IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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お待たせしました

ルドルフ視点から始まり

◆◇◇から◇◆◇まではトレーナー君視点

◇◆◇からははルドルフ視点です

それではどうぞ♪


『Wheel of Fortune』運命か、宿命か、必然か、使命か

――20××年+2 8月01日 12時――

――合宿所付近の喫茶店――

 

 黒を基調にした和風の喫茶店。合宿所の近くにあるこの店は少し高めの金額設定。しかも、全席個室のため内緒話をするには丁度いい。

 

 すだれ越しの窓の外には鹿威しの竹の音と水音が響く。風に揺れる笹のサラサラとした音だけがこの空間を支配していた。

 

 私はそんな中、アイスコーヒーを片手に報告書に目を通していた。

 

「いつもどーり。会長がいない間もかわりなーし。ヨーソローって感じだったぜ。強いて言うならー……」

「強いて言うなら?」

「テイオーが寂しがってた」

「そうか。彼女にはあとで時間を作っておかなければな」

 

 この報告書をまとめてくれたのは、目の前で赤いシロップのイチゴかき氷を堪能(たんのう)しているゴールドシップだった。彼女は普段学園の事をよく見ているので、前々から仕事としてこれを依頼している。報酬はレーススタンドでのアルバイトの許可書だそうだ。

 

「会長ってホントそういうのマメだよなー」

「ゴールドシップ、君だって気に掛ける子が居ればそうするだろう?」

「そりゃな? アタシには気になるヤツが山ほどいるから、全部回り切るのが大変だけど?」

「意外だな。君にそんなにたくさん気になる相手がいるとは」

 

 ひょうきんな面ばかりが注目されてしまうゴールドシップ。彼女は選手としてみると強く、美しく、そしてどこか孤高そのもの。シービーを思わせる破天荒で豪快な走りとは裏腹に、繊細で優しく、そして王者に相応しい威風を(ただ)わせる事もある。

 

 そんなゴールドシップが気に掛ける相手が沢山いると聞いて、その意外性に耳を疑った。

 思わず書類をテーブルに置き、両耳と顔を前へと向ける。

 

「まあなぁ。自分でもそう思ってるんだ。けど、全員なんかどっかであった事があるような気がしてさ。なんか他人とは思えねぇ。大切な家族みたいな関係だったような、そんな気がしてしまうんだよなぁ……」

「なるほど、それは私がテイオーに感じているものと同じかもな」

「多分なー」

 

 ゴールドシップは目を細めて腕を組んで(うなづ)いた後、スプーンでいちごミルクかき氷に乗っている、アイスをひとすくいして口に含む。すると頭がキーンとしたらしく、両手で自身のコメカミをぐりぐりしている。

 

「うひー頭にくるうう! あ、それと! お嬢様も気になるっちゃ気になるぞ?」

「それはどうして?」

「ああいうお人好し"ニンゲン"は嫌いじゃないからさ。アンタだってそうだろ?」

「――そうだな」

 

 何となく"ニンゲン"とトレーナー君を呼んだ部分に何か含みがあるような気がする。しかし、ゴールドシップのただの気まぐれの可能性もあるので、あえて突っ込まないでおく。

 

「祭りにでも誘ってみたらどうだ? きっとお嬢様も喜ぶとおもうぞ」

「ふむ。誘ってみたいが、今年も目いっぱい生徒会の仕事がある。どうしたものか……」

 

 腕を組んで考え込むと、意外な言葉が目の前から降ってきた。

 

「……ふーん。じゃ、アタシが手伝う」

「できるのか?」

「ゴルシちゃんは万能なんですのよぉ~。どーせそうなると、テイオーあたりも引っ付いてくだろうしさ。一緒に連れて行けばいいじゃん?」

 

 こう見えてゴールドシップは学内でも主席クラスの頭脳を持ち、多才な一面を持ち座学はトップクラスの生徒。こんな風に言ってくる場合は任せても大丈夫だろう。私は目の前で快晴の夏空がとても似合う笑顔を浮かべている、ゴールドシップに微笑み返す。

 

「そうだな。ならばお言葉に甘えて、任せても構わないかい?」

「おう! たまには楽しんで来いよ!」

「ありがとう。恩に着る」

 

 そんなこんなでゴールドシップとその後も戯れのような会話を交わした後、お互いアイスコーヒーを飲み終え、かき氷を食べ終えて会合を解散した。

 

 合宿所の生徒会室へ向かう途中、ふと気になったので浜辺近くのダートコースへ向かう。そこにいるはずの新入生の指導をしているトレーナー君の様子を見に行くためだ。

 

 林道を抜け、模擬レースも行えるダートコースへと入る。すると、見慣れた青い輝きをまとう黒髪の持ち主が、髪をポニーテールにしてビキニ姿で激走している――トレーナー君だ。

 一見模擬レースにしてはふざけた格好だが、このままシャワーなり海になり飛び込めば砂が落ちるとのことで、この格好でトレーナー君は走っているらしい。

 

 追いかけられているのはまだ本格化前の生徒達だ。

 

 『何なのこのトレーナー!?』『むりいいいい!』と叫びながら頑張って逃げている。本格化前という条件であれば、砂漠にも適正があるアハルテケの血と能力を受け継いでいるトレーナー君の方が早い。トレーナー君は少なくともGⅡクラスは勝ち抜けるであろうその俊足で、ハンデで付けた2ハロンほどの距離を見る見るうちに縮めて追いかける。

 

「ワオ! レースならワタシもやりマース!」

 

 と、それを面白がって見ていたタイキシャトルがラチを飛び越えコースに乱入!

 

「いやあああ! なんかタイキ先輩まで来たし!」

「えっ?! ちょっ!? タイキ!? これトレーニングなんだけど!?」

「問答無用デース! 久しぶりに勝負ですヨ!」

 

 もう笑ったりパニックになったり(にぎ)やかな様子だった。あまりにもおかしいので思わず私もふふっと笑いがこぼれてしまう。

 

 トレーナー君は後輩たちを残り200mで大外から抜いた。それをさらに外からタイキシャトルが残り50mでかわし1バ身差にてタイキシャトルが1着ゴール。

 

 勝負は決した。

 

 負けはしたがアスリートではない一介の半人半バ(セントウル)がここまで強いのは珍しい。周りはどよめき、後輩たちはキラキラした目でトレーナー君を見つめている。タイキシャトルは満足そうな笑みを浮かべ、へとへとのトレーナー君へと振り返る。

 

「YES! 久しぶりの勝負はワタシの勝ちデスネ!」

「むぅー! 不意打ちとはいえどやはり差を感じますよ! 完敗ですね。――さて、見た所まだ見直す箇所がいくつかありました。とりあえず合宿最後のチーム戦に向けて、皆さんをビシバシ鍛えますからそのつもりでいてくださいね」

 

 前年トレーナー君によって、補講を担当された子達はメキメキと才能を開花させた。その話は実力を目の前で示すことで真実味を得た。これにより中央の厳しさを知り、合宿前は落ち込んでいた子達は瞳を輝かせて喜んで返事をしている。

 

「ワタシも手伝えることがあれば手伝いマスヨ!」

「それはいいんですが、先輩とのトレーニングはどうするんです?」

「もちろんその合間にきマース!」

 

 思いっきり抱き着いてぎゅーっとハグを決めるタイキシャトルと、軽く潰れかけて変な声を上げるトレーナー君。ここまでいつも通りだ。

 

 トレーナー君がちゃんと後輩たちの心を掴めたのを確認し、私は安心して合宿所の生徒会室へと足を向ける――。

 

 砂浜沿いの道路を歩き、日差しに目を細めながら進んでいると――。

 

『カイチョー!』

 

 今度は後ろからスク水姿にバケツを持ったテイオーと、同じ格好のマヤノトップガンがこちらへ走ってきた。立ち止まって振り返ると、テイオーはバケツの中身を私に自慢してくる。

 

「こんにちは会長さん!」

「やあ。こんにちは。ふたりは何をしてきたんだい?」

「今日はお休みだから潮干狩りだよ! みてみて! こんなに取れたんだよ!」

 

 バケツの中身には半分くらいの高さまでアサリが入っていた。

 

「折角だからこれ、カイチョーも後で一緒に食べようよ!」

「ふふ。気持ちが掛かり気味だよ? 今日中だと砂が吐き切れてないだろう?」

「ああー! そうじゃん!」

「焦らなくても会長は逃げないから大丈夫だよテイオー?」

「うー! わかってるよー!」

 

 きっとテイオーは私の為に掘ってくれたのだろう。その心遣いが何よりうれしいのと、マヤノとテイオーの子供らしいふたりのやり取りにわたしはとても温かい気持ちになった。

 

「あはは! そうだな。マヤノの言う通りだよ? 何事にも塞翁がウマ娘。急がば回れだ。砂の出し方はふたり共わかるかい?」

「うん。調べてるから大丈夫だよ!」

 

 その後ふたりと軽く会話をしながら寮に戻り、生徒会の仕事をこなし、終えるころにはとうに日が暮れていた。宿舎内にはジャージにTシャツ姿の生徒や、館内着の浴衣に着替えたトレーナー達が見受けられ。窓の外からは虫の声と波の音が響いている。

 

 風呂上がりにお気に入りのダジャレTシャツに、ジャージのズボン姿で自室で(くつろ)いでいたが(のど)が渇いてきた。何か買おうと1Fの広間の自販機へ向かう。すると、自販機付近の窓際のソファーの背に後頭部をあずけ、瞳を閉じうたた寝しているトレーナー君がいた。

 

 浴衣姿に後頭部でシンプルにまとめた髪型。そして顔はすっぴんにリップクリームだけで、きちんとメイクしている時の、パリッとした印象はない。その整った顔は普段よりずっとより幼く見える。手にはタブレットを握っているが落ちかけているので、危ないからそれをまず回収して目の前のテーブルに置いた。トレーナー君はヨーロッパ遠征での緊張感も抜け、どうやらお疲れのようだ。

 

 ここは起こさないでおくのが良いのだろう。

 

 ――が、ふと私のイタズラ心に火が付いた。

 

 そっと自販機で自分用にコーヒー牛乳。そしてトレーナー君用にいちごミルクを買う。

 私はいったん自分の缶ジュースをジャージのポケットに入れ――。

 

 ぴたりといちごミルクをトレーナー君の額に当てる。

 

 するとビクリと両肩を跳ねさせ瞳を開く。トレーナー君は何事かとキョロキョロと周りを見渡した後、私の顔を見た。

 

「びっくりしたー! ってルドルフがやったの!?」

「随分起こし甲斐がありそうな姿をしていたからね。あんな格好では風邪を引いてしまうよ?」

「うう。まあだらしない姿をさらし続けるのもよくないですしね。ありがとうございます」

「というのは建前で、ちょっとイタズラをしてみたかったんだよ」

「えええ?! そんな理不尽な……。もう少し労わって下さいよ」

「ふふ、すまないね。お詫びとしてこれを受け取って許してくれ」

 

 ウサギに例えるならぷーぷー鳴いて怒ってるような、そんな表情で頬を膨らませている。

 いちごミルクの缶をトレーナー君目の前のテーブルへ置いて、トレーナー君の隣に座る。トレーナー君は渋々『何だか理不尽な気がしますが、いただきます』といってそれを受け取った。

 

「キングジョージ2連覇。次は凱旋門賞2連覇か……」

「プレッシャーかい?」

「そりゃそうですよ」

「私がいてもか? キングジョージ連覇と凱旋門で昨年勝利を飾った私を担当してもなお、不安というのは随分(ずいぶん)贅沢(ぜいたく)な悩みだね?」

「それなら猶更だよ。――選手にとってレースは一度しかない。次が巡ってくるとは限らないから」

 

 トレーナー君はいちごミルクの缶を開き、それを一気に飲み干した。私も開けたコーヒー牛乳を1口飲む。

 

「言い方が悪いけど私達トレーナー側は巡り合う選手次第で2度目がある。私はそれに甘えたくないんですよ」

「なるほど。君は相変わらず責任感が強いね」

「そりゃそうですよ。選手の命預かってるんですから」

 

 ため息をはいて目をつぶったままゆっくりと上を向くトレーナー君。

 

「――もう、宝塚の時みたいに無力だって思いたくない。今必死でもがいてる所なんですよ」

「そうかい? でも、それはひとりで悩まないで欲しい」

 

 額に掛かった髪を払ってやると、トレーナー君のエメラルドをはめ込んだような瞳が開く――。

 そして私の方を向き、彼女の瞳に私の顔が映る。

 

「ひとりで心配ならふたりで頑張ればいい。それでいいじゃないか?」

「――それもそうですね」

「頼れるところは頼ってくれ。私も君も少しずつ大人に近づいてきているのだから」

 

 そっとトレーナー君のダークサファイアのような黒髪をひと房片手に通す。頑固で甘え下手なのはお互い様だが、言いたいことは言わせてもらう。そうしないとトレーナー君は、どこまでもひとりで駆けていってしまうから。

 

「という訳で、君に時間を貰いたい」

「時間を? ですか?」

「ああ。来週にお祭りがあるだろう? 今年は助太刀があって時間が取れたんだ。一緒に回ってくれないかい?」

「それは嬉しいけど、もうひとり誘った方が良いんじゃないでしょうか? ずっと構ってあげなかったのもあって、きっと()ねちゃいますよ?」

「そうだな。――テイオーも誘おうと思うがいいかい?」

「想定内なので問題ないです」

 

 その後軽い雑談をしたのち、我々はそれぞれの部屋へと戻った――。

 

 ◆  ◇  ◇

 

――20××年+2 8月11日 午後19時――

――合宿所の和室――

 

 更衣室として合宿所の和室を貸し切ったルドルフは、ここで待っているようLEADで伝えてきた。そして先程生徒会のほうを片付けてきた彼女は、先に浴衣に着替えており、たとう紙に包んだあるものを私に差し出した。

 

 中にあったのは上品なデザインの浴衣だった。

 

 ルドルフは前々から私を連れてきたかったらしく、いつの間にか浴衣までレンタルしてくれていたみだいだ。その浴衣は白に朱い金魚の柄がプリントされ、金魚のひれを思わせるデザインの帯は赤。

 

 それらをルドルフは手早く私に着付けてくれた。

 髪飾りも樹脂とワイヤーで出来たガラス細工にも似た、透明で繊細な細工の赤い朝顔のかんざし。それを私の髪を弄っていたルドルフが挿してくれて完成だ。

 

「出来たな。うん、よく似合ってる。やはりこの柄を選んで正解だったな」

「なんだか着付けまでしてもらって申し訳ないですね」

「君だっていつも私を手伝ってくれるじゃないか。それのお返しだよ?」

 

 深い緑に白く笹の柄。帯は白でポニーテールにまとめて飾り(ひも)でくくったルドルフは、満足そうに鏡越しに微笑んだ。

 

「ふたりとも! 準備できた?」

 

 白地に青い朝顔柄に、ピンクの帯のトウカイテイオーが、先程まで遊んでいたスマートフォンゲームを切って軽い足取りで近寄ってきた。

 

「ああ。待たせたなテイオー」

「本当に待ったよ! ふたりともずーっとヨーロッパにいたんだもん……。カイチョ―もお姉さんも今日はボクと遊んでね」

 

 嬉しそうにルドルフに抱き着いた後、私の方にも飛びついてくるテイオー。その勢いでふらつくとルドルフが支えてくれた。

 

「ああ、私たちはそのつもりだよ? さあ、片づけたら行こうか」

 

 浴衣を片付け終わった後、祭りの会場に着くとそこは本当に美しかった。仕事であまり見に来ることはできなかったが、濃紺(のうこん)に染まる空を見上げれば朱い提灯の明かりがコントラストを織り成す。

 

 周りを見れば(にぎ)やかに行き交う通行者たち。

 

 ――本で見た、映像だけで見た憧れの光景だった。

 

 正月の風景とはまた違う、かつての私の世界の過去に似た景色が広がっていた。

 それだけで何だか胸が熱くなり、思わず色々な感情が込み上げ、立ち止まってしまう――。

 

「……? どうしたんだいトレーナー君?」

「――! あ、いえ。なんでもないです。ただ、綺麗だなと」

「ふふ、いつもの感動かな? そんなに喜んでくれて嬉しいよ。ただ、はぐれないようにだけ注意したまえよ?」

 

 そういって左手を差し出してくれるルドルフ。彼女の手に右手を伸ばしそっとつなぐ。

 

「ねぇねぇ! これやろうよ!」

 

 いつの間にかやりたいものを見つけにいっていたテイオーが、ルドルフと私の元へ戻ってくる。

 

「ああ、射的か。懐かしいな」

「カイチョ―は得意なの?」

「そうだな。よし、やろうか」

「折角だからふたりが遊んでいるところ、写真に撮りましょうか?」

「いいの!? わーい!」

 

 実の所射的というか、銃の扱いが壊滅的なのがバレるのが嫌でこそっと撮影に回る。

 まあ、そもそも生徒同士仲良く遊んでいるのだから、私はちょっと引いた位置で見守るほうがいいと思う。

 

 景品はとても魅力的だけど――。

 

 的として並んでいるのはお菓子の類で、玉1発分もそこまで高くない。その中には私の好物の"ニンジンサラダ味のポテりこLサイズ引換券10枚つづり"や、よく行く"喫茶チェーン店のチケット"まであった。

 

 それに見とれている間に、どうやらテイオーとルドルフは獲得した景品数で勝負することにしたらしい。

 

 しかし、何故だかやたらと狙いが被っている。そんなハプニングもありながらも、勝負はテイオーがふたつ、ルドルフが3つ取って勝った。

 

 そして、射的に夢中になって生き生きとしたふたりの写真が取れた。勝負事となると本当にいい表情が撮れるなと思いながら、ふたりを追加したLEADのルームへ送信する。

 

 大人な態度なのに勝負事となると、ルドルフは何だかんだ本気を出してる。そんな所がやっぱり年相応で面白いなと思ってほのぼのした表情でふたりを見つめていると――。

 

「はい! これお姉さんのために取ったんだよ!」

「おっと、同じことをしているとは――? どうりでテイオーと狙いの景品がやたらと被る訳か」

 

 テイオーは"ニンジンサラダ味のポテりこLサイズ引換券"を――。

 

「これは私からだよ」

 

 ルドルフからは"喫茶チェーン店のチケット"を貰った。

 

「貰っていいの? 折角取ったのに」

「気にしないでもらってくれ」

「そうだよ! っていうかお姉さんもやればいいんだよ!」

「え」

「そうだな。君もやってみないかい?」

「えっと――折角生徒さん同士で遊んでいるしそのー……」

 

 視線を泳がせその場を逃げようとした瞬間、ふたりの目がキランと光った気がした。

 

「ほう? その反応から察するに何か隠しているね?」

「ふーん……。はい、お姉さんの分だよ? 何事もチャレンジが大事ってボクに言うよね?」

 

 と、目の前にコルク弾と空気銃をいたずらっぽく笑うテイオーから差し出される。

 

「そ、そうですね!」

 

 といってやってみるものの、5発のコルク弾はすべて明後日の方角へ飛んでいく。どこからか護衛の担当者が『お嬢様……おいたわしや……』と嘆く声まで聞こえ、弾の入った皿は空っぽになった。

 射的、射撃はダンスに続いて私の苦手な分野その2だ――。あだ名が弓の名手ケイローンなのに的当てがド下手糞。笑えない不器用っぷりである。

 

「これは教え甲斐があるね。さて、どこから直そうかな?」

「がんばれーお姉さん! はいカイチョー追加の弾」

「ありがとうテイオー」

「え? 続行するの!?」

「勿論だ。さあ、トレーナー君まずは構えからだ」

 

 とても教え甲斐がありそうだとワクワクするルドルフと、応援モードのテイオーはニコニコして『今度はボクが撮るね!』といってスマホを構えた。

 

 そして満身創痍だがルドルフの指導の甲斐あって。追加20発目でやっと当てられた。しかし、当て方がちょっと不思議でシークレットと書かれた的に当たって跳弾し、もうひとつのシークレットの的をダブルで落とすという離れ業を起こした。

 

 なお、弾代を生徒に出させるわけにはいかないので、最初の分も含めきちんと店主とテイオーへ支払っている。

 店主は苦笑いしながら『おめでとう』といって、本来ならひとつだけのところふたつ渡してくれた。

 

 シークレット景品の内容は

 

「ええええ!? こんな景品だったら狙ったのに!」

「あははっ! これは驚いたな!」

 

 シークレット景品1はルドルフのヌイグルミで、その2は入学前のリーグシリーズのトウカイテイオーのぬいぐるみだった。

 

「じゃあこれは――」

 

 私はルドルフにテイオーのぬいぐるみ。そしてテイオーにルドルフのヌイグルミを渡した。

 

「え!? いいの!? カイチョーの最新ぬいぐるみなのに!」

「おや? 君のはじめての戦利品だろ? いいのかい?」

「先ほど頂いたので、お返しですよ」

「わーい!」

 

 その後も私たちは色々と楽しんだ後、満足したテイオーはマヤノを見つけて同級生と遊び始めた。

 

 遊び疲れた私はその様子を眺めながら、少し離れた芝生で覆われた土手の上に座ってその様子を眺めていた。するとルドルフが隣に来て、ゆっくりと座った。

 彼女の手には露店の袋がふたつ――おそらく匂いから焼きそばが入った袋と、音からしてラムネの瓶だろう。

 

「お疲れ様。休憩にいいと思って買ってきたよ」

「ありがとう。お代は――」

「スポンサーとして、既に私個人も色々頂いているから気にしないでくれ」

「では、お言葉に甘えて。頂きます」

「どうぞ。では私も頂こうか」

 

 ラムネを受け取り左側に置き、右側に座るルドルフから焼きそばを受け取る。

 

 ふたりでのんびり食べていると、遠くではゴールドシップが『アタシが今日の1日生徒会長だー!』とやいのやいのと何やら祭りを盛り上げている。

 会場で何度か見かけたが、やはりやればできる子なのかちゃんと仕事をこなしていたようだ。

 

 

 すると――。

 

「ぬいぐるみは良かったのかい?」

「え?」

「君は欲しくないのかなと。欲しいなら君の分を後日用意させるよ?」

 

 ふと隣のルドルフが声をかけてきた。

 

 どうやらルドルフは、私がテイオーに射的の景品を譲った事を、気にしてくれていたようだ。でも、私は別にまったく気にしていなかった。なのでそっと首を振る

 

「その必要ないよ」

「どうして?」

 

 ちょっとだけ不安そうに眉をハの字にしたルドルフ。私がグッズを欲しがらないのを、ちょっとがっかりしてるのかもしれない。

 

 でもそれには、ちゃんとした理由があるからわたしはそっとルドルフに微笑み伝える。

 

「目の前にいつも本物がいるでしょう? ルドルフ本人が」

「おっと? ふふっ、君は本当に不意打ちで嬉しい事を言ってくれるね」

 

 そうしてまた沈黙が流れる――。

 

「こうやって、穏やかな時間が過ごせるのはあとどれくらいだろうね。君も私も……」

 

 ラムネの瓶のビー玉の音を響かせ、そう告げて沈黙を先に破ったのはルドルフだった――。

 

「そうですね――。本心を言えば……大人になるのが、ちょっと怖いですね」

 

 思わず本音がこぼれてしまった。それにルドルフはそっと目を伏せてから、その桃色がかった紫の瞳を開いて、反応してくれた。

 

「確かに。君の場合、背負うものがとてつもなく重いだろう」

「それをいうならルドルフもではありませんか?」

「そうかい? でも、君は何だか私に隠している事も多そうだ。――そう見える」

 

 

 ――図星だ。ルドルフには私がまだ伝えていないことを色々と見抜かれている。

 

 どうしたものかと困っていると、ルドルフは微笑んでからラムネを一口含んで飲みこちらを向いた。カランとまたビー玉の音が響く。

 彼女の瞳に私の困惑した顔が映り込む。

 

「――無理には聞かない。けれど、これだけは覚えていて欲しいんだ。ひとり孤独にその道を歩むくらいなら、誰でもいいから必ず少しずつ頼って欲しい。約束してくれ」

「それくらいなら――」

 

 けれどそれは、必ずは難しいかもしれない。そう思っていると、ルドルフは続けた。

 

「――ふむ。なら破ったらどうするか決めようか」

「え?」

「ダメかい?」

「いや、いいですけど……。それってどういう内容ですか?」

「君がこの約束を破ったら……そうだな。私は実力行使をさせてもらう」

 

 微笑みが消えて顔が本気になってる。あと凄まじい皇帝オーラまで放ってきてる。

 一体何事だ! 何されるんだ私! と、思わずブルリと震えた。

 

「それはどういう意味なんですか?」

 

 そう聞き返すとルドルフは腕を組んで真面目な顔で少し唸る――。

 だが、いたずらっぽい笑顔を浮かべ、ルドルフは私の額をツンとつく。

 

「ふふっ。そこまで怯えなくても大したことじゃない。――いまは内緒だ」

 

 なんだろう。いつもの優しい笑顔に戻ったけど絶対なんか企んでる。

 獅子に首根っこを軽く咥えられたままの、ウサギの気分だ。嫌な予感しかしない。

 

「君が無茶しなければいい話だ。そこまでビクつかないでくれ」

 

 それもそうだ。まあ、心配させるようなことをするのは良くないし、乗っておいて戒めにしておくのも良いだろう。

 

「わかりましたよ。約束します」

「その言葉、しっかり聞いたよ? その無限の記憶の前に忘れたとは言わせない。言葉を違えないでくれたまえ」

 

 最後に物凄い圧のある言葉を掛けられた――。

 

 そして私の返事に満足してニコリと笑ったルドルフからは、皇帝オーラは引っ込んでいつもの雰囲気に戻っていった。一体どうしてそこまで私の事を気にするのか、ちょっと不思議ではある。

 

 まあ、ウマ娘の中には、元の世界の種族とかで括ってみると、どうやら血が近い一族に強く興味を持つ事があるように思えるから、きっとそれだろう。

 

 例えば汗血バの娘がアハルテケの娘に親近感を抱きやすい傾向がある。だからこそ、アハルテケだらけのオルドゥーズ財閥には汗血バの娘がやたらと集まってくる。

 そして両者とも三大女神の内××××××××神に強い関心を抱く。それは前の世界ではこのふたつの種は××××××××とかかわりが深いとされる。

 

 私のアハルテケの半人半バの血が、もしかしたらルドルフをそうさせているのかもしれない。

 

 ってことは、ルドルフは元の世界でいう××××××××の系譜なのだろうか?

 

 ウマ娘の内、恐らくサラブレットにあたる彼女たちは、元居た世界のように三大女神の末裔たちなのだろうか?

 

 それとも――。

 

 思案しているとドーンという音が夜空に響いた。

 

「トレーナー君、何やら考えているようだが、花火の打ち上げが始まったよ?」

 

 私の方を向いてそう促すルドルフの左顔の側面が花火の光に照らされる。私は『ああ、ごめんちょっと考えごとしてました。ありがとうございます』といって花火を見上げる。

 

 夜空に輝く色とりどりの花火。海外でも見たけど、その品質のいい花火の多くはこの国で産まれるという。その光景は美しく見事なものであった。

 

 私のいた世界でもたまには上がっていたが、今目の前に広がる程の活気はもうなかった。衰退していく世界で如何に永らえるか、如何に生きていくか。そんな世の中だったから、私は創られた命となった。

 

 結局その役目は自身のポンコツさと、亡くなった事で果たす事はなかったけれども――。

 

 土手下ではテイオーやマヤノ、あと彼女たちの同級生のマックイーンなどが(たわむ)れながら花火にはしゃいでいる。隣を見れば、そんな姿を見てルドルフは穏やかな表情を浮かべている。

 

 この子達が生きるこの世界を。元居た世界よりもいい世界線で、守り続ける方法はないか――。

 

 ――そう最近は強く思う。

 

 私はポンコツの遺伝子組み換え人類だったけど、それでも記憶倉庫としての機能はある。なのでこのままいけばどうなるか、今この世界が行く先がどういう状況なのかくらいはわかってしまう。

 

 さっきはあんな風に約束したけど、きっとその約束を破ってしまう未来もあるかもしれない。

 

 世界は違ってしまっても、私はやっぱり誰かが幸せでいてくれるのが好き。この世界で"未来を守る"という本来の使命を果たすことがない方がいいのだけど、そうせざるを得ないのならいつかやるしかないと思う。

 

 私には養父のような天才気質はない、ルドルフのような聡明さや勇敢さもない。

 

 けれど私は――いつかそうならなきゃいけない。

 

 記憶の塊でしかない自分にも出来ることがあるのだから。

 

 もう2度と己の無力さに怯えない自分になりたい――。

 

 私の中に強く何かが芽生えると同時に、大空にひときわ大きな花火が上がった。

 

 ◆  ◇  ◇

 

――20××年+2 8月12日 午後20時――

――合宿所の近くの海岸――

 

「ルドルフから連続して私を遊びに誘うなんて珍しいですね」

「それは私だってまだ学生だよ? 同じ年頃の君といれば遊びたくもなるさ」

「それもそうですね。しかし、何でまた釣りなんですか?」

「なに。ゆっくり遊びながら話をするには丁度いいじゃないか?」

 

 今日は生徒会の仕事もない。そのため、以前トレーナー君が釣りも趣味だと知っていたので、誘うとふたつ返事で行くことが決まった。

 しかし、私が遊びに誘ったことを目を丸くしている彼女だが、そんなに意外だったのだろうか?

 

 堤防に座った我々は手元の小さな照明を元に、仕掛けをつけ軽く投げる。

 

 そして互いが糸を垂らしてしばらくしたころだ。私は耳を大きくパタンと動かし考え込む。

 

"――先程のトレーナー君の反応を察するに、私は未だにお堅く見られすぎているのかもしれない――"

 

 以前より自分は丸くなったと思うのだが、トレーナー君からまだそう感じられているのは何となく不服だ。彼女とは友になりたいのだからもっと親しみを持って欲しかった。

 

 考え込んだ末に私は一つのアイデアを閃き、耳を大きくパタンと動かした。

 

"――そうだ! もう少しダジャレを増やしてフランクに接してみた方が良いのだろうか! ――"

 

「今日は沢山釣れるといいですね」

 

 そして丁度チャンスが巡ってきた。すかさず思い付いたダジャレを披露する。

 

「そうだね。ここは"アナ"ゴ釣りの"穴"場だそうだよ」

 

 本日狙うのはアナゴだ。煮アナゴ、白焼き、てんぷら、釣り上げたら何に加工しよう。沢山釣れればそれを全部試すのもアリかもしれない。そんなターゲットとかけて渾身(こんしん)のジョークをぶつける。

 

 トレーナー君はぷっと笑い声を漏らした後。

 

「上手いと思うけど不意打ちでやられちゃったら、海に色々落っことしちゃうわ」

「ふふっ。それもそうだな。ライフジャケットを共に着用して完璧な装備で臨んでいるとはいえ、危ないね」

 

 どうやらウケたようだ。彼女はクスクスと笑っている。

 そして互いにまた海を眺めた。

 

 堤防の先は長潮のためふたりきりしかいない。先に鈴をつけた竿と我々だけだった。

 

 空を見上げれば私の前髪のような三日月が浮かんでおり、澄んだ夜空の中でひときわ輝いている。

 

 しかしそんな中――

 

  ふとトレーナー君を見ると――何故か一瞬別人ように見えた。

 

   それはまるで

 

 いつ時かの音楽準備室の鏡で見たあの女性のような人影だった。

 

 それに驚き瞬くと、それはただの疲れから見えた幻とわかる。瞬きの先には、いつも通りトレーナー君が、月明りに照らされ、穏やかな表情のまま座っているだけだった。

 私の様子に気付いた彼女は目を丸くして首を傾げた。

 

「ルドルフ?」

「ああ、ちょっと目にゴミが入ってね」

「大変じゃない!? ちょっと待って、目薬いりますか?」

「いや、大丈夫だよ」

 

 何故か嘘をついて誤魔化した。あの幻の姿について、トレーナー君に聞いてはいけない。もし聞いてしまえば、昔話の結末のように彼女がいつか私の前を去ってしまう気がしたから。

 

「ところでトレーナー君、海にまつわるホラーな話は嫌いかい?」

「え? ホラーですか?」

 

 こちらの本心への関心を逸らすため話題を振った。

 ブルリと震えるトレーナー君。彼女はその手の話が苦手だ。

 

「なに。そこまで怖い話ではないから恐れるに足らないよ」

「そうなんですか? では、気になるのでお願いします」

 

 トレーナー君は好奇心と恐怖のはざまでそわそわしているが、どうやら好奇心が勝ったようだ。私の方をじっと見つめてくる。

 

「君はスーパーで見たことはないだろうか? 何故だか我々の名がつく魚がいるだろう? ウマヅラハギという魚を」

「ええ。――ひょっとしてオチが"UMA(未確認生物)ヅラハギ"とかじゃないですよね?」

 

 不意打ちのダジャレに思わずこちらが吹き出してしまう。

 まさかそう解釈してくるとは露にも思わなかったから。

 

「はは! UMAなだけにウマいと言いたいが、話の腰を折らないでくれたまえ。この魚ではなくて、実は夜釣りをしていると」

「していると?」

「ウマ娘の顔をした魚が釣れるのだという都市伝説があるのだよ」

「――意外に怖くないですね。それがどうしたんですか?」

 

 ふーん? それで? という顔をしているトレーナー君。意外にもこの話は怖がっていない。

 

「その怪魚が釣れると、髪や尾の毛がハゲるのだそうだよ。そしてその怪魚が言葉を発した場合は――」

「え……場合は?」

 

 ここでちょっとトレーナー君の顔色が変わる。生唾をごくりと飲み込む音がした。きっと怖いのだろう。

 

呪いのこもった言葉を吐き、怪魚は事切れるのだそうだ」

「なんて言うか、不気味な上に後味の悪い話ですね」

「確かに。だが、釣られた怪魚側からすれば迷惑千万この上ないのだろう。呪いのひとつやふたつかけたくなるだろうね」

「うーん、そうかもしれませんね。――あれ?」

 

 トレーナー君の側の竿がしなり、鈴が激しくなり始める。

 

「こんな話の後に来るなんて何だか嫌ですねって重い!?」

「おや、随分大物だね。タモはわたしがやるよ」

 

 ウツボでもかかったのだろうか? アナゴ用にもってきた竿は折れそうなくらい大きくしなっている。

 私は立て掛けておいたタモを持ち、上がってきたそれを海面に差し込んで掬い上げる。

 

 そしてその魚を引き上げるとトレーナー君は――。

 

「ひいっ!?」

「――!?」

 

 トレーナー君が竿を持ったまま小さく悲鳴を上げたので私も覗き込む。その瞬間タモを持つ私の全身の毛が逆立つ感覚を覚えた――!

 

「よおよお! おふたりさんデートかー! アタシも混ぜてくれよー!」

 

 恐怖に固まる我々ふたりの背後から、空気を読まずにゴールドシップがやってきた。

 

「つか今何か釣れただろ!? ――うわっキモッ?! なんだこれ! 都市伝説のウマヅラハギじゃねーか!」

 

 ビチビチと跳ね回るそれは、青い縁取りに緑の大きな丸い内輪のようなヒレ、胴体の下にはカニのような細い脚のようなものが左右に3本ずつ。胴体は赤で、それはまるでホウボウという根魚の胴体だった。

 しかし、頭にはウマ娘の顔というとても気持ち悪い生き物だ。

 

 あまりの不気味さにひいていた私はまず冷静さを取り戻し、早鐘のように打つ心臓を深呼吸で落ち着かせてタモをよく見る。そしてゴールドシップもスマホを構えて覗き込んでいる。この不気味な魚相手にその度胸、実にあっぱれだと思うが今はそれどころじゃない。

 

 

「――これ、ごみじゃね?」

「そのようだな」

 

 釣り針をペンチで外し、ウマ娘のような顔の部分に手を伸ばす。それはゴム製のマスクで、個らが頭にハマって抜けなくなっていただけのようだ。

 

「おーい。お嬢様ー。心臓とまってないかー。ほら息しろしぬぞー! ひっひっふー!」

 

 完全に顔を真っ青にして固まっているトレーナー君の顔の前で、ゴールドシップは手をひらひらさせてから、肩をポンポンと叩いて何故かラマーズ法で呼吸しろと励ましている。多分冗談を言って和ませようとしているのだけど、肝心のトレーナー君はびっくりして放心状態だ。

 

「ちょっとびっくりしすぎたかも――」

 

 やっと呼吸する事を思い出したトレーナー君は、腰を抜かして竿を置いてトスンと座り込んだ。

 

「つか、ゴミごと魚釣っただけで何でそんなにビビってんだ?」

「それは丁度、私たちはウマヅラハギの怪談を話していたばかりでね」

「あー。それでか。タイミングわりぃーな。で、アタシも釣りに混ざっていい? 退屈でさ」

 

 ゴールドシップは目を細めてうんうんと頷いた後、腕を後頭部で組んでニコリと笑って来た。ゴールドシップの背後には本格的な釣り道具一式が揃っている。多趣味なゴールドシップのことだから、釣りも好きなのだろう。

 

「私は構わないよ」

「私も問題ないです」

 

 そう伝えるとゴールドシップはパチンと指を鳴らして頷く。

 

「よっしゃ決まりだな! ふたりがいるの見えたから、ジュース持って来たぞ。飲むかー?」

「それは心遣いありがたい。ぜひ頂くよ。――とその前にこの獲物を〆てしまわないと」

「ああ。それは釣った私がやっておきます。ルドルフのほうの釣り竿が動いたら対処しますね」

「そうかい? 任せるよ」

 

 私はゴールドシップからジュースを受け取りに近づいた――。

 

「ほい会長。おふたりさんにりんごジュースふたつと。あとニンジンサンドイッチ」

「ありがとう。丁度小腹が空いていたから助かるよ。しかし、こんなにいいのか?」

「いいって事よ! 会長とアタシの仲じゃん! 祭りの一日生徒会長めっちゃ楽しかったしさ?」

「なるほど。私も君が手伝ってくれて助かったよ。ありがとう」

 

 ゴールドシップは先日祭りにおける生徒会長代理を引き受け、とても盛り上げてくれた。お陰でトレーナー君と夏祭りを回る事が出来とても感謝している。大胆不敵なこの芦毛のウマ娘は、今では私にとって何でも気軽に話せるいい友だ。特にトレーナー君の事を彼女には相談しやすい。そうすると率直かつ的確な意見をくれるのがありがたい。

 

 

 良きライバルや友、師へ恵まれ、幸せな学生生活を送っている。そんな自身を改めて実感し充実して満足した気分に浸っていると――。

 

 トレーナー君の方から何かが聞こえ、そしてトレーナー君は息を飲んだあと魚を押し込めてバタンとクーラーボックスを閉めた。

 

「――ん? 何か今聞こえなかったか?」

「トレーナー君、何か行ったかい?」

 

 うしろ向きの姿でクーラーボックスの前にしゃがみ、それに手を突くトレーナー君。何やら震えている気がしていたが、彼女はふっと力を抜いた。

 

「あはは、ごめんなさい。小さい虫が顔に飛んできてびっくりしたんですよ。お騒がせしました」

 

 振り返った彼女は前髪を払うと、小さな虫のようなものが羽音を立てて飛び立った。海岸に虫がいるとは珍しい。

 

「――なーんだ。てっきりウマヅラハギにでも呪われたかと思ったぜ」

「そんな事あったら明日お祓いにいかなきゃいけませんね」

「踏んだり蹴ったりだな。ほら。サンドイッチ食って元気出せよ」

「そうだよトレーナー君。食べれば元気が出るかもしれないよ?」

 

 ゴールドシップのくれたサンドイッチをちらつかせると、ぱっとトレーナー君の顔が明るくなった。泣きっ面にハチの状態だった彼女はどうやら機嫌を持ち直したらしい。

 

 こうして私、トレーナー君、ゴールドシップの3名で楽しく話をしながら外出門限時間まで遊んだ。

 釣果は長潮にしてはホウボウ1、大き目のマアナゴ5匹、尺カサゴ3匹と大漁に恵まれ、機嫌よく我々は合宿寮へと戻っていった――。




次回、凱旋門賞前日談

中の人の引っ越し前のためお時間かかるかも。

※物語はついに終盤へ※
赤ん坊のころから莫大な知識を科学文明によってぶちこまれ、
成長が狂い、自分が圧倒的強者とまだ自覚しないチキンハートなトレーナー。

彼女は少しずつ感情や時を取り戻し、ここまで育ってきました。

が、英雄の卵には試練が付き物でトレーナーもまた、いつか英雄になる存在。
そんな彼女は新たなる難題との闘いが幕を開けます!

元の世界では守護者になる予定だったトレーナーは、ついに自らがその座を望み目指しはじめた。
が、そんなトレーナーに個人としての幸せが無くならないか、本気で心配するルドルフ。

彼女たちの運命は如何に!

物語は終盤へと向かっていきます。

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