惣流アスカの更迭&式波アスカの左遷 ~見つけたアタシの居場所~ 作:朝陽晴空
アンケートを取りたかったのです、ごめんなさい。
わあたしのせいかくおぼえていますか?
しんじいかりしんじさま。
あたしはゆうびんはいはたつのしごとをしてみいます。
まいにちははたらくのはたのしいすきです。
げんきにけんこうにきをつけるて。
「……ミサトさん、マリさん、アスカの手紙に隠されたメッセージ、分かりましたよ」
そう言って僕はテーブルの上に置かれたアスカの手紙の文字を指差した。
まず最初の一文字は、『あ』だった。
「……なるほどね、私にも分かったよ」
「えっ!?」
マリさんは納得した様子で頷き、ミサトさんだけが置いてきぼりを食った形になった。
答えが分かっても、マリさんは僕に花を持たせてくれるようだ。
「次の文字は、『い』です」
「なるほど、これはアスカから、シンちゃんへのラブレターって訳ね!」
「そうとも取れるけど、微妙に違うんだよねぇ」
ミサトさんは先走って、自分の想像でキーワードを作ってしまっているようだ。
無理もない、僕もマリさんのヒントが無かったら思い付かなかっただろう。
「その次の文字は、『た』です」
「アイタッ! ミサトお姉さん、これは一本取られたよ」
「ふざけないでくださいよ……」
僕は考える事を放棄したようにみえたミサトさんにため息をついた。
「ごめん、場を和ませようと思って」
ミサトさんなりに、このアスカの手紙に隠されたメッセージの重さを察したようだった。
「前半部分の最後の文字は『い』です。これでミサトさんも気が付いたでしょう?」
僕は赤いペンでアスカの手紙に丸印を付けていった。
わあたしのせいかくおぼえていますか?
しんじいかりしんじさま。
あたしはゆうびんはいはたつのしごとをしてみいます。
まいにちははたらくのはたのしいすきです。
げんきにけんこうにきをつけるて。
「あ い た い た す け て」
「こりゃあ、姫からのSOSの手紙だね」
「どうするつもりなの、シンジ君?」
ミサトさんに尋ねられた僕の頭に、選択肢が浮かんだ。
→アスカを助けにドイツへ行く
このまま日本で綾波とマリさんと一緒に居る
僕は上の選択肢を選んだ。
「アスカが僕に助けを求めているんです、行きます」
「……そう、シンジ君が決めたのならあたしは反対しないわ」
ミサトさんに深くお辞儀をした僕は、アスカの手紙を取って、マリさんの横をすり抜けてミサトさんの家を出て行った。
「ちょっとワンコ君、まさか本気で姫を助けに行くつもりなの?」
廊下で僕はマリさんに腕をつかまれて引き留められた。
「……仕事はどうするの? 恋人に会うために無断欠勤なんて許されるほど会社は甘くないよ? 特にワンコ君はたくさんのお客さんを抱えている。会社の評判も落ちて、お父さんの顔にも泥を塗る事になるんだよ。姫はいつか自分の力で立ち直れるって。だからワンコ君は姫の事を気にしないで、自分の幸せのためにここに居ればいいんだよ」
「それでも、僕はアスカを助けに行くよ」
僕は振り返らずにマリさんにそう答えて、マリさんに掴まれた手を振り払った。
「他人のために自分の人生を棒に振るなんて、バカげているよ」
マリさんは呆れた様にそう呟いた。
でも数歩進んだ先で、マリさんはまた僕の腕をつかんだ。
「ワンコ君。レイちゃんだって、君が居なくなったらきっと悲しむよ。私はレイちゃんの友達として、ワンコ君にそんな事をさせるわけにはいかない。コロナウィルスが流行ってから、ドイツはもっと遠い所になっちゃったんだよ。気軽に行って帰って来れる場所じゃない。それに、姫と最後に会ったのは14年も前の事なんだよ? そんな昔の恋なんて、思い出として美化しているだけかもしれない。過去ばかり夢見ていないで、これからの人生の事を考えなよ。姫一人に執着するなんて、私は間違っていると思うよ」
「それでも僕はアスカに会いたい」
僕はもう一度マリさんの手を振り払って、エレベータに乗ると、マリさんも追いかけて乗り込んで来た。
「ワンコ君、たまたま運命のめぐりあわせで、姫が魅力的な女の子に見えたのかもしれないけど、レイちゃんだって、私から見れば将来の伴侶として相応しい女性だよ。今の安定した生活や約束された未来を捨てて、姫を助けに行く……バカシンジだね」
「僕をバカシンジと呼んで良いのはアスカだけだよ」
エレベータのドアが開くと、僕はマリさんを置いてコンフォート17のエントランスへと向かった。
それでもマリさんは走って僕を追いかけて来る。
「ねえワンコ君、どうしてそこまで姫の事にこだわるの? 姫がワンコ君のためにしてあげられる事なんてほんの少ししかない。ドイツの田舎の小さな郵便会社で閑職に追いやられている姫のために、日本の大手不動産会社の営業部係長のワンコ君が時間を割くなんて、人生の無駄遣いだよ」
「アスカの事を悪く言うな。僕は見返りなんて求めていない」
僕はだんだんとマリさんに怒りを覚えて来た。
「第一、ドイツに行って仕事はどうするの? ネルフグループの後ろ盾の無い、ドイツ語もろくに話せないワンコ君を許してくれるほど、社会は甘くないよ。一時的な感情に流されて人生を棒に振るような生き方をしたら……死ぬ時になって絶対に後悔するよ」
「……それでも僕はアスカを助けに行く」
「この分からず屋!」
マリさんの怒鳴り声を背にして、僕はコンフォート17を立ち去った。
自分の家に戻った僕は、スマートフォンでドイツに行く航空便の予約をして、旅立つ準備をした。
コロナウィルスの感染者数が減って行動規制が緩和された今でも、航空便の予約はガラ空きだった。
みんなコロナウィルスの再流行を恐れているんだ。
僕もドイツに行ったら日本へは戻れなくなるかもしれない。
でも僕はそんな事は恐れなかった。
家を出ようとすると、マリさんが尋ねて来た。
「ワンコ君、ぐだぐだと長い事を言ってごめんね。ワンコ君が心の底から姫に会いたいって気持ちが分かったよ。感情に流されても、取り返しのつかない人生なんてないもんね。安定した生活にしがみついて生きるなんて、つまらないよね。やりたい事をやってから死んじゃえば、きっと後悔なんてしないはずだよね。……姫一人に執着するな、なんて言ったけど……正直羨ましい、ワンコ君と姫の事が。私、ひねくれた性格だから、ワンコ君が本当に姫の事を大事にしてくれるのか、試してみたくなったんだよね。だから、ワンコ君の本音が聞けて良かった。他の人に言われて信念を曲げるようじゃ、姫の事を任せられないと思ったんだ。じゃあね、姫を頼んだよ!」
マリさんは笑顔でそう言うと、翻訳機やアスカの居る会社の社員寮までの地図を渡してくれた。
他にも当面の生活費となるドイツの通貨であるユーロが入った封筒を受け取った。
感情に任せて行動していた僕は、準備不足だった事に気が付いた。
あのままドイツに行っていたら立ち往生していたに違いない。
短時間で僕のドイツ行きを御膳立てしてくれるなんて、マリさんは感謝している。
僕が自分の部屋を出ると、今度はミサトさんが立っていた。
「思い止まるならこれが最後のチャンスよ。ドイツに行ったら1週間、PCR検査で陰性が出ても隔離される。もうオメガ株まで出始めているご時世だからね。日本にトンボ帰りしても同じ。感染リスクを避けて、リモートでアスカと話して、直接会わずに今の生活を続ける事も出来るのよ。重症化して命を落とす事があるかもしれないし、シンジ君はこれからずっと今よりも不便な生活を送る事になる。それでもアスカに会いに行くの?」
「はい、それでも僕はアスカに直接会って抱き締めてあげたいです」
「そうね、後悔するのならアスカを助けてからにしなさい」
ミサトさんは車で僕を空港まで送ってくれると言う。
学校の授業はどうしたのかと尋ねると、自習にしたと話した。
きっとミサトさんは減給を食らうだろう。
でも僕はミサトさんとマリさんの協力に感謝した。
「……アスカ、大丈夫かな」
僕にSOSの手紙を出すと言う事は、かなり心が折れてしまっているのだろう。
「シンジ君が来るまで、持ちこたえているわよ。そう祈りましょう……」
ミサトさんはそう言って十字架のペンダントを握り締めた。
「ミサトさんがずっとあの家に住んでいてくれてよかったです。じゃなかったら、アスカの手紙は届かなかっただろうから……」
「まあ第壱中学校から近いって言うのもあったしね。旦那は記者だから、住むところは関係ないみたいだし」
「加持さんは、どんな仕事をしているんですか?」
「うーん、汚職事件を調べているとか。詳しい事は身内にも話せないのよ」
加持さんは国民のために立派な仕事をしているんだな、と僕は感心した。
それに比べて僕は父さんのすねをかじっているだけ。
自分は毎日忙しく仕事をしているけど、もっと他にやりがいのある仕事もあるかもしれない。
ハウスメーカーの営業マンの離職率が高いのは訳があるのかな……。
「さあついたわよ、途中までしか見送りが出来なくてごめんね」
「仕方ないですよ、ミサトさんまでPCR検査を受ける必要はないですから」
ここで陽性反応が出たら僕はドイツへは行けなくなる……。
ドキドキしながら結果を待つと、幸いにも陰性だった。
陰性証明書とワクチン接種証明書を見せて僕は旅客機に乗ることが出来た。
ガラガラとした機内は静かで空気も重苦しい。
親しい友人同士もソーシャルディスタンスを取らなければいけないのだ。
機内ではアスカに会えると言う期待による気分の高揚よりも、今まで色々あって疲れた疲労感の方が勝った。
静寂に包まれた機内でわずかに聞こえる物音が子守唄のように僕を誘って、僕は長い眠りに落ちて行った……。
空港でのコロナウィルス対策の隔離期間、僕はアスカの近況について調べた。
アスカの勤めている郵便会社があったのは、ネルフグループ・ユーロ支社がある都市の郊外にある寂れた田舎町だった。
どうしてもっと支社の近くに郵便会社を作らなかったのだろうと僕は思ったけど、田舎町にあった郵便会社をネルフグループが吸収合併したらしい。
潰れかけた郵便会社を救済するための地域貢献活動だとネルフは説明しているが、僕にとってはそんな事は関係無い。
僕が怒っているのは、アスカが郵便会社から100km離れたユーロ支社まで支社長宛ての郵便物を自転車で5時間かけて届けさせられていると言う事だ。
往復だと200kmで10時間。
明らかに労働基準法違反だと指導が入ったらしいけど、時速25kmで走行すれば往復8時間で違反にはならず、支社長宛ての郵便物が無い日は休みにしているので休憩も休日も問題は無いと詭弁がまかり通っているようだ。
僕が同じような仕事をさせられたら、心が壊れてしまうだろう。
どうしてアスカはそんな酷い仕事を辞められないんだろう。
そこにはユーロ支社長のワイスマンの圧力と、イエスマンで無能上司のアサヒの洗脳があるらしい。
僕は心理学者じゃないけれど、毎日バカだバカだと言われ続けると、言われ続けた人は委縮して、能力が落ちてしまって、自分で考える事を止めてしまうらしい。
さらに上司のアサヒはたまにアスカを褒める事で、アスカの反抗心を抑えていた。
砂漠を歩き続けている人間に、一杯の水を与えて感謝させる。
その苦しみの元凶は、その相手だと言うのに、何て酷い手を使うのだと僕は憤った。
ワイスマンとアサヒを叩きのめして跪かせてやりたい、でもアスカを助けに行く方が先だ。
僕はアスカの居る郵便会社の社員寮へ行くと、空いていた窓から中へと入った。
ボロボロの社員寮は、人が住んでいるのか疑わしいくらい静まり返っていた。
炊事場を見ると、シンクに蜘蛛の巣が張っている。
長い間使われていなかった証拠だ。
果たしてここは社員寮と呼べるのだろうか……。
空き室ばかりの廊下を進んで行くと、突き当りに入居者が居るらしき部屋を見つけた。
ドイツ語は読めないけど、ネームプレートには『式波・アスカ・ラングレー』と書いてある気がする。
間違ったら、謝って逃げればいいか。
僕は部屋の腐りかけた木のドアをノックした。
部屋の中からの返答はない。
留守なのかな、と思ってドアノブを捻ると、鍵は掛かっていなかった。
不用心だなと思いながらも部屋の中に入ると、色気の無い古着を着た女性がベッドで寝息を立てていた。
髪の色からアスカに間違いないと僕は思った。
どうしよう、疲れて眠っているアスカを起こすべきかと悩んだけど、一刻も早くアスカと話したいと言う気持ちの方が勝った。
「アスカ、ねえ起きてよアスカ」
僕はアスカに覆いかぶさる形になり、両肩に手を置いて揺さぶった。
目を開いたアスカの瞳は蒼く濁っていたが、僕の顔を見ると、瞳はスカイブルーのように青く光り輝いた。
「シンジ、シンジなの!?」
「うん、手紙を読んで来たんだよ」
僕がそう答えると、アスカはこれが夢では無いと確かめるかのように力強く僕を抱き締めた。
お互いの体温や息遣い、心臓の鼓動を感じる。
そしてアスカの体臭はとても汗臭かった。
「悪かったわね、シンジが今日来ると分かっていたらシャワーを浴びていたんだけど」
ドイツでは毎日入浴すると言う習慣が無いのだと言う。
「社員寮で誰にも顔を合わせる事もないしね」
このボロボロの社員寮にはアスカだけしか住んでいないらしい。
会社では臭いと言われるから仕方なく最低限の身だしなみはしているが、社員寮に戻ってからは体たらくだった。
「シンジ……本当に会いたかった」
「僕もだよ」
アスカは僕を抱き締める力を緩めなかった。
200kmの郵便配達をしているだけあって、引き締まったアスカの均整の取れた身体は見かけによらず、僕よりも筋力があった。
僕はこの後、再会を喜んで抱き合って甘い時を過ごすのだと考えていた。
でもアスカの行動は僕が思ったよりも直情的だった。
アスカは僕のズボンを脱がし始めたのだ。
僕は抵抗しても、アスカの力には逆らえない。
助けを求めようにも、この社員寮には僕とアスカの他に誰も居ない。
さらにパンツまで脱がされた後、アスカは自分の下着も脱いだ。
「……それで、この後どうやるんだっけ?」
「えっ!?」
不思議そうな顔で呟くアスカに、僕も驚いた。
「……アスカが未経験だとは思わなかったよ」
「仕方ないでしょ、14歳で気を失って、目を覚ましたら28歳だったんだから。シンジこそ、コネメガネやレイとヤった事あるんじゃないの?」
「僕は綾波やマリさんとそんな関係じゃないよ」
結局僕とアスカは服を着直してベッドで抱き合う事になった。
3月のドイツの夜、暖房設備も壊れた社員寮のこの部屋は寒かったんだ。
お互いの温もりを感じて抱き合っているだけで、とりあえずは幸せだった。
14年間の空白を埋めるかのように、僕とアスカは求め合った。
「いつまでもシンジとこうして居たいけど、仕事に行かなくちゃ」
朝になると、アスカはベッドから体を起こして着替え始めた。
「アスカ、こんな事を続けていちゃダメだ。分かっているから僕に手紙を出したんだろう?」
「でも、今のアタシに出来る仕事はこれしかないから……逃げちゃダメだって、シンジも言ってたじゃない」
「逃げても良い時もあるんだよ」
僕が優しくアスカの手を握ると、僕の大好きな力強いアスカの笑顔が戻って来た。
アスカと僕は自転車の二人乗りでアスカの勤める郵便会社へと向かった。
毎日のように200km走行する赤い自転車は手入れが行き届いていた。
今はこの赤い自転車がアスカにとっての弐号機なのかもしれない。
「いいか、郵便物を正確に届けると言うのは世の中にとって重要な仕事だ」
郵便会社のアスカの勤める部署では上司のアサヒが従業員に向けて朝礼を行っていた。
僕とアスカは勢い良く入口のドアを開けた。
「こら式波、また朝礼に遅れやがってなめてんじゃねーぞ。朝礼に遅れていいのは3度までって規則で決まってんだ。また遅れたらクビだからな」
「クビ上等よ、こんな所、辞めてやるわ!」
アスカに言い返されたアサヒは驚いてグッと言葉に詰まった。
「フン、お前をリストラしたら、ワイスマン社長に睨まれる事になっちまうが……お前の方から辞めるのを慰留しろとは言われていない。で、お前みたいなバカを雇ってくれそうな会社の目星は付いているのか? 無いんだろう? そんなんでこの先どうやって生きて行くつもりだ。まあ、お前が野垂れ死にしても俺には関係ない事だ」
「そんな事はさせません、アスカは僕が守ります」
後ろで見守っていた僕はグイっと前に出てアサヒを睨みつけた。
僕の着ていたスーツを上から下まで値踏みするように見たアサヒは笑いを浮かべた。
「企業の御曹司でも捕まえて、玉の輿にでも乗ったつもりか?」
アサヒは僕がネルフグループの会長碇ゲンドウの息子だとは全く気付かないようだ。
「ぐぁっ!」
僕が顔をぶん殴ると、アサヒは情けない声を出して気絶した。
従業員たちがぼうぜんとする前で、僕はアスカの手を取って駆け出した。
青空の下、僕達は町を離れて山の方へと走った。
「暴行罪で訴えられるかもしれないわよ」
「だから逃げ出したんだよ」
僕は笑顔でアスカにそう答えた。
これから僕はアスカとずっと一緒に居る。
それが僕の選んだハッピーエンドだ。
「さあ、もっと遠くに逃げよう」
「どこに逃げるおつもりですか? あなた方に逃げ場は無いのですよ」
気が付いたら僕たちはネルフグループのSPに取り囲まれてしまった。
そのSPの中心に居る眼鏡を掛けた男がワイスマンだと僕には分った。
アスカに嫉妬し、目を覚ましたアスカを苦しめ続けたクズ男。
「二人とも職場放棄して無断欠勤とは社会人として失格ですね」
「アタシは仕事を辞めて来たのよ! 文句ある!?」
「……気に入らない、反抗的な目だ。せっかく心を壊しかけたと言うのに……」
ワイスマンはアスカだけで無く、僕にまで憎悪を込めた視線を向けて来た。
「逃がしませんよ、式波・アスカ・ラングレーさん。あなたには新しい仕事を紹介しましょう。毎日午前中にショベルで穴を掘って、午後にそれを埋める仕事です。サルにでも出来る簡単な仕事でしょう?」
僕はアスカが目標に向かって努力する事を惜しまない素晴らしい女性だと知っている。
そのアスカの長所を殺すような仕事をさせるなど、ワイスマンは嫌味を言うだけのアサヒに比べ物にならないほど陰険な人間だと感じた。
「碇シンジさん、あなたは日本に強制送還させて頂きます。御父上の耳に入れば、二度とドイツの地を踏む事が出来なくなるでしょう」
普段の父さんなら、さすがに僕を入国禁止処分にまでする事は無いだろう。
でも僕はアスカをいじめたアサヒに顎パンチを食らわせてしまっている。
ワイスマンはその件を足掛かりに、やってない事まで捏造して僕の罪を大きくするだろう。
嘘は真実が一部でも混じっていると信じられやすくなってしまう。
自業自得とは言え、感情に任せて行動した結果だった。
でもきっと怒ったアスカがアサヒに手を出してしまっただろうから、大好きな女の子を守っての行動だ、僕は殴った事は後悔していない。
「これで二人は永遠に会う事は出来なくなるでしょう。いや、私や碇会長が亡くなればまた何十年後に会えるかな? 14年も待てたのですから、楽勝でしょう。織姫と彦星さん?」
僕とアスカを取り囲んでいたネルフのSPは僕たちを拘束しようと近づいて来た。
「いやーっ! 助けて、シンジ!」
「アスカっ!」
でも次の瞬間、ネルフのSPは素早く飛び込んで来た影に蹴散らされた。
「何が起きたのです!?」
自分の部下たちが伸びて気絶してしまったのを見て、ワイスマンは慌てふためいた。
「正義の味方、エバームーン! 月の名のもとに成敗!」
「普通にミサトさんじゃないですか」
「……今は昼間よ」
助かって気が抜けた僕とアスカは冷めた気持ちでツッコミを入れてしまった。
「残ったのは大将のあんた一人だけど……あたしと戦ってみる?」
「くそっ、またしても邪魔が入るとは……!」
ワイスマンが逃げ出すと、気絶から立ち直ったネルフのSPたちも一目散に山から下りて行ってしまった。
「あらまあ、逃げ足だけは早い事」
ミサトさんはそんなワイスマンたちの背中を見て、そう呟いた。
「助けてくれてありがとうございました」
僕はピンチに駆け付けて来てくれたミサトさんにお礼を言った。
「アスカ、あんたも思ったよりも元気そうじゃない」
「シンジが来てくれたおかげよ」
アスカがそう答えると、ミサトさんは満足気に微笑んだ。
「でもどうしてミサトさんがここに?」
「シンジが心配になって追いかけて来たとか?」
「いいえ、あたしの目的は別よ。レイ、出ていらっしゃい」
ミサトさんが声を掛けると、木の陰から綾波が出て来た。
アスカの表情が曇ったのが分かった。
「レイはね、シンジ君がドイツに行ったと聞いて、追いかけて会いたいって、あたしを頼って来たの。あたしにとっては三人とも可愛い弟妹みたいなものだからね。レイのお願いを断る事が出来なかったのよ。レイの話も聞いてあげて」
ミサトさんが困った顔で僕に頼んだ。
僕も綾波の事を全く無視して突っ撥ねるわけにはいかない。
綾波は僕にゆっくりと近づいて来て、アスカ・僕・綾波と等間隔で並ぶ事になってしまった。
ミサトさんとアスカも黙って見守る中、綾波は僕の目を見つめて話し始めた。
「私、勇気を出して言うわ。碇君の事を愛してる。碇君は優しいから、式波さんに助けを求められたら放って置けないのは分かってる。私は、碇君の優しさのおかげで変わる事が出来た。他の人とも話せるほど強くなった。これからは私がずっと、碇君の側で支えてあげたいって思ってる」
綾波が僕への強い思いを語ると、アスカも改めて僕への気持ちを吐き出した。
「アタシは気が強くて、素直に感謝の言葉が言えなくて、人と衝突して嫌われてばかり。だから、シンジみたい優しくアタシのワガママを受け止めてくれる人が……アタシには……必要なの。だから、アタシと一緒に来て……」
「式波さんには悪いけど、幸せは日常の中にあると思う。日本に帰って、マリさんと私とお酒を飲みながら、また楽しく話をしましょう。今ならお父さんだって許してくれると思うわ。私も碇君と一緒に謝るから」
アスカも綾波も、潤んだ瞳で僕を見つめて来る。
宛ての無い逃亡生活か、それとも日常生活を取り戻すのか。
僕はアスカと綾波の間で板挟みになってしまった。
ワイスマンと言う男は異常なまでにアスカに執着している。
僕がアスカから離れれば、会長の息子である僕に手出しはして来ないだろう。
これ以上逃亡生活を強行すれば、父さんも僕を見捨てるかもしれない。
「アタシがシンジを想う気持ちは誰にも負けない! アタシはワガママでシンジを振り回してばかりで、助けて欲しいって身勝手な手紙を出して、シンジの日常を壊してしまったわ。だから、シンジに手紙なんか出すんじゃなかったって落ち込んだりした。でも、アタシはシンジにまた会えて嬉しかった! 会えずに後悔するよりマシだったわ」
アスカは強い目力で綾波を睨みつけたけど、綾波も負けないくらい強い眼差しで見つめ返した。
「私は式波さんと違って、14年近くも一緒に居る。マリさんも。だけど、碇君の気持ちが全て分かるとは言えない。でも、中学校を卒業して同じ高校や大学に進学して、一緒に碇君のお父さんの会社に入って、お仕事の終わりにお酒を飲んだりした。式波さんは知らないでしょうけど、私、碇君のお陰でお肉も食べられるようになったのよ。私は碇君と色々積み上げた日常の生活がある。碇君に会えて満足したのなら、もうこれ以上碇君を惑わすのは止めて」
だけどアスカは首を横に激しく振って拒否の態度を示した。
「嫌よ! せっかくシンジに会えたんだから、もっとたくさんアタシの話もしたい、シンジの話も聞きたい、楽しい事もしたい! 一緒に夢を追いかけたい!」
「式波さんが夢に人生を捧げるのは素晴らしい事だと思うけど、碇君を巻き込まないで。安定した日常生活の中にも小さな幸せはあると思うわ。仕事をして、可愛い奥さんと結婚して、子供が生まれて……ささやかな夢だけど、碇君は叶えたいと思わない?」
「シンジはアタシの事、どう思っているの? やっぱり、はねっ返りでうざったいとか思っている? でも、これがアタシの性格だから無理して変えようとは思わないからね!」
「私は、碇君が望むなら、頑張って自分を変えてみせるわ。苦手なお肉だって食べられるようになったもの……」
「アタシは、簡単に自分を変えるつもりは無い! シンジが好きになったのは今のアタシなんだから。それじゃあシンジがアタシの事を好きになったのがウソになるじゃない。友達が出来なくても、シンジが居てくれればいい!」
アスカと綾波の言い争いはヒートアップして、僕とミサトさんに口を挟む暇を与えてくれなかった。
「碇君は、私の居場所を作ってくれた。ヱヴァが無くても、私はここに居てもいいんだって。一緒に学校に行って、会社でお仕事して良いんだって。だから、私は大好きな碇君のために何かしたいって思っているの。お願い、帰って来て」
「アタシだってシンジが必要なの! シンジが居ないとアタシ、また心が折れてしまいそうなの……」
ワイスマンがまたアスカを捕えようとする危険性は十分にあった。
今はただ、ミサトの強さに圧されて一時退却しただけだ。
「あのワイスマンやアサヒにいじめられても、シンジに会えるかもしれないって思ったから頑張って来れたのよ! アタシはレイみたいに料理も掃除も洗濯も出来ないけど……ちょっとずつ頑張るから……」
そう言ってアスカは号泣した。
僕がアスカの涙を見たのは二度目だ。
一回目は僕と再会した時の嬉し涙。
今のアスカは鼻水もすすって綺麗な顔だとは言えなかった。
「アタシはシンジに全部合わせる事なんて出来ないと思う……だけど、一緒に居させて」
アスカはそう言って僕の手を掴んだ。
「碇君、私は……碇君の側に居る事が出来るなら……それ以外は何も望まない。お嫁さんになるのが無理なら……それでもいい。愛人でも妾でも、身体だけの関係でも……。でも、碇君も私の事を好きになってくれたら……嬉しい。碇君は、私の事……好きじゃないの……?」
綾波も目から涙をポロポロと流して僕を見つめた。
僕が綾波とマリさんと過ごした14年間は楽しかった。
綾波の言う通り、学校でも会社でも色々あった。
会社の仕事が忙しくて疲れて帰って来た時も、本当の奥さんのように世話をしてくれた。
僕は綾波に甘えていた。
そんな綾波を好きじゃないなんて言えるわけがない。
僕が頑張って作った料理で綾波が肉が食べられるようになったのは嬉しかった。
「碇君、私たちの所に帰って来て……」
「シンジ、アタシと一緒に行こう!」
「碇君、碇君、お願い……!」
「アタシにはシンジが必要なの!」
綾波とアスカは僕の手を掴んで激しく揺さぶる。
……決断の時が迫っていた。
僕はアスカか綾波、どちらかを選ばなければならない。
本当に、後悔しないな?
頭の中の僕が問い掛けた。
「シンジ!」
僕は綾波に背中を向けて、アスカを抱き締めた。
これが僕が出した答えだ。
アスカは嬉し涙を流しながら、抱き合っていると言うのにピョンピョンと飛び跳ねた。
「まあ、アタシを選んでくれると信じていたけどね」
アスカは喜んでくれたけど、背中の向こうで泣いている綾波の事を思うと素直に喜べなかった。
「さあレイ、帰りましょう」
ミサトさんがうなだれている綾波に声を掛けた。
綾波にはミサトさんやマリさんが居る。
……僕が居なくなっても綾波は立ち直ってくれる。
分かってる、これは自分勝手な僕の考えだ。
「シンジ君、アスカ。ドイツに居る限り、ワイスマンはアスカを捕えようと追っ手を放って来るわ」
「じゃあ国外へ逃げろって事ですか?」
ミサトさんは綾波を胸に抱きかかえながら、僕の質問にイエスと答える仕草をした。
「ネルフユーロ支社の、ワイスマンの力が及ばない国が一つだけあるわ。永世中立国のスイスよ」
「スイスに行けば、アタシたちは助かるのね?」
アスカはそう言って目を輝かせた。
だけどミサトさんは厳しい表情で僕たちにこう言った。
「でも空港も国境もワイスマンの目が光っている。網に掛からずに抜けるのは難しいわ」
そこまで話したミサトさんは、僕たちの居る山のさらに奥を指差した。
「この山を越えれば、スイスへと抜ける事が出来るわ。ワイスマンもそこまではまだ検問を敷いていないはずよ」
ミサトさんはそう言うと、抱いて慰めていた綾波をなだめてコートを脱がし、自分の着ていたコートも脱いで、着けていたマフラーと一緒に僕とアスカに渡した。
「3月のドイツとスイスの国境は、まだ雪の解けていない冬山よ。気を付けて行きなさい」
僕とアスカは感謝しながらミサトさんと綾波が着ていたコートを身に着けて、一枚のマフラーをお互いの首に巻いて共有した。
「大丈夫、アスカ?」
「寒くないわ、シンジが側に居るから」
そう答えるアスカの顔は火照ってるように見えた。
僕とアスカはミサトさんと綾波に明るい笑顔で手を振って、自由への一歩を踏み出した。
山道なんて怖くない、僕とアスカの前には希望が満ちているのだから。
今回、シンジはアスカと二人でスイスに逃亡する事を選択しました。
参考:東京都都庁から約100km圏内(群馬県前橋市・茨城県水戸市など、富士山の少し手前)
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あなたがシンジならばどの道を選びますか?(さらなる異伝が生まれる可能性があります。※ハーメルン様に投稿するとは限りません)
-
アスカと二人で添い遂げるLASエンド
-
レイとマリと仲良く三人で日本で働きたい
-
マリさんと××××したい