やはり俺の社会人生活は間違っている   作:kuronekoteru

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やはり俺の社会人生活は間違っている #2

 

 どうして休日なのに俺は朝早く目を覚ましてしまったのだろうか。思い当たる理由は幾つかある。真っ先に浮かぶのは昨夜の出来事だろう。

 

 雪ノ下の手を握って歩き出したまでは良かったのだが、電車に乗るタイミングで周りの目が気になって彼女の手を離してしまった。その際の彼女の残念そうな声を拾ってしまったので申し訳ない気持ちになった。小心者ですいません。

 その後、雪ノ下が現在一人暮らししているらしいマンションに無事に送り届けた。彼女はお礼にお茶でも出すと言ってくれたのだが、時間も時間だし、送り狼になってしまう可能性も考慮して断った。いや、ならないですけどね……。

 別れ際には改めての送ったお礼の言葉と今日のデートのリマインダーをかけられた。お礼はいいけど、もう片方は余計なお世話である。多分一生忘れないから。

 

 本日はそのデートがあるのだ。故に早く起きられたのだ、と言いたいところなのだが、目が覚めてしまった理由はただの習慣であろう。社会人になると朝早く起きることが強制され、矯正されてしまうのだ。

 精神的には学生気分が抜けない俺ではあるが、身体はもう立派な社畜なのである。悲しいね。

 

 予定の時間までは随分と余裕がある。取り敢えず日課のログインとデイリーミッションを消化しつつ、朝ごはんとしてカップラーメンを食べることにした。お湯を沸かすだけで食べられる簡単さと美味しさの両立ができた素晴らしい食べ物を。健康面は知らない。

 

 朝飯も食べ終わり、無事に推しをURAで優勝させたところで、この後のお出掛けについて思想する。っていうか改めなくてもこれから雪ノ下とデートなんですよね。想像だけで胸が高鳴り、冷静さを欠きそうになる頭を冷やすべく、俺は風呂場へと向かった。

 

 冷たい水を被って落ち着いたので、出かける準備を始める。服装は黒のパンツと白いシャツでいいだろうか。

 無難ではありそうなんだが、あの雪ノ下の隣に立つ姿としてはどうなんだろう。と言っても他に良さそうな服もないため、これに着替えるしかない。

 今から出かければ約束の時間の30分前には到着できるはずだ。天気も本日は晴天が続くらしいので、財布とスマホだけ持って家を出る。雪ノ下もそろそろ家を出る頃だろう。

 

 ……彼女に会えるのが今から楽しみだ。

 

 

 

「あの男の好みの服装ってどうだったかしら」

 

 目が覚め、シャワーを済ませ、朝ごはんを食べ終わった際に時計を見ると8時前だった。服装を選び始めた時刻も大体その時のはずだ。

 しかし、現在の時刻は10時30分を過ぎたあたりである。充分な時間はあったはずなのに、一向に本日のデートに着ていく服が決まらない。

 自分から誘ったとはいえ、今日のお出かけイベントは予定外だったのよね。昨夜の舞い上がった自分を少しだけ恨めしく思ってしまう。

 

 間もなく服装を決めないといけないので、ネットで調べた情報を頼りに男性受けの良さそうな、上は白のブラウス、下はブルーのフレアスカートに決めた。

 あの男が一般的な男性の感性を持っているとはあまり思えないのだが、時間がない以上もう決めるしかなかった。

 今から急いで支度をすれば待ち合わせの30分前に到着できそうだ。あの男、比企谷君よりも先に着いていたい。

 

 負けず嫌いはいつになっても治りそうにはない。

 

 

 

 昨晩にあの約束をした駅に到着する。あの時の行動や発言、そして彼女の柔らかな手の感触を思い出してしまい、身体がむずがゆくなる。

 

「……肉体の腐敗が進んだのかしら、この晴天の中を出歩いたのだから仕方ないのかもしれないわね」

「いや、ゾンビの類じゃないから……」

 

 振り向いた先には、穏やかに微笑んだ雪ノ下が居た。服装は白いシャツに青のスカートで、大変よく似合っている。マジで綺麗だなこいつ……。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 背中を向けて、いざ行かんとしている彼女に対してなんとか言葉を振り絞る。

 

「……えっと、その、服似合ってんな。可愛いと思うぞ」

 

「………あ、あの、ありがとう」

 

 わざわざ振り返り、返してくれた言葉と表情はいたく可愛らしかった。そんな素敵な彼女に俺は追加で言わないといけないことがあった。

 

「ちなみに映画館は逆方向だぞ」

 

 

 場所は変わり、現在はオムライス専門店に来ている。映画を見る前にお昼ご飯を食べようとのことだ。雪ノ下は映画館の逆方向側に見つけたこのお店に誤魔化すように入店したのである。

 

「比企谷君は何にするか決めた?」

「……そうね、普通のスタンダードなオムライスでいいかな」

「そう、じゃあ注文するわね」

 

 店員を呼び、注文を済ませる。雪ノ下はデミグラスソースのオムライスを注文していた。

 オムライスにはケチャップソース派かデミグラスソース派かで別れるところだが、俺は断然デミグラス派である。自分で作る場合にはケチャップソースにしてしまうのがその要因かもしれない。一人暮らしの自炊でデミグラスさんを登場させるのは荷が重いのである。

 メニューをちゃんと読まずに決めたのが敗因であった。悔しい。

 

「そういえば見たい映画とかあるのか?」

「特にそういった映画があるわけではないわ」

 

 え、そうなの? それならば、何故映画を見ようなんて誘ってきたのだろうかと疑問に思っていると、彼女がその口を開いた。

 

「……別に映画じゃなくてもよかったのよ。あなたを誘えれば何でもよかったの」

「お、おう」

 

 当たり前のように心は読まれるし、デレのんになってるし、でタジタジになってしまう。お出掛けをすれば調子が上がる筈なのに、俺の調子は下がっていく。気分が上がっていることで帳消しかもしれないが。

 

「お待たせしました、こちらが注文の商品になります」

「「ありがとうございます」」

 

 配膳してもらったオムライスを目の前にする。この店のオムライスの卵はふわとろタイプのようだ。

 薄焼き卵のタイプであればケチャップソースとの相性は良いのだが、ふわとろだと更にデミグラスで食べたい気持ちが大きくなる。しかし表情にはおくびにも出さない。俺はもう立派な大人なのだ。

 

「一口いかがかしら。どうぞ、比企谷君」

「……はい?」

 

 スプーンで一口分をよそい、こちらに差し出してくる雪ノ下。これって所謂 ”あーん” じゃん。いや無理、恥ずかしいし、あと超恥ずかしい。

 

「……流石に恥ずかしいからムリ」

「……えっと、早くしてくれない?」

 

 ちっとも差し出した手を下す気配がない。彼女の表情は如何にも挑戦的で、余裕がありそうに見えるのだが、耳の方が少し赤くなっている。恥ずかしいならやらなければいいのに。

 

「ただでさえ少ない私の体力を奪うつもりのようね。私を弱らせてどうするつもりかしら。やはり移動の途中で休憩しようとか言い出すのかしらね。最低ね、まるで比企谷君じゃない」

「……あーん、うん美味いな。というか、そんなことは言わん。あと最底辺の例えに俺を使うのはやめろ」

 

 遂に耐え切れずに罵倒し始めた彼女を救うべく、羞恥心に打ち勝った俺はそのスプーンを咥えた。残念ながら味はあまり分からなかった。

 

「ふふ、あなたはこっちのオムライスの方が好みでしょ? もう一口いかがかしら」

 

 やはりというか、なんというか、こちらの思ったこと彼女には筒抜けのようだ。

 

「いや、もう充分だわ。あとは自分で食べてくれ」

 

 もうこれ以上はこの羞恥心に抗えそうにもないので、そう言葉を返すと残念そうな雪ノ下さんが目に入る。だが、次の瞬間にはまた挑戦的な表情に戻る。何か思い付いたのだろうか。

 

「……それなら、次はあなたのオムライスを頂けるかしら」

 

 控えめに口を開き、少しだけこちらに顔を近づける雪ノ下。これってさっきのお返しをしろってことですかね。ハードルが高すぎませんかね。しかし、言う通りにしないとまた罵倒が飛んでくることは想像に難くなかった。

 仕方がないので、雪ノ下の口に入るように少な目にスプーンでよそい、黙って彼女にその匙を近付けていく。

 

「おい」

 

 勇気を出してスプーンを差し出したのに、彼女は口を閉じてしまった。しかし、顔の位置はまだ近づけたままである。

 これってもしかして……。

 

「あ、あーん……」

 

 ふふっと笑い、口を開けなおしてスプーンを頬張る雪ノ下さん。控えめに言っても天使である。

 

 その後は普通にそれぞれでオムライスを食べ進める。スプーンの交換とかは特にしていない。それじゃあ間接キスじゃんと意識してしまうような年齢ではもうない。だから一切気にしていない。…でもオムライスの味は分からなかった。

 作ってくれた店員さん、本当にごめんなさい。今度一人でゆっくり味わいに来ます。

 

 

 食後のコーヒーを飲みながら、これからどうするかを画策する。映画じゃなくてもいいと彼女は言っていた。だが、他に行く所もやることも特には思いつかない。それじゃあ、とりあえず映画でいいんじゃねと思い始めていると、雪ノ下が口を開く。

 

「比企谷君はどこか行きたいところはある?」

「いんや、思いつかないわ。そっちもなければ映画でいいんじゃね、当初の予定通りだしな」

 

 そうね、と彼女は同意した。会計を済ませ、お店を出ると陽の光に晒される。今日は少し暑くなりそうだ。

 4月の頭にしては珍しいその熱気を少しだけ先の未来への期待感へと昇華させる。身だけではなく、心も温かくなればいいなと思わずにはいられない。

 隣の彼女を見れば、穏やかな眼差しを空へと向けている。彼女には今日一日ぐらいは笑って過ごして欲しい。そんなことを思ってしまう程度には毒抜きをしてもらった。

 この後はできるだけ彼女のために行動してみよう。返せるときに返すのが社会人の務めである。

 

「ほら、行こうぜ」

 

 そう言って差し出した手には昨夜のような言い訳なんてない。嬉しそうにその手を掴んで、握ってくれる雪ノ下が笑ってくれるのだから、言い訳なんて今日は必要ないのだ。

 




感想や評価を付けて頂いたのがとても嬉しかったので、続きを書いてみました。
まだ執筆にはなれませんが、楽しんで頂けたら幸いです。
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