やはり俺の社会人生活は間違っている   作:kuronekoteru

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やはり俺の社会人生活は間違っている #12

 

「お久し振りね、由比ヶ浜さん」

「おひさ、ゆきのん!」

 

 土曜日の夕方、私は三週間振りに由比ヶ浜さんと会う約束をし、都心のカフェに訪れていた。私としては比企谷君も連れてきたかったのだけど、由比ヶ浜さんに断られてしまった。理由は分かるけれども。

 

「でさ、ヒッキーとは上手くいってる?会ったとは聞いたけど、詳しく教えてよー」

「教えるから、わざわざ隣に座って腕を掴まないで頂戴」

 

 二人用ソファー席なのでスペース的には余裕があるはずなのだが、由比ヶ浜さんの距離が近いせいで端に追いやられる。

 

 彼女は期待の目で私を見つめている。仕方ないので、軽く咳払いをし、綺麗に座り直してから話し始める。

 

「彼と会えた日にね、翌日の映画に誘ったのよ」

「結局ゆきのんが誘っちゃってるじゃん……」

 

 そこを突かれると弱い。けれど、それ以降は基本彼から誘ってくれているのだから問題はないはずよね。

 

「……けれど、その日の夕飯は比企谷君から誘ってくれたわよ」

「おおー、ヒッキーもちゃんと成長してるじゃん」

 

「先週の金曜日も焼肉に誘ってくれたし、土曜日も遊びに誘ってくれたわよ」

「本当にヒッキーか疑いたくなるくらい誘ってる……。ちなみに昨日は?」

 

「……昨日は何か用事があったみたいよ、相手は教えてくれなかったけれど」

 

 未だに消化出来ていないので不機嫌を隠せずに言葉にしてしまった。由比ヶ浜さんはそれを聞いて何か考え込んでいるようだ。

 

「うーん、教えないってことは多分女の子だよね。会社の後輩とかかなあ?」

 

 私もその線は考えていたけれど、内緒にする理由が分からなかった。別に話してくれれば怒ったりはしない、はず。

 

「あーもしかして、いろはちゃんじゃない?昨日が誕生日だったし」

 

 スマホを取り出し、LINEのタイムラインを見せてくれる。

 確かに一色さんの誕生日と表示されているし、昨日が誕生日だったことは覚えていた。

 

「けれど、大学生の時に彼女から連絡が来たことなんて無かったでしょう」

「社会人になったらヒッキーが恋しくなったんじゃない?高校の時は仕事がある=ヒッキーに頼る、みたいな感じだったし」

 

 確かにそう言われたら納得出来そうな気もする。一色さんの彼への執着は傍から見ていても異常だったと思う。

 

「ヒッキーが本当にいろはちゃんと会ったんなら、私たちも早く会いたいね」

「……そうね、一色さんは元気かしらね」

 

 もし、一色さんが比企谷君と同じ会社で働いているのであれば嫉妬してしまうだろう。けれど純粋に可愛い後輩に会いたいという気持ちも大きくなる。

 

 

「それは置いといて、私もそろそろヒッキーに会いたいな……」

 

 しみじみと彼女は呟く。

 それなら今日も呼べば良かったのに、とは思わなくもないけれど、彼女は私を想ってそうしてくれている。

 また直ぐに三人で集まってしまえば大学時代の雰囲気に逆戻りしてしまう可能性がある。正直、それも幸せだとは思うけれど、今は彼との仲を進展させたいという想いが何よりも強い。

 

「ごめんなさいね、私が不甲斐ないせいで……」

 

 本当に申し訳ないので、頭を下げて彼女に謝罪する。

 

「もー、私が協力するって言ったんだから気にしないで!」

「……本当にありがとう、由比ヶ浜さん」

 

 今も昔も、私は彼女の優しさに甘えっぱなしだ。早く変わらなくちゃいけないとは思うけれど、心地が良すぎて直ぐには抜け出せそうにない。

 

「早く比企谷君に会わせてあげられるように頑張るわ」

 

「うん、期待してる!……ゴールデンウィークには会えそうかな?」

「えっと、頑張ってはみるわね……」

 

 そこまで早い納期を要求されるとは思わなかった。会社で振られる無茶な納期よりもずっと無理なその期待には応えられる気がしない。

 

 

 × × ×

 

 

 プリキュアで涙を流し、シャワーで汗を流して出掛ける準備をする。

 今日の予定は猫カフェに行き、早めに夕食を取って解散らしい。明日の仕事に影響が出ないように遅くとも21時までに俺が帰れるように配慮してくれたらしい。天使かな?

 ちなみに、猫カフェは俺が提案した。食い付きが凄かったので即決定になったのである。

 

 今日の服装は先週に雪ノ下に選んでもらったネイビーカラーのジャケットを羽織っている。他は普段通りである。黒パンと白シャツだ。

 

 

 予定の5分前に雪ノ下のマンション下に到着する。最初からこうすれば良かったと思えるくらい気が楽である。周囲のご近所さんに怪しまれている様子もないしね。

 

 エントランスのオートロックで呼び出しをすると、直ぐに行くと言われて切られてしまった。久しぶりのゆきのんボイスが一瞬で終了してしまって悲しくなる。

 

 しかし、本当にすぐに彼女はやってきた。呼び出してから1分くらいしか経ってないでしょ、はっやい。

 

「……お待たせ、比企谷君」

「いや、今来たところだって」

 

 デートの定番みたいなやり取りをしてしまって少し恥ずかしくなるが、そんなことよりも雪ノ下が可愛すぎる。彼女はあのワンピースを着てくれていた。脳内イメージよりも可愛くなるのは何故なのだろう。写真撮ってもいいだろうか。

 

「やっぱり似合うわ。写真撮ってもいいか? 」

「……ありがとう、でもこんなところで写真はやめて」

 

 マンションの入口での撮影はNGらしい。仕方がないので、後で猫カフェで死ぬほど撮ろうと決意を胸にする。

 

「んじゃ、早速猫カフェに行こうぜ」

 

 彼女に手を差し出す、と同時くらいに手を握られる。ドキドキを味わう前に繋がってしまった。

 

「そうね、早く行きましょう」

 

 今日の雪ノ下さんが素早い理由って猫カフェですね、これは。少しだけ悲しくなるが、相手が悪かった。パンさんと猫には勝てそうにもない。

 

 

 目的の猫カフェは徒歩20分圏内だったので散歩も兼ねてゆっくりと歩く、つもりだったのだが予定の半分の時間で着いてしまった。雪ノ下さんの体力が少し心配である。

 

 店内に入る、早歩きをして熱くなった身体にはエアコンの効いた空間が嬉しい。

 二人での利用を店員に告げると直ぐに席へ案内してくれた。

 

 この猫カフェは半個室がコンセプトになっており、各席の周りには150cm程の敷居が立てられている。何となく雪ノ下の猫可愛がりモードを他人に見せたくなかったのである。

 席自体は柔らかめの大きなソファー席なので、長居するにも良さそうだった。

 

 心配としては猫が来てくれるのかってことなのだが、猫のおやつを買って待っていれば心配ないらしい。一人分500円なのだが、初手で三人分の購入を決めた雪ノ下を責めることはできまい。

 

「ひ、比企谷君……猫さんが来てくれたわよ」

「落ち着け雪ノ下、抱っこは禁止だから膝に乗ってくれるようにおやつを持て」

 

 猫が無事に襲来してくれたので慌てる雪ノ下さん可愛い。ちなみに抱っこが禁止されているので、撫でたりするなら膝に乗せるのがベストだろう。

 

 テンパりすぎて逆に猫を警戒させてしまっている彼女の代わりに見本を見せる。

 まずは猫のおやつを手で振って猫に気づいてもらう。そして、その餌を膝上に置いて様子を見る。そしたらすぐに飛び乗ってきてくれた。

 

「よしよし、可愛いやっちゃな」

「……比企谷君、私も撫でていいかしら」

 

 俺の膝に乗っている猫を撫でたいらしい。猫を前にすると少し臆病になるのが可愛い。

 

「当たり前だろ、遠慮せず可愛がってやってくれ」

「ええ、頑張るわね…」

 

 彼女は慎重に手を猫の頭に乗せて撫で始める。猫も気持ち良さそうに目を細めている。何ならゴロゴロと喉を鳴らして甘えているようだ。それを聞いた彼女は頬がゆるんでいる。ゆるゆるである。

 

 別の猫もその音に釣られたのか分からないが、もう1匹の猫がいらっしゃった。先ほどの猫はマーブルカラーのアメショちゃんだったが、今回の猫さんは白毛のラグドールだった。

 

「ま、また来たわよ比企谷君……」

「おう、今度は自分の膝に乗ってくれるように頑張ってみ」

 

 先ほどの俺の動きと同じように誘導をする。少しぎこちないのが可愛らしいけれど、ラグドールはちゃんと雪ノ下の膝に座ってくれた。

 

「おやつ食べるかにゃー?」

 

 猫なで声で猫におやつをあげる猫ノ下さんが可愛すぎてやばい。これを撮影しないのは流石に無礼であろう。お店としては写真は禁止されていないので、念の為フラッシュ機能を切った上で撮影に臨む。

 ……取り敢えずバレるまでは動画で撮影しよっと。

 

 撮影時間が5分を過ぎたあたりでバレてしまったけど、その間の光景が尊かったので大収穫である。家宝にしようかしら。

 

「あなたの写真も撮っていいわよね?」

「別に構いやしないが、猫を撮った方が有意義じゃね」

 

 猫ちゃんとの触れ合いにも慣れたのか、先ほどの撮影に対して思うところがあるのから分からないが、雪ノ下さんも写真が撮りたいらしい。

 

「一緒に撮るに決まっているでしょ、ほらアメショの猫さんにピントを合わせると比企谷君の顔がボヤけていい感じよ」

「それ俺の写真じゃなくて猫の写真だよね?」

 

 冗談なのか本気なのか分からないラインのボケである。え、ボケだよね?

 

 

 その後は2時間ほど代わる代わる来てくれる猫との触れ合いを楽しんだ。スマホの写真フォルダには200枚強の猫ノ下さん画像が収められたのだった。

 

 今は少し早いけれど夕食を食べるためにハンバーグ屋に来ている。ちなみにこの店も雪ノ下のマンションから徒歩圏内である。

 

「……比企谷君とご飯を食べるのも久しぶりね」

 

 先ほどまでは間違いなく和やかな雰囲気だったのに、急に彼女の機嫌が悪くなっている気がする。

 表面上は笑顔なのだが、目が全く笑っていない。え、その笑顔怖いからやめて?というか、金曜日のことまだ気にしてるの?

 

「い、一週間振りだな」

「そうね、本当なら二日前にも一緒に食べられたのにね 」

 

 はい、間違いなく気にしてますね。一色が秘密にしたいとか言い出さなければ正直に言えたのだが……。約束を反故にすることも出来ないので、上手く誤魔化すしかない。

 

「悪かったって、野暮用というかあれがあれでね……」

 

 言い訳が適当過ぎて、目が笑っていないどころか睨まれてしまう。早く白状して楽になりたい。あとマジで怖い。

 

「はあ……。その、一色さんでしょ?」

 

「なんだよ、もう連絡来てたの?なんで教えてくれないんだよ一色のやつ……」

 

 全く酷い話である。さっさと教えてくれていれば変な言い訳をせずに済んだというのに。

 

「あら、本当に一色さんだったのね。鎌をかけてみるものね」

「へ、聞いてたんじゃないの?」

 

 恐らく今の俺は驚愕で間抜け面になっているであろう。対面の彼女は呆れるように苦笑していた。

 

「金曜日は一色さんの誕生日だったから有り得るかもと考えていただけよ。あなたは昔から一色さんには甘いものね」

 

 すまん一色、バレてしまいました。あと一色に甘いのは君も変わらないからね?棚に上げないでね?しかし、もう隠せそうにないので白状してしまおう。

 

「たまたま俺の会社に入社してたらしくてな、月曜日に偶然出会って誘われたんだよ」

 

「……そう、やはり彼女は凄いわね」

 

 急に彼女の表情が暗くなる。確かに一色の処世術には見習うべきところもあるだろうが、雪ノ下には雪ノ下の良さがある。何なら良さしかないまである。

 

「隣の芝生はなんてやらってやつだろ、俺にとっては雪ノ下の方が凄いと思うぞ」

 

 小町ですら若干見放している気がする俺に対してこんなに深く接してくれているしね。ってか小町が最近連絡しても返事が来ないのは何でですかね。兄離れですかね、悲しい。

 

「……何が凄いって言うのよ」

 

 励まし方が適当過ぎたからか、彼女はジト目になってこちらを睨んでくる。

 

「今もこうして傍に居てくれているだろ……。そろそろ注文していいか?」

 

 恥ずかしいことを言葉にする自覚があったため、ぶっきら棒な口の利き方になってしまった。というか、お腹空いてるから不機嫌になるんですよね。人間は肉食えばストレスが吹き飛ぶらしい。

 

「ふふ、そうね、腐食耐性には自信があるわね」

 

 相も変わらずゾンビ扱いをしてくれるけれど、彼女の顔には笑みが戻っていた。理由はよく分からないけれど、俺の恥ずかしい言葉にも意味があったのだろう。今はメニューを眺めている彼女のその表情には、最近よく見せてくれる優しい笑みが浮かんでいた。

 

 

「そういえば、今日撮ったあなたの写真を待ち受けにしてもいいかしら?」

「それ俺の写真じゃなくて、猫の写真ですよね?別にいいけど」

 

 夕食を食べた帰り道、隣で手を引かれてにこやかに笑う彼女に声をかけられた。別に待ち受けにしてもいいけれど、きっと俺の顔はトリミングで削除されてしまうだろう。そもそもピンボケしてるらしいしね。

 

 そんな俺の投げやりな返答を聞くと、雪ノ下はお得意の挑戦的な表情になる。何を考えているのやら。

 

「そう、ならあなたも待ち受けを私の写真にしてもいいわよ。比企谷君にそんな度胸があればの話だけれどね」

 

 安い挑発である。そんな挑発に乗るのはあなたくらいですよ、雪ノ下さん?しかし、この余裕たっぷりの彼女に一泡吹かせたいという気持ちがないわけでもない。

 雪ノ下は俺の目をじっと見つめ、繋いだ手をにぎにぎして返答を待っている。仕方ない、ここは買ってあげることにしよう。

 

「……馬鹿にするなよ、俺には200枚を超える猫ノ下さん写真があるんだよ。その中から一番可愛いやつを選別して待ち受けにしてやんよ」

「そ、そんなに……」

 

 これ撮った写真の枚数まで言う必要はなかったですね。雪ノ下に引かれてしまったかもしれない。

 先ほどまで指先に掛かっていた負荷が今となっては弱々しい。最悪削除要請をされてしまうかもしれないのでクラウドに退避させようかなと画策する。

 

 ふと気が付くと、繋いでいた彼女の手の温度が熱くなっていた。振りほどけるのではないかと思うほど弱かった握る力も前よりも強くなっている。どうしたのかと彼女の表情を見やると、挑戦的な表情に戻っていた。ただ、綺麗な白い肌が今は真っ赤になっているので、頑張って取り繕っているだけな気もする。

 

「別に構わないわよ、折角だし勝負をしましょうか。……先に待ち受けを戻した方の負けよ、いい?」

「ふ、負けるビジョンが浮かばないな」

 

 そもそも待ち受けを変えようとは普段は全く思わない。しかも待ち受けには雪ノ下が猫と戯れている素晴らしい写真を設定できるのだ。余計に変える必要性が見当たらなくなるだろう。

 

「ふふ、では罰ゲームは負けた方が勝者の言うことをなんでも1つ叶えるにしましょうか」

「……まあなんでもいいけどね、絶対負けないし」

 

「……約束よ」

 

 俺が勝利宣言をしているのに追撃してこないことが少し不思議だった。そして、何が嬉しいのかも分からないが喜色満面になっていた。そんな俺もきっと似たような表情をしているのだろう。

 

 もうすぐそこには彼女の住むマンションが見える。そろそろお別れの時間だろう。今週こそはまた金曜日に食事へ誘おう。今も横で歩いてくれている彼女とまた早く会いたいのだから。

 

 歩幅が小さくなり、次の足を出すまでの時間も遅くする。行きで急いだ分の帳尻合わせをしよう。きっと体力の無い彼女もそれを望んでいるだろう。

 

 

 熱くなった彼女の手は冷めやまない、きっと俺も同じだから。

 

 




前話が八雪成分少なめになってしまったので、早めの投稿になります。
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