせんじきで面白い人たちが生活してるマンガ! カッパとかいるんだよ!」
「あー……あの個性的な住民が出てくるあの漫画ですか」
それは丁度私もゴールドシップから借りて読んでいる漫画だった。前に借りた"アフリカの動物が日本でサラリーマンするアニメ作品"ほどではないけど、内容的には混沌としたギャグマンガだったはず。世界観がぶっ飛んでる感じから、想像力の豊かさを感じられて私は好きだった。
「うんうん! 色んなのが住んでるのってスゴイよね!」
「確かに。サムライとかシスターの格好した男性といい、毎回いろんな方々が出てくるのが楽しいですね。次はどんな方が出てくるでしょう。ウララさんはどんな人物がくるとおもいますか?」
「うーん……おいしゃさんみたいなカッコウなのに、サングラスかけたあやしい人!」
「あー。確かにその枠はありそうですね。っと、着きましたか。すいませーんお届け物でーす」
「おじゃましまーす!」
保健室の前に着いた私はノックしてからドアを開ける。
「ハァーイ」
中にいた人物が挨拶をした。
私は一瞬フリーズした後。
全身の毛が逆立つ感覚を受ける。
と同時に、部屋に入ろうとしたウララさんを後ろから抱え廊下に戻る!
そして片手でバンッと音を立ててドアを閉めた!
「わー! 今へんなサングラスの人いたね! ああいうのなんて言うんだっけ……」
「――不審者ですね」
「そうそれ! ふしんしゃ! どうする? けいびいんさんにつーほしたほうがいいよね?」
中に居たのは赤くタイトなワンピースに真珠のネックレス、そして白衣。
そして巻き髪の金髪! どうみてもアンタここの医者じゃないだろ! という出で立ちをした怪しい女性が居た。何となく某有名勝負服デザイナーに似てなくもないけど。明らかに漫画に出てくる河川敷の住民たちに匹敵する、謎の存在感を放つ現実離れした人物だった。
私はウララさんを自分の後ろに
"――これは護衛を呼ぶべきだ!――"
ウララさんを降ろしスマホにつけた、金色の渦巻き貝型キーホルダーのロックを外す。そして自動通報装置を引き抜こうとしたその時だった!
「待て!」
いつの間にかいた何者かへ止められた。腕を掴まれたことでばっと振り返る。茶色い長い髪に、白い流星、そして桃色に近い紫色の瞳と整った顔が視界一杯に入ってくる。
「護衛の即時招集は最終手段だ。とりあえず落ち着いてくれ」
「ルドルフ!? びっくりした……」
あまりに近いのでびっくりして動揺している私をよそに、手を離して貰った。私も護衛招集用のブザーにロックをかけて手を離す。
「さてと。君が見たのはつい最近目撃の噂があった"不審者"だ。直接話がしたいので、それを改めてからしかるべきところに通報しよう」
「――そうですね。では、護衛を念のため周りに待機させていいですか?」
「頼んだよ」
私はLEADで護衛に待機招集をかける。場所は保健室周辺。何かおかしな動きがあれば突撃。と指示を出した。すぐにやって来た護衛のウマ娘へウララさんを任せ、私がドアを開け先行して保健室へと入る。その後にルドルフが続く――。
そしてその不審者は、こちらの緊張感などお構いなしに、満面の笑みを浮かべてほほ笑んだ――。
「ハァイ~! トレセン学園の生徒会長にして理想は高く、あらゆるウマ娘の幸福を目指すシンボリルドルフ! そして――オルドゥーズの至宝にして"心臓"と呼ばれるご令嬢」
「あら、偉く意味深ですね――――何を、知ってるの?」
警戒の色をにじませながら、生徒には決して向けない表情と低い声を私が出した。不審者はビクリと震えあがった。
「ちょっ!? そんなに怖い顔しないで! 妄想よ! 何となくよ何となく!」
「――そうでしたか」
「ところで君は誰だい?」
ルドルフも腕を組んで、眉を寄せ、あからさまに警戒しながらそう尋ねた。すると、不審者は胸を片手の拳で叩きながら自信満々にこう答えた。
「そりゃファンタスティックな保健室の先生よ!」
「……トレーナー君。このスタッフの覚えは?」
「一切ありません」
「ふむ、やはりか。君は学園の者ではないね?」
「流石に頭脳派の貴方達は誤魔化せないかぁ~。ざぁ~んねん。じゃあ自己紹介を始めるわね!」
不審者は勝手に自己紹介まで始める。呆れる私は眉間を押さえて顔をもたげたくなるも、その不審な女性はさらに胸を張って堂々と口を開いた。
「このあたしこそが! 伝説的な腕を持つ! 至高の
「むしろ不信感しかないです」
「しっ
「はい」
「が~ぁん!」
どう考えても怪しいし近づきたくない。というかこの人は、何か大事なことを隠している人の顔をしている。まだ気は抜けない私は、正直に言うまであえて辛辣に接することにした。
「でもまあいいや、というわけでシンボリルドルフさん! あたしの
「待て。そのような話は理事長からも聞いていないのだが?」
「ワォ。こっちもあんし~んな感じじゃない。でもまあ、とりあえずブスッといっちゃう?」
「ダメです。ルドルフの体調管理を一手に任されてる私からすれば許可できません」
"―― 一体何を言ってるんだこの不審者は――"
もうわけがわからない。頭痛までしてきそうだ。が、不審者改め安心沢はめげずに食い下がってくる。
「そこをなんとか~☆ この針で秘孔的なものをブスッといけば、メキメキのモリモリ! すっごい事になっちゃんだから~!」
「――そこまで言うのでしたら」
「でしたら!?」
ぐいぐいっと安心沢は私に顔を近づけてくる。物凄く期待されている所悪いが――。
「成功例はございますか? きちんと具体例があれば採用します」
「やったー!? え、成功例!?」
「はい。今までのカルテをお見せください」
にこやかにそう告げると、安心沢は表情を一変。困ったように冷や汗を流し、人差し指同士をツンツンと安心沢の胸の前でバツ悪そうに突き始める。
「えっと……その、師匠は失敗したことが無く」
「貴女のです」
「その……初仕事です」
「ルドルフ。この方たづなさんの所か、もしくは警察へご案内でよろしいでしょうか?」
「そうだな。ひとまずたづなさんの所でいい「まってお願い!!」
安心沢は私の両肩をガシリと掴み、必死の声を上げる。
「お茶くみでもう10年頑張ったの! 修業した経験だってあるの! あなたたちのファンだから何か力になりたくて!! これでも手助けに来たのよ!!」
「ファンと言われると
ルドルフのファンだと聞いたからには雑な扱いは出来ない。かといって信用できるかといえば全くそんな気はしなかった。ただ、志があるのにもかかわらずお茶汲みでずっと過ごしている。そこは気の毒だと感じたので、私はある提案をすることにした。
「うーん。それもそうですね。この感じだと"今の"は嘘はついていないと思うんで、ではこうしましょう。私は
「おっけーなの!? いいの!?」
「ええ。私は肩こりが酷いんです。それを治せれば貴女としても、それなりの宣伝効果と実績になると思います。これで如何でしょうか?」
「いやったあああ!! コホンッ! では、そこで服を上だけ脱いで肩の辺りを出してちょーだい! メニューは肩こり解消でいいのね?」
「はい。よろしくお願いします。」
安心沢が大喜びしている反面、ルドルフは不安そうだった。
「大丈夫なのか?」
「まあ、何かあっても1日で復帰して見せますよ。少し待っててください」
念のためにルドルフへ護衛への通報ブザーを渡し、保健室のベッドの周りのカーテンを閉める。
それから肩の辺りが出るように上半身一式を脱いで、渡されたタオルで隠す。そして、ベッドの上にうつ伏せに寝た状態で待っていると、肩の辺りを触って差す場所を決めた安心沢によって患部を消毒され――。
「では、力を抜いて~それでは遠慮なく――ブスッとな!」
「っ――――!」
刺された瞬間目がちかちかするくらい痛かった。が、ここで叫んだら大事になるので我慢した。
「で! それで! どんな感じ!?」
「――とても信じられませんが、軽いですね」
「ワォ! 大成功~! ほら! 腕がいいでしょ!」
ぴょんぴょんはねている安心沢をよそに、シャツだけ着なおしてジャケットを抱える。カーテンを開けると私が無事で心底安心した表情のルドルフがそこに居た。
「君が何ともなさそうでよかったよ」
「ホントに。お気遣いありがとうございます」
「じゃあ次は!」
今度はルドルフをと言わんばかりの安心沢だったが、ガラリと私たちの後ろから音がして。
「ああ! また貴女ですね!! 毎回毎回勝手に入って!」
入ってきたのはたづなさんだった。すると安心沢は『あでゅ~☆』と言いながら窓から逃げ出す!
「待ちなさーい!」
だづなさんも同じく窓から追いかけていく。そしてその後保健室に突っ込んできたのは、ハルウララと護衛だった。
「たづなさん呼んで来たよ! 大丈夫だった!?」
「ええ、ありがとうウララさん。助かりましたよ」
「何か東洋医学のようなものを受けられていましたが、異変はございますか?」
「特にないですよ。何の変哲もないただのハリ治療でしたから」
「そうでしたか。念のために血液を調べますか?」
まあ、毒って可能性はあの様子から見て低いけど。
記憶力が絶対的な恩恵は単に勉強が出来るだけでなく、膨大な経験の蓄積とそれに対する反射的な演算からくる判断力『直感』もずば抜けくる。なので大概の詐欺に引っかかる事も無ければ、騙そうとする相手の雰囲気など手に取るようにわかる。今の人は養父に群がる胡散臭い方々と比べれば、可愛いウソな上にわかりやすい部類だ。
面倒だしどうしようかと悩んでいたら――。
「その方が良いだろう。万一とはいえ、遅効性の毒などが仕込まれていたら大変だろう? 彼女の予定はまだ先の時間だ、連れて行ってくれ」
「わかりました。さあ、行きましょう」
うんとかすんとか返す前に、私は護衛に担ぎあげられ学園の隣にあるオルドゥーズ病院へと運ばれていった。
幸い大事もなくこうして『安心沢刺々美』との邂逅は嵐のように過ぎ去っていった――。
◆ ◇ ◇
――20××年+2 4月29日 15時15分頃――
――京都レース場 スタンド――
菊花賞以来となる京都レース場――。
本日は晴れ空に恵まれ、芝も去年よりは生育が良さそうだった。気温が22度台とそこそこあるので、今日は髪をポニーテールにしてルドルフから貰ったシュシュを付けておいた。服はいつもの勝負スーツである。
しかしまあ、バ場が不良とか雨とか、泥沼の春天でなくて良かったと私はほっと胸をなでおろす。何せ私たちは行く先々で天気にあまり恵まれない。もし今日のコースの状態が最悪だったら、今頃私の心はちょっとポッキリ行きかけてたかもしれない。
この前特別番組で生中継される中行われた春の天皇賞の枠決め。ルドルフに頼まれ私が彼女の代わりに抽選を引いた。すると呪われたかのようにまた大外! キングジョージや凱旋門に続く大事なレースでだ。
流石に15名出走とはいえ15は無いでしょー! と思わずその場で悲鳴を上げた。
ルドルフは目を丸くしながらも、『"こんな困難"くらい乗り越えて見せるさ』と笑って許してくれたが、なんとなく責任を感じてしまう。このレースが終わったら絶対私はお祓いして貰おう。そう心に固く誓ったのだった。
「こんにちはー!」
「よう! なんだよ湿気たツラして。大丈夫か?」
振り返ると珍しい組み合わせのふたりが、トレセンの制服姿で立っていた。
「こんにちは。ゴールドシップ、バクシンオー。いや、大外引きまくりの古傷が痛むのですよ」
「あのスタミナの化け物みたいな会長なら大丈夫だろ?」
「そうですとも! 何といっても古今無双! あの"英雄"のようにヨーロッパを駆け抜け! 見事世界を制した凱旋門ウマ娘ですよ! もっと胸を張って応援しましょう!」
「ふふっ、それもそうですね。お気遣いありがとうございます。少し気が楽になりました。――ところでおふたりはどうしてこちらに?」
どうしてこの2人がここにきているのだろう? と不思議に思い、首をかしげながら質問すると……。
「アタシは会長に頼まれた! おめーがまたぶっ倒れるんじゃないかって心配してたぞ?」
「わたくしは両親の仕事のお手伝いです! 和菓子を作る道具を京都の職人さんから引き取りに来たのと、そのついでにレースを見に来ました!」
「そうだったんですね。ご実家のお手伝いお疲れ様です。すいませんゴールドシップ、お手数おかけします」
「気にすんなよ。お嬢さまとアタシは、ラーメンとメンマみたいな関係なんだから!」
「そっそれは……わかるようなわからないような……うう~ん」
ラーメンとメンマ。イマイチよくわからない例えに私は眉を寄せると、細かいこというなよ~と頭をわしゃわしゃと撫でられた。髪の毛は一瞬にしてぼさぼさになったので、もう一度ポニーテールを結び直す。
「そういえばお嬢様! あの映画を見て下さりました?!」
「ああ、"幻のウマ娘"ですね。最終的には元気になって走れるようになって良かったなと思いました。いい映画ですね」
「そうでしょうそうでしょう! わたくしと、わたくしのトレーナーさんはあの映画がとても大好きなんですよ! それと……ご存じですか? この映画に纏わるある噂を」
「噂?」
一体何の事だろうかと私が疑問符を浮かべていると、右側の頭上――からゴールドシップの呆れ気味の声が降ってきた。
「おめー知らねーのかよ。幻のウマ娘を治療した、謎の深い"幻の医師"。そいつが今トレセンの近くにいるんじゃないかって噂。マエツニシキやシービーの脚の状態が良くなったのはその医者の所為じゃないかって。一言お礼を言いたいってそのウマ娘達の保護者連中が探しまくってるらしい」
「へえっ!? あ、へー……そんな方がいらっしゃるんですね……! びっくりしました」
「何でもとてもお美しい方らしいですよ! まるでお嬢様みたいですね!」
ヒマワリよりも眩しいバクシンオーの無邪気な笑みと共に、グサリと核心的な言葉が突き刺さってくる!
"――壁にウマ耳あり、障子にウマ目ありっていうけどさ……噂流れるの速すぎでしょ!――"
遅かれ早かれこうなるとは思ってたけど、彼女たちウマ娘の耳は予想以上に良かったようだ。
まあ悪い事をしているわけではないので、別にどうこうするわけではないが、学生たちがこうやって探しに来てしまうとは予想外だった。
これは面倒なことになった。今すでに"美人"という特徴が流れているので、どっかの怪しい笹針師にその噂が飛び火して、面倒なことにならなければいいが。
後で対策を考えねば。それと、どう返答して良いか困っていると、ゴールドシップが腕を組み頭をひねりながら目を細めて発言した。
「それだとお嬢様が年齢1桁の時にならね?」
「そうでした! では一体どなたが治していらっしゃるんでしょうね!」
"治して回ってるその本人です"とは言えない私は、内心ほっと息を吐きだした。
「きっとよっぽどのお人好しなんじゃね? まあそういう意味だとお嬢様みたいな感じするけどなー」
「――まさか。いくら何でもそこまで化け物染みてないですよ」
「ふぅーん? お? ――そろそろ始まるぜ!」
「どんなレースになるか楽しみですね!」
なんだか引っかかるような雰囲気を一瞬ゴールドシップは漂わせたが、私たちは選手たちが入場してくるバ場へと視線を向けた。
軽い選手紹介と返しを終え、ルドルフはいつも通りバ場のどこか一点を見つめている。
その横顔は決意に満ち、ターフや勝負服の緑と対を成すような、黄道上に輝く赤き太陽のような深紅のマントをはためかせている。
皇帝というあだ名に相応しい姿にどんどん成長していくルドルフを見ていると、デビューしてから随分長い時間が経ったのを感じる。そして、新潟の時も大嵐が来て彼女は大丈夫なのかとか、あの時も私は狼狽えていたことを思い出す。
気に病んでもしょうがない。あれだけルドルフの前では余裕ぶって作戦披露したんだ。ここでビビってどうする! 私はパチンと両手で喝を入れるように頬を叩く。
すると、ルドルフがこちらを遠く向こう側から振り返った――。そして、大丈夫だというように彼女は一瞬私に向かって微笑んでくれたような気がした。
「お前もしかして……M?」
「ちょっ!? 違います!」
私のその様子をみたゴールドシップがわざとドン引きしたような表情を見せ、そして『冗談だよジョーダン☆』とニッと歯を見せて笑った。
「怒れる元気を確認! ヨーソロー! ほらレース見っぞ。歴史的瞬間かもしれねーんだからさ!」
「何せクラシック3冠を獲得した王者同士の激突なんて中々無いでしょうからね! さあ! 見届けましょう! 会長は大外になったくらいで負けるような方ではないはずですよ!」
ゴールドシップにぱんぱんと背中を軽く叩かれ、バクシンオーにも励まされるように声をかけられる。それに静かに
『快晴に恵まれた京都レース場! 第10レースはGⅠ天皇賞春、芝右回り、3200mという超長距離戦を制し春の盾を
若い女性アナウンサーさんの声に合わせ場内はわっと、両頬へ熱気感じる錯覚を覚えるほどに盛り上がる。天皇賞春の3200mは世界でも稀となりつつある超長距離戦。国内G1のなかで権威も歴史も重いレースになる。
ルドルフが凱旋門を勝った事により、このレースは世界にも発信されている。緊張感で思わず
『3番人気はこの子! ゴールドロード! 菊花賞2着! 京都と相性抜群の彼女が勝つのか!』
今の紹介通り3番人気の子の京都での3着以内の確率は約8割、勝利予想人気が高いのも
『2番人気はこの子! ミスターシービー! 常識破りのド派手なレースで知られる彼女は、今日はどんなレースをしてくれるだろうか!』
ミスターシービーは今までの事を考えて先行か差しか、その可能性は十分ある。けど、多分長距離だから、後方待機で2週目の3コーナー手前スパートからの早めの進出、そして突き放しに来るんじゃないかとルドルフと私は予想していた。その予感が当たる事を祈りたい。用意したある作戦がそれなら上手く機能するはずだ。
『1番人気はこの子! シンボリルドルフ! 春の盾を手にしたものが誰もが夢見た門を持つ彼女が、京都でも
作戦が成功する事を祈りながら覚悟を決め、私は正面のゲートへと双眼鏡を向けた――。
『全員態勢整いまして――スタートです!』
◇ ◆ ◇
――20××年+2 4月29日 同時刻――
――京都レース場 向正面――
好スタートを切るも先行とはいえ大外の私は少し後ろ側で待機する。
前回私にドスローの逃げで騙されたのを知っている者たちは、恐らく前を取らせたがらないだろう。そう明言したトレーナー君は今回先行が多いと見ている。
ロンシャンでのスタートのように、テンの1ハロン手前までの水平部をゆっくり進む。位置取りは先行集団の後ろといったところだろうか?
きっと4コーナーを抜け1周目のスタンド正面を向くまではゴチャつくはず。マークは超長距離を考慮するなら、後方待機のゴールドロードとシービー、そして好位追走型の私だ。きっとそこまで飛ばさないはず。
『スタートしてすぐ向正面の急坂に揃って向かいます! 抜け出してきたのは3番ナンシーエクセル1番手、その外半バ身後ろ5番サーサルト2番手、1バ身下がって内側2番ウエストライデン3番手、その外半バ身下がって11番ノノムラヤマト4番手! 1バ身下がって9番ニューブラウン5番手!』
去年の春よりはしっかり生えそろった、新緑のターフを一斉に蹴り上げる音があたりに響き、草の匂いが巻き上がる。
すると予想通り全員一斉に前を取り始めた。足元は淀の坂の角度を
『その後ろ3バ身! 外を回って13番フロントロウ6番手、ほぼ横並びに内側6番サンゲンコバン7番手! その後ろ1バ身半後ろ、内側1番マルボシ8番手!』
坂の頂点手前3コーナー入り口まで100mのテンの2ハロン目はおそらく25秒。先程よりコンマ何秒早い位の体感。前に居るのは全員スタミナ型ではない。おそらく1ハロン間に刻んだのは12秒前半だ。芝の状態がいいのでこれくらいは出るだろうと思いながら、大逃げされない程度にマイペースにラップタイムを刻んでいく。
『1バ身半下がった位置だが、コーナーにもかかわらず下りを利用し、外目をスイスイと上がっていく15番シンボリルドルフ9番手ここに居ました!』
このままいけばきっと潰れる。おそらく出来るだけ前に居てシービーや私に追いつかれまい、末脚すら届かぬ所まで行こうという作戦だろう。
少し位置取りを上げるならスタンド正面の直線だ。それまでじっとマイペースに走りながら、1周目の3~4コーナーの先頭ラップを数える。重力に逆らい過ぎてロスを生まないよう、泳ぐように自然な成り行きに任せ無理せず進む。
『その後ろ2バ身外14番メグロモンスニー10番手! その後ろ1バ身半下がって8番ケルストライアンフ11番手! その内半バ身後ろ12番ダイアアイランド13番手!』
3~4コーナーの中間地点になるテンの4ハロン目。その間は横から
『少し下がって1バ身! やや外を回って10番ゴールドロード13番手! 2バ身離れ最後方内からキタノユニコーン! 外にミスターシービー並んでいますが、おっとシービー前に位置取りし始めるか?』
4コーナーを抜け正面までやってきた。そしてテンの5ハロン1000mのタイムは61.9ややスローだ。長距離だという事を考慮すれば先頭の予定ペース配分は、最終的にミドルペースくらいだろう。爆逃げという爆逃げでもない。
視界がぐるりと回ってカチリと照準を定めるように、約400mの直線が目の前に広がる――さあ、ここから良い位置を取らせてもらおうかと、私は引き金を引くように両脚へと力を込める。後方だからと言って
『さあスタンド正面に入り大きな拍手が沸き起こる中、先頭はナンシーエクセル、その1バ身後ろ内からウエストライデン、真ん中ニューブラウン、その外サーサルト3名横並びの接戦! その外大きく回って2バ身後ろノノムラヤマト5番手! その後ろ3バ身内側マルボシ6番手、1バ身半下がって外にフロントロウ7番手、その後ろ1バ』
少しペースを上げて前の者たちの合間を
『いやシンボリルドルフまさかのマルボシとフロントロウの間を
ここを逃せば良い位置は取り辛くなる上に周りを囲まれる。外を回るリスクが上がってしまう。なら少し距離ロスをするくらいで済むなら早めに前へ移動しつつ――。
チラリと後ろを見るとミスターシービーはばっちりこちらを見ていた。私をマークしている後ろのシービーにプレッシャーを与え、早仕掛けさせるのが一番いい。追い込みを狙い焦らせるためのトリックを私は展開した。
レースの心理戦は奥深いとトレーナー君はある時私へ語った。心理戦で主導権を握った者が、そのレースを勝つと言っても過言ではないとも。
今回提案された作戦は、正面で私が出れば周りもあせってペースを上げるだろう。もしスローになったら、私がスローと判断して前に行くと見せかけなさいと。すると何人引っかかってくれるはず。
"ミスターシービーは愚かではない。きちんと学習する賢い選手だからこそ、きっとここで順位をあげれば3コーナー手前で菊花賞のように駆けて突き放しに来るはず"と、この策をトレーナー君から託された。追い込みで米国4冠を目指すという偉業をサポートしたトレーナー君は、どうされたら嫌かとてもよくわかっている。
あくまでも直感だからと言ってはいたものの私はそれを信じられた。勘とはすなわち経験からくる瞬間的な演算結果。常人離れした彼女の記憶力という、その"絶対"を信じその作戦を紐解いた私は、あくまでも見かけ上の順位を上げていく!
『おっとミスターシービーも早めに動き出す! これは意外な展開だ!』
それは思った通りうまく行った!
それはミスターシービーだけでなく、幾名か多く引っかかった何名かの足音が早まる気配が音から察せられる。そんな中私はぐんぐんと前を狙っていく。
外側を回り一気に前へ前へといき中山の連続コーナーのような、カーブへと我々は吸い込まれていく。コース取りは大きく外へ出す。そうやって中山とは違い、坂のない連続コーナーが続くだけの水平部の遠心力の影響を、最小限にとどめスムーズに脚を運ぶ。
まるで手にしたワインをソムリエのようにクルリと回す様に鮮やかに。そして専門家のように研究しきったその技術で、スタミナ無駄のないコーナリングを決める。
『第2コーナーへ続けて入ります。これから2度目の淀の坂越えに備えている様子! 先頭は依然ナンシーエクセル、1バ身後ろ外を回ってノノムラヤマト2番手アガッてきた! 2バ身半離れてサーサルト3番手、その内半バ身下がってニューブラウン4番手! その後ろ2バ身シンボリルドルフ猛烈な勢いでこちらもアガッてきたか!?』
(GOAL↑)
ナンシー|内
ノノムラ |
|
|
サーサルト |
ブラウン|
|
|
ルドルフ |
ウエスト|
コバン フロン|
さてと、あとは慌ててやって来るのを待つだけだ。きっと菊花賞でやった様な戦法を取ってくるはず――。
1コーナーから2コーナーを抜けたところだが、この間は体内時計が正しければ13秒台刻み。
全員が息を入れているので私も向正面真ん中から続く、淀の坂を登る前に、直線でひと息クールダウンを入れる。
『その内半バ身下がってウエストライデン食い下がる!その直後内からサンゲンコバン、外にフロントロウ完全に並んで中団大混雑! あッとここでミスターシービーまさかここでアガッてきた! 一体全体どうしてしまった!?』
ライバルは期待通り来てくれた。後は油断せず突き放され過ぎないように着いて行き、自身を見失わず仕掛けるだけだ。
『ひとり! ふたり! さんにん! どんどん抜いて! あっと3コーナー手前坂の前だというのに内にサンゲンコバン、外にミスターシービーバチバチの殴り合いだ! そしてルドルフはどこへ行った!』
ミスターシービーは私を追い抜いてサンゲンコバンと争うように、坂を登りながら並びハナを取った。そしてミスターシービーへとマークを切り替えた者たちが、一斉に私の前を包んでいこうとする!
|
|(バ群)
|私(バ群)
|(バ群)
|
|
内|コバン シービー
(GOAL↓)
しかし、ここで焦ってはならない。この争いはきっと長くは続かない!
トレーナー君の予想通りなら、このデットヒートは3コーナーと4コーナーの中間地点までだ。京都の右側を叩き物した様な、直線の後に続く鋭い第4コーナーを曲がるには必ず減速する。きっとここでシービーか私かと一度迷い、勝った事のある私に向くだろうと彼女は告げていた。
そうやってパニックになりリズムが崩れた相手など私の敵ではない!
まさかトレーナー君にレースゲームで散々やられたこの手の心理戦が、こうも面白いほど相手にハマるとは。
――私は獲物を青々とした草の影から狙う獅子のように、まだ、まだ距離を推し量り確実に仕留められるそこまで構える。
『3コーナーに入り淀の坂は下りへと転じた所で、おっとルドルフを包み込んでいたバ群が一世に後退!? これは一体どういうことでしょう!?』
私の気配を察した周りはシービーのマークをやめてまた私に戻った――。
"真面目な子ってさ、とっても可愛いですよね?"
その時、作戦を私に託す際に、ニッコリ笑ったトレーナー君の声が、すぐ耳元で聞こえたような気がしてきた。予想がこうも当たっていくのが、なんとも末恐ろしい方だ。
そしてキングジョージの時と同じように、登りやすく、そして下り負担を減らした京都用モデルシューズ。それで滑るように坂を下り降り、前を走るふたりをマイペースに追いかける。
|(バ群後退)
|私
|
|
|
|コバン シービー
内|
(GOAL↓)
『さあ、大歓声に迎えられ各ウマ娘第4コーナーへ! 先頭はわずかに内ラチ側のサンゲンコバン、そして差が無くミスターシービー! さてその後ろ見るようにシンボリルドルフまるで
徐々に斜め前から私の方へ近づくシービーの背中を見つめる。1年早くデビューした君へ、私が全く焦りを感じなかったことが無かったとは言えない。
先に3冠を達成された時も、秋に天皇賞の盾をレコードで得た時も。
君はいつも私の先を行っていた――。
誰もが君を"英雄"として
そして、このライバルへ"こっそり"塩を贈り、全力の状態で挑めるようしてくれたトレーナー君。
私の
――そんな事が出来るのは、この世で君くらいだろう?
私の周りや君の実家の関係施設の近くで、特に私のライバルたちへ次々と奇跡が起きるのは、君が願いを叶えているだからだろう?
私が悲しむ姿を見て、我々に命を助けられた君は鶴の恩返しのように羽を織っている。
きっとそんな所だろう。
そんな大嘘つきな君へ怒るどころか、私はその心遣いに感謝している――。
この大舞台で、
心置きなくライバルと真っ向勝負に出られるという事に!!!
チリチリとした刺激が全身に走る。あの感覚がやって来た――。両脚、目の端々から紫電が駆け抜ける様な感覚を受ける!
右側のラチが
そして1周目を走って芝が
「このシリーズ最後の決着。つけようか――?」
シービーは英雄に相応しい輝くような楽し気な笑みを浮かべた。私もそれに負けじと闘志をにじませた笑みを返す。
「望む所だ――!」
『おっと内側から雷光一線! ウエストライデン絶妙なスピード調整で植え込み部分を利用してインを取った!』
身体がぶつかるすれすれ、一瞬に交わされたそれを合図に、私たちはそれぞれゴールだけに意識を向けた!
『シンボリルドルフミスターシービー! バ体が! ここでバ体が合った! ここであったが有マ以来! と言わんばかりに両者一歩も譲らないデットヒート! 京都の直線には心臓破りの坂もなにもない! ただ力と力がぶつかり合うのみ!』
本当なら割れんばかりの歓声が響いてるはずのこの空間。しかし今は自身の鼓動のみが支配している。まるでローマのコロッセオで戦う者同士へ送る声援のように興奮がこの場を塗りつぶした!
一陣の風が吹くように駆け抜ける! しかし、ミスターシービーは歯を食いしばり、まるで私の影のように迫りついてくる――!
『サンゲンコバン、ウエストライデンの一騎打ちと思いきや! 大外からミスターシービーとシンボリルドルフがなだれ込む!』
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| シービー ルドルフ
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内|ライデン コバン
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(GOAL↓)
それを振り切るために更に加速しようとする。互いに全身全霊でもつれ合うようにゴールを目指し――!
『わずかにシンボリルドルフ態勢有利かゴールイン! 春の盾を手にしたのは門を手に入れたシンボリルドルフ! 天皇賞と凱旋門賞! どちらも制したウマ娘! そして"神が
やった――……。
やった!! 全力のライバルにも勝ち、今やっと――やっと! 目標だった5冠を手にできた!
冷静を装うが私の心の中は歓喜に満ちていた。
それに同調するように割れんばかりの歓声が場内を包む。いつも通り手を振り、いつも通りに対応しつつも、そしてチラリとトレーナー君をみる。
すると倒れてなくて安心した。そしていつもみたいに泣いてなくて、私に片手の親指を立てる彼女が居た。なんとなく目が
今までは神が
ここが自分にとっての新たなスタート地点。そう私は心に言い聞かせた――。
◇ ◇ ◆
――20××年+2 5月5日 15時30分――
――トレセン学園 プレハブトレーナー室付近――
まだ春の余韻を残し、夏の気配が遠い若葉生い茂る庭を歩いている。木漏れ日がまだ日差しでギラついておらず、丁度心地よい風も吹いているためあちこちで昼寝をしているウマ娘達を見かける。
私はというと――トレーナー君にちょっとした相談事があって、個人トレーナー室として与えられているプレハブを目指していた。
「あ。ルドルフ丁度良かった」
「ん? シービーか。――何か用か?」
後ろから走ってきたシービーが、はいっと渡したのは何やら紙の束だった。
「これたづなさんからお嬢様にだって。大変そうだったから私が持ってこうと思って。こっちに行くってことは、今からお嬢様のとこに行くつもりでしょ?」
「ああ。丁度行くところだよ。ありがとう。これは彼女に渡しておくよ」
「こっちこそありがと。あーあ……この前はまたルドルフに負けちゃった。でも、楽しかったよ。この続きはルドルフが同じシリーズへ来てからだね」
そうパチンと指を鳴らしてウインクするシービーに私はこう告げる。
「そうだな。そして次も勝つのは私だ」
「いいや、アタシだよ? それとね、伝えといて欲しいんだ――。心置きなく戦えた。ありがとうって、君のトレーナーさんに」
「薄々感づいていたがやはりか」
そのセリフを聞いて予想が核心へと完全に変わった。呆れたように肩をすくめてみせると、シービーは焦ったように言葉を
「あ、お嬢様に怒らないでよ!? というか、流石にルドルフだって気付いてるよね?」
「まあな。穴を掘るのは上手くても、慣れたものが餌をちらつかせれば顔を出したり、お尻が出ているなど随分と隠れるのが下手なウサギさんのようだから」
「それは的確な例えだね。完璧なはずなのに、どこかお人よしで抜けてる。まあ、そんな所があって、アタシたちに対して一生懸命で可愛いと思うけどさ」
シービーと私はクスクスと顔を見合わせて笑い合う。
「ふふふ。そうだな。全快状態の君と戦えたのは私としても嬉しいから、彼女を責めたりなんかしない。大方君が脚に爆弾を抱えていたら我々の勝敗にケチが付く。それを避けたかったのだろう」
「そうみたいだった。アタシにもそんなことを言ってたよ。お互い不完全燃焼なんかにならなくてよかったね」
「ああ、レースは目標の通過点でもあるが、強い相手と対戦するのは楽しくもある。今はそう思える。――ファシオの時にそう思い知った」
キングジョージで対戦したファシオは凱旋門直前に故障。あの時のことは今でも未練に思っていた……。ライバルが直前で消えてしまったレース程味気ない物もない。それと同様、故障の余波で全力でレースに出られないというのも実にツマラナイものだ。そう感じていた自分に気付いたのがあの事件だった。
「今年再戦するんだっけ? そのファシオと」
「ああ、叶わなかった対決として――凱旋門で戦うつもりだ」
奇跡的な復活を遂げ、復帰の目途が立ったファシオは私宛に挑戦状を叩きつけて来たのだ。
今年、凱旋門で待っていると。そういった短いメッセージだったが、私の心の中に果たされなかった対決への思いを、もう一度起こさせるには十分なものだった。
「頑張ってね。次もキミが勝ちますように!」
「おっと? どうしてそんなに応援するんだ?」
「だってアタシが勝ったら自慢できるじゃん! じゃ、アタシはお昼寝してくる。またね~!」
「ふふっ。おやすみなさい」
ミスターシービーが春のさわやかな風を起こし去っていく。
またひとりになった所で、まだ過ごしやすい日向を散歩するようゆっくり歩く。そして個人トレーナー室のドアにカギを差し込むも、どうやら開きっぱなしのようだった。不用心だなと思いつつも入る。
右手にはまだコタツが敷かれておりいる。これはそろそろ片付けさせないとなと思いながら、辺りを見回すも誰も居ない。
こういう時は記憶の整理のために寝ている時が多い。
書類を手にしたまま、上がり畳へあがり、壁側の面をのぞき込むと――。
「おっと、これはまた――」
髪を解いてジャケットを脱いで、座布団を枕に熟睡してるトレーナー君に、正面から何者かが巻き付いている。今では見慣れたポニーテールのウマ娘、テイオーだった。
昼に私たちがカフェテリアで食べている間に、こっそり生徒会室で昼寝をしていたテイオーは、エアグルーヴに追い出されてしまっていた。どうやら私に構ってもらえないと見て、トレーナー君に構ってもらおうとやって来たのだろう。
するとウッカリ鍵をし忘れたトレーナー君が、気持ちよさそうに寝ていた。なので、自分も昼寝をしようと潜り込んだといったところだろうか?
起こしてしまうのも気の毒だったので、私はテーブルの上に書類を置き、トレーナー君の背中側になる右側にそっと入る。身体を起こしたまま顔にかかるふたりの髪を少しどかしてやる。ふたりともくすぐったそうにしているが、起きる気配はない。
"――私も午後はフリーだし、少し休むか――"
ふたりを見ていて、おもわず眠気に誘われた私は欠伸をひとつ浮かべた。
そして、目覚ましをスマホでかけ、隣に潜り込んで昼寝をすることに。
大切なふたりが傍にいる穏やかで優しい幸せに包まれながら、私はゆっくりとまどろみの中に沈んでいった――。
こんな穏やかな日々がずっと続くと――そう、思っていた。
この後引退なんてバッドエンドは夢が無さ過ぎる!
そんな惨い話は嫌なのでこんな感じにしました。
健康体になったシービーさんはこの後も、別シリーズでバリバリ活躍していきます。
という世界線です。
番外
直感とは?
実は記憶した経験から最適な回答を無自覚に考えてる行動と言われています。(科学的な諸説あり)
お嬢様はめちゃくちゃ記憶力が良かったですよね?
つまり本気で疑えば、通常の人類では全く歯が立ちません。ぽややんなのに騙せない相手なんです。そして彼女は普段、精神衛生のためや、学園の生徒にはキツイ目を向けていない。強者の余裕もあり、わざと考えないようにしているそうです。
ルドルフとシービーのナイショ話
お嬢様の護衛さんたちはルドルフさんとシービーさんのナイショ話にちゃんと気付いています。護衛さんは自分たちも自分自身や家族の命をお嬢様に助けられた過去があり、微笑ましく見守っています。害はない、と判断されているようです。
もしお嬢様が金ぴか巻き貝の防犯ブザーを抜きますと、あらゆるところから、スタッフに偽装して紛れ込んでるウマ娘が飛んできます。
そしてお嬢様は身体に特殊な発信器を埋め込んでます。位置情報もバッチリですね!
護衛構成はアハルテケや汗血バ、重種系、ポニーなど様々です。
金ぴか巻き貝防犯ブザーをお嬢様は過去に一度だけ、実際に引き抜いたことがあります。
その原因は誘拐未遂でした。
幼いお嬢様を誘拐しかけたその有名闇組織は、護衛さんたちによりひとり残らず確保され、警察にポイッチョされ怒涛の逮捕ラッシュとなり地上から一瞬で消えました。悪の組織からオルドゥーズの連中はヤバい、地獄まで追いかけてくると恐れられています。
次回は日常回
次走は……ナイショ