今日の天気は快晴。昨日降った雨が少し芝に水を含ませているものの、絶好のトレーニング日和といえる。少し雨で重くなったバ場を想定するのにちょうどいいくらいだ。
ウマ娘たちが午前中の授業を無事乗り越え、ジャージに着替えてトレーニングへとやってくる時間帯。春の朗らかな日差しは、艶のある芝を幻想的に照らしている。
早々にトレーニング場へと着いていた俺は、今日のトレーニング内容を確認。
「ドトウに必要なのはまずは自信……技術面だとアジリティか……?スタミナはだいぶよくなってきたし……今日はコースを使える時間も長くないしラダー用意しとくか……」
今俺が担当しているウマ娘……メイショウドトウは余りにも自分に自信が無い。ハッキリ言って潜在能力は高すぎるほどにあると思うし、G1で勝てるだけの力があると思う。しかしこのトレセン学園にいるウマ娘にありがちなのが、周りと相対評価をして自分を卑下する傾向だ。ドトウもその例に漏れず、周りの余りにも輝かしいウマ娘達を見て、自分のことを卑下してしまっている。
いくら俺がお前はできるんだからと言っても、頑なに信じようとしない。それについてはいつか何か手を打ってやらないとな、と思いつつ。
「あいつは平気でG1連覇とかできる器なんだ……しっかり褒めて伸ばしてやらないと!」
そういうウマ娘はしっかりと褒めて伸ばす。前回……去年まで担当していたウマ娘も、自分に自信が無いタイプだった。最初に担当したグラスも、周りとの比較というよりは『怪物二世』という異名と自分を比較して苦しんでいた。
この中央に集まるウマ娘達は誰もが確かな実力と才能を持って入学してくる。しかしそれは別に成功を約束されているわけではない。
中央で活躍するためにはその才能と実力の他に、途方もない努力と、運が必要になってくる。どんなタイミングで成功のチャンスが転がり込んでくるかわからない。俺たちトレーナーにできるのは、わずかでもそのチャンスを掴み取る可能性を上げてやること。それだけだ。
黄色いラダーを倉庫から引っ張り出して、右手に抱える。ミニコーンも必要だろうから後で取りにもう一度こないとな……。
両手にラダーの入った袋を抱えて、俺はグラウンドへと戻っていた。
暗かった倉庫から外に出る時、頭部に少し痛みを感じて立ち止まる。
きっと、いや絶対にグラスに昨日引きずられた時の後遺症だ。
何故か体の他の部分の調子はすこぶる良いのだが、頭にだけ痛みが残っている。
「いてて……なんか昨日グラスに薬ぶっ刺されてからの記憶が曖昧なんだよな……アイツいつの間に帰ったのかもわかんねえし……」
俺は昨日のあの惨劇以降の記憶がない。確かに引きずられて自分の部屋にぶち込まれた記憶はあるのだが、その後グラスがどのような仕打ちを俺にしたのかもわからず、気付けば朝になっていた。
いや、怖すぎんか???マジで外傷もなければ部屋も特に変わった点はないし……いやむしろ何故か部屋が綺麗になっていて、なんなら朝食用の作り置きメニューが冷蔵庫に入っていたのが気になった程度で、俺の所有物が奪われたような形跡もない。いったいあいつは俺の意識が無い間に何がしたかったんだ……。朝食はありがたく頂いたが。
「ト、トレーナーさん~」
「んあ?」
んなことを考えていると、向こうからやってくるのはメイショウドトウ。トレセン学園のジャージを着用した彼女が、こちらへ走ってくるのが見える。
だがまて、あいつにはトレーニング以外の所であまり走ってほしくない……。何故ならよくコケるから。
どこかのアイドルかな?ってくらいなんもないところでコケるから。
ウマ娘の怪我は一般人の怪我とはわけが違う。危険なことはしてほしくないのだ。
しかしそんな想いとは裏腹に、すぐ近くまで来たドトウが何故かバランスを崩す。
「ああっ!」
言ってるそばから!
「言わんこっちゃない!」
動けえ!俺の脚イ!
「おら……よっと!」
なんとかドトウのコケる前に滑りこんだ俺が、ドトウの身体を支えることに成功する。いやでも痛ってええ!!!毎度のことながら痛ってえ!!立っている状態では支えきれないのだ。恥ずかしながら。
ドトウは他のウマ娘と比べても身体が大きい方。こんなことをうら若きウマ娘に言うのは憚られるが、体重もしっかりある。今は全力疾走していたわけではないとはいえ、この身体を支えるにはそれなりのリスクが伴う。ま、もう慣れたけど。ドトウ支えるのもう20回目くらいだし。
「す、すみませんトレーナーさん~!」
「だ、大丈夫だ。っつーか別にコースで待っててくれてよかったんだぞ?」
「い、いえ~倉庫からトレーニング器具を持っていくのは、本来私達の方ですし……」
確かに、他の所を見ているとウマ娘がトレーニング器具を持っていくことの方が多い。
しかしドトウを倉庫に向かわせるわけにはいかない。以前ドトウを倉庫に向かわせたら10分くらい戻ってこなかったので様子を見に行ってみたらたくさんの器具がひっちゃかめっちゃかになってラインパウダー(白線引く時の粉)まみれになったドトウが出てきて頭を抱えたもんだ。
「別に、いいんだよ……それくらいはさせてくれ……」
痛む背中を我慢しながら、俺はドトウを立ちあがらせようと肩に手をかける。ってええ?!泣きそうになっとる!泣きそうになっとるがな!まずい、ここはなんとかしないと……!
「すみませんトレーナーさん……的野トレーナーは……私なんかのトレーナーに、なるべきじゃなかったんです……的野トレーナーはあれだけ他のウマ娘達からも人気があったのに……こんな私なんかにつくべきじゃ、なかったんです……」
ドトウの瞳から涙が溢れる。いつも垂れがちな耳はさらに元気を無くし、ドトウのトレードマークであもある頭のアホ毛も、力なく垂れ下がっていた。
確かに、3人目の担当を決めてもらう、と理事長に言われた時、まだトレーナーがついていないウマ娘達からは猛アピールがあった。トレーナー契約は3年ごとで、毎年誰がフリーになるか、とかそういった情報はある程度出回る。まだ担当がいないウマ娘達は先輩達からの情報も聞きつつトレーナーを探すのだ。
俺は今まで2人のウマ娘を担当して、そのどちらもが素晴らしい成績を収めている。それはひとえに俺が担当したウマ娘二人が傑物であったから以外のなにものでもないのだが、他から見たらそんなことはわからない。事実としてあるのは、俺が担当した2人が輝かしい成績を収めているということだけ。ともすれば俺の所に担当になって欲しいと言いに来るウマ娘は少なくなく、連日のように俺はそんなウマ娘達を見ていた。
俺はそんな時期に、コースでもくもくと走り続けるドトウと出会った。
走る姿はとても魅力的で……初めてグラスの走りを見た時と似た感動を覚えたもんだ。
だからドトウは決して、自分が思っているような弱い存在じゃない。
「俺は自分の意志でドトウの担当になりたいって言ったんだ……だから自信を持て。ドトウは俺が選んだパートナーだ」
「トレーナーさん……」
潤んだ瞳でドトウが俺のことを見てくる。うん。とてもかわいいね。あ、担当を選ぶ際に容姿を気にしたことなど一度もない。これは断言できる。って何故弁解をしているんだ俺は……。あ、ってか可愛いのはいいんだけどね?そろそろそこをどいてくれないと、ちょっと、いやかなりまずいと思うんだワ。
君すごくこう、なんだ?柔らかい身体されてますし?今まで担当した娘達はこんな感じじゃなかったから?あ、いやそういう意味じゃないよ?でもほら、ここ倉庫前だし?すぐ誰か来てもおかしくないし?今この状況誰かに見られたら、ね?
だから今すぐそこを……。
「そこでなにをなされてるんですかー?」
オイオイオイ。死んだわ俺(2回目)
半ば死を悟りながらも振り返ると、そこには青い炎を纏った、“鬼”がいた。
今日のトレーニングが終わった。
結局あの後更に自信を無くしてしまったドトウと共にグラスの誤解をなんとか解き、俺たちはトレーニングを再開するに至った。
途中、グラスとドトウが何か話していたが、俺は混ぜてはもらえなかった。ぴえん。
グラスは結局納得してくれなかったようで、「今日の夜また部屋にお邪魔しますから、正座で待っていてくださいね」と言われてしまった。あまりにも恐ろしい死刑宣告。
「ったく、誤解を解くのにも一苦労だぜ……ってかなんであいつが怒る必要があるんだよ……」
確かに昼間の光景は誰が見ても警備員さんを呼ばれかねない光景であったことは間違いないのだが、泣き出しそうになったドトウに対して異様なオーラを纏っていたグラスの姿はそこにはなく、ぷっくりと頬を膨らませて「どうして私が悪者みたいになっているのですか……」と可愛らしい怒り方をしていて。
その怒り方してくれるなら毎日怒ってくれてもいいんだよ?グラスよ……。
トレーナー室での事務仕事も終えて、俺は帰路につく。
通った隣人の部屋からは楽し気な会話が聞こえてきたため、きっと今日もネイちゃんは松永の健康のためという名目で夕飯を作りに来たのだろう。なんて健気なんだ。あいつぜってえ許せん。
ポケットに手を突っ込み、部屋の鍵を取り出す。グラスには死んでも言うつもりはないが、俺の家の鍵にはキーホルダー代わりにお守りがくっついている。これはグラスのトレーナーになり、二人で頂点を獲ろうと決めた時にもらったモノ……。俺の原点ともいえるものだ。いや、そんなもんを鍵にくっつけてあまつさえポケットに乱雑に突っ込むんじゃねえよですって?うるせえ、俺はこういう性分なんだ。部屋に飾るとか恥ずかしいことやってられるか。
鍵穴に鍵を差し入れて、回す。が、そこにかかるべき抵抗がかかってこない。
「あれ……やっべ今日鍵かけ忘れたか……」
別に取られて困るようなものはそこまで無いとはいえ、流石に通帳等を盗まれたら困る。
すぐに部屋に入って確認をしようと思い、革靴の紐を解く。
「ただいま~っと……おろ、電気もつけっぱなしだったか……」
どうやら電気もつけっぱなしだったようで、玄関の先の居間からは光が漏れていた。
流石に空き巣に入られていることはないだろうが、ともかく貴重品の確認はせねばなるまい。
ハンガーにジャケットの上着をひっかけて、俺は居間につながる扉を開いた。
「あら、おかえりなさい、トレーナーさん」
「……ぴょ?」
変な声が出た。
硬直する俺の視線の先には、どこから突っ込めばいいかわからない制服にエプロン姿のグラスワンダー。
「もう少しでできますから、少々お待ちくださいね~」
普段と何ら変わりない態度で、グラスがキッチンの鍋に向かっている。
……行くから待ってろよ、とは言われたが、先にいるから早く帰ってこいよ、なんて言われていない。
ってか何故鍵を開けて入ってこれたのかもわからない。
俺はその場から動けず、20秒ほど立ち尽くした。
その20秒で、俺の脳内をあらゆる可能性が駆け巡る。
今日のことが許せず、俺は今日これから毒殺されるのだろうか、とか。
2人目に担当したウマ娘をテーマパークに連れて行ってあげたことがバレたのだろうか、とか。
何故か良く学園で会うライブ好きなウマ娘に他のウマ娘のウイニングライブに強制連行されたのがバレたのだろうか、とか。
しかし、そのいずれの可能性を考えたとしても、今とるべき行動はただ一つ……ッ!
「あ、んじゃあ俺先風呂入ってくるわ」
圧倒的!思考放棄!
風呂から上がった俺を待っていたのは、彩り豊かな和の夕飯だった。
え、ヤダ、クオリティ高すぎっ!
「お待たせしました~。鯖の味噌煮に、ほうれん草のおひたし、里芋と人参がメインの筑前煮と、汁物は粕汁をご用意しましたので」
「え、ちょい待てグラス。少なくとも昨日までウチの冷蔵庫にこんな食材は無かったはずだが……」
「そうですね~。大丈夫です。材料は私が好きで買ったものですので~」
「いやいやいや!流石にそれはまずいわ。金くらい出させてくれよ」
「ふふふ。そんなことより、早く食べていただけませんか?そうしていただけることが、何より私にとっては嬉しいのですよ~」
流石に申し訳なさすぎて財布を取りに行こうとする俺を、グラスが静止する。
ウマ娘のヒモになるトレーナー……なんてゴミトレーナーなんだ……!
しぶしぶ俺はグラスの作ってくれた夕飯に手を付ける。
目の前にはホカホカと湯気が出ている料理の数々。
筑前煮かあ……よく母親が作ってくれたっけな。
どれどれ。
「え、うまあ!!」
「ふふふ、それはよかったです~♪」
う、美味い。グラスが料理できることは知っていたが、まさかこれほどまでとは……!
「全て美味い……!俺がそこまで好きでもないほうれん草が何故ここまで美味い……?!」
「そう言っていただけると、お料理の教室にも通っていた甲斐があるというものですね~」
腹が減っていたせいもあってか、俺の箸が止まることはない。
そんな様子を、グラスがにこやかに見守っている。
しかし、ふと思う。
何故グラスは急に料理を振舞ってくれたのだろう。
てっきりまた昨日のように薬でもぶっ刺されるのかと思ったのだが……。
「なあ、グラス」
「はい、なんでしょう」
「なんで急に飯なんか作ってくれたんだ?今日はその~誤解とはいえ、またお前の機嫌損ねるようなことしちまったわけだし」
「……ウマ娘がトレーナーの家にご飯を作りに行くのに、理由がいりますか?」
「いるだろ(真顔)」
「ふふふ、冗談です。そうですね~……」
ピクリとも姿勢を動かさずに正座を続けるグラスが、持っていた湯呑み(俺の)を置き、顎に手を当てた。
ほんと、こういう細やかな仕草が絵になるウマ娘である。少し気性が荒い(主観)のが玉に瑕だが。
「……トレーナーさん。トレーナーさんが初めての私のトレーニング前に言ってくださったこと、覚えていらっしゃいますか?」
「どれのことだ……?」
「ふふふ。『俺はお前と同じ1年目。俺は失敗しても次があるかもしれないけど、グラスの1年目はやり直せない。だから、絶対に妥協はしない。今の俺の持てる全力で、グラスワンダーと誠心誠意向き合う』」
「……んなこっぱずかしいこと言ったっけ……」
「ええ。今でも一言一句、胸に刻まれています」
本当に刻まれているかのように、グラスが胸に手を当てる。
「私は、トレーナーさんと共に歩めた3年間を、本当に宝物のように感じているんです。初めてのトレーナーが、あなたで良かった、と」
「お、おう、ありがとう……?なんか恥ずかしいな」
「そして私は、こうも思っています」
ずい、と。
正面に座っていたグラスの顔が、俺の目の前にまで迫る。強い意志の籠った青藍色の瞳が、俺の目を捉えて離さない。
「あなたの『はじめての担当ウマ娘』は、あのグラスワンダーであったのだ、と」
「……!」
「不退転の意志を持って、あなたと共に3年間を走り切りました。一部の隙さえ残さず錬磨し、己の持ちうる全てを、互いがぶつけた。その切磋琢磨があって、今の私はいる。トレーナーさんは、どうでしょうか」
グラスの言っていることに間違いはない。あるはずがない。
あの時の俺は右も左もわからないなかで、グラスワンダーという稀代の才能を持ったウマ娘を担当し、このウマ娘が成功するためには何が必要かを貪欲に探していた。
その頃のことは、今でもよく思い出せる。
もしかしたらグラスは、俺が今ドトウの育成にてこずっていることを知っていたのかもしれない。
または、今日ドトウから何かしらを聞いたか……。
「そう……だな。グラスとの3年間があって、今がある。初心忘れるべからず……か。お前が良く言ってたことなのに、なんか忘れちまってたかもしんねえ」
「ふふふ、思い出していただけたようで、なによりです」
グラスの担当をしていた頃を思い出したら、いつの間にか俺には前向きなイメージしかなくなっていた。
このへんは昔から本当に頭が上がらない。
「よし……ありがとな。元気出たし明日からまた頑張るぞー!」
「その意気ですよ、トレーナーさん。あ、それはそれとしてなんですけど……」
再びグラスの手料理を味わうべく、箸を持った俺だったが、グラスの声で静止する。
目の前のグラスは、何故か顔を若干赤らめ、恥じらいながらうつむいていた。
「……どした?」
「非常に言いにくいのですが……」
なんや、こっからが本番だったのか?!
一度甘やかして置いて、ここから地獄を見せる気?!俺ってば今からどうなっちゃうの?!
「……私もご相伴にあずからせていただいてよろしいでしょうか」
……そーいやこの娘どっかのダービー娘と同じでアホみたいに飯食べる勢だったワ。
♢♦♢
トレーナーさんの部屋を出て、私は軽く息を吸い込みました。
柄にもなく大胆なことをしてしまったものですから、身体が少々火照ってしまいましたね。
大和撫子たるもの、大胆過ぎる行為ははしたないととられかねません。気を付けないと。
「じゃねー。……って、おわっ。グラスワンダーさん」
「あら、ネイチャさんこんばんは」
隣の部屋から勢いよく飛び出してきたナイスネイチャさんが私の顔を見てびっくりしています。
「ふふふ、ネイチャさんはトレーナーさん想いなんですね」
「いやいやいや!そーゆーんじゃないですよ!ただちょ~っとウチのトレーナーさん健康管理がなってなくてですね……」
同じウマ娘である私だから分かります。彼女は担当トレーナーさんのことをとても好意的に見ているようですね。
昨日も私のトレーナーさんと、ネイチャさんのトレーナーさんが映っていた学生時代の写真を交渉材料にしたらあっさり受け入れてくださいましたし……。
トレーナーさんを好意的にみる、というのはとっても素晴らしいことだと思います。実際、引退したウマ娘で担当トレーナーと結ばれた例は数多くありますし。
そしてネイチャさんのトレーナーさんはずっとネイチャさんの担当をなさっているようですし……ほんの少しだけ、それは羨ましい話ですね。
「あー、でもグラスさんも、トレーナーさんのこと大事に思っているんですよね……?」
「?もちろんですよ~?」
何故疑問符がつくのかがわかりませんが……きっと昨日私がトレーナーさんを引きずって部屋に連れ戻したことが原因でしょうか。
大和撫子には時に苛烈さも必要なんです。
ネイチャさんと共に学生寮へと戻ります。門限までは時間がまだあるので、寮長さんから怒られることはきっとないでしょう。
「あの~……グラスさん」
「どうしましたか?」
「グラスさんは、もしトレーナーさんが他のウマ娘のことを好きになっちゃったりしたら~……とか、不安になったりしないんですか……?」
「……難しい質問ですね~……」
きっとネイチャさんは、今の担当トレーナーさんが他のウマ娘を担当する可能性が出てきて心配に思っているのでしょう。
ネイチャさんは最近レースの成績が良く、チームへの参加も決まりました。確かに、トレーナーさんが他のウマ娘を担当する可能性は大いにあります。
「私は信じていますから。時に他の娘達に鼻の下を長くしているのを見ますが……最終的にはきっと、私の所に戻ってきてくれます」
「はえ~……やっぱ眩しい、な……。あ、じゃあじゃあ、もし的野トレーナーさんが、他のウマ娘と結婚する、って言ったらどうしますか?」
「刺してしまうかもしれません」
「えっ」
「冗談です」
「あ、あははー、そ、そうですよね~ネイチャさんちょっとびっくりしました……」
ネイチャさんはきっとまだ若いですし、こういう恋愛話が好みなのかもしれませんね。
しかし仮定の話とはいえ、今私の胸に去来したこの気持ちはいったいなんなのでしょうか……。
寮の近くまできて、ネイチャさんと別れました。
靴箱に自分のローファーをしまいます。
そうして自分の部屋に向かおうとして……少し後ろを振り返って、トレーナー寮がある方へ私は向き直りました。
「……誰にも、譲りませんよ、トレーナーさん」
なんて。
胸に宿った温かい気持ちを抱きしめて、私は部屋へと戻るのでした。
グラスワンダーと同棲したいだけの人生だった……。