IF.皇帝の幻の遠征計画と半人半バのお嬢様   作:なすび。

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前半ルドルフ視点です。後半トレーナー視点となります。

生徒会の役職は公式で裏取りできたものを今回載せています。


『望月』月と芝と嘘つきと【後編】

 月明りの森で競い合ったその後、クールダウンかける。その並走中、彼女にアレやコレやと聞こうとした。

 

 しかし、トレーナー君は『明日話すから』と、早く寮に帰るよう私を促してくる。

 

 彼女のその判断は正しい。

 

 しかし私は気分的に話をしたかった。私は門限の連絡は済んでいる事を伝え、『少し話したいから、一緒に月見でもしないか?』と誘う。すると、彼女は渋々(しぶしぶ)な態度ではあったが、ここに残ることを許可してくれた。

 

 先にグラウンドで待っているよう彼女は私に指示を出し、彼女は手荷物を取りにどこかに消えていった。

 

 それが数分ほど前の事。

 グラウンドの入り口から、ほんの少し入った芝の上に腰を落ち着け、私は彼女を待っている。

 

 そして退屈(たいくつ)しのぎに先ほどの月下の試合に思いを()せていた。

 普段優雅に歩く彼女があそこまで走れるとは。私は口元に満足感を浮かべ、月を仰ぎ見る。

 

 高い位置で()わえられたその髪は、月の光の中で揺れる度、サファイアが煌めくような"青"を放っていた。

 宝石のような輝きを放つ黒髪に、思わず手を伸ばしたくなる。そんな衝動に強く心をかき乱された。

 

"――そして何より実力も悪くない――"

 

 貴重な血筋を持つその青き閃光が、ターフを突っ切る姿を己の目にじっくり収めたい。機会があればまた競争がしたい。そう思うほどアハルテケを感じさせる特徴を持つ、彼女の走る姿には惹きつけられるものがあった。

 

 そして更に数分が経過したころだろうか?

 

 トレーナー君は青いスポーツドリンクボトルひとつと、スポーツタオルを片手に戻ってきた。そして私の左隣の芝の上に、そっと腰を下ろして並んだ。

 

「使って下さい」

 

 彼女はひと組しかないボトルとタオルを私に差し出した。

 

「それは君の分だろう? 貰ってしまっては悪い」

「アハルテケの血が守ってくれるので、多少の渇きは平気なんです。お気遣いありがとうございます。遠慮しないでください」

「わかった。こちらこそ気遣いをありがとう。では、頂くよ?」

 

 私が補給をしている間、トレーナー君は月を見上げている。その横顔はさわやかな余韻を感じるすっきりとした表情だった。

 半分渡そうかと思って声をかけたが『私はトレーナーで、あなたはアスリートなのだから』と、そのまま全部飲むように勧められてしまった。

 

 補給し終わった後、彼女に先ほどは何故煽ったのか尋ねることにした。

 

「どうして先ほどは(あお)ってきたんだい?」

「少し走りたい気分だったから、勝負してみようかなと思いまして――」

「なるほど。初めて君が全力で駆け抜ける所を見たが、思った以上にスピードもあってこちらも楽しめたよ」

「ふふ、それはこちらも何より。ところで、外周コースを走ってみた感想はいかがでしたか?」

 

 今の質問から考えるに、このコースの設営に、彼女が関わっているのだろうか? 気になった私は感想を述べるついでに尋ねることにした。

 

「鍛錬になりそうだ。根の下まで深く沈み非常に走りにくい。……ところで、この練習場の設営には、君が直接関わっているのかい?」

 

 トレーナー君は桜の優しい雰囲気のような微笑みを浮かべ、私の回答に答え始めた――。

 

「ええ、そうですよ。仮契約の後秋川理事長と相談して草原練習場と、外周コースを設計しました。一旦グランドの下の諸々を撤去。外周コース含めコースの土を総入れ替え。外周の2400mは、もとの地形を生かす。これでヨーロッパ並みの高低差かつ、自然に近い『坂道』を作り出せる。芝はうちの財閥が普段他に卸しているものを転用しました。詳細は明日理事長より発表があります」

「ふむ、つまり今の情報から察するに、ヨーロッパ攻略を想定したアイルランドのような草原練習場。ある程度土側の条件まで近づけた、洋芝のコースを作っていたと?」

「そうです。アイルランドに習った練習コース設計だと、今の情報でわかる所が流石ですね。今日のトレーニングでルドルフに試走してもらう予定だったんです。キャンセルになったので、先程私が代わりに走っていたんですよ」

 

 それは惜しい事をした。彼女とコミュニケーションを取る機会を、私はみすみす逃してしまったようだ。

 過ぎてしまったことは仕方ないと、がっかりしていた気分を切り替える。

 そして、そんな大工事をしていたというのに、私にはひと欠片も情報が入っていなかった。その疑問を彼女へと返す。

 

「何故練習場を作っていたことを、私に教えてくれなかったんだい?」

「……ごめんなさい。サプライズしたかったんです。本当は誕生日にできたらなって感じだったんですが、ずれてしまいました」

 

 誕生日にトレーナー君からは既に『世界ジョーク辞典』を貰っていた。しかし本命はこちらだったようであった。

 

「なるほど。しかし学園にはそこそこ設備はあるが、それでもあちらで勝つには足りないと?」

「ええ。ヨーロッパでも勝つとなると、やはり慣らしが必要です。利用者の安全上、完全に同じには出来ませんでしたが、ここがあるとないではきっと結果は違います」

 

 

 その理由に納得した。しかし、資金調達はどうしたのだろうか?

 既に財閥からは学園にはとんでもない額の寄付まで頂いている。ふと気になってもう少し聞き出してみることに。

 

「ここを作ったお金はどうしたんだい?」

「私の貯金です。財閥でのバイト代金をずっと貯めていたものと、最近の内職分です」

「ずいぶんスケールの大きなバイト代のようだが……。まさか君……無理などしていないだろうな?」

 

 私もワーカーホリック気味で、ひとの事を言えたものではないが、不安になり耳が前に垂れる。その様子をみた彼女は、ゆっくりと首を左右に振って否定した。

 

「いつもより気合い入れて資金調達はしましたが、無理まではしていませんよ」

 

 どうやらこのコースを作るために、いつの間にか仕事を増やしたらしい。それで最近の眠そうにしていたのかと、色々と腑に落ちる。そんな彼女の心遣いに、春の夜の肌寒さを感じている、私の胸の内は温かくなった。

 

 

「――ありがとうトレーナー君。そこまでしてくれたのならば、私も君の真心に応えられるようより一層頑張らねばな」

 

 彼女が私のために粉骨砕身(ふんこつさいしん)してくれた事が素直に嬉しい。

 一見するとトレーナー君は、何でも涼しげに突破しているように見える。しかし、彼女が人一倍努力しようとしている姿を、この短い間で私は何度も目撃している。

 

 それでいて何の苦労も愚痴も語らず、常に優しくほほ笑んでいる。――立派なものだ。

 

「しかし、貰っておいて聞くのもどうかと思うが……。ペレニアルライグラスは夏枯れを起こしてしまうのではないか?」

 

 今度はここを見つけたときの疑問をトレーナー君にぶつけてみる。この芝は本来、関東に植えても維持できないはずだ――。

 

「これは改良型のペレニアルライグラスです。本州の南までなら、余裕で夏を越せる程度に耐暑性を上げた品種となります。私がシューズブランド立ち上げる条件として、養父から課題として出され、開発と日本での販路開拓を任された財閥(うち)の商品です。私の最初の開発品です」

 

 私の左隣に座っていたトレーナー君は、地面に手を当てて視線を落とす。そして芝を優しい手つきでゆっくりとなでた。

 

「ふむ。夏枯れを起こさないペレニアルともなれば、さぞ売れただろう?」

 

 そう尋ねると同時にトレーナー君の表情は一変。何か思い出したくないような、言いにくそうな雰囲気を漂わせはじめた……。

 

 そして気まずそうに視線を左側へと泳がせる……。

 

"――しまった! まずい話題だったか……! ――"

 

 やってしまった……!!

 トレーナー君がウマ娘ならば、耳も尾も垂れて、うなだれてそうなこの空気!

 それをなんとかリカバーする方法を、私が必死に考える間流れる気まずい沈黙。

 

 しかし、先に口を開いたのは彼女だった。

 

「いいえ。…………見事なまでの大爆死でした」

 

 トレーナー君の顔色はかなり酷い物であった。それは苛烈な戦場で何か悪い物でも見た、帰還兵を彷彿させる雰囲気を漂わせている。

 

 相当な大失敗だったのだろう……。

 

 そうと分かれば話題を変える方がベターだ。

 

 しかし、その原因が何故なのか気になってしまった。

 

「何故――? こんないい芝なら幾らでも売れるだろう? 牧草としても高い需要があるはずだが?」

 

 私は『押すな』とかかれたボタンを、押したくなる衝動のまま、彼女にその話の続きを促してしまった。

 

「………販路確保する前に、開発と生産を見切り発車してしまいました。……生き恥です――っ」

 

 トレーナー君は『嗚呼』(あゝ)といわんばかりに声にならない声を上げ、勢いよく両手で顔を覆った。

 

 どうやら余程のことだったようだ。

 彼女の丸い耳は赤く染まり、うつむき、大変恥ずかしそうにしていいる。

 

 その姿からは『やってしまったああああ』といったところだろうか? そんな嘆きの声が、今にも聞こえてきそうだった。

 

 まさに青天の霹靂(へきれき)

 随分とうっかりした理由に、私も唖然(あぜん)とした。仕事に関しては几帳面かつ慎重で。優秀な彼女がまさかそんな失敗をしていたなどとは、夢にも思わなかった――。

 

「それは……まあ、うん。失敗は誰にでもある。しかし、それではなぜブランドを始める許可が降りたんだい?」

「失敗が悔しすぎて手分けして営業かけて、なんとか赤字は回避しギリギリ合格しました。今でこそ売れて少しずつ利益を伸ばしていますが、心臓に悪かったです。未熟だったころの最大の失敗なんですよ」

 

 どうやら私は彼女のトラウマを深く抉ってしまったようだ。好奇心故に迂闊な事をしてしまい、とても申し訳ない気持ちになる。

 

満身創痍(まんしんそうい)だが、結果オーライだったという事か。リカバリーできただけでも良しとしようじゃないか?」

 

"――……ん? ……まんしん ?――"

 

 いいものが出来上がりそうだ。ここは1つ、ジョークで元気を出してもらおうか!

 閃きと同時に私の耳は大きく動き、渾身の作品を彼女に披露すべく私は胸を張った。

 

「油断の意味の慢心とかけて、慢心創痍(まんしんそうい)だな」

「……」

 

 トレーナー君は手から顔を離し、ゆっくりと私を見つめた。

 その表情はまるで未確認生命体(UMA)でも見たかのような、ポカーンとした顔をしていた。

 数秒ほど眉を(ひそ)め、難しい事でも考える様に首を傾げる。そして自身の胸の前で彼女はポンと手を打つ。

 

「――――……あ! そういうことですか! 今日はキレッキレの日ですね。よく出来ていると思います!」

「そうだろう? 本当にいい具合にできた!」

 

"――どうやらジョークは大成功だったようだ!――"

 

 しおれかけた花が水を得て、活力がもどったように元気になった。そんな彼女を見て私は安心した。

 そして私たちはふたりで顔を見合わせ、月明りの中で笑いあう。

 

 メイクデビューまであと3ヶ月ほど。トレーナー君とならば、初陣はきっと良いものになるだろう。

 草原の香りと空気に包まれながら、私は心を躍らせた――。

 

   ◆  ◇  ◇

 

 談笑のあと、ルドルフは私を寮へ送ってくれると申し出てくれた。

 けれど、それは立場上受け入れることは出来ない。断りを入れ、渋るルドルフを先ほど美浦寮に送り届けた。

 

 そして私は月夜の道を進み、『待ち合わせ場所』へと向かう。

 

 ルドルフと競い走って遊んだ直後のことだった。

 ドリンクを置いていた位置に戻った際、アプリに『例のモノ』が出来たと『情報屋』から連絡が来ていた。

 

 "職業倫理上の観点"から門限に近い時間に来てもらうのは良くない。よって、期日前報酬は"本日分"も入れて支払うので、受け渡しは明日に。そう返信し提案した。

 

 しかし、即返ってきた返答は、門限越える手続きをした。月見花見の散歩ついでだから出向く。……強引に押し切られてしまった。

 

 学生も職員帰り、警備の人も詰所に戻っている。

 辺りは私以外の気配もない。

 

 ――締め忘れた蛇口から水滴がしたたり、その音がただ響くだけ。

 

 その中で、私は学園の女神像のに佇み、約束のした時間になるのを待っていた。

 髪を高く結んだままにしていると痛くなる。少し夜風に通したかったので、まとめていたゴムを外し下ろした。

 

 髪を暫くそよがせていると、私の他少しずつ、

 

 

   ――何者かの気配がこの空間に溶け込み始める。

 

「待たせたな! いやーてっきり会長様とのデートでぇ、アタシとのデートはすっぽかされるかと思ったぜー!」

 

 この場に蹄鉄の音がカツン、カツンと、ゆっくりとした歩調を表しながら軽く響いた。

 

 私は音へゆっくりと振り向く――。

 

 その存在は建物で出来るひと(きわ)青が深い影を抜けてくる。

 

 月明りのなか、その姿が照らされはじめた――。

 

 闇の海から浮かび上がったその表情は、結んだ唇が笑みを表す弧を描いている。そして、目立つ長身に学生服。

 

 月明りに輝く、白い髪を軽くそよがせた声の主――――。

 学園のエンターティナーことゴールドシップが、月光をスポットライトの様に浴び、レッドカーペットの上を歩くスターのように颯爽と現れた。

 

 

「こんな時間に学生の身分の貴方を来させてしまい、申し訳ございません。あと、デートではないです。断じて。というか、見ていらっしゃったんですね?」

 

 私が眉を顰めゴールドシップを見つめる。すると彼女はすっとぼけた表情を浮かべた。そして両手の平を自らの顔の横から少し離し上に向け、左右に揺れた後くるりと回る。

 

「ばっちり見たぜ! アタシの他にはだーんれも来なかったぞぉー? なあアレ号外にしてもいい?」

「お客様第1主義者の貴方ならしないでしょう?」

 

 ゴールドシップは絶対にお客は裏切らない。

 なぜならゴールドシップは破天荒なエンターティナーだから。

 

「おー? 相変わらず良い読みしてんな? 流石皇帝が直々に迎えにいって、その寵愛(ちょうあい)を一身に受ける生真面目なお嬢様(トレーナー)だけあるなぁ」

 

 ゴールドシップはそういって、あごの下に左手の人差し指と親指だけ伸ばし、うんうんと頷いている。そんな彼女の様子に、思わず呆れ一色のため息が出てしまう。

 

「入職早々、スキャンダルで『文秋砲』の餌食になり、一発大破だけはしたくないですよ?」

「なるほど! アタシに因んだ船の言い回しナイスぅ! 座布団10まーい! ドンドンパフパフ! ぱちぱちぱち! だ、け、ど、相変わらずぶれない上にお堅いなぁ。……ほら。バイト代は永世中立国の口座に『()()()()()』と、『GOLDEN』(素晴らしい)の組み変え合わせでよろしくぅ! 振り込みおくれんなよ? 遅れたら、ゴルちゃん! お客様をダートに沈めちゃうぞっ☆」

 

 私はゴールドシップから記憶媒体を受け取った。ゴールドシップは頭の後ろで腕を組み、ニヤリと大胆不敵な笑顔を浮かべて見下ろしている。

 私は通信アプリを開いて財閥の部下に指示をとばす。

 

「期日前報酬を含めたバイト代の振り込み指示を飛ばしました。――遅くとも明日の朝には振り込まれるかと」

「流石ぁーそこにしびれるあこがれなーい! でも、なんでそんな回りくどい事するんだよぉ? アンタなら単独でも解決できるんじゃね? 50個の星の国旗んとこのエライオッサンの養女だし? 可愛くお・ね・が・い☆ すれば逆らえないだろうここの上は」

 

 ゴールドシップは私を斜め下に見下ろし余裕の表情を浮かべている。頭のいい彼女ことだ、おそらくこの態度は『わかっていて聞いている』のだろう。

 

「そんなことを何にも悪くない人たちにできませんよ。……変わることへの不安は誰にだってだってあります」

 

 私が来たことで、今を守りたいだけの人たちを不安がらせてしまった。

 それは私の望む所ではない。そしてその恐怖は最悪の場合、ルドルフの覇道を(はば)んでしまう結果を招くだろう。それは生徒会長を担う彼女の汚点になりかねない。

 

 学園の現在の組織図は悪くない。

 長い目で見れば豊かな組織にもなる。しかし、停滞を恐れフリーエージェントを安易に乱用すればどうなる? 外からの刺激になるどころか、いつか教育的な問題を引き起こしかねない。

 

 ――ただ、それなら今のままで良いかといえばそうでもない。

 

 いつかは見直し、問題があれば逐次(ちくじ)変えければ不満が溜まってしまう。

 私に取り巻いている気配の中に、その旗印として利用する何者かの意図が、時折含まれている事に気付かないほど、私は(おろ)かではない。

 そして、それはルドルフの為にも、最善の形に収めなければならない。

 

 ――だからこその腹の探り合いや人脈作りが必要だった。

 

「――明日もしかしたら、話し合える人とも、話し合えなくなってしまいます。あと」

「あと……? なんだよぉ! もったいぶんなっつーの! 脚溜めんな!はやくぅ!はやく教えてくれよぉ!!」

 

 ゴールドシップは私の目の前で地団太をふんだり、ふざける様におどけている。

 

「いちトレーナーが、理事側と生徒会の在り方に関わるような、根幹部に関わる仕事を奪うのは越権行為です」

 

 理事長にはたづなさんがいる。『シンボリルドルフ生徒会長』には、副会長のエアグルーヴやナリタブライアンがきちんと支えている。

 

 そこに余計な手出しをする事は、私の矜持が許さない。自分で考える事が出来る子供たちから、考えることを奪う。それはいささか過保護がすぎる。

 

 ルドルフは――自分で道を見出す事が出来る。私はそう信じてる。

 

 頼まれた意見書と考えるために、必要な"聞き()らしてはいけない声”のデータまとめて渡せば、あとは理事とルドルフが対処しなければならない。

 

 求められればヒントを出す。それ以上は蛇足だ。余程、何か支障がある事でなければ、干渉すべきではない。

 

「不満の声のうち、ルドルフや私では手が届かない所を集めてくれて、ありがとうございます」

「こんなもん朝飯前だぜぃ☆ ――ゴールドシップの情報屋サービスの、またのご利用お待ちしております――」

 

 謎のテンションからの丁寧語でのお礼。それをいい終えると、今度はマナー教師のお手本のような綺麗なお辞儀をゴールドシップは決めた。そして彼女は自身のそんな姿がツボに入ったのか、両手を何度か目の前で打ちつけ笑っている。

 

 

"――そもそも私は『噓つき』だから偉そうにする資格はないんですよ――"

 

 最初はただ、助けてくれた養父やウマ娘に恩返しがしたかった。

 

 それだけだった――。

 

 過程を飛ばし目標だけ見て勉強し、実績を積み重ねていた。その愚直(ぐちょく)な行為の結果、気付けばギネスに載り、この世界の人類史の努力を踏みにじっていた。

 

 生まれ変わった分積み重ねがあるだけ。お嬢様っていうのも、たまたま運に恵まれただけ――!

 

 本当は天才になんかきっと到底及ばない……。

 

 そしてルドルフから私への憧れを聞いた時、照れるのは一瞬だけ。すぐに気まずさと罪悪感、そして申し訳なさが直後から胸を突いた――。

 

 未だに私はルドルフの憧れの、あの光景には居る資格があったのかわからない――……っ。

 

 鼻と目じりに湿り気とツンとした気分を(まと)いそうになる。制御の弱い感情に叱責を入れ、みっともないと感じるそれらを引っ込める。

 

"――天才という称号は、目の前のゴールドシップのほうが余程ふさわしい。彼女は間違いなく天才だ――"

 

 生まれ変わる前は管理の関係で嘘をつけなかった。そして嘘をつくことが、こんなにも苦しいとこの世界に来て初めて理解した。

 

"――これが嘘をついた人の心の痛みなんだと……――"

 

 分相応の見た目のせいで目立ってしまった。

 

 けれど人脈づくり以外は出しゃばらず、謙虚に誠実に生きていきたい。

 先人の知識をどうしても助けたくてやむなく使うこともあった。しかし、その後猛烈な罪悪感を感じた。そういう厚かましい行動をとり続ければ、物理的には満たさるが心は荒んでゆく。

 

 だからずっと勉強し続け、自分の力の底を上げようともがき続けた。そして無理やり痛む心のまま、己に発破をかけて開き直ろうともした。

 

 一度世の中に対し天才だって嘘をついたんだから最後まで、意地でも『偽りでも天才』で在ってやりたい。自分で背負ったから、期待されているからには、嘆いている場合ではない。

 

 その道を歩むたびに心がズキズキと痛むけど、振り向いている暇なんてない。

 

"――開き直っている私が、他人を糾弾(きゅうだん)する資格なんてないんだよ!――"

 

 笑い終えたゴールドシップは胸の前で両腕を曲げ、くねくねと腰をくねらせながら動きこういった。

 

「いいってことよー! ホントにぶれねぇなぁ! ……ゴルシちゃんもそこまで想ってくれるトレーナーがほしいなぁ☆」

 

 ゴールドシップは足は楽に開き、左手は腰に当て、右手は胸より少し高い位置で弧を描くように動かしながら指をぱちーんとならした。

 

「――まだ見つかりそうにないですか……?」

 

 ゴールドシップは中々よき理解者に恵まれないらしい。そのためトレーナー探しが難航していると聞いたことがあった。心配になり声をかけると、頭の後ろで手を組むゴールドシップの目元と口元の形が綺麗な笑顔に変わる。

 

「お? 心配してくれんの? サンキューな! ……まあ、私の事を理解してくれる奴が来るまで待つよ。――――せっかく()()()()()()()()んだしさ

「―――え?」

 

 強く吹いた一陣の風により、木々が観衆のように騒がしく()れる。その音で掻き消えて一部聞こえなかった――。

 

 ゴールドシップは少し寂しげな気配をまとい、最後に何かを言っていた。

 

 いつもと様子の違う彼女に対し、心配だなと思っていたら……。

 

 ゴールドシップは私に対し急にヘッドロックを決めた!

 そしてガシガシぐりぐり! と、私の髪が乱れるのも構わず、頭をなで繰り回す。

 

「ちょ! やめなさいゴールドシップさん!」

「よっしゃー捕獲ゲット――――!! 隙ありぃ!! 思った通り! お前めっちゃ触り心地いいなー髪! いいなー会長様は、こんな健気なトレーナーと出会えて! 」

「っ! うわっぁ!」

 

 そして今度は素早く両脇に手を通され、高々と持ち上げられた。

 彼女は私を下から見上げながら、真剣な表情を浮かべる――。

 

 そんな彼女の瞳に、私の不安げな表情が反射していた。

 隠していたつもりがどうやらバレバレだった。それに気付き余計にショックを受ける。

 

「……つか、アタシの事よりもまずもっと自分を大事にしろ。じゃないといつか後悔するぞ? "セレーネー(満月)の癖に裏はヘカテイア(新月)なトレーナー()()()" 」

「……えと……お気遣いありがとうございます……?」

 

 また途中何か言ってい。しかしそれは、聴覚が人間並みの私には、聞き取れる領域にない音だった。

 ゴールドシップは口元と目元をニッとでも効果音が付きそうな、いい笑顔を浮かべた。そして私を下ろし頭をポンと左手で一度撫で――。

 

「じゃあなぁー! 忍び込んで帰るし、ばれっから見送りいらねーわ。アンタもさっさと帰れよー?」

 

 ゴールドシップは私から離れると、ウキウキとしたステップを踏みながら、足早に駆け去っていく。

 意味深なようで、途中ハイテンション。意味深でもないような、そうでもないような……。ゴールドシップの発言の意図意味全てが分からない。そんな堂々巡りの思考のせいで頭の中で私は迷子になった。

 

 そして、ただ立ち止まっている髪の乱れた私が、女神像の前にしばらくの間残された――。

 


【ヘカテイア】

 またの名をペルセースの娘。ペルセースは太陽神へ―リオスの子。

 カナリアやトラキアで信仰されていた()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()、即ち()()を司る。

 

 人々に成功を与える女神で、他の神々よりも真っ先に祈ればそのご利益は増す。

 司るのは ()()と――セレーネーよりも()()()()()





【考証的な設定】――読み飛ばし可
 ・坂路の申し子ミホノブルボンさんを考えるとまだ
  坂路という表現はなしが無難
  『坂道』とさせていただきました。

 ・現代の日本には草原調教施設や
  芝の坂路が日高にはあるみたいです。

 ・ペレニアルは品種改良により、
  耐暑性が上がったものが実際にはあるみたい。
  それよりさらにチートペレニア(架空)にしてみました。

 ・日本と海外の馬場の違いは何て言うかコースの土の下の部分まで違う。

 ・トレーナー君は慣らすことで対策をしようとしています。

 ※坂路自体はシンボリ牧場の千葉拠点にあった。
  それを参考に栗東に作った経緯があるそうです。

■変更履歴
 ゴールドシップさんのセリフ中の国旗の星の数を51から50に誤字のため変更しました。
 誤字発見へのご協力ありがとうございました。

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