街の片隅には、詩が響いている──。




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街の片隅で詩を唄って

 

 

 

 私は、通り雨が過ぎて晴れ渡った或る日の午後に、吉祥寺(きちじょうじ)という街を久方振りに一人で歩いていた。

 大都会東京を東西に横貫(おうかん)する中央線。ターミナル駅である新宿駅からその中央線に乗って西方に向かって数駅のところにこの街はある。

 この街の目抜き通りにはこの御時世であるというのに、のべつ幕なしに人が行き交う。それは疫病が蔓延(はびこ)る前──記憶の中の数年前の街と変わらぬ様相であった。強いて言うのであれば、口許(くちもと)を覆う白と黒、はたまたはグレーの布が有るか無いかの違いであった。

 

 私用を済ませた後、無聊(ぶりょう)(かこ)っていた私は、これまた久方振りに()(かしら)恩賜(おんし)公園に足を運ぶことにした。井の頭恩賜公園は駅の南口から徒歩五分程の場所にあり、吉祥寺という街を象徴する広い公園である。繁華街と自然豊かな井の頭恩賜公園という都心部には滅多に無いアンビバレントさが、人々を惹き付けて、“吉祥寺”という名前はブランドがあり、その名前は人口に膾炙(かいしゃ)しているのであった。

 公園の入口へと続く道──七井(なない)橋通りに入って行く。

 この道は道幅が狭く、北口と違ってネオン色は一切見当たらないものの、昔から若者等が好みそうな流行りの店が奥まで立ち並んでいた。だから車の代わりに若者たちが、似たり寄ったりの格好をして、手元には蓋付きのプラスチックのコップを持って、肩で風を切るように歩いていた。お洒落には門外漢(もんがいかん)の私には陳列棚にぎっしりと詰められて奥まで並ぶ商品のように同じ風体にしか見えないのだが、彼等はそこに確かな誇りと自信がある様であった。

 しかし、誰も彼もそうなのである。私だって、例に漏れることは無い。ある程度決められた枠組みの中で、生きる事を求められるのだ。下手に自己主張をして、その枠から逸脱すれば、それはこの島国では狂人なのである。醜いアヒルの子は、基本一生醜いままであるのだ。

 

 建物の影から活気(かっき)横溢(おういつ)とした新緑が目立ってきた。向こうにあるあの階段を下りると、そこが井の頭公園であり、都心へと続く神田川の水源にもなっている井の頭池が目前に現れる。

 階段に差し掛かって、その上から一度眼下に見下ろすも、やはり記憶とは変わらなかった。等間隔で植えられた木の枝葉から覗く木漏れ日が広場を照らしていた。その広場の中央にある大木の周りは人集りで(ひし)めき合っていた。階段の脇には、先程の通り雨の跡を(つぶさ)に印す夢(なか)ばで散った(みどり)色の落ち葉に並んで、発泡酒の空き缶が投棄されている。

 ここに来るまで昔と変わらぬ人の流れを見ていたのに、この御時世だからこそ私が求めているものがこの公園にあるのではないかと(びょう)たる期待が私の胸中にはあった。

 だが、やはりこの場所は吉祥寺という街の延長線上に過ぎなかった。皆が礼賛(らいさん)するこの街の隣にある豊かな自然も、(いた)く人工的で俗物的な物にしか感じないのである。賑やかで、(かしま)しい。だからこそ今の私が辟易(へきえき)としてしまう場所であった。

 決して、私はこの場所を嫌っている訳では無い。何度もこの場所には友人と共に来訪したことがある。しかし、この頃の私の年を取ったが故の心境の変化が、きっとこのような否定的な思考をもたらしているのであった。

 

 園内に入る気が()せてしまったので、(きびす)を返して帰路につこうとしたその時であった。ふと耳に音が入ってきたのだ。

 喋り声でもない、足音でもない。それはこの中では異質な張った弦が掻き鳴らされる音だった。

 階段の中腹に目を()らすと、季節外れの紅色のマフラーを首に巻き、灰でも被ったような立派な顎髭(あごひげ)をたくわえた初老の男性が、微笑をその(しわ)が細かく刻まれた目尻に浮かべて、アコースティックギターに似た弦楽器を弾いて居たのだ。

 

 耳を少し澄ませば、彼は歌を歌っていた。

 

 しかし、それはまさしく醜いアヒルの子であった。だから行き交う烏合(うごう)の衆は誰も足を止めることはなく、もはや一瞥すらもくれることすらもなく通り過ぎていく。しかし彼はその右手で掻き鳴らし、絶えず歌い続けていたのであった。

 

 私は暫く階段の上で立ち止まって、その歌っている歌を聞いていた。

 お世辞にもキャッチーとは言えない音色。少し(しゃが)れてしまっている声音。

 しかし、それらに乗せられた言の葉には、強烈なものがあった。

 

 最初は何の変哲もないこの街の片隅にあるありふれた情景を歌った歌であった。婉曲(えんきょく)的な表現などは一切無かった。

 

『僕は見た。凍えた冬の日の夜に、井の頭池に架かる七井橋の(てすり)に寄りかかった二人の男女。二人が一本の長く赤いマフラーを互いの首にかけて、暖を取る様に仲睦まじく身を寄せ合っている』

 

 そして、彼はそれをこの様に称した。幸せだ、幸せだ、と。

 

 しかし、そこから次第に、私たちとは縁のない別の世界──戦禍(せんか)に巻き込まれ壊れゆく世界を切り取った詩になったのだ。

 

『僕は見た。白いベッドの上で寝そべる男の子の首元に巻かれた包帯は真っ赤に染まっている。そして、母親は目に涙を浮かべて、生色(せいしょく)を失った幼い頬に寄り添っていた』

 

 そして、彼はそれをこの様に称した。不幸せだ、不幸せだと。

 まるでこの目で確かめてきたような生々しさを(はら)んだ詩と、鮮明すぎる対比は私に計り知れない衝撃を与えた。

 この後も、この公園で起こる何気ない幸せな情景と、それに対比される生々しい不幸せが詩として、唄い続けられた。

 そして、この詩の最後は、こう続いた。

 

 

『──この詩で僕は世界を救うことができるとは思っていない。誰かの不幸せを幸せに変えることができるとは思っていない。それはとうの昔に思い知らされた一介のしがないシンガーさ。

 今、こうして歌っている時も、何処かで名の知らぬ誰かが酸鼻(さんび)を極めた非業の死を()げているだろう。それを救うことは今の僕には到底出来ない。

 でも、唄うことはできるのさ。君たちに僕が見た世界を赤裸々(せきらら)に伝えることはできるのさ。だから、僕は今日も、明日も、その先も唄い続ける。いつの日か誰もが幸せになれる世界を望んで。世界は幸せだという讃歌(さんか)を、君たちが歌える日を望んで』

 

 その歌を聴き終わった後、私の中の安物の厭世(えんせい)観は露と消えていた。歳をとって世界を他人よりも知ったような風を吹かせて、冷笑的な目で彼等を見ていた私の方が余程、俗物的であったようだ。

 私は財布の口を開けて、僅かではあるが何枚かの小銭を握り締め、その階段を数段下りた。

 赤いマフラーを巻いて楽器を抱えた初老の男性の手前の缶には、数枚の硬貨が入っていた。私は、手に握り締めていた何枚かの小銭を入れた。

 

「ありがとね」

 

 すっかり老熟して包み込むような低い声で感謝を告げた彼は、私に向かって柔和(にゅうわ)に微笑んだ。その微笑みによって生まれる皺の一つ一つに、彼が経験してきた日々が刻まれている様な気がした。

 私は軽く会釈(えしゃく)をして、階段を上った──。

 

 赤光(しゃっこう)が差し込む帰りの電車の中で、あの初老の男性について調べていた。

 どうやら、彼は二〇代後半から二〇数年世界各地を転々としていたそうだ。人々が陽気に鼻歌を歌う欧米だけではない、原子力発電事故で不毛の土地となったチェルノブイリ、中東やアフリカといった貧困と戦争に(さいな)まれ、日常生活の中で常に死と隣り合わせの地域にも訪問したようだ。そして日本に帰ってきた一〇年ほど前からあの階段の中腹で昼下がりから夕暮れにかけてほぼ毎日唄い続けているそうだった。ほぼと言っても休む日は嵐などのやむを得ない事情がある日だけであって、晴れの日は必ず唄っているそうだった。あの赤いマフラーを巻いて。

 そう、つまり私も、彼の目の前を幾度もなく通り過ぎていたのだった。

 

 

 

 きっと、明日も、明後日も、明明後日、その先も彼は天寿を全うするその日まで、あの街の片隅で詩を唄い続けているだろう。

 私は、あの赤いマフラーを巻いた初老の男性が彼の望む讃歌を唄い、その詩があの街に響き渡る日が来れば良いと思った。

 

 私は何が出来るのだろうか──。

 

 まもなく新宿に到着すると車掌のアナウンスがかかる車内の中で、私は私自身に問いかけていた。

 

 だから、私は今、この(つたな)い文を(したた)めている──。

 

 

 

 

 

 







拙文を読んでいただきありがとうございます。
モデルの方はいらっしゃいますが、フィクションの私小説です。

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