「ねー、桃白白」
「なんだ?」
「次の標的がいる町へのルートなんだけどさぁ」
ピッコロ大魔王が倒され、既に季節も3度巡ろうとしていた。次の天下一武道会も来月に迫っている。
ここ2年ほど、フーイは桃白白の助手兼見習いとして彼の仕事に同行していた。とはいうものの特に手伝うことなどあるはずもなく、道中の修業がむしろ同行の目的となっている。
定期的に鶴仙流の道場へ帰っては鶴仙人からも指導を受け、天津飯や餃子と修業し、加えて数ヶ月に一度だが、孫悟空との組手のために神殿も訪れるなど、忙しく日々を過ごしていた。
全く迷惑な話だが、ゲリラ的にクリリンやヤムチャの元も尋ね、組手という名の襲撃も行っている。それが彼らにどれほどの影響を与えたのか、彼女は一切気にも留めない。
「地図の途中で道が途切れてるんだけど」
「なに? 見せてみろ」
武器の手入れを行っていた手を止め、桃白白は立ちあがって振り返る。
地図を差し出しこちらを見つめる灰色の瞳は、こちらの視線ともうあまり高さが変わらない。
にわかにそのことに気が付いて、彼はほんの少しギョッとした。
考えてみれば、少しもおかしなことではない。初めて彼が荒野で彼女と出会ってから、既に15年以上たっている。
「ん? どうした?」
「いや……背が伸びたな、フーイ」
今更だよ、と少女は首をすくめ、自分でも改めて目の前の相手との身長を比べた。
恐らく、頭一つ分ほども変わらないだろう。彼女自身もそのことに初めて気が付いたのか、得意げな笑みを浮かべる。
その幼さの残る笑顔は、いつまでたっても少しも変わらない。
だがしかし、彼女は数年前に比べれば別人と言っていい程、腕を上げていた。
神殿で修業を重ねる悟空に比べれば地力こそ劣るものの、いざ試合となれば互角の勝負を繰り広げ、立ち合いの神様とミスター・ポポを驚かせた。
逆に天津飯との勝負では、地力では確実に彼女の方が上回っているにもかかわらず、今一つ押しきれず最近は引き分けになることも多い。
それはひとえに、悟空の土台となった亀仙流は己自身を高めることを目的とし、その結果、相手に打ち勝つ強さを手に入れるのと違い、フーイと天津飯の鶴仙流は相手を倒す(殺す)事を目的とし、そのために強くなろうと修業を積んでいるところにある。
強いことと、勝つことは必ずしもイコールではない。時には一振りの強靭な大剣が、髪の毛よりも細い一針に敗れることもある。
極論、試合において、相手よりも強くある必要はないのだ。勝てさえすれば勝ちなのだから。
そういう意味で鶴仙流は、勝負と言う場においてエキスパートであるといってもよかった。
「ま、成長期ってやつだからね、その内桃白白の背も越えちゃうよ」
「そうか」
「ちょっと! 撫でる感じで頭押さえつけないで! 縮む! 縮むから!」
「なぁに、成長期だから大丈夫だ」
「何も大丈夫じゃない!」
「大体お前、これ地図が違っとるぞ」
「え、マジ!?」
ぱっと手を離され地図を受け取ると、二枚を見比べ、本当だ全然違うところのやつじゃん、とフーイは呻く。
再び地図を調べに後ろを向いたその背中には、やはり変わらず『
それを見て桃白白は少しばかり考え込んで、寄り道を決めた。
~・~・~・~
その日、天下一武道会の舞台はあいにくの大雨だった。
無数の雨粒が空を覆い隠し、景色をくすませる。
集まった人々はめいめいに傘を差し、その顔もよくは見えない。
そんななか、一人の少年――いや、青年が現れる。
3年前とは見違えるほどに背が伸び、けれど屈託のない明るい性格と真っ直ぐな性根は少しも変りなく。
一人、また一人と彼の周りに人が集まり、数年の時を経て彼らは再会を果たした。
そして、雨が上がる。
「しかし、悟空にも驚いたが、フーイも随分と」
と、亀仙人は彼女の姿を頭の先からつま先までながめ、だらしがない表情を浮かべる。
「色っぽくなったのう……ッ!」
言い終わるか終わらないかの間に、全員の視界からその姿が消える。
悟空たちの視線につられ、ブルマがそちらを見ると鶴仙人がその胸倉をつかみ壁際に押し付けていた。
「殺すぞ」
おもったよりドスの効いた声に亀仙人も少しビビる。
「なんじゃい、まだなんもしとらんじゃろうが!」
「何かするつもりだったのかこのスケベジジイ!!」
「なんじゃとこのむっつりジジイ!!」
「だれがむっつりだ、だれが!!」
おおよそ公衆の面前で口にしていい文言ではない。
だんだんとただの罵り合いに変化していき、ぎゃあぎゃあと騒ぎ合う師匠たちに、弟子たちは各々苦笑いを浮かべる。
空気を換えようと、クリリンはそういえば、とやたらに大きな声で天津飯に言った。
「フーイから聞いたんだけどさ、お前、今は鶴仙流の師範代を目指してるんだって?」
「正確には目指していた、だな」
口角の片方を吊り上げ得意げに笑うと、彼は自分の胸を親指で指さす。
「つい先日だが、免許皆伝を授かって正式に師範代として認められた」
亀仙流の側からおーっと歓声が上がった。師匠たちとは違い、弟子たちは実に和気あいあいとした雰囲気である。
ということは、と今度はヤムチャが尋ねる。
「天津飯が免許皆伝ってことは、フーイもか?」
「うん、そう!」
彼女は待ってましたとばかりに、これ見よがしに胸を張って、ピースサインを作った。
「ま、私は天津飯と違って、指導の許可はまだ下りてないんだけどね」
「へぇ、鶴仙流はそういうところがかなりしっかりしてるんだな」
「じっちゃん、真面目だからさ」
しかし、その真面目な師匠は若いころのせせこましい話題まで持ち出してもめている。
初めは正当性のある怒りだったはずだが、だんだんと反れてすっかり同レベルの争いに変化していた。
「そういや、その服……」
と、フーイを指さし、途中まで言ってクリリンは口をつぐんだ。
以前組手をしたときとは、彼女の格好はすっかり変わっている。
長い丈のシャツとズボンは暗く鮮やかな紅色で、袖の無い上着と深いスリットの入ったスカートは瞳と同じ灰色に染められている。
胸元には丸に殺の字、確認はしていないが、おそらく背中には以前と同じ『
つまり、色こそ違うものの、桃白白の服と全く同じデザインだった。
同じ流派の師匠の服なのだから、それほどおかしい事ではない。実際、以前の服は鶴仙人の着ていたものと全く同じだったし、事実、天津飯は今もその道着を着ている。
しかし、散々フーイから桃白白の話を聞かされており、若干の苦手意識を今でも持っているクリリンからすれば、この二人のペアルックはなかなかインパクトが強い。
一方、そんなことには一切気付かず、フーイは、そう!そうなんだよ!といつもよりワントーン高い声を上げた。
「この服ね、桃白白とお揃いなんだー! いいでしょ、この前、免許皆伝祝いだってプレゼントしてもらってさぁ!」
今にもクルクルと踊りだしそうなほど喜んでいる光景は微笑ましい。
一方、プレゼントした本人は、少し離れた後ろから微動だにせず、手を後ろ手に組んで頑なな無表情を保っている。
怖さよりも空気を読んで、クリリンは彼からそっと視線を離した。
なんにせよ、仲が良いのはいい事なのだから。
大体、亀仙流の道着をわざわざ自分で用意してきたクリリンも、あまり人の事が言えた義理ではない。
選手集合のアナウンスが流れ、ようやく鶴仙人と亀仙人は互いに離れる。
会場に紛れ込んだ邪悪な影に、今はまだ誰も気づいていない。
全てを見通す神様と、その弟子以外は。
次回からサイヤ人編に一気に飛びます。