やはり俺の社会人生活は間違っている 作:kuronekoteru
贈り物、それは社会を生きていく上で度々必要になるアイテムである。内容よりも、贈るという行為が重要であり、送る側と送られる側の立場をより明確にする意味合いがあったりする。
しかし、対等の間柄では中身を重視するのが普通であろう。相手の欲する物を贈ること、そして何よりも喜ばせたいという気持ちが大切なのだと思う。
だから、俺は、彼女に喜んでもらえる物を選びたい。
「ダマスカス鋼、……耐久性に優れているこれにしましょうか」
「いや、流石に中華包丁を贈るのはやめたれ……」
本日は来週の金曜日に誕生日を迎える由比ヶ浜の誕生日を買いにららぽーとへと赴いている。一色も誘ったのだが、彼女は誕生日会の当日にプレゼントとしてケーキを自作してくれるらしいので、本日の買い物には来ていない。
お菓子作りは得意と言えるレベルの腕前になっている由比ヶ浜に調理器具を贈るのは悪いことではない。しかし、限度があるだろう。包装紙を開いたら中華包丁が入っていたなんて絵面は流石の由比ヶ浜でも苦笑いしか出来ないだろう。
大学の時には俺監修の下ではあるが、割と良さげな品を選べていた筈なのだが、1年のブランクで元に戻ってしまったのだろうか。
隣で中華包丁のメリットを凛とした表情で延々と説明してくれる雪ノ下は今日も愛らしい。
「確かに、由比ヶ浜さんが欲しい物では無いことは分かったけれど、それなら何が欲しいと思うのかしら」
数分に及ぶ中華包丁のプレゼンテーションが終わり、そのカウンターとして送られる側を仮定した忌憚のない意見を進言すると、意外にもすんなりと納得をしてくれた。
学生時代であれば、由比ヶ浜とはそこそこの頻度で会っていたので探りを入れることが出来ていたのだが、社会人になってからは欲しい物を聞いていない。つまりはアイデアは無い。強いて言うのであれば、昔から変わらずに好きなのは犬と雪ノ下ですかね。
「間違いなく喜ぶプレゼントは雪ノ下だろうな……」
由比ヶ浜が満面の笑みで雪ノ下を抱き締め、雪ノ下もまた満更ではない表情で百合百合し始めるだろう。そんな二人を見て俺も百合活が捗ってしまう。これがベストアンサーでは……。
「………由比ヶ浜さんに譲ってしまってもいいの?」
雪ノ下は腕を掴む力を少し強め、流し目でこちらを伺っている。その可愛さに動揺している俺でさえ彼女の言いたいことは理解出来る。出来るからこそ返答に困ってしまう。俺はまだ、ここで強く言えるような立場ではないのだから。
「ほら、真面目に由比ヶ浜にあげてもいいプレゼント選ぶぞ。……あ、アクセサリーとか良いんじゃね」
目の前にあったアクセサリーショップを指差す。そして、掴んでくれている腕に力を入れて彼女を少しでも引き寄せる。今の俺に出来るのはこれが限界だろう。
「もう…………ばか」
そんな罵倒とも取れる言葉とは裏腹に、正面から向けられるその表情には満ち足りたような笑みが浮かんでいた。
そのままアクセサリーショップ、というよりはジュエリーショップに入店する。入店するや否や、若めの女性店員が急ぎ足でこちらへと向かってくる。接店員は苦手なので少し後退りしそうになるが、密着している雪ノ下さんがそれをさせてはくれない。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか〜?あっ、もしかして指輪でしょうか。それでしたら、こちらに今年の新作が入荷しておりますので是非ともご覧下さい!」
笑顔で接客してくれている店員の推しが強く、有無を言わせずに指輪コーナーまで案内されてしまう。意外にも雪ノ下が興味有り気に相槌をしていたからなんだろうが。
友人の誕生日に指輪を贈るのは同性ならアリなんですかね?由比ヶ浜なら喜んで付けてくれそうな気もするけれど。
指輪の入ったショーケース前に立ち、中身をざっと見ていく。由比ヶ浜に似合いそうな指輪……指輪で似合うって難しいな。肌色と指の形とかで決めるのだろうか。
「本日はペアリングを御希望でしょうか、それともプレゼント用でしょうか?」
「まあ、どちらかと言えばプレゼント用ですかね……」
そもそも指輪を買いに来た訳ではないのだが、雪ノ下が真剣に吟味しているので否定はせずに答える。ペアリング購入からの百合ルートも見たかったのは内緒だ。
「なるほど、彼女さんの指輪のサイズはおいくつでしょうか?」
「……確か、6号だったかと思います」
店員からの質問に雪ノ下は自分の左手薬指を見ながら答える。由比ヶ浜の指のサイズ把握してるなんて流石ですね、捗ります。少し頬が紅くなってるのがホントに尊い。
「ただ、今日は友人へのプレゼントを選びに来たので、イヤリングとか見せてもらえますか?」
「あら、そうだったんですね。てっきり彼氏さんが指輪をプレゼントしてあげるのかと思っていました」
「……えっと、その、今日は違うわよね?」
店員に向けていた顔をゆっくりと俺の方に向け、上目遣いでその是非を問いてくる。その頬は先ほどの紅よりも更に濃くなっている。
今日"は"ってどういう意味ですかね、もしかして欲しいんですか?まだ給料3ヶ月分の貯金が出来てないので夏のボーナスまでは待ってもらえませんかごめんなさい。
脳内でしっかりとお断り台詞を決めたところで、現実に目を向ける。その現実では、長い睫毛を広げた綺麗な瞳が細められてこちらを見つめていた。現実でも返答しないといけないようだ。
「………今日は違うだろ、今日は」
今日じゃない日が来るのは何時になるだろうか。この先離れるつもりなんて毛頭ないのだから、きっとそれほど遠くは無いと思いたい。
雪ノ下にもその想いの一端が届いたのだろう、細められていたた目が、今はその影も形もない程に大きく開かれているのだから。
その後は接客をしてくれた店員に生暖かい目で見られながら、由比ヶ浜に似合いそうなホワイトゴールドのイヤリングを無事に購入しました。
雪ノ下からのプレゼントは購入したのだが、俺からのプレゼントを買うのにはかなりの苦労をした。さっきの店で俺も何か買おうと思ったのだが、雪ノ下にアクセサリーはダメだと止められてしまったからである。似たようなプレゼントを贈るのはマナー違反なのだろう。
その後に何店か回ってみたのだが、隣の彼女にダメ出しをされるのでなかなか決められない。服も鞄もNGらしい、最近のマナー講師は厳し過ぎる。
結局、お洒落なデザインのLEDランタンを購入することにした。適当な物を贈りたくはないので、選ぶのにはそれ相応の時間が掛かってしまった。
無事にプレゼント購入を果たしたので、休憩がてらにソファーで並んで座る。ここまで苦労した買い物なんて、高二の頃に初めて由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買いに来た時以来だろう。
あの日はプレゼント選びのいろはを知らない雪ノ下さんが耐久性で物を選んでいたっけ……あれ、さっきも聞いた気がしますね。
それよりもあれだよね、ツインテールですよ。あれ可愛かったからまた見てみたいんだけど、頼んだらやってくれませんかね。
「なあ、前にしてた」
「あれー? 雪乃ちゃんと比企谷君?」
少しだけ雪ノ下に似たその声に遮られる。その声の持ち主は肩につかない程度で綺麗に整えられた艶やかな黒髪の類稀なる美人、雪ノ下雪乃の姉である雪ノ下陽乃であった。
俺の目が陽乃さんを姿を認識すると、危機管理フォームがオートで発動する。雪ノ下との距離を拳一つ分という充分な距離を開けて、背筋を伸ばして瞳を濁らせる。
当の陽乃さんは素敵な笑顔を引っ提げて、急ぎ足でこちらへと向かっており、雪ノ下の隣へと着弾する。爆発が起きるのではないかと気が気でない。
「今度こそデートでしょ!このこのっ!」
「……姉さん、公共の場ではやめて」
それは昔に見たような光景で、陽乃さんは雪ノ下に肘をつついて揶揄うようにスキンシップを取っている。前と違う点としては雪ノ下が冷めていないように見えるところだろうか。
陽乃さんは妹との触れ合いを楽しむと、次は俺を標的にするつもりなようで、一度席を立って俺の隣へと座ってくる。
「比企谷君も久しぶり〜、元気にしてた?」
「……お、お久しぶりです。まあ、ぼちぼちですかね」
未だに陽乃さんと話すとなると緊張してしまう。当たり障りのない発言をして様子を見ることにしたのだが、陽乃さんはニヤリと笑って口を開く。
「へー、じゃあ元気にしてあげようかな」
ニヤつきながらそう口にすると、陽乃さんは俺に抱き着こうとしているのか、少しオーバーに腕を広げてその身を接近させてくる。
しかし、その腕が俺の身体に触れることはなかった。
「触らないで」
陽乃さんが俺に触れるよりも前に、身体ごと雪ノ下の方へと抱き寄せられたからである。
俺の顔は雪ノ下の胸元に押さえ付けられ、いつもよりも強く彼女の香りを感じる。そして、その柔らかさと温もりからは離れようにも離れることはできない。精神的な理由ではなく、普通に結構な力で押さえ付けられているから。
「……その、姉さんは触っては駄目よ」
決して強い声色ではない。ただ自分の考えをはっきりと伝えているだけで、その言い方は上の者に対する願いのように聞こえた。ただ、妹が姉に対して何かをお願いするかのように。
隣に座っていた陽乃さんが席を立つ音が聞こえる。その足音は俺の前を通り、雪ノ下の奥まで進んだ所で止まった。
「雪乃ちゃんほんとに可愛い〜、お持ち帰りしていい?」
「もう、公共の場ではやめてって言ってるでしょ。それに、姉さんは駄目よ」
陽乃さんが雪ノ下を抱き締めると同時に俺の拘束が解除される。開放された視界には、美人姉妹が仲良く引っ付いている姿が映し出されていた。
昔は雪ノ下が嫌そうにしていた印象が強かったけれど、今はそんな様子は一切見られない。二人とも自然に笑顔を浮かべている気がする。
それにしても、妹している雪ノ下さんも本当に可愛らしい。陽乃さんがシスコンになってしまうのも仕方がないだろう。千葉生まれだしね。
「ねえ、挨拶は何時するの?」
「……そのうちするわよ」
「ふーん、まあ決まったら教えてね。協力してあげるから!」
挨拶か……今の時期的に考えると、お盆休みの挨拶回りの日程を聞いているのだろうか。お盆休みは確か5日程あるので、俺も実家に帰った方が良いのだろうか。久しぶりに小町にも会いたいしね。具体的な日取りは雪ノ下と相談してから決めることにしよう、うん。
「……じゃあ比企谷君、私の可愛い妹をよろしくね」
最後に意味深な笑みを向けられてしまったが、適当に相槌をして、去っていく陽乃さんを見送る。相変わらず完璧という言葉が似合い過ぎる人だ。優れた強化外骨格も可愛い妹の前では外してしまうのだから、ギャップ萌も狙っているのだろうか。
そんな完璧な姉が去り、隣で息を吐いて安心している雪ノ下に声を掛ける。
「相変わらずお前の姉ちゃんはすげぇな……」
「……そうね、私の自慢の姉だもの」
姉とは違う長い黒髪を軽く手で翻しながら彼女は静かに微笑んでいた。俺の知らぬ間に陽乃さんとの蟠りは消えたのだろうか。彼女は去っていく背中が見えなくなるまで、その目を逸らしたりはしなかった。
「そう言えば、さっきの挨拶って何時するんだ?」
夏の予定は出来るだけ合わせたいので、彼女が実家に帰る日は知っておきたい。以前であれば、臆して訊けずにいただろうことを考えると成長しか感じない。
「ま、まだ考えてないわよ……。姉さんの言うことは本気にしないでいいわ」
日程については2か月も先なので納得できるのだが、何故か動揺しているの彼女の発言には引っ掛かりを覚えてしまう。恥ずかしいことだとは分かってはいるけれど、確認せずにはいられなかった。
「……俺は、その、デートだと思っていたんだが」
「……ふふ、それは否定してないわよ」
呆れるように苦笑し、俺の肩に身体を預けてくる。彼女の言葉と温もりに安心しながらも、脳裏には少しだけ疑問が残っていた。
それを言うなら、挨拶とやらも否定してないじゃん、と。
帰り際にゲームセンターを無意識に覗いてしまった。これはきっと、あの日のことを思い出してしまったからだろう。
UFOキャッチャーのショーケースにはパンさんのぬいぐるみは置いてはいない。今であれば他力本願ではなく、自分の力だけで彼女にプレゼントをしたいと思えたのに。
あの頃は効率を重視して、手段は問わなかった。その考え方が悪いとは今でも思っていない。今はただ、彼女に対して見栄を張りたいと思うようになっただけだ。
あの頃と同じ組み合わせなのに、何もかもが違ってきている。今が良くて、昔が悪いと思っている訳ではない。終わり良ければ全て良し理論で考えれば、今が良ければ昔も必然的に良かったと言える筈であろう。
今が良いと思える根拠なんて、すぐ隣にいるのだから。
「今日も楽しかったわよ、比企谷君」
隣の彼女が笑って声を掛けてくれる。昔なら耳を疑うような言葉だったけれど、今では疑いようもなかった。
前回は多くの感想本当にありがとうございました。
ただ、八雪の供給が減ってしまったので、エネルギー不足になっています。誰か助けて下さい。