やはり俺の社会人生活は間違っている   作:kuronekoteru

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やはり俺の社会人生活は間違っている #3

 青い空の下、雪ノ下の手を引き映画館までゆっくりと二人で歩いた。歩調を合わせて、呼吸を合わせて。今の俺の気持ちも雪ノ下と合っていたらどれだけ嬉しいことだろうか。

 彼女の体温が手から伝わる。少しだけ冷たかった手も、俺の体温で中和されたからか今は温かい。まあ単純に少し気温が高いせいかもしれないけどね。

 

 映画館に到着したため、今上映している映画を壁や柱に掲示されているポスターで眺める。

 真っ先に目に付いたのはプリキュアである。学生時代のストレスですら彼女たちの輝きに心を癒されていたのだから、ストレス社会に出てからは涙が出るほどである。学生時代から回によっては泣いていたが。もしかしたら年を取ったから涙腺が脆くなっているだけかもしれない。

 

「…他に何か気になる映画はあるかしら?」

 

 隣で雪ノ下さんがしらっとした顔でこちらを覗いていた。慌てて他のポスターをささっと確認するとホラーや探偵アニメ、実写版剣客、ギャンブル系、青春恋愛、鬼を滅するやつなどが上映中のようだ。

 彼女が興味を持ちそうな映画はどれだろうか。意外と探偵アニメは楽しんで見てくれるんじゃないかなと思う。最近は女性に大人気だしね。

 

 しかし、今の状況を考えれば自ずと見るべき映画の答えは出てくる。男女がデートで見る映画は青春ものの恋愛映画と相場が決まっているのだ。

 

「この恋愛映画っぽいのでいいか?」

「意外なチョイスね。あなたのことだから同族が出ているホラーか見やすいアニメ系を選ぶものかと思っていたわ」

 

 お決まりのゾンビ扱いである。この扱いも慣れるとなぜか嬉しくなってしまう。冗談を言える間柄だという安心感が持てるからだろうか。え、冗談だよね?

 

「でも嬉しいわ、ありがとう」

 

 雪ノ下はこちらの意図を汲んでくれたのであろう。彼女の表情がそう物語っていた。

 

「じゃあチケット買ってくるから待っててくれ」

 

 繋いでいた手を離すのは非常に惜しかったが、人の視線もある中でいつまでも続けることは精神的にちょい辛いというのも本音である。財布を出さないといけないし、ここはひとまず急いで買ってこよう。

 

 券売機に到着したため、席を探し始める。昔の俺ならば、席は通路席で出入口に近い場所を選んだであろう。

 だが、今回購入する席は真ん中よりも少し後ろの方の列で中央の2つ並んだ席である。一人ならまだしも二人で見るのだ。見やすさを重視してもいいだろう。

 

 無事に購入して雪ノ下の居る場所に戻る。足音で俺が戻ってきたことを悟ったからか、顔を上げてこちらを見て微笑んだ。そんな彼女に買ってきたチケットを手渡しする。

 

「チケットありがとう、比企谷君。値段はいくらだったかしら」

 

 割り勘を所望してくれる雪ノ下さん。デート代は男が全額支払って当然という女性が存在するらしいことを考慮すると、彼女の価値観は非常に好ましいと言わざるを得ない。

 しかしだ、デート代くらいは出してあげたいと思うのも男の矜持であろう。その相手が彼女のような女性なら余計にそう思ってしまうだろう。

 

「要らねーよ、映画代くらいは俺に出させてくれ。それと飲み物とかどうする?俺は何か買おうと思ってるんだが」

「ふふ、大したプライドね。でもありがとう、比企谷君。飲み物はアイスティーでも買おうかしら」

 

 俺の安いプライドを彼女はちゃんと尊重してくれた。今日は彼女のために行動しようと思っていたが、彼女の方が俺のために行動してくれているように感じる。

 お返しではないが、飲み物も映画代の一部と称して奢らせてもらおう。彼女は遠慮するだろうが、ここは強引にでも出させてもらおう。

 

 なんやかんやで飲み物を購入し、そして映画の席に到着した。

 ここで飲み物を右と左のどちらのホルダーに入れるか問題に直面する。なんとなく利き手側に置きたい気がするのは普通なのだろうか。

 しかし、右側には雪ノ下が座っている。彼女は右利きだが、左側のホルダーを使う可能性もある。左は空席だし、それなら左側でよくね?と思い、左側のホルダーに飲み物のコーラをセットする。

 その後、雪ノ下は彼女の利き手の方である右側に飲み物を置いた。じゃあ右側に置いてもよかったじゃん。別にいいんだけどね。

 

 映画の予告ムービー連打が終わり、ノーモア映画泥棒が流れ始めた。これを見ると映画がもうすぐ始まるんだという感覚に襲われる。

 特に悪いことはしていないのにサイレンの音を聞くとビビってしまうのはなぜだろうか。そこそこの頻度で職質されるのが原因かもしれない。

 怪しい目をした男が夜間に出歩いているのだ、警察の方が意欲的に仕事をしているのであれば当たり前のことかもしれない。

 日本の治安維持への貢献、誠にありがとうございます。そんなことを考えていると映画が始まった。

 

 

 

 彼が恋愛映画を選ぶとは正直思ってもいなかった。

 昔聞いた話だと、テレビで恋愛映画が放送された際に小町さんと一緒に見たらしいのだけれど、小町さんが隣で感動している横で彼は眠気と戦っていたらしい。

 兄妹でそこまで感性が違うというのはどうなのかしら。まぁ、比企谷君の感性が常人と違いすぎているのが原因でしょうね。

 

 映画の内容は一人の男性とその男性を想う二人の女性による三角関係のお話のようだ。

 私と由比ヶ浜さんと比企谷君の高校時代の関係も似たようなものだったのかもしれない。ただ、あの男が誑かしていた女性が私たち二人だけとは到底思えないけれど。

 

 大学に入学してからは由比ヶ浜さんは私のことを応援してくれるようになっていた。あの二人の間で何かあったのだとは思う。でも私はそのことを聞こうとは思わなかった。

 由比ヶ浜さんが居て、比企谷君が居てくれる。三人で集まれることを当たり前のように享受していた私は彼女らに甘えていたのでしょうね。

 

 環境や立場が変われば関係性も変化する。高校を卒業すると同時に私と彼は部活仲間から親しき友人に変わった。大学を卒業すれば友人からまた更に近づいた関係になれると思っていた。

 けれど心地のよい友人という殻は私が考えていたよりもずっと頑強で、関係は変わらずに停滞。そんな悩みを大学を卒業して間もない頃に由比ヶ浜さんに相談してみた。

 

 彼女は比企谷君が私と一緒に居ることに慣れてしまっていて、それと同時に友人の関係性に満足している――そんな風に感じていたらしい。

 私も大学の四年間で毎週のように集まり、三人で過ごす日々に不満はなかった。けれど、私はもっと比企谷君との距離を埋めたくなってしまったから。

 

 由比ヶ浜さんの提案はこうだった。比企谷君から誘ってくるのを待つこと。今までは由比ヶ浜さんが次に会う日を決めてくれていたから、私たちは予定を合わせて集まることが出来ていた。

 社会人になれば今までのように会うのは難しくなる。けれど、会おうと思えば会えないことなどない。

 

『誘うのは会いたいって思っているからなんだよ!』

 

 彼女は比企谷君に、自分から誘ってでも会いたいと思わせることが大事だと話していた。

 彼は面倒くさい性格をしているから、自分から誘う時には絶対に理由を求める。そして、その理由はただ単純に会いたいからなのだと嫌でも理解するだろう。

 そうしたらすぐに二人の関係性は変われる。だから待ってみようということだった。

 

 これは言うならば、比企谷君と私の耐久勝負であると。

 

 ……残念ながら1年の間、彼からのお誘いはなかった。

 年度の末に由比ヶ浜さんと会った際には、我慢比べは私の負けだと言われてしまった。

 確かに、彼と会えないのが辛くて涙してしまった夜も少なくないし、学生時代に撮った彼の写真を毎日のように眺めたりしていたけれど、まだ負けてはいないと思う。

 

『どこかで偶然出会えたら盛り上がれるかもしれないね。ヒッキーは普段外出しないだろうから難しいかもだけど』

 

 この彼女の発言を聞いて、私は彼を誘わずに出会う方法を思案した。

 

 勝負には負けたくはないけれど、彼には早く会いたい。だから私は同期でコミュニティが広い友人に相談をすることにした。比企谷君の勤め先は知っていたから、その会社に知り合いが居ないかどうかを尋ねてみたのだ。

 幸いなことに知り合いが居るとのことだったので、その知り合いと協力してもらい、比企谷君をあのお店に連れ出してもらった。

 

 彼にはあの夜に運命がどうとか喋ってしまったけれど、本当は運命的なことなんて一切なかった。今見ているこの映画でも運命という言葉が度々出てくるけれど、その都度、ほんの少しだけ胸がちくりと痛む。

 

 私はこんなにも比企谷君のことを考えているのに、隣に座る彼はどうなのだろう。ちらと横目で彼を見ると、一瞬だけ目が合ったが、即座に映画の方へと視線を戻してしまった。

 彼がそこまで映画に熱中してるのかと思うと嫉妬心が芽生えそうになる。私は少しでも彼に近づきたいという想いから、肘掛に腕ごとゆっくりと乗せていった。

 

 きっと彼は、私のこんな気持ちには気付いてくれないだろうなと思っていた。

 

 

 

 全くと言っていいほど映画に集中できていない。理由はご明察の通り、隣に座る彼女、雪ノ下雪乃のせいである。

 人のせいにするのは良くないとは思うが、こればかりは仕方ない。映画に出てくる女優なんて目じゃないほどの美人であることは説明するまでもないが、そんな彼女の真剣な横顔をずっと見れるのである。

 映画のチケット代が安すぎてびびる。おいおい、諭吉さんくらいなら余裕で出せるぞ。

 

 正直、映画の登場人物がどうなろうともあまり興味はない。俺は横に座る彼女さえ幸せになってくれれば充分なのだ。

 そんなちょっと痛々しいことを考えながら彼女を横目で盗み見ていると、不意に目が合ってしまった。俺は誤魔化すように素早くスクリーンへと目を戻す。

 ずっと見てたのバレてないよね?生まれて初めて恋愛映画を見てドキドキしてしまっている。なるほど、こういう気持ちになりたくて恋愛映画を見るんだね。そんな馬鹿げたことを考えていると、雪ノ下が右の肘掛に手を置いたことに気が付いた。

 

 ……これはあれだな、手を繋いで映画を見ようっていうあれだな。なるほど、雪ノ下さんも可愛いところあるじゃないか。いや、改めなくても雪ノ下が基本可愛いのは重々承知ですけどね。

 

 俺は意を決し、彼女の手に自分の手を重ねようと動き始める。。

 

 指先が触れた程度で、彼女はビクッと身体を跳ねてしまった。これは、もしかしなくても求められていなかったのでは…………。

 勘違いで先走ってしまったことによる自己嫌悪に陥ってしまいそうだったが、彼女は口角を少し上げ、その手のひらをくるりと裏返して肘掛に置き直した。

 指の間隔を少しだけ広げ、口の動きだけで俺に催促をしてくる。彼女の求めていることを理解した瞬間、鼓動が痛いほど早くなる。

 

 彼女の手を、指を決して傷つけないように、離さないように自分の指で閉じていく。普通に握るよりも遥かに密接になるこの繋ぎ方は何て呼ばれていただろうか。そう、”恋人”繋ぎだ。

 俺と雪ノ下の関係はまだ違うけれど、そう呼べるようになりたいと思っている。

 

 映画はハッピーエンドを迎え、エンドロールが流れ始める。俺と彼女はどんな終わりを迎えるのだろうか。願わくば幸せにしてあげたいと思ってしまうのは間違っていないだろう。

 

 彼女との物語がエンドロールを迎えるのはまだまだ先になることを、未だ繋いだ手に慣れる先触れがない俺は理解していた。

 




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