前回のあらすじ!
天皇賞秋にて行われたスズカとエアグルーヴのレースは、エアグルーヴに軍配が上がった。負けた悔しさはあれど、俺たちには立ち止まっている暇など無い。
今回の負けを糧に俺たちは進む。
《第十七話 俺が責任取ってやんよ》
歓声鳴り止まぬ中、俺達はターフから戻ってくるスズカを待っていた。
「トレーナーさん……」
「よっ、スズカ。おつかれさん」
「スズカさん……結果は惜しかったですが、とても素晴らしい走りでしたわ」
「ありがとう、マックイーン」
心配させまいと無理して笑みを浮かべるスズカ。負けた悔しさを抑えられるわけもなく、片手が常に拳を握っているのがその証拠だ。
「トレーナーさん、ごめんなさい」
「お前が謝る必要なんかないだろ。今日のレースの神様がエアグルーヴに寄っていただけだ。お前とあいつに力量の差は無かった。違ったのはそこだろうさ」
「誰も予想だにしなかった事が起こるのもまた、レースの醍醐味ですわ。スズカさん」
だから自分を責めないで、と続けるマックイーン。このレースでマックイーンは何度もスズカの走りを絶賛していた。逃げて差すなんてことを体現出来るその一歩手前まで来ているのをマックイーンも感じているのだろう。
「トレーナーさん、私あの最後の直線で感じたことの無いものをエアグルーヴから感じました。あれは一体なんだったんでしょうか」
「一緒に走ってるスズカはやっぱり感じ取ってたか。俺にも見えてたが、俺にもさっぱりだ」
「……?あの、お二人とも何の話をされてますの?確かにエアグルーヴさんの最後に見せた速さはとてつもなかったですが……」
「あー」
一緒に走ったスズカと、俺の目とは違ってマックイーンにはそれくらいの感覚なのか。
しかしどう説明したらいいのか見当もつかない。言葉で説明出来るものでないのは確かだ。そのことをそのまま伝えてみる。
「未知なる力……ということですか?」
「俺たちトレーナーは勿論、ウマ娘であるお前たちにもまだ知らないことがあるのかもしれない」
「もしかすると、他を寄せつけないウマ娘というのは、その未知なる力を使いこなすからこそ強いのでしょうか?例えば……生徒会長さんとか」
「シンボリルドルフか、無敗の三冠ウマ娘。皇帝と呼ばれるあいつも……あるかもな」
中継越しに皇帝の走りを見ることはあったが、間近で見たことはなかった。実際にこの目で見れば、今日と同じ現象を見ることが出来るのだろうか。だが、皇帝が走る様などなかなか見れるものではないため、困難であるのは確かだ。
「皇帝に……いや、実際にそれを見せてくれた本人に聞いてみるのが一番かもしれないな」
「え?」
「スズカ」
凛とした声色でスズカを呼んだのは、エアグルーヴだった。
「エアグルーヴ、おめでとう」
「……っ、ああ!ありがとう、スズカ」
「おめでとうございます。エアグルーヴさん」
「マックイーンまで……ありがとう」
照れくさそうに笑みを浮かべる彼女の様は、女帝という名前に似合わず年相応に可愛らしかった。
……おっと、ニヤついてたのを見られてしまった。あーあ、目元がキッとして……また女帝に逆戻りだよ。
「おい、なんだ?何か言いたいのならハッキリとしろ」
「1着おめでとう」
「……ふ、ふんっ」
「お?照れてんのか?」
「うるさい」
「ほんと……してやられたよ。完敗だ。気持ちいいくらいな」
文句の一つすら浮かべられないほど、気持ちいい負けだった。スズカが全てを出し切ってくれたからこそ、そう思えるのかもしれない。
「だけどな、次は──」
「次は負けないわ、エアグルーヴ!」
「スズカ……」
真っ直ぐにエアグルーヴを見つめるスズカの姿勢に、ふっ……と笑みを零す。
「勿論受けて立つ。お前が何度逃げようとも、私が必ず捉えるからな」
「ええ!次は追い越させないから」
互いを高め合う、まさにライバル同士の二人。その光景に胸を熱くさせたのは俺だけではなかった。
「素敵ですわね。とても羨ましいですわ」
「マックイーンにも現れるさ。そんな奴が」
「ええ、その時を楽しみにしていますわ」
◇
東京レース場を後にした俺たち一行。
そんな俺たちが向かったのは、行きつけのカフェだった。
「はいそれじゃ、祝勝会改め、頑張ったでしょう会開催ー!」
「いぇーい……?」
「なんですの……その、取って付けたようなネーミングは」
「他に思いつかなかった!」
実際、マジで今回は勝つ気満々だったから、マスターには先に祝勝会ってことで予約を入れていたのだ。
店入ってきた時にマスターには一番に苦笑いされちゃったな。それがちょっと気まずかった。
「はい、ハチミツパンケーキ、ハチミツ多めの生クリームマシマシ2つね。スズカちゃんは普通のハチミツパンケーキだよ」
「ありがとうございます。マスターさん」
「ト、トレーナーさん!は、早く!食べましょう!」
「行儀悪いぞメジロのお嬢様よ」
「うぅ!ですが!」
顔を火照らせてはぁはぁ言ってるマックイーン。これ絵面大丈夫か?
てか、なんかマテをさせられてる子犬みたいに見えてきたな。シッポもブンブンしてるし。
出会う前はあれほどスイーツを抑制していたマックイーンが、何故これほど欲望に忠実になったかというのは、言わずもがな俺が原因ですな。
『俺がお前のトレーナーでいる間は、スイーツを我慢などさせないからな!食いたいだけ食え!責任とアフターケアは俺がやってやる』
なんて言った結果、まるでタガが外れたように食に対して躊躇いを無くしたのだった。
流石に太り気味状態で『責任取ってください』とか言われた時は周囲の目が怖かったな。
「いやー先輩ゴチになります!」
「ありがとねぇー私までご馳走になっちゃって」
「てか、なんでしれっといるんだ……あねさんまで」
1つ隣のテーブルに、いつの間にか後輩とあねさんが座っていた。そしてどうやらそのテーブルに置かれたケーキ達は俺持ちらしい。解せぬ。
「てっきり負けて辛気臭い雰囲気で集まってると思ってたけど、私の心配しすぎだったみたいね」
「なんか、すんません。あねさん」
「ほんとほんと、心配しすぎなんすよ」
後輩の要らぬ言葉が発されてすぐに、後輩が「いぎゃぁ」などという訳の分からない奇声を発した。足でも潰されたか?
「それで?頑張ったでしょう会とやらは何をするの?」
「……目の前にあるパンケーキを食うだけ」
「ああ、そう」
「うん」
「トレーナーさん、もう我慢できませんわ」
「ごめん、食べようか」
長いことお預け食らわせすぎたせいで、マックイーンからバニラアイスのトッピングを追加されてしまった。注文は既に行われていたようだ。解せぬ。
それから、少ししてマックイーンが頼んだバニラアイスのトッピングが届いた辺りで、あねさんが問いかけてきた。
「エアグルーヴの加速はなんだったのか……ですか?」
「ちなみに今トレーナーの間ではその話で持ち切りよ」
「あねさんもあれは凄い脚だったで済ませられるクチ?」
「それだったら聞かないわよ。あなたならきっと何かが見えたんじゃないかなって思ったのよ。で、何か見えた?」
私、気になります!とばかりに目を向けてくるあねさん。俺はマックイーンにした説明と同じことを繰り返し、それに加えてエアグルーヴ本人から聞いたことを話した。
「──なるほど、言葉にするには難しい未知の力か。そして本人が言うには、突然視界がクリアになって周りの音が一切聞こえなくなったと……その中で全身を流れる血液が急激に活性化し出して、限界まで力を引き出したはずの脚がさらに力を蓄え始めた」
「それがあの豪脚に繋がった。らしいが本人にしてみればあまり実感の湧かないことだったらしい」
「ターフを走る本人たちすらも知らない力……なんだかワクワクするわね」
トレーナーとしての血が騒ぐ……そんな感じだろうか。あねさんと同じく、俺もエアグルーヴから聞いた時心底ワクワクしていた。
まだまだスズカもマックイーンも上を目指せる──それが一気に現実味を帯びてきたのだから。
「さっそく担当の娘にも……と思ったけれど、これはトレーナーの腕を以ってしてもどうすることも出来ない事ね」
「ん?」
「トレーニングでどうこう出来るものでもないわ。それで出来ていたらそもそも論文の一つでもあるもの」
さらにこの現象はおそらく、相当極限状態にいなければ習得できない代物なんじゃないか。あねさんはさらにそう付け加えた。
極限状態とはまさにレースの合間。それも勝者をいざ決めるぞという土壇場という条件付きだ。
「難しいな」
俺は自分の愛バ達に目を向ける。
美味しそうにパンケーキを頬張るマックイーン。小さくパンケーキを切り分けて少しずつ食べては幸せそうな顔を浮かべるスズカ。
「気長に待つしかトレーナーである私たちには出来ないわね」
そう言い残しあねさんは、足を強打して気絶していた後輩を引っ張っていき「有益な情報ありがと」とお店を出ていった。自分たちの会計は済ませたらしい。
元からそのつもりだったんだろうか?
「トレーナーさん、せっかくトレーナーさんの分のアイスも頼んでいましたのに溶けてしまいましたよ?」
「Oh……」
ドロドロに溶けたバニラアイスだったものが、皿の中に池を作り出していた。
話に夢中になってた俺を睨んでいるかのようだ……。
俺はそっとバニラアイスに心の中で謝った。
「トレーナーさん、私もう先頭を譲りたくないです」
「うぅ……え?お、おう」
「私もあの時のエアグルーヴのようになれれば叶いますか?」
「あー、うん。かもな……あーあ、微妙に冷たいや」
ただのバニラと化したそれをひと舐めして絶望した。残す訳にはいかないし、パンケーキを浸して食うか。
「トレーナーさん」
「おっと」
グイッと顔を引き寄せられた。スズカがやったようだ。目と鼻の先にスズカの顔が……って、近いな。
真っ直ぐな瞳で見てくるもんだから、俺はゴクッと唾を飲んで次に来る言葉を待った。
「トレーナーさんが見たという現象は、私には見えてましたか?」
「いや、見えてないよ」
「そうですか……」
実際、エアグルーヴのような現象がスズカに起きていたのだとしたら、確実にスズカが勝っていた……とまで断言は出来ないが、少なくとも最終直線に入って序盤で先頭を譲ることは無かったはずだ。
それだけあの現象は規格外だということ。
自分には無いことを知ったスズカはあからさまに気を落とし、シュンとしている。
「自分にもあれば……そう考えるのはスズカさんだけではありませんわ。ウマ娘として走る者なら誰であれ欲しますわ」
「マックイーン……」
「絶対に手に入らないと決まっているわけではないんです。なら、必ず方法があるはずですわ。ね?トレーナーさん」
「おいおい、ついさっき自分の口で難しいなって言ったばかりだぞ?」
「あら、トレーナーさんはいつも言っているではありませんの、"眼だけは良い"と」
確かに口癖だな。まぁ、実際それ以外てんでダメだから皮肉チックに使ってただけなんだけどさ。
しっかし、いくら目が良くても言葉で説明できない現象を手にする方法を見つけろってそりゃあ無理がある。
けれど担当ウマ娘が困っているのを放置できる性格でもないしな。
「……一か八かだけど、見つかるかもしれない手段がある」
「本当ですの!」
「俺がどうこうする訳じゃなくて、ただ聞くだけなんだけどさ」
「トレーナーさん、誰か当てがあるんですか?」
「おう、トレセンの生徒会長さんにな」
◇
トレセン学園の生徒会長を務めるウマ娘。そしてあの無敗の三冠ウマ娘でもある彼女。
皇帝──シンボリルドルフ。
皇帝という異名に恥じぬ絶対的な強さを誇る彼女ならば、エアグルーヴが起こした現象を知っているのではないか。そう考えて行動に移すのはとても早かった。
「まさか、あなたから声をかけられるとは思わなかったよ。サイレンススズカ、そしてメジロマックイーンのトレーナー君」
「俺もまさか皇帝と話す機会が来るとは思ってなかった」
生徒会室に単身乗り込んだ俺は、仕事を終えたところだったルドルフに招かれて向かい合う形でソファに腰掛けている。
「あなたとは一度話をしたかったんだ」
「俺と?なんも面白いこと言えませんよ?眼しか取り柄のないトレーナーですから」
「そう、まさにその眼だ」
紅茶の入ったティーカップを口元に運ぶ様はなんとも様になっていた。俺の元にもあるが、手を付ける気にはならなかった。そもそも目の前のウマ娘が放つオーラが尋常ではない。
プレッシャーに押しつぶされそうだ。
「噂は耳にしているよ。一度見ればそのウマ娘が全て分かるとね」
「それ、だいぶ尾ヒレが付いてる。そいつの全部が分かる訳ないだろ」
全部が分かったらあんたに相談なんてしに来ないっての。
「しかしその眼でサイレンススズカに大逃げの道を示したのだろう?」
「他人に強制される走りが嫌だって顔してたから、好きに走れって一声かけただけだ」
「実際にそれを言葉に出来るトレーナーは数少ない。私はそう思っている。だからこそ、誇っていいと思うが?」
これ以上は言わせないでくれよ?と言いたげな視線を食らった。
「はぁ⋯⋯、あの無敗の三冠ウマ娘にそんなことを言われたなんて最高の自慢話だな。ありがたく受け取るよ」
すました顔で言ってはみたが、内心めちゃくちゃ嬉しい。なんたってあの無敗の三冠ウマ娘にトレーナーとしての力を褒められるなんて滅多にない経験だ。喜ばない方がバカだろう。
「ところで何か私に聞きたいことがあるとの話だったね。聞こう」
「先日の天皇賞秋は見たか?」
「もちろん、とても見応えのある素晴らしいレースだった」
「俺が聞きたいのは、あのレースでのエアグルーヴについてだ」
そう聞くや否やルドルフの目元が鋭くなるのが見えた。背筋がピンと伸びる。
「私も何度か経験したことがある。ここぞという時、限界を超えた力が引き出されることがあった。エアグルーヴが見せたのは間違いなく同じ現象だろう」
「やっぱり経験してたか。教えてくれ、あれはどうすれば身に付けられる」
「直球だな⋯⋯嫌いではない。が、すまない。その答えは私にも出せないんだ」
「そ、そうなのか?てっきり何か方法があると思ったんだがな」
スズカの奴、がっかりするかな。いい土産話ができると思ったんだが、こればっかしは仕方ない。
「だが──」
「ん?」
「歴史に名を刻むウマ娘は必ず辿り着く。それだけは確かだ。君は君の担当ウマ娘であるサイレンススズカとメジロマックイーンがそうなると信じているかい?」
◇
生徒会室を後にして、俺はトレーナー室へと戻ってきた。
「トレーナーさん、おかえりなさい」
「スズカ、わざわざ待っててくれたのか」
「はい。さっきまでマックイーンもいたんですけど⋯⋯」
──待ちなさい!!
──ふっ、ついて来れるか?
──ついて来れるか?ですって⋯⋯誰にものを言ってるんですの!
──ははっ!いい顔じゃねぇか。逃げ甲斐があるってもんだ!
どういった理由があったかはまるで分らないが、窓の向こう側でマックイーンとゴルシが走っている。スズカの言いたいことがすぐに分かったよ。
「あの、トレーナーさん。それで⋯⋯どうでしたか?」
逸る気持ちが抑えられないのだろう。微妙に分かりづらいが、足がウズウズしているのが見て取れた。
そんなスズカにいい結果が得られなかったことを話すのは辛いが、俺は包み隠さず全てを吐いた。
「⋯⋯そう、ですか」
「すまん。あんだけ意気揚々と出て行ったのにな」
「トレーナーさんは悪くありません。本を正せば私が無茶を言ったから⋯⋯」
「しかしトレーナーさん、会長さんも方法が無いと言ったわけではないんですわよね?」
スズカに説明している際にいつの間にかマックイーンが戻っていた。もちろんゴルシもいる。てかゴルシの奴、なんで部屋の隅っこで詰将棋してるんだ?
それはともかくとして、俺はマックイーンの問いに頷きで返した。
「でしたら答えは一つですわ。必ず方法はある。でもそれは誰かから教わるのではなく、自ら見つけて行くもの。会長さんはそう言いたかったのではないでしょうか」
「第一、スズカさんが誰かから教えてもらうなんてらしくありません。自分のやりたいように走ったからこそ、大逃げという勝ち方を見つけたのではありませんか」
「ええ」
「それに、トレーナーさんが私たちを信じている限り、私たちはそれに応えるべくどんな不可能でも可能にしてみせますわ」
──君は君の担当ウマ娘であるサイレンススズカとメジロマックイーンがそうなると信じているかい?
そう俺に問うたルドルフに俺は迷いなく信じていると答えた。今にして思えばその問いには他の意味があったのかもしれない。
「信じてるよ。お前たちなら絶対できる」
「言い切りましたわね!」
「トレーナーさん、私はもう二度と負けません」
「スズカも言い切ったな」
「なら私も、絶対に春の盾を勝ち取ってみせますわ!」
三人で目を見合わせてクスッと笑いが起きた。
「みんな言い切りましたね」
「言っちゃったもんには責任持たないとな。スズカは誰にも追いつかれない逃亡者に、マックイーンはメジロの悲願を叶えるために、そして俺はそんなお前らを一生信じ続ける」
「一生⋯⋯なんて言ってしまったのなら、もう私たちは一心同体ですわよ?」
「いつまでも見守っていてくださいね。トレーナーさん」
⋯⋯あれ、なんか勢いで余計なこと口走っちゃった気がするけど⋯⋯まぁ、いいか。