チャラ男が失恋中の女の子にどしたん?話聞こうか? と優しく声をかける話 作:松風呂
「宮本君、部室に来てくれるのは私としては嬉しいけど、もう期末試験一週間前だよ? 勉強はしなくていいのかい?」
「見て分かりませんか部長? 勉強はしているんですよ」
「ほう、これは驚きだ。掛けてる眼鏡、度が合って無いのかな? 今の君は一応文芸部らしく、部室に置いてあった本を読んでいる様にしか見えないな」
「活字に触れているんです。現代文の為に国語力を鍛えてるんですよ」
「成程、もっともらしい反論だ。その官能小説が果たして君の国語力をどこまで伸ばしてくれるのか実に興味深い。何点取れたか答案用紙が返却されたら是非ご教授願いたいね」
「"ベッドの上にいたのは生意気な雌だ。言葉は強気で態度は挑発的、だが心の奥底では背徳的な行為を期待しているのは彼女の股ぐらを見れば一目瞭然だった。眼鏡を通して覆い被さる男を気丈にも睨みつけているが……"」
「ちょっと待て、いきなり朗読するな」
期末一週間前、俺は所属している文芸部の部室にて、部長の冬優奈先輩と部活動に勤しんでいた。俺は二人しかいない文芸部員の一人なのである。(幽霊部員は除く)
自毛らしい薄い茶髪を三つ編みにしたキリッとした眼鏡が特徴的な、我が部の部長涼ヶ丘冬優奈先輩。俺は彼女に会いにたまに文芸部に顔を出すのだ。
ちなみに試験前なので運動部は全て部活休みとなっているが、文化部はそのへん曖昧である。
入学時、俺はなんなら帰宅部でも良かったのだが、長谷田高校はエスカレーター式の高校、つまりは大学付属校なので何かしらの部活には入っておきたかった。
何故かと言うと、学部選びに関わってくるからである。大学受験者には少しピンと来ないだろうが、付属は高校卒業時、今までの高校生活の努力はポイント制で算出される。いや、創作では無くマジな話。
卒論A評価 10点 部活地区大会4位以上 6点 学業成績A評価 10点 とかそんな感じ。点数が高い奴から優先的に学部を選べる仕組みなのである。
説明が長くなったが、部活動は何かしら入ってるだけでも2ポイントは貰える。その為、実質帰宅部な生徒のほとんどは文芸部に名前だけ所属はしている幽霊部員なのである。
「君といいうちの妹といい、その社交性の高さは勉学に活かせないものなのか? もう少しきちんと勉強したらどうだ?」
「数学だの歴史だの勉強したって将来何の役にも立ちませんよ、学ぶのは保健体育だけでいいのに……」
「中学生か君は」
ちなみに冬優奈先輩の妹とは俺のクラスメイトの雪子のことである。姉妹揃って可愛いが見た目も性格もあまり似ていない。理系な姉、文系な妹、陰と陽。
「ごほんっ、まぁなんだ、折角来たんだ、前作以上に推敲はしたので、出来ればまた読んでくれるとありがたい」
「待ってました!」
文芸部で唯一真面目に活動しているだけあって、先輩は物書きを目指している。定期的に生まれる彼女の作品を、俺は読ませて貰っているのである。
「ちょっと今回は失敗したかもしれん、読者の求められているニーズに沿った作風に出来たか分からんし、描写も説得力に欠けるし、展開もご都合主義だし、もしかしたらまだ誤字脱字も残ってるかも……」
「毎回急に自信無くなるの作家病ですか?」
「さ……作家だなんてそんな、これでお金を稼いでるわけでもないのに大層な呼び名は止めてくれ……、い、嫌だなぁ宮本君はお世辞が上手くて……」
「めんどくせーなこの人」
「おっほん、批評は大歓迎だがオブラートに包みたまえよ、君のことを嫌いになりたくはないからな」
「ではありがたくお借りします、家でゆっくり読ませてもらいます」
「う、うん。よ、よろしくー」
対人コミュニケーションにおいて語彙力は結構大事であると俺は考えている。それを鍛える為が理由の全てではないが、時間が在る際はそこそこ本は読むようにしている。それをふまえた上で言うと、あくまで素人目だが彼女の作品には才能がビカビカ光ってる。
初めて先輩と会った時はこんな関係になるとは思っていなかった。
最初の印象は文芸部に所属しているぼっちな真面目ちゃん。話してみると、根暗の癖に自己顕示欲はそこそこ高め、おまけに社交的な妹に劣等感抱いてるし、優しい言葉をかけてずぶずぶに依存させれば爛れた関係になれるかなとか思ってた。
これが開けてびっくり玉手箱。適当に褒めようと読ませてもらった彼女の創作小説、これが面白い。
「どれどれ……? 『禁断の果実、義妹とのドスケベな日常~お姉ちゃんには内緒にしてね~』うーん良いですね。タイトルから既にエロスが滲み出てますよ」
「いや~そう? ありがちだと思うけどなぁ~? そんな褒められても別に嬉しくないよ~?」
「にっこにこじゃないですか。まぁ感想はまた来た時にでも」
「頼んだよ、もうすぐフランス書院の官能文学賞も近いことだし……」
彼女の目指す頂き、それはエロ小説家である。
今馬鹿にした奴表に出ろ。他人の夢を笑うなっ!
いつしか彼女の作品のファン第一号になった俺は、夢にときめけ明日にきらめけ! っと叫び出すくらいには部活動に対する意欲が湧いた。具体的には彼女を作家デビューさせることが今の文芸部と俺の活動方針である。
「部長、絶対行きましょうね! 甲子園!」
「えぇ……? 悪いが野球観戦は興味無いぞ?」
◇◇◇
試験まで一週間、怒涛の勉強漬けが始まりを告げる!
月曜日、春香や軽男他友人達が自宅へ勉強会にやって来た。気付いたら皆でスマブラとかして終わった。
火曜日、前日の愚行を猛省した俺達は再び勉強会を開催した。俺達は若さゆえの過ちを繰り返さないと固い決心をしていた筈だ。なのに気付いたら皆でマリオカートしていた。世界七不思議。これはマズイと思った若人達はゲーム機の電源を消した。これで勉強が出来ると思っていたのは甘かった。軽部がとりだしたのは参考書でも教科書でも無かった。そこにあったのはツイスターゲーム、人間は愚かだ。同じ間違いを繰り返す。俺達は盛り上がった。ラブコメ主人公のごとく春香とはくんぐほぐれつな事になったが、こいつやっぱかなりデカい。おそらくE~Gといったところか……。いや勉強せーや。
水曜日、そろそろマズいと思った俺は秋葉先輩を自宅に呼んだ。俺の隣で丁寧に教えてくれる先輩の制服姿が可憐で、つい欲情して襲ってしまった。保健体育の実技なんてしている場合じゃねぇっ!
木曜日、待ちに待った。夏樹ちゃんとの勉強会である。
夏樹ちゃんとの! 勉強会である!
彼女とは最近はウザがられない程度に連絡を取り合っている(プリンのお礼とか)。達郎君の事が好きだったことを考えるに、彼女は母性本能をくすぐる駄目男に引っかかるタイプだと思ったので、"ナツキえもーんっ! このままじゃテストで赤点だよー! 助けてー! "ってな感じの情けないメールを送ったら"仕方ないなぁ宮本君は……"とばかりに木曜に俺の家に来てくれることになっていたのである。ヤッタネ!
とまぁ大変嬉しかったしこれで二人の心の距離ももっと近づくと思っていたのだが。
「…………」
「…………」
「…………」
カリカリとシャーペンを走らせる音と秒数を刻む掛け時計の音が良く聞こえる。開始30分程度、特に会話は無い。空気が重いとかそういう訳では無い。
全員丸机越しに向かい合ってはいるものの、雑談も無く真面目に勉強しているのである。問題集を解いているのは三人の男女、俺、夏樹ちゃん、そして彼女の親友の雪子と書いてお邪魔虫と読む女である。
「雪子消しゴム貸して……」
「あ、うんいいよ」
「ありがと」
「……」
勉強会、思ったよりガチだった。ゲームとか冗談でも言えない雰囲気である。
取りあえず一旦休憩に入るまでは真面目に問題を解きます。歴史、倫理に関しては暗記だもの、やればやるだけ点数は上がるよ。
古典と数Aに関してはマジでちんぷんかんぷんなので、心の距離とか言ってる場合では無く本気で夏樹ちゃんに教えを請うつもりである。俺は頭が悪いのだ! 西から昇ったおひさまは東へ沈むのだ!
「お手洗いかりるわね」
「あ、はい」
夏樹ちゃんがお花を摘みに行った。今がチャンス! 俺は雪子と顔を合わせる。
「お前案外良いとこ住んでんのな」
「よし、雪子、なんか用事出来たとか言って帰るんだ。俺はどうせなら夏樹ちゃんと二人っきりで勉強したい」
「やなこった、私前回の中間赤だったんだよ。夏樹に教えを請わなきゃなんねーのは私もだっての」
「軽部もそうだけどスポーツ推薦枠の奴等学力低すぎない? まだ一年の一学期ぞ?」
涼ヶ丘雪子、達郎君とデートしてた女子生徒、同じバスケ部繋がりの夏樹ちゃんとは高校からの親友で、見た目は庇護欲をそそるタイプの愛らしい顔つきの少女であり、俺と二人っきりになりたく無かった夏樹ちゃん(地味にショック)が連れてきた共通の友人である。
「いやー持つべきものは文武両道の親友だな、ふふっ」
「……ほんとの親友なら普通達郎君に手を出すかなぁ」
「恋人ならともかく幼馴染じゃねーか。恋愛とバスケは速いもん勝ちだぜ」
「うーんぐうの音も出ない正論」
「只でさえあいつは競争率高そうだったからな、先手必勝!」
「へー達郎君モテモテなんだ羨ましい、……例えば?」
「幼馴染の夏樹、部活マネの女共、クラスの女子、生徒会繋がりで会長、あと姉ちゃん、皆に人気あるから誰に取られるか分かったもんじゃねぇ」
ほとんど知り合いだった。
一分に満たない短い時間、俺と雪子の若い男女は早口で恋バナっぽい会話をした。そこにロマンチックさは皆無である。どちらかと言えば情報の共有。
「なんか思ったより二人とも仲良さそうね」
夏樹ちゃんが戻ってきた。ガニ股で煙草でも吸いそうだった雰囲気の雪子は姿勢を正した。彼女は猫被り気味な女なのである。
「あ、夏樹ちゃんもしかして嫉妬してくれた? 安心して、今俺の頭は君でいっぱいさ」
「微塵もそんな気湧かない、あと頭の中には目の前にある歴史を詰め込みなさい」
俺が達郎君だったら「はぁ!? そんな訳無いでしょ勘違いしないでよね!」とか言われてたのだろうか。この軽くあしらわれている感じ、実はかなりショック。ずーん。
「ごめんね? 夏樹ちゃん、あのね、ここ……分からなくて……、教えて貰っていい?」
「ああ、ここ? 難しいよね。公式分かり辛いし、ここは……」
雪子は小動物的な可愛さを醸しだしながらおずおずと夏樹ちゃんに教えを乞うていた。夏樹ちゃんは優しく教えている。普通に羨ましいけど、二人とも可愛いから眼福。片方演技派女だけど。
俺も夏樹ちゃんに、目をうるうるさせながら「……教えて?」っとぶりっ子っぽく言ったら露骨にうゎっ……って目で見られた。道化は俺には似合わないってことだね(ポジティブ)。
その後も真面目な勉強会は約2時間半に及んだ。時折夏樹ちゃんに優しく教えて貰ったり、休憩の合間に軽く夏樹ちゃんと雑談出来たり、たまに夏樹ちゃんに褒められたりと、中々充実した日であった。雪子? ああ、いたねそんな子も。
夕飯は自宅で食べる二人を無理に引き止める訳にもいかないので、俺は紳士らしく少女達を駅へと送るのであった。
俺の知識が上がった様な気がする♪♪♪
◇◇◇
金曜日、テスト前最後の平日。今日の放課後の予定は秋葉先輩と過ごす。前回は俺の中に眠る悪しき者がつい目覚めてしまったが、実際彼女の教鞭は全国模試上位常連なだけあってメタクソ分かりやすい。是非とも今一度俺の先生になって下さいお願いします!
「宮本君、言っておきますが、この前みたいなことしたら流石に私も怒りますよ?」
「申し訳ございません。倫理の勉強をしたせいです。旧約聖書では種の存続に伴わない行為は悪と罰せられたことを考えると、俺の遺伝子達を無駄にすることが耐えられなかったんです。オナンとエルが悪いんです」
「貴方は前回の行為で私に子供が出来ると思っているのですか?」
「いや、見くびらないで下さい、そんなヘマ俺がするとでも?」
「その時点で神の意に背いてますよ。貴方が創世記の登場人物なら多分処刑されてますね」
頭良い人にしょーも無いボケしても素で返される。秋葉先輩が恐ろしい。下ネタもセクハラも通じないしこの人最強じゃね?
なんのかんの言っても面倒見が良くて優しい彼女は駄目な後輩である俺に勉強を教えてくれる様子、天使。
「いいですか? まずこの問題ですが……」
秋葉先輩は俺の隣で丁寧に教えてくれた。肩同士が触れ合う至近距離、女性特有の柔らかさと鼻孔をくすぐるかすかな柑橘類の香り、問題集から視線を少しずらしただけで、彼女の整った顔が見える。重力によって垂れさがる長い黒髪はとても美しい。
「ちゃんと聞いてますか? 宮本君?」
俺が少し見惚れてたからか、ジトっとした目で咎められる。
ま、マズい、静まれ俺の中に眠る悪魔め! ……いやちょっとあっちも期待してるのでは? ……違う! 彼女は親切心で勉強を教えてくれているというのに! ここで前回同様理性が働かなかったら獣以下やぞ!
「あ、それと、本日は泊まっても宜しいでしょうか?」
「…………!? 勿論構いませんよ。明日は休日ですしね。むしろ先輩の家の方は大丈夫ですか?」
急な奇襲にもきちんと言葉を返すのはとても大事。
「ちゃんとお父様の許可は取っております。友人の家に勉強の為泊まりに行くと。着替えもアリバイ作りの方も万全です」
計画的犯行だぁ……。ゲームしたいだけじゃないなこの様子は、顔がちょっと照れて赤い気がする。全くしょうがない生徒会長だぜ! そんなこと言われたらまずは全力で勉強あるのみだ。何故なら夜は長いんだからな。
たまに厳しい秋葉先生にご指導頂きながら真剣に数学の問題を解いていると、俺のスマホが鳴る。チラッとLINEを見ると、相手はまさかの夏樹ちゃん。
少しテンション上がりつつメッセージを読む。そこにある文章は俺の度肝を抜いた。目を軽くこすってもう一度読む。
"急にごめん! 今日、泊まりに行っても良いかな? "
心臓が跳ねつつも、俺の脳内はフル回転で動いていた。断るなんて選択肢があろう筈もないが、俺の隣では秋葉先輩が真面目な顔で問題集を解いている。
※バッティング 意味 同じ時点に複数の予定が重なってしまうこと。バットでボールを打つこと。