グラスワンダー、差して逃げる   作:こーたろ

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不屈の王者とエリート崩れ Ⅱ

 

 

 

 

 

 一週間後、トレセン学園内レース場。

 春の暖かな日差しを受けて、レース場の芝も元気にその緑を輝かせている。

 

 「う~~んっ!良い日差しだ!ババ状態も良い……っと」

 

 今日俺は、模擬レースを見に来ていた。

 入学してから一週間、彼女たちは座学と、施設や仕組みの案内をされる。

 トレーニングは個々で行ってもらい、一週間後の模擬レースから、担当が決まっていくのだ。

 

 俺……というか新任のトレーナーはほぼ全員がこの場に集まっている。

 ひょんなことからキングヘイローというウマ娘を担当することをお願いされたが、彼女とのソリが合わなかったら意味が無い。

 とりあえず、その場は保留で、とにかくキングヘイローというウマ娘を知ることが先決である、と俺は判断した。

 

 「しかし面白いこともあるもんだな」

 

 俺は手にした新人トレーナー用のパンフレットを開く。

 そこには今年入ってきたウマ娘達の情報が載っていて、そこにはもちろん、キングヘイローも載っていた。

 

 そしてその顔写真を見て……俺は驚いた。

 初日、一人のウマ娘を背負って俺の横を走り去っていったあのウマ娘……あれがキングヘイローだったのだ。

 

 ただの偶然ではあるのだが……俺の胸は、自然と高鳴っていた。

 

 

 「さてさて……どうなることやら……」

 

 レース場近くの簡易的な観客席のような場所を、俺は歩いている。

 前方にはなんとかして自分の担当するウマ娘を決めようとするトレーナー達。

 新任だけでなく、今年で任期を終えて新しいウマ娘を担当するトレーナーも沢山いた。

 

 「セイウンスカイ、エルコンドルパサー、グラスワンダー、スペシャルウィーク……とんでもない豊作の世代になりそうだな」

 

 「お前誰狙いなんだよ。先に言えよ」

 

 「俺はセイウンスカイに行くぞ……あれは次代のトリックスターだ」

 

 「エルコンドルパサーだろ!」

 

 豊作の代……運が良いのか悪いのか、俺が新任として入ったこの年は、どうやら期待されるウマ娘が多く入って来たらしい。

 しかし残念ながら、その中にキングヘイローの名前はない。

 

 「血統は優秀、しかし、性格に難アリ……ね」

 

 トレーナー達全員に渡されているパンフレットを開きながら、俺の目当て……キングヘイローのページを開く。

 やはり他の娘達よりは後の方で、注目度もそこそこだった。

 

 「母親の反対を押し切って、トレセン学園に入学……か」

 

 すごいな、と改めて思う。

 もし俺が仮に、父さんから「トレーナーになるな」と言われたら、なんとなくそういうもんかと思って、普通の生活を送っていたかもしれない。もちろんウマ娘が走る姿に憧れはあったし、父さんがたくさんのウマ娘達から尊敬されている所を見て、カッコ良いと思ったこともある。

 しかし、父親に反対されるのを押し切ってまで、俺はトレーナー養成学校に行けただろうか。

 

 ……きっと無理だっただろう。それだけで、意志の強さを感じることができる。

 

 

 「お!模擬レースが始まるぞ!」

 

 どうやら、模擬レースが始まったようだ。

 俺は最前列ではなく、後ろの方で眺めている。

 ウマ娘の走りを見るのは、必ずしも近い方が良いわけではない。手元のストップウォッチを押して、進んでいくレースと、それぞれのウマ娘のタイムをチェックしていく。

 

 一番注目度が高いメンバーは、後の方のレースだ。

 もうあと何レースか先に、キングヘイローのレースが待っている。

 

 「……それにしても、キングヘイローはどこだ……?キング……キング……あれだけのオーラと、風格があるんだから目立つはずだけどな……」

 

 もうそろそろアップを開始してても良いはずなのだが、キングヘイローの姿が無い。

 アップの姿で状態も確認しておきたいため、早めに見つけたい。写真で顔はしっかりと覚えたので、わかるはず。

 

 初日にも感じた。彼女の姿にはオーラがある。

 話を聞いた時から自分と似た何かを感じていたのだ。もしかしたらそのせいかもしれないが。

 

 

 双眼鏡を取り出して、俺はキングヘイローの姿を探した。

 

 

 「キング……キング……キング……」

 

 彼女の名前を呟きながら、俺はその姿を探す。

 

 

 

 

 と、双眼鏡に、巨大な顔がさかさまに映りこんできた。

 

 

 

 「うおっ?!」

 

 思わず、双眼鏡から目を離し、その人物と相対する。

 

 俺は、息を呑んだ。誇らしげに腕を組み、不敵に笑うその姿。

 

 ウェーブがかかった艶やかな茶髪に、高貴な雰囲気を醸し出す蒼色のイヤーカフ。

 

 そして何よりも、意志の籠った、燃えるような真紅の瞳。

 

 

 

 

 

 

 「この私を探すとは殊勝な心掛けね!あなたが私の運命のトレーナーなのね!」

 

 「キング……ヘイロー……!」

 

 「おーっほっほっほ!!あなたに、この私キングヘイローの担当をする権利を差し上げますわ!」

 

 

 

 

 豪快に笑って見せるヘイロー。

 いや豪快すぎるでしょこの娘……!

 

 ってかそんな簡単に担当決めちゃって大丈夫かキングヘイローよ……。

 

 

 「キ、キング、君のレースはそろそろじゃないの?アップしなくて大丈夫?」

 

 「このキングにアップなど必要ないわ!そんなことよりもこのトレーナーの方々に私の自己紹介をしっかりして差し上げようとおもいまして!」

 

 「怪我……するなよ?」

 

 思わず出てきた言葉がそれかい、という感じだが、ウマ娘の全力疾走は通常の人間の全力疾走の何倍も危険が伴う。

 そもそも速度からして違うのだから当たり前なのだが。

 

 心配をするような言葉を言った俺にきょとん、とするキング。

 

 一瞬訪れた、なんとなく間がずれたような空間。

 その微妙な空気から解放したのは、レース場にいた一人のウマ娘だった。

 

 「キング~、レース始まっちゃうよ~先にスタートしても怒らないでね~?」

 

 「ちょっとセイウンスカイさん!この私を置いていくつもり?!」

 

 頭の後ろで手を組みながら、キングを無視してレース場へと歩みを進める銀髪のウマ娘。

 彼女も確か今年の超有力ウマ娘の一人……セイウンスカイだ。

 

 んもう!と急いで立ち上がると、キングヘイローもセイウンスカイの後を追ってレース場へと向かう。

 が、少し行った所で、彼女は俺の方へ振り返った。

 

 

 「しっかりと、目に焼き付けなさい!この私、キングヘイローの走りを!」

 

 「……!」

 

 タッタッタっと気持ちの良いリズムで観客席の下の方まで降り、ヘイローは塀を軽々と飛び越えてレース場へと向かって行く。

 

 「……こりゃ想像以上の……じゃじゃウマだな……」

 

 終始圧倒されてしまったが、俺のキングへの第一印象は、悪くなかった。

 いやむしろ……あの強い意志の籠った瞳、そして、走る姿。

 どうしようもなく俺は惹かれてしまった。

 

 境遇を聞いた時に感じたあの力になりたいと思った意志は、やはり俺の中で燃え上がっている。

 

 

 きっと俺は、理事長にお願いされていなくても、キングの担当申請をしていたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♢♦♢

 

 

 

 

 今日は大事な模擬レースの日。

 お母様から諦めて帰ってきなさいという電話があったけれど、私はそんなのは気にしない。

 

 私は証明するの。このトレセン学園で、私が、キングヘイローが一流である、ということを。

 

 模擬レースの開催場所となるレース場まで歩を進めるなかで、私のトレーナーとなる人に想像を膨らませる。

 きっとこの私に相応しい、気高い人であるといいのだけれど。

 まあ引く手数多でしょうから、心配はないわね。

 

 どうやら今年の私の世代は、注目を集めているらしい。

 まあ私がいるんですもの!当然といえば当然ね!

 指定のジャージ姿で、私はこのトレセン学園の敷地内を歩く。

 

 このジャージ、もう少しまともなデザインにできなかったのかしら。キングが練習をする際の恰好に相応しいとは、とても思えないのだけれど……。と、そんなことを思っていると、私の横にひょこんと現れた、見知った顔。

 

 「キングちゃんキングちゃん!模擬レース、楽しみだね!」

 

 「ウララさん……模擬レースはトレーナーにアピールする場所よ?あなたも頑張らないといけないのではなくって?」

 

 「うん!そうだよ!でもウララはね!皆と走れるのすっごい嬉しいんだ!」

 

 この子……ハルウララさんは私のルームメイト。

 とっても優しくて元気があるのは良いことなのだけれど、毎晩私のベッドにもぐりこんでくるのだけはやめてほしいのよね……。

 初日も寝起きが悪くて、遅刻しそうになってしまいましたし……。

 

 元気いっぱいなウララさんは、スキップしながらレース場に向かって行く。

 この明るさは、ウララさんの長所ね。

 

 

 ……あ、そういえば私にはやることがあるんでしたわ。

 

 

 「ウララさん!先に行っててくださいな!」

 

 「あれ~?キングちゃんどこ行くの~?!」

 

 ウララさんの声を背に、私はレース場に一直線ではなく、観客席の方へと足を向ける。

 

 私のトレーナーに相応しい方に自己紹介をしなくってはね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席へとたどり着くと、トレーナーと思わしき方々が、前方に固まってレースが始まるのを待っているよう。

 

 その姿勢は評価に値するものだけれど、この私のオーラに気付けないのは、マイナスね。

 さて、どこから自己紹介をしてあげましょうかしら。

 ウララさんもだけれど、皆さんわかっていないわ。トレーナーという存在がどれだけ重要なのか。

 

 私は幼い頃から、ウマ娘とトレーナーの絆が描かれた物語を数多く読んできた。

 時に優しく、時に厳しいトレーナーと、段々と絆が深まっていき、やがて二人は、ダービーを制する……。なんてすばらしいの!

 

 とにかく、トレーナーという存在は、一流のウマ娘には欠かせない存在!

 軟弱なトレーナーには絶対に担当していただくわけにはいきませんわ。

 

 まあ、この中央のトレセン学園のトレーナーである以上、そんなヤワな方はいらっしゃらないとは思いますけど……。

 

 私は、観客席をぐるりと見渡す。すると、前方からなにやらトレーナーさん方の会話が。

 

 「セイウンスカイ、エルコンドルパサー、グラスワンダー、スペシャルウィーク……とんでもない豊作の世代になりそうだな」

 

 「お前誰狙いなんだよ。先に言えよ」

 

 「俺はセイウンスカイに行くぞ……あれは次代のトリックスターだ」

 

 「エルコンドルパサーだろ!」

 

 ……へ、へえ~……なかなかいい度胸じゃない。

 たしかにセイウンスカイさんも、エルコンドルパサーさんも、スペシャルウィークさんも、グラスワンダーさんも私と覇を競い合うに相応しい、素晴らしいウマ娘であることに否定はしませんわ。

 

 しかし、私の名前が挙がらないとはどういうことでして?!

 まず最初に話題に挙がるのはわたくしのはずでは?!

 

 い、いけないいけない……。

 私としたことが少し取り乱してしまいました。

 

 しばらく、私の話題が挙がるのを待ちましょうか。

 

 

 「キングヘイロー……」

 

 きたっ!さあ、私を褒め称えなさい!賞賛なさい!

 そしてその後に、私が華麗に自己紹介をしてあげますわ!

 

 

 「キングヘイローなあ……ちょっとやっぱ他の娘達とは劣るよなあ」

 

 「性格にもちょっと難あるらしいよ。流石に最初の担当はちょっとハードル高いわ……」

 

 「あのご令嬢だろ?なんか才能が無いって言われたのに逆上して無理やり入学したらしいぜ……」

 

 

 ……なるほど。わかりました。

 

 私は、自己紹介を諦めて、来た道を戻るべく、踵を返します。

 唇を、軽くかみしめながら。

 

 (ダメよ。キング。こんなことでいちいち凹んでいたら始まらない。ここで証明するんだから。私は一流のウマ娘なんだって……!)

 

 トレーナーの方々からの評価はわかりました。

 今に見てなさい。模擬レースで、度肝を抜いてやりますわ。

 そうすれば私のトレーナーも、たくさん志願してくるでしょうし。

 

 そう誓い、その場を後にしようとした、その時。

 

 

 「キング……キング……キング……」

 

 私の耳が、私の名前を呼ぶ声を察知しました。

 どうやらトレーナーの中にも、少しは見る目がある人がいるようね。

 

 

 声の発生源は……あそこね。

 

 見つめた先には、観客席の後ろの方で双眼鏡を目に当てている、一人のトレーナーの姿。

 

 前方に固まっているものだから、後ろにもトレーナーがいるとは思いませんでしたわ。

 しかも、どうやら私を探している……?何故?

 今年の強力なメンバーにも、私は劣っていないという自負はあります。

 

 それでも、他のメンバーを差し置いて私を探すトレーナーさんに、純粋に興味があるわね。

 

 

 しかし、そのトレーナーから飛び出した言葉は、私の胸の内を燃え上がらせるには十分すぎて。

 

 

 「あれだけのオーラと、風格があるんだから目立つはずだけどな……」

 

 「……!」

 

 瞬間、私の心臓が燃えるように熱くなる。

 会ったことはないはず。では、写真越しに私の風格に気付いたということ……?

 

 再び双眼鏡を目に当てて私を探す彼の元に、私の足は勝手に動きだした。

 

 

 「キング……キング……キング」

 

 心臓が熱い。

 いつか見た物語のように、この私の運命のトレーナーとの出会いは、一流でなくてはいけない。

 どうしてあげようかしら……?

 

 声をかける?

 背中を叩く?

 

 いや、その程度じゃなまぬるいわね……。

 

 少しだけ考えて、私は名案を思い付いてしまった。

 やっぱり、私は元から一流なのね!

 

 そんなに見たいのなら、私の姿を、めいいっぱい見せてあげる!

 

 私は彼の真後ろまでたどり着くと、彼が覗いていた双眼鏡を、逆側から覗き込みました。

 

 

 「うおっ?!」

 

 予想通りのリアクション。

 双眼鏡を手放し、地面にしりもちを着いた彼。

 

 私も、初めてトレーナーの顔を正面から見据える。

 

 

 (……!!)

 

 数秒。彼と私の間に訪れた静寂。

 

 その間に、私の胸からは熱いなにかが湧き出てくるようで。

 

 

 「この私を探すとは殊勝な心掛けね!あなたが私の運命のトレーナーなのね!」

 

 「キング……ヘイロー……!」

 

 「おーっほっほっほ!!あなたに、この私キングヘイローの担当をする権利を差し上げますわ!」

 

 

 この人が私の運命のトレーナーなんだ、と、私は確信したの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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