乳を求めて三千里   作:イチゴ侍

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第十六話 異次元の逃亡者VS女帝

前回のあらすじ!

 

天皇賞秋にて行われるエアグルーヴとスズカの戦いが刻一刻と迫っているというのに、スズカの覚醒に今一つ自分の力量が届かない状況に悔しさを募らせるトレーナー君。

なにやら突破口を見つけたようだが、果たして……。

 

 

 

 

 

《第十六話 異次元の逃亡者VS女帝》

 

 

 

 

 

 

空は快晴!バ場状態も良!スズカが気持ち良く走るには絶好の環境。そんな今日は待ちに待った天皇賞秋だ。

うーん、いやごめん。待ちに待ってなかった。むしろもう来てしまったのかというのが率直な気持ちです。

 

結局、課題だったスズカの覚醒には至っていない。もちろん成長はしてる。より速くなってるし、神戸新聞杯の時のように最後の最後で差されるような事も無いとは思うが……。

 

 

「スズカ、調子はどうだ?」

「大丈夫です。それよりも今は早く走りたくて仕方ありません」

「だろうな、今日朝会った時からうずうずしてるのが丸分かりだったぞ」

「そ、そんな前から!?うぅ……恥ずかしい」

「普段通りのスズカで逆に安心できた」

 

自分で言ってて自分が一番普段通りじゃなかった事に気づいた。

そうだよ、うだうだ考えるのはらしく無い。いつだって俺は勘と欲望で動いてきたんだから、何かが足りないのはもう仕方ない。至らなかったのは俺の力量不足だし、力量はすぐ手に入るものでもないから無い物ねだりしたってどうしようもないんだ。

 

 

今の俺に出来る最大限の努力をスズカに注いだ。だから今のスズカは万全の状態だってこと。以上!

 

 

「トレーナーさん、手を握って貰えますか?」

「手を?おう」

 

黒の手袋を両手とも外すと、スズカの白い手が顕になり俺に差し出された。自分のと比べると圧倒的に細いスズカの両手を割れ物を扱うようにそっと握る。

 

何かあるのかと思い俺がジッと待っていると、スズカはそっと目を閉じた。

物凄い集中力を握った手のひらから感じられて、ヘタに動いてはいけないと本能的に察した。

 

握っているだけで、何もすることがないんだよな。なんか気とか送るか?ほらあのあれ、でっかい玉で敵倒す漫画であったあのちょっとだけ元気を分けてくれーってやるやつみたいにさ。

 

なんて考える間に、スズカの目がうっすらと開き始めた。

 

 

「よしっ」

「おっ、元気溜まった?」

「え?」

「いや何でもない。それよりどうしたんだ?いきなり」

「何だかトレーナーさんの手に触れている間は凄く落ち着くんです。トレーニング後のマッサージの時いつもリラックス出来てたからもしかしたらーって、やっぱり効果ありました」

「……そ、そうか」

 

なんか照れくさい。だってそりゃあ、自分の手に触れてるととっても落ち着くーなんて女の子に言われて照れない男いる?いねぇよなー!

 

 

「ありがとうございます。トレーナーさん」

「と言われても何かしたって感覚は全く無いんだがなぁ」

「いえ、いつも私の為にって色々考えてくれてって意味でのありがとうです」

「そういうのはもっと後に取っとけって……なんか嫌なフラグになりそうで怖いわ」

「ふらぐ?」

 

この戦いが終わったら気持ち伝えるんだ!とか、後から追いつくから先にいけ!とかそういうもはや伝統芸みたいなセリフを吐くもんだから怖いわこの子……。レース前に靴紐解けてて結ぶみたいなシーンとか平気でやっちゃいそうな気がするんだわ!

 

 

「まぁ、とにかく担当のことを考えるのはトレーナーの義務みたいなもんだからさ、あんま恩義を感じなくていいって」

「……でも」

「ウマ娘は走りで応えるもんだろ?その感謝を走りで伝えてくれってことよ。つってもスズカが自分のやりたいように走る事が何より大切だ」

「トレーナーさん」

 

悩みはきちんとレース前にけりをつけないと、またダービーの時みたいに考えすぎて支障をきたすかもしれないからな。

第一スズカは優しすぎる。そこがスズカの良いところではあるんだけど、やっぱもっと走る事に専念させてあげたい。

 

それをさせられてないっていうのが、俺が未熟である証拠なんだよな。

 

 

「そうですよね。私には走ることしか出来ないから……トレーナーさん、見ていてください。私の走り」

「おう!」

 

真っ直ぐこちらを見つめる瞳から、スズカがようやくいつもの調子に戻ったのが感じ取れた。

 

 

「さ、もうすぐレースだ。気合い入れてけよ!」

「はい……ところでトレーナーさん?」

「なんだ?」

「その、手が……」

 

手がどうしたのかと、スズカの手を見るとがっちりと掴んだままの俺の両手がありました。

わお、繋いだままだぁ。

 

 

「わるいわるい、つい握ったままだった。痛くなかったか?」

「は、はい……」

 

俺の手から離れた自分の手の甲をスリスリするスズカ。握りすぎて痒くさせちゃったかな。

 

 

「んじゃあ、そろそろ戻るわ。しっかり見てるからな」

 

はいっ、と気合いの籠ったスズカの声を背に、俺は控え室から出るのだった。

 

 

 

 

 

 

『さぁ、やってまいりました天皇賞秋。ここ、東京レース場に集まった16人のウマ娘が次々と入場しています』

『天気は快晴、バ場状態も良好とこれ以上ないほどの条件ですね』

 

「スズカさんのレースはいつも快晴で羨ましいですわ……」

 

実況席の声にボヤキを入れるのは、隣にいるマックイーンだった。

そう言われると確かにマックイーンのレースは、なかなかの確率で重バ場か、雨だもんな。言いたくなるのも分かるよ。

 

 

「それだけスズカは走りの神様に愛されてんだろ」

「それには同意ですわ」

 

 

『今回のレースやはり見所は、『女帝』エアグルーヴと『異次元の逃亡者』サイレンススズカの一騎打ちでしょうか』

『そうですね。サイレンススズカの前走は惜しくも2着という結果でしたが、やはり彼女のレースの常識を覆す大逃げは強力ですよ』

 

 

そうだろそうだろ。うちのスズカは凄いんだぞ、なんて親バカみたいに頷いていると、考えが同じだったのか隣のマックイーンもなんか頷いていた。

 

ウマ娘が次々とターフの上に姿を現していく中、スズカの姿が見えた。

 

 

「スズカさーん!!」

 

マックイーンの声に気付いたのか、こっちを見つけて小さく手を振り返してきた。

 

 

「スズカさん落ち着いてますわね」

「ああ、文句無しの絶好調だ」

「スズカー!ファイトデース!!」

「うおっ、タイキか」

 

突然横からB94の膨らみが現れて思わず声を出してしまった。

 

 

「タイキも見に来てたんだな」

「マイフレンドの2人が走ると聞いてはなんとやらデスね!」

「エアグルーヴとも仲良かったのか、意外だな」

「トレーナーさん、そのエアグルーヴさんが来ましたわ」

 

一斉に観客のボルテージが上がった。そんな彼らの視線を一身に浴びるのはただ一人、圧倒的な存在感を醸し出すその二つ名に相応しいウマ娘。女帝──エアグルーヴだ。

 

 

「ははっ、カリスマ性がハンパねぇな」

「凄い気迫ですわ……背筋がピリッと痺れる感覚が全く消えません」

「エアグルーヴもファイトデース!!」

「スズカ……呑まれるなよ」

 

ただ一点、同じターフに立つスズカを見つめるエアグルーヴ。もう秋だと言うのに冷や汗が止まらない。

 

 

『6枠12番エアグルーヴ仕上がっていますね。秋華賞ではらしくない走りを見せていましたが、前走の札幌記念では一転し女帝たる所以を発揮しました』

『勢いは間違いなく、16人の中でエアグルーヴが頭一つ分抜けていますね。しかしレースに絶対は無いですから、このレースが終わるまで何があるか分かりませんよ』

『さぁ、続々とウマ娘達のゲート入りが完了しています!』

 

 

いつもいつもこのレース前っていうのは嫌いだ。不安と興奮がごっちゃごちゃして気持ち悪くなってくる。でもむしろそれが癖になる。

そしてこの気持ちの高鳴りを表すかのようにファンファーレが鳴り響く。

 

 

『全てのウマ娘のゲートイン完了しました。どのウマ娘が勝利の栄光を手にするのか!!天皇賞秋、今スタートしました!!』

『綺麗なスタートですね。出遅れもありません』

『さぁ、最初に先頭に躍り出てくるのは──』

 

もちろん、我らが異次元の逃亡者さんだ。

 

 

『9番!サイレンススズカだ!』

『出ましたね得意の大逃げ』

『すぐさま後続を置き去りにしていくサイレンススズカ。その差は1バ身、2バ身とぐんぐん離していきます』

 

曇りひとつ無い表情でトップを走るスズカ。その姿を見るだけで俺は嬉しくて仕方なかった。

まだ始まったばかりだっていうのに不思議と、スズカが既に1着を取ったみたいな気分になっちまってる。

 

 

「本当にトレーナーさんはスズカさんの走る姿が好きなんですね」

「え?」

 

マックイーンに指摘されてドキッとした。

 

「そんなに顔に出てるか?俺って」

「ええ、それはもう。レースの時以外でもそうですわよ。トレーニングの時でも同じ顔をしていますわ」

「あはは……マジか」

「少しばかり妬いてしまいます。ですが、お気持ちは十二分に分かりますわ。私もスズカさんの走る姿が大好きですから」

「マックイーン……」

 

その後マックイーンは、俺の返答を聞く前に今も走るスズカへと視線を直し応援に戻った。

 

 

『いよいよレースも終盤に差し掛かろうとしています。先頭は変わらずサイレンススズカ、その後ろ3バ身ほど離れて後続が並ぶ状態です』

『未だ動きを見せません5番手の位置にいるエアグルーヴ。これは作戦でしょうか』

『距離は2000mです。サイレンススズカがダービーの時のようにスタミナ切れを起こす程の距離ではありません。とするならばこの差から差し切る算段があるのでしょうか』

 

決して不可能ではない。それはスズカを含めた俺たち全員の共通認識だ。スタミナ切れ以外の負け筋など無いと思われた大逃げを差してしまった前例があるのだから。

 

 

「スズカさん……!」

「エアグルーヴ、確実にスズカを捉えてますヨ!」

「ここからだぞ……スズカ!」

 

 

『さぁ、大ケヤキを超えて第3コーナー!先頭に立つのはサイレンススズカ!』

『ですがここから後ろの娘達も上がってきますよ』

 

 

序盤、中盤で稼いだ差がジリジリと減っていく。それでもスズカの表情には焦りの一つも見受けられなかった。それもそのはずで、スズカにはまだ距離を離せる余裕があるのだから。

 

 

『第3コーナー回って最終コーナー、誰がハナを取るのか!』

 

2バ身、1バ身と後続が追いすがる中、スズカが右足で強く踏み込んだのが見えた。

 

 

「スズカ、そうだ!!そこで──」

 

 

スパートをかけろ。そう言いかけた俺の喉を抑えたのは、見覚えのある光景だった。

 

「……トレーナーさん?」

「なんだ……あれ」

 

それは、まるでたった一人別の空間にいるかのようだった。それは以前、神戸新聞杯でスズカと競ったマチカネフクキタルが纏っていたオーラと形状は違えどそれに似ていた。

 

真っ暗な空間。音も無く、何も無い。そこにただ一人佇むのは蒼い炎を纏わせたウマ娘。うちに秘めた闘志の表れか、彼女は纏う炎をすくい上げると、強く握りしめる。まるで導火線に火を付けるかのように。

 

 

──刹那、彼女の闘志が爆発するかのように膨れ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、エアグルーヴ」

「なんだ?というか、毎夜毎夜……貴様は暇なのか?」

 

一人暗闇の中、ターフを走るエアグルーヴ。そんな彼女にふと聞いたことがあった。

 

 

「エアグルーヴの夢ってなんなんだ?」

「夢だと?夢……目標ならあったぞ」

「過去形?」

「私の目標……母のようなウマ娘になる事だ」

 

エアグルーヴのお母さんか。確か、その年のオークスを取ったウマ娘だったよな。

 

 

「なるほど、それで過去形ね。お母さんと同じレースで同じく一着を取る」

「ああ、そして私はその目標を達した。だがこれではまだ母が辿った道をなぞっているだけであって、本当の意味で母のようなウマ娘には程遠い」

 

強く、気高く、美しい。それを体現したかのようなウマ娘。それがエアグルーヴの言うお母さんの姿らしい。それはまだ見ぬ未来に期待をふくらませる当時のエアグルーヴには、どんなウマ娘よりも輝いて見えたのだろう。

そんなお母さんのようになりたい。彼女にはオークスがその第一歩だったのだろう。

 

 

「母はたくさんのウマ娘に尊敬されていた。だからこそ、私もこの女帝という名と母の娘という肩書きに恥じないよう強く在らねばならない」

「それがお前の原動力か。スズカとの戦いに気合いが入るのも分かるよ」

「あいつは今や学園の生徒たち、特に後輩達の憧れの的だ。そんなスズカを私は超えねばなるまい」

「センター総選挙で戦うアイドルみたいだな」

「一緒にするな」

「一緒だってば」

「はぁ……強情な奴だな」

 

なんかエアグルーヴから折れてくれた。いや、呆れられたの方が正しいか。

 

 

「スズカのトレーナーであるお前にこんな話をするのも変な話だな」

「まぁ、俺はスズカのトレーナーである前にウマ娘のトレーナーだ。走れなくなって道を見失うウマ娘を一人でも多く少なくしたい。それが俺だ。担当以外のウマ娘とだって真剣に語り合うさ」

「ほんと、貴様がスズカのトレーナーになってくれて感謝する。そしてスズカと戦わせてくれることに礼を言わせてくれ」

「お、おう……」

 

「そして……何度でも言わせてもらう。私は勝つぞ」

 

「──ああ!望むところだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──これが、女帝の力だッ!

 

そう言わんばかりに、見えないはずのオーラを爆発させて踏み出すエアグルーヴ。そしてとんでもない速度で一人、二人、三人と同じ先行脚のウマ娘を置いていく。

スパートをかけて最終直線を走っていたスズカだったが、エアグルーヴはあっという間にその横に付いていた。

 

 

『サイレンススズカ逃げるが苦しい!!とてつもない豪脚でサイレンススズカとの距離を詰めるエアグルーヴ!!その差は1バ身……いや、もはや並ぶのか!!並んだ!並んだ!エアグルーヴ、サイレンススズカ横一線!』

 

「なんて追い上げですの!」

「ワオ……二人とも、ものスゴいデス!」

 

 

「──はあああああああッ!!」

 

鬼気迫る勢いでスズカとの差を埋めていくエアグルーヴ。スズカも負けじと前に出るが、それも時間の問題だ。すぐに追い抜かれる。

 

 

「トレーナーさん!このままでは!」

「違う、まだだ」

 

スズカも、俺も、誰も諦めちゃいない。まだ行けるはずだ。最後は根性だってマックイーンに教わっただろ。お前が見たい景色の中に他の走者は不要だろ。だったら最後の最後まで振り絞ってみせろよ。

 

 

「──スズカ!!」

 

 

「──はあああああああっ!!」

 

 

俺の声に応えるかのように叫ぶ。

スズカだ。スズカの声だ。どんなに周りが騒がしくても、どんなに遠くでも聞き逃すわけが無い。俺の、俺の愛バだ。

 

 

──先頭の景色は、誰にも……渡さないっ!

 

 

「──っ!」

 

 

その一瞬、俺の目に映った光景。

どこまでも続く緑色の草原。その真ん中にスッと伸びる一本道。その中を走るウマ娘の姿が見えた。風を切り、高く高く昇っていく朝日に向けて彼女は走っていく。誰もいない遮るもののない誰も見た事のない彼女だけの景色。

でもそれはほんの一瞬、時間にも表せない間だけの空間だった。

 

 

「──……ナー、……レーナーさん! トレーナーさんっ!」

「……はっ!」

 

体を揺さぶられ、俺の視界に緑色の見慣れたターフが見えた。そして割れんばかりの歓声が耳に遅れて押し込まれる。

 

 

「そうだ……レース……スズカは!」

「……っ」

 

慌てて確定板を確認する。

 

 

「写真……判定」

「トレーナーさん、トレーナーさんなら見えたんではありませんの?どちらが勝ったのかを……」

「すまん、なんか最後らへんの記憶が無くてな。正直俺もわからん」

 

最後に見たあれはなんだったんだろうか。フクキタルやエアグルーヴのと同じものなのか。だとしたらあれはスズカの……。

 

 

「でも二人ともナイスファイトでしたネ」

「私もお二人に感化されたのか、足が早く走りたいと疼いて仕方ありませんわ」

「ワオ!マックイーンも同じネ!今からでも走りまショウ!」

「ええっ!? で、ですがスズカさんの順位が先ですわ!」

 

 

勝者の行方。誰かが望まなくともそれはすぐに発表された。

 

 

1着、12番

2着、9番

 

 

スズカは2着だった。





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