トレセン学園には、今日も暖かい日差しが降り注いでいる。
新任の俺にあてがわられたトレーナールームで、俺とキングヘイローは向かい合って座っていた。
「と、いうことで、今日から俺が担当することになる福田だ。よろしく頼む」
「ええ!共に一流の階段を駆け上がるわよ!」
今日は、模擬レースから数えて2日後にあたる。
無事キングの担当申請が通り(理事長が最高の笑顔で印を押してくれた)、俺とキングの挑戦が始まった。
今はキングと初のミーティング。
キングはどうやらあの日から俺が担当になることを疑っていなかったのか、俺と改めて顔を合わせた時も、「待たせすぎではなくって?」と笑顔で迎えてくれた。
本当になんというかこう……色々な動作が絵になるウマ娘だと思う。
きっとG1を制したときには、めちゃくちゃカッコ良い写真が撮れそうだな、と思うくらいには。
さて、まず何から話すか……。
ウマ娘とのコミュニケーションは、トレーナーにとって一番大事と言っても過言ではない。
彼女たちのコンディションを常にベストに保つのが、俺たちの役目だ。
そして今日はキングのトレーナーとしてファーストコンタクト。
あまり不用意な発言はできないな。
「キングを絶対に一流にする……その覚悟はもちろんあるが、俺も新任トレーナーの身。俺の言動がキングを迷わせてしまうことがあるかもしれない。が、その時も俺は全力でキングと共に乗り越えていきたいと思う」
本心だった。
結果的に自分が見つけるより先に担当をしてくれないかという申請があった形だが、俺はどちらにせよ、このキングの担当を申し出ていたと思う。
最初の出会いは、気付かぬ内に起こっていたのだ。
あの時から、気付けばキングとの道のりは始まっていたのかもしれない。
俺の今まで蓄えてきた全ての知識をもって、彼女のことは全力でサポートするつもりだ。
しかし彼女から返ってきたのは、意外な言葉。
「いいえ。迷わせてはダメよ、トレーナー」
「え?」
「私の目標は、一流のウマ娘になること。つまり、あなたも一流のトレーナーにならなくてはいけない。ここから、あなたと私は一蓮托生なの。だから、自信を持ちなさい。いかなる時も、気高くありなさい。それがキングのトレーナーになる、ということよ」
キングの迫力に、思わず面食らう。
ははは……こりゃ本物だ。
俺が、甘かったな。まだまだ甘ちゃんだ。
俺はキングのその瞳に吸い寄せられるような感覚に陥りながら、しっかりとその瞳と向き合った。
「そうだな。よし。俺が新任であるとか、そういうことは関係ない。俺が、キングを一流のウマ娘にしてやる。だから……全力でついてきてほしい」
「おーっほっほっほ!それでこそ私の認めたトレーナよ!全力でついてこい、と言えるようになれば100点ね!」
「ははは……必ずそうなるから待っててくれ。よし。じゃあデビュー戦までのスケジュールを組むんだが、キングはどのレースを目標にしたいとか、あるか?」
改めて、俺とキングの話し合いは進んでいく。
“一流”になるという目標はあるが、それは漠然としたものでしかない。
大きなレースを勝って、その一流を証明していくのが、これからの俺たちに与えられたミッションだ。
基本的にキングが最初に目指すのはクラシック路線。
三冠を目指すウマ娘であれば、最初の関門である、皐月賞だ。
同世代のライバルは手強いが……キングならば決して負けてない。
周りのライバルウマ娘を見ても、俺のその感想は変わらない。
そしてクラシック路線を進めば見えてくるのが……。
「ダービー……」
そう、ダービーだ。
俺が絶対に掴み取りたい、ダービー。
「なに?どうしたのトレーナー」
俺の呟きが、キングに聞こえていたようだ。
「いや、な。そうだな、いい機会だし、俺の夢をキングに話そう。俺らは、一蓮托生なんだもんな」
「……ええ。それは良い心がけね」
キングがフフン、と興味深そうに俺の言葉を待っている。
ここからは一蓮托生……隠し事は無しだな。
「もしかしたらキングも知っているかもしれないが……俺の父さんは、トレーナーとして超一流だ。たくさんの名ウマ娘を育ててきたし、持っているタイトルの数も尋常じゃない。俺は今まで、トレーナーになるために歩んできて、父さんと比較されなかった日はない。嫉妬もされたし、逆に期待もされた。良くも悪くも、俺の日常には父さんの存在がついてまわったんだ」
「……」
「それでな。そんな偉大な父さんにも、一つだけ獲ってないないタイトルがあった。それが、日本ダービー。ダービーだけは、父さんは獲ることができなかった。……だから、俺はダービーを獲りたい。それが父さんを超えたと証明できる、唯一の方法だと思うんだ」
「ふうん、なるほどね」
キングは座っていたパイプ椅子から立ち上がり、窓の外を見る。
レース場には、たくさんのウマ娘達がトレーニングを行っていた。
「あなたも……証明する必要があるのね」
「証明?」
「ええ。私は、証明しなくてはならないの。この私、キングヘイローが一流である、ということをね」
キングが振り返る。
その表情には、鬼気迫るものがあった。
彼女の深紅の瞳は、激しい感情に揺れている。
「私のお母さまは、私がウマ娘として走ることを嫌っているわ。この学園に来ることも、反対された。『レースの世界はそんなに甘くない』『私の真似はしなくていい』とか言ってね。ろくに……私の面倒なんか見なかったくせに」
吐き捨てるように、彼女はそう言った。
なんとなく話は聞いていたが……母親との確執は思ったよりも根深いようだ。
「おまけにあの人は、『あなたに走りの才能は無い。諦めなさい』『他の道の方が幸せになれる』ですって……何が私の幸せよ……!勝手な言葉で決めつけて……そんな言葉で、私は絶対にあきらめない!」
握りしめた拳が震えている。
俺はキングから紡ぎ出される言葉を、ただ聞いていた。
聞いているだけで胸が熱くなる。彼女の言葉を。
「だからね、キングは後退しない。決して首を下げない。私は必ず勝って、才能を証明してみせるわ。相応しい結果を掴み取って、私こそ一流だって認めさせてやるの。私はそのために……ここに来たんだから」
強い意志が言葉に滲んでいる。
初めて話を聞いた時、きっと強い意志を持ってトレセン学園に来たのだろうと思ったが、まさかこれほどまでとは思わなかった。
「ふう。だから、この私と、あなたの目標は形こそ違えど、同じものね。私もあなたも、“一流の証明”が必要。そうでしょ?」
「……“一流の証明”か。そうだな。間違いない」
すんなりと、キングの言葉が身体になじんだ。
ロマンチストが過ぎると言われればそれまでだが、やはり、俺とキングは出会うべくして出会ったんじゃないかとすら思う。
「まあ先に謝っておくわ!」
「?」
緊張感のある空気だったのを振り払うように、キングが笑顔になった。
その笑顔すらも、彼女からは気高さを感じられて。
「あなたの父親超えは、もう1年目で成し遂げられてしまうということにね!」
「……!ははっ……そりゃあいい……!謝ることなんてない。そういうのは、早い方がいいんだ」
彼女から差し出された手を取り、俺も椅子から立ち上がる。
本当に力強いウマ娘だ。
「はじめるわよ。ここからあなたと私の、一流を証明する旅路をね」
俺はもう一度覚悟を決めた。
このキングを、本物の“一流”にするために。
♢♦♢
自主練が終わって、私は寮の部屋に帰ってきた。
そろそろデビュー戦……このキングのデビューを一流に相応しいものにするためにも、準備は怠れない。
「キングちゃんお疲れ様!」
「ええ、ウララさんもお疲れ様」
部屋に入ると、そこにはルームメイトであるハルウララさんの姿。
もう彼女は寝間着に着替えていて、いつでも就寝できるようになっている。
「その~ウララさん?別にキングが戻ってくるのを待ってなくていいのよ?」
「ええ~!でも一人ぼっちはさみしいよ!キングちゃんと一緒に寝ると、す~~っごく安心できるんだ!」
「あの……できれば布団にもぐりこんで来るのはやめてほしいのだけれど……」
私も寝間着に着替えないとね。
最近はトレーニングも充実しているせいか、睡眠をばっちりとれている気がする。
(あのトレーナーについてから……トレーニングもすごく充実してる。自分の実力が伸びているのがわかる……流石、一流の私に相応しいトレーナーね)
もうあのトレーナーとのトレーニングが始まってしばらく経ったけれど……質が良くて驚くばかり。
流石、英才教育を受けたエリートトレーナーってところかしら。本当に一流の私に相応しいトレーナーね。
「キングちゃん、なんで笑ってるの?」
「えっ?!ああ、いや、なんでもないわ」
私としたことが……思わず笑みがこぼれてしまっていたようね……普段から王者たる振る舞いをしなければならないのに、少し油断してしまっていたわ。
顔を洗って、肌の状態を保つべく美容液を皮膚にしみこませる。
キングは美容にも手は抜かない。人の前に立つのだからね。
そうして洗面台の鏡を見ながら……私はあのトレーナーと初めてミーティングした日のことを思い出す。
『だから、俺はダービーを獲りたい。それが父さんを超えたと証明できる、唯一の方法だと思うんだ』
彼の熱意を感じた。
私と同じ、親という存在に葛藤する日々だったと語った。
形は違えど、彼は私と同じ、“証明”をするためにこのトレセン学園に挑んできている。
私と彼が意気投合するのは、必然的だった。
(やっぱり、初めて会った時から運命だったのね。彼と私が、最高のパートナーになることは決まっていたのよ!)
胸が高鳴る。
これから彼と共に歩んでいく道が、輝いている。
「あ~!キングちゃん鏡みながらニヤニヤしてる~!」
「?!っちょ、ちょっとウララさん!覗き見しないでくださる?!」
「へへへ~キングちゃんご機嫌だ~!」
「も~!!」
パタパタと寝室に逃げていくウララさん。
まったく……落ち着きが無いんだから……。
それにしても、と私は棚に化粧水などをしまいながら思う。
(ダービー、ね)
彼は言った、目標はダービーにある、と。
ダービーというレースは、他のレースと決定的に違う点がある。
それは、一人のウマ娘は、絶対に1度しか出れない、ということ。
そして、必ず同じ世代のウマ娘でぶつかる、ということ。
つまり、最初のチャンスを逃したら、彼の夢を私が叶えることは、できなくなる。
嫌な予感が一瞬私の中をよぎって、胸が苦しくなる。……けど、関係ないわ。
同世代同士の戦い……。つまり、クラスメイトであり、今大注目を浴びているスペシャルウィークさんやセイウンスカイさん、グラスワンダーさんと競い合うことになる、ということ。
(絶対に……負けられないわ)
彼の夢は、私が叶える。絶対に。
そしてその後に、私と彼で全世界に証明するの。私達2人が“一流”であることを……!
「よし」
気合を入れ直した所だけれど、今日はもう少しストレッチをしたら休みましょう。
疲労回復も、一流の務めね。
そう思って私も寝室の方に戻ると……可愛らしいにんじんの抱き枕を抱いたウララさんが、笑顔で私のことを待っていました。
「キングちゃん!私聞いたよ!」
「……誰から何を、ですの?」
ウララさんがこう、無邪気に話してくることは微笑ましいことが多くて何よりなのですが、ウチのクラスには不届き者が1人いてね……。
誰かから聞いた話、というのは嫌な予感がするのよね……。
「キングちゃん、トレーナーさんにぞっこん?だって!」
「ずこーーーー!!!」
な、なんて?!なんて言いましたかこの娘は!
「ぞっこん?って意味わからなかったんだけどね!トレーナーさんと仲良しってことだよって!良かったね!キングちゃん!」
「……い、一応聞いときますわ……誰から聞いたんですの……」
「セイちゃん!」
「あんの人は……!」
ウララさんになんてこと教えてるのあの人は……!セイウンスカイさんには、一度痛い目を見てもらわないといけないようですわね……!
ま、まあこの際、ウララさんにはしっかりと事実を教えてあげなくてはいけませんからね。
しっかりと正しい事実を知ってもらいましょう。
「いいですか、ウララさん。私『が』トレーナーさんにぞっこんではなく、トレーナーさん『が』私にぞっこんなのよ。わかった?」
「ん~、よくわからないけど、キングちゃんがそう言うなら、きっとそうなんだね!」
よし、ウララさんは本当に良い子ね。
明日からはきっと学園でそういう風に伝えてくれるでしょう。
ストレッチも終えて、私は布団へと入る。
今日は流石にウララさんも自分のベッドで寝てくれるでしょう。
「じゃあ、おやすみなさいね、ウララさん」
「は~い!おやすみなさい!キングちゃん!」
私が電気を消して、部屋は真っ暗になる。
さて、明日のトレーニングのためにも、しっかり休まないとね。
……。
『キングちゃん、トレーナーさんにぞっこん?だって!』
(ああああ~もう!なんで私が気にしないといけないのよ!!!)
私の睡眠時間を返しなさいセイウンスカイさん!!!
「むにゃむにゃ……」
「……ウララさん……私の布団に入ってこないでと昨日あれほど……」
「キング……ちゃん……むにゃむにゃ」
「……もう……」