IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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 大変お待たせしました! 転職で遅くなってしまい申し訳ないです。

 85年キングジョージモデル開幕です。

 開始から◆◇◇までトレーナー君視点で
 ◆◇◇~◇◆◇のレース開始~終盤がシリウス視点
 ◇◆◇から◇◇◆まで、ゴールまでがルドルフ視点
 ◇◇◆のエピローグがトレーナー君視点です

 いつも通り出走選手紹介のレースプログラムもどきです!


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 それなので今回はおまけとして……。

 史実のレープロの内容意訳から恐らくこんなんじゃないかなっていう、ウマ娘の紹介をつけてみました。ちょっとシリウスシンボリさん好きな人には、ショッパイ意訳内容でした。


【挿絵表示】


 シリウスさんの部分、原文ママです。
 当時の日本はこんな感じに扱いがちょっと小さかったんですね。前年度のルドルフも多分すっごく辛口だったんじゃないかと思います。

 馬番の仕様はウマ娘番が変わるのが嫌なのであえて無視。最後に出てくる飲食店は実際の史実で慰労会を行っており、イデオロギーとか一切ないです。

 それではどうぞ!


『宿命』The Star and The Emperor

 

 顔を洗いタオルでそれを抑えるように拭いた。

 

 窓の外からは小鳥の囀り(さえず)が聞こえる夜明け直後。朝の気配に染まった東の空が白んでゆく。

 基礎化粧品で整え、いつもよりいいスーツに着替え、バスルームを出る。

 

 2階の部屋に戻ろうとすると、赤いパジャマ姿のシリウスがタオルや化粧水などをもって、上から降りてきた。

 

「おはよう。誰かさんと違ってはやいな」

「おはようございます。ええ、遠征中はルドルフを起こすのが朝の日課になってますね」

「寝起き以外はパーフェクトなんだけどな、アイツ……」

「そうなんですよね。では、少々騒がしくなりますが……。戦ってきます」

「ウッカリアイツの寝相に巻き込まれて、あばらをへし折られるなよ?」

「そうなった時は助けて下さい」

「さあ、どうしようかな? ははは! 気が向けばな」

 

 そうやって軽口を言い合いながらすれ違う。私はシリウスが降りてきた朝日に白く染まった、深い茶色の木の階段を登る。

 

 そう、私がルドルフと同じ部屋になる理由は言うまでもない――彼女の悪癖の所為だ。

 

 童話に出てきそうな廊下を抜け、木のドアを開けて部屋の中に入る。

 起きれるようにカーテンを開けておいたのにそれは全くの無駄に終わった。

 ルドルフは光から逃れるように耳だけ布団の外に出し、完全に潜り込んでしまっていた。

 まだ起きたくない。そう言わんばかりに。

 

「……」

 

 ジャケットをまず脱いで、ソファーに掛ける。そして、腕まくりをしてそっと近寄る。

 

「起きてください」

 

 ゆさゆさと優しく揺するも、軽くむにゃむにゃという感じの寝言を放つルドルフ。

 今度は耳すら出てこないほどに潜り込むと、布団をしっかり持って()がされないようにガードし始めた。

 

「ちょっと! ルドルフ! 流石に今日はレースでしょうが!」

 

 ポンポンと軽く布団を叩いて、そう叫んでも全く動かない。

 

「もー! かくなる上は……!」

 

 こうなったらキッチンから氷を取って来て、首元にピタッと当てる物理作戦にでるしかない!

 力技に出ようとドアへ向かおうとしたその時だった――。

 

 がしっと何かに腕を掴まれる感触と、浮遊する身体は後ろに倒れる。

 そして私はやや大きめのベッドにそのまま仰向けに転がる。

 

 一瞬目を丸くしたが、その犯人は考えなくても察しが付く。すぐ左横をみると、布団から出てきた寝癖だらけのルドルフがクスクスと笑っていた。

 

「ふふ、奥の手の氷だけはやめてくれたまえ。おはようトレーナー君」

「起きてたんですね! もう、何故またこんな事を!?」

「君の驚いた顔が見たくてね。レース前は緊張するから、ちょっとした気晴しさ」

 

 そういってウサギのヌイグルミでも抱きしめるように、ぎゅっと抱き着いてくるルドルフ。

 

「全く、仕方のない方ですね――」

 

 こうなったら満足するまで、されるがままになっておくしかない。半人半バとはいえ単純なパワーならルドルフの方が圧倒的。ジタバタしたところで余計に面白がられてしまうだろう。

 

 なんというか、"皇帝"じゃない時のルドルフは、サプライズやイタズラが好きでお転婆だった。この所慣れてきてるせいで殆ど遠慮が無くなっている。

 

 その所為でルドルフが気に入っている、テイオーと似ているなと思う時が日に日に増えていた。

 

「ん? 今日のフレグランスはラベンダーかい?」

「正解。ちょっとでもリラックスしてもらおうと思いまして」

「ふむ、夏には丁度いい柔らかい香りだ。気遣いありがとう、私も温まった所だしシャワーを浴びてくるよ」

 

 どうやら抱き着いてきたのは、私を湯たんぽ代わりにして、寝起きで下がった体温を上げるためだったらしい。

 すっと起きてバスルームへと向かった――。

 

 呆れつつも私とルドルフのベッドを整え、まず玄関をあけて芝の上にその辺に投げ置かれている、新聞を数部手に取り室内へ戻る。

 

 リビングのテーブルの上に先輩達用の新聞を置いて今度はキッチンへ向かう。

 そして、ノンカフェインのハーブティーを淹れていると――。

 

「おはよう。いつも早いわね」

 

 スーツに着替え終わった東条先輩が、先程リビングに置いておいた新聞を片手に、キッチン入り口に佇んでいた。私は温めるカップをふたつ増やしつつ、東条先輩をチラリと向いた。

 

「おはようございます。先輩もいりますか?」

「折角だから頂こうかしら?」

『――私の分も欲しい』

 

 姿はないがバスルームから聞いていたのかシリウスの声が響く。どうやら彼女も(のど)が渇いていた様だ。

 

「わかりました。では用意しますね」

 

 先輩とシリウスの分のティーセットとお茶()けを用意し、それをプレートに乗せ東条先輩に手渡す。

 

「朝食は1時間後に来る手筈です。それまでゆっくり過ごされてください」

「わかったわ。じゃあお互いまた後で」 

 

 先輩がリビングに去った後、私もお茶()けの準備をする。

 お隣に住んでいる管理人さんから頂いた、ひと口アップルパイとニンジンクッキーをケースから出す。それをジャガイモの花や実があしらわれた、ティーセットの小皿へのせ部屋に戻る。

 

 するとルドルフは髪を乾かし終わっており、レトロなドレッサーの前で基本的な手入れを全て終わらせていた。

 

「ルドルフ。お茶の準備できましたよ。朝食まで休憩しましょう」

「ありがとう。さて、今朝のニュースでどこまで評価が上がったかな?」

 

 部屋の中央のソファーの前のテーブルにそれらを配置する。

 ルドルフは私の隣にいつも座りに来るので、そこに新聞を配置した。

 

 準備が終わるか終わらないかの頃になって、髪にブラシをかけ終わったルドルフはゆっくりと近づいてきた。赤ジャージズボンに『発音が"良い" "En"glish』という、微妙に伝わり辛いダジャレTシャツ姿のルドルフはソファーの右側に腰かけた。

 

 そして『ありがとう、頂くよ』といって優雅にハーブティを楽しんだ後に新聞を広げる。しばらくそれを真剣に眺めた後、彼女は満足げに頷いた。

 

「ふむ。ブラックジョークだらけの辛辣過ぎた評価よりはいいね。英国側も少しは認めてくれているといったところか」

「そうですね。去年は何というかほぼ空気扱いだった気がします」

「ああ。流石にアレはわかっているとはいえ(こた)えるよ――ところで、わたしからのあの希望はどうなった」

 

 

 優雅にニンジンクッキーを摘まみ上げ、ひとかじりしながらルドルフはそう尋ねる。

 私は持っていたティーカップをテーブルの上に置いたあと、ゆっくりと朝日に輝く深い琥珀色の毛並みのルドルフの方へと向く。

 

帯同(たいどう)ではなく、それぞれとして勝負するという話ですね。先輩もシリウスも受諾しました」

「そうか。情報開示についても問題は無いね?」

「ええ。指示通り行いました。しかし、同じ日本代表だからというのはわかりますが、どうしてここまで?」

 

 ルドルフはふとアメジストとピンクダイヤモンドの間くらいの色合いの瞳を伏せた。そして、なにか物思いにふけるように静かに答える。

 

「確かに合同チームで挑めばどちらかが勝てるだろう。しかし、――何となくだ。何となく、今回のレースは同じ条件で勝負したいんだ。私も主役、彼女も主役で勝負したい」

 

 シリウスからすれば好きでも嫌いでもない、昔憧れていた腐れ縁というのがルドルフへの評価だ。だけどルドルフにとっては、自分にはじめて気兼ねなく声をかけてきた"大切な幼馴染(おさななじみ)"。

 

 それは(たもと)を分かっても変わらない。

 

 なら私がやるべきことはこのふたりが納得のいく勝負ができるよう、環境を整えることだ。

 

「いい試合ができるといいですね」

「ああ。――食後、開催前にバ場の確認をしてからが本題だが、君は今日のレースをどう見る?」

 

 ルドルフは脚を組みなおしながら優雅にハーブティーを一口含む中、私は少しだけ『うーん』と(うな)ってから返事を返す。

 

「そうですね。14名の出走でそこまでウマ込みはないとみています。マークは5番ゲートのファインドレインボウで変更なし。ラビットはマーク先のレインボウ陣営の9番ゲートペリドット。こちらを上回る瞬発力を生かしたいレインボウ陣営としては、ペリドットが作戦として牽引するのは間違いないでしょう。ここに前に行きたがる11番のポーン。ポーンが突っ込んでくるとみると、意識はしてても自分の走りをするのが一番いいと思います」

「バテ試合となると結局はそうなるだろうな。コース取りだけ意識しておこうと思う。今回無敗のクラシック女王も出てくるが、君はどうみる?」

 

 今回英国ティアラ路線の子でとんでもないウマ娘がいる。

 無敗で日本でいう桜花賞とオークスを勝ち上がってきたウマ娘がいる。

 

 Celeritas(ケレリタース)――。

 

 その意味は光速。まるで名は体を表すに相応しいクラシック級ウマ娘だ。イギリス国内では去年極東からきたクラシック級無敗のウマ娘、シンボリルドルフに重なり大いにファン層はわいた。巷のテレビ局では連日どちらが強いかで議論されている。

 

 クラシック級で凱旋門賞を制し、シニア級では超長距離レース天皇賞春を制したシンボリルドルフは、今や国内外至る所から挑まれる側の立場となっていた。

 

「確かに強いですが、恐らくスタミナが持たないかと。シニア級相手は少し厳しいのではないでしょうか?」

「そうか。では、タイムについてはどう思う?」

「レコードクラスになるのではないでしょうか? バ場予想は昨年の"Good to Firm"(良バ場)を上回る"Firm"(堅良)。開催中止のHard手前なので、日本と比較しても相当に堅いです。脚への負担は大きくなりますが芝が掘り返されにくくなるため、下りやすく登りもグリップがとても効きます。このため3コーナーの前半1000mで1分を切る可能性もあります。ここでもし1分切ったら坂の真ん中くらいで全員急いで前に出るでしょう」

「となるとインに下手に入るのも危険か……」

 

 予想では絶対3コーナー抜けるあたりからゴチャつくはずだ。坂を上がりながら横を抜き、我も我もときっと前を取ろうとするはずである。何せ3コーナーカーブの中間点以降、全てが登り坂のキングジョージでは距離を稼がせ過ぎてもダメ、配分を間違えてもダメ、という究極のスタミナパワーレースだから。

 

 しかし、それを覆す作戦を私はすでに考えていた――。

 

「それはタイミング次第ですよ。お得意の"アレ"をここでもやってみてはいかがですか?」

「――ああ、なるほど。初心に戻れと言いたいのだね?」

「ええ、そう言う事です」

 

 私とルドルフはニコリと笑い合い。

 そして本題となる作戦を、ルドルフへと提案し始めた――。

 

 

  ◆  ◇  ◇

 

――20××年+2 7月27日 午後15時35分手前頃――

――アスコットレース場 ゲート前――

 

 草の乾く匂いと湿度のない風が容赦なく体力を奪っていく気がした。アイツと私は返しを軽めに終わらせ、互いに離れて木陰の下で涼んでいる。

 

 私が引いたゲート番号は13番。気に入らない事にその外にはアイツがいる。大外を引きやがったのに『どうやら私は大外に愛されてるね』と、枠番のくじ引き会場で余裕をかましやがった。

 

 まあ、挑戦者の私と比べて、前年度覇者かつ、世界一のレースを勝ったアイツからすれば、こんなプレッシャーは前菜程度なんだろうけど。

 

 更に理解できないのはチーム戦を放棄し、お互いに日本からの代表同士として戦おうと言い始めた事だ。

 

 どういう風の吹きまわしか、アイツは『君と対等にレースがしたい』と言って来た。その一言を聞いた時にどこが対等なんだよと言いたくなった。ずっとずっと、私の前ばかりを走ってきたのはお前だろ!

 

 その差が分からないほど――私は愚かではない!!

 

 だが、だからといって、レースを負けるつもりで走りたくない――!

 

 

 ここで勝って、ずっとお前に憧れ続けていた自分を断ち切ってしまいたい。そう思っているから。

 

 

 余裕をぶってるアイツはずっとスタンドのほうを向いていた。良く見えるウマ娘の目でスタンド側をみると、祈るような表情でお嬢様がルドルフの方を見ていた。

 

 去年レース後にルドルフが倒れた事もあって、きっと心配しているんだろう。史上最強の頭脳を持つ半人半バとバケモノ皇帝コンビとだけあって、意見衝突しつつも気が合うのだろう。いつも仲睦まじく熱い事だ。

 

 自分のトレーナーはというと、こちらをじっと変わらぬポーカーフェイスで、その隣から私を見つめている。

 ハナはあまり表情を出さないが、きっと大舞台で不安なんだろうな。眉間にしわが寄ってる。トレーナーは不器用な性格で損ばかりしてる気がする。もっと素直になればいいのになとも思う事がある。

 

"――あのお調子者でも傍に居れば、少しは気が紛れるんだろうけどな――"

 

 ウマ娘の脚を断りもなしにチェックしては、蹴り飛ばされるあの男性トレーナー。アイツは奇行が目立つが、ハナはアイツと話すと楽しそうというか、リラックスした表情をしている時が多い気がしていた。きっと腹を割って話せる仲なんだろう。

 

 日陰に居る私とは違い、ゲートに先に入ったウマ娘達はちょっと蒸し暑そうにしている。

 

 そして、『じゃあお先に!』といってベストプリンセスがルドルフに声をかけてゲートに入り。ファインドレインボウが『今日は先着させてもらうからな?』といってルドルフを(あお)ってからゲートへ。フラウラロードは『ジャパンカップ以来のレースだね、楽しみにしてるよ!』と、ルドルフに話しかけてから通り過ぎていく。

 

 彼女たちは今まで戦ってきたルドルフの欧州戦線上のライバルたちだ。

 それにひとりひとり返事をし、ルドルフは次第に集中している様子を見せている。そして、私の方に顔を向けた。

 

「シリウス。子供の時以来のレースだ。気楽にではなく、――本気で今日はやろうか」

 

 いつもの気楽にやろうという言葉ではなく、"ルドルフ"の表情は真剣だった。

 

「――ぶっ潰してやるからな」

「そうこないとね。私も全力で勝たせてもらうよ」

「もう勝者気取りかよ――」

 

 ああ、やっぱりいつものアイツだった。キザで余裕ぶってて本当に鼻持ちならない。そして、少しだけ喜んでる幼い時の思い出に引っ張られてる自分にも腹が立つ。

 

 先に私がゲートインし、ルドルフがゆっくりと左隣に入っていく。

 そしてゲート内でおしゃべりしていたライバルたちがお互いに言葉を交わすのをやめ、静まり返る。

 

 辺りには大外奥、外周に広がる森の木々の木の葉がすれる音が響く。群衆も日本とは違い黙ってこちらを見守っている。そして、乾いた草の匂いの他、3コーナー内側の池から水辺独特の香りも立ち上ってくるのが分かる。

 

 片足を引き、スタート体勢を取る――。

 

 聞き慣れない河口域英語まじりのアナウンスに注力しつつ、目の前のゲートへ意識を集中させる――。

 

 ――!

 

 金属音が響きゲートが開いた! 蹄鉄を乾いた地面にたたきつける音が一斉に響き渡る!

 最初にハナを取ったのは恐らくペリドットその差をグイグイと引き離していく。

 

 同じチームで来ている『ファインドレインボウに有利な、最終直線でのバテバテの団子状態を狙ってそういった行動をするだろう』そうあのお嬢様が言っていたが、まさにその通りになっている。

 

 その次に2バ身~3バ身と引き離されながら2番手には、Advocatus(アドボカトゥス)が一番内側に。その外にPawn(ポーン)。さらにその外にTwelve and one(トゥエルブエンドワン)の3名が、外に行くほど頭差くらいの差で追いながら、並んで壁になっている。

 

 前方ペースが早いと判断した連中が中団以下でしり込みをしている。残り10ハロン地点を通過しバ群は縦長になった。

 が、ルドルフはマイペースに走りバ群の真ん中あたりの、誰も居ない走りやすい位置に内ラチ沿いに陣取っている。その後ろに私はピタリとついていく。

 

 後方待機も考えたが、それは前日ミーティングでお嬢様とトレーナー両方に強く止められた。今回はペースが早いなら差し先行でいくのがいいだろうと。夢でも確かそれでバ群に()まれ、酷い目に遭ったので今回はルドルフを先に行かせ、垂れウマ対策ですこし外を通る――。

 

 

        |(GOAL↑)

   ペリドット|

        |

        |

        |

     ポーン|(4バ身)

   ベストプリ|(5バ身)

        |

        |

    ルドルフ|(8.5バ身)

   シリウス |(9バ身)

   トゥエルブ|(9.5バ身)

        |

横2~3列のバ群|(11バ身)

    中略  |(この辺ごちゃってる)

     最後方 (13バ身くらい?)

 


 解説ゲスト:マルゼンスキーさんより

 うーん! 結構かっ飛ばしてるわね! 人気のファインドレインボウと樫の女王Celeritas(ケレリタース)は後ろ過ぎない位置に居て前が潰れるのを待ってるわね。良い位置に居るからスウィンリーボトム――テンの800m(スタートから800m)からテンの1000m(スタートから1000m)にあたる3コーナーを抜け、登り坂の真ん中から4コーナーこと、最終直線手前のコーナーまでに、一気に位置取りに来るつもりなんじゃないかしら?

 

 さて、コースについてのおさらいよ!

 アスコットとは路盤の土壌が石灰質で、乾くと硬いからあんまり飛ばすと脚によくないの。

 かといって湿ると日本の芝よりも芝の葉が広いから滑るし、日本のより掘り返されやすい。うっかり顔面に剥がれた芝が直撃しないように注意が必要だわ。

 そして必ず、欧州のレースではペースをコントロールするラビットが居る。だからスローにはなり辛く、スローになる時は全員が単に苦しいだけ。だから日本のスロー展開と同じ戦法が通用するわけじゃないわ。

 

 ヨーロッパはタフネスがありパワーがあり、それでいてスピードもある。そんなウマ娘が勝者に選ばれるの。

 

 特にこのアスコットのキングジョージは、スタミナや悪路への走行性、勝負根性を試される。

 まあ、今日の路盤的にはルドルフやシリウスがちょっと心配。けど、日本から挑戦する娘達にはチャンスがあるって意味で、チョベリグなんじゃないかしら?

 

 さあ、レースの観戦に戻りましょうよ!

 


 

 おにぎり型コースの頂点。3コーナーのスウィンリーボトム部分に入り、足元が下りから水平になった。後ろの気配が狭まってくる気配はないが、ルドルフは下りの勢いを殺さずに綺麗に曲がっていく。

 

 コーナーの真ん中あたり、テンの1000mは57秒! 60秒を切っていた!

 

"――はぁ?! あのラビットどんだけ飛ばすんだよふざけんな!――"

 

 わかっていたとはいえ今回ラビットが作ったペースは腹が立つレベルだ。内心『ふざけんな! サシで勝負しろ!』とブチ切れたくもなる。

 こんな状況なのに周りはまだ焦って前を取りに行かない。ルドルフもじっと同じペースを守って走っている。

 

 3コーナーの内ラチ側の池を右手にバ群は縦長のまま、カーブを抜け切り視界がぐるりと回り直線を向く。目の前に4コーナーまで続く直線かつキツイ登り坂が約600mが広がっている。

 

 

 

 芝がはがれにくいだけマシだが、足元は相変わらず左右にも斜めっていて、悪くてイライラするが耐えるしかない――!

 

 登り坂に入って1ハロン、200mくらい。スタートから1200mを通過したところだろうか? 3番手を走っていたベストプリンセスが日本でいう『無理~!』にあたるような雰囲気の言葉を発しながら内ラチ沿いに垂れていった。

 先頭のペリドットはまだ5バ身程のリードを保ち、ポーンもそれに2バ身後ろから付いて行っている。

 

 そして坂の真ん中テンから1400mを越えたあたりで、ルドルフが位置取りに動いたので合わせてついていく。

 

 

 しかし――!

 

         |(GOAL↑)

    ペリドット|

         |

         |

      ポーン|(3バ身)

         |

    ルドルフ |(4バ身)

    シリウス |(直後)

レイン・ケレリタ |(4.5バ身)

横2~3列のバ群 |(5バ身)

 

 

 私の横からケレリタース、その外からレインボウが一気に上がってきた!

 

         |(GOAL↑)

    ペリドット|

         |

         |

      ポーン|(3バ身)

レイン・ケレリタ |(ルドルフの少し前外)

    ルドルフ |(4バ身)

    シリウス |(直後)

 横2~3列のバ群|(4.5バ身)

 

 しかし、あの前を譲る気なんて全くない。レース中は天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)なあの皇帝サマは、ふたりにあっさりと前を許した。しかも、その口元は抜かれた後笑ってやがった!

 

"――絶対何かたくらんでやがる! ――"

 

 そうは思うが考えている余裕もないほど、自身のスタミナと脚が悲鳴を上げている!

 あのお嬢様に靴を開発してもらえなかったら、ここまで持つか怪しいラインだった!

 

 400mある最終直線手前の4コーナーで一体どうする気だろうか?!

 

 とりあえずじっとルドルフの直後に張り付いて、アイツのコース取りを私はそっくりそのまま真似させてもらう事にした。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 ――数秒時はさかのぼって……。

 

――20××年+2 7月27日 午後15時36分頃――

――アスコットレース場 4コーナー手前――

 

 

 ここまでうまく行くと笑いが止まらない。

 思わずウッカリ口元にそんな本音が出てしまった。

 

 その所為かちらりと伺ったシリウスの様子は私の考えに感づいてしまったようだ。まるで私の影のごとくピタリと張り付いている。

 

 ここでポーンが力尽きて内ラチ沿いに垂れていき、続いてレインボウのラビット、ペリドットも沈んでいった。

 1000mを57秒台で走るいい脚で、ほぼ坂上までハナを切り続けたペリドットがラビットでは勿体ないと私は感じた。

 彼女がラビットを担当するという事実、それはヨーロッパは選手層が厚く厳しいという現実を示している。

 

"――1000m57秒台のペースのバテ試合。ならば!――"

 

 ここのコースは坂があるだけでなく内と外で傾いている箇所(かしょ)まである。

 最後の直線、正面を完全に向ききった約400mでは外ラチ側が持ち上がっている。よって内側の方が走りやすい。

 

 そんな所に猛スピードで突っ込んでいく先頭集団のコース取りが、一体どうなるかは察しがつく。

 

 そして左手外ラチ奥の森林は途切れ4コーナーへ突入した!

 

 湧き立つスタンド、私が来ないと見てイケると思ったウマ娘たちの高揚感が伝わってくる――!

 

    ケレリタ |(GOAL↑)

レインボウ    |(2バ身)

     ルドルフ|(3バ身)

    シリウス |(以下直後)

    ペリドット|(内沿いに垂れ中)

団子状態のバ群  |(4バ身)

 

 

"――さあ、無敗の女王。私と真っ向勝負と行こうじゃないか!――"

 

 樫の女王ケレリタースが先頭で大きく外へ広がり、その半バ身後ろを勢いにふらつきながらファインドレインボウがこれがまた広がる。

 

 そして、内ラチとケレリタースの間に、

 

  3名ほど並んでも余裕で通れるスペースが大きく開いた――!

 

 SpeedStar(スポーツカー)のドリフト走行のように、自身の最大の長所である小回りの利く足元で、ありったけのパワーを込めてその合間を貫く!

 

 轟々(ごうごう)と雪崩落ちる大瀑布(だいばくふ)のような音を響かせ興奮する観衆。その中心に居るのは私だ――!

 

 想定外のインを突かれ驚いた顔のケレリタースと視線がかち合うも、すぐに前を向いた!

 

 残り200!

 

 全身全霊で駆け抜ける中、内ラチ沿い右視界に一陣の風をまとった1匹の大きなワタリガラスが飛んでいき、漆黒の羽を陽光に輝かせ先にゴール板の方へと飛び上空へと上昇していった。

 

 まるで私の道を示すかのように――。

 

 チリチリとした感覚が全身を駆け巡り、紫電が視界の周りを(おお)う様な錯覚(さっかく)を受けはじめた。そして左外にはケレリタ―スが喰らい付き、その外からはファインドレインボウが、さらにその外からも誰かが来るのが見える!

 

 ゴールの向こうだけを見つめ私は両脚のストライドを適切な大きさまで伸ばし、一気にピッチを上げた!

 

 まずすぐ横のケレリタ―スを半バ身かわし、そして大外から来た茶色い勝負服のMichigan(ミシガン)と競り合いもつれ合う。

 

 シニアになり体力的に余裕はあるが苦しものは苦しい!

 

 

 だがここで心が折れたら負ける!

 

   歯を食いしばり、必死で脚を動かし坂の向こうのゴールの向こうのみ!

 

 

 

     栄光のみを目指し駆け抜けた――!

 

 

 

 

 

 観衆の興奮がピークに達してから、自分がゴール板を越えた事に気付いた。

 掲示板にはまだ順位が載っておらず――。

 

 前年程のふら付きはないが、それでも息切れが激しい。

 クラシック級で出ていた5名の娘達や、後からゴールしてきたウマ娘達が去年のようにそこらに転がっている。

 この時期の風物詩とまで言われるこの凄惨(せいさん)な光景にも、二度目なので驚かない。

 最後に争ったファインドレインボウも自分のトレーナーから水分を受け取って、タオルを被って日差しをよけている。

 

 ふとその顔がどこかで見た覚えがあるような気がした――。

 

 確か学園に居る――サクラロー……。

 

「ルドルフ! 大丈夫だった!?」

「――ああ、 ギリギリだが、今年は去年よりマシだよ。ありがとう」

 

 その声の主はトレーナー君だった。いつの間にかスタンドの(さく)を飛び超えてきたようだ。

 彼女が持ってきたタオルをお礼を言って貰い汗を拭き、検査前の飲んでも大丈夫な水を飲ませてもらったあたりで観衆の声に気付き振り向く。

 

「うわっ!? なんてタイムなの……!」

 

 トレーナー君が両手を口に当て真っ青な顔で掲示板を見つめ、スタンドは大いに盛り上がっていた。

 それもそのはず。タイムが出にくいアスコットで、"Race of the Centur"(世紀のレース)の2分26秒98に次ぐ2番目のタイムがアタマ差だった1位2位ともに出たからだ。去年ファシオと繰り広げ、そのレースに匹敵する名レースだと称されたのも今では懐かしい。

 

 そして、その伝説にもう少しで手が届きそうだという事に、私は手が震えた。

 

「おめでとうルドルフ! だけど! これちょっと今日はふたり共ガッツリ手入れしないと後々ヤバそうですね……!」

「ははは、まあ君の腕なら私の脚も大丈夫さ。夏は全休して凱旋門直行コースの予定だろう? さあ、2連覇となった表彰式へいこうか? トレーナー君」

 

 トレーナー君の手を片手で取り、寄ってきたスタッフに片手にまとめて置いたボトルとタオルを渡した。表彰会場へと向かった――。

 

 

  ◇  ◇  ◆

 

――20××年+2 7月28日 午後20時――

――ロンドン某所 中華レストラン――

 

 あの後の2人のケアは地獄そのもの。どこもかしこもボッコボコだったから、色々と大変だった。

 ウイニングライブも無事成功して、シリウスも掲示板入り。連日英国のメディアは私たちの戦果に対する話題で持ちきり。

 

 それで今日はルドルフの祝勝会兼日本チームの慰労会となり、『中華といえば横浜や長崎だが、ここも美味しいと祖父と両親に聞いているから楽しみだ』というルドルフの希望でロンドン市内のあるお店に来ていた。そこはウィンダズム劇場に近いこのお店。予約でウッカリ私の名前を出してしまったせいで貸し切りとなってしまった。

 

 偉いのはお養父様なんだけど、他の人から見たら私はその虎の子のようなものだった。そのせいで、さっきからお店の人が全員緊張してしまっている。なんだか申し訳ない気分だ。

 

「皇帝サマの戦勝祝いとか気に入らねぇ」

「私の事が気に入らないのによくついてきたね?」

「ンなもん聞くなよ。そりゃ御馳走(ごちそう)食べ放題って聞いて行かないわけねぇだろ」

「そうかい。今回は君の慰労会(いろうかい)でもあるんだから、楽しんでいこうじゃないか」

「けっ、仕切りやがって。次は()え面かかせてやるから覚悟しとけ」

「ははは、君との次のレースが楽しみだよ。そのためにもしっかり食べなければね」

 

 メニュー表を見ながらいつも通りルドルフとシリウスは小競り合いをしている。この旅を経てふたりが軽口を叩き合うくらいの関係になってくれたようだ。以前のような水と油レベルの言い争いはほとんど起きなくなり、私も東条先輩も安心できるようになった。

 

 ほっこりした気分でそれを眺めていると、ふとシリウスがこちらを見てすごく悪い笑顔を浮かべた。

 

「そうだな。――ならお嬢サマのトレセンの給料吹き飛ばすつもりで食べさせて貰おう」

「ええ!?」

「先着もしくは勝った方が(おご)るルールだろ? 覚悟しとけ」

「その意気だね。では私も遠慮なく」

 

 なんだか八つ当たりされた感がある。

 別にトレセンからの給料を全額吹き飛ばされても大丈夫ではあるんだけれど……。

 

"――なんだろう、仲良くなったのはいいんだけど――"

 

 最近私に対してふたり共全く遠慮がなくなった。

 このままだと教職としての、トレーナーの立場が! と思い悩みそうになる。しかし、このふたりから主導権を握るのはまず無理な気がしたので諦めることにした。

 

「うー。靴の売り上げも順調ですから、好きなだけ食べてください。先輩も遠慮しないでくださいね?」

「ありがとう。未成年の貴女に(おご)らせるのは気が引けるけど……。そうね、今日は自分で運転するわけじゃないし、飲ませてもらうわ」

 

 そうこうしている間にルドルフとシリウスが頼みまくった料理が届いた。

 テーブルの上には豚の角煮やら、大量のアワビの姿煮、真珠とツバメの巣のスープ、北京ダック、飲茶セットなどが大量に並んでいく。

 どうやら学生では普段食べられないものを注文しまくったようだ。

 

 先輩はビール、私たちはニンジンジュースやりんごジュースを注文し、乾杯して宴は始まった。

 

「ふむ。ツバメの巣が意外にも美味しいな」

「それって美容にもいいってやつだろ? 私も追加するか」

「それがいい。きっと君も気に入るよ」

 

 食べ物の事に関しては高確率で意見が一致するらしく、容赦なく注文していくシリウスとルドルフ。

 そして先輩はいい感じに出来上がってきていた。

 上機嫌な先輩は先ほど広報用にSNSへ投稿した内容を開いて確認しているようだったが、途中で顔を(しか)めた。

 

「アイツこういう時だけ連絡早いわ……」

「アイツですか?」

「よく脚触って蹴り上げられるアイツよ。昔から腐れ縁なんだけどほら」

 

 先輩に差し出されたスマホを私が(のぞ)き込むと、そこには祝勝会の様子をあげたウマスタグラムが表示されていた。

 

 そしてそのコメントには……。

 

 『俺の分は?』

 

 と、一番上にかかれたゴールドシップのトレーナーからのコメントと。

 そのコメントにぶら下がるように

 

 『オメーはアタシの焼きそば食っとけ。1皿100万な。お前らお疲れ様! 楽しんで来いよ!』

 

 というゴールドシップのコメントがされていた。

 

「なんていうか、仲がいいですね」

「そうでもないわよ。腕は確かだし、性格もいいし、生徒からの評判もいいんだけど、わたしたちはどこか根本的な所で意見が合わないのよ」

「――それってもしかして」

「ないわよ。いまとんでもないこと考えてたでしょ?」

「そういう関係に見えますもので」

「意外にもマセたこというのね」

「まあ興味がある年頃ですから」

 

 といっても魂の年齢はもうとっくに還暦を越えている。だけれど私の魂が自我として目覚めたのはほんの十数年だろう。なんとも言えない言葉にできない違和感があるが、今はそれをある程度受け入れられている。

 

「さて。今夜は飲むわよー!」

「明日ぶっ倒れないでくださいね」

 

 先輩は空になったジョッキを持ち上げ、店員さんがビールのおかわりを持ってやってくる。

 ふと顔を上げるとルドルフとシリウスが、それぞれ満面の笑みで食事を楽しんでいるのが視界に収まる。

 

 ああ、こんな日もいいなと思いながら夜は更けていった――。




あとがき

 いつも読んでくれてありがとうございます。
 史実IFでも最も重い、実現があり得た回なので物凄く扱いに困りました。

◆史実シリウスシンボリ号との変更点
 シリウスシンボリさんのコース取りを最後方待機ではなく、セオリー通りに中団前目の差しもしくは先行の位置にしました。
 シリウスシンボリさんは不吉な夢に対し、きちんと自分なりに答えを出して、対策が打てる方だと思うのでそうしました。

 これを糧に、シリウスさんは大きく後に成長する。シリーズでは書ききれませんが、彼女はきっと夢を叶えるでしょう。だって夜空で最も輝く1等星なんですから。
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