ようこそひより至上主義の教室へ 作:nagai
龍園の戦略には大人しく乗っておく。
俺たちCクラスは、龍園を残して豪華客船での楽しいエンジョイタイム……楽しいエンジョイっておかしいな。
まあ、とにかく。ひよりといちゃつきたいなぁとかそんな感じだ。
全裸でソーラン節を踊りながらひよりと二人きりになりたいと念を送っていたら、伝わったらしい。同部屋だったクラスメイト達が気を使って外に出て行った。しばらく帰ってこないでくれよと頼んだら、カクカクと壊れた人形みたいに何度も頷いていた。
ひよりに電話する。メールだと気づかないかもしれないから、電話しても良いかとあらかじめ聞いていたが、思ったよりもすぐに出た。もしかして待っていてくれたのだろうかと嬉しくなる。
「ひよりー。あそぼー。おーちきてー」
「……あの、お部屋に行けばいいんですか? 部屋番号を知らないので……」
「それもそっか」
部屋番号を伝えてしばらく待っていると、控えめなノック。当然ひよりだ。開けるまでもなく予知できる。
ノックからも伝わる性格やら空気感。隙間から漏れてくる香りすら感じられてきた。
「おっと」
勢いのまま扉を開けそうになった。慌てて服を着る。それから。
「ごめん。お待たせ……」
「いえ」
ひよりは部屋の中を窺って、ほんのわずかに首を傾げた。
「修治くんだけですか?」
「うん、なんかみんな、ひよりと二人きりになりたいなぁって念じてたらいなくなっちゃった」
「そんなこともあるんですね」
ひよりとお互い感心しながら。
なんとなく同じベッドに腰掛けて、お互い本を開く。
人によっては、恋人と二人きりでやることにしてはふさわしくないと思うかもしれない。
でも、俺にとってこれ以上の幸福はないのだ。
本を読む。内容に集中する。その中身は、きっと俺の好きなものだ。文学かもしれないし、大衆小説かもしれない。ライトノベルかもしれないし官能小説かも。学術書かもしれないしハウツー本かもしれない。
ただ、なんでもいいわけではない。
自分が大好きな本だ。自分が大好きな本を読んでいる。
その時ふと、横に体温を感じる。僅かな吐息と、甘い香り。
自分の中でぐつぐつと性欲が高まって。でも、それをもっときれいな感情で塗りつぶせるような気がした。
「ひより……」
「? どうかしましたか?」
「好き。大好き」
☆
そんなことをしている裏でも龍園は一人で頑張っているのだろうと思うと、泣けてくる。
先ほどまでよりもちょっとだけ密着して。というかたがいに抱き着くような姿勢で本を読んでいる。
ここまで来たら行くところまで行こうぜという感じもするが、正直それは嫌だ。
俺は、要は親から性的虐待を受けていた人間だ。自分では、そこまでそれを負担に感じていないように思うが……それでも、気づかない心の傷とかがあるかもしれない。そんなことでひよりに対して苦手意識を持ちたくない。
いっそのことひよりが母親のように縛り付けて無理やり犯してくれれば楽ではあるが。それも望ましくはない。
文学において性描写があるのは、基本的にはそれが人の営みであるからだ。もちろん不用意に煽り立てるような描写は、それだけで作品全体の純度を落とすが。
人間が性から逃れられないのは、それが増えるために必要なことで、強烈な欲求の一つだから。それを芸術の土台では、美へと昇華させる。日本食がその文化や美意識から、芸術としてみなされることがあるように。
性は生々しかったり汚らわしいものだけじゃなくて、もっと美しく在れる。
ただし、俺とひよりの間にそれはまだ、必要ない。
俺はただ、体温を感じていたかった。
「そういえば。この船には様々な施設があるみたいですね」
「うん? そうだね。あまり関心は無かったけれど」
そこまで関心を持てる施設はなかったが。
もしかしたらひよりはそうではないのかもしれない。
そう思いながら尋ねると、
「修治くんと、いろいろ見て周りたいんです」
ひよりの魅力は多数あれど、個人的には照れている時のひよりの破壊力を語りたい。
ひよりはどちらかというと能天気そうというか、ぼんやりしているようなイメージもある。それは、時には本当だし、状況に応じて自分のそのイメージを利用するしたたかさも有している。
天然なところがあるのも本当だし、それを自ら理解して利用しているのも本当だ。
そこに魅力があるのはもちろんのこと、そんなひよりが照れているというのは、やっぱり何というか、脳が震える。
そんなわけで、殆どCクラスだけで独占している船内を歩いていると。
本来いるはずのない人物が、ちょっと常軌を逸した格好で歩いていた。びしょ濡れの、ものすごく面積の狭い水着で。
「高円寺? 何でここに?」
俺のつぶやきを拾ったひよりは、小声で答える。
「どうやら体調不良で戻ってきているみたいです」
「あぁ、そういう感じか」
まあ、一応形としては俺たちCクラスも体調が悪かったり、精神的に限界だったり、なんやかんや持病の癪がみたいな感じで船に戻っているから、人の事を言えないが。
ちなみに俺は冗談で古傷が傷むと言ったら、結構ガチで心配されて申し訳なかった。俺の申し訳なさそうな表情を見て星之宮先生が超ちっちゃく舌打ちしてた。
とはいえ、高円寺がいる可能性くらいは考えていたし、出くわしたら会話してみたいとも思っていた。
「やぁ高円寺君……僕の彼女の前であまり刺激的な格好をしないで欲しいな」
ひよりの眼を手で覆って。ついでちょっとだけ抱き寄せながら言う。
高円寺とは話したことが無い。最初の会話くらいは友好的にいこう。
高円寺の性格は調査済み。対応の仕方も何度もシミュレーションしている。正直勝てる相手だ。今すぐ殴り合いになったら無理だが。
高度育成高校という舞台において、高円寺は隙を見せすぎている。油断も多い。ハメようと思えばいくらでも蹴落とせる。現に、Dクラスにとって高円寺が今この場にいることは好ましくない状況のはずだ。
そういった不和を外から膨らませて、きっとどこかで強烈な爆発を起こせる。
綾小路よりも、個の力は上だと思う。同じ時間同じ環境で過ごせば、高円寺の方が少し強く成長するだろう。最も、テストで図ろうとしてもお互い百点を出し続けて明確な決着はつかないだろうが。
だが、綾小路と違って簡単に退学させられる相手でもある。
やる気を出されない限りはという条件付きだが。
高円寺はちらりとこちらに視線をやって、少し沈黙。
「? なにか?」
「いやなに、大したことではないさ。確かに私の美しいボディを見てしまえば気も移ろうかもしれないからねぇ」
「あ? 殺すぞ」
「大言壮語は自らを辱めるだけだ。私も君のことは聞いたことがあるよ志島ボーイ」
「……ごめん。今のは俺が舐めてたね」
「なに。恥じることは無いさ。私のことを知りたいと思うのは当然のことだろうからね」
「そうでもないよ。知りたいのは、まあ一つだけか」
「好きにするといい。私としてはお勧めしないと言っておこうかな」
そこまで言って、高円寺はこちらをもう気にする様子も見せずに、鼻歌交じりに歩いて行った。
いや、あんなあるのかないのか分からん水着で往来を歩くなよ。というか体拭けよ。常識ねーのかな?
しかしまぁ、もしも出くわしたらちょっとだけおだてて様子を見ようと思っていたのだが、軽くあしらわれたな。
高円寺は用意していた反応を見せたのだと簡単に見破った。
意外なのは、向こうも俺のことを認識していたことだろうか。
もし同じクラスになっていたら、案外時々楽しく会話するくらいの仲にはなれたかもしれない。
でも、それ以上はあり得ないな。
高円寺自身は気にしていないかもしれないが、俺としては我慢ならない事でもある。
俺は俺の天才性を理解しているし、それはアイデンティティだ。
高円寺が俺と同じ能力を持つとは思えない。絵は俺がずっとうまいし、工学に関して高円寺が俺に勝つことは永遠に無い。
でも、それらは、高円寺が俺に勝とうとしていないからでもある。
いつか、お互いに勝とうとしている局面での対決を。
「……いや、いいか」
「? もういいですか?」
ずっとひよりの目を覆ったままになっていた手を放して、今度は手を繋ぐ。
「俺は正直人生アガったつもりだから」
例えば仮想通貨で信じられない額を持っているとか。
印税がいくらでも入ってくるだとか。
高校に入る前からいろんなところから誘いの話があるとか。
趣味で作ったプログラムの利用料が入るだとか。
そんなの無関係に一生遊べるくらいの金があるだとか。
色々と人生攻略完了と言えそうなものはある。
でも、俺としてはひよりと付き合えたのがそれだ。
「今はひよりに集中したい」
「そ、そうですか……?」
気を使って好かれるのも違う。
気を遣わずに雑に接するのもまた違う。
幸福とはお互いの譲歩の上で成り立っているが、そのお互いの譲歩が不幸では本末転倒だ。
ゆっくりと時間をかけて、一生を共に歩めるように。
ひよりと成長していきたいと思う。
ひより表紙なのにちょっと物足りなさはありましたが、おおむね満足です。
漫画で√堀北やってるし、このままメインヒロインになっちゃえよ(石崎風に)!
いよいよ高円寺と綾小路の決戦が見れそうな雰囲気がありますが、お互いに明確に敵と認識すれば、お互いに相手を排除するまでやるでしょうから、プロテクトポイント分綾小路君不利なんですよね。大穴で和解ルート予想しておきます。
あと、森下藍にちょっと気持ちが…………可愛いよね。
なんだか、森下藍が寮の裏で生き物観察をしているシーンに既視感があって不思議でした。なんか……多分あのシーンを読んで、読者の中で一番奇妙な感覚に陥った自信があります。
森下藍かわいい。ひよりもかわいい。