トレーナーという職業に、憧れていた。
あれは俺が12歳の頃。初めてG1のトゥインクルシリーズを見たあの時、本当に心が躍ったものだ。
駆け抜けていくスピード感。レース場を揺らす歓声。絶対に先頭は譲らない、とひたすら前へと進むウマ娘達の迫力。
その記憶は鮮烈に焼き付いて離れない。
この数多の人の心を揺らすレース。
こんな舞台に、自分も関わってみたいと、強くそう思った。
しかし自分はウマ娘ではないから走ることはできない。
では、どうするか?
俺は調べた。ウマ娘でなくとも、あのレースに全身全霊をかけられる仕事を。
そしてたどり着いた結論。
それは、トレーナーとしてなら、俺はウマ娘と共にこの舞台を駆け抜けることができるかもしれない、ということ。
「俺は、中央のトレーナーになる……!」
他のエリートからすれば、俺のその決起は遅すぎたのだろう。後から話を聞いてみれば、生まれたその時からトレーナーとしての教育を受けているヤツすらいるらしい。
そいつらに比べたら確かに、俺がトレーナーを志すのは遅すぎた。
だが幸い、俺には才能が少しだけあったらしい。
トレーナー資格を得るまでに3年、死に物狂いで勉強して、更に3年。俺は中央のトレーナー資格を獲得した。
誰よりも努力した自信はあった。
嬉しかった。やっと俺はあの舞台を、ウマ娘と共に目指せるのだ、とそう思った。
しかし、現実は違った。
強いウマ娘が選ぶのは、実績があるトレーナー。もしくは、しっかりとトレーナー養成学校で知識と経験を得てきたトレーナー。
俺のようなポッと出のトレーナーを選ぶ人間などそういなく。
そして極めつけは、俺にはコネも無かった。
親がトレーナーであったわけでもなし、なんなら親族にトゥインクルシリーズに関わっていた人間など一人もいない。
目指していた頃はそんなこと関係ないだろ、と思っていたけれど、今になって痛感する。
この世界は、そういった“繋がり”で成り立っているんだ。
ウマ娘達はそれぞれでトレーナーがどんな人かを共有し。
トレーナー達はどんなウマ娘が今年入ってくるのかを共有し。
考えれば当たり前のこと。
どっちの立場にたっても……失敗は、したくない。
ああ、このトレーナーダメな人だったんだ。残念。じゃ、すまないんだ。彼女たちは、ウマ娘としての人生を賭けてこの学園に来ているのだから。
もちろん、俺が選ばれる理由など何一つとしてなく。
俺が声をかけたウマ娘達には全員に断られた。
1年間。担当ウマ娘がいないトレーナーとして、雑務をこなした。
時にはレースに関わる裏方の仕事までやらされた。まあ、当然だろう。俺は現状学園にとって利益を生まない存在なのだから。
それでももがき、1年間勉強をし直し、あらゆる場所に足を運んで、コネクションを作った。
必死に名刺を渡して、やれることをやった。
そうして迎えた2年目……それでも、俺に担当ウマ娘はつかなかった。
トレセン学園の理事長からは、残念そうな目で、「来年担当ウマ娘がつかなかった場合、地方に行ってもらう」と、俺はそう言われたんだ。
『英国の淑女と落ちこぼれ』
車の喧騒が辺りを覆う、夜の商店街。
街頭が立ち並ぶその道の一角に、ポツンと一つ屋台があった。
赤色の暖簾から漏れ出してくるは、食欲をそそる香り。
その屋台の一席に腰掛けて、俺はビールが入ったジョッキを少しだけ傾ける。
「ははは……バカみてえだよな。なんで俺、中央でトレーナーになれただけで浮かれてたんだろ……」
「……」
俺は仕事が終わった後に、よくここに来ていた。
ここはトレセン学園からもほど近く、通うにはうってつけの場所。
それでいて、大将が屋台でやっているものだから、毎日開いているわけではない。
知る人ぞ知る、名店ってやつだ。
そしてこの大将は、トゥインクルシリーズの事情にも明るい。なんでも、昔は学園で働いていたんだとか。
俺はいつも頼む豚骨ラーメンの麺固めを力なくすすりながら、誰もいない店内で、大将と話をしていた。
「なあ大将。俺、やっぱ地方行くしかないのかな?別に地方が悪いなんてこれっぽっちも思ってねえ。地方だって、最高に熱いレースが見れることだってある。……けど、やっぱ俺が目指したのは
「……諦めるのか?」
「諦めたくねえよ!けど……けど……どうすりゃいいのか、わかんねえよ……」
クソっ……酒が回ってきた……自分でも醜い姿であるとは思う。
けど、こんな愚痴を話せるのも、この大将しかいないんだ。
「去年だって理事長に打診されたんだ、「地方で経験を積むことも悪い事じゃない」って。わかってるよ。けど俺は情けなく頼み込んだ。お願いだから、ここでもう一年やらせてくれって」
「……」
「けど、結局俺の居場所なんか無かったのかもしれねえ。大人しく、普通にサラリーマンやってりゃよかったのかな……」
ここでだけは、弱い、腐りきった気持ちをぶちまけられる。
大将も、無言でそれを聞き入れてくれる。
俺の、上京してきてからの大切な空間だった。
別に何かが解決するなんて思っちゃいない。
けど、ここに来れば明日は前を向いて生きられるから。
今日だけは弱音を吐きたい。
そんな時にいつも、俺はここに足を運ぶ。
今日もこうして大将に弱音を吐いて、気が済んだら、寝て起きてまた明日から頑張ろう。
そんなことを思っていると、スーツに身を包んだ瘦身長躯の男が、気のいい笑顔で入店してきた。
「大将~!久しぶりにきたよ~ん!ま~じで忙しくて最近全然来れなかったや~!……っておろ、ごめん、先客いたのか」
「……!!」
改めてその入ってきた男を見て、俺は驚きに目を見開いた。
陽気な掛け声と共に入ってきたこの男を、俺は知っている。いや、『俺は』というのは語弊があるかもしれない。トゥインクルシリーズに関心がある人間ならば、必ず知っているであろうこの人の名前は……!
「滝……トレーナー……?」
「あれ、俺のこと知ってるんだ!……ん?ってかトレーナーバッジついてるってことは、君もトレーナーか!……でもその割には学園でも会ったことないような……?」
「あ、お、俺のことは、知らないと思います。担当……いないので」
「そうなんか。あ、まあまあ、とりあえず食べなよ。ごめんね、邪魔しちゃって!」
滝トレーナー。
数々の伝説を残す、トレセン学園が誇る名トレーナーだ。
曰く、デビューしてから毎年必ずG1ウマ娘を担当している。
曰く、史上最速でトゥインクルシリーズを100勝している。
曰く、同じ日に担当ウマ娘がトータルで8勝という偉業。
とにかく、とんでもない伝説を数々残していて、今も尚、それを継続しているのが、この目の前の滝トレーナー。
(やべえ……こんなのラーメン食えねえよ……)
隣では、笑顔で滝トレーナーが大将と話している。どうやら、昔は滝トレーナーもよくこの店に足を運んでいたようだ。
今俺は酒が回ってしまっていて、正常な判断ができない。本来ならここで滝トレーナーの話をたくさん聞いてみたいのに、頭がガンガンと痛んで、満足に思考すらできない始末。
なんでこんな時に……と思っていた時、注文を終えた滝トレーナーがこちらを見てきた。
「君、名前は?」
「え……松田……です」
「そっかそっか。松田君は、どうして中央のトレーナーやってるの?」
「えっ……」
不思議なことを聞くものだ。
このトレセン学園のトレーナーになる理由なんて、わずかな差こそあれ、だいたい一つだろう。
「G1で……勝ちたいからです」
「それだけ?」
「それだけって……」
向けられるのは、嫌味一つない笑顔。
なんだかそれが、滝トレーナーと俺の圧倒的な差を見せつけられているようで……少しイラついてしまった。
「俺は、G1を小さい頃に現地で見て……!本当に憧れたんです!月並みなことかもしれないけど!あんな風に会場を大歓声で包み込むことができたならって!その歓声を、自分が受けてみたいって!そう思ったんですよ!他にいりますか?!」
やべ、酒が回ってたせいもあってか、口調が強くなっちまった。
しかもめちゃくちゃ目上の人にあたるのに、こんな失礼な言い方……。
と思ったが、変わらぬ笑みで、滝トレーナーは俺のことを見ていた。
「そっか。聞かせてよ、もっと君の話」
「……そんな面白いものじゃないですよ」
そこから俺は、溜まっていたものを吐き出すかのように、滝トレーナーに話を聞いてもらった。
ラーメンが来て、滝トレーナーがラーメンを食べている間も俺はずっと滝トレーナーに話していた。
冷静に考えたら、普通じゃない。本当ならもっと、トレーナーとしてのイロハとか、滝さんの経験とかを聞いた方がよっぽど利があるはずなのに、正常な思考ができない俺は、いつの間にか話してしまっていたんだ。
自分が知識もコネも何もない状態で、この場所に挑戦したこと。
トレーナーになれたものの、担当がつかないこと。
もし仮に来年担当がつかなければ……中央を去れ、と言われていること。
滝トレーナーは特に話は挟まず、こちらの話をゆっくり聞いてくれた。
こんなこと、なんでウマ娘界のスターに話しているのかわからない。ただの弱者の戯言で、言い訳だ。
それなのに、滝トレーナーは最後まで話を聞いて、そっか。とゆっくり前を向いた。
「すごいな、君は」
「やめて下さいよ……滝さんのほうが、どれだけすごいか……」
「いや……すごいと思うよ。俺は、もう生まれた時から、この場所に来ることが決まっていたようなものだから。生まれてすぐ、近くにウマ娘がいた。トレーナーとしてのいろはは父や祖父から学んだ。だから……そういうのを一切なく、この世界に飛び込んできた君は、本当に尊敬するよ」
「え、いや、あ、ありがとうございます……」
滝トレーナーのイメージは、もっとクールで硬派なイメージだったのだが、全然そんなことは無かったようだ。
むしろ、メディアにはそういうイメージを持ってもらわなければいけないという抑圧された生活を送っているようにも見える。
(勝手にイメージ持っちゃってたけど、この人も大変なんだな……)
ジョッキに入ったビールを呷り、そんなことを思う。
「あ、そうだ!」
すると、急に滝トレーナーが思い出したかのように手を叩いた。
「ってことは、君時間あるよね?」
「……まあ、そうですね」
今俺は学園で自主的な学習と、事務や裏方の仕事の手伝いしかやっていない。
担当がいないのだから、他のトレーナーよりは圧倒的に時間はある。
素直に俺はそう答えた。
「じゃあさ、明日からしばらく、俺の補佐やってよ!トレーナー補佐!金は出すし、君もトレーナーとしての仕事ができるし、悪い話じゃないと思うんだけど!」
「……え?」
ただの思い違いかもしれない。
けど、この時俺は、自分の運命の歯車が音を立てて動き出したような気がしたんだ。
翌日の昼。
トレセン学園の中でも一番大きなトレーナー室にて、俺は滝トレーナーを待っていた。
「広……流石ナンバーワントレーナー……与えられてる個室も他とは段違いだな……」
当然のことだろう。
単純にトレーナー室に来るウマ娘が多いのだから、スペースが必要になる。
各々のミーティングもトレーナー室で行うし、時には簡単なストレッチやテーピングなどの医療行為も、トレーナー室で行うことがあるのだ。
周りを見れば、バランスボールやダンベル、チューブトレーニングに使うためのゴムチューブなど……ウマ娘を育成するためのあらゆる器具がそろっている。
おそらく怪我をしたウマ娘や、当日走るメニューが無いウマ娘などがこれらの器具を使ってトレーニングをするのだろう。
「これが……ナンバーワントレーナーのトレーナールームか……」
……ボケっとしていたが、もしかしなくても、これはチャンスなんじゃないか?
俺はなんとしても担当ウマ娘を来年獲得しなければならない。担当ウマ娘と契約を交わした暁には、俺にもトレーナー室が与えられる。……まあ、間違いなくこんな立派な部屋ではないだろうが。
ともかく、ここの部屋にあるものをチェックして、用意できるものは用意しよう。
素早く鞄からメモ帳とペンを取り出し、気になったモノを書き込んでいく。
別にこれくらいは滝トレーナーからもおしかりは受けないだろう。それすらも許可してくれないなら、そもそも補佐をしてくれなんて頼まないはずだし。
こんな貴重な経験もう来るかどうかわからないのだから、盗めるものはなんでも盗むぜ!
「そうと決まればまずはホワイトボードを見てみよう。各個人の練習メニューか……それぞれにこんな風に割り振ってんのな……複数のウマ娘を担当するって忙しいが過ぎるだろ……」
ホワイトボードには、滝トレーナーの担当ウマ娘達が今日どのようなトレーニングを行えば良いかのメニューが書かれていた。
俺が複数のウマ娘を担当するなど夢のまた夢だが、とりあえずトレーニングメニューを知っておくことに損はない。複数担当しているとはいえ、これは一人一人最適なトレーニングを滝トレーナーが組んでいるのだろう。
勉強にならないはずがない。
メモメモ……っと。そしたら次は、室内にあるトレーニング器具でも見てみようかな。
「学ぶは真似ぶ」という格言もある。この知識と技術を盗んで、俺も滝トレーナーのようなトレーナーにいつかなるんだ!
「よーし……そうと決まれば何を盗んでやろうかな……お、こんなものまで用意してるのか……この段ボールの中身は……?ふむふむ……」
やはり名トレーナーのトレーナー室には様々なモノが眠っている。
どう使うのかわからないものもあるし、これは後で聞いてみよう。
いやあ、まだトレーナ室について15分ほどしか経っていないというのに、こんなにも発見がある。
こりゃ、これからの日々はどんなに勉強ができるのか楽しみだぜ!
期待に胸が膨らむ。
担当ウマ娘を勝ち取るのは俺自身。それはわかっているけれど、滝トレーナーの元で修行をしていた、ということが少しでも伝われば、もしかしたら来年の担当ウマ娘獲得にもプラスに働くかもしれない。
もうなりふり構ってられないんだ。周囲からおこぼれとか馬鹿にされたって構わない。俺はこの場所にしがみつくぞ……!
と、もう一度気合を入れ直していると、部屋の入口の方で、ドサ、と何かが落ちる音がした。
「ん?」
滝トレーナーがきたのかと思い、振り返ってみると……。
「な、な、なななななな」
「おろ?」
そこには驚愕に目を見開いた、美しい鹿毛のウマ娘が。
瞳は萌黄色に美しく光り、日本人離れした肌の白さと、育ちの良さを感じさせる小さな花の髪飾り。
美少女という言葉がぴったり当てはまるウマ娘が、そこに立っていた。
あまりの可憐さに俺は一瞬言葉を失ったが、ふと我に返って、そのウマ娘が鞄を取り落としていることに気付く。
となれば先ほどの物音は目の前の少女が鞄を落としたことによって発生したものだとわかり。
では何故鞄を取り落としたのか、と思えばそれはきっと、驚いたからで……。
そして、自分の状況を鑑みる。
名トレーナーのトレーナー室で、棚の上にある段ボールの中身を覗き込んで取り出している一般男性。
あ、やべえこれ。
「ど、ど、ど」
「待て!話し合おう!話せばわかる!本当に!」
慌てて段ボールを元の位置に戻し、彼女に駆け寄ろうとしたときは既に遅く。
いや、むしろ近づいたのは逆効果だったのかもしれない。
「どろぼーーーーー?!!?!??!?!」
甲高い少女の声が、トレーナー棟に響き渡った。
♢♦♢
私は、教室の外を見つめていました。
目の前の先生の言葉はもちろん耳に入っています。ですが、どこか私は集中できずにいました。
「はあ……」
このトレセン学園に入学して、あと少しで1ヶ月が経ちます。
ここまでは本当にあっという間でした。
私はアイルランドで生まれて、人生のほぼすべてを、実家のお屋敷で育ちました。
こういうの、日本では『箱入り娘』と言うそうですね。まさにピッタリだと思います。正しくいうなら『箱入りウマ娘』かな。
実家では様々なお稽古から、ウマ娘としてのトレーニングまで、一日のスケジュールがほぼ決まっていました。
何時に起きて、使用人の方がいらっしゃって、トレーニングをして、お勉強をして、作法のお稽古をして。
そんな変わらない日々が続いていたから、この日本のトレセン学園に行くことは、とても楽しみにしていたんです。
日本語も沢山勉強していたし、文化や歴史もたくさん勉強しました。とても興味深い国で、どんな発見があるんだろうってすごく楽しみだったんです!
……けど、まだ今の所そういった時間はとれていません。
気付いたら寮に入っていて、学園生活が始まって、学園と寮の行き来……。
最初はとても刺激的でしたけど、やっていることは実家にいたころとあまり変わりません。
もちろんお友達ができて、たくさんのお友達と話すのは楽しいです。けど、どこか物足りないなあと思う私もいて。
あとあと、一番楽しみだったのは実はトレーナーさんなんです。
どんなトレーナーさんと出会うのかなあって、私も女の子なので色々な期待をしました。
私が走っている所を見てくれて、私を選んでくれるのかな、とか。
もしかしたらバッタリ会って急に担当を申し込まれちゃうかも?とか。
そんなことあり得ないってわかってたけど、想像するのは自由ですしね。
けど、もう私の実家の方から学園にどうやら連絡が行っていたようで、学園でも一番凄腕のトレーナーさんに、私はつくことになりました。
実際会ってみたら、人気で有名なのもすごくわかる方で、優しいですし、トレーニングも的確です。素晴らしい方だと思います。
けど、その方は超凄腕であることから、私以外のウマ娘も担当していて、多忙でした。
時には練習メニューは書いてあるけれど、自分だけでトレーニングを行わなければいけないこともあって……。
それが嫌だとは言いません。まだ1ヶ月程度ですが、自分の実力が伸びていることも感じます。
この人は、本当にすごい人なんだって思いました。
けど……ず~っとこうして、実家から出ても、決められたレールの上を走っているような生活に……どこか退屈さを感じている自分もいて。
実家の期待を背負っていることはわかっていますから、途中で投げ出そうとは思いません。走るのも好きですし!
今はとにかく、伝えられたトレーニングをこなす他ないのかなあ……。
外で、一匹の鳥が自由に空を飛んでいます。
暖かい春の日差しに当てられて、とても気持ちよさそうに。
「ファインモーションさん!聞いてますか!」
「ほえ……あ、はい!すみません!」
「しっかり集中して聞いてくださいね!では次はGⅠレースの出走条件について……」
私としたことが、授業中にボーっとしてしまいました。
まずはとにかく、デビュー戦をしっかり勝つことに集中しないと!
午前中の授業が終わりました。
私は今、スクールバッグを手前に持ちながら、学園の教室棟から、トレーナー棟へと向かっています。
今日の練習メニューは大体把握しているのですが、もしかしたら違うかも?という怖さもあり、お昼を食べる前に確認だけしようと思ったからです。
ホワイトボードに、いつも練習メニューは書いてあるので、そこを確認すれば問題ありません。
お昼を過ぎたら基本的にトレーナーさんはトレーナー室に鍵をかけていないはずですし……すぐ済みそうですね。
外では元気に走り回るウマ娘の姿がちらほら見えます。
この学園に来る方々は、本当に明るい方が多くて楽しいです。
まだ交流したことのない方たちとも、たくさんお話してみたいな♪
さて、そろそろトレーナーさんの部屋につきますね……と、そこで、私はトレーナーさんの部屋から物音がすることに気が付きました。
「……?トレーナーさん、でしょうか……?」
今日は私以外の担当ウマ娘につく予定になっているトレーナーさん。
まだ事務作業を行っているかと思ったのですが……。
トレーナー室の前まで来ると、中からなにやら声がします。
男の人の声……けど、これトレーナーさんじゃない?
私の……ウマ娘の耳は通常の人間の耳よりも数倍聞こえやすいです。
なので、外からでも中にいるのがトレーナーさんではない、ということがわかりました。
「誰だろう……?」
とりあえず、トレーナー室をゆっくりと開いてみます。
すると、そこには信じられない光景が広がっていました。
「よーし……そうと決まれば何を盗んでやろうかな……お、こんなものまで用意してるのか……この段ボールの中身は……?ふむふむ……」
そこには、トレーナー室の棚の上段にある段ボールを覗き込み、なにやら物色している男の人の姿。
背格好からしても、やはりトレーナーさんでないのは明らか。
そしてトレーナーさんではないのに、この場所で段ボールを漁る人なんて……!
私は、一つの可能性に辿りついてしまいました。
そして辿り着いてしまえば、私の身体が急に恐怖に震え出します。
私は反射的に、自らのスクールバッグを地面に落としてしまいました。
「ん?」
その物音に反応して、振り返る男の人。
年齢は若く、黒髪で短髪の男性。
(……あ、れ?)
その時、何故か身体を支配していた恐怖が、スッと身体から抜けていくのがわかりました。
トレーナーさんほどの身長はないですが、誠実さがわかる少しフォーマルなジャケット姿。髪型は短髪で綺麗に整えられていて清潔感があり、親しみやすそうな笑顔。
状況は最悪なのに、何故か私の身体は、彼が悪人ではないとそう言っているようで。
いやいやいや!でもでも!
どうみたってこの状況は!!
気を取り直して私は、目の前の男の人を指さしました。
「ど、ど、ど」
「待て!話し合おう!話せばわかる!本当に!」
後々考えれば、本当に話せばわかったのかもしれません。
しかし私の脳は、どうしてもこの状況から、ある判断を下してしまいました。
もう、止められません!
それは、この目の前の男の人が……!
「どろぼーーーーー?!!?!??!?!」
泥棒さんかもしれない!ということです!