やはり俺の社会人生活は間違っている   作:kuronekoteru

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やはり俺の社会人生活は間違っている #22

 

 8月に入り、暑さが一層厳しい日が続いている。多くの主要都市で猛暑日と定義される35℃を超える日が観測され、前年よりも熱中症の緊急搬送数が著しく増加しているらしい。札幌ですら猛暑日が観測されているのだから驚きである。俺が小さい頃には札幌は夏でも涼しいイメージがあったのだが、今では地球温暖化の影響なのか東京や千葉とあまり変わりない。

 地球さんの変化が著しい一方で、会社の働き方に変化はほとんど無い。クールビズが登場し、ノーネクタイやノージャケットが登場してからはそこで進化が止まってしまった気がする。後は各々でネッククーラーを使用したりして対策する必要があるのだろう。

 

 文句は程々にして、来週からはお盆休みが始まる。学生時代はお盆と聞くと、夏休み中にある親の実家に帰ったりすることがある期間というイメージだったが、社会人になってからはゴールデンウィーク並みにテンションが上がるようになった。理由は単純明快で社会人の夏休みだからである。基本5連休ではあるが、この暑い中を休めるのは非常に有難い。

 

 そんな連休の前祝として、本日は夏祭りに行く予定だ。

 

 

 本日、7日の土曜日の夕方に近くで行われる夏祭りへと行くことになっている。雪ノ下からの提案だったので二つ返事で了承したのだが、追加で浴衣着用を条件付けられてしまった。彼女の浴衣姿が見られるのは嬉しい限りなのだが、自分の浴衣には需要があるのだろうか。浴衣自体は実家に戻れば親父の物を借りることが出来るかもしれないが、色々と面倒なので自分で用意する方法を調べることにした。

 方法の一つは浴衣レンタルと呼ばれるサービスを利用することだった。レンタルしたい浴衣をサイト上で選択し、配送してもらう方法だ。値段も五千円程度なのでお財布にも優し目である。

 もう一つは普通に購入することである。安い物を選べば1万円掛からずに帯やらもセットで購入できるので、2回以上着る予定があるなら購入も有りだろう。

 

 俺はあまり迷うこともなく、藍色の生地の浴衣セットを購入することにした。帯は白で信玄袋と呼ばれる小物入れと下駄も付いてきており、準備万端である。

 予定の時刻に間に合うようにネットで調べながら着付けを行って家を出た。今日は風があまり吹いていないが、適度な雲と陽が落ち始めているおかげで気温はそこまで高くない。念のため、ミニサイズのミネラルウォーターを購入して信玄袋の中へと収納した。

 

 

 雪ノ下のマンション下に到着したので彼女にメッセージを送信し、待っている間に雪ノ下の浴衣姿を想像してみる。自分用の浴衣を調べている時に幾つか女性用の浴衣も見ていたので、雪ノ下に脳内で着せ替えを行うことが可能なのだ。……おいおい、これ写真のモデルを雪ノ下にするだけで売れ行き倍増するだろ。

 

 そんなビジネスチャンスを感じていると、カランコロンと趣のある音が聴こえてくる。実際にはそんな音ではないのだが。

 エントランスの扉が開く音がしたので、俺は待ってましたと振り返る。そこには何時もとは違う姿をした天女が居た。

 

「……浴衣似合っているじゃない」

 

 そう柔和な笑みで語り掛ける彼女の浴衣姿は圧倒的だった。

 美しい濃いめの紫色を基調としたその浴衣には白の花模様が散りばめられている。腰には黄色の帯が締められており、その帯にも赤で花の模様が描かれている。夏の夜に咲く花火のようにも見えるその浴衣に合わせるかのように、彼女の美しい黒髪は三つ編みのおさげとして片側に垂らされていた。

 

「月並みな言葉で悪いんだが、凄い似合っているし、凄く綺麗だぞ……」

 

 こんな言葉しか紡ぐことが出来ない自分が情けなくなる。もっと伝えたい内容がある筈なのに言葉にすることが出来ない。だからせめて、感情だけは数少ない言の葉に乗せようとした。

 

 頬が紅くなっていく彼女の手を取って歩き始める。顔を突き合わせるのが面映ゆいというのもあるが、それ以上に早く彼女に触れたかった。

 固く握った手の平から伝わるその温度が、足りていなかった言葉を補ってくれている気がした。

 

 

 

 目的の祭り会場までは数駅離れているため電車を使って移動する。休日の夕方ということもあり、駅構内には多くの人で溢れていた。同じ予定の人々も数多く見受けれられ、浴衣を着ている女性も少なからず目に入る。しかし、気にはならなかった。

 電車が到着し扉が開くも、降りる人は少ないため扉側に立つことを余儀なくされる。

 

 電車が発進すると、隣に立つ雪ノ下の身体が慣性の影響で少し傾いた。普段であれば問題ない程度の力だったのだろうが、下駄を履いた状態では少し不安定だったのだろう。咄嗟に彼女の腰を抱いて支える体勢に入った。

 

「危ないから掴まっとけ」

「え、ええ……そうさせてもらうわね」

 

 俺の言葉に反応して、彼女はゆっくりと動き始める。

 いつだったかのように、指先で俺の袖を摘まむようにして掴まると思っていたのだが、雪ノ下は隣から目の前に移動をすると俺の腰へと手を回した。

 彼女が移動する間も、揺れに備えて彼女の腰に手を回したままだったのだから、まるで抱き合っているかのような体勢になってしまっている。

 

 流石に周りの目が気になってしまうので、俯いている彼女に声を掛けようと少し腰を曲げて下を向いて口を開く。

 

「……おい、雪ノ」

 

 言葉を投げ終える前に雪ノ下がその顔を上げた。

 

 ……………声が出てこない。

 

 白磁のような肌が朱に染まり、綺麗な瞳が、長い睫毛が鼻先で触れてしまいそうな場所に位置している。

 彼女との距離感は以前よりもずっと近くなったつもりでいた。実際に抱き締めたことだってある。けれど、こんなに彼女と顔の距離が近付いたのは初めてだった。

 

 上目でこちらを見つめている彼女の、強く触れたら壊れてしまいそうな薄い綺麗な唇に普段以上に惹きつけられてしまう。

 雪ノ下の瞳が熱く潤んでいる。何かを羨望している。だが、言葉は出せない。出してはくれない。

 

 もし、今この瞬間に電車が強く揺れるようなことがあれば……そんな想いが湧いて出でる。

 

 そんな想いとは裏腹に、電車は揺れることなく目的の駅へと到着する。

 立っている側の扉が開いたので、慌てて向き直って降車する。電車を降りた数多くの人々に混ざり合いながら、俺たちは改札口へと足を運んでいた。

 

 

 浴衣を着ている人たちの背中を追うように歩いていると、活気ある騒々しさが視界に入った。赤、青、黄色と分かりやすい大きな文字が出店の暖簾として存在感をアピールしている。

 

 忘れることなど出来やしないが、この騒ぎに乗じて気持ちを切り替えて彼女に声を掛ける。

 

「雪ノ下は何か食べたい物とかあるか?」

 

 彼女は軽く息を吐くと、可愛らしく首を傾げて考え始める。

 特に思いつかない、と微笑んだ彼女の手を引いてゆっくりとその喧騒の中へと足を運んだ。

 

 夏祭りで食べる物など子どもの頃から変わりはない。たこ焼きに焼きそば、かき氷に串焼きくらいだろう。変わったことは、飲む物がラムネからアルコール入りドリンクになったことぐらいである。

 

 ただ、あまり変わらない夏祭りの内容よりも、隣を歩いてくれている彼女と寄り添いながら楽しめることが何よりも嬉しく感じた。

 

 いつものメニューを食べ終え、出店を一通りは見て回った。見終わってしまった。

 

「……もう一周ぐらいは見て回るか?」

「いいえ、もう満足したから帰りましょうか」

 

 彼女は確かに満足そうな微笑を浮かべていた。だが、少しだけ疲労の色が見えている。

 人混みの中を慣れない下駄で歩いて疲れたのだろう。それに、無駄に出店のおっちゃんに声を掛けられるものだから、気疲れもしている筈だ。まぁ、そのおっちゃんのサービスで基本的には半額で済んでしまったのだから悪い気はしない。絶世の美人のみが為せる業なのだろう。

 

「……じゃあ送っていくわ」

「ええ、よろしくね」

 

 そう言って笑う彼女の手を握り直して駅へとゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

「そう言えば、折角の三連休なのだから泊まってくれても良いと思うのだけれど…」

「……まぁそうね、そうしたいのは吝かではないんだけどね」

 

 可愛らしく言われると思考停止でYESと答えそうになるから困る。

 ただ、私浴衣ですからね、明日この格好で帰るの恥ずかしいから嫌なんですよね。

 

「ちゃんとパジャマとは別に服も用意してあるから」

「あ、はい」

 

 当たり前のように何故か準備されている服があるらしい。俺の部屋に雪ノ下の着替えが置いてあるのは、以前に泊まった時に着ていた服をそのまま置いていったから仕方ないとして、俺はそんな事はしていない。

 このままでは衣食住全てを握られてしまうかもしれない。そんな危機感が芽生え始める。

 

「ふふ、折角だから花火でもしない? 線香花火だけでいいから…」

 

 祭りで浴衣と来たら花火を見たくなる気持ちは分かる。折角、彼女が飛び切り綺麗な装いをしてくれているのだ、花火と合わせてみたくなるのは自然な気持ちだろう。

 

 了承の意を伝え、もう近くまで来ていた彼女のマンション傍にあるコンビニへと足を運び必要な物を購入した。

 

 そして近くにあった公園まで歩き、手頃な場所に屈んで花火の準備をする。線香花火とチャッカマン、それに買ってあったミネラルウォーターを取り出した。熱中症対策のために買っていた水を花火の処理に使うなんて想像してはいなかったけれど、予定よりも喜ばしい使い方だと思えた。

 

 カチャリと音を立てて、火を点ける。そこに二人で線香花火の先端を加熱していく。先端部はやがて橙の球状へと形を変えていき、無性に懐かしくなる火薬の匂いが鼻腔をくすぐる。

 ぱちぱちと音を立てながら火花が散り始め、四方八方へと激しく橙や黄、桃にも似た色の花が咲いていく。

 大した光量でもないけれど、その花々に照らされる彼女の微笑には幻想的な美しさが備わっていた。

 

 不意に彼女と目が合ってしまい、動揺から持っていた線香花火の寿命を終わらせてしまう。

 落ちてしまった………いや、疾っくの疾うに落ちていた。

 

 そんな今更なことを改めて自覚し、恥ずかしげに彼女の目を見やるとまたしても視線がぶつかる。

 

「あっ………」

 

 同じように落としてしまった彼女と顔を合わせ、どちらからともなく笑い始める。

 暫く笑い合うと、雪ノ下は久しぶりに挑戦的な表情を向けて口を開いた。

 

「ふふ、次の花火で勝負しましょうか」

「……望むところだよ」

 

 やはり俺たちにはこういった空気が合っている。

 

「普通に勝負したらあなたに勝ち目はないから、お互いの顔を見ながらってルールにしましょうか」

「それは俺の顔が面白いって言っているのか?」

「そうは言ってないわ、ただ無性に笑ってしまうだけよ」

「やっぱり可笑しいんじゃねーか」

 

「……おかしいのはきっと私でしょうね」

 

 俺の顔が面白可笑しいと言われてしまったが、久しぶりに何も考えずに会話が出来た気がする。

 少し儚げに微笑を浮かべる彼女と目を合わせて、線香花火に同時に火を点け始める。紙の燃える匂いが放ち始め、橙の光が球状に変化する。

 

 そこから彼女の瞳をじっと見つめ始める。

 

「……何か賭けましょうか?」

 

 無意識に開いたその口を、唇を見つめてしまう。

 

「………いや、今回は賭けは無しで」

 

 賭けてしまったら、きっとその唇を奪ってしまうから。

 

 自分の力で奪ってしまいたい、時間が掛かったとしても。

 

「……仕方ないわね」

 

 そう言って笑う彼女の瞳を見つめ直す。下で綺麗に輝く光を反射している彼女の瞳をただ見つめていた。彼女も同じように視線を上げて俺の瞳を見つめ始める。

 お互いの瞳には火花ではない、確かな熱が宿っていた。

 

 パチパチと鳴っていた音が止まり、指先に線香花火が天寿を全うした感覚が伝わる。

 彼女の持つ花火を見ると、その光はもう残ってはいなかった。

 

 

 

 彼女の家の扉を潜ると、甘い匂いを感じる。先ほどまで火薬の匂いを嗅いでいたからかもしれないが、雪ノ下の匂いをここまで甘く感じるのは変態性が高い気がする。もしやアルコールの影響だろうか、お酒を飲んだ状態で入室したのは初めてだしね。

 

 そんな自分に恥じていると、風呂に入るために浴衣を脱ごうとする雪ノ下に帯を外したいかを訊かれて辱められる。そんなのしたいに決まっているだろうに。首を縦には振れませんでしたが。

 

 雪ノ下が風呂に入っている間に、彼女が点けてくれたテレビを見ながら今日を振り返って一人身悶える。今日の雪ノ下が艶やかで麗しくて綺麗で可愛かったとはいえ、理性を失いかけたのは頂けない。反省しないといけないだろう。

 だが、そんなことよりも重大な事実に気付いてしまった。

 

「…………写真撮んの忘れてた」

 

 本日の彼女の姿を収めた写真があれば敗北覚悟で待ち受けにしただろうに……。ぴえん。

 

 

 涙ながらに風呂に入ったからか、部屋に入った時ほどの匂いを感じずに入浴を終えることが出来た。九死に一生を得た感じである。酔いも覚めてきた気がする。

 

 少し着慣れたパジャマに袖を通して、彼女の待つリビングへと足を運んだ。

 

 髪を乾かし、その艶のある長い黒髪を下している彼女の隣に腰掛ける。二人並んで、視聴途中のアニメを観賞し始める。声も出さずに体重を預けてくれる彼女の体温を感じながら、画面から発する光を眺めていた。

 

 区切りは良くないが、3話ほど見終わったタイミングで掛けられていた重みが離れ、彼女は席を立って寝室へと向かってしまう。もうそろそろ眠るのだろうか、そう考えて俺も席を立とうとしたその時、寝室の扉が音を立てて開き彼女が姿を見せる。

 

「……誕生日おめでとう。これが一つ目のプレゼントよ」

 

 手の平サイズの立方形の梱包を持って、彼女は優しく笑っていた。

 そう言えば、今日が俺の誕生日だったっけ。

 

「……ありがとよ、その、開けてもいいか?」

 

 ゆっくりと首を縦に振る彼女を見てから、それを受け取って蓋を開け始める。

 中にはシルバーの腕時計が入っており、二つの針が12を指し示していた。

 

「在り来たりかとは思ったけれど、これを贈りたかったから……」

「何言ってんだよ、凄いお洒落なデザインじゃねーか」

 

 黒の盤面に緑の時計の針、シンプルだからこそ一つ一つのクオリティが際立っている。

 仕事に行くときはこの腕時計を身に付けよう。少しはやる気も上がる気がする。

 

「絶対大事にする、本当にありがとな」

「……ふふ、ケーキも焼いてあるから、起きてから食べましょう」

 

 二つ目のプレゼントはケーキなのだろう。由比ヶ浜の時も一色がプレゼントとして贈っており、由比ヶ浜が跳んで喜びを表していたことを思い出す。

 

 こんなに嬉しい誕生日は初めてかもしれない。彼女には学生の頃にも祝ってもらっていたけれど、昔よりも今の方がずっと俺のこの胸が熱くなっているのだから。

 

 

 

 暗くした部屋のベッドに二人並んで横になる。

 彼女の言葉を待たずして、俺は腕を伸ばして彼女の温もりを待った。

 

 昨日見たどんな表情よりも稚い笑顔を見せてくれる。温もりを与えてくれる。

 そんな彼女を包むように背中に手を回すと、満足そうにその瞳を閉じてくれた。

 

 暫くすると、規則的な呼吸が聞こえてきたので背中に回した手を彼女の頭に移動させた。

 艶のある指通りの良い綺麗な黒髪を撫でながら、想いを言葉にしようと口を開く。

 

「………いつもありがとな」

 

 伝えなくちゃいけない言葉はまだ口には出せないけれど、別の言葉にその想いを乗せることなら出来る。触れているこの手にも籠めているつもりだ。

 

 俺もこの先はずっと雪ノ下と同じ時間を共有していきたい、その想いを。

 

 今度は彼女の目を見て伝えてみよう、そう決意をした。

 

 彼女の顔を見ると、少し紅くなっている気がした。もしかしたら、伝わったのかもしれない。

 そんな風に思えて小さく笑ってしまった。

 

 彼女の髪から手を離して、少しだけ掛け布団を下げる。お腹は冷やさないように少しだけ。

 

 こんなに幸せな気持ちが、夜が明けたら更に強くなるのだろう。

 そんな想いを抱いて、俺はゆっくりと意識を手放していく。

 

 

 ………幸せな誕生日をありがとう、雪ノ下。

 

 

 




八幡誕生日おめでとう!!!

もし、自分が作品を投稿することになったらお祝いしたいと思っていたので果たせて嬉しいです。

そして、前回も感想ありがとうございます。一つ一つ喜びながら読ませていただいております。
それと誤字報告もありがとうございます。いつも助かっております。
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