IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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大変お待たせしました。

スタートはトレーナー君視点で、
◇◆◇◇◇から◇◇◆◇◇までがルドルフ視点
他全部トレーナー君視点です。




A kindness is never lost

 ――A kindness is never lost(情けは人のためならず).

 

 

 

 夜中に見るBBQの動画は、夜食ラーメンクラスの罪深さがあると思う。

 それでお腹が空いてひよこラーメンを作って食べて、そして食休みに本を読んでるうちに寝たのかもしれない。

 

 ここはおそらく夢の中だろう。モノクロの阪神レース場に私はいた。

 

 バ場はあまり良くない。剥がれてる部分もかなり目立つ。これでは事故に繋がってしまいかねないなと、思っていると。

 

 

 そんな中を1頭の"馬"のような影が走ってくる――。

 

 

 危ない! 直感的にそう感じ叫んだ瞬間私は夢から叩き出されるように起きた。

 

 額や背中に汗が伝い、ナイトウェアワンピースを濡らしていく。私は目を思いきり見開き焦点さだまらないまま、落ち着かない心臓に落ち着けと言い聞かせる。

 

 秒針が60回カチカチと動く音を立てるまで、そんな攻防戦が続いた。

 

 いまのは何? なんであんな不吉な夢をまた見るの?

 

 あの黒い馬のような影。

 あの影が受けた悲劇と予想されるそれは、なぜだか私には自分たちに降りかかる気がしてならなかった――。

 

"――ジャパンカップの時のこともあるから、警戒はしておくか――"

 

 時刻を見ると午前4時。LEADが鳴り開くと護衛から通話が届いた。

 

『急激な心拍数の乱れがみられました。如何いたしましたか?』

『夢見が良くなかったの。騒がせて申し訳ないです』

『そうでしたか。すぐ出て下さって安心しました』

 

 

 私は小さいころに誘拐されかけてから、心臓の近くにある装置を埋めてある。それは発信機能が付いているのだけど、それだけでなく生体に異常が出れば即時にわかるようになっている。

 

 きっと外の様子が変わらないから、倒れたと思って電話しつつ急行してきたのだろう。通話の向こう側から響く足音がゆっくりになっていることがらそれが分かる。

 

『ルベウス――』

 

 その名の通り黒に赤い(きら)めきを持つ、通話の向こう側のウマ娘に私は声をかける。彼女は所謂(いわゆる)汗血(かんけつ)と呼ばれるウマ娘で、"赤兎"(せきと)という有名なウマ娘の末裔達のひとりだった。

 

『なんでしょうか?』

『もし嫌な予感がしたとき、それがもし2度目だったら貴女はどうしますか?』

『私ならそうですね――。回避しようとします』

『――そうですね。ありがとうございます』

『いえ。まだ今日は出勤まで時間がありますから、ゆっくりお休みください』

『そうですね。ありがとうございます。では、おやすみなさい』

『おやすみなさいませ』

 

 そう返してお互い通話を切り、私は食器をシンクに置いて水を満たす。そして軽く歯を磨いて布団に潜り込んで2度寝に入った――。

 

  ◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

――20××年+2 5月23日 12時半頃――

――トレセン学園噴水のある中庭――

 

 グランプリレース宝塚記念。それに選出されたルドルフは、トレーニングもそうだけど、学園の夏合宿に向けての調整でも追われている。

 

 休憩用に差し入れに作ったハチミツ漬け林檎入りニンジンケーキを持って行くと、生徒会長室の3名はとても喜んでくれた。

 

 今週末には実際に阪神レース場で試走もできるはず。邪魔しちゃ悪いし、私はそれを渡して撤退。

 

 校舎を出て3女神の噴水を横切り、空いている芝の上を探す。

 すると生徒会長室の大窓から、丁度見える位置の木陰が空いていた。そこへ腰を下ろし、さあ私もお昼にしよう。自分のお弁当の入ったバスケットを開けたその時だった。

 

「お姉さんみっけ!」

「わわっ! びっくりした!」

 

 バスケットの中身に夢中だった私へ、いつの間にか近づいてきたトウカイテイオーが飛び付いてきた。

 

「ねぇねぇ聞いてよぉ! 会長がボクを生徒会長室に入れてくれないんだぁ!」

「このところずっとそんな感じですね。かなりお忙しいのかしら?」

「うん……」

 

 私に抱きついたままテイオーはしょんぼりしている。それをなだめるよう()でる。

 

「そうだ。今週末の金曜日の午後から土曜日にお時間ありますか?」

「うん。あるけど? 今週の金曜日は自習でカリキュラムないし」

「土曜日一緒に阪神へ行きませんか? ルドルフの試走見学へ」

「いいの!」

「ええ。ルドルフはそれで頑張っていたんです。仔細はあとでLEADするから、1泊2日分の荷物をまとめてください」

「うん! やったー!」

 

 私の胴体(どうたい)を抱き締めてるテイオーの腕がぎゅっと強くなる。そして大喜びしてニコニコしていた。

 

 元々ルドルフは最近構ってあげられてない、テイオーのために時間を作っていた。そのルドルフに頼まれていたから、夕方あたりにお誘いの声をかける予定だった。まあ、それが早まっただけで、テイオーを連れていくのはルドルフ本人も承諾済みだ。

 

「待ってるよ! 絶対だよ! あ、今からお昼?」

「はい。今日は外で食べようかなと」

「そうなんだ! でもなんか量が多くない?」

「欲しそうにされちゃうとあげてしまうもので、少し多めなんですよ」

 

 私が外でお弁当を食べていると、大体オグリキャップあたりがじっと見てきたり、ウイニングチケットはストレートにお弁当一部交換してとねだってくる。

 

 誰かにあげたお馴染みのキャロットケーキが話題となり、私の手作り料理を欲しがる子達が沢山いる。だからいつも多めに持ってきている。そうしておけば生徒とも、そのトレーナーとも打ち解けやすい。職場ではそういった関係が時に重要だ。

 

「そっかー! じゃあボクがそれ予約! 急いでお弁当と飲み物買ってくるから待っててね! 一緒に食べよ!」

「ふふ、わかりました。急いで転ばないでくださいね!」

 

 そういって手を振りテイオーを見送った。さて、準備をと手を伸ばすも、またもや視線を感じる。その気配の先にいたのは……。

 

「ふーん。優雅にお昼ってか?」

「そんなところですよ。ご一緒しますか?」

「やめとく。相手が私だと皇帝サマがすねそうだし」

「何故ですか?」

「…………まあいい」

 

 素直に疑問に思ったので首をかしげる。私を見下げるように樹に腕をついて立つシリウスは、あきれたように(ひたい)に頭を当ててクビを振った。

 

「それより気になることがふたつある」

「なんでしょう?」

「ひとつ目は何故キングジョージのデータ。なんで私とトレーナーに渡した? アンタらも"勝者"として行くのに?」

 

 私の近くへ腰掛けたシリウスは、真剣な顔つきで覗き込んでくる。シリウスの炎を背景にしたアメジストのような、赤みがかる紫の瞳に私の姿が反射して映る。

 

「あなたも学園の生徒だからです」

「ハッ! お人好しかよ! んな訳あるか? バカにしてんのか?」

「いいえ。私はルドルフのトレーナーであり、彼女から学園の生徒のフォローをお願いされています。キングジョージ含む、ヨーロッパのデータをお渡ししたのは仕事の一環です」

「あーそうかい。――ふん、余裕かよ。なめられたもんだな?」

「それがルドルフとの契約であり、私が教職、トレーナーである理由です。そして勝つならフェアなほうがすっきりします」

「――なるほどな」

 

 

 それを聞いたシリウスは腕を組み、何やら考えたあと、樹の側に座る私ににじり寄ってきた。

 

 私は困惑し、少し(まゆ)をひそめながら右側の肩のほうの樹に後退する。なんだかジリジリと獲物をねらう肉食動物に狙われた気分だった。だけど最近焦らないのは、ルドルフから時々発せられるプレッシャーで慣れたからだろうか?

 

「――なんですか」

「焦んないのかよ」

「時々わがままで、"猛獣のような方"には慣れてるもので」

「表面上従順そうなのにアイツとは本音でやりあってるってわけか。そして相変わらず小生意気なウサギだな?」

 

 この手の生徒には押されたらダメだ。私は視線を合わせたまま、毅然とした態度を取る。私の方が強いぞと、そういうオーラを漂わせる。

 

「威嚇しても可愛い顔過ぎて凄みがない。まあいい、次の質問だ」

 

 シリウスは私を樹の側に完全に追い込み、片手で私の(あご)を持ち上げ視線をそらさせないように固定した。

 

「何故いつも私がルドルフをボロクソに言っても、仲が良いと言うんだ?」

「――あははっ! 拍子抜けしました。一体それを知って何になるんです?」

 

 なんだ。そんな他愛のない質問か。

 私は思わず笑みを溢してしまった。シリウスはそれをみて不服そうに眉をひそめる。

 

「何がおかしいんだよ?」

「いや、子供らしいなと思いまして」

「アンタも未成年だろ?」

「――目に見えるものだけが真実だと、そう思いですか?」

「どういう意味だよ――」

 

 わざと面食らわせたため、しばらく私たちの間に沈黙が流れる。

 

「ナイショです。理由は貴女の表情や声に、憎しみや憎悪とは違う。どこか寂しい感じがしたから。そんな感じと、ルドルフを心配してるのがなんとなくわかるので」

「バケモンかよアンタ」

「多分そうなんでしょうね。ということは図星でしょうか?」

「やめろ恥ずかしい! もがっ!」

 

 とりあえず大人をからかう悪い子なシリウスへの仕返しに、開いた口にニンジンパウンドケーキを突っ込んでみた。私の(あご)から手を離す程びっくりしたようだけど、まんざらでもない顔でもぐもぐと食べている。

 

「何すんだよいきなり!」

「仕返し。こう見えて私は教職です。からかう子にはお仕置きですよ」

「ったく、本当にそんなジャジャウマで、それでよくアイツの相方が務まるな?」

「ふふ、それに関しては私も不思議に思っています」

 

 わざとぶりっ子ぶってキランみたいな感じにニッコリ笑ってそう答える。すると、シリウスは思いっきり顔を(しか)める。

 

「その余裕ぶった表情だけは皇帝サマに似てすげームカつくわ。ぶっ潰したくなる」

「やれるものなら? というかやっぱりルドルフの事めっちゃ大好きですよね?」

「っち、うっせーわ! 頭来て腹が減ったからもう一切れよこせ」

「横暴」

「聞こえてるぞ妖怪猫かぶり」

 

 しょうがないなと思いながら、もう一切れバスケットから取り出して渡そうとしたはずだった。

 

 その手首をシリウスに掴まれ引っ張られる。遠巻きに野次ウマ娘していた周りから黄色い声とぴえっ!? という声が上がる中、そのまま引き寄せられ手の中のケーキを食べられた。

 

「ちょっと! 何するんですかいきなり!」

 

 びっくりして素が出しながら振り払って離れると、シリウスはお腹を抱えて盛大に笑い始めた。

 

「あっはははは! やっと余裕が崩れたな! 傑作だぞ今の表情っ! ――つか今窓から見えたアイツの顔も最高だな」

「え? アイツ?」

「すぐにわかるさ。じゃあな、"ルドルフ"と仲良くな?」

 

 ウインクして颯爽と逃げるように去っていくシリウスシンボリ。彼女と入れ替わりに、トウカイテイオーが駆け寄ってきた。

 

「ねえねえ! 今の何!? どうしてああなってたの!?」

「私にもわからないです。いきなりからかわれましたから」

「ええ!?」

「うーん。データを渡して機嫌が悪かったのかしら……」

「ええ!? うーん、ボクはそれ違うと思うよ……」

「そうですか?」

「そうだよ!」

「そういうものですかね……あれ?」

 

 記憶を思い返していると、今確かにシリウスは『ルドルフ』と言っていた。普段皇帝サマとしか言わないあの子がだ。それはひょっとして――。

 

「やっぱり、心の奥では嫌いあってないのね」

「む~。どういうこと?」

「いえ、こちらの話です。さて、お昼にしましょうか」

「そうだね! ボクお腹空いちゃった! 今日のお弁当はケーキ以外だと何があるの?」

「食べやすさ重視でサンドイッチですよ」

 

 バスケットを開いて見せると、テイオーは大喜びしていた。

 そしてそこにまた新たな客が現れる――。

 

 

   ◇  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 (時は少し戻って――)

 

――20××年+2 5月23日 12時半手前――

――生徒会室――

 

 トレーナー君が出て行ってから、お弁当を食べようとデスクを片付けている。すると先に応接ソファーに座っているエアグルーヴから、突き刺すような視線が飛んでくる。

 

「会長。今週は阪神での試走ですよね? 少し休まれてはいかがですか」

「だからこそ今こなしているんだよ。理解してくれ」

「そんなことを言っていると、またあの方から雷を落とされても知らないですよ」

「それは困ったな――なら、内緒にしててくれ」

 

 デスクを片付け終わりお弁当を取り出して応接ソファーへ。エアグルーヴたちの対面に座りながら私は眉を下げて茶化して誤魔化そうとした。だがエアグルーヴは首を振って眉をしかめる。

 

「茶目っ気を混ぜたら許されると思わないでください」

「むむ。やはりダメか」

 

 私とエアグルーヴがいつも通りのやり取りをしている中、ブライアンは黙ってスマートフォンを操作して何かを見ていた。そして何か見つけたのか大きく耳が動いた。

 

「ブライアン、そんなに驚いてどうした?」

「――アンタのトレーナー君がネットに流れてる」

「ふむ? 彼女に取材が来た覚えはないのだが」

 

 と言うとブライアンは無言でスマートフォンを渡してきた。

 そこにはウマッターのGrand Trainer認定員会公式のアカウントがあり、そこで今年の試験のCM映像にトレーナー君が映っている。

 

 その映像は最終試験の実技試験のひとつ――音楽の項目のLyre(竪琴)による演奏だった。画面の中の彼女はゆっくりとスポットライトを浴びステージに上がる。白いAラインのシンプルなドレスを着用して髪を結った彼女が、試験官の前で演奏するそれは、優雅でそれでいてどこか儚げがあり心を揺さぶるものがある。その音色に聞き入っている我々に沈黙が流れるほどの実力だった。聞いているとどんどん引き込まれていくような、そんな音色だった。

 

「本当に何でもできる方なんですね。ここまで見事な演奏を他の技能と並行して身に付けて10代半ばでこなすとは」

「そうだな。何もかもが規格外過ぎて驚くことが普通になってしまったよ」

 

 しかもひとり目の担当で米国4冠、ふたり目である私が凱旋門とキングジョージ制覇。そして国内クラシック無敗の3冠。そんな順調なトレーナー人生を歩む彼女は我が世の春の真っただ中だろう。いや、それは間違いか常春かもしれない――。

 

"――しかし、これだけ見事ならば、目の前で演奏してもらいたいものだな――"

 

 音楽が好きな私にとっての楽しみがまた増えた。後で時間を作って演奏してもらおうと考えている、私の耳と尾が機嫌よく動いてしまう。

 

 ふとエアグルーヴが飲み物を冷蔵庫へ取り出しに離席したところ、彼女はピタリと大窓の近くで止まった。

 

「珍しい組み合わせのですが、あれは――」

「おや? どうしたんだ?」

 

 エアグルーヴが何を見ているのか気になったブライアンは、大窓の方へ近づいていく。私も近づきそれを眺める。

 

 すると――。

 

「シリウス先輩がお嬢様へちょっかいをかけていますね」

「珍し組み合わせだが、ちょっと表情が物々しいな」

 

 耳を澄ませて外の音を拾う。

 どうやら同じくキングジョージに挑戦するシリウスへ、トレーナー君が情報を与えたことを、シリウスは侮っていると思って怒っているようだった。

 それに対し契約を理由に正面衝突を回避し、そのまま動向を見守っていると――。

 

『――目に見えるものだけが真実だと、そう思いですか?』

 

 そういったトレーナー君の発言に、耳が大きく反応した。それは彼女の絶大な記憶に関する事に対しての事なのか、それとももっと深い意味なのか。

 

 なんとなくその言葉が違和感として残る。

 彼女はもしかしたら、通常の発想ではもっと想像の付かない存在なのかもしれない。そうザワザワとした胸騒ぎが胸の中に残る。

 

 今までにもトレーナー君は時々年相応らしからぬ風格を纏っている時がある。これは完全な想像だが、彼女には――まだ私に話していないことがあるのかもしれない。

 

 そのまま彼女たちの語らいに興味があるので立ち聞きしている。するとシリウスは何故自分と私の中が良いと、トレーナー君がそう思うのか問いただしていた。すると、どうやらシリウスは私の事を完全に嫌っている訳ではない。という事について核心が見られた。

 

 それが何だか嬉しく思った。大切な幼馴染に嫌われてしまったかもしれないと、心の奥底で思っていたから。その安心の後、若干距離が近い彼女たちに、チリチリとした気持ちが湧く。この所好奇心をはじめ、色々と私を満たしてくれるトレーナー君と、満足に話せていないからだろうか?

 

 誰とでも気兼ねなく話せる、スキンシップが取れるシリウスの立場がなんとなく羨ましかった。

 

「――野次ウマ娘も集まって来たな」

「早く行ってきたほうがいいんじゃないんですか? 休憩にもなるでしょうし。14時まで外に行ってきてください」

 

 そしてエアグルーヴがジト目で此方を見つめている。

 今しがた考えていたことが顔に出ていたのだろうか? 完全に私の考えてることを察した彼女は、生徒会室から追い出しにかかっている。ガス抜きをしてこいと言う事なのか。

 

 そんなに態度に出ていたかと疑問に思いながらも思案していると。

 

「いま反撃したな。相変わらず肝が据わっているというか――」

「手元を見ずにケーキを素早く取り出して押し込むとは、中々器用というか何というか」

「とおもったら綺麗にやり返されたな」

 

 その光景に思わず目を丸くした。

 なんとトレーナー君にイタズラを仕掛けたシリウスは、ケーキを掴んだ手ごと引っ張りこんで食べさせて貰う形となっている。

 

 当然びっくりしてるトレーナー君。私もそんなイタズラを仕掛けるほど、シリウスが彼女に対して態度が柔らかい事に驚いた。思わず目を丸くしていると、シリウスはこちらを見てにやりと笑った。

 

"――なるほど。これはしてやられたな――"

 

 結局志の行き先が似るシリウスも、何だかんだいいながらトレーナーという教職としての使命、その深い優しさや一生懸命さに魅かれるのだろう。そしてついトレーナー君にちょっかいをかけたり、意地悪したくなってしまうのだろうなと。

 

 ああ、いつまでも心の奥は変わらないんだろうな。私たちは――。

 

「ふたりとも、迷惑でなければ14時まで休憩してきてもいいか?」

「問題ない。――たくさん食べて眠いから寝てくる」

「ブライアン寝過ごすなよ? ええ。いってらっしゃいませ。私も後輩とお茶してきます」

 

 私たちはそれぞれ生徒会長室を出て、各々休憩に入る。お弁当を片手に校舎を出て、楽しそうにじゃれ合っているテイオーとトレーナー君に声をかけた――。

 

   ◇  ◇  ◆  ◇  ◇

――20××年+2 5月25日 16時40分ごろ――

――宝塚市 阪神レース場――

 

「実際のレース場で練習できるなんてすっごい!」

 

 スタンド側からルドルフが今日の開催が終わった阪神で、バ場を確認したり走ったりしているのをトウカイテイオーと一緒に眺めている。

 

 柵につかまって尻尾を振り、嬉しそうにテイオーは瞳を輝かせていた。

 

「ええ。バ場の状態も確認できますし、阪神は未経験ですからいい経験になりますね」

「うんうん! でも、足元の状態がかなり悪い。カイチョ―大丈夫かな?」

 

 不安げにテイオーは私を見上げる。

 内心あの不可解な悪夢に重なるが、私はその気持ちを隠してテイオーの頭を撫でながら穏やかな笑みを浮かべた。

 

「蹄鉄も靴も調整して、転倒に留意するようお願いしてます。きっと大丈夫ですよ」

 

 もし来るとしたら今日だろう。あれはレース中じゃない。

 あの夢がまた正夢なら今日の実走トレーニングだ。

 

 コースに潜むジャバウォックがルドルフを飲み込まない様、私は祈る気持ちを隠してバ場を走るルドルフを見つめる――。

 

 そしてあの悪夢でアクシデントがあった個所へルドルフは残り2ハロン、残り1ハロンと近づいてきた。

 

 鼓動が激しくなる。喉も乾く。

 そのたった25秒前後の時間がとても長く思えるくらいに。

 

 

 

 

 そして――。

 

「――!」

 

 

 

 

 

 

 

 超えた――! 超えられた!

 

 ルドルフは外目に進路をとって荒れたバ場を回避して走った!

 その結果アクシデントは起きず、わたしはそっと胸をなでおろす。

 

 ゴールの所まで走って確認を終えたルドルフはこちらに戻ってきた。スタンド側の柵越しにドリンクボトルやタオルなどを差し入れる。彼女はありがとうと言ってそれを受け取る。

 

「君が言う通り芝の綺麗な部分を走ったほうがよさそうだ。あれではさすがの私でも危ういね」

「やはりですか。コースデータも取り終えたし、ホテルに帰ったら分析ですね」

「あ、それボクも見てもいい?」

「構わないよ。いいね? トレーナー君」

「ええ。単なる作戦会議だけど、勉強になると思うから」

「わーい! やったぁ!」

 

 ぴょんぴょんと大はしゃぎするテイオーに、ルドルフは『ちゃんと大人しくしているんだぞ?』と言い聞かせている。

 

「さて。上がる準備をして帰ろうか?」

「そうですね。お夕食はどうします?」

「折角だ。街中で食べよう。出来たらそうだな、"お好み焼き"はどうだ? これならふたりの"お好み"にも合わせられるだろう?」

 

 ダジャレも出て絶好調の様子。ご機嫌なルドルフとは裏腹に、ルドルフのダジャレがどうやら苦手らしいテイオーは若干引き気味だった。

 

「ふふっ、わかりました。手配しておきますね」

「カイチョ―。またダジャレぇ?」

「ああ。出来がいいだろう?」

 

 そうやっていつも通りのやり取りをして、借りた控室でルドルフに手入れをする。

 そして私たちは荷物を預け、夕食を取り終えて満足してホテルに帰るだけとなった――。

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◆  ◇

 

――20××年+2 5月25日 20時ごろ――

――大阪市某所――

 

「お腹いっぱい! ごちそうさまお姉さん!」

「いえいえ。評判通り美味しかったですね」

「そうだな。Horsebookにいいダジャレネタも投降できたし」

 

 宿泊先である大阪市内で予約したお好み焼き屋さんのお店は、自分たちで具材を追加して焼くタイプのお店だった。ルドルフは焼きあがったお好み焼きの写真を載せ『お好み焼きはどんな具材がお好みかな?』と、余程気に入ったのかあのダジャレを書き込んでいた。

 

 ウイニングチケットからニンジン! と真っ先にコメントがついており、他にも普段私やルドルフとかかわりのある子達が色々書き込んでいた。それを見てルドルフは嬉しそうにしていたのが私も嬉しかった。

 

 ルドルフの理想を体現するまでの孤独が少しでも和らいでほしいから。

 

 今現在は宿泊先へ向けて徒歩で移動中。その途中、空をふと見上げた。

 夏に近づき日が長くなりつつあるものの、春の空はとっくに濃紺に染まっている。その空へ街の明かりがぼんやりとした白を紺に零し、都会の空気を纏っていた。

 

 そして進行方向頭上の歩道橋の周りには、何だか足場が組まれている。工事看板を見ると塗装と掃除が理由のようだった。

 

 その下を通り抜けようとした時、何か頭上で音がした様な気がして上を向いた。

 

 何かが落下してくるのだけ、

 

 

 スローモーションに感じた――。私はとっさにテイオーだけ突き飛ばし、間に合わないが回避だけ取ろうとした。ふたりは無事だ。多分大丈夫。

 

 走マ灯のように流れる時間の中、ふとある事を思い出した。

 

 こんな時なのに――私、誰かをあの時庇って死んだんだと。目の前に飛んで来た子供をみて、自分をクッションにして。

 

 でもあの時のように今死ぬわけにはいかない。必死で迫る生命の危機から逃れようと、ゆっくりとした時間間隔の中身体を動かし身をよじる。

 

 そしてなんと気付いたルドルフがなんとこっちに引き返してくる。

 

「来ないで!」

 

 そう叫んだのに私の手を引っ張って、助けようとするルドルフ。

 

 そこで大きな音が響き、私は痛みで意識を失った――!

 

 

  ◇  ◇  ◇  ◆  ◇

 

――20××年 6月13日 午後17時――

――個別トレーナー室――

 

 あることが原因で、ここ何日も眠れていない――。

 こたつ布団を片付けた上がり畳のテーブルの上には、『ルドルフ引退か!?』という見出しの新聞。

 ある程度中を見てから、それを見ないように隅っこに片づけて必死に文献を漁る。

 

 事故の所為で私は左肩を亜脱臼。テイオーは受け身を取って無事。ルドルフも軽い左肩の打撲だけだった。

 

 だがメディカルチェックの結果、ルドルフは何の異常もないはずなのに、謎の筋肉痛を訴えている。いくら調べてもその理由が皆目見当もつかづ、いろいろと試しているが効果がない。今手持ちの科学のカートはすべて打ち尽くし手を打ち尽くした。

 

 だけどそれを嘲笑うかのように、謎の筋肉痛の原因は一切特定できなかった。

 

 そのためルドルフは体調不良のため宝塚記念は欠場。

 

 ジャバウォックは私たちを逃がしてはくれなかった。治療がうまく行かないため、引退騒動まで起きている。

 

 もう泣きたい気持ちでいっぱい。だけどルドルフはもっと苦しんでる。あんなに憔悴しきった彼女をどうにか助けなきゃいけない。私以上に落ち込んでいるルドルフの為にも、今頑張らなきゃいけない。

 

 ベソベソな本音のような曇り空からは、霧のような雨が降り注いでいた。

 

 泣いている場合じゃない……。

 

 学園の敷地の外にある病院でさらに詳しく調べようと、タブレットを閉じ棚に仕舞いスマホだけ持って移動準備をする。ガラスに映った自分の顔には酷いクマが浮かんでいた。

 

 疲労感の漂う現実を無視するように首を振り、フラフラと立ち上がり外に出る。

 傘もさすのも面倒で、雨の中を幽鬼のように身体を引きずり歩く。

 

「――」

 

 誰かが声をかけた気がしたけど、心に反応する余裕なんてなかった。するとぐっと痛くないように脇から支えられて抱えられた気がした。

 

「ルドルフだけじゃなくてアンタまで倒れる気か! しっかりしろ!」

 

 私を覗き込んでいる顔は――ルドルフに似た色? でもちょっとつり目――ああ、シリウスかとぼんやり思っていると頬を軽く叩かれて、いつの間にか保健室まで担がれてタオルで拭かれて、ベッドに座らされていた。

 

「とりあえず飲め」

 

 目の前に差し出されたのはコーンポタージュ缶。ぼーっとそれを見つめているも、少し飲む。

 

「まったく。外が野次ウマだらけになる位アンタは慕われてんだから、もう少し身体を大事にしろ。たづなさんにブチ切れられるぞ。つか、ルドルフもアンタも、本当にそう言う所がそっくりで、お似合い過ぎて呆れる」

「……」

「――いつもみたいに反論してこいよ。って、できるわけないか」

 

 心なしかシリウスは少し哀しそうだった。いつも私をからかってばっかりしてくるのに。

 

「ルドルフの容態。そんなに治せないのか?」

「――打つ手は打ちました。だけど全く治らない上に、原因が分からないんですよ。だから、探さなきゃ――」

 

 少し元気が出て、コーンポタージュを飲み干してベッドを降りようとすると、シリウスに押し戻されかける。

 

「落ち着け!」

「だって私の所為だもの! 落ち着けるわけがないじゃない!!」

「アレは偶然の重なった事故だろうが! アンタの所為じゃない!」

 

 私がもっとうまく逃げてたら、私の判断が間違ってなかったら! ルドルフは今頃違った結果を歩んでいた。きっとそうだと私の心は限界だった。

 

「皇帝サマとしてじゃなく、ルドルフにとってアンタは大切なんだ。もっと自分を大事にしろ。――大切な幼馴染の居場所になれた、アンタなんだから」

 

 ボロボロと我慢していたはずの涙が落ちる。その時だった。でっかいズタ袋を抱えたゴールドシップが、保健室にバンっと勢いよくドアを開けて入ってきた。

 

「確保してきたぞっと! ゴルシちゃんからのお届け物だーい!」

「何をするんだゴールドシップ!」

 

 私が押し込められたベッドの端に、ズタ袋が下ろされルドルフが中から出て来た。しかもめちゃくちゃ怒ってる。だけど私の状態を見てルドルフは顔面蒼白になった。

 

「っ――なんで君までボロボロになってるんだ!」

「……探し続けてて。どうしても眠れなくて」

「必ず眠らないといけない体質で、そんな無茶をしないでくれ」

 

 ルドルフは悲しそうな顔をしたあと、ぎゅっと震える私を私を抱きしめていた。

 

「責任を感じているのかもしれないが、アレは君の所為じゃない。もし助けなければ足場の直撃で君は死んでたかもしれない。テイオーだって無傷で済まなかったかもしれない。君が生きていてくれて、私はよかったよ」

 

 私は何て返したらいいかわからず、ただされるがままに撫でられていた。

 

「ったく。おい、いちゃついてる間に助っ人がくるぞ」

「――助っ人とは?」

 

 ルドルフが首をかしげる。するとバツが悪そうにシリウスは視線を逸らした。

 

「まあすぐ来る」

 

 そしてその直後。

 

 カラカラと保健室の窓が開いて、挙動不審な人物が私たちのいる室内に入ってきた。

 

 

 

 

「ワォ~あんし――って全然安心じゃない!? ちょっとちょっと大丈夫なの!?」

 

 その不審者はずずいと私の方へ近寄ってきた。その人物は――。

 

 

 

「でも、あたしが来たからにはもう大丈夫! この天才笹針師! 安心沢刺々美がいるからね☆」

 

 と、ハリを取り出してニコリと笑った――。

 

「――大丈夫なんですか……」

「元気ないけど平常運転なのね~あなた」

 

 と、大笑いしている安心沢だった。彼女は何故か施術の準備をしている。

 

「昔病弱だったヤツら曰く、コイツの師匠は笹針師として有名らしい。で、そいつら全員アンタに夏合宿でも世話になった貸しを返しに、方々探し回ったわけだ。それでこの弟子が派遣されてきた。キングジョージの貸しはコレで治ったらチャラだぞ?」

「でも伝説の笹針師の弟子だろ? 大丈夫なのかこの怪しいの……」

 

 目が横線のように細くなったゴールドシップは、怪しむ様に首をかしげて安心沢を見つめる。

 

「ふふ、それがお嬢様がHorsebookで私が肩こりを治したのを取りあげてくれたおかげで、あたしはちゃんと師匠に修行を付けてもらえたの。だからもうひとり立ちは済ませてるわ」

「なるほどな。――ダメで元々だ。やってくれ。トレーナー君もそれでいいかい?」

 

 笹針に代わる原理の治療はすでに試した。だけど全くもって改善されることもなくといったところだが、ウマ娘の治療は時々古典的な手法の方が予後や治療経過が何故かよかったりすることがある。

 

 まるでそれが既定路線だったかのように――。

 

「お願いします――伝説の笹針師さん」

 

 これがルドルフの未来へ繋がりますように。私は祈る気持ちでそう言葉を紡ぐ。

 

 ササミはニッコリ笑って。

 

「まかせて!」

 

 と腕まくりしてはりきって見せた。

 

 ルドルフはカーテンで囲った隣のベッドに移り、安心沢の治療を受けるための準備をし始める。

 そして程なく数分後――!

 

『――っ!?』

 

 私と同じく痛みをこらえている声がした――。そして……!

 

『――……痛みが……引いた! ありがとう安心沢さん! トレーナー君! 成功だ!』

 

 ルドルフは急いで着替えると、私の方へと飛びついてきた。私は奇跡を目の当たりにして嬉し涙を零すも、何を行ったらいいかなんてわかんなかった。

 

 

「ふふっ! こうも上手くいくと最高ね! さ、次はあなたよ?」

 

 と、泣いている私にハンカチを安心沢は差出し、そのまま隣に誘導してブスっと一発。成功して私の方もちょっと肩が軽くなった。

 

 

 

 そしてこの翌日――。

 

 各社揃ってルドルフ、奇跡の復活を報じると共に、安心沢は次世代の伝説の笹針師として世の中を席巻していくことに。

 

 明けないかもしれない私たちの心の夜に、朝が来た――。




暗い展開なので悩みました。

次回、第2回英国遠征編!

吉報1985年のキングジョージのプログラム手に入れました。
再現性が上がるかも?
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