グラスワンダー、差して逃げる   作:こーたろ

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不屈の王者とエリート崩れ Ⅰ

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会いは、鮮烈だった。

 

 

 

 『おーっほっほっほ!!あなたに、この私キングヘイローの担当をする権利を差し上げますわ!』

 

 

 

 

 

 速く、強く、気高く。そして……泥臭かった。

 

 

 

 『誰になんと言われようと、認めさせる義務があるの。世間にも……あの人にも』

 

 

 

 何度レースに敗れることがあっても、諦めることはない、不屈の塊。彼女の奥底に眠る意志は、観る者を魅了する華があった。

 

 

 

 

 

 『ふふっ。バカね。そんなことを心配する余裕があるのなら、ダービーを獲った後にやるキングコールの練習でもなさいな』

 

 

 

 時折見せる優しい表情は、まさに“王者”に相応しい。

 

 

 無論、完璧ではない。不完全だからこそ人はそこに光を見出すのかもしれない。

 

 そして俺はそんな光に一番に魅入られた男の一人で……。

 

 

 

 

 

 

 『どうしてッ?!答えなさい!!トレーナー!!嫌よ!絶対に嫌!!!あのダービーはあなたのせいなんかじゃない!言ったじゃない!!約束したじゃない!!あなたが私を……G1ウマ娘にしてくれるって!!!!』

 

 

 

 

 

 

 その光を、導くことができなかった醜いトレーナーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『不屈の王者とエリート崩れ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がトレーナーっていう職業になることは、俺が生まれた時からきっと決まっていた既定路線だった。

 父親は数々のウマ娘を輝かせた名トレーナーで、いつの間にやら俺はトレーナー養成学校に入れられていて。

 周囲からは嫉妬と期待の入り混じった目……。どうせコネだろ、とか、試験突破しなくてもトレーナーになれるんじゃないの、とか。

 

 

 もうその手の言葉を投げつけられるのは慣れていたからどうとも思わなかった。

 

 座学の成績は同期と比べてもかなり良かったと思う。稀代の天才というわけにはいかないが。

 それに付け加えて、やはり父親の名前も一役買って、俺は中央のトレーナーになることができた。

 親の七光りと言われたくない一心で、勉強に打ち込んだし、そんじょそこらのトレーナーには負けないぞ、とも思っている。

 

 そしてトレーナーは座学以上に、その人間性が重要視される。

 強いウマ娘が、必ずしも強い心を持っているとは限らない。それこそかの有名な三冠ウマ娘、シンボリルドルフのような存在は数少ないのだ。

 

 様々な側面を持つウマ娘達を的確に導き、成功させる。レース知識はもちろんだが、人間性をおろそかにするような者にはトレーナーたる資格はない。父親から口酸っぱく言われていたこと。

 

 今日の天気は晴れ。

 新学期を迎えたトレセン学園は、新しく入学してきたウマ娘達と、俺のように新任のトレーナーがちらほら見受けられる。

 

 「良い天気だなあ……」

 

 それにしても、新しい環境に飛び込んでくる者を歓迎するかのような晴天だ。

 きっとこれなら多くの人が無駄に汗をかくこともなく、良いコンディションで新生活を始められるだろう。

 

 と、思っていた矢先。

 

 俺が歩いている後方……正門の方から大きな声が聞こえてきた。

 

 「ちょっとウララさん?!あなたがいつまでも起きないからギリギリになってしまったじゃない!ほら!シャキッとして!」

 

 「キングちゃん……おんぶ……」

 

 「できるわけないじゃない!もう!初日からなんてことなの……!」

 

 どうやらウマ娘の2人組が、遅刻ギリギリで登校してきたようだ。

 まだ時間には若干余裕がありそうにみえるが……。まあ初日からギリギリで登校するのは嫌だよな。

 

 何の気無しに振り返ってみると……俺の横を、ものすごい勢いで通り過ぎていく姿。

 

 鹿毛のウマ娘が、ピンクの髪をしたウマ娘を背負って、走り去っていく所だった。

 

 

 「わ~キングちゃんはや~い」

 

 「もう初日から散々ですわ……!も~~!!!」

 

 ……無駄に汗をかいているウマ娘を見てしまった……。

 しかし小柄な子とはいえウマ娘を背負ってあれだけの速度を出せるのか……。

 

 それになんというか……歯を食いしばって走っていく横顔が、なんとも映える娘だった。

 

 (新入生かな……もし時間があればチェックしておこう)

 

 彼女にとっては不運だったと思うが、俺にとっては良い出会いだった。

 模擬レースを見る前から、一人注目したいウマ娘ができたのだから。

 

 さて、俺も自分の務めを果たさないとな。

 

 「え~っと……理事長室はっと……」

 

 派手過ぎない程度に選んできたジャケットのポケットからパンフレットを取り出し、俺は今から行くべき場所を探す。

 

 今日は新任のトレーナーが一人ずつ理事長室に呼ばれる運びとなっている。もう中央に就職が決まったタイミングで理事長とはお会いしているし、事務員のたづなさんとも顔は合わせてある。

 変わった人だったが、理事長が変な人というのはとても噂になっていたし……第一テレビで見ていたら嫌でも印象に残る。

 

 俺はしばらく学園の中を歩いていった。

 

 5分ほど歩いて、『理事長室』という立て札のかかった大き目な扉の前にたどり着く。

 

 

 「ここか」

 

 ウマ娘達に「あの人も新任トレーナーかな……?」という奇異の目を向けられながら歩くトレセン学園内はなかなかにむず痒いものがあったが、そうも言ってられない。なるべく声をかけられないように足早に施設内を歩いた結果、予定の時間よりも10分ほど早くついてしまった。

 

 「中から声はしないし……ノックしてみるか」

 

 コンコン、と軽く手の甲で扉をたたく。すると。

 

 「返答!名を申せ!」

 

 「ほ、本日面談にまいりました、新任トレーナーの福田です!」

 

 「許可!入室せよ!」

 

 「はい!」

 

 相変わらず不思議な会話をする人だな……と思いながらも、扉を開く。

 そこには理事長の席に座る秋川理事長。身体は小さいが、そのオーラは思わずこちらが息を吞んでしまうほどだ。

 

 「大義!少々時間は早いが、面談を行うとしよう!」

 

 「はい!よろしくお願いします!」

 

 『大義』と大きく書かれた扇子を広げて、秋川理事長が朗らかに笑う。……いやその扇子マジで中身どうなってるんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なので、私はこのトレセン学園で、ダービーウマ娘を必ず育て上げたい。それでこそ、父さんの期待に応えることができる。と、そう考えています」

 

 「賞賛!君のその志は素晴らしい!その気概、是非ともウマ娘達に伝え、そして導いて欲しい!期待しているぞ!」

 

 面接は滞りなく進んだ。

 簡単な理念の確認や、目標を聞かれるだけであったし、そう難しい受け答えではなかった。しかし理事長には俺の目標……ことダービーにかける想いを気に入ってもらえたようで、先ほどからニコニコと笑顔を向けてくれている。

 実際、俺はこと『ダービー』にかける想いが強い。

 

 全トレーナーの夢であることは間違いないが、俺にはそれとは別に大きな理由があった。

 

 俺の父さんはめちゃくちゃ優秀なトレーナーだった。

 今はもう第一線からは退いているものの、今の超有名トレーナー達の中にも、父のことを賞賛する人は多い。

 

 曰く、そこまで才能があるとは思われていなかったウマ娘も、父が担当すれば瞬く間にG1ウマ娘になる。

 曰く、トレーニング方法を次から次へと編み出し、より効率的なトレーニング方法を開拓した。

 曰く、そのウマ娘にあったレースを的確に用意し、最大限成長できるプランニング力がある。

 

 俺も実際、父さんから多くのことを教わった。

 幼少の頃からたくさんのウマ娘の話を聞き、レースの話を聞き、育った。

 トレーナー養成学校に通い始めたころにはもう一人暮らしをしたことから、それ以降はほぼ会っていないが、今でもその大きな背中を忘れたことは無い。

 

 そして同時に、少しだけ憎みもした。

 トレーナーとしての知識を増やせば増やすほどわかってくるのは、どれだけ父が優秀だったかということ。

 そしてその優秀な父の息子として、必ず比較された。

 

 最初は嫌だった。

 

 けど、いつしかそれらの感情は俺の原動力にもなっていて。

 

 

 そしてそんな俺に湧き上がった一つの想い。それは『父さんを超える』こと。

 

 父さんは偉業を数々打ち立てた人であったが、ただ一つ、「日本ダービー」を獲るウマ娘を育てることができなかった。

 

 (俺がダービーウマ娘を育てることができれば……あの父さんを超えられる……!俺はエリートの元に生まれた出来損ないのお坊ちゃまじゃない……!)

 

 だから俺は、ダービーに関する知識をより多く欲した。未来のダービーウマ娘を育てるために。それだけが、俺が俺であることの存在証明になるから。

 

 握りしめた拳に力が入る。

 

 

 そんな時。

 

 「むっ!」

 

 コンコン、と、理事長室のドアがノックされる。

 

 「返答!今は新任トレーナーの面談中であるが!」

 

 普通なら時間を改めるだろう。

 

 しかし急用ということもある。時期も時期だ。

 場合によっては俺が時間を改めなければいけないな、と思いつつ。

 

 

 「すみません。理事長。福田です」

 

 外から聞こえてきた声音に、俺の心臓が跳ねる。

 この声、間違いない。

 

 「……ふうむ……、疑問。今訪ねてくるということは急用か?」

 

 「はい。滝を連れてきました。急用です」

 

 滝?!嘘だろ……?

 俺の心臓が早鐘を打つ。

 

 今理事長とやりとりをしているのは間違いなく父さんだ。

 今父さんはトレセン学園で外部とのやり取りで、理事長を補佐する立場にある。

 そしてその父さんが連れてきたと言ったのが……。

 

 

 「理事長、失礼します」

 

 現役ナンバーワントレーナー、滝(ゆずる)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (え、ちょ、ヤバイって。滝さんリアルで見るとクソイケメンやんヤバ)

 

 あまり衝撃にとりあえず席を高速で立ち上がり、端に寄る。

 間違っても俺はこの場にいていい人間ではないし、割と早く帰りたかった。

 

 

 「智一(としかず)。元気そうじゃないか」

 

 「父さん……お久しぶりです」

 

 父さんに声をかけられて、俺は頭を下げる。別に家庭の時はここまでかしこまってはいないが、場所が場所だ。

 

 

 「え!この人がじゃあ茂一さんの息子さんですか!お父さんよりカッコ良いじゃないですか~」

 

 「やめろ滝。あとそれは父親譲りと言え……」

 

 「はーい。とにかくよろしくね、智一くん!これからは同僚なわけだし!」

 

 「あ、はい、よ、よろしくお願いします……」

 

 何が起こっているんだ?

 俺を除いたメンツでウマ娘界のレジェンド達が大集合している。

 ってか滝さんインタビューとかで見るよりもだいぶ軽い感じで困惑している。

 普段はこんなキャラなのか……?

 

 とにかく早く帰りてえ……。

 

 「友情!仲の良いことは良いこと!これからも切磋琢磨し、この学園を支えてほしい!」

 

 豪快に笑い飛ばす理事長。いやいや……新任トレーナーがいていい場所じゃなくなってきてるんですがそれは……。

 

 「して茂一よ!なにようだ!」

 

 「今年入学のウマ娘の話です。今年は類を見ないほど才能のあるウマ娘達が集っていますが……そのウマ娘達の中で一人、訳アリな娘がいまして……」

 

 「ほう?」

 

 やはり内部事情だ。

 俺が聞いて良い内容なのかわからず、「外した方がよろしいでしょうか?」と聞いたところ理事長にも父さんにも「いて良い」と言われてしまった。ええ……。

 

 「キングヘイローです」

 

 「……」

 

 「彼女は当初、滝が担当をする予定でしたが、キングヘイローの母であるシーユー様から、あの子は滝が担当するようなウマ娘ではない、とはっきり断られてしまい……今年、かなり有望なウマ娘が多いですし、滝にはもう3人の有力なウマ娘から担当してほしいという申請も来ています。これ以上滝に抱え込ませるのはまずいかと……」

 

 「僕は大丈夫ですが、そこまでハッキリお断りされてしまった、となると本人的にもやりづらいでしょうし」

 

 「適当に何戦か走って自分の実力が分かれば帰ってくるはずだから、そんな優秀なトレーナーはつけないでくれ……と」

 

 「熟考……あまり気持ちの良い話ではないな」

 

 ……どういうことだ?

 滝さんにトレーナーになってもらえるというのは、相当名誉あること。

 数々の名ウマ娘をここまで担当し、生み出してきた滝さんは、今同時に5人ほどのウマ娘を担当している。

 普通のトレーナーは1人が精いっぱい。それを複数人こなせてしまう滝さんが異常なのだ。

 

 それを断った……?そもそも何故じゃあ滝さんにトレーナーの打診が来る?

 滝さんにトレーナー申請ができるなんていうのは、よほど模擬レースで目立つか、コネとかが無いと……。

 

 と、そこまで思考がいって、気付いた。

 さっき父さんが言っていた名前、シーユー。

 

 「しかしシーユーヘイロー様のメーカーの勝負服は、我がトレセン学園とも深い親交があります。あまり無下にはできないかと……」

 

 そうだ。ウマ娘を煌びやかに彩る勝負服。

 G1レースの際にだけ着ることを許される、彼女たちの華やかさをより一層際立たせるための服。

 

 その一大ブランドの社長が、確か……シーユーヘイロー。

 

 「彼女に才能は無い、とはっきり仰っていました。だからはやく自分のところに戻したい、と。しかしおそらく、キングヘイローはそれを押し切ってこのトレセン学園にやってきています。当初はその血統からも、滝が担当した方が良いと思っておりましたが……」

 

 なるほど、話が読めてきた。

 キングヘイローというウマ娘は、伝統の家柄であるけれども、その反対を押し切ってトレセン学園に入学した。

 学園側は良いところのお嬢様ということもあり、現役最強のトレーナーである滝さんを担当にしようとしたものの、それをキングヘイローの母親が却下。良い成績を残したトレーナーはつけないで欲しいと。

 どうせ1年かそこらで帰ってくるのだから、優秀なトレーナーは付ける必要がない、と。

 

 「じゃあ、どうでしょう、吉田あたりなら……」

 

 「吉田さんはシービーの担当ですよ?!めちゃくちゃ優秀なトレーナーってバレちゃいますよ」

 

 「疑問。つまりトレーナーとして成績は優秀でないほうが良い、しかし、彼女の才能を殺すのはもったいない。だからなるべく良いトレーナーをつけてあげたい。そういうことか、茂一」

 

 「はい。難しい話であるとは思いますが……」

 

 そんな虫のいい話はないだろう。

 優秀なトレーナーは優秀な成績を収めている。相手側に優秀なトレーナーであるということをバレずに、なるべく優秀なトレーナーをつけたい、などというのは、土台矛盾している。

 

 しかし、何故か俺の胸には、ほのかに熱い想いが沸いてきていた。

 

 (キングヘイロー……お前も、『血統』に悩んでいるんだな……)

 

 あまり他人事のようには思えなかった。自分は走りたいと望むものの、その道を母親から閉ざされようとしている。

 俺はむしろ逆で、父親に導かれるようにトレーナーになったが、周りが見ている父さんの幻影に、俺も怯えているのだ。

 

 少しだけ、キングヘイローというウマ娘を見てみたい、という気持ちが湧いてくる。

 流石に新任トレーナーである俺が、そんな良いところのお嬢様を担当できるとは思えないが、境遇が他人事には思えない。

 どんな性格なのかもまだわからないが、力になってやりたい。

 

 例え、担当することはなくても、陰ながら応援させてもらおう。

 

 そんなふうに、俺は思っていた。

 

 しかし。

 

 

 

 

 ふと、気付くと、滝さんが俺の顔を覗き込んでいて。

 

 何故かにこやかに笑っている。

 

 え?どういう状況?

 

 

 さっきっからキングヘイローのことを考えていたからか、レジェンド達がどんな話をしているのか聞いていなかったが……。

 

 

 

 「智一くんに、任せるのはどうですか?キングヘイロー」

 

 ……は?

 

 

 「滝、お前何を言って」

 

 「いや、智一くんは新任トレーナーだから、これまでの成績は無い。けど、茂一さんの息子だし、僕も見ましたけど、座学やトレーナー診断の結果も非常に優秀です。任せてみても、いいんじゃないですか?」

 

 話が入ってこない。

 どうしてその話から俺が候補に挙がる?!

 

 反対をしようとして口を開くが、何を言えばいいのかわからず、俺はその場で硬直してしまう。

 すると満面の笑みで理事長が、どこから出したのかもわからない扇子を引っ張り出した。

 

 嘘やろ……?なんとなく俺は、理事長が今まさに開かんとしている扇子にどんな2文字が書いてあるかがなんとなくわかってしまう。

 

 そして、その2文字に、心を躍らせている自分もいて。

 

 

 

 

 「決定ッ!!!キングヘイローの担当は、福田智一に一任する!」

 

 

 

 

 

 こうして、ある意味願ってもない形で俺の担当ウマ娘は決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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