ルドルフ視点からはじまり
◇◆◇から◇◇◆がシリウス視点
◇◇◆からはルドルフ視点です
それではどうぞ!
モノクロのあの空間に私はまた来ていた――。
今回はトランプのような観客の影もない。ただ、アスコットレース場のスタンドが閑散と広がっているだけ。
そこを何となく歩き、辺りを見回す。すると最初は誰も居なかった空間に、見覚えがあるようでないようなウマ娘の黒い影がそこに居た。
その影はもやのような煙を立てながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
何となくだけどそのウマ娘は、多分以前キングジョージの夢を見た際にファンの期待に応えようと、病み上りの身体をおして出場して戦ったあのウマ娘だろう。
その正体は寝物語に両親に聞かされていたウマ娘だ――。
近づいてきたその影は私にレースプログラムを渡してきた。お礼を言いそれを受け取り開くも、案の定謎の文字が時々
「ありがたいが、この文字を私は読めないんだ」
私がそう伝えると、その影は右手でプログラムを開き文字をその手でなぞる。
すると、14番シリウスシンボリ。ゲート番号13という文字が浮かんだ。だが15名いる選手の中に私の名前はなく、首をかしげているともう一度その影は文字をなぞる。
なぞられたプログラムに項目が追記され16番目の名が追記された。
そこに16番シンボリルドルフ――ゲート番号14と表記される。
「また大外か。――全く、大外枠からの愛が重くて困ってしまうよ」
呆れたように笑うと、その影は困ったように肩をすくめくすくすと笑った気がした。
"――貴女なら出来ますよ。だって貴女はわたくしの××を叶えたのだから――"
私は目を見開いた。何故ならはじめてこの空間で出会う存在が口をきいたのだから。
"――××からの贈りモノを、手放さないように――"
その影は笑って片手で私の肩を小突くと、空間はパッと光に包まれた。
"――シリウスとも、仲良くね――"
するとけたたましく赤い目覚ましが鳴り響く。目を固く閉じた私は手探りでそれを止めるも、まだ目がシパシパする。寝起きで気分がすぐれないため、耳を伏せ掛け布団へと潜り込む。
一体あの夢は何なのだろうと、はっきりしない思考の中考えを巡らすも、何も思い付かなかった――。
◆ ◇ ◇
――20××年+2 6月30日――
――日本時間 22時 オルドゥーズ財閥専用機内――
私がジャージにTシャツといったラフな格好で、ソファーへ深く腰掛け本を読み寛いでいる。すると視界の端からトスっという音が定期的に響く。音の方向では同じような格好をしたシリウスが設置されていたダーツ台を使って退屈しのぎをしていた。
「ロンドン名物とされる霧に見送られ日本を発ったが、今年のアスコットはどんな風になると思う?」
「水とは縁がない堅い地面だと思いますよ。春先は去年と同じです。コンディションは堅良以上ハード未満が予想されます」
「となるとシリウスを堅い地面に慣らしておいたのは正解か。しかし、荒れ地で走る方法を学ぶため、旧第3グラウンドだけでなく、河川敷や土手で練習する程あちらのバ場はハードなのかしら?」
「ええ。日本のレース場は整えられたコーストラックによるレースと例えるなら、イギリスのレースは伝統的なオフロードレースですから」
少し離れた所にあるシンプルながら素材の良いソファー&テーブルで、シリウスのトレーナーである東条トレーナーとトレーナー君は資料を広げながら作戦会議をしている。
「なるほど。なら私達にも靴を提供してくれるのはありがたい。けど、それは貴女にとって不利では?」
「いいえ。デメリットは全くありません」
トレーナー君の横顔は軽く眉を上げてにこりと笑みを浮かべた。そして白ベースの中央へ緑色の帯、端に金の細工が施されたティーカップを優雅に持ち上げ一口紅茶を飲んだ。大胆不敵なトレーナー君の態度に、不思議そうな顔をしている東条トレーナーが見える。
「それはスポンサーとして平等にという事かしら?」
「そうです。先輩、最悪なのはどちらも負けて帰ったり、高速バ場で選手が大けがをすることです。日本のファンにキングジョージの勝利を持ち帰る。これがスポンサーとしての私の最大のミッションかと。勿論こちらも負ける気はありませんよ」
静かにカップをソーサーに置き、それを優雅な動作でテーブルへと戻すトレーナー君。彼女は前々からシリウスの挑戦するキングジョージについて私に相談していた。
このままいけばきっと怪我をするだろうと――。
心配だった我々は東条トレーナーと打ち合わせ今まで調整してきた。
去年のように旧第3グラウンドでタイキシャトル、マルゼンスキーを交えて並走したり、河川敷の土手でトレーナー君の特技である、対荒れ地走法を見せ、徹底的に慣らしたりと最善を尽くした。
荒れ地だと自分より速く走るトレーナー君にシリウスは面食らって苦戦していた。しかし、私同様負けず嫌いもありそれを最終的に取得。ボコボコの路面コンディションの中を、スイスイ逃げていたトレーナー君をちゃんと捉えきれるようになった。
「そう。ならお言葉に甘えて遠慮なく聞かせて貰うわ。参考までに貴女の展開予想は?」
「おそらくラビットは2名。成績的にペリドットとポーンのふたりかなと。そしてバ場が硬いなら欧州勢は私達が有利だと思うでしょう。去年より早く飛ばし、バテ試合に持ち込む。去年も相当早かったので、今年もレコード想定でペースを組まないと、最後に追いつけなくなると思います。中団待機は前に居る子達よりも瞬発力が優れていないと厳しいので、シニア級入り混じるこの状況でクラシック級のウマ娘でその戦法はしないほうがベターかなと」
次走のレースの通称はキングジョージ――。
全体はおにぎり型のコースで、スタートから最初のコーナーまでを下り、コーナーを抜ければゴールまで全て登り坂という地獄。
最初に位置取りを失敗すると大きく響く上に、上り坂が長いためあまり後ろに控えているとバテて追いつけなくなる。幅広の葉を持ち剝がれやすい芝が生い茂り、雨が降れば極度のぬかるみ、乾けばコンクリートのような、石灰質交じりのバ場が過酷な上に状況判断が非常に難しいコースだ。
しかもペースメーカー、ラビットという存在がヨーロッパのレースには必ずいる。日本のようにペースに
欧州のレースというものは駆け引きだけでなく、私たちの真っ向勝負を期待しているというわけだ。
「なるほど――となると内側に居るのはやはり危険なのね。見かけは中距離戦だが、実質的には超長距離戦並みのハードレースといったところ?」
「その通りです。あちらの荒れ地を走る脚づくりは完了していますよね? ニューマーケットではウッドチップではなく、実際に丘陵を並走し体力をさらに伸ばしていきませんか?」
トレーナー君の提案は妥当だろう。日本で作った体力を更に伸ばさなければ、攻略は現実的ではなくなる。いまのシリウスの体力では最終直線半ばまでが、全力を出せるギリギリといったところだろうから。
去年の私ですら勝てたかどうかもわからず意識が飛び、バテて倒れた。
そんなにも過酷なレースだから――。
「それがいいでしょうね。そうしましょう。しかし、本当に遠征に慣れているわね」
「あはは……前の子が強烈だったもので」
「というと? どういうこと? 確かに貴女の前に担当したディーネは、1か月にこなせるローテとは思えない位過酷なスケジュールだったけれど」
「あれ。実は勝手にディーネが入れて。私を抱えて勝手に各地を巡ってたんです。止めても全く聞いてくれないし、最後の年以外学園に帰っていた時のほうが少なかったかもしれません」
ディーネはトレーナー君を連れて文字通り大航海時代のように、レース場からレース場を転々としながらずっと戦い続けていたそうだ。頑丈なディーネはレースが終われば勝手に次に出たいレースの出走届を出し、そのサポートを必死でトレーナー君は行った。
問答無用で次のレース場に向かうべく、ディーネの小脇に抱えられる日々だったと。生徒会の仕事もほぼ遠隔で行い、間に合わないと自分まで手伝わされていたと。そうトレーナー君は私にごちっていた時があった。
その様子を想像するとむくれたり、文句を言いつつも、ディーネと楽しそうに全米のレース場と学園を巡る楽しそうな日々。なんだか羨ましいなと思える距離感だが、今の私と彼女もそれに近い関係になりつつある。
最初は従順なだけだったが、喧嘩もすれば小言もいう、徐々に感情のバリエーションが増え豊かになる表情と明かされる彼女の秘密。本当に色々あったし、なんだか最近の事なのに懐かしくなった。
私は話し合いが終わりそうなので、簡易給湯室へ赴き電子レンジであるものを温め始める。ついでにウーロン茶のボトルを取り出し、コップに4つ入れて準備する。
そして電子レンジの音が鳴る。開けた瞬間いい香りが立ち昇る。この香りで恐らくトレーナー君は、私が何をしているかきっと気付くだろう。きっと目をキラキラさせて待っているんじゃないかと思いながら、温めたそれと飲み物をお盆に乗せて持って行く。
するとトレーナー君は、キラキラとした瞳で此方を見つめている。これではどちらが世話を焼いているのかわからないなと、ふと口元に笑みが零れ落ちた。
「トレーナー君、お疲れ様。皆そろそろ小腹が空いているんじゃないかと思って持ってきたよ?」
「わー! これ私が大好きな大阪の豚まんじゃないですか!」
「ふふ。この前君が食べたいって言っていたのを聞いていたからね? 通販で買える冷凍品いくつか持ってきておいたんだ」
目の前にいるこの無邪気なトレーナーは、人類全てを凌駕しているかもしれない存在だ。それなのにこんなにも余裕があり、無邪気に過ごすことができる。
柔らかい物腰やその雰囲気は私も見習うべきところがあり、それと同時にその普通で居られる彼女らしさや強さが、羨ましいとも感じてしまう。
「皇帝サマがここまでデレデレとはな」
「確かに。君からすれば意外にも思うだろうね?」
「だって豚まんですよシリウス? 美味しいからルドルフだってデレデレにもなりますよ」
「……お嬢サマは通常運転だな」
手拭きとグラスを全員分に配置しながら、ニコニコとそう答えるトレーナー君はズレた返答をシリウスに返す。どうやら頭の中がオヤツ一色のようだ。シリウスは額に手を当てて頭を抱えている。
トレーナー君からすれば、今の私の態度が普通だと思ってるのだろう。が、考え方がすれ違い、互いに頑なになってしまったシリウスからすれば、私のトレーナー君に対する態度は甘いと映る。
「シリウス。折角ですし、頂きましょう」
「ああ。そうだな」
渋々といった感じだが、シリウスは手元の最後のダーツを的に投げ、それをど真ん中に命中させてからこちらへやってきた。
こんな形でもシリウスと一緒に食事を食べるのは何年ぶりだろうか。私は内心とても嬉しかった――。
◇ ◆ ◇
――20××年+2 7月4日――
――英国時間 19時 ニューマーケットの借家――
お嬢サマ一行と同じ屋敷へ宿泊した。過保護な皇帝サマは自分のトレーナーと同じ部屋を希望していたようだが、私はひとり部屋を希望した。面倒を見ているやつらに泣き付かれて電話に出た時に、トレーナーの迷惑になる。トレーナーは複数の担当を抱えているし、互いに起床就寝時間がバラバラ。だからひとりのほうが気楽だった。
その部屋は2階の出窓からイングリッシュガーデンを見下ろせる、シンプルで木のぬくもりが感じられる部屋だった。まるでウサギの絵本に出てくるような、そんなメルヘンで優雅な一室だ。
隣の部屋に泊まっている自分のトレーナーは今日はいない。何やら用事とやらでロンドンの方に出向いているようだ。明日の夕方には帰ってくるらしい。
そんな中の私はというと、うたた寝した際に見た不吉な夢の所為で眠れなかった――。
夢の中のレースで私は絶望を味わった。遠ざかる栄光、届かぬ先頭、全てに打ちのめされる自分の姿。それはまるで、私がアイツに感じるものよりももっと濃い感情だ。
互いが子どものころにルドルフに会ったとき、アイツは誰より優秀で、追い付ける気がしなかった。
誰より才能があり、誰より強く、自由を謳歌していた。
ダンスを一緒に踊ったのをきっかけに、幼い私はアイツに憧れた。
だけどアイツは周りの心配なんかお構いなしに、自由を捨て、自分から孤高を貫きはじめる。
友達としてきちんと話聞いてとどまってくれると信じていた。だけどアイツは選んだのは皇帝サマとしての自分だった。
あの時私の手を振り払ったのはお前の癖に――! 今さらヘラヘラ仲良くなんてされても、腹が立つだけだった。
そんなアイツがルドルフへ戻る時を最近見かけた。それを向ける相手は皇帝サマのエゴで連れてこられた、学園の筆頭スポンサーの娘かつ、本人も相当な実力で有名な半人半バだった。
ルドルフとして本音で不安を告げ、それに真剣に答えるお嬢サマの姿をみて、なんとなく寂しさとあの頃のアイツがいた安心感が入り交じった。そんな自分が未練がましくみえて、なんだか嫌だった。
お嬢サマの事は今でこそ小生意気だと思う事はあるが、当時の印象はいい方だった。癖が強すぎて見捨てられてもおかしくないウマ娘の手を取り、初任のウマ娘でひとつの国の天下を取り落第寸前のウマ娘を英雄へと押し上げた。
噂では外ラチに膨らむ癖を治すために、自分の命を天秤にかけるという無謀をしてまで生徒に尽くしたという。
アイツが少しは見習ってくれればいいなと思っていた。
猫かぶりがわかっても心底嫌いになれなくなったのは、中山の売店での出来事だった。皐月賞当日に心ない悪口を言われ、一瞬悲しい顔をしていたのに気付いたから。その内容は耳を塞ぎたくなるほどの悪意に満ち、散々な言われようだった。
どちらかというと金はあってもお嬢サマは持たざる存在だ。だけど、曲がらずあんなにも笑い、惜しみなく思いやりを与えられるのだろうと。そう言う所は私としても好ましかった――。あんな金持ちばっかりだったら、この世の不幸はもっと減るだろうなと。
ルドルフがお嬢サマに惹かれた理由がわかる。孤高のアイツにとっての手本が見つかり、いつか辿り着きたい境地というだけでないんだろう。あれなら、誰もが憧れる――夜空に浮かぶ満ちた月だから。
"――だからからかいたくなる。何故だろうか、昔を思い出して懐かしいからだろうか? 自由だった頃のアイツに重なるからだろうか――"
悪夢ごとその戯言を振り払うように首を振って髪をかき上げる――。
水でも飲んでこよう――。
そう思ってベッドから降りて、1階にあるキッチンへ向かう。廊下は時々きしみ、年月を感じさせる木の音を立てている。
月明かりに照らされた室内を通り、黒猫を連れた魔女が宅急便をする映画の劇中で、パイづくりをしたキッチンのような内装のそこにつく――。
適当に水切り籠からコップをひとつとる。片手で冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったボトルを取り出し、コップに注ぎ一気に飲み干す。月明りのみ差す青い室内は静まりかえり、私の喉を潤す音だけが深々と響いているようだった。
気持ちを切り替えるために寝よう。そう思って来た廊下から――。
――ボテッ
何かが盛大に転んだ音がした。
「……」
自分のトレーナーじゃあり得ない。皇帝サマもない。なら――。
『いたた……』
予想通り白いワンピースのようなナイトウェアワンピース姿のお嬢サマがすっ転んでいた。暗闇にエメラルドの瞳とカササギの羽を思わせる、青い光を放つ黒髪が月明りに反射していた。間違いない。
「明かりも点けずに何してるんだよ……」
「いやー! みられた! やだもう」
近寄って声をかけると、転んだのを見られてぶわっと泣きそうな顔をした。お嬢様に『とりあえず落ち着け』といって手を差し出して立たせてやる。
「ったく。アンタは間抜けなんだから電気をちゃんとつけろ」
「すみません……気分的になんとなく……」
「ったく。その気持ちはわかるが、怪我したらアイツも心配するだろう? というか、こんな夜中にコソコソと何してた?」
首を傾げた後、お嬢サマはこう答えた。
「うーん。考えすぎて頭が重いから、ちょっと完全防音室で楽器でも弾こうかなと思いまして」
音楽には脳を落ち着ける効果があるという。そう言えば滅多にひと前で奏でることはないという、お嬢サマの楽器演奏の腕前は相当だと聞いた。私も落ち着くのにはちょうどいいだろう。
「楽器なんか弾けるんだな。木登りするようなお嬢サマが」
「ちょっと! それ関係ありますか!?」
つい最近、学園にいた時に目撃した出来事のこと――。
木の上にボールを飛ばした奴らがいて、それをお嬢サマが木登りして取って、生徒会3名から大目玉を食らっていたという件があった。
お転婆が過ぎるとエアグルーヴと皇帝サマに締め上げられ、逃げないようにブライアンが小脇に抱えて持っていかれる様はある意味お笑いだったがな。
「お転婆にそれが出来るのかなと? できるなら証明して見せろ」
「なっ!? むー……そこまで言うなら! やってやろうじゃないですか!」
自分から言い出すのはなんだか癪だったから、挑発して思い通りの着地点に持って行く。お嬢さまは頬を膨らませ、プウプウ文句を言うウサギのような状態になっていた。そのお嬢サマに案内されてついていくと――地下室へ通される。そこには防音設備が完備され、ダンスの練習が出来る様な鏡が貼られている。
まるで劇団が練習できるような立派なスタジオスペースの中には、休憩用のソファーとテーブルの置かれたスペースもあり、そこに座っているよう指示される。
スタジオ内の棚からお嬢サマは楽器の入っていると思われるケースを持ち出してきた。私の隣、少し離れた位置に座ったお嬢サマはケースを開けて楽器を取り出した。
中に入っていたのは通常の竪琴より弦の本数が明らかに多い代物。数えた所おそらく40本以上はある。琥珀色の上質な木で出来たそれには、オルドゥーズ財閥の紋章が装飾として掘られている。
「弦の本数が多い気がするが、特注か?」
「ええ。誕生日に作ってもらいました。リクエストはありますか?」
「そうだな、夜に合う曲で」
「――では適当に」
じっと私を一瞬見つめた後、1拍おいてから奏で始めた。
その音色は優しく、しっとりとしたゆっくりした曲調で、静かな夜を思わせる様な曲だった――。
「――」
瞳を閉じてそれに聞き入る。荒んでいた心が少しずつ落ち着いていき、静けさを取り戻していく。不安定な天候の夜空が澄み渡り、おおいぬ座のシリウスすら見える様な――満天の星空が心の中に広がっていく。
そうやって感傷を癒すために浸っていると、1曲終わったような気配の後にそのまま、また別の曲を奏で始める。これは何か言うまで弾くつもりなんだろうなと思い、瞳を開ける。
「その腕前ならケイローンのあだ名に相応しいな。ネタで覚えたのか?」
「そうですね。これならちょっとはシャレになるから。――何でもできると、その分面倒なんですよ」
「贅沢な悩みだな」
「そうですね。――ところで演奏料としてお尋ねしたいのですが」
演奏しながらお嬢サマは遠慮がちに切り込んできた。私は脚を組みながらソファーの肘宛にもたれかかりこう答えた。
「――今は気分がいいから答えてやらないこともない。なんだ?」
「私にはルドルフと貴女のやっている事の本質が同じに見えるんです。――どうしてそんなに仲が悪いんですか?」
「随分入り込んでくるが、まあアイツのトレーナーなら気になるか。長くなるぞ――」
お嬢サマに思ってることを正直に話した――。
私の心配なんかより、自分のエゴを優先したこと。そしてアイツは自己中心的で、自己満足の為ばかりに行動して、たまに周りが見えてなくてイライラするという事も。
「――そうでしたか」
「感想がそれだけかよ」
「いえ。本音を言うと怒るかなと」
竪琴を奏でるのをやめ、視線を泳がせるお嬢サマ。そう言われたら余計に気になってしまう。
「言え」
「嫌です」
「アンタが冷蔵庫で大事にしてる、有名パティシエ作のにんじんプリンを全部食べるぞ」
「やめて!!」
「じゃあ吐け」
「……おうぇー」
吐く真似をしててへぺろみたいな表情をしやがった。何故だか物凄くイラっと来るその姿に私は思わず立ち上がった。
「――キッチン行ってくる」
「やめて! あれは私のオアシスなの!! あれを食べないと明日から生きていけないの!」
「しがみ付くな! 大げさだな冗談だ!」
ハープを置いて泣き出しそうな顔をしながら、飛びかかってきたお嬢サマを引きはがす。とりあえず落ち着かせる。食べ物を引き合いに出すと危険だから、絶対にするなとルドルフに言われていたが、こういう事かと納得した。
「――似た者同士だなと。そう感じただけですよ」
「どこがだ?」
「シリウスのその感情、ルドルフと同じだよ。誰かの在るべき姿を勝手に決めて、断定するのはエゴに他ならない」
思わず毛が逆立ち、瞳を見開いて唖然とした。次に怒りでカッとなりかけたが、冷静に考えればそれは図星だった――。言われて気付いた。この感情は私のエゴだ。ルドルフ、いや、ルナに対して私は自分の考えを押し付けていた。
アイツが独りよがりで行うそれと、何ら変わりない――。
「――確かにそうだな。だから、アンタは仲直りでもしろと思うのか?」
「いいえ?」
「は?」
「生徒同士の超個人的な問題に、私が首を突っ込むわけにはいかない。聞いたのは気になっただけです。ふたりとも、誰かを思いやっているのに、どうして喧嘩ばかりするのか不思議だったから――。私は大人の中にずっといるから理解できなかったの。そう言うやり取りが」
真っすぐこちらを見つめてくるエメラルドの瞳に、私の驚いた顔が映っていた。
「納得するまで意見をぶつけ合えばいいんです。子供同士なんですから」
「アンタは時々妙に大人ぶって変な事を言うな」
「ええ、史上稀に見る"バケモノ"ですので」
手を口に当ててふふふと笑う目の前の存在は、どこか見た目以上に大人びて見えて不思議に思えた。
「強いて言うならばそうですね。夜空を公平に照らし、大地を育てる月がルドルフとしましょう。しかし、その光が届かない影が必ずできてしまう。シリウスは夜空に輝く1等星、自ら輝き光が届かない場所から、地上の方々を見上げさせるカリスマ性がある。導き方が別なだけで、貴女達の行きつく先はきっと同じでしょう。お互いが思うようにやれば、結果損をする方は誰も居ない。それだけは、何があっても忘れないでください。貴女は貴女らしく、ルドルフはルドルフらしく。それぞれ輝いてください。それがいちスポンサーとしての願いです」
「"お嬢様"としての立場を持ち出してくるか。まあいい。筋は通ってる、忘れなきゃ覚えておいてやる」
「そりゃ先輩の担当相手のウマ娘に対し、トレーナーとして発言なんて来ませんからね? ありがとうございます。その輝きが失われないことを、私は祈っていますよ――」
それを言われた時何となく心の奥が軽くなった――。夢では才能の差を見せつけられ絶望している自分が居た。
今の自分でいいのか、今のままで自分は名前の通り、地上から見える星々で最も輝く1等星になれるのか。
そうやってどこか自問自答していた気がする。
自分のまま勝負すればいいんだ。そうだ、ここで弱気になっても何も意味がない。ここで心が折れたら、普段面倒見ているやつらはもっと希望を失うだろう。
無謀だとしても、結果がどうであれやり遂げて見せる。
それが私の示す道だ。
「わわっ!?」
私がわしゃわしゃっとお嬢様の髪の毛を撫でると、お嬢様は『何するんですかー!』と抗議の声をあげ、慌てて髪の毛を直し始める。
そろそろルドルフ辺りがお嬢様が帰ってこないのを心配して、探しに来る頃じゃないだろうか?
うざ絡みされるのも面倒だ。ここはとっとと退散しよう。
「おや? ふたりともここにいたのか」
と思ったら来やがった!
マグカップ2つに、クッキーを載せたプレートを持ってルドルフは現れた。
私が居たのは予想外過ぎたのか目を丸くしている。
「明日の打ち合わせでちょっとな」
「なるほど」
「用は終わったし私は寝る。じゃあな」
「ああ、おやすみシリウス」
「――おやすみ」
何となく素直に言いたくなくて、適当な理由を付けて寝室へと戻った。
ベッドに転がり布団に潜り込み、月明りが群青を切り抜き照らす中ゆっくりと瞳を閉じる。
心に掛かったもやが晴れた。今度またあんな夢を見ても次は頑張れるだろう――。
◇ ◇ ◆
数分戻って――。
――20××年+2 7月4日――
――英国時間 20時 借家 防音室――
トレーナー君の足音が聞こえなくなって時間が相当経った。
護衛達が騒がしくしていないので事件性はないだろう。そっと本を閉じ、白い開襟シャツに、黒のスラックス姿の私は部屋を出る。
まず彼女が一番いそうなキッチンを探すも居ない。次にリビングの窓から庭を見るも居ない。
ここまで音がしないとなると、きっと防音室だろう。
さっきまでうんうん私の隣で唸っていたし、きっとお腹もすき始めるだろう。私はキッチンへと向かった。
去年もお世話になった隣に住む大家さん、クレアさんが昼間残していったニンジンの形をしたニンジンクッキーがある。それをケースから取り出して皿に盛り、マグカップに牛乳を注いでレンジで温めてからホットミルクを作る。
こちらの夏は少し涼しい位なので、夜はこれくらいでちょうどいい。それらと手を拭くための濡らした布をプレートに乗せ携え、恐らく地下室にいるのではと当たりを付けた私はそちらへと向かう。
ドアをノックしてから開けると――。
そこにはシリウスと髪の毛をワシャワシャとされているトレーナー君がいた。その時のシリウスの顔が久しく見ない楽しそうな顔をしていて、ちょっと驚いた。
「おや? ふたりともここにいたのか」
そう声をかけるとシリウスの目が丸くなる。きっといきなり現れたと思って驚いたのだろう。
「明日の打ち合わせでちょっとな」
「なるほど」
「用は終わったし私は寝る。じゃあな」
「ああ、おやすみシリウス」
「――おやすみ」
何も言わずに戻るかと思ったら、あのシリウスが今おやすみと言っていた。そのことに驚いて振り向くも、シリウスは部屋の外へとさっさと出て行ってしまった。そしてトレーナー君は竪琴をケースに一旦仕舞って、テーブルの隅に置いた。
「まだ作業は続きそうかい?」
「ええ。21時に資料が届くはずだから、22時には寝るつもりで頑張っている所です」
「なるほど。休憩にいいと思って持ってきたんだが、食べるかい?」
「わー! ありがとうございます! いただきます!」
大喜びで飛びついているトレーナー君に続けて、『いただきます』と言って私もひと口かじる。優しくほろりと崩れるクッキーからは、にんじんの甘みが程よく伝わってくる。このクッキーなら牛乳にもよく合った味わいだ。
「去年よりも精神的に余裕があるように見えるが、君も私も変わったね」
「そりゃそうですよ。私だって成長するんですから。あ、またあれやりますか?」
「アレとは?」
「お花の冠。もしかしたらいい事があるかもしれませんよ?」
「――ああ、あれか」
去年ここを訪れた時、トレーナー君は花冠を作り私に掛けてくれた。お返しに同じものを作って被せ合う。そんな思い返すとくすぐったくなるような、まるで子供のようなやり取りをした覚えがある。
「そうだな。昼間にまたつくろう。それと庭といえば去年出会ったハリネズミ達の事も気になる。先住である彼ら彼女らにも挨拶せねばな」
「ふふふ。ハリネズミさんも元気にしてるといいですね」
トレーナー君がクッキーを食べ終え、手を拭いて満足そうな表情をしていた。
「先ほど片付けていたが、竪琴を弾いていたのか?」
「ええ。そこにシリウスさんが同席したという形ですね。また弾きましょうか?」
「それもいいが、そうだな――トレーナー君。ちょっと庭に出ないかい?」
「へ? いいですよ??」
私たちは地下室を抜け片付けるものを片付け、シンプルな外履きを手に庭に出る。
庭の上には
「本当に綺麗だ。さて、君に私はお願いがある」
「なんですか?」
「毎年毎年、何かしら用事を入れてドロワから逃げ回っている君と一曲踊りたい」
毎年何故かドロワからは逃げ回るトレーナー君。今年こそはと誘おうと思ったら、また用事を入れて逃げる。一度でいいから踊ってみたいと思ったので、外に誘い出したのだ。月明りの元、綺麗な庭を背景にというダンスに誘うには最高の雰囲気だ。
「……えー、あの、私。唯一社交ダンスだけがちょっと苦手で」
これは意外な反応が返ってきた――。思わず目を丸くしてしまう私と、気まずそうなトレーナー君。
何でもできる彼女にも、できないものがどうやらあった。それが社交ダンスとは夢にも思わなかった。通りで毎年ドロワから逃げ回るわけだと心底納得した。
「絶対的な記憶力を持つ君にも苦手なものがあるんだな」
「ええ。ひとりとかライブのダンスとかは問題なく踊れるんです。しかし、何故か社交ダンスだけは苦手でして――」
「そう言う事か。大丈夫。私が直々に手取り足取り教えるから」
「ダメ! 絶対足
「頼むよ」
トウカイテイオーがトレーナー君にお願いしている時のように、それを真似て眉を下げて頼んでみると――。
「そのショボン顔は反則ですよ。もう、テイオーの真似しましたね? ……わかりました」
「よくわかったね? テイオーのあの顔には実は私も弱くて。ふふっ決まりだね」
手を取ってトレーナー君にレッスンを始めるが、どうにも危うい。すぐに転ぶ、
「慣れてきたらこっちを向いて、もっと力を抜いて」
「うう――やっぱり怖いですよ」
「大丈夫だから」
「ほら。できるようになってきた」
「ほんとだ――」
少しずつ余裕がでてきて、ステップにアレンジを加えてもついてこれるようになった。どうやら相手を怪我させるんじゃないかという不安が、上達のブレーキになっていた様だった。
「よし、これで来年から来てくれるね?」
「へ?」
「へ? じゃない。そうだな――私が次のレースで勝てば、君は私とドロワに参加してくれ。今回の君からの褒美はそれが良い」
「どうして?」
「どうしても。今年は君が実家の行事で不参加だったためシービーと行ったが、君とも行きたい」
踊りながらそっと顔に掛かった髪をどかしてやる。反射できらりと青い光が煌めいた。
「そこまで言われるなら。でもちゃんと教えてくださいよ?」
「ああ、勿論だ。その約束は絶対だからね? 当日になって行事を入れて逃げたら」
「逃げたら?」
「
「ちょっ!?」
驚きでバランスを崩しかけるトレーナー君を上手くターンで拾い上げる。
「毎年逃げ回る君に社交ダンスを教えて欲しいと頼まれていてね。スポンサー依頼でもある。逃げないでくれよ?」
「そんなぁ! お養父さまとルドルフはグルだったんですね」
「ああ。出来たらその姿を録画して届けてほしいとも」
「うう。逃げられない」
「まあやってる内に"だんだん" "ダンス"は上手くなっていくよ」
「ヤダーこのルドルフさん! 上手いダジャレで乗せようとしてくるー!」
ふざけ合ってそして笑い合い、わきの下に手を入れて抱えてターンして下ろす。
「"ノリ"がいい君なら"ノッテ"くれるだろう?」
「さらに全身全霊のダジャレでたたみみかけて来たー! わかりましたよ。頑張りますよぅ!」
「ありがとう。ふふ、来年のドロワが楽しみだ」
「ちょっとちょっと、ルドルフ。まだ次のレースの勝敗が手前にありますよ」
「そんなの決まってるじゃないか――」
月の光に青く照らされる木々と芝がそよぐ中、私は1拍おいてゆっくり答える。
「私が勝つ――。寝物語に聞く老雄の夢を叶え、私が頂点に立つ。シービーの言葉を借りるが、1番強いと思い続けられるものが勝つ。そうだろう?」
「……そうでしたね。勝利を信じ、共に頑張りましょう」
「ああ。そして全員、ジャバウォックの潜む高速バ場を乗り越え、無事に日本へ帰ろう」
私が差し出した拳に、トレーナー君は自身の拳をこつんと当てる――。
「さあ、冷えてしまう前に戻ろうか。明日もトレーニングが待っている。歯を磨いてそろそろ寝よう」
「ええ」
月明りを背にしたトレーナー君に手を差し出す。添えられた彼女の手を握り、そっと引いて私は室内へ戻っていった――。
ちょっと仕事で精神的な余裕がなくなってきていますが。
ゆっくり連載を続けていこうと思います。
絶対に完結させます。いつもおそくてごめんなさいorz
シリウスさんの複雑な気持ちは予想です。多分大切な友達同士でこっちは心配してるのに、頑なにそっちの道にいったらそりゃ怒るだろうなと。優しくて繊細なシリウスさんなら、そう思うんじゃないかという想像の補間です。二次創作的な解釈なのでお気をつけてください。
次はキングジョージです。
シリウスにとっての因縁のレース。
結末はまだ迷っていますが、しっかり私なりに描いていきたいと思います。