チャラ男が失恋中の女の子にどしたん?話聞こうか? と優しく声をかける話 作:松風呂
「夏樹ちゃん……ごめん……」
その言葉を聞いた瞬間、足元の地面が崩れ落ちる様な、夢の中で深い奈落に落ちていくような、そんな喪失感と嫌な浮遊感を味わった。
ナンデ? え、だって、あんなに楽しかったのに、毎日一緒にアソンデ、お互い両想いだっテ、絶対ソウだって、オモッテたのに……?
「……あ、あはは、そっか……」
え? 今の私の声? ナンデ? 何で笑ってるの、全然分かんない、もう何も分からない、暗い沼に沈んでくみたいな、え? これ夢だよね?
胸の奥から熱い痛みがせり上がってくる。痛い、苦しい、逃げたいのに、足が動かない……。助けて……。
こんなに、こんなに好きなのに……。
「夏樹ちゃん……」
「え? え?」
あれ……、抱きしめられてる。いつもみたいに、温かい、安心する。でも振られた。好き。でも裏切られた。分からない。
ゆっくりと、彼の顔が近づいて来る。気付いた時には、私の唇に温かいものが重なる。
…………あれ? これキスされてない?
「んっ……ん……」
「んむっ……? ……ぷはっ」
「……ごめん、女の子から告白させて……」
謝られた。……??? あっ!! そういうこと!? ま、紛らわしい! OKってこと!? OKのキスってことね!
よ、よかったぁ、よかったよぉ……。あ、やば泣きそう。
確認をする前に、また唇同士が触れ合う。強引にされてる。初キスなのに……。
あー……、でもなんかもういいや、分かんない。流されちゃおう。やば、さっきから目開けたままだ……と、閉じなきゃ……。
「んん……ちゅ……」
「んぁ……ちゅっ」
「んちゅ……」
「んんん~っ……」
き、キスすごぉ……、これ温泉だ……、これ温泉だわ。ヤバいもんこれ。キスヤバい。
レモン味って噂は嘘だわ、だってこれ温泉だもん、キスは温泉。あー……、あ、なんか入ってきてる。ぷにぷにのやつ、……グミ?
……舌じゃんこれ。あ、これヤバいわ、宇宙だわ。舌凄いわ、あぁめちゃくちゃ気持ち良い……、宇宙だわこれ。
あ……ああぁっ……歯とか舐めっ……、舌やばっ……ああ~~っ……!!!
◇◇◇
度重なるキスラッシュによって宇宙へ無重力飛行していた私の脳は、ようやく地球へと帰還した。
全身に当たる温水のおかげで少し冷静になれる。
大好きな彼にいっぱいキスされて、頭があっぱらぱーになってる間に大人のホテルに連れて来られたらしい。彼に促された私はシャワーを浴びている。
これって、完全にそういうことよね? ど、どうしよう……緊張が凄い。正直今すぐ友達に電話したい。
女バスの皆はそういうことに関しては経験豊富で、猥談になるといつも私はおこちゃま扱いされてきた。一番無縁そうな雪子でさえ、口のテクが凄いと聞いている。皆進んでるなぁと他人事だったし、簡単にしすぎじゃないかと実は少し軽蔑していた。
そういうこと、なんて私はまだまだ先の話だと思ってたのに、こんな、流されて勢いでしてしまってもいいのだろうか?
その答えは、自分の中にあった。
彼のことが、四季君のことが好きだ。その気持ちは絶対に本物だ。
達郎に失恋して彼の家に初めて行った時、もしあの時に自暴自棄になってそういうことをしていたら、絶対に後悔してたと思う。
でも、それを止めてくれたのは他でもない四季君で、そんな彼だからこそ好きになれた。
だから、これから何が起こっても、多分私は後悔だけはしないと思う。
私に出来ることは、これから先も彼を信じることだ。だって私達はもう今までの関係じゃない。彼氏と彼女なのだから……。
覚悟を決めて、キュっとシャワーを止める。バスローブを着て彼の待つベッドへと歩みを進める。
羞恥心と身体の疼きが抑えきれないまま、私と彼はそういうことを開始する……。
素肌に彼の手が触れるたびに嬉しくなり、身体が熱をもっていく。大事な所にそういうことをされるたび、自分でした時とは全く違う感覚に溺れそうになる。
気持ち良くなればなるほど、身体が火照れば火照るほど、心が辛くなる。気付けば私は泣いてしまった。
「ごめん痛かった?」
私を気遣う声が聞こえる。身体は痛くない。痛いのは心だ。
……慣れてるんだ。初めての私でも分かるくらい、彼は上手にいじってくる。それはつまり、今まで色んな女の子とそういうことをしてきたんだと嫌でも分かってしまう。
それは当り前で、知っていたことだけど、ただ辛い。私にとっては彼が初めてで唯一なのに、彼にとっての私は色んな女の子の中の一人なんだと思うと、好きだからこそ辛い。
でも。
「夏樹、好きだよ。世界で一番好き」
そんな風に言われたら、もうその言葉に縋って、信じることしかできなくなる。
「私も、四季君が大好き。誰よりも愛してる。だから――」
初めてを貰って下さい。
………
……
…
そういうことが終わって、私達は顔を合わせて笑いあった。初めてだから色々な意味で痛かったけど、今は本当に嬉しい。彼と一緒になれて、本当に心が満たされていると思う。告白の時はあんなに勇気が必要だったのに、そういうことの最中はいっぱい素直になることが出来たように思う。進歩だわ。
折角彼氏彼女になったのだから、浮かれたい気持ちはあるけど、彼との関係は二人だけの秘密になった。
「自画自賛だけど、俺って女の子から人気あるから、もしこの関係が知られたら、夏樹ちゃんに変な嫉妬とか嫌がらせする子とか増えちゃうかもしれない」
「好き、大好き、四季君好き」
「だから、絶対に秘密だよ? 取りあえず大学生の彼氏ってことにしといてね? あ、耐えられなくなったら教えてね」
「分かった。好き」
「俺も好きだよ」
はー幸せ。こうやって私のこともちゃんと考えてくれる。本当に彼は優しい。
もう遅い時間になってしまったのでその日は宿泊することになった。私はお父さんに嘘の連絡をした。女友達の家に泊まると。
全然罪悪感が湧かなくて、悪い子になってしまってごめんと心の中で謝った。
◇◇◇
あれから暫く経った。夏休みももう終わりが近い。夏休みはやっぱり短いー。
最近は、彼と毎日いちゃいちゃして過ごしている。あ、ほぼ毎日ね。部活とか、家の用事がある時はしていないから、節度は守ったお付き合いをしていると思う。
今日も午前中は部活。全力で走る、色ボケしてるなんてことは一切ないからね。
「夏樹ちゃんこのところ凄い調子良いね!」
「うん! 今なら矢でも鉄砲でも何でも来いって感じ!」
「私も負けてられないな……、一緒に頑張ろうね!」
「頑張ろう!」
雪子も時間が経つことで自然な明るさを取り戻したように見える。結局達郎とのことは聞いてないけど、雪子が話せるようになったら親身になって聞こうと思う。
練習が終わった後は、彼とデートをして、夕方くらいの時間になってから私の家へと行く。
夏休みの宿題をしよう、とか、一緒に映画観よう、とか四季君が口実を作って、デート後に彼のマンションに一緒に向かうことはいつものパターンだからいちゃつくのはあの部屋が一番多いのだけれど、うちのお父さんの帰りが遅い時や泊まりの時は私の家に来る時もある。
ちなみに今日は、私の中学の卒業アルバムが見たいという流れになった。
2階にある私の部屋で、思い出をふりかえりつつ二人でそれを見る。
「あ、夏樹ちゃん発見、少し幼い」
「そんな経ってないけど……」
しばらく見た後、アルバムを閉じる。パタンと音をたてて、静寂が部屋を包む。目と目が合う。我慢できなくなったのか、また彼に抱きしめられる。
「夏樹、今日もいい?」
「うん……」
耳元で囁かれる。彼が呼び捨てにする時は、もういちゃつき開始の合図だ。一応いちゃついて大丈夫な日かどうかは、私の体調管理予定の方も知って貰ってるから、彼も把握した上でそう言ってくる。
お互い求めあって、いつもみたいに幸福感に酔っていると、ベッド横の窓がコツンと鳴る。ん?
「夏樹ちゃん、窓が鳴ってるけど、何の音? 風?」
「え? な、なんだろう……」
少し嫌な予感がする。これってまさか……。一定の間隔で音を鳴らす窓。
これ、達郎が糸電話投げてるんだ。
達郎の家とは隣同士で、ちょうど彼と私の窓は真向かいだったこともあって、小さい時はお互い部屋の窓にそれを投げて出てきて貰って話したりしていた。
そのことを四季君に説明すると。
「夏樹ちゃん、浮気してたの? そうやって二人でこっそり語り合ってるんだ……」
「え! ち、違う! 昔の話よ? 今はそんなことしてないからっ!」
「信じたいけど、でも今こうやって鳴ってるじゃん。違うなら証明してよ」
「証明って……どうすれば……」
「このまま、達郎君と会話してよ……その内容を聞いて判断する」
「えぇ!? このままって……この状態で!?」
すっぽん(亀)ぽん状態で、彼と繋がったまま!? そんなの恥ずかしくて頭がふっとーしちゃうよぉ……!
でも怒られてるし疑われてるんだけど、怖いとか思うより先に凄い嬉しい。だって、四季君、すっごいやきもちやいてる……。私が達郎と隠れて話してたら怒っちゃうくらい私の事好きでしょうがないんだ……。もーしょーがないなーっ!
了承した私は、自らの疑いを晴らす為に、窓とカーテンを少しだけ開けてちょこっとだけ顔だけ出した。向こうの窓に達郎が居た。
「たっ……達郎……どうしたの? きゅっ……急に……」
「あ、突然ごめんな? いや今日大掃除してたら懐かしい物が出てきて、つい……」
「そぉ……なのっ? あっ……、そ、そりぇよりっ……こうやって話すの久し振りだしっ……子供の時以来よねっ!」
「ほら、これ昔作った糸電話。二人の絵が描いてある、懐かしいよな」
「あぁっ……、な、何でっ……!? 待って、ちょっ……信じてっ……」
達郎が持っていたのは確かに思い出の彼方にある紙粘土付き糸電話だった。昔はあれを使って、よくこの窓の間で会話をした。でも、達郎が私の言うことに返事をしなかったから、嫉妬に狂った四季君が怒ってるのが分かる。だって今私の『見せられないよ』で彼の『見せられないよ』が凄い『見せられないよ』だものっ!
「なぁ……夏樹、良かったらなんだけど、また昔みたく、一度だけでいい、これを使って話をしないか?」
「だっ駄目駄目駄目っ……そんなのっ……絶対駄目ぇ……!」
「そんなに嫌か、ごめんな……」
「はぁ……はぁ……もういい? え? 駄目? ……ふぐぅ……」
まだ疑いが消えてないからか、四季君は首を横に振って続行を指示してくる。私、浮気なんてしないのにぃ……!
「な、夏樹どうしたんだ! 顔が赤いし、なんか辛そうだぞっ?」
「ぇ……? こ、これは風邪なの……、いま風邪気味でっ……はぁはぁはぁ……」
「大丈夫なのか? 今からそっち行こうか?」
「……ああぁ~っ! 駄目駄目ぇっ……、来ちゃ駄目ぇっ! キちゃうっキちゃうの駄目っ!」
「そうだよな……、下心があると思われても仕方ないよな。でも心配なんだ……」
「いいっ……! ぁそこいいっ~……! ぅぁっ……! びょっ、病院、今から病院イくからいいっ! 大丈夫、病院イくからっ……!」
「そうか、分かった……あ、そういえば最近宮本とは――」
達郎が言葉を紡ぐより先に、私は窓とカーテンを思いっきり閉めた。限界だった。嬌声が出る。
き、聞こえてたらどうしよう……。
「夏樹ちゃん……嫉妬しちゃってごめんね?」
「はぁ……はぁ……それはいいから、疑いは……晴れた?」
しょうがない、達郎の事を私が好きだったのは、彼も知るところだ。そんな男の子と仲良くしてたら怒ってもしょうがない……。
「うん。最初から信じてたよ。夏樹ちゃんは俺を裏切らない、きっと浮気なんてしないって」
そう言って、私を撫でてくれる。髪の毛を指で梳かすみたいに撫でられるの本当好き。
…………いやじゃあさっきまでの私の頑張りはなんだったのだろう? とか少し思うけど、彼も笑顔だし、私も嬉しくなった。
こうして、初めての彼氏と過ごす私の夏休みは過ぎ去っていくのでした。